彼の一日は早い。
いつも通り、軽い準備運動をして。
いつも通り、弓の確認を終え。
いつも通り、朝早くに依頼を受ける。
そして依頼を終えた彼は、一人ギルドの席に座っていた。
何をするわけでもなく、ぼぅと虚空を見つめている。
「...っ!」
すると、突如誰かに背中を叩かれた。
「よぉクロ!ぼーっとするなんて珍しいな!」
「...サン、加減しろ。背骨がずれたと思ったぞ」
そこには豪快に笑う巨漢、いや巨大な赤髪の女の姿があった。
彼が軽く睨むと、サンテリアは肩を叩く。
外れるかと思った、学習知らないらしい。
「なんだい情けないね?ヒトミがいなくなって、そんな調子で平気かい?」
「....少なくとも。目の前にゴリラの幻覚が見える程度には元気だな」
「それ全然元気じゃねぇ....おいなんつったこの野郎」
そう言ってサンテリアは彼を睨み、隣にドスンと座ってギルド嬢兼給仕の女性に「酒を大ジョッキ二杯くれ」と言った。
彼は半目で一瞥し、警告する。
「おい、まだ昼だろう?」
「構わないさ、アタシは酒入った方が強くなるからな」
「錯覚だな....いいのか?王都で名を馳せる冒険者が、昼から酒を呑み、俺みたいな奴とパーティを組んで」
「おぅ構わんさ。漸く周囲の視線に棘が無くなったんだ、ある程度の自由くらいもらってもいいだろ?」
そう言う彼女の気色は、どこか穏やかにだ。
「....まぁ、それは否定しないが」
彼は視線をそらし、頬杖をつく。
サンテリアはベルディアから得た大剣を使いさらに名を上げ、さらに彼のアドバイスを聞いてそれなりの『自重と遠慮』を覚えたらしい。
すると徐々にだが周囲のみる目は変わっていき、今ではサンテリアは王都の五本の指に入る冒険者の一人となっていた。ちなみに二つ名は彼女が「ま、間違ってねぇからな」と言って取り下げられていない。
彼女も、変わったようだ。
(俺には自重も遠慮もしていないようだが...)
そんなサンテリアを横目に、彼は視線を前に送る。
確かに。ある時を境に隣にいる存在が、今はいない。
(いや、いないと言うよりは...)
ドンッ!
「っ」
すると、突如彼の視界が重い音と共に茶色に染まる。
サンテリアが運ばれた木製のジョッキを目の前に置いたのだ。
揺れで泡が少し零れて、彼の鼻に付いた。
「.....」
彼は親指で泡を拭い無言で彼女の方を見ると、サンテリアは笑って言った。
「ほら、クロも呑めよ?奢るからよ?」
「断る....その為の二杯だったのか。俺はてっきり二杯ともお前が呑むのかと思ったぞ」
「忘れたいことがあるなら呑めよ、んでパァッとやろうぜ?」
「お前はこの後のクエストがあるのを承知で言っているのか?だとしたらお前の頭がパァなんだが」
「プハァ!あぁウメェ!ホントにここの酒はうめぇな!」
「聞けゴリラ、人語を理解しろ」
既に彼の話を聞かずに、サンテリアは既にジョッキを呷っていた。
彼は自分の顔ほどあるジョッキを見ながら、嘆息を漏らす。
「いなくなった、か...」
そう小さく呟いて取っ手を掴み、ゆっくりとジョッキを傾けて呑む。
「おっ、マジで呑むとはな!ノリが良くなったじゃねぇの!」
既に酔いが回っているのか、顔が赤いサンテリアが横で笑う。
彼は口から外し、口元の泡を手の甲で泡を拭った。
「黙れサン。全く....散々だな」
彼の呟きは、ギルドの喧騒に紛れて消えた。
「.....あれ。二人ともお酒呑んでるんですか!?」
すると長い黒髪の、冒険者ギルドには場違いそうな格好の女性が声を上げる。するとギルドで酒を呑んでいた者達が軽く沸いた。
彼女は周囲に笑顔を配り、そしてハットを胸の前に置いて大きく一礼。
「『鳩出し』」
そして呟きと共に、ハットから純白の鳩が溢れた。
さらに沸く観客から離れ、トトトとこちらに走ってくる彼女にサンテリアは笑う。
「おぉヒトミじゃないか!公演はもういいのかい?」
「はい!今回も大成功で終わりましたよ.....じゃなくて何でお酒呑んでいるんですか。駄目ですよ、今からクエストに行くんですからね?」
ムッとヒトミは注意する。
「アタシは酒を呑むほど強くなるさね」
「え......サンテリアさんって酔拳使いだったんですか!?」
「馬鹿か、冗談に決まっているだろう」
彼は驚くヒトミに半目でツッコミをいれる。
そして、深い溜め息を呑み込むように酒を呷り、一言。
「なぁ、サン。『いなくなった』と言っていたが...忙しくなって共に依頼に行く『機会が減った』の間違いじゃないか?」
「ん、それもそうさな!まさかあれから、こんなに早く二人と会うなんてアタシも思わなかったがねぇ!」
彼の言葉に、サンテリアはうなずく。
あまり深く考えての発言では無かったようだ。
ピキリと彼の額に青筋が浮かぶ。
実は。
デストロイヤーの一件を終えたアクセルで。
王都の貴族が『デストロイヤーや魔王の幹部を倒した冒険者達がいる街』に好奇心からアクセルの街に寄ったのだ。
