どうして過去に戻ってしまったのか。
<そんなこと考えても仕方がないのでは>という思考が一瞬脳裏を過ぎるも、状況整理と確認の為に思考回路を巡らせる。
一番真新しい記憶はエミリー=グラント家でティータイムを楽しんでいた時の記憶だ。
イギリス=飯マズという風潮(もといサブカル)が少なからず遠藤にもあったのだが、エミリー家で出される料理はとても美味しく、またエミリーが頑張って作ってくれたパイも絶妙に美味しかった為、偏見なんてものは一瞬で星となって消え去った。
そこへ何故か、三番目の嫁を自称する英国国家保安局の捜査官ヴァネッサ=パラディが仕事をぶっちしてやって来て食事を求め出し、そして更に何故か俺の携帯からシャロン=マグダネス局長の冷え切った声を聞くというとばっちりを受けた。
すわっこれがハーレムの宿命か!?などと思ってしまったのは言うまでもない。
そんな事を思い出していると徐々に光が収まり出して、以前見たもう二度と見られなかったであろう景色をもう一度見ることになった。
それは縦横10メートルは優に超えそうな巨大壁画、後の事実を知っている者からすれば何とも薄気味悪い壁画にしか見えないのだが、最初に見たときは妖しい美しさを感じたのを覚えている。
大聖堂のような荘厳かつ巨大な大広間の台座の上、祭壇のように周囲より高い位置に造られた場所に俺たちクラスメイトは召喚された。
中央交差部と呼べるような場所では創世神エヒトを崇める聖教教会の信者たちが、かく言うべき事があろうかという勢いで熱心に祈りを捧げて待っていた。
それを見て思わず引き攣った笑みを浮かべずにはいられなかった。
(宗教って、こえぇ)
熱心な信者に内心同情しながら待っていると、一番豪華で煌びやかな法衣を纏った人が錫杖を鳴らしながら歩み出てきた。
確かこの人が人間族の中で一番偉いとされている教皇だったはず。
「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。私は聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申します。以後、宜しくお願い致しますぞ」
以前見たときには迫力のある好々爺にしか見えなかったのだが、いざ余裕を持って見てみると一人一人の顔をしっかりと観察して品定めをしているようにみえた。
それにしても、こうやって考えてみると一番最初に会う人物が一番偉い人でしたってどこのゲームだよって感じがする。
それほどエヒトっていう神さんは、あの勇者の資質に期待していたのだろうか?
確か異世界召喚の本来の目的は、憑依する為の器が欲しかったがこの世界には適した器が存在せず、それならば別世界から取り寄せてみようか等という興味本位で召喚したって話だったはず。
この前、南雲からそう教えてもらった時は“エヒト死ねクソ野郎”と解放者と似たような台詞を吐いていた。
「ここでは落ち着かないでしょう。用意ができていますので、こちらへどうぞ」
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光輝が教師よりも上手く立ち回って生徒を纏めだし、それを見て終始涙目になっている愛ちゃん先生可愛いとほっこりしている生徒。
とはいえ、それでもスムーズに他の大広間に向かえているのは、あまり現実感が掴めていないからだろう。
目の前で大広間から締め出されるというほんの些細な出来事さえ除けは大したことは起きてない、……ないったらない。
少し涙目になりながらも扉をこっそりと開けて、晩餐会でもするような大広間の席に着席しようとした時、カートを押したメイドさんが入ってきた。
……なにかがおかしい。
スルーのされ具合にはある意味慣れきっているが、あまりにも記憶の中にある対応の差に違和感を覚える。
少し遠い目をしながらも教皇の話を聞くことにした。
だがしかし、やはりというべきか話の“内容は”以前と同じく変わっていない。
人間族、亜人族、魔人族がいて、人間族と魔人族は何百年も戦争を続けている。
魔人族は個人の資質が高いらしく、人間族は数で戦力に対抗し拮抗していたらしいが最近崩れたそうだ。
そして人間族の滅びの危機を悟ったらしいクソ神が俺たちを喚んだ、と。
「あなた方には是非ともその力を発揮して頂き、"エヒト様"の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族の危機を救って頂きたい」
「ふざけないでください!!いったいなんの冗談ですか!?こんなドッキリがあるなんて聞いていません!!」
御告げの事でも思い出しているのか、恍惚な表情を浮かべている教皇に対して愛子先生はドッキリだと言い張り、誘拐だと騒ぎ立てた。
まぁ幾ら魔法陣っぽいファンタジーを見せつけられても、手の込んだ仕掛けだと思った方が楽だよな。
『しかし、現実は非情である』とは以前に南雲がネタで言っていたが、まさにその通りだ。
――――ああ……。また愛ちゃんが頑張ってる……。
――――そうだよね。ちょっと手の込んだドッキリだよね。
――――これ水曜かな?
