夜の闇と風が黒装束をたなびかせる。
屋根から屋根へ、飛距離が足りなければパルクールの要領で、目的へ進んでいく。
いくら身体や技術を鍛えたと言っても一週間前までは普通の高校生だった身体だ。
前回の全盛期の体力に比べると余りにも弱くて心許ない。
そういう意味では少ない体力で効率良く移動することが出来るパルクールを見ていてよかったと思える。
元々はどういう着地ポーズが格好良いのかという研究で見ていたのだが、何事も経験しておくのが良いということだろうか。
残りの体力が少なくなってきたので、一度、小休止を入れるべく見渡しのいい高い屋根の上で、一息入れる。
(こういう時でなければ、いい景色だったのかも知れないなー)
遠藤は[+夜目]を行使しているので気が付かないが、普通の人は何も見えないのでいい景色も何も無かったりする。
今の遠藤がいる場所は王宮の手前の高級な家々が並ぶ屋根の上だ。
勿論お高い家々なので厳重なセキュリティ体制は整っているが、持ち前の影の薄さと隠蔽の能力を持つ黒装束の前では意味をなしていない。
ただ、自動ドアにすら反応されなくなった男は無防備無警戒だなーと違う勘違いを起こしている。
「ん? 今チラッと何か揺らいだような……」
体力回復に努めるべく水分を補給しながら辺りを警戒していると、何かが揺らめいたような気がした。
最初のうちは気が滅入って目の錯覚を起こしたのかも知れないと思っていたが、徐々に焦燥感が募っていった。
そして確証が一切ないにも関わらず、確信してしまった。
あれはきっと消えることのない過去の痛みだ。
あれはきっと忘れてはいけない過去の経験だ。
あれはきっと忘れられない――
「空間の揺らめき!! 急がないと!!」
全てを覆い尽くす暗闇の中、一つを確信して走り出す。
急げ急げと体を急かすように前のめりになりながら空を駆けて行く。
同じことを繰り返してはならないと、意識よりも先に脚が動き出す。
――忘れられない過去の懺悔だ。
一体何度あの過ちを後悔しただろうか。
あの苦しみは今でも鮮明に記憶していて、今でもたまに夢に出てくる。
うなされていた俺を心配したエミリーは
多分きっと、恐らくだがそうなのだろう。
世間一般で言われているほど重くはないから、後遺症みたいなものだと思っている。
この罪と俺は一生付き合っていくものだと思っていた。
償えるものではないし、償える相手すらもういないからだ。
それに俺は、魔王ほど気持ちを割り切ることが出来ない。
今でも俺はあの時もう少しでも強くなっていればと考えていたことがあった。
だからなのだろう、異世界に来て誰かを説得するわけでもなく必死に強さを得ようとしていたのは。
幾らでも機会はあったはずだが、それよりも鍛えようと鍛えようと動いていた。
この事件が起きた時、全く別のことで落ち込んでいた。
ああ、やっぱりやり直すことは出来ないのだろうと。
そう思っていたが故に、このチャンスを逃してはならないと感じていた。
ここまで歴史が変わっている以上、もう一度あの時あの場所あの状況に出遭うなんてあり得ない。
たった一度きりのチャンスだ。
ズザザザーと砂石混じる道に豪快な音を立てて静止し前を見る。
小さな砂埃が周囲を軽く舞う。
衛兵が先程まで所持していたであろうカンテラが転がり落ちていた。
その明かりに照らされているのは、今まさに殺そうとしていた衛兵を王宮の城の壁にぶん投げる姿だった。
遠くの方で警鐘が鳴り響き、王宮の方でも非常時のみ使用可能な鐘がけたたましく鳴り響く。
「やっと強そうなのが出て来たな。名は?」
衛兵を投げ捨てた男は太々しく聞いてきた。
顔は三十代くらいでギラギラした瞳はじっとこちらを見据えている。
筋肉隆々というわけではないが戦闘を行うために必要な筋肉がしっかり付けられていて、荒々しい感じも受ける。
戦闘慣れもしていて気配もそこらの盗賊とは違うものを感じた。
着ている服は鋭利なモノで引き裂かれたかのように至る所が破れていて、腰には西洋剣が挿さっている。
予想していた人物とは全然違ったが、あの揺らぎでここへ着たのだろうと確信していた。
「応える義理はないな」
