この愉快な二人に祝福を!   作:ブルーな気持ちのハシビロコウ

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お久しぶりです。
今日は同時にヒトミの閑話を出してます。
これは一個目ですので、お間違いなく。


このゴロツキ共に粛正を!

 『ファントム』と呼ばれる彼の朝は早い。

 

  起床してまず鏡の前に立ち。

 顔を洗い、愛用の片眼鏡を拭くところから始まる。

 

  そして入念に準備運動をした後に外に出て、矢の試し射ちを行う。

  十本の例外なく長さの変わらない矢を、それぞれの離れた位置から放つのだ。

  最後の十発目は百メートルを越える。

 

  しかしそれでも、彼は弓を使い冒険者となって数年後には十発の中で一度も的から外さない的中率を誇っていた。

 王都でも中々このレベルの弓兵は少ないだろうと彼は自負している。

 

  そして的の的中具合を見て今日の調子を確かめる。

 

「……」

 

  顔をしかめる、今日はかなり不調だったようだ。

  彼自身、弓を引くときに変に力んでいるのがわかった。的を射てはいるものの、いつもよりもブレが大きい。

 

  その結果に眉を寄せながらも、その場を去りギルドに向かう。

  歩きながら、先程の矢の結果を思い出していた。

 

「しかし、やはり原因はあれか」

(最近はあれだと思っていたが、本当にあれだったみたいだな……)

 

  ギルドの近くまで行くと黒い誰かがたっており、彼女は彼に気付くと手を上げた。

 

「あ――『くろぐろ』さん!おはようございます!!」

 

  そこには、かなり目立つ服装の女性がいた。

  特製の黒スーツに身を纏い、ハットを被った長い黒髪の女性。

 

 その姿を見て、誰が彼女を冒険者などと思おうか。

 

「……ファントムと呼べ」

  そして、くろぐろと呼ばれた彼はげんなりした顔で訂正を求めた。

 

「いや~しかし意外でしたよ!『ファントム』って異名だったんですね?でも私、くろぐろもいいと思いますよ?」

「ファントムだって本名よりはマシだと思って名乗ってるだけだ……頼むからやめてくれ」

 

  彼はそう言って、というかもはや懇願した。

 

「ん~私はいいと思いますよ?くろぐろさん……黒いですし」

「やめろ…里から離れて、何度恥ずかしくて死にたくなったか」

 

  彼は深い嘆息を漏らす。

  まず彼の言う『あれ』の説明をしよう。

  結論から言って、ヒトミと彼はパーティを組むことになった。

 

  次に『彼』の説明をしよう。

  彼……くろぐろは『冒険者』であり、紅魔族(こうまぞく)である。

 

 

 ◆◇◆

 

 

  魔法の才がない紅魔族。それが『くろぐろ()』であった。

 

――そもそも紅魔族とは?と聞かれれば彼等を知っている者達は口々にこういう。

 

  頭のおかしい奴等、と。

 

  彼曰く頭が御花畑なのだが、端的に言うと彼等は彼等の中での偏った価値観の『格好いい』が大好きなのである。

 

  それはもう、存在そのものがうっとうしいと呼ばれる『アクシズ教』と呼ばれる宗教と似たレベルで。

 

 

  簡単に例えるなら。

 

  仲間は瀕死になるまで助けないでそれまで体育座りして物陰に待機とか。

 

  ド派手な物が大好きで爆発とか雷とかでお祭り騒ぎしたりとか。

  何故か興奮すると目が紅く光るとか。

 

  常にマントを付けて長くこちらが恥ずかしくなるような自己紹介をしたり眼帯とかとんがり帽子とか何事も形から入りたがる症候群とかetc。

 

―――とにかく、変な集団なのだ。

 

  それでいて魔法の才能がトップクラスで、冒険者になろうものなら魔法の上級職業の『アークウィザード』に初期から多くの紅魔族がなれるから厄介である。

 

 強くて性格に難がある。

 故に手がつけられない者が多い。混ぜるな危険である。

 むしろ何と混ぜれば安全なのか定かでないが。

 

  しかし彼等は基本人里を離れた場所で生活している、これは人にも、そして魔族にも都合が良かった。

 

  そんな、ハイスペック残念集団である。

  そんな中で、くろぐろは魔法の適性が常人レベル以下だった。

 

