この愉快な二人に祝福を!   作:ブルーな気持ちのハシビロコウ

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この理不尽な要塞に終焔を!後篇

「.....」

 黒に塗られた空間の一室で、一人の女性がいた。

 

 彼女のいるところだけは、スポットライトが当てられたように白く光っており、その美貌と共にどこか嬉しそうに、だが物憂し気な顔でテーブルの上にある水晶を見ているのがわかる。

 

 そして、その水晶の先では二人の男女は、闘っていた。

 

『...ねぇ、見てほしいものがあるって言うから現世から来たんたけど...何しているのよ、フリューゲル?』

  すると、彼女の背後から別の声と共に歩く音が聞こえた。

  アリンだ。半目で赤髪を揺らしながら、受付嬢の時とは全く違い白と金で彩られた豪華なドレスを身に纏っている。

 

フリューゲルと呼ばれた彼女は、微笑む。

「よく来てくれたわね、フィーナ。その素敵なドレス似合ってるわよ?」

「ありがと。でも私はこれ嫌いよ....まぁ決まりだから守るけどさ」

  フィーナと呼ばれたが、間違いなくアリンの容姿をしていた彼女は、着ている美麗なドレスに顔を歪めた。

あまり、気に入っていない様だ。呆れた顔をする。

「お疲れ様ね」

「....アンタはずっとここか天界にいるから知らないだろうけど、現界との行き来って結構面倒くさいのよ?『生真面目エリス』はよくやってるけど、私は無理。いつか過労死するわねあれ...」

  彼女は疲れたような表情で、フリューゲルと呼んだ女性を軽く睨む。

「エリスちゃんは頑張りやさんだものね」

 

どこか会話に荘厳さこそ欠けるものの、二人は立派な女神であった。

ここは天界と現界の狭間。転生者を迎える場でもある。既に仕事は一段落ついているのであろう。

 

フィーナは本題に入る。

「それで?同期のよしみで来たけど、どうして理由も言わずにわざわざここに呼んだのよ?」

「ごめんなさいね。でも見てほしいものがあったのよ、それはアリンではなくてフィーナじゃなくちゃね?」

「はぁ?というか現界の名前を出さないでよ、一応区別してるんだから」

「あっちのフィーナの敬語は新鮮で好きよ?」

「.....アンタもし私にかまけてて真面目に仕事して無かったら上にチクるからね?」

「あらあら、怖いわ~」

 

  軽い会話を終えて、

  フリューゲルは低いトーンで水晶を見るよう促す。

「これを見てほしいの...あまり、あなたには見てて心地よいものではないけど」

「ん~?なによそれ、これで現界の様子を見てたのね...」

勧められた通り水晶を覗き、フィーナは息を飲んだ。

「...っ。クロと、ヒトミ?何してるの、これ?」

 

フリューゲルは説明に困ったのか、苦笑する。

「殺し合いと言うには物騒だけど、喧嘩と言うにはあまりにも本気すぎるわ...あら、クロ?彼一応ファントムって名乗ってるけど、それじゃなくていいの?」

そして水晶に映る一人の呼び名に、怪訝な顔をした。

「いや話した記憶無いのに何で知ってるのよ.....ここにクロはいないからいいのよ」

「そういうものかしら?」

「いや、今は呼び名なんてどうでもいいでしょ...何でこうなったのよ?原因は?」

 

  フリューゲルは指の腹を自分の口に当てる。

「そうね...引き金はデストロイヤーかしら。彼は何としてでもデストロイヤーから得られる情報が欲しくて、ヒトミはあまりに必死過ぎる彼を見かねて止めようって状況ね、ざっくりだけど」

「ふ~ん...」

  かいつまんだ説明を聞くと、フィーナは難しい顔をする。

 

「デストロイヤーって確かアクセルに向かったあれよね....背景は何となくわかったけど、でも納得できないわ。それでここまで発展するかしら?」

「気持ちはわかるけど。この水晶から見える光景が現実よ.....彼は力に固執しすぎているみたいね。それよか、彼のことは貴女のほうがよくわかっているでしょ?」

 

「まぁ、それは私もたまに感じたけどここまで必死に.....あ、そっか。デストロイヤーだからね?」

フィーナは腑に落ちたとばかりに呟き、フリューゲルはそっと頷いた。

 

「そう。デストロイヤーはこの世界でも明らかにトップレベル、なら力が欲しい彼が放っておく筈がないのよ」

 

