過去のアビスゲート卿から   作:旅人アクア

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Flag.3 <昨夜はお楽しみでしたね>

 一瞬だけだが本当にふらっと倒れそうになった。

 

 元の場所に戻れない、たったそれだけな筈なのに何故か心の奥底を抉られたような感覚を覚えたのだ。

 

 どうしてそんな気持ちに襲われたのか分からない。

 

 過去に戻ったところで何か問題はあったか。

 

 むしろ前回よりも上手く立ち回れるはずではないだろうか。

 

 何も問題ないはずだ。

 

 そうやって心を鎮めようとしたが、心のざわめきは暫くの間消えることは無かった。

 

 

 

 

 俺たち勇者一行(一個小隊)は、聖教教会総本山の麓にある【ハイリヒ王国】へと向かった。

 

 太陽の光を受けて乱反射しキラキラと光り輝く雲海を〝天道〟という台座を動かす魔法で潜り抜けるのは何度見ても圧巻である。

 

 どことなくイシュタルが自慢そうにしているのが微妙に腹が立ったりする。

 

 先ほど、心を鎮めている間に一悶着あったが、最終的にはクラスメイト全員が戦争に参加するということになった。

 

 主な要因は光輝が言った『救済さえ終われば帰してくれるかもしれない』といった言葉だ。

 

 帰る手立てが今のところ他に存在しない以上、拉致ってきたクソ神に縋りつくしか方法はない。

 

 そもそも戦争に参加しようがしまいが、自分たちが人間である以上戦争に巻き込まれるのは目に見えている。

 

 下手に戦争に参加しないなんて断言すると待遇が悪くなる可能性だってある。

 

 もちろん独り立ちが出来ればそれに越したことはないけれど、トータスにおいて右も左も分からない状況で放り出されることの危険性を考えれば、今は素直に従っておいた方がいい。

 

 それに夢溢れる異世界ファンタジーな世界が気になって、是が非でもといった人もいると思う。

 

 何にせよ、戦争に参加するという表明を出すことはベターであり、最初から決定事項でもあったのだ。

 

 最後まで生徒の為に反対していた愛子先生だったが、光輝が作った希望という名の幻想を前にしては無力であった。

 

 

 

 そうして“戦争をする”ということに対して、覚悟が全くないまま戦争に参加する流れとなった。

 

 

 

 

 王宮に着くと、いの一番に玉座の間へと案内された。

 

 玉座の間へと向かう道中、王宮の騎士や文官、メイドなどとすれ違ったが皆一様に畏敬の念を込めた眼差しをこちらへ投げかけてきた。

 

 イシュタルはさも当然といった様子で悠然と歩き、巨大な両開きの扉の前で一度立ち止まる。

 

 扉の側に控えていた直立不動の兵士達が、来訪を告げてから間を余り置かず扉を開け放った。

 

 イシュタルはいつも通りといった様子で潜っていき、光輝等の一部を除いてクラスメイト達は恐る恐るといった感じで潜っていく。

 

 光輝達の後ろについていくのを忘れていた遠藤は、滑り込みセーフといった感じで潜り込んだ。

 

 漢な遠藤、同じ手は二度喰らわない。

 

 

 

 イシュタルが玉座の前までやってくると国王が立ち上がり、手をとって軽く触れない程度に手の甲にキスをする挨拶をした。

 

 そしてハイリヒ王国側の自己紹介が始まった。

 

 国王のエリヒド・S・B・ハイリヒ、どうs…王妃のルルアリア、王子のランデル、王女のリリアーナ、そして騎士団長のメルド・ロギンス。

 

 他にも様々な人達が紹介があったけど、自分の視線はメルド団長に釘付けだった。

 

 記憶の中の異世界召喚において、彼には言葉では言い尽くせないほどお世話になりっぱなしだった。

 

 メルド団長がいなければ、何度全滅していたか分からない。

 

 ハイリヒ王国と板挟みになりながらも、どれだけ寄り添おうと努力してきたか。

 

 俺たちの一番身近な側に居て、誰よりも心を砕いてくれた人物はきっと彼しか居ない。

 

 前衛組にとって兄貴的存在だった。

 

 南雲ですら彼を亡くしたのは惜しいと、献花しにいった程だった。

 

 メルド団長を見ていると涙が溢れそうになるけれど、それでも視線を逸らすことは出来なかった。

 

 

 

 その後、晩餐会が開かれて異世界料理に舌鼓を打つことになった。

 

 何度も異世界料理を食してきたが、やはりこの日は大盤振る舞いであったみたいだ。

 

 ランデル王子がしきりに香織のことを気にかけて話しかけているが、結果を知っている者からすれば胃が痛くなるような気持にしかならない。

 

 とは言ってもまだ異世界に来たばかりとなっている自分が、殿下の言葉を妨げることは難しい。

 

 未来のランデル王子に追悼の意を捧げながら夕食をとった。

 

 

 

 ★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

「浩介、途中泣いてたみたいだったが……どうかしたのか?」

 

 

 そう言って心配して部屋にやって来たのは健太郎だ。

 

 今は各自に割り当てられた豪華な部屋にいるのだが、健太郎が部屋にやってきたのだ。

 