愛子先生の声に反応してか、希望と願望が入り混じった、そんな声がチラホラ聞こえる。
「早く私たちを帰してください!!」
「むぅ……、困りましたな……。おぉ、そうじゃ。でしたら外の空気でも吸いに行きますぞ」
少し懐疑的な空気になってしまったと分かったのか、外を見せに行くことにしたらしい。
次は下手に締め出されないようにするため、勇者パーティ(光輝・龍太郎・雫・香織)の後ろを付いて歩くことにした。
「イシュタルさん、ひとつ聞いてもいいですか?」
「なんですかな?」
「先ほど戦争をしていると言っていましたが、その……戦争はどうして始まったんですか?」
「おや?あなたは私の言うことを信じていただけるのですか?」
「信じられないと言う気持ちが強いですが、状況から考えて――――」
長話をしている間にこの状況について考えてみる。
1.これは結局夢オチで気が付いたらエミリーが起こしに来てくれる
2.南雲に以前貸して貰った奴で見た、過去へ戻った逆行パターン
3.走馬灯のようなもので任務の途中にしくじった
4.その他
可能性として高いというか願望は1なんだけど、どうにも夢のふわふわした感じもしないし3も同様に却下。
と言うよりも南雲アーティファクトの性能的に死にたくても死ねないはずだ。
死者蘇生装置なんてものがスマホについてくるような、未来人もビックリなアーティファクトだ。
世のデュエリストも真っ青なイカサマだ。
一応試験的な貸出(『信頼してるが……事件の遭遇率的にな』とポンポン肩叩かれた時には崩れ落ちた)と言っていたが、南雲のことだから性能的には問題ないはずだ。
(……となると、一番可能性が高いのは2番か?)
現状否定できる要素は全くない、ない……が。
(どうやって過去を遡ったのかということと、そしてどうして俺が過去に戻ったのかということが分からない)
小説で見た展開では、後悔してたりやり直したいと思っているような人物が大体過去に戻っている。
少なくとも主役級の人物(ここで言えばやはり光輝か?)なら話は分かるのだが……。
あーでもこーでもと考えごとしながら歩いていると、雫がチラッと視線をこちらに投げかけてきた。
いつもの癖で、雫の視線の更に先に誰もいないか確認する。
雫はその意図に気が付いたのか思わず苦笑いを浮かべていた。
「八重樫さん、どうかした?」
「遠藤くん、永山くん達と行動しなくていいの?」
「ん〜、今は戸惑ってるだろうし。なんて声をかけたら良いか分からないんだ」
「……貴方は少し冷静そうね」
そう言ってこっちの眼をじっと見てくる雫に対して、顔には出さないが少し動揺した。
最近色々巻き込まれ過ぎて、場慣れしたというか最早諦念に近い感情を抱いている。
そんな悟っている状態を何か不味い方向に勘違いしたのかもしれない。
とりあえず、ある意味思っていることを言葉を選んで言い訳しておく。
「こういう似たような展開を最近読んだ小説で見かけてな……。それに、こういう時に焦ったところで碌なことにはならない」
少し肩を竦めてみせると、雫は少し納得したような顔色を見せた。
「成る程ね。確かにいま焦ったところでどうしようもないわね」
そう言って前に向き直した雫にほっとした。
未来のことを打ち明けても信用されるのかは分からない。
とりあえずこの辺りは様子見で行こう。
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イシュタルさんが扉の前で立ち止まった。
「――――さて、着きましたぞ。後はあなた方の目で見て確認してくだされ」
開け放たれた扉の先は成層圏を超えんとする山々の頂上だった。
この位置からは見えないが荘厳な門を潜るとキラキラと輝く雲海が見えたはずだ。
ここに初めてきた時は真の意味で異世界に来てしまったんだと理解したことを思い出し、思いを馳せる。
同じ場所ではあるけれど……。
そんな広々としていて何処か狭い異世界を見て、へたりと愛子先生は崩れ落ちる。
「そんな……、それじゃ本当に……」
憔悴しきった様子で崩れ落ちてるのを見続けるのは少し居た堪れない。
少しだけ視線を変えて周りを見ると、クラスメイト達は崩れ落ちた先生を目の当たりにすることによって現実を認識していく所だった。
どちらを見るにしても居た堪れないという気持ちになることは変わらなかった。
少しずつ騒ぐ声が大きくなるなか、南雲が恐る恐るといった感じで手を挙げて言った。
「あの……、質問してもいいですか?」
その大きくもないが通る声にクラスメイト達は視線を南雲に集めた。
視線を集めたことを確認したのか、南雲は意を決して尋ねた。
「僕たちを召喚することができたのなら、その逆はできませんか?」
その質問にハッとするクラスメイト達。
次々に俺たちを元の場所に返せと罵倒しだす人達を、イシュタルは冷静に周りを見回して発言する。
「残念ですが……、それはできません」
イシュタルの答えに狼狽えるクラスメイト達。
それに対して冷静そうに装ってはいるものの、瞳の奥にうっすらとだが侮蔑が込められているのを感じる。
恐らく「神に選ばれたという事なのに何故喜べないのか」などと思っているのではないだろうか。
「あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々にそのような力はありません。あなた方が帰還できるかどうかも、全てはエヒト様の御意志次第です」
そうしてイシュタルやクラスメイト達の言葉を勘案していた遠藤はふと気がついて、クラスメイト達と同様にハッとし……そして狼狽えた。
(――――過去に来たのはいいとして、どうしたら元の世界に戻れるんだ?)
八重樫さんって結構気がきくので、いの一番に遠藤くんの変化に気がつきそう。
そういえば総本山を〝星に願いを〟で破壊してた気がするんだけど、トータス旅行記ではロープウェイ残ってるよね。
あれって南雲が後で作り直したのだろうか?
それとも別の場所だったりするのだろうか?