朝、目が覚めるも頭の働き具合はあまり良くなかった。
本来なら昨日、リゼには簡単に逆行してきたことをバラして[+深淵卿]が今のところどれ程有用なのかを試す予定だったのだ。
一部のクラスメイトにも逆行のことについて話す予定だったのだが、その考えは無かったことにしないといけないらしい。
はぁぁ――と思わず溜息が出るのも仕方がない話。
逆行のことを話さずにどうやってクラスメイトの裏切りを止めろと言うのか。
因みにリゼ相手に色々実験して見たところ、未来で起きた事象と結果、更に自分が逆行していることが話せないみたいだった。
抜け道がないか地面に文字を書こうとすると手が止まったり、口パクで唇の動きで読ませようとすると口の動きが止まった。
かなり徹底されているみたいで、恐らく逆行のことを伝えようと何らかのアクションを起こすと自動的にキャンセルされるみたいだ。
色々条件を調べるために数多の実験をした結果、リゼはオーバーフローした。
『
既に起きていた
『どうしてどうして知ってるんですかぁぁぁ!!??団長や副団長にもバレてないのにぃぃぃ!!??』
などと意味不明な言動を繰り返していたが、俺は何も知らない。
本当は喋れることが確認できた時点で辞めても良かったのだが、前回のリゼには
魔王こわい。
一瞬何かフラッシュバックが起きた気がするが、きっと開けてはならないパンドラの箱のような気がするので触りはしない。
というかリゼのこと忘れてた原因ってこれな気がする。
昨日の記憶を整理しているとノックがかかる。
「昨日散々に虐められた可哀想なリゼです」
「……メルド団長に話すことが――――」
「嘘ですすみませんでした!!」
扉が開いたかと思いきや土下座をしているリゼが現れた。
その速さはきっと別の場所で使うべきだと思うし、ノックしたのなら許可を得るまで待って欲しい。
妹のことを思い出しながら今日二度目となる大きな溜息を吐いた遠藤であった。
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召喚されてから一週間経った頃、夕方に遠藤は国お抱えの鍛治職人が集まる職場に来ていた。
リゼから『苦無が出来たので最終確認をお願いしたい』との連絡が入ったからだ。
鍛治職場へ来ると以前は睨まれていたのだが、今回はしっかりと顔を覚えていたのか以前と同様瞬時に全員腰が低くなった。
後ろで控えていたリゼは最初の時の騒動を教えられているのか、うっすらとだが呆れた視線を職人達へ投げつけていた。
重要な使徒様くらい国お抱えの鍛治職人なら覚えておけよ、等と思っているのかも知れない。
個人的に1日や2日で全員の顔を把握しろというのは無理があるのではと思ったりする一方、宗教のお膝元の王宮でその対応は不味いよなとも思う。
その後一番豪華そうな待合室に通されたが、二人になった途端リゼは辛口評価を吐き出した。
「あれはダメですね。前回はともかく呼んできた相手を待合室で待たせるとか間抜けの極みです。頭にスライムでも入っているんのでしょうか」
擁護したいが全くその通りなので口を出せない。
リゼがどう上司に報告しようかと文句を並べ立てている間、遠藤はここ一週間弱のことを思い出す。
クラスメイト達の訓練はとても順調で、毎日訓練をしているお陰もあってか着実に強くなっていっていた。
とはいってもそれは騎士団員からの感覚であって、遠藤的にはおおよそ予定通りといってもいい感じではある。
ただ、何故か重吾や健太郎だけでなく勇者パーティも前回よりも少しだけ早くレベルが上がっていた。
重吾や健太郎に関しては自分と一緒に効率が良くなる訓練をしていたりしたので分かるのだが、何故勇者パーティも早く上がったのだろうか。
しかも全員が早くなるのではなく、雫だけはレベルの上がりが若干遅かったように感じた。
それと夜の魔物討伐も欠かさずやっているのだが、レベルも上がらなくなって来た上に初日以降魔物が少ないので派生技能も中々獲得できていない。
訓練の方でもそろそろ屋外訓練場に移って魔物を相手にしだす時期なので止めようかと思い始めている。
ステータスプレートを取り出し、リゼに見えないようにステータスを確認した。
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遠藤浩介 17歳 男 レベル:12
天職:暗殺者
筋力:160
体力:200
耐性:90
敏捷:340
魔力:110
魔耐:110
技能:暗殺術[+夜目][+短剣術][+深淵卿]・気配操作[+気配遮断][+幻踏]・影舞・言語理解
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前回のこの時の自分と比べると大幅に強くなっているのだが、それでもまだまだ地力は足りていないし自分にとって真骨頂の派生技能も未だ獲得できていない。
ステータスプレートをぺしぺし叩きながらどうしようかと悩む。
何をするにも足がないせいでまともな狩場にすら行けない。
せめて【オルクス大迷宮】まで行けたら良いのだが行きで半日かかるので流石に無理だろう。
