この愉快な二人に祝福を!   作:ブルーな気持ちのハシビロコウ

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感想欄で六千字前後が良いって結論を出したんだ...。
でもあれこれと付け加えると文字数が増えるんだ...。

そして気づけば約九千字...ふむ。
さては作者反省してないな(遠い目)?
...至らず色々とすいません。


この引っ込み思案に催眠を!後篇

 夕暮れの森の中、彼はふと考えていた。

戦闘に備えて行う黙考とは全く別の、ふと頭に湧いた疑問を咀嚼するような、そんな思考だった。

 

 

  もし自分が彼女(あの人)に出逢わなかったら、ゆんゆんをどう思っていたのだろう、と。

 

  彼は魔力の才能が無かったが、だからと同郷の彼等から侮蔑の視線を当てられた記憶は彼には無かった。

 むしろ一部から羨ましがられる始末である。

その当時のまま自分が育っていたら。

 

  弓を使う彼女に憧憬の念を抱かなかったら、自分の常識に疑いを持たなかったら。

 

今の自分を、紅魔族の行動や仕草に羞恥を感じるゆんゆんをどう思っていたのだろう。

  自分を棚にあげて、変わり者と揶揄していたのだろうか?そもそも冒険者ではなくて、別の道に進んでいたのだろうか。

 

  それとも.....

「バカらしいな。どうした?『もし』の話は嫌いの筈だろう?」

  彼は苦笑して、自問する。

 

「全く。二十を過ぎても、昔と大して変わらないものだな」

つまらない間違いを繰り返し。

無い才能を妬んでも何も出ないとわかっていて尚、内心で抑えきれてないものがある事も。

 

「本当ならヒトミを叱りつける立場でも無いだろうに...いや。やはりヒトミはやりすぎだが」

  彼は自嘲する。

(...まぁ、悪くないがな。アイツから学ぶことも多い)

  彼はふと歩みを止め、顔をあげて呟いた。

「さて.....ゆんゆん。才能に溢れたお前は、それで何を得たんだ?」

  視線の先は、地面に伏す巨大なモンスターの上に乗るゆんゆんの姿だった。

 

  ゆんゆんは彼に気付き、小首をかしげる。

「あれ...兄さん?何でここに?」

「逆に聞こう、何しにここに来たと思う?」

  からかうように、まるで擽るように笑って言葉を放った。

 

「.....まさか、私を止めに来たの?なら邪魔しないで。兄さんでも承知しないよ」

  一気に敵意を示したゆんゆんに、彼は小さく驚く。

「ほぅ、賢くなったな...そして、やはり力づくだな」

  彼はそう言って、ゆんゆんの敵意を飄々と迎えた。

 

「「...」」

 

  二人の間に、沈黙が降りる。

間を置いて、ゆんゆんはそれを鼻で笑った。

「力づく...いいの?兄さんと私だと、レベルがあってもステータスでも敵わないんじゃない?」

どこか下に見るゆんゆんに、彼は笑う。

「ほぅ?お前は自信がつくと口まで達者になるのか。そうか...」

  彼は息を吐き、握っていた弓を構え矢を番えた。

「歳上にそんな口をきく。そんな奴には、痛いお仕置きが必要だな?」

 

  その言葉に、ゆんゆんはさらに嗤う。

「やれるの?面白い冗談だね...兄さんの背中を見て、私も兄さんみたく強くなろうって頑張ったんだよ。兄さんはまるで本当の兄さんみたいに接してくれて...嬉しかったし、羨ましかったよ?だから兄さんの事はわかってるつもりなんだ」

「そうか」

「っ」

  バシュン!

  彼は矢を放ち、ゆんゆんはそれを体を翻して避けた。

 

「ならば尚更、加減は出来ないな」

 

  しかし、ゆんゆんは眉を寄せる。

「何、今の。狙撃のスキル...無しで?」

彼は不敵に笑う。

「まさか反抗期のじゃじゃ馬に本気(スキル)が必要だと?全力だが、本気は出さないさ」

「っなめないで!『ライト・オブ・セイバー』!」

  ゆんゆんは接近して光剣を縦に斬ろうとする。

が、その前に矢が頬を掠めた。

 

「...ぇ?」

  ゆんゆん本人はどこか他人事のように、空いた方の手でそっと流れる血を傷口に沿うように指先で撫でた。

 

