重たい瞼をうっすらと開ける。
いつのまにか真夜中になっていたのか、辺りは真っ暗で暗闇に包まれていた。
ただ、自分がいる森の空きスペースの中央では焚き火がしてあって、多少なりともこの近くは明るく暖かくなっている。
焚き火を中心として自分の反対側の方では、赤い髪をした魔人族の女が木に背をかけて立っていた。
その姿を見た瞬間、即座に思考がはっきりして急いで木にもたれかかっていた状態から立ち上がろうとしたが、身体はミシミシいって立つどころか脚は縺れて派手に転んでしまう。
更に地面に思い切りぶつけた衝撃と筋肉痛の激痛がまとめて襲いかかって来た。
「ッ!!?」
あまりの激痛の波に無様にのたうち回っていると視界の端でチラリと此方に視線を向けた魔人族の女が映ったが、すぐに興味が失せたのか視線を元に戻していた。
あまりの無関心さに怒りと悲しみを覚えるも、ただ単に自分が間抜けをやらかしただけなので恨み辛みを吐くのは筋違いである。
それが分かっているので必死に痛みに耐えようとするのだが、一向に痛みは引くことがなく、気を紛らわせる為に一言二言魔人族の女に言葉を投げかけた。
「ここが冥土か? 間に合わなかったか?」
「死ぬならお前だけで死んでくれ」
此方を一切向かず、投げ遣り的な感じで言葉を吐かれた。
一応冗談ではあったがはっきりとした確証は持てなかったため、その言葉を聞くと生きていたんだなと感慨深く思った。
ただ少しくらいは助けた礼に感謝の意識をもって労ってほしく思うのは我儘だろうか。
そんな彼女は未だ町娘の格好ではあるが、焚火の明かりに揺られながら腕を組んで周囲を見渡している様子はどことなく妖しい雰囲気を醸し出している。
ただしその表情は出遭った当初からずっと仏頂面であったが。
その不機嫌さに思い当たる理由は一つしかないが、どうしてこうなったのか理由が分からない。
覚醒して現実を認識する度に落ちていく気持ちを尻目に問いかける。
「何故殺さなかった?」
「死にたいのならば今すぐ殺すけど」
不機嫌な表情をしたまま魔人族の女は手を懐に入れると、少しだけ剣を引き出して刃を見せてくる。
威嚇なのだろうが既に心境的には死の延長といった感じで怖さを微塵も感じなくなっていた。
恐怖に無頓着になっていると分かったのか呆れたと言わんばかりに大袈裟に肩を竦めた。
少しするとようやく痛みが治まって来たのか座れるようになる。
とはいっても元の位置から一歩も動いていない。
少しでも動こうとすると無言の圧力がかかってくるからだ。
さながら娼館でさっさと選べと強面のおっさんが圧力かけてくる感じだ。
その後、娼婦とやろうにも縮こまって中々出来なかったが。
偶に睨んでくるが思考くらいは自由にさせてほしい。
★☆★☆★☆★☆★☆
ぱちぱちと焚き火の木が鳴る音がする。
そこへそこらから集めた餌を投げ入れる。
そうするとまた火は燃え上がる。
さながら息をしているようで、何故だかとても羨ましく思った。
「死にたかったのか?」
焚火をじっと見ていると魔人族の女が話しかけて来た。
焚火から目を外して魔人族の女の方を見ると、不機嫌な表情は鳴りを潜めて無表情を装っていた。
気絶から起きあがった時の気持ちの高ぶりはもう治っていた。
これから先の現実を認識していく度に徐々に下がっていったが、もう下がりきれないほどまで落ちていた。
「死のうとは思っていなかったが、考えてみれば行動自体は自殺と同じだったな」
ここに至るまでのこと朧げに思い出しながら、肩を竦めて問いかけに応えた。
また一つ手にした枝を焚火に放り込む。
火は一瞬だけ大きく燃え広がる。
魔人族の女と俺の影はその分だけ等しく大きくなった。
「今なら優しく介錯してやるぞ」
「それも良いかもな」
「…………」
枝を焚火を入れると、また火は大きくなった。
そしてそれはまたすぐに小さくなる。
なぜ直ぐに小さくなるのだろうか。
「……そういえば神に見捨てられたとか言っていな」
