「さて、次はどう動こうか」
声に出してこれからの行動方針について考える。
鍛治職場では盗賊などと揶揄されていたが、実際のところどういった動きをするのだろうか。
やはり人目がつき難いスラム街近くの場所で襲撃するのだろうか。
もしくは街壁の近くで逃走経路を取ってから襲撃するのだろうか。
それとも裏をかいて城の付近で堂々と襲撃するのだろうか。
前回と前々回の犯行現場も分からないので次の襲撃予想地も立てられない。
今持っている情報はスラム街と城下街、そのどちらもで人が殺されていたということだ。
……いや、そもそも盗賊なら何故スラム街を襲ったんだ?
金を持っていないスラム街の住人を襲う必要なんてあったのだろうか。
(……情報が余りにも不足しすぎている)
このまま酒場の屋根の上でじっと待機していれば、いずれ盗賊の出現報告により居場所が直ぐにでも判明するだろう。
だがしかし、それは確実に犠牲者が出る前提とした動きだ。
犠牲者が出るまで待ち続けるというのは断固断りたい。
これが
……ダメだ、思考が徐々に外れそうになる。
とりあえず自己戦力の確認をしておこう。
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遠藤浩介 17歳 男 レベル:15
天職:暗殺者
筋力:180
体力:230
耐性:100
敏捷:400
魔力:130
魔耐:130
技能:暗殺術[+夜目][+短剣術][+暗器術][+深淵卿]・気配操作[+気配遮断][+幻踏]・影舞・言語理解
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いつ見ても敏捷性だけは頭一つ抜けた数値を叩き出している。
レベルも少しだけだが上がっていて派生技能[+暗器術]も獲得していた。
これで見様見真似で暗器術っぽいなにかを繰り出さなくても、魔力を用いて暗器術で武器を取り出せるわけだ。
いくら派生技能獲得の鍛錬といえど、異世界で手品を行なっているというのはどことなく虚しくなってくるので、獲得したのは非常に嬉しい。
たとえ魔力を全く用いずに至る所から苦無を出現させて、侍従達を賑やかせていたとしてもだ。
……個人的には現状最も有用な[+木葉舞]当たりが欲しかったが。
手持ちの武器は小太刀と50本の苦無だ。
秘蔵っ子のお薬も大量の予備があるが、流石に市街地で致死量の猛毒をばら撒くわけにはいかないだろう。
なんとなく薬を見ていると本当に〝暗殺者〟しているように感じる。
お医者さんを目指していたはずなんだけど……。
とりあえず薬と武器を仕舞って再度思考を練っていく。
先ほど考えていたスラム街の住人を襲った理由。
装備の検品をしながら朧げに理由を考えていたが、およそ三つの可能性がありそうだ。
一つ目、スラム街近くの住居を襲った際に何らか身元が分かるようなものをスラム街の住人に見られたか。
二つ目、そもそも最初からスラム街の住民をも殺そうとを考えていたのか。
三つ目、ただ単に人を殺したかっただけなのか。
上から順に、衝動的殺人、怨恨による殺人、快楽殺人、の三種類だ。
色々と理由は考えられるのだが、聞いた情報を整理している際に何となくだが予想がついた。
番頭役はスリを行なった連中が死んだと言っていた。
スラム街、城下街のどちらもが必要以上に殺されて奪われていた。
今日は三日目で前日にアランさんが殺されたはずなのに今日発見されていた。
そして前回と今回の相違点は周辺の魔物が極端に減ったこと。
推察していた思考をまとめて酒場の屋根から飛んだ。
その様子を他の誰かが見ていたとも知らずに……。
「くっくっくっく。さぁて、〝異教の使徒〟とやらがどれほど動けるのか試させて貰うよ」
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ああ、もううんざりだった。
この世界にほとほと呆れたと言っても良い。
神は見ているなどとほざいている馬鹿どももいるが、黙って悪行を見ている神なんざゴブリンの棍棒よりも役に立ちやしねぇ。
大それたことなぞした覚えは無いが、少なくとも俺は人の迷惑にならないように生きて来たし、冒険者として生活の為とも言えるが結果的には魔物を減らして国を少なからず守って来たと思っている。
使徒も降りてきてようやく俺達は救われるんだ、人間族は守られるんだ。
その時俺は本気で馬鹿げたことを思っていた。
だが結果はどうだ?