  まさしくそれは例外の部類だった。

 『例外』というワードに羨ましがられた記憶もあり、素直に馬鹿にされた頃もあり。

 

 その時はくろぐろも紅魔族してたので悪い気はしていなかった。

 

『我が名はくろぐろ!紅魔族でありながら魔力を得られなかった例外者なり!』

 

  なんなら自己紹介に使ってもいた。ポジティブである。

 

  しかしふと、何か自分が得意な物があってもいいのでは?と思い立って小さい頃に部族の村から出て森に入ったのが、冒険者としての彼の始まりである。

 

  モンスターを倒す冒険者がいたのだ。

  彼女は美しく弓を使いこなし、木々を移りモンスターの視界に映らず、淡々とモンスターを仕留めていたのだ。

 

 

  そこにいた人物と出会い、くろぐろは色々変わった。

 

 

  彼は顔を手で覆う。

 

「あの人に自己紹介したときの……その時のあの人の顔……今思い出すと苦笑してたよな絶対」

「そんな過去があったんですね…私、ファントムさんの故郷の紅魔族の里に行きたいです!」

「ダメだ絶対。俺あの日から旅を決意して数年で消えたし……俺は毒されていた、あの空間にはもういたくない」

 

 弓使いの彼女から一般常識を教えられたくろぐろだったが。

 実は元々から『危なくないかな?』なんて少し疑問を思う観点を持っていた。

 

  それは恐らく、魔力という点で周囲と違った環境に置かれた事があるからだろう。

  そして彼女、今は弓の師匠の様な存在に出会ってから現在の彼が形成された。

 

  巧みに親を説得し、腕はいいが変なオプションを付けたがる知り合いに弓矢と望遠鏡代わりになる片眼鏡を作ってもらった。

 

  弓矢と眼鏡のデザインには争いが起こったがそれはまた別の話。

 

 

「あそこって色々ハイスペックで、そんで残念だと思わされたよ……本当宝の持ち腐れだ」

 

  誰かさんみたいにな、と付け足してヒトミを見る。

 

「むっ。私は腐ってもいませんし、後悔してませんよ!」

 

  ちなみに、彼女はやはり案の定で『マジシャン』を取った。それでいてモンスターを倒す、魔王を倒してやるというからギルドーーというよりアリンは大慌てである。

 

 

『危険です、せめて経験者の誰かと同行してください!』

 

 

―――そして、何故かその矛先は彼に向けられたのだ。

 

 

「何故こうなったんだ……」

「でも『クロ』さんは優しいですね。私を構ってくれるなんて!感動です!」

「いや俺じゃなくてアリンが……今なんだって?」

 

  彼が脱力していると、ある言葉が飛んできた。

 

「くろぐろさんは嫌なんですよね?でしたら『クロ』さんなんてどうでしょう!」

「クロ……その名もやめろ、嫌なものを思い出す」

「そうなんですか?私の世界では良くペットの名前にされていましたね」

「誰がペットだ!何故つけた?ならまだファントムの方がマシだ!」

 

  朝早く、彼の声が響いた。

 

 ◆◇◆

 

『クエスト ジャイアントトードを五体倒してください』

 

 ジャイアントトードとは、例の巨大な蛙だ。

 ちなみにこれは駆け出しが受ける程度のクエストでもある。

 

  草原で、二人は岩影から頭を出し二体の目標を確認する。

  ヒトミは双眼鏡越しに、彼は片眼鏡のレンズ越しに。

 

「見えるな?あれがジャイアントトードだ」

「……デカくないですか?」

「一応、普通の感性を持っていて助かったよ」

 

 彼は唖然とするヒトミを見て苦笑する。

 まだこちらに気付いていない蛙達は目をギョロギョロと動かしてはいるものの、特に何かをする気配はない。

 

「ところで気になっていたんだが、その職業は何ができるんだ?」

「『マジシャン』の事ですね?スキル欄で取ったのは『シャッフル』と『カード投げ』と『コイントス』に『ナイフ投げ』『鳩出し』、取ってないのは『花鳥風月』と『イマジネーション』ですね」

「頭が痛いな……っというか花鳥風月いつ習得可能になったんだ?」

「屈強な冒険者さんが教えてくれました!『俺の花鳥風月見たいだろ?見たいよな!?いや見てくださいっ』って」

 