フィーナは、複雑な顔をする。

『アリン』として接してきたイレイシアの彼は。確かに、話が通じる相手からは情報という情報を、そして冒険者であるためにスキルを見せてもらっていた。

その表情は彼が言う気になる『好奇心』よりも、若干自分の物にするという『執着』に、近いものを感じていたのは、違和として感じていた為に否定できない。

 

好き嫌いはあっても決して贔屓をしない。そう決めていたフィーナは、アリンは、それを周囲と同様な忠告程度にしか出来ず、彼には響いていなかった。

 

「デストロイヤーすらも、ねぇ.....」

そんな背景からか、フィーナはポツリと呟く。

「確かこの機動要塞の制作者は...日本人の転生者じゃなかったかしら?アラアラ。彼ったら随分と転生者に縁があるみたいね」

「.....今の状況見たら笑えないわよ。それに縁とは言っても誰かさんを皮切りに、ね」

  フフフと笑うフリューゲルを一瞥するフィーナ。

 

すると、フリューゲルがピタリと止まる。フィーナはふと水晶に視線を送るが、特に決着が付いた訳ではなさそうだ。

怪訝な顔をすると、フリューゲルがフィーナを見る。

「フィーナ」

「ん、何かしら?」

「私思ったんだけど....『アラアラ』と『フフフ』って、合わせると『アラフ』にならない?」

「......何をいきなりトンチンカンな事言ってるのよアンタ」

いきなり唐突に馬鹿な事を言った彼女に、フィーナは嘆息した。

 

(本当に、同期じゃなかったら付き合いきれないわ.....)

「それで?フリューゲル、アンタ最後まで見届けるつもりなの?」

閑話休題、とばかりに呆れた顔を上げる。

「えぇ勿論。でも見てるだけよ?ここで何かちょっかいしたら、今度は『余計なことするな』って私が彼に恨まれて殺されそう....それに意外と、これは無理と断言できないし」

「『神殺し』の称号なんてクロが一番欲しがらないわよ...それに天界から現界にちょっかいなんてかけたら、天界のルールに反しまくってるからね?今まででも黒よりのグレーなのよアンタ」

  フィーナは半目で釘を打つ。

「フフフ、殺せないとは言わないのかしら?」

「現界に降りないくせに、揚げ足を取るわね......アンタよく気に入った子に贔屓しようとするし、他の女神からそういうところも嫌われてるのよ?自覚あるでしょ?」

「良いのよ、私は私。他は他よ...ちゃんと仕事はしているでしょう?それに、女神なら私にはフィーナがいれば十分よ」

「『癒し』の女神が聞いて呆れるわね.....」

「あ、ほら見てフィーナ。彼が頑張ってるわよ」

 

  そして既に話を聞かず、既に嬉々として水晶に向き直っていた。

 

  フィーナは嘆息する、もう慣れたと怒る気も沸かない様子だ。

「ったく、本当にそういう所よ...というかフリューゲル。アンタ案外クロの事買ってないかしら?」

すると、フリューゲルは少し意外そうに。

「あら?努力して前を向く人を応援しない女神なんていないでしょう...?あ、現界に堕ちたアクアちゃんは別でね?」

「あんた今然り気無く毒吐いたわね...まぁアクアは自業自得だけど。でも、少し意外ね?偏屈なあんたがそこまで買うなんて珍しいわ」

「そう?あまりそんな意識は無いけど.....彼は、なんというのかしら....才能の無さと周囲にうちひしがれながらも、折れない感じ...『不屈』って言うのかしら?私は彼の、そういう健気なところ結構好きよ」

  そう言ってフリューゲルは、穏やかな笑みを水晶の先の彼に向けた。

 

  フィーナは片眉を上げた。

「ふーん、健気ねぇ...でも何もしないのね?ヒトミと違って」

「えぇ。流石に私もルールに触れて堕ちるのは嫌だし、それに。私は贔屓されない、与えられないで尚足掻く彼のままでいてほしいわ....それよりフィーナ。まるで私がヒトミに沢山してあげてるみたいな言い方ね?」

フィーナは苦笑する。

「いやどの口が言ってるのよ、あんなトランプおかしいでしょ?あの異常な切れ味や頑丈性でさえ微妙なラインなのに。毒の判別から道案内まで出来るとか....あれはまさしく反則(チート)でしょ?」