高まる気持ちと冷えた心が言葉を尖らせる。
千載一遇のチャンスでもあり、絶対に許してはいけない敵である。
魔物気配を探るもレベルのせいか派生技能が足りないせいか、全く居場所を掴めない。
あの時よりも技量は確かにあるが、そもそものレベルが全く足りていないのだ。
居場所を掴めないのも仕方がないことなのだろう。
ますますもって以前と同じような状況に感じる。
「あっそう、じゃあ死ね」
そういうや否や目の前に剣が現れて、すぐさま小太刀を構える。
剣と小太刀は交差し、火花が散った。
戦いの火蓋は切って落とされた。
★☆★☆★☆★☆★☆
剣をいなし躱す。
たったそれだけのことが異様な程に難しい。
盗賊は王国騎士団の技量と比べれば雲泥の差ではあるのだが、ステータスによる力量の違いの所為かいなすだけで精一杯だ。
それに無秩序に火炎魔法をぶっ放してくるのが全くもって嫌らしい。
最初のうちは優勢だったのだが、街の損害を軽減させようとしている動きに気がついたからか家や王宮の方にも放ち始めている。
打ち消したり逸らしたりは出来ているが、その分だけ隙ができる。
更に問題なのが、どこかに隠し持っている魔道具の存在だ。
アーティファクト級ではないもののほぼ無詠唱で放ってくる火炎魔法は、予備動作の癖がなければ躱しきれず確実にダメージを受けている。
その厄介な魔道具さえ無ければもう少し楽に戦いが進められるというのに。
「チッ!! ちょこまかちょこまかとっ!!」
「当たらなければどうと言うことはない」
多少強がりを言って気持ちを維持させる。
それに1番の問題が魔物の存在だ。
どのタイミングで仕掛けてくるのかが分からない以上、ある程度余力を残しておかないとこちらが危ない。
時々苦無を投げつつ火炎魔法を逸らす。
少しずつ減っていく苦無に苛立ちが募りそうになる。
便利過ぎた代償はかなり大きいみたいだ。
(まだ人は集まらないのか!?)
遠藤は別に一人で勝とうなどと言うバカな考えはしていない。
というか、せめて王宮の方は王宮で守ってもらいたいと考えていた。
試しに一度危なげない火炎魔法を放置してやらせて見たら、普通に障壁が砕け散っていったのをみて愕然とした。
障壁の脆さもさることながら技量もひどいものだと頭を抱える。
しかし遠藤にとっての基準は〝結界師〟の天職をもつ
彼らにそんな隔絶した能力を期待するのは些か酷である。
更に魔が悪いことに、戦闘のスペシャリストたる精鋭達は酒場にいて、今現在駆けつけている最中である。
一応使徒を守るための精鋭が王宮にいるが、彼らは彼らで現在手が離せない状況にある。
……主に光輝のせいで。
細かな事情など知らない遠藤はハイレベルな魔物が参戦してくるような状況にならないように注意しながら、敵と踊るしかない。
魔物がいなければ勝っていた、周りが市街地でなければ勝っていた、足手纏いがいなければ勝っていた、魔道具を持っていなければ勝っていた、ただ勝つだけならさっさと勝利していた。
「足手纏いなんて! さっさと見捨ててりゃ! もっと楽に戦えたのに、よっ!!」
避ける、躱す、逸らす。
一太刀一太刀を丁寧に捌きながら、なんとか均衡を保たせる。
息が乱れそうになるのを注意しながら気力を保たせるように喋る。
「漢たるもの、荷物は背負いながら進むものなのさ」
予備動作が入り、予備動作に気がついているのを知られないように注意しながら避ける準備をする。
「(〝火炎弾〟)」という言葉が男の口から呟かれると同時に炎弾が現れて射出される。
射線上に家があったのでかち上げて回避する。
「漢なら守ると決めたものは守るものなのさ」
あ、ちょっとアビィが顔出しかけてる。
全然意図してないのに喋り出した、やばい。
そんな風にちょっと焦って思っていると、突如攻撃がやんだ。
アビィを埋めるのをやめて盗賊をしっかり見る。
盗賊の身体がプルプル震えている。
「クレオの仇ぃぃぃぃ!」
全く関係のないところで関係のない言葉を聞いてそちらを見ると、衛兵らしき格好をした人物が盗賊へ駆け出して行った所だった。
その余りにも場違いな光景に一瞬惚けるも慌てて駆け出す。
(うっそだろお前! 見事にフラグ立ててんじゃねぇよ!)