「弓使いにとってここは射程距離だ。そして、今のは牽制のつもりかゆんゆん...偉くなったな?そこまで余裕があるまで自信を持ったのか」

「兄、さん」

「俺にスキルを使って欲しいなら、わかるな?自信がついた程度(・・)で勝てるなら転生者も勇者なんていらないだろ」

冷たい口調で、言い放つ。

 

  彼の瞳は、静かに紅くなる。

  彼の奥底でふつふつと煮える、

  表面の冷静さと逆に明確な怒りを表していた。

「そして俺はお前にそんな背中を見せて、お前は羨ましがったのか...?俺の事を知っているなら、今のも避けれたはずだよな?」

 

  そんな棘のこもった発言に、ゆんゆんもようやくスイッチが入る。

「っ...兄さん、本気なのね?」

「目で見えた事を把握できず、聞かなくちゃわからないのかゆんゆん?なら、次はその使えない目を狙わせてもらうっ!」

  彼はそう言って矢を放った。

  宣言通り、その矢はゆんゆんの目に向かい。

 

  ギィン!

  と、手の光剣に弾かれた。

「やれば出来るじゃないか?ふむ、牽制をしようと思える程度には実力はついていたらしいな」

「...」

  決意を固めたゆんゆんの瞳には、彼が映っていた。

 

  その彼は、片眼鏡をしまった。

「ふざけないでよ!?」

さらに眉を寄せるゆんゆんに小さく笑う。

「勘違いするなよ?この距離なら裸眼の方がよく見えるんだ...来い。お前の尊敬する奴がステータス(才能)ではない経験(努力)の差を教えてやろう」

(さて、挑発も良い頃合いか)

  かなり紅魔病が出ているが、ツッコミをいれる者はいない。

 

「来い、ゆんゆん」

「!っ」

  ゆんゆんが地を蹴り、一気に接近して光剣を横に薙ぐ。

  しかし彼はそれをしゃがんで難なく避けた。

「はぁ!」

  するとゆんゆんは軸足を立てて、薙いだ反動をつけて回転し追撃をしようとするが。

 

「甘いな」

  彼はその間に軸となった細い足の首を蹴った。ゆんゆんはバランスを崩し転倒しそうになる。

尻餅を着く前に、ゆんゆんは歯噛みし次の手を打った。

「くっ...『ブレード・オブ・ウィンド』!」

  それを唱えた瞬間、ゆんゆんの光剣が消えると同時に手の周辺に風が纏われ、ゆんゆんが手刀を振るとそこから風の刃が彼真っ直ぐに飛んできた。

 

「ちっ」

  彼は舌打ちをして刃をかわしながら後ろに跳躍して距離をとる、その間に矢を二発放つも既に体勢を戻したゆんゆんに全て避けられた。

(...これも避けるのか。めぐみんがいなければ...アクセルにいる輩じゃないだろうに)

 

「くらえ」

  そう思いながら彼は宙から着地し、流れるような動作で腰のバックパックに挿していた菅を取り出して投げた。

 

  真っ直ぐとんでくるそれに、ゆんゆんは歯噛みする。

(刃物ですらないなんて....マトモに傷付ける必要もないって言うの!?)

「っなめないで!」

  ゆんゆんはそれを風の刃で斬った。斬ってしまった。

 

「なめるなよ?俺は確かに全力と言ったはずだ」

  それが、何かを知らずに。

 

「...っえ!?」

  そして割られた菅によって、ゆんゆんの視界は大量の黒い煙に覆われる。

(他に機能を付けようとしていた試作だが...勿体無いは、出し惜しみだな)

「さて、煙幕に紛れても動かなければ場所は把握しているぞ?トドメだゆんゆん」

彼はそう言って矢をつがえる、が。

 

「ゲホ、ゲホ...と『トル、ネード』!」

「っ....ち!」

  ゆんゆんは咳き込み、そして涙目で唱えた魔法に彼は舌打ちし、ほぼ反射的に背を向けて走り出した。

  その数瞬後、ゆんゆんを中心に木の葉が舞い、やがて大きな風となり、巨大な竜巻が現れた。

先程ゆんゆんが倒したであろうモンスターが宙に浮き、木々と激突する。

 

  彼はかなり後方の木の上まで避難し難を逃れた。それでも髪や服が揺れる。

「上級魔法、トルネード....竜巻を起こしたか。やっと殺す気で来たか」

(しかし。煙幕が飛ばされた上に、風圧でこれでは矢が通らないな...かといって近づけばその風圧の餌食になる)