「あら?この世界に慣れない転生者に贈り物(チート)をあげるのが役目よ?魔王を倒すためと上も言っているのだし、何も問題ないわ」

フリューゲルは悪びれる事なく。

むしろ逆に、いいことしたと言わんばかりだ。

 

フィーナは頭痛を諌めるように片手で頭をおさえる。

「あんたねぇ.....ホントにいい性格してるわ」

「あら、ありがとう」

「褒めてないわよ.....つーか今のあんた、まるで『真の悪役』的な立ち位置ね」

「あら?それは誰視点かしら。物語も闘いも正義も、視点次第で全てが変わるのよ?」

「癒しの神が言うことじゃない、それ」

  それを聞いて、フィーナは苦笑する。

 

そして、真顔で。

「ヒトミを『イレイシア』に送ったのは、このため?普通なら駆け出しの『アクセル』に送るはずなのに...クロに会わせて、ここまで計画通りなのかしら?」

「あら?彼に会わせたのはフィーナよ?」

「傲慢の無さと豊富な知識、一番の適任はクロだったからよ....」

実質、イレイシアにはそういう冒険者は多かった。アクセルから来たことで、自分に高くなる評価。心の奥底にある『コイツらと俺は違う』という視線。

 

彼には、それが無かった。例え口にしたとしても、そこに心は無く強いて言うなら挑発に使う程度。

無論全員がではないが。彼以上にアリンがイレイシアで『信頼』出来た人物はいなかった。

それはフィーナではなく、ギルドの一受付嬢として働いた、冒険者を見てきた彼女が。

 

故に、彼しかいなかった(・・・・・・・・)

フィーナの口が、自然と開く。

「......ねぇ、フリューゲル」

「なにかしら?」

 

 

「アンタ、どこまで本気なの?」

「『どこまでも』よ」

 

 

 

その蠱惑的な笑みに、フィーナは嘆息を漏らす。

「へぇ。紅魔病って、女神にもかかるのね.....ま。私は現界に帰るわ」

 

現界に帰る。

その言葉にフリューゲルは一瞬だけ、表情を固めた。

「...あら、最後まで観なくていいの?」

「えぇ。私的にそれ悪趣味だし、二人を信じてるし...見る必要もない.....何よりこのゴワゴワなドレスを着る今のフィーナより、アリンの方が気が楽だしね」

  そう言って、フィーナは振り返らずにヒラヒラと手を振りながら、スポットライトの当たらない闇の中に消えた。

 

その背中を見て、闇の中でまだ消えていないことを知って。

「フィーナは、変わり者ね」

『それ、アンタに言われるとかなり癪よ』

「こんな変わり者に付き合ってくれるのよ。フィーナも十分な変わり者でしょう?」

『なにそれ、喧しいわよ.....はぁ、じゃあね?』

「えぇ、また会いましょう」

『次会うときはその悪趣味、マシになってることを祈るわ』

そして、この世界から気配が一つ消えた。

 

  一人となったフリューゲルは、頬を膨らませる。

「もう。悪趣味だなんて.....私だってこうなることまでは想像してなかったわよ...まぁいつか衝突するとは思ってたけど」

  癒しの女神どころか、女神と疑う様な言葉が響く。

 

 

「でも....嫌われ役なんて、簡単ですものね?」

  フリューゲルはそう言って、緩慢とした笑みで水晶を覗く。まるで我が子を見るような瞳で。

 

 

水晶を通した二人の表情には、違っても嘘がない。

どちらも透くように純粋な、でも決して不純物が無いわけではない。

それでいて真っ直ぐだから、そこがどこか物寂しい。

 

その色違いな二人には明確な壁があるから。

黒と白が混じると『灰』になるように。

一度混じってしまえば、二度とその色は戻らないように。

 

「...だからこそよ。当たり前の事じゃない?彼等は色じゃなくて人間ですもの。完全なんて無いわ、私は応援したいだけ」

 

『癒しの女神』がそう言って、笑った。

「二人は呆れるくらい真っ直ぐなんですもの...だったら本音と本気でぶつかって、そして仲直りが一番よ。そうでしょ?」

 それは、誰への問いかけだったのだろうか。

 

 ◆◇◆

 

 

  水晶の先の世界では、片方の息が切れていた。

 

彼である。

「クソッ...!」

  彼はヒトミへ攻撃が届かない事に腹をたてており。

タイムリミットもかさみ焦りが怒りの拍車をかける。

 

(間違いなく、押されているのか......!)