「ああ、神はどうやら俺に死ねというらしい。これまでそれなりに頑張って来たんだがな」
話を区切りまた一つ枝を焚火に投げ入れる。
なんとなくだがこうして焚火に枝を入れている瞬間だけ自分は生きているような気がする。
「理由は?」
「?」
「異教の神といえど神に見捨てられたと宣うからには理由があるのだろう?」
長い枝を二つに折り放り込む。
「今考えればそんな大層なもんじゃない、ただ俺が間抜けだったというだけだ。だがそれでも神に見捨てられたような気持ちは拭えない」
あの時の心境を思い出しながら言葉を返す。
世の中には色々な理由でそう感じた奴はいるだろうが、これほど惨めに思った奴はいないだろうと思えた。
「神が遣わした使徒が降りて来た日に全財産が奪われたというだけだ」
「それはまた馬鹿馬鹿しいり……いやちょっと待て。今なんて言った!?」
突然声を大きくして驚く魔人族の女。
【ハイリヒ王国】の近くだというのにまだ知らなかったのだろうか。
「神が遣わした使徒だとよ。聖教教会の発表ではな」
枝をまた突っ込んでいると枝葉を踏む音が聞こえた。
音の方を見るといつのまにか魔人族の女が詰め寄って来ていた、結構近い。
「ちょっとちか――」
「それは本当か!?」
「あのですね、ちか――」
「本当なのかと聞いている!!」
肩をぐいっと掴まれ顔と顔とが急接近する。
娼館以外でこんなに迫られたことはなく、神敵の背徳感と死の淵にいたこともあってか悶々する気持ちを抑えつつ押し退ける。
「あんたには
強調して言うとしまったと思ったのか一旦退いてくれた。
実力差は出遭った当初からなんとなくわかっていたが、押し退けることすら難しいのはどうなのか。
ステータス差に嘆きつつも言葉を続ける。
「話すから待て。俺にとっちゃもう神なんざどうでも良いから話す。だから落ち着いてくれ」
「っああ、すまない」
魔人族の女は落ち着いてくれたのか少し離れてくれた。
それにホッとしたのか愚痴が勝手に口から流れ出る。
「(たっくよ、若いんだから気を使えよ)」
「なんだ、初心子だったのか。そういえば話が早いものを」
「ゲホッゲホッゲホッ」
唐突なしっぺ返しに噎せる。
「経験済み、だ。童貞じゃ、ねぇよ」
「素人童貞か。噂には聞いていたがいるんだな」
どんな教育をしてやがる魔人族は。
そもそも魔人族側にも素人童貞という言葉が通じているのが驚きだ。
そんなに相手がいないということは宗教超えて悪なのか畜生め。
「そんなに人を罵倒して聞く気がないのか」
「いざとなれば拷問すればいい」
恥じらいもなくどちらの言葉も吐けるのが末恐ろしい。
気持ちを落ち着かせるために一つため息を大きく吐いた。
「まぁいい。御告げによると人間族の危機を感じとった神が異世界から遣わした使徒らしい。人数は30人程度だとか。噂では〝勇者〟は一撃で魔人族を葬れるとか言っていたが眉唾だな。それ以上は詳しく知らん」
「〝勇者〟に〝異教の使徒〟ね。〝勇者〟ってナニ?」
「ステータスプレートにそう表示されていたらしい。神が遣わした勇者様だと大騒ぎだったよ」
「なるほどね」
そういうと魔人族の女は黙ってしまった。
人間族側にとってバラしてはいけない情報なのかも知れないが、いずれバレる事だろうし問題ないはずだ。
それに仮に不利になったところで俺を見捨てた神に義理も何もない。
そもそも魔人族を助けた時点で諸々終わっていてお手上げである。
要するに自暴自棄ともいう。
なんか色々やらかしてしまった気がしないでもないが、どうにでもなれと言わんばかりに枝を放り投げる。
燃え上がる焚火を見ながらふと疑問が頭に浮かぶ。
「どうして魔物は一度も来ないんだ?」
そんな風に呟くと魔人族の女はバカなのかお前はと言いたげな目で此方を見て来た。
とりあえず分かった風を装っていると呆れながら説明してきた。
「結界を張ってるんだよ。例え常識でなくても魔力の感覚で分からないのか? 年上に説明するの嫌なんだけど」