――それでいいのか屈強な冒険者。彼は思わず口を結ぶ。

 

  恐らく、その冒険者なりの彼女へのアプローチのつもりだったと思われるのだが、全く通じてないだろうと彼は内心で同情する。

 

「しかし、取ったスキルの中に使えるものあるか?」

「一応、カード投げは使えると思いますよ?」

「……いやトランプ投げてどうするんだ?」

 

  彼は先が思いやられ大きく嘆息する。

 

「スキルであることだし万が一もあるのか……?とりあえず俺が一体倒して、もう片方の動きも封じるから、見ておけよ」

「はい!」

 

  大きな声を出すな、と注意した後に彼はスキルを発動し矢を二本つがえる。

 キリキリと指で挟んだ矢を絞り。

 片眼鏡のレンズ越しに角度と力加減を微調整する。

 

「『狙撃・二連』」

 

  息を吐き、放った。

 

  その矢は真っ直ぐ風を切り、一本は蛙の胸を突き抜け倒し。

  もう一本は別の蛙の眼に当てて視界を奪った。

 

「上手くいったな」

「わぁ!凄いですファントムさん!」

 

  彼女は興奮して双眼鏡を外し彼に向く。

 

「では私も……!」

 

  そう言って彼女はカードの一枚を取り出し、右上の角を人差指と中指で軽く挟む。

  そして右下の角の部分を手の凹み辺りに設置して少し指を折った。

 

  すると、指と掌に挟まれたトランプは小さな山の曲線を作られた。さらにヒトミは手首と肘を使って胸の方まで持っていく。

 

  まるで何か溜めるような動作に、なんとなく察した彼はまさかと口を開ける。

 

「まさか本当にここからカード投げるのつもりか?あそこまでの距離、五十はあるぞ?」

「このトランプなら大丈夫ですよ『超凄い』ので!私も普通のトランプでは十メートルしか狙い通り飛ばせた試しないですけどっ」

「その自信がどこから来るかわからないし、その記録も凄いのかわからないな……」

 

  呆れる彼を他所に、ヒトミは悶える蛙に狙いを定めて、

 

「それ!『カード投げ』!」

 

  放った。するとトランプは大きく弧を描きながら回転し、そして勢いは止まることなくジャイアントトードの元に、そして。

 

 シュパァァァン………!

 カードは一切の抵抗もなく蛙の胴体を突き抜けていった。

 ジャイアントトードは口をパッカリと開けて倒れ、絶命した。

 

「えっ?」

「は?」

 

  そしてそのままトランプは粘膜やら血やらを飛ばしながら帰ってきて、

 

「あっ……」

 

  ブーメランのようにヒトミの元に帰ってきた。

 反射的に片手で摘まむようにキャッチしたが。彼女自身流石に驚いているようだ。

 

  斬り口(疑問)から血とか内臓が溢れるという中々グロいことになっている蛙に視線が固まって、そして無言で二人は目を合わせて。

 

「「……え?」」

 

  超凄いトランプに、二人の間の抜けた声が重なった。

 

 ◆◇◆

 

  呑んだくれの溢れるギルドに、驚いたアリンの声が響く。

 

「もうレベルが上がったんですか!?まだ初日ですよ?」

「アハハ……そうみたいですね」

「あっ、ファントムさん!無理させちゃダメですよ!?」

「俺が悪いのか...?あと、無理はしてないぞ?」

 

  遠い目をして呟く。

 

  その後は、トランプの能力実験だった。

  どこまで飛ぶのか、そもそも切れ味はどのくらいか。

  というか頑丈性とか色々と。狩ったジャイアントトードは余裕でクエストの倍である十を越えた。

 

  結論から言うと、このトランプは超凄かった。

 

  飛ばしかたがうまいのか、場合によれば距離は百を越える。

  さらにトランプで斬ればまるで豆腐の如く真っ二つに斬れ、ふと彼が隙を見て至近距離で矢で射ってみたが傷一つなかった。

 

  ちなみにその後「トランプは一枚でも欠けちゃダメなんですよ!」とヒトミに怒られた。

  それ以前に彼の弓使いとしてプライドが欠けたが。

 

  さらにトランプは罠としても使える。

 というか