ギリリと歯噛みする。

  彼は、ヒトミのマジックに翻弄されていた。

 

  頭で理解しようとすればするほど、彼の常識に靄がかかるのだ。

地上(・・)から出たトランプが舞い。

何もない(・・)ところから鳩が出る。

  物が床では無く天井に落ち(・・)

花束の花弁が文字どおり宙を舞う(・・)

  攻撃しても、消え、しかしどこから(・・・・)でも現れる。

  大胆不敵、神出鬼没。

  まるで雲を掴むような感覚、手応えなどもはや皆無。

 

欺くマジックは、彼に確かな手応えを与えていた。

 

実際のところ、二人の相性は最悪だった。

彼は常に視野を広く考えて、最善を見つけて行動する事を常に頭に置いており。

そして、そこには自分が持つ『経験』が生かされていると信じてきた。そう体が染み込んでいる。

 

だが、今の状況はどうだろうか。

行き過ぎた『遊戯』や『道化』による常識の疑惑、それは視界の暴力に匹敵する。落ちた物が上に上がり、なにもない空間に何かが出てくるのだから。

 

『錯覚を利用する』という考えが彼にはなかった分。

彼の目は欺かれ続ける。

マジックの類いがこの世界で広く伝達していない分。

情報のない彼はこの場で対応せざるを得ない。

 

『脳が現状を把握する為に反射的に考え続ける』事が、彼の『経験』が、彼を生かし続けたそれが。紛うことなくこの場では足枷となってしまっていたのだ。

 

 

  自分の常識が、ここでは完全に効かない。

まるで自分を否定されるかのようで、腹も立つのは必然だろう。

(まさか『千里眼』も使えないとはな、確かに不慣れな相手だ。だが、一番腹が立つのは...)

 

「っなぜ攻撃しない!隙ならばいくらでもある筈だ!」

  彼は吠えた。

  そう、未だにヒトミからの攻撃を仕掛けていないのだ。既に視覚を通して脳を勝手に使い続け疲弊している彼に、隙ならいくらでもあるはずなのだ。

 

  返事は、帰ってこない。

 

  彼は舌打ちし、ふと視線を自分が置いた特殊な鏃の矢に向ける。

  爆裂魔法とは言わないが、かなりの爆発を起こす鏃。

 

(...いや、駄目だ。それではヒトミを無力化できたとして。万が一ここが瓦解でもしたら助からない上に情報も得られない...短絡的になるな、冷静に考えろ)

  彼は熱のこもった頭を振り、深呼吸して息を整え。

 

「!」

  静かに、瞳を閉じた。

 

「.....ほぅ」

「クルッポッッ」

  そして、突如現れて右前から迫る鳩を、目を開くこと無く短剣で切り裂いた。

 

「そうだ。使えないものに頼るのは愚かだ」

まるで、自分に言い聞かせるように。

(目が使えないなら、他の五感を頼ればいいんだ....『千里眼』が使えない時に夜の戦闘を見越してだったが、ここで役に立つとは、僥倖だな)

  無論、それは簡単な話ではない。いきなり目を閉じて音を頼りに戦える者など、ほぼ皆無であろう。

 

  だが、彼はそれを成す。

  いきなりではなく、積み重ねによって。

  彼はあらゆる可能性を考え、そして考えうる万策に対しての努力を怠らなかったのだ。

 

先程はそれで押されていた、

不利になっていた筈の。

 そのもはや、狂気に近い努力故にだ。

 

それでは、今回のヒトミの点において思い付かなかったのは。偶然なのだろうか。

 

そんなことは、今の彼には無用な思考だった。

 

......ザリッ

  そしてその耳は、地面を擦る微弱な音を拾った。

 

「そこか」

 

  そう言って、彼は目を閉じたまま音のした方向に、左手で腰に挿していた一本の投げナイフを取り出し、放った。

 

「うっ!!」

  その一刀は、ヒトミの肩を軽く抉って通りすぎ、壁にぶつかりキンと音をたてて落ちた。

「やっと捉えたぞ...まさか予備の投げナイフを外し忘れていたとはな、俺はまだまだ管理が甘い」

  彼は瞼を上げて、肩をおさえるヒトミを見る。

 