 影の薄さを理解した上で、目尻に涙を溜めながらメルド団長を見ていたが、どうやら健太郎にはバレていたみたいだ。

 

 

「いや、今日は色々あったせいか少し眠たくて。ちょっと欠伸した拍子に涙が出てきたんだよ」

 

 

 そう言って苦笑を浮かべてる。

 

 メルド団長を見ていたら涙が溢れてくるのです、なんてことは口が裂けても言える訳がない。

 

 そう思って誤魔化したのだが、健太郎は訝しげな表情をしたままでちょっと困った感じになる。

 

 

「……わりぃ、ちょっと眠気覚ましに夜風に当たってくるわ」

 

「……気ぃ付けろよ」

 

 

 何か言いた気な様子ではあったが、健太郎は素直にそのまま見送ってくれた。

 

 少し寒い夜空の下で、俺は一人、何かから逃げるかのように何も考えず歩いた。

 

 

 

 ★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 月明かり照らす廊下を何も考えずにただひたすら歩いていると、先の曲がり角から光輝達がやって来た。

 

 

「よぉ、遠藤。こんな時間に一人でどうかしたのか?」

 

 

 龍太郎が少し心配したのか気遣わしげな表情でこちらを見てくる。

 

 あまり話したことは無かったが、それでもここでは数少ない同郷だからだろう、一応心配はしてくれているみたいだ。

 

 とはいっても健太郎との会話を話すわけにもいかないので、以前ここにきたときのことを思い出しながら喋る。

 

 

「新しい部屋だとなんか寝付けないんだ。それに……少し部屋が豪華すぎるのもあるけど……」

 

 

 そんなことを言って誤魔化しておく。

 

 実際ここに初めて来たときは、人生初の天蓋付きベットに頬を引攣らせて、一人で一体どうしたものかと悶えていた。

 

 結局寝れたのは床の上で、起こしに来たメイドは何事があったのかと頭を抱えていた。

 

 旅行ですらカプセルホテルで十分、ボロい高層に泊まるのでさえ億劫な自分にとって豪奢な自室は居心地悪いことこの上ない。

 

 いっそホルアド辺りで適当な宿を取るのもありかもしれないけれど、それだとて何て言われるかを考えると実行に移せそうもない。

 

 

「それもそうかも知れないな。とは言え、俺達は無償で善意の施しを受けている身だ。その人達の意思も尊重しないとな」

 

 

 キリッと言われても要らない施しは有難迷惑なんだけれどな。

 

 まぁ実際、王宮の立場を考えると貧相な部屋を宛てがっては、色々な誤解を招く恐れがあるっていうのは一理あると思う。

 

 チラッと雫の方を見るとこういう人だから仕方ないという表情をし、香織は大丈夫?と言った表情をしていた。

 

 

「それに明日からは訓練が始まる。南雲のようにギリギリに入ってくるような真似をして周りに迷惑をかけるなよ?」

 

 

 うへぇぁという顔をしたのは言うまでもない。

 

 南雲だけに関してはいつも棘があるような言い方だったけど、やはりこの頃から嫉妬していたのだろうか。

 

 とりあえず夜も遅いのでまた今度、と言った感じで別れたあとぼけーっと夜空を見る。

 

 地球の夜空とは違ってトータスの空気は澄んでいるのか、星の瞬きが良く見えた。

 

 同じような夜空ではあるけれど、地球で知っているような星座はどこにも無かった。

 

 以前トータスにいた時はこんな風に夜空を見上げる機会は無かったような気がする。

 

 この夜空の下にはラナもいて、彼女もまた同じ空を見ているだろうか。

 

 そんなありふれたことを考えているとチクリと心の痛みが増した気がした。

 

 少しホームシックになっているのかも知れない。

 

 

「こんな所をラナに見られたら、魔王の右腕失格よとか言われそうだな」

 

 

 そんな風に自嘲めいた言葉を呟いて、その反動を使って気持ちを奮い立たせて感情を整理する。

 

 何故か時々心がざわめくことに関しては、ひとまず置いておこう。

 

 気にしないといけないような気もするが、何故ざわめくのか分からないからどうにもできない。

 

 それにやることだってある。

 

 もしこのまま歴史通りに事が進むなら、危険すぎる問題が山積みだ。

 

 何人ものクラスメイトが裏切って死ぬことになるし、メルド団長だって死ぬことになる。

 

 そして数多くの人が先に起こる戦争で死ぬことになる。

 

 何も知らなかったならいざ知らず、知っているのなら見過ごせる訳がない。

 

 そう考えて目標を見据えて腹積もりを決める。

 

 

(目標は全員が無事生還して地球に帰ることにしよう)

 

 

 心のざわめきが大きくなったので落ち着かせる為に、影の薄さを利用して冷たい夜風が吹く中ランニングをすることにした。

 

 この汗と共に、押し殺した気持ちが流れて行くことを願いながら。

 

 そうして何もかもさっぱりして、気持ちよく部屋に戻った遠藤だったが、この時何もかも綺麗さっぱり忘れていた。

 

 心配してやってきた健太郎はまだ部屋にいたと言うことを。

 

 

「浩介ぇ!!!」

 

 

 そうして長い夜が明けた。




ようやくここまできた!
次はステータスですよステータス!
うまくいけば魔物と戦闘もできます
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