まるで風でできた要塞の如く、近付く事は許されない。

  近づけない状況に、それでも彼は薄く笑った。

 

「考えたな、ゆんゆん...だが悪手だ。持続させるならな」

  それは魔法使いの、決定的な弱点であった。

  持続させる分、いくら紅魔族であり膨大と言えどゆんゆんの魔力は減っていく。持続させるトルネードという上級魔法なら尚更だ、魔力は湯水のように減っていくだろう。

 

彼は木の上から左右を見渡し、跳び移ろうとする。

「なら俺は...魔力が尽きるまで消えさせてもら「『ファイアボール』」...っ!」

  そして、彼は目を見開いた。

 

  そのゆんゆんの魔法の詠唱は、気配もなく背後から聞こえたのだ。

(後ろ、だと?竜巻は囮か!)

  竜巻の轟音と注意で気付かなかったのだろうか、ゆんゆんは彼の背中に向けて、大の大人の拳の一回りは大きい火の玉を放った。

 

「ちっ、馬鹿(・・)がっ!」

  その火球を彼は背中で受けて、さらに衝撃で木から落下する。

 

数秒後に竜巻は消え、木々が落下するのを遠目に。

 

勝負は決した。

 

◆◇◆

 

「...やっと、くらったね?兄さん」

  火の玉と言っても中級の魔法、さらに魔力の器量はめぐみんに劣ってはいても、紅魔族ではかなり優秀な彼女の一撃は甘く見られない。

 

  ゆんゆんは木から降りて、静かになった天を仰ぐ。

 

  既に夜の帳はおりていた。

月の光に照らされながら、ゆんゆんの紅い瞳が鈍く光る。

「魔力なら確かに残りは少ないけど『ライトニング』程度なら使えるよう残したんだ....本当に。やっと、やっと兄さんに追い付けるのね...!」

  歓喜に満ちた顔でゆんゆんで、まるで剣を振る場所を確かめる処刑人の様に、彼の首元に人差し指を向けた。

 

「知ってる?兄さん...ヒトミさんって異世界の人で、その世界では完全な敗北の時に『チェック・メイト(詰み)』って言うらしいよ?まるで。今みたいだね...?」

  その優しい口調の問いかけに返答はないが、ゆんゆんはさらに笑みを浮かばせて。

噛み締めるように魔法を詠唱した。

「チェック・メイトだよ兄さん...『ライトニ』...っ?」

  勝利を確信した笑みから一転、ゆんゆんはその場に倒れた。

 

 

  一気に現れる倦怠感、突然変わる視界。

 

  そして草と土の臭いが鼻をさすよりも先に、疑問が沸く。

 

(え...体が、動かない?)

 

「あ。ぇ?...どう、して...?」

  ゆんゆんは辛うじて口をパクパクと開けるが、そこからは呻き声が出るだけだった。

 

突如、静寂が訪れる。

 

 

 

「……全く、自信が沸くと多弁になるのか?だったら俺はいつまでも臆病でいいな」

 

「っ!!」

 

 

  そして。同じ視線でゆらりと暗闇に光るもう一つの紅い双眸に、ゆんゆんの瞳が驚愕に染まった。

 

「...現にこうして、ここに立っているわけだしな?死ぬかと思ったが」

  彼が二本の足で、ムクリと平然と立ち上がったのだ。

  中級魔力を、至近距離で。

しかも、魔力耐性もさして高くない彼が。何事も無かったかのように。

 

(何で!?どうして...!)

「『どうして立てるの』か?そんな事を言いたげな目だなゆんゆん?まぁ、まだ戦闘中だ。タネなど教えてやらないがな」

  彼はふぅ、と息を吐き...嘲け笑う。

 

「動けないお前と自由に動ける俺...この状況はまさしくチェック・メイト(詰み)だな?ゆんゆん」

「っ...!!」

  ゆんゆんは頬を羞恥に染め、必死に痺れに抵抗しようと動かすが、辛うじて指先で地面を掻くだけだった。

何が起こったのかわからない、わかるのは『負け』という二文字だけだった。勝てるかもと希望をもった分、憧れを抱いた分、その反動はあまりにも大きい。

 

「う、ぐぅ!」

「さて、どうしようか?まぁ動かない敵にすることなんて、一つしか無いが」

  そう言って彼はゆっくりと近付く、その姿に恐怖に駆られたゆんゆんの呼吸がさらに荒くなる。

 