 その顔に、感情は映らない。

血の色と同じ迸る紅い瞳は、彼女をただ映すだけだった。

 

短剣を、握り直す。

「さて、血が出てしまえばこちらのものだ...いくらマジシャンが欺く事が巧みでも、濃い血の臭いと血痕は消せないだろう?」

  彼はそう言って、片眉を上げる。

「さて。この状況、俺は迷わずお前を斬れるぞ...お前はどうだ?先程までの行為、人を傷つける事はできるのか?」

「...」

「やはり。前から思っていたがお前は冒険者に向いていないよ、ヒトミ」

「っ『鳩出し』ッッ!!」

  ヒトミは痛みに顔を歪めながらも歯を食い縛り、ハットを掴んで大量の鳩を出す。

 

鳩が怒濤の勢いで押し寄せるなか。

「しつこい、もう飽きたぞ」

  彼は迷わずヒトミのいた方に突っこみ、短剣を振るうが、それは空を切った。

 

その足場には、血が数滴落ちている。

(移動したか......っ!)

  そして、彼はあることに気付いて舌打ちする。

 

『クククルルッポーー』

出した大量の鳩が、消えていない。

その鳴き声が重複して、どの鳩がどの位置で話しているかもわからない。さらに数匹はヒトミの血痕らしき赤い斑点が見える。

(成程、耳を封じられたか...それにこの数に邪魔されてロクに臭いを判別する暇もない)

 

「咄嗟にしてはやるじゃないか、考えたな」

  色の無い顔で、見えないパーティメンバーを誉める。

 

「だが...!」

 

  彼は走り出し、羽ばたく鳩を無視してスライデイングの要領で滑るように自分が放った弓を掴み。そしてそのまま片膝立ちで短剣を矢の代わりにつがえて。

 

  先程いた自分の左後ろの、何もない方向に向けた。

「『狙撃』」

 

  低い声とともに、短剣は放たれた。

スキルによってさらに命中精度が増した短剣は真っ直ぐ飛び、

  何もない空間で、ドンッと鈍い音と共に止まった。

 

「......っ!!」

 

  同時に鳩が一斉に消え、そして宙を舞うトランプ達も、重力によってパサリ地面に落ちた。

 

  そして何もなかった空間に、ヒトミが前のめりになって動かない姿が視認できた。

 

当たったのだ。

 

「手間取らせたな......短いからしっかり引けないし、鞘で撃ったから殺してはいない。だが確実に骨は折れただろうな」

  彼はそう言って、息を吐いて立ち上がる。

 

「戦闘は悪くない線だが、癖があったな。俺の左後ろばかり隠れている節があった...目を閉じた時に確信したよ。正直に言って危なかった、まさかあのお前がここまでやる奴とはな」

まるで台本があるかのような、感情のない台詞。

 

 彼は口元を手の甲で拭い、踞って動かないヒトミの先にあった扉に向かう。

 

「驚いたよ。だが、その姿を見るのも最後だ」

 

  彼女を通りすぎる際、ヒトミはフラリと体勢を崩し横に倒れた。

 

  そしてそれをチラリと一瞥した彼は、目を剥いた。

「なっ...!?」

  倒れるヒトミの腹部から、溢れるように一枚のトランプが地面に落ちる。

 

  絵柄は、ハートが三つ描かれていたのだ。

(っ馬鹿な!?それは俺が持っている絵柄....)

  彼は咄嗟に胸のポケットに入っているのを確認しようとして。

 

  そして、ピタッと自分の失態に気付いた。

(いや、待てよ。そもそも何故、腹からトランプが出てきた...っ!!)

 

  だが。気付いた頃にはもう遅い。

「しまっ...!」

(絵柄を同じだと思わされたトランプも、気絶したように倒れたのも囮。くそ、騙された(・・・・)!!)

  既に飛び上がったヒトミが、その別だった絵柄のトランプを持って彼の元へ跳んだ。

 

彼は迫り来るそれに、だが思考を止めない。

短剣は足元。投げナイフも無い、魔法ではこちらも喰らう。この体勢では拳も、間に合わない。

 

この一瞬で、彼は間に合わないとわかっていた。

わかってしまった。

 

「なめ、るな!」

だが、折れない。

止まりかけた思考を無理矢理動かした。

 

(...俺には、コイツから譲渡されたトランプがある!)

そして。少しのけぞった若干無理な体勢からトランプを取り出そうと胸に右手を入れ。

 

 

(......なに?)