そこで偶然にもヒトミのマジックを観て、心を打たれたという。
そしてヒトミのマジックに魅了された貴族はヒトミの手を握り、一言。
王都に来てもっと多くの人に見せて上げてほしい。
より多くの人を喜ばせられるとヒトミは大賛成、そして王都に来た彼女はその貴族の予想した通り、そしてヒトミの望んだ通り大盛況だった。
その人気は留まることを知らず、噂を聞き付けた陛下の前でもその驚きと歓喜を魅せたという。
引っ張りだこの公演で得た金は、ほぼ全て貧しい者達への募金や駆け出しの冒険者への応援金に回しており、それも彼女が人気の理由らしい。
『彼女のマジックを見ると幸せになる、さらにその金で人々を救う。まさに女神だ』と誰かが言ったそうだ。
きっとこれからも彼女は人々に笑顔を提供することだろう。
そう。既にそれから数年が経過している。
彼はヒトミを見て、嘆息。
「それはいい.....それはいいんだ。それで、何故。俺がここにいる?」
......そして現在、パーティメンバーである彼は彼女のとばっちりを受けて、ヒトミと共にアクセルの地を離れて王都にいるのだ。
大きくアクセルに離れない理由はないが、また離れる理由もない。
それをヒトミが良しとしなかった。
「ファントムさんがいないのは私が寂しいから嫌です!」
「いや、子供かお前は....」
彼は呆れた口調で返す。
すると、サンテリアは口笛を吹いた。
「おあついねぇ....だが、なんだかんだとアンタも忙しいだろクロ?なんでも王都の若手騎士や駆け出しの冒険者に心得とか色々教えてるんだって?教え子から『先生』って慕われているそうじゃないか?」
サンテリアの発言に、彼は大して関心がなさそうに返す。
「大した事じゃない。出来ることと出来ないこと、俺が知ってること。ソイツの得意か不得意を俺がわかる範囲で教えているだけだ」
「だけねぇ。お陰で王都の冒険者の死傷者数が激減して、上からも目をつけられているのにかい......?どれだけ経っても変わらずの偏屈頑固な奴さな?」
「黙れゴリラ。よくも王都に来た俺を見るなり叫びながらタックルしてきたな?恐怖を感じた上に怪我をした。そういうのはヒトミにしろ」
「あまりに驚いたから近寄ったらクロが吹っ飛んだだけだろう?それにヒトミにやったら危ないじゃないか」
「自覚があるのにしたのか......!それに『だけ』だと?二十メートル吹っ飛ばされた身にもなれ。受け身をとれなかったら死んでたからな?」
「生きてたんだから問題ないだろう?」
「っ問題大有りだ。やはりお前は『クルッポー』...鳩?」
「あの。二人とも落ち着きましょうよ、ね?」
青筋を浮かべて睨み合う二人の間に鳩が割って入り、そしてヒトミが苦笑しながら宥める。
『.....』
二人はヒトミから視線を移し、互いに顔を見合わせて。
「...おいクロ。ここでの喧嘩は止めて、依頼を受けて勝負しないか?」
「猿知恵にしては悪くない提案だな、内容は?」
「数をこなす依頼は他の冒険者に任せるとすると...『一番討伐に貢献した奴』の勝利にしようじゃないか?」
その提案に、彼は軽く顎を引く。
「乗った。行くぞヒトミ、今度こそこのゴリラに人の礼儀と常識を躾として叩き込んでやる事にしよう」
「なめんなクロ。おいでヒトミ、このクッッソ堅物を一緒にぶっ飛ばそうじゃないかい?」
「アハハ...とか言って二人とも連携するんですよね?」
「「まさか」」
(息ぴったりなんですけど....!少し嫉妬するレベルでハモってるんですけどっ)
ヒトミは依頼を確認しに行った二人に、ひくついた笑みを溢す。
「....」
ヒトミはふと立ち止まり、前方で未だに口論する二人の後ろ姿を緩慢とした笑みで眺める。
様々な気持ちが溢れる胸を手で押さえて、そっと目を瞑る。
(女神様......素敵な出会いを、本当にありがとうございます)
心の中で、出会ったあの女神に祈った。
「弓使いにはハンデが必要かい?」
「なめるな。教えるためにも弓以外もある程度は扱えるようにしている。だが逆にハンデで弓を使ってやろうという俺の良心だ」
「なめんなよ?」
「そのまま返してやろう」
「.....ってまた喧嘩してる!?それに置いてかないでくださいよ!待ってください二人とも...!」
そう言って目を開けて、ヒトミは慌てて二人の喧騒へと駆けた。
『クルッポー』
一羽の鳩が、無限に広がる空へと羽ばたいた。
◆◇◆
「.....た、助けてぇ!」
森の中、一人の少年の叫び声が聞こえる。
少年は既に木の枝の擦り傷で血を滲ませながら、それでも必死に足を動かす。
『ギャギャギャ!』
背後からは、ゴブリンの群れが少年を追っていた。
ゴブリンの手には刃こぼれしたナイフ、木のこん棒などが握られており、その少年よりも少し小さい体でも武器として十分な脅威になった。
(なんでっ、なんでこんな事に...!?)