悪かったな、三十路手前のおっさんで。
こちとらその日暮らしで精一杯なんで何も余裕ないし、魔法の学もないんだよ。
枝を何度も投げ続けたせいで周りに枝が無くなった。
仕方なく位置どりを変更して魔人族の反対側に居座り枝を入れる。
何度か枝を入れていれて、ふと前を見ると魔人族の女がニヤリと笑みを浮かべていた。
まるで財布を抜き取って放置しようと企む娼婦のようである。
その笑みに気がついた俺は難なく一命をその時は取り留めたが、結局人生が終わる原因がスリとは情けないものである。
また魔人族の女は睨んでくるのだが、どうして女性というのは種族が違っても敏感なのだろうか。
「はぁー、まぁ扱い易いからいいのか? あんた、あたしらの側に来ないかい?」
それは何のためらいもなく、息を吸うようにごく自然のように言ってきた。
「は?」
「呑み込みが悪いね。そのまんまの意味だよ。あんたを勧誘してんの。あたしら魔人族側に来ないかって。神に見捨てられたんだろ?」
捨てる貴族あれば拾う貴族ありというが、まさか魔人族が拾うとは誰が考えれようか。
唐突な勧誘に戸惑っていると、悩んでいると思ったのか更に誘ってくる。
「そんなに難しい話じゃないよ。魔人族が侵入するよりも人間族が侵入した方が目立ちにくいだろ? それに珍しい話でもないしね。ただ、人間族と結婚したい物好きがいるかどうかは知らないけどね」
酷い言い様だし途中から誘う気があるのかと問い質したくなる罵倒が入っていたがそこは目を瞑ろう。
「利点は?」
「利点? 随分大きくでたもんだね。今すぐここで処理しても構わないんだよ」
「それだと直ぐに調査が出来ないんじゃないかな? 使徒を知りたいんだろ? 今はとても厳重だと思うが」
そういうと魔人族の女は更に笑みを浮かべた。
どうやら即座に入るかどうかみたいな試験もしていたみたいだ。
とはいえ幾ら神に見捨てられたからと言っても、積極的に人間族に害を起こしたいという気はなく、脅されようとも死ぬ気でいた奴からすれば大したことではない。
拷問される前に先に自殺すればいいだけの話だ。
「なら、あんたの人生を奪った連中を殺せるってのはどうだい?」
それは当たり前のことであった。
そもそも悪いのは金を奪った連中、そして調査しなかった連中、加えて敢えて言うなら使徒の連中である。
俺は何も悪くない、悪いはずがない、悪いのは全て周りだ。
一瞬で俺は悪くないという想いが溢れそうになる。
なのに酷い目にあうというのは可笑しな話ではないだろうか。
残っていた呵責が外れる音がした。
「乗った」
Q.魔人族側に素人童貞はいるのか。
A.適齢期までに恋人がいなければ強制的にお見合い結婚が発生するのでありえません。
繁殖率が低い上に戦争中なので必然的にそうなります。
童貞には優しい魔人族。
神側からしても駒が減りすぎると面白くないので未婚は悪です。
次はようやく遠藤vs盗賊です
作者の頭を整理する時系列
一日目、使徒S 異世界召喚
盗賊S 全財産奪われる
魔人S 情報収集の帰り際
二日目、使徒S ステ発行、アビス卿となり魔物も狩りまくる
盗賊S 長時間待たされた挙句保安署から追いはらわれる
魔人S 大量の魔物が襲撃、疲弊のとこ姿なき敵に追われる
三日目、使徒S 苦無発注、夜は魔物狩り
盗賊S 魔物超減少で自棄糞突撃
魔人S 昨夜のせいで瀕死
四日目、使徒S 授業時々魔物狩り
盗賊S 魔物の使役訓練
魔人S 呼んでいた魔物を紹介
五日目、使徒S 授業時々魔物狩り
盗賊S ヒャッハー
魔人S 盗賊に渡した分呼び直し
六日目、使徒S 苦無を入手、アビス卿で痛ぶる魔物を殺害
盗賊S お礼参り
魔人S 散歩させてた魔物が殺されていて崩れ落ちる
七日目、使徒S 初の実戦訓練、虐められていた魔物療養中に捕獲
盗賊S 偵察にてアラン殺害
魔人S 魔物守護中に騎士団を発見、訓練中と判明、涙のもう一回