手が、体が。ピタリと止まった。

手応えで、トランプは確かにあった。

まだ間に合ったはずだ、彼女のトランプをトランプで受けて防ぐ。

それからなら、肉弾戦なら何とでもなる。

 

 

だが、止まった。

 

頭の指示じゃない。彼じゃない。

だが一瞬だけ体がピタリと、固まった様に止めたのだ。

 

(何故、だ?)

理由は、わからない。

わかるのは。その失った一瞬は、あまりに大きく。

既に、ヒトミをトランプで防ぐ猶予はなかった。

 

万策が、尽きた。

 

彼に抵抗の手だては無い。

(負けるのか?俺は...勝てないのか?ここまでやって?)

ふと赤く染まった瞳に、何かが込み上げた。

ゆっくりと流れる時間の中、彼の心底で何かが音をたてて壊れてしまったかの様に。

(また、負けるのか)

 

 

そしてヒトミは、もう目前で。

 

「っな...!?」

  その勢いのまま、彼の胸に抱きついた。

  予想外で思考が飛んだ彼から間抜けな声が漏れる。そして脱力した体はバランスを崩し、彼はヒトミに抱き付かれたまま尻餅をついた。

 

「「.....」」

  少しの間、静寂が訪れる。

 

「っ」

 ようやく動き出した彼は、剥がすよりも先に、胸から下に感じる違和に向けて片眉を上げた。

「お、おい。なんの、つもりだ....?」

いつもより戸惑いの入った彼に、ヒトミは涙声で。

「私、やっぱり我儘です.....ファントムさんを、最後まで恩人を攻撃できませんでした」

「......」

「喋ったらバレると思って...でも。それでも見破られて...驚かそうって隠れて練習してて、でも言われないと知らなかった癖もバレて....でも今のファントムさんは、私の知っているファントムさんです」

ヒトミは涙に濡れた顔を上げる。

「...そう、か」

  涙ぐみながらも心底安心したような顔に。

彼の瞳が、徐々に黒に染まる。

 

 

  それを見て、ヒトミはお日様のように笑った。

「良かった、です...うっ」

そして、少し苦しそうに笑う。

「それでも、お腹は痛いですけどね。後...魔力不足って、思ったより、辛い...です。ね?」

  そう言って顔が再び彼の胸に落ち、クタっと完全に彼に体重を預けた。

 

「...おい?」

彼はヒトミの肩を掴み、あることに気付く。

(気絶したのか...いや違う。安心して、寝ているな?)

安らかな笑みを浮かべたまま寝息を立てていた。

「この状況でか....?本当に、読めない奴だな」

  はぁ、と彼は息を吐く。

 

「だから、負けたのか.....最後の最後で気を抜くとはな。俺はやはり、まだまだまだ」

  彼はそう言って、苦笑する。

 

それに、と。先程のトランプを胸からスッと出す。

ハートの三。彼はそれを見て、冷静になった思考でふと頭上をみる。

(....俺はあの時、迷ったのか。これ(ヒトミの贈り物)を使うのを。ヒトミを傷付けるのを躊躇ったのか)

「甘いな」

さらに表情を緩め、自嘲するように笑う。

だがさっきまでとは違う、どこかスカッとした笑みで。

 

そして、一言。

「俺もまた、俺を理解できていなかったんだな」

 

 

そして嘆息を漏らしてトランプをしまい、彼は思考を切り替えて現状把握する。

(こいつを担いで深部のここから出る事を考えると、それなりに時間がかかる....そしてタイムリミットはほぼ無いと考えるのが妥当、か)

  彼はスッキリした思考を巡らして、結論を出す。

 

「仕方無い、戻るとしよう」

  そう言って、ヒトミをそっと横に置き、立ち上がる。

 

  弓矢を拾い、ふと奥で構える扉を呆れたように見る。

「まさか...宝を目の前にして、持つことも叶わないとは」

  『宝の持ち腐れ』ではなく、持ち腐らせる事すら出来ない事に、彼は嘆息した。

 

 

  そして視線を切り、矢の箱を腹部に掛けて横にしたヒトミを背中に背負おうとする、が。

 

 

「......いや」

  彼はなにかを否定するように呟き、弓矢ごと背中に掛け、そしてヒトミの脇と膝の下に手を通し、背中に回しそっと持ち上げた。

 

  俗に言われる、お姫様だっこだった。

 