彼は涙目で籠を押さえながら走る。
そして、こん棒を持つ一体が彼に跳躍し、そして無情にこん棒を振るい...
「有難い、わざわざ当てやすい的になるとはな」
『ギャ...!?』
その低い言葉が聞こえた時には、ゴブリンの体に矢が貫通していた。
『ギャッ』
『グギャッ!』
さらに、次々と彼を追っていたゴブリンが倒れる。
既に、全滅していた。
「......え?」
少年が振り返りその光景に呆然としていると、横からガサガサと歩く音と共に無機質な声がかかる。
「運がいいな、お前は」
短く低いその声の方を振り向くと。丁度弓矢を下ろした、黒でまとめられた服装の大きな男性がそこにはいた。
彼はゆっくりと少年に近付き、そのボロボロな体を見て怪訝な顔をする。
「本当に運がいいな?地図も鎧も武器もなく、よくもここまで来たものだ...っ」
そして。少年の手に持つ、溢れそうな程の草の入った籠が彼の視界に入った。
「ふむ」
彼は片眉を上げる。
そこには彼の記憶が間違いでなければ、全てが薬草の類いだった。ボロボロになりながらも、無意識か空いた片手は蓋をするようにして籠から必死に零れ落ちないようにしていた。
それを見て、
「どうやら...武器を持つ両手は空いていなかったようだな」
彼はそう言って苦笑した。
「っ」
少年は唖然としていたが、全滅したゴブリンにようやく実感が沸いたようだ。
安心と共に自然と口元が緩み。
思わず歓喜の声を上げる。
「アハハ...す、すごい...!さっきので全部やっつけたの!?」
「ん、いいや?」
彼はそう言って腰からナイフを取り出し、少年の方に向かって投げた。
回転するナイフは少年の頬に当たるか否かの紙一重で通りすぎ。
そして向こうの茂みの方へ飛んで。
『ギャッ!』
そして見事、茂みから頭を出して矢を引いていたゴブリンの眉間に当たった。
「ぇ?あ...」
一拍遅れて、少年は振り向いて口を開ける。
彼は動じること無く、息を吐いて淡々と言い放った。
「今ので全部だ、また来たら面倒だ。森を抜けるぞ」
彼は少年を回復魔法の『ヒール』で癒し、安全地帯まで送ろうと少年と並んで歩く。
少年は彼をじぃと見ているが、彼は前から視線を外さず、口を閉じている。
無口な人なのだろうか?そう思った矢先、その彼は口を開ける。
「...次から森に用があるなら冒険者に依頼でもすることだ。痛い目に遭いたくなければな」
彼がそう言うと、少年の表情が歪み、俯く。
「家は貧乏だから、出来ないよ」
彼は少年を一瞥する。
「そうか、ならその薬草は親の為か?」
「うん...ママがびょうきだから。パパもお金のために沢山はたらいてるからあんまり家にいなくて...だから、本にあった、よくきくやく草あげたら元気になるかなって」
「ほぅ。では薬草の知識は本なのか?」
「う、うん?そうだよ、先生から借りたんだ。僕ってあんまり才能ないってよく皆に馬鹿にされるから、僕もわかってるんだけど....籠を持たなきゃいけないし、覚えるのは大変だった」
少年は苦笑する。
途中からちぐはぐだったが、少年の言いたいことは伝わった。
「それは、確かにおかしい話だな」
そして、彼は苦笑する少年に笑う。
「言っておくが。よっぽどの物好きか、その手の専門家でもないとその籠は薬草のみで埋められないからな?他の似た草も必ずと言っていい程入る」
「...え?」
少年は驚いたように彼を見る。
「だが馬鹿だ。床に伏す母親の為とは言え、感情的になって森に足を踏み入れたのがな...現に死にかけたろう?」
「あ、あれ?僕、ほめられてるの?」
「いいや。馬鹿にしてる」
「えっ!?」
少年はさらに目を丸くした。
彼は子供に容赦がないようだ。さらに言葉を紡ぐ。
「才能が無いは言い訳にならない。無い物ねだりはさらに虚しいだけだ...その点、お前は知識を身に付けて薬草を得ようと行動した。だが頭が足りなかったな?その手の薬草は山と比べてかなり安全な場所でも自生している」
「え?」