剣を振り下ろしに行く前に後ろに回り込んで首根っこ掴まえて急いで回収する。
一瞬戸惑っていたみたいだが、抑えられたと気がついたのか剣を振り回し暴れ出す。
「離せ! 離せ! 離せよ!」
「勇敢と蛮勇を履き違えてんじゃねぇよ!」
余りにも危ないので薬ですぐさま眠らせて周囲を包囲している奴らに盗賊のようにぶん投げようとするも普通に重たい。
急いで担いで行こうとした時に止まっていた盗賊がポツリと呟く。
「(守る……だと……?)」
(あ、これ間に合わないパターンだ)
悟ってぶん回して遠心力の勢いで地面を滑らして投げ飛ばす。
なんかすごい鎧の音と体がぶつかる音と砂利が混ざって凄まじい音がしてるけど気にしないし、気にしてはならない。
遠くの方で叫び声とか「血が出てるぞ!!」なんて叫び声が聞こえるけど気にしてはいけない。
「うでがぁぁぁぁぁ」やっぱすみませんごめんなさい後で香織に治せないか聞きに行きます。
多分きっと南雲の為に頑張ってくれているはず。
そんな風に考えていると普通に向こうも動き出したので、いま先程のことはスルーしてくれるみたいだ。
「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひ ゃひゃ!! 守る!? まもるだと!? ……笑わせんじゃねーよ」
壊れたかのように笑い出したと思ったら、そう言い出し剣を担ぎ直した。
いつになく冷徹な雰囲気に嫌な汗が額から流れ落ちる。
盗賊が更に冷たい目をしながらこちらを見る。
「てめぇ、おそらくだが〝使徒〟って奴だろ?」
「だとしたら?」
軽く頭を振って汗を飛ばしながら、戯けたように言ってみせる。
だが内心焦っていた、何をする気なのだと、嫌な予感がしていた。
「はっ、なら最初から待つ必要は無かったな! 守れるもんなら守って見やがれ。てめーら、〝餌の時間〟だぞ!」
「みんな逃げろ!!」
嫌な予感は的中していた。
ほぼタイムラグ無しで警告を発すること出来たのは満点だろうと自画自賛しながら敵を探す。
空間の揺らきを見て、急いで小太刀を掲げるとキィーンと音が鳴り響く。
「っ!! やっぱりキメラがいたか!!」
「知っていたのか。つい最近作られたと聞いていたのだがな!」
キメラから一旦離れようとしたがそんな隙は逃さないようで、盗賊は攻撃を仕掛けてきたが苦無を間に差し込んでなんとか逃れる。
止まっていれば気配も姿も消えていて、更に動いても空間が揺らぐ程度しか分からない固有魔法〝迷彩〟を持っているのがこのキメラだ。
今のこのレベルで差し込めてるのが可笑しいくらいで普通なら瞬殺されるレベルの強さだ。
とはいえ先程盗賊が言っていた内容は本当みたいで、以前相対したキメラよりか幾段か弱い。
一応
だが、一体どれだけこの盗賊が魔物を借り受けたのか予想がつかない。
〝迷彩〟はかなり厄介であり、下手をすれば10匹も隠れ潜んでいました、なんて展開も予想できる。
流石に最近作られたという内容からそこまでの数を連れてきていないと思いたいが試験運用として貸し出されている可能性もある。
なんにせよ、今は舐められているせいか一匹しか出てきていない。
複数出てきたら
運頼りになる前にまず一匹を殺しておこう。
(一匹だけでありますように)
空間の揺らめきが見えた瞬間急いで避けるのを繰り返しながらチャンスを伺う。
時々盗賊も合間合間に攻撃してくるが苦無の消耗を無視してドンドン使っていく。
いきなり苦無の使用率も上がると普通怪しんだりするが、キメラを前にして焦っていると思っているみたいで何も思っていないみたいだ。
残り苦無が10本になった時活路を見出す。
(ここだ!!!)