 そしてカツンカツンと彼は揺らさないようにゆっくりと、だがそれ中で出せる最大の速度で、扉に背を向け、デストロイヤーから脱出した。

 

  彼の胸中から溢れていた泥は、まるで誰かに欺かれていたかのように消えていた。

 

 ◆◇◆

 

  デストロイヤーはその後、カズマの機転でアクセルに被害が及ぶことはなかったそうだ。

  アクセルには、だが。

 

  ほぼ活躍していなかったダクネスをいじっていたカズマは、どうやらテロリストの類いであるという疑いを持たれているらしい。

  なんでも核であるコロナタイトとよばれる石を、爆発寸前のところで転移魔法で飛ばしたのだという。

 

  そして、その転移先にはアクセルの地を治める領主の屋敷に飛ばされたそうだ。偶然にも出払いで死者はゼロだが、それに憤慨した領主によってカズマには国家転覆罪というそれはそれは重い罪に問われている。

 

  そして他の冒険者やパーティメンバーにも見限られ、カズマはドナドナされていくのであった。

 

 

 

 

  そして、二人は。

 

「.....実はありったけの資料をかき集めていた。だと?」

  彼は驚愕して、隣で座っているパーティメンバーを見る。

「は、はい....ファントムさんに会う前に、というよりも会う為に『以心伝心』で鳩さん達にお願いして...実はあの部屋も、その。調査済みだったんですよね~...?」

  言いにくそうに、とても言いにくそうにヒトミは答えた。苦し紛れの笑顔はあまり効果がない。

 

「それで、どうだったんだ何かあったのか?」

  彼は若干動揺しながら聞く。

 

「お、落ち着いてくださいファントムさん」

「あ、あぁ悪い....つい、気になってな」

  ヒトミに言われ、彼は若干浮いた腰を降ろす。

「私は見てないんですが。その鳩さん達いわく、確かに沢山本はあったんです、ですが...」

「ですが、なんだ?」

  ヒトミは頬を紅くして、指を遊ばせる。

「全部女性の裸とかの、エロエロな本だと...」

「......」

  それを聞いた彼から、表情が抜け落ちた。

 

 

 

 

 

 

「なぁ...ヒトミ」

「は、はいっ」

「...俺達は、何の為に闘ったんだ?」

  その、若干時と場合を間違ったようなセリフに。

  ヒトミは羞恥もあるが「エロ本の為です」とは流石に言えなかった。

 

彼の嘆息がギルドに響く。

「きっと責任者が死後の拡散や独占を恐れて、関連する書類や情報は全て処分したんだろう....そこらの配慮は出来たと言う訳か....はぁ。ならば収穫はほぼゼロ、か」

みるからに落ち込んでいた。

「い、いえそれでも!本は見つけたんですよ?これだけですが...」

  そう言って、ヒトミは彼に一冊の本を手渡す。

 

 

「...」

  彼はそれを見ても喜ばない。

何故か?見覚えがあったから。

 

  それは古びた感じでいかにも情報が詰まってそうな..........例の日記だった。

 

  バシンッ

「『ティンダー』」

「えぇっ!?」

  彼は見覚えのある表紙を見や否や床に叩き落とし、驚くヒトミを無視して燃やした。

  歴史的価値とか一切考慮せず、かれは己の感情のまま燃やした。

 

  灰となっていく本を見て、何故か『アディオス....!』と面識の無い、髭の生やしたハゲた翁がウィンクしている光景が浮かんできた。

 

 

「『ティンダー』」

さらに燃やす。

 

  彼の心と向ける視線は冷たいが。

  二度火を付けた本は、それはよく燃えて二人の体を暖めた。

 

《了》




デストロイヤー篇、終了!

シリアス「ぐわぁぁぁぁぁ!」
ああっ、シリアス先輩が死んだ!

さようならシリアス先輩、
最後位しか出番なかった人(疑問)よ。

そして久し振りコメディさん、おかえりなさい。

彼には悪いですが骨折り損エンドです。
まぁ、それよりも良いものを手に入れたと思いますが。

しかし距離縮まったなぁ。
作者より先にリア充には.....ならないよね?

シリアス「このすば要素どんどん消えてる気がっ」
まだ生きていたか、しぶとい先輩です。

さて残すところはエピローグのみ!
最終話は明日投稿します!
最後まで見てね!最後くらい見てね!
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