 

「...ゆんゆん!!」

 

 

「っ!!」

  遠くで彼とは別の、聞き慣れた声が聞こえた気がした。しかし彼の足は止まらず、そしてゆんゆんは己の死を悟り...。

 

 

 

  彼はゆんゆんを起こし、木を壁にして座らせるような体勢にした。

 

 

「....ぇ?」

「何だその顔は?俺も悪ふざけが過ぎたとはいえ本気でお前を殺すとでも思ったのか?なら解せないんだが」

  意味がわからない、という顔をするゆんゆんに。

彼ははぁ、と嘆息を漏らす。

 

「...塗った毒は薄めだから、自由とは言わずともすぐにある程度は動けるようになる。ほら、解毒草を磨り潰したものだ、飲ませるぞ」

  そう言って彼は腰のベルトに挿してある一本の管を取り出して栓を開け、無理矢理顎を上げさせたゆんゆんに飲ませる。

 

「っ...ゲホッ、ゲホ!」

「苦いか?でも吐き出すな我慢して飲め。まぁ気付けにも使われるくらいだから慣れないと無理だが」

  彼は滅茶苦茶な事を言って、それでも全て飲んだことを確認すると、少し離れた位置に落ちた自分の弓を拾い付いた泥を落とす。

 

「大きな傷は付いてないな。しかしあのベルディアの時から調子が悪い...眼鏡も兼ねて新調するか?」

  だとしたら里に戻る必要がある、と彼はそう思うと遠い目をした。

 

「...いつ、どうして?」

  すると、彼の背後から消え入りそうな声が聞こえた。

 

「うん?もう喋れるのか?随分効き目が早いな」

「毒を、盛ったんでしょ?いつから...?」

  彼はゆんゆんの方を見て、苦笑。

 

最初から(・・・・)。初めの頬掠めた矢に、薄めの麻痺毒を塗っておいた....薄くしすぎて予想してた時間より随分かかったがな。薬剤の抗体でもあるのかと疑ったぞ」

  淡々と言った内容に、目を丸くするゆんゆん。

「そんな...!じゃあ、最初から」

「負け試合だった、か?だが痺れ矢を想像して迅速に解毒か血抜きすれば間に合ったぞ。つまりは考えが至らない、経験不足だ。ステータスや職業で劣っても、お前はまだまだということだ」

  彼はさらに言葉を紡ぐ。

「いいか?勝負にはルールが無ければ『何をやっても勝った方が勝つ』んだ。例え批難されても、死ねば終わりだと俺は思っている....俺の行いを責めたいなら責めろ。実戦なら責める頃にはあの世だがな」

彼はそう、断言した。

 

「...うぅ、今まで頑張ったのに」

  顔を伏せたゆんゆんに、彼は嘆息を漏らし半目でツッコむ。

 

「ふざけろ、十二歳が何を言っている...今がそれくらいなら、俺なんか二年もせずに直ぐに抜かせるだろう?」

「それでもっ!悔しいの!」

  ゆんゆんは自分の膝を拳で叩く。彼女の頬を伝って一筋の涙が顎から滴となり、溢れ落ちた。

 

彼は今日何度目か、嘆息した。

(泣くとは、そこまで思い詰めてたのか?いやいや。その歳で打てば響き、溢れる才能の差に泣きたいのは俺の方だと言うのに...)

お門違い、その言葉が頭を過る。

  彼はゆんゆんに近付き、目線を合わせる様にしゃがむ。

 

「...ゆんゆん、何故俺がわざわざ量を計らないで薄くした毒を矢に塗ったかわかっていないな?」

「え...?」

「そして何故俺が、スキルを使わないで戦ったかわかっているか?」

「そ、それは私が兄さんに敵わないから...」

「違う、挑発でもしないとお前の成長を知れないからだ...あのタイミングの上級魔法に、そしてあの不意の一発は心底驚かされたぞ?それは才能ではなく紛れもない積み重ねだ、今までよく頑張ってきたな。ゆんゆん」

  軽くゆんゆんの頭を撫で、そして彼はその手を前に差し出す。

 

「さて、帰ることにしよう?」

  ゆんゆんはどこか呆気に取られながらも、乾いた笑みを浮かべながらその細い手を伸ばし...