あの日俺は国税の支払いの為に貯めていた金ごと奪われ、盗人を捉える為に国に保安署に訴えるも、使徒の警護と王国騎士団の出張がなくなった事で仕事が増えて手に負えないと追い払われた。
なんとか期日までに魔物を狩って必死に金を稼ごうとしたが、街付近にいた魔物の数は明らかに極端に減少していて不可能に近かった。
はっ、何が使徒だ、何が神だ。
それでも俺は良心というものを捨てきれず、魔物を狩る効率を上げる為に徐々に奥地へと入っていった。
だが、八つ当たりのようなかたちで突発的に無理矢理進んでいたせいか、身体も精神もボロボロになっていった。
気がついた時には街に帰る余力なんてどこにもなく、今はまだ歩けているがそろそろ精も根も尽き果てて気絶するだろう。
そうなったら最後、魔物に食わて死ぬこと間違いなしだ。
どうせ死ぬんだと自棄糞気味に進んでいた俺だったが、幸か不幸か魔人族と出会うことになった。
「人間族か、何しにここへ来た」
大きな魔物が我が物顔で闊歩する森の中、真っ赤に燃えているかのような紅い髪は一際目立っていた。
服装は何処にでもいるような街娘が着ている赤い格好だったが、浅黒い肌と僅かに尖った耳がそれを否定していた。
言葉遣いこそ男口調ではあったが、ハスキーな声はどことなく女性のプライドの高さを感じさせた。
それは聖教教会の神敵にして戦争相手の魔人族、カトレアであった。
彼女は高飛車に言葉を吐いていたが、戦争相手が近くにいるというのにも関わらず身体を木に預けていた。
雑魚相手に戦闘態勢をとる必要なんてないという雰囲気を必死に醸し出していたが、彼はとある違和感に気がついた。
真っ赤な服だと思っていたモノは服ではなく血で、横顔は虚勢を張っていて苦痛に耐えている表情だったのだ。
実は彼女はもう碌に動ける体力すらなかった。
カトレアは必死に立とうと脚に力を入れていたのだが、脚は言うことを聞かず小刻みに震えているだけだった。
一見して余裕そうに座っているのを見せていたのも、気が付かずさっさと去っていってくれないかという希望にかけたものだった。
全く動く様子がない彼を見て、勘付かれたかと苦虫を噛み潰したかのような顔をした。
「はっ、殺すならさっさと殺せよ。それとも慰みモノにでもするケフッケフッ」
自棄気味に自分を卑下しながら罵詈雑言を浴びせようとしたが、無理に喋ったせいか口から辺りに血が飛び散る。
彼女はせめて死ぬ間際まで怨敵を罵倒しようと覚悟していた。
だが悲しかな、側から見れば虚勢を張っている子供のようにしか感じられず、彼は哀愁を感じとってしまった。
そして彼は自分の感情と価値観に矛盾を覚えて、つい無意識に笑ってしまった。
その笑いが気に食わなかったのか彼女は腹を立てて更に罵倒する。
「良いご身分だな! 動けない敵を前にして、ケフッケフッ、嘲笑うか! やはり人間族はクソで神に見捨てられた者共の集まりか!」
瀕死の状態で喋ることすらままならないというのに、血反吐を吐いてでも命乞いをせず国の為に戦おうとする彼女はなんと勇ましいことか。
「神に捨てられた……か。確かに神なんて居ないかもな……」
「?? 人間族が信ずる神とやらはいなかったか?」
突然嘲笑ったかと思いきやそんな戯けたこと抜かす彼にカトレアは問いかける。
よもや自分の知識が間違っていたか、などと思いながら彼の方を見ていると何か覚悟したようにゴクリと唾を飲んだ。
「もうどうでも良いんだよ。神がどうとか、世界がどうとか。神なんてクソ喰らえだ。大勢の為に少数は死ねって言うのかよ。なら俺は神を背くわ」
「お、おい!!?」
彼は最後の手段として置いていた回復薬を無理矢理彼女の口に含ませた。
カトレアは一体何を飲まされるかと、抵抗しようとしたがまともに腕も上げられず鼻を摘まれて無理矢理飲まされた。
「貴様!!一体な……に……を……!!?」
聞くより明白な答えが体から返ってきていた。
少しづつだが徐々に癒される肉体、魔力も微量だが回復していた。
突然の治療行為に戸惑うカトレアは動き出せるようになった腕で胸倉を掴む。
「貴様!! なぜ治療行為を行った!! 仮にも私は戦争相手だぞ!! 情けのつもりか!! 死ぬ時くらい私だって弁えているぞ!!」
我武者羅に頭に思い浮かんだ言葉をそのままぶつける。
動けるようになったとはいえ弱々しく胸倉を掴むカトレアの手を引き離した。
「さっき言っただろ。神に愛想尽いたんだよ。そしたらどうでも良くなってな。どうせ俺は街に帰れるほど余力は残ってないし、もう戻る気もないんだよ」
そういって彼は草の上に倒れた。
肉体的にも精神的に疲労困憊で、先程まで動けていたのが奇跡という状態であった。
もし遠藤がいれば『“ランナーズハイ”かも知れない』と症状を下していただろう。
彼は限界を超えた状態で動いていて、もう動く気力なんてどこにも残っていなかった。
倒れた彼にカトレアは目を見開いて驚いていると、最後のセリフと言わんばかりに小さくされど聞こえるような呟きを吐く。
「あと……、森の中で見たあんたは綺麗だったからな」
「……残念だが私には相手がいるぞ」
「そりゃ残念、また来世で」
そのまま彼は魔人族、戦争相手の目の前で無防備の状態で倒れるように寝込んだ。
彼自身、このまま見逃してくれるとは思っていなかったみたいで死ぬ気でいたらしい。
カトレア自身も、どんな事情があれど彼を殺さなければならないと思っていた。
まともに動くようになった手を動かし、懐にいれてあった短剣を徐ろに取り出す。
ゆっくりと剣先を首の根元に短剣を当てる、短剣から呼吸の音が伝わってくるがじっと彼の顔を見る。
故にカトレアは気がつかない。
剣の腹に映る自分の顔が、苦悶の表情を浮かべていた事を。
せめて痛みがないようにと一気に殺そうとした時、後ろから殺意が伝わった。
急いで反転して視線を辿ると、そこには血の匂いに釣られた大量の魔物がいた。
「チッ!!」
普段ならなんてことない魔物の群れだが、血を失いすぎたせいで継戦力が残っているかどうかが怪しい。
急いで戦線を離脱しようとした時、彼が視界に入った。
名前も知らない相手だ、名前も教えていない相手だ、そもそも戦争相手である。
僅かに逡巡した後、彼女は急いでこの場を去った。
名前も知らぬ恩人を背負いながら。
何故ここにカトレアが瀕死でいたのか。
それは次話で確かめて下さい。
追憶編が嫌いな方、次話で流石に終わらせますので我慢。