今後の予定を立てているとようやく以前話していた職人が箱を持ってやってきた。
「遅くなってすまなかった。いま此方も色々立て込んでいてな。盗賊だか何だか知らないが城下街で色々暴れまわっている奴がいるみたいでな。本来なら聖教教会のお膝元の国ってことで数多くいる精鋭を回しているんだが、今はちょっとな」
そう言って睨みつけるリゼに肩を竦めてみせた鍛治職人だが、リゼはそんなもの関係ないでしょうと言わんばりの表情をしている。
何か嫌な予感が走ったが遠藤は気付いていないふりをするし、城下街には何があっても行かないと心に決めた。
行かなければ何も関わることなど無いはずだ。
心にしっかりと刻みながらわざと咳を入れて空気を変える。
「あぁー、それで苦無はどうなったか見せて欲しいんだけど」
「あいよ。これが使徒様に頼まれていた品だ。今使徒様が持っているアーティファクトに比べたら幾らか見劣りするが、それでも胸を張れる出来栄えだぜ?」
そう言って見せてきたのは自分が描いて見せたものと寸分も違わない苦無20本だ。
一本一本手にとって確認していく。
(成る程、これが今出来る最大の苦無か……、やはりキツイな)
天を仰ぎたくなるのを何とか必死に堪えた。
重量の比率もイマイチで、何とか形だけは正しく保っているような代物だ。
とは言っても鍛治職人が恥じるようなことは一切ないはずだ。
初めて握った苦無が魔王ファクトリーなのだ、ハードルの高さが高過ぎるのだろう。
そう思って心の中で無理やり納得させる。
実際遠藤が感じた微妙な差異も使い慣れた遠藤だからこそ分かるというものだった。
更に知識もなく初めて作ったという事を踏まえると実用レベルというのは実はかなり凄いことなのである。
ただ遠藤が求めていた品質が変態レベルというだけだ。
なんとか表情をごまかしていると部屋の隅で待機していたリゼがツカツカと歩み寄り苦無を一本手にとった。
それを躊躇いなく高級そうな壁に投擲した。
唖然としているのは遠藤だけで、鍛治職人は厳しそうな顔をしていた。
「作り直した方が良いのでは?」
そうリゼが言い放った。
鍛治職人が真っ赤になって立ち上がり何かを言おうとしたが、リゼは手で制止させて言葉を続ける。
「飾りの儀礼用なら問題はありませんが、遠藤様が求めているのは実用品です。国庫を自由に使えるのですからそれ相応のものを作っていただかないと使徒様が困ります」
そんな風にリゼは言い切って視線を遠藤に投げかけた。
どうしたものかと悩みながらもリゼの意図にのることにした。
「そうですね。この苦無なんですが重量の比率しっかりしていない上に苦無一本一本でばらばらなんです。形も重要なのですがそこも出来ればなんとかして欲しいです」
遠藤が言うと、腰を上げていた鍛治職人は苦虫を噛み潰したような顔で腰を下ろし、顔を伏せた。
本当はここまで言う必要もなく、苦無も使おうと思えば使えない事もないのだが、一度言うと決めてしまった以上しっかり伝えておく事にした。
「そうか……。ではこの苦無は――」
「いえ、有るのと無いのとでは全然変わりますので有り難く使わさせて頂きます。ここまで丁寧に作ってくれたものを肥やしにする訳にはいけませんし」
パッと鍛治職人の顔が上がる。
ちょっと言い過ぎてたのかなと思いつつ一つの苦無を持ち上げた。
「個人的にですがこの20本の中で、この苦無が一番良いと思っています。色々無茶を押し付けていますが人類のため国のため家族のため、頑張ってください」
「……はい」
鍛治職人の顔を見ずに鍛治職場を出て暫く待っていると、苦無が入っている箱を持ってきたリゼが出てきた。
「意外と小芝居も出来るのですね」
「それは専ら誰かさんの影響を受けてだ」
「名前を教えて頂けても?」
「それは無理な話だ」
「そうですか……」
本当は教えても良いのだが多分規制に引っかかるだろう。
リゼも何か事情があると分かったのかそれ以上の詮索はなかった。
「遠藤様、実はこの武器少し気に入ったので5本ほど頂けますか?」
「それは良いけど、扱えるのか?」
「ええ、何度か投擲すれば感覚は掴めそうです」
「それは良かった」
メイドに苦無。
それは明らかにロマンでは無いだろうか。
出来ればスカートの下からすっと出てくるレベルまで[+暗器術]を鍛えてくれるとなお良し。
小さな厨二病遠藤が『ねぇねぇ呼んだよね?ね?』等と言ってくるが即行で奥底にもう一度沈める。
遠藤の預かり知らぬところではあるが、その後
男は誰しもリアル戦闘メイドにロマンを求めたりするものなのかも知れない。
どうして他の人のレベルが分かるのかについてですが、最初のステータス確認以外は自己申告制です。
特殊な場合を除き、レベルを見て訓練を考えているメルド団長に嘘を付く必要性がないからです。
自己顕示欲が高い奴は鯖を読むのでは?と思いですが、下手するとそれは危険に繋がるので嘘を付くという考えはほとんど浮かびません。
恐らく中村恵里が降霊術を苦手と隠し通せていたのはこのせいのはずです。
魂魄魔法に届く位まで鍛えた恵里が派生技能を獲得していないはずがないので、精確に確認していたらバレます。