「アハハ。兄さん...私」

「『バインド』」

「えっ?」

  ...そして、彼の魔法の縄でグルグル巻きにされた。

 

「...え?あ、あれ?」

  あまりに唐突な事に整理がつかないゆんゆんをよそに、彼はよし、と一言呟いた。

 

「捕獲完了。では催眠を解く為にヒトミの元に帰ろうか?」

「え...?」

「なんだ?また暴れでもしたら困るからな、魔力も切れかかっているんだろう?なんなら麻痺したままでもと思ったが、それならば都合が良い」

 

  そう言って彼はゆんゆんを持ち上げ、土木作業のように右肩に乗せる。

「な、な...!せめて御姫様抱っことかじゃないの...!?」

「十二のガキのそんな我儘など聞くか。にしても歳の割りに少し重いな...?痩せろ」

  デリカシーの欠片もない発言も、含め、ゆんゆんは叫ぶ。

「待って色々納得いかないんだけどっ!?」

「お前の納得などいらん。それにさっきは本音で喋った。驚かされたし成長も感じた、だが」

彼は間を置き、

 

「それとこれは『話が別』だ」

  淡々と語る彼に、ゆんゆんは必死に体を動かす。

「あ、あぁ...!!い、いやよ!待ってぇ!真・ゆんゆんが!折角こんなに変われたのにぃ!」

「暴れるな....それに俺は催眠自体を否定しない。だが」

  彼はさらに短く、一言。

「お前もヒトミも、限度と自重を知れ」

「い、いやぁぁぁぁぁぁ...」

  こうして、真ゆんゆんの到来は半日で幕を閉じた。

 

 ◆◇◆

 

  冒険者ギルドに帰ってきて、催眠を解くとゆんゆんは眠ってしまった。

 

「何だお前ら、その目は」

「いえ...我々は遠くから見ていましたが、見ていて、そして催眠を解く際の会話を聞く限り...くろぐろ兄さんはカズマには劣っても中々ゲスい考えをお持ちだなぁと...普通、牽制の矢に毒を塗りますか?」

「戦況は常に優位に運ぶ必要があるからな」

 

  彼は悪びれる事なくめぐみんに言い放った。

「チェック・メイトは格好つける言葉じゃないんですよ!チェスというゲームで使うんです、使い方が違いますよ!!」

「お前に至っては何を言っているんだ」

  ヒトミもプンプンと怒っているが、怒る方向性が違う気がする。

今、彼は二人の黒髪女子から絶対零度な視線を浴びせられていたのだ。

 

  というか、と。

彼はヒトミの頭をガシリと掴み、話を切り出した。

「元はと言えば事の元凶はヒトミのせいだろう...?俺は寸毫(すんもう)も責任があるとは思っていないからな...めぐみんもだ。歳が近い上に同郷のライバルなのだろう?もう少しゆんゆんの事を気にかけてやれ、少なくとも話し相手にくらいなれば、今回ヒトミが催眠に手を出すことも無かったろうに」

「「うっ...すいませんでした」」

 

  彼は小さく唸り謝る二人をよそに、隣で自分の肩に体を預けてスヤスヤと眠るゆんゆんを見る。そして胸ポケットの一枚のカードを取り出した。

 

「...」

(しかしあの一撃、少し癪だがトランプには再び助けられたな)

 

 

  彼の虚をついてゆんゆんの放った『ファイアボール』

 

  実は、彼は咄嗟の判断で、まだヒトミに返していなかったトランプを胸から出して背へとその腕を回し、火の玉を背中で受けたのだ。

  そして運よく火球はトランプに当たり、衝撃だけが彼を襲い木から落下。そして受け身を取り倒れたフリをしていたのだ。

 

  確かに彼は真・ゆんゆんの急襲に驚かされたが、ならば無理に避けられないかと言われれば、彼は首を横に振るだろう。

 

  では何故避けれなかったのか...それは『ファイアボール』に原因がある。

  そう『森の中で火を放った』事にあった。

(竜巻ならともかく、山火事にでもなったら事だからな....しかしトランプには焦げ目一つ無いな。やはり深く考えるのはよそう)

  ゆんゆんには決して言わない。彼だけの秘密であった。

 

 

  そんな事は知る由もないヒトミは、深く溜め息を漏らした。

「『催眠術』は...封印ですかね」

「しかし、そこまで効果があるのか...?この目で見たがにわかに信じがたいな」

「ならくろぐろ兄さん、確かめてみます?」

「は?どういうことだ」

「ヒトミ、今ですっ」

  めぐみんは忍び寄り急に両肩に細い腕を回す。力は冒険者と比べてもあんまりだが、疲労もあった彼の虚をつくのには十分だった。

 