「お前はその先生とやらにさらに明細を聞くか、ほかの大人にも聞くか、他の本も読むべきだった。惜しかったな?そして、その惜しいミスがここでは命取りでもある」
さっきがいい例だな、と付け加えた。
「そ、そんなぁ...それじゃあ僕、バカみたいじゃないか」
少年はみるからに落ち込むが、彼は小さく笑う。
「確かに馬鹿かもな。だが誇れ、お前は立派だ。周りの嘲笑なんか気にするに値しない。本を読み、お前は知識をモノにした事も事実なんだからな」
「...えと、それは」
「あぁ。これは、お前を褒めている。そろそろか」
その言葉と同時に、森を抜けて陽の光を浴びる。
風に揺られる、草の波が街まで続いているのが見えた。その光景に年相応に少年ははしゃぐ。
「わぁ!スゴイ!」
彼はそれを見て、息を吐く。
「...もう安全だ、早く家に帰れ。俺は依頼を達成したし、ギルドに戻る...朝早くからこんな目に遭うとはな」
すると、少年がある言葉に反応した。
「!いらい...お兄さん『ぼうけんしゃ』なの!?」
「まぁな.....もう薬草を取りに山には行くんじゃないぞ」
「うん!お兄さん、凄くカッコよかったよ!」
「カッコいい、か。それは、俺にとってあまり褒め言葉ではないのだがな...ん?」
彼は背を向けようとして...ふと少年のある視線に気付く。
「......」
彼の映る少年の瞳は、どこかで覚えがあった。
「...っ」
そうだ。それは、どこかで見た曇り一つない憧憬の眼差し。
目標にしたいという人物が出来た、夢と目標に溢れる少年の瞳。
「!」
そして、思い出す。
少年は言った。
「僕、つよくなってぼうけんしゃになりたい!お兄さんみたいなぼうけんしゃに、僕はなれるかな?」
少し不安の入り交じった、その顔。
あぁ、あまりに身近で気付かなかったそれ。
(彼女は...いや彼女も、こんな感情だったのかもな)
彼は小さく息を吐き、苦笑し。
「無理だな。俺みたいにはなれない」
「えぇ!?」
そして、呆れた表情で言った。
想定していなかった回答に少年は驚愕する。
彼は苦笑する。
「...俺なんて追い付かずに、さっさと追い越すんだな。お前がその籠を持つ限り、お前がその心を忘れない限り。お前にはそれが出来ると約束してやる。俺は後でゆっくりお前に追い付くさ」
「え...?」
「まぁ、教えられる事は教えてやる」
あまりに唐突などんでん返しに付いていけず、パチパチと瞬きする少年を見て、彼は頭に手を置く。
「...お兄さんが、教えてくれるの?」
「あぁ、そうだな。例えば...」
彼はそう言って。
屈託無く、笑った。
「弓。やってるか?」
「!...うんっ!!」
少年もまた、笑顔で頷いた。
この理不尽ながらも。
否、理不尽故に素晴らしい世界に。
祝福を。
《了》
はい、という訳で本編完結です。
書き終えたときに気が付いたけど文字数6666字だ、スゴい!
ふと『6』の数字について調べてみると
『バランスと調和』『無条件の愛』
という意味があるそうです、あら素敵。
そしてシリアス先輩は不滅だった。畜生。
ほぼ同時に投稿したであろう
次の話は『プロット』的なキャラ設定と
キャラの誕生の理由とかを紹介してます。
一応裏話とも言えるか微妙ですが、あります。
さて、ここまで読んでくださった
読者様には心から感謝申し上げます。
初めてのハーメルンで
拙い文章だったかもしれませんが。
私としては楽しく筆を執らせて頂きました。
まぁ、欲を言えば
もっと高評価欲しかったりしましたがね。
今からでも遅くない!
いいんです、いいんですよ?
投稿当初はUA千越えれば御の字
そんな予定での投稿だったんですがね。
気づけば千を優に超えて三千近く、
でもさらに欲しがる私もいる。
ふむ、欲は怖いですね(他人事)
長くなりましたね、すいません。
最後に感想や高評価。
また今作をお気に入りをしてくださり
本当にありがとうございました。
とても執筆の励みになりました!
もし、次の作品がもし投稿されたら
その時も読んでくださると嬉しいです。
読んでくださった皆様に、祝福を!