手に持っているのは武器ではなく白いカ◯リーメ◯トっぽいのが幾つか入った瓶。
勿論魔王お手製のチートメイトではないし、怪しい正体不明のお薬でもなんでもない。
正真正銘の〝劇薬毒物〟だ。
魔物相手に実験を行なったら異常なほど痙攣して、後にのたうち回りまくって死んだ恐ろしく危険な毒物である。
エミリーはガチで悲鳴をあげたし、俺も声が出た。
異世界で食べられる
何せ最後には死んだ魔物の肉体が爆発するのである。
ちょっと何これ恐ろしいと震え上がったのは言うまでもない。
一応他の研究に役立てられないかと検証を繰り返した結果、強い魔物であるほど効果を発揮するらしい。
逆に日本のマウスや猿などには効き目は無く、むしろ三日間不眠不休で動き回り、かつ後遺症もないという優れものであった。
体積によって効果が薄れるため、大きければ大きいほど必要致死量は増えていく。
今手にしている毒物は、異世界にやってきた時の革靴を使って作られている。
なのでまた新しく作ろうとしたら革靴を履いていた人に頼むしかない。
しかしながら、何のために必要なのか言える訳がないので実質これが最後の
「喰らえ!深淵卿産
パクンとキメラの口の中に入っていったのを確認しながらも、キメラの突進の風圧で飛ばされ壁に激突した。
かはっ、と肺の空気が一気に漏れでる。
ずりずりと落ちていく身体をみて盗賊は満足そうな笑みを浮かべた。
「何をしたのかと思えば……、餌でも与えて手懐けようとでもしたのか?」
高らかに嘲笑いながら俺を見てくる盗賊にニヤリと笑みを浮かべる。
その笑みに不信感を抱くが、何も変わらないことに虚仮威しだと思ったのかキメラに指令を下す。
「おい、さっさとあの使徒……を……!?」
キメラは暴れまわっていた。
それはもうエゲツないほどにのたうち回っていた。
ちゃんと効くかちょっと不安であったが、高笑いしている時には痙攣し出していたので思わず笑みを浮かべてしまった。
「死神の餌は美味しいか?」
よろよろと立ち上がりながら煽っていく。
ただ、先程のダメージが割と酷かったみたいでこっそり咳をした時には普通に吐血していた。
盗賊が驚愕している横で回復効果のある薬を3錠ほど飲み干す。
「なんなんだあれは!!」
「ただの毒さ、異世界由来のね」
のたうち回るのがさらに激しくなって盗賊に当たりそうになるも、すぐさま気を取り直して大きく場所を離れた。
効果自体はどの大きさでもすぐに発揮するが、のたうち回ったり爆発するまでの時間は比例して大きくなっていく。
流石にキメラほどの大きさで試したことはないが、爆発するまで時間は凡そ20分ほどくらいだろうか。
そう推測を立てながら笑顔で盗賊の方を見る。
奇しくも彼はあの毒が一本きりとは知らないので、あとはハッタリで気勢を削ぐことが出来るかもしれない。
だが、世の中そう甘くはなかった。
「チッ!!なら最後の二体同時ならどうだ!」
あ、これはダメかもしれない。
あまり使いたくなかったが最後の手段に出よう。
遠藤は嫌々ながらも深淵に身を任せることにした。
故に彼は気がつかない。
さきほど壁に衝突したさいに落としたステータスプレートの情報が変更されていることに。
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遠藤浩介 17歳 男 レベル:30
天職:暗殺者
筋力:300
体力:360
耐性:170
敏捷:650
魔力:200
魔耐:200
技能:暗殺術[+夜目][+短剣術][+暗器術][+夢幻]←New[+顕幻]←New[+深淵卿]・気配操作[+気配遮断][+幻踏]・影舞・言語理解
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Q.なんでこんな強い男が近くの場所でしか狩りにいかなかったの?
A.人は死にます。
どれだけ強かろうと油断していたら大怪我をします。
生きて帰れれば御の字とも言いますが、そもそも大怪我をしないように動くのが冒険者の務めです。
何故なら普通の人は腕は生えませんし目も治りません。
あと魔人監修の下、付け焼き刃程度ですが強くはなっています。
Q.未知の物質の強さは?
A.未来予知でシアには回避されますがユエやハジメは普通に殺せます。
普通の人が魔物の肉を食べる逆のことが起きるので。
まぁ彼らは普通に生き返るので無意味ですが。
因みに香織に治療されたせいでランデル王子に睨まれて辞職したとかしてないとか。
次回はアビスでるけど光輝もでます。