「ごめんなさいファントムさん!貴方はだんだん...」

「なっ。お前、ら...」

  彼は脱力し、理性という名の意識が手放された。

 

 ◆◇◆

 

「ハハハハハハ!!!」

  翌日、ギルドに高らかな笑い声が響く。

 

  そこにはマントを羽織り、片眼鏡でない目に十字の眼帯を付け、どこで手に入れたか髑髏の指輪を付けた彼の姿があった。

「我が名はくろぐろ!紅魔の例外者であり弓を操りし者!!俺の矢の餌食になりたい奴はいないのか!?神だろうが異世界の勇者だろうが相手取ってやろう。このレンズに見えないものは存在しない!!」

「あ、あのっ。ファントムさん、テーブルから降りてください!」

「ファントムではない、くろぐろだ!!ハハハ!」

 

  受付嬢達の注意に耳を貸さない彼。

 

カズマは自分の目を疑う光景を指差し、向かいのテーブルに座る二人の容疑者に向く。

「ゆんゆんと同様に...それで催眠を掛けた結果が、あれか?」

「「...ごめんなさい」」

 

  催眠術は強力だった。それだけは間違いのない事実のようだ。

 

「なんというか、噂のゆんゆんよりも厄介そうだな....ん?」

  そして、カズマにある疑問が浮かんだ。

「というか、どんな暗示をかけたんだ?まさか『紅魔族らしくしろ』だなんてかけてないよな?」

  そうなのだ。

催眠には元となる誘導や暗示が必要になるはず。「犬になれ」と言われて初めて『自分は犬だ』と錯覚して吠える様に、なんらかの指示と暗示が必要となる。

 

  彼が全力で紅魔している今、それ相応の暗示をかけたという事になる。それにカズマは気付いたのだ。

 

だが。

「そ、それは言えない。です...」

「カズマ。世の中には聞いていいことと悪いことがあるのですよ?」

 ヒトミは顔を赤らめて、めぐみんは子供に言い聞かせるように真顔で言った。

 

「...何だよそれ、遠回しに聞くなってか?」

  カズマは閉口し、ムスッと眉を寄せた。

(き、気になる...!)

 

  一方、彼サイドは朝からヒートアップしていた。

『埓あかねえ!捕まえろ!ボコボコにしちまえ!』

『合法的に逆恨みでとっちめるチャンスだやっちまえ!』

『いままでの礼なんて知るか羨ましいんじゃぁぁぁ!!』

『……っおい!消えたぞ!?どこいった!?』

『潜伏だ!近くにいるはずだ、探せ探せ!』

「残念ここだ!ハハハハハ!どうした、アクセルの冒険者共よ!?俺を捕まえるのだろう?やってみろ!俺も全力で応えよう!ファントム(幻影)と言われた男との追いかけっこだ。追うと同時に追われる諸君に死ぬ覚悟はあるか!?」

『死ぬ覚悟は無いわっ!!』

  冒険者と彼がギルドから出て、追いかけっこが始まった。

 

 

  突如訪れた沈黙に、カズマは若干慌てる。

「出ていったぞ...?おい、もとに戻せるんだよな?今日ファントムにはスキルとか弓とか色々教えてもらう約束してるんだけど、あれじゃあ会話すら出来ないぞ?」

「...」

「...」

「マジかよおい!?くっそぉぉぉぉぉ...!」

  カズマも彼を追いかけてギルドから出た。

 

 

「...めぐみんさん」

「...何ですか?ヒトミ」

 

  訪れた静寂の中、俯いたヒトミはどこか遠い目で、

「催眠は封印しますが...正直に言って私、あの元気なファントムさんも嫌いじゃないです」

「.....」

  そう言った。

反省はしていても、後悔はしていないようだ。

 

  ちなみに、余談だが。

  数日後にアクアによって無事捕獲(疑問)されて元に戻った彼は。

その場で「死にたい」と言って、丸三日自分の宿から出なかったそうな。





アクアの水攻め!ファントムは流された!
.....彼も催眠には勝てなかった様ですね。

ちなみにどんな暗示かは
読者様のご想像に任せます。
これは投げやりではない。
自らの想像で話に味を出すんだ!

と、大した語彙のない奴が無理をしたと供述。

...次話は明後日投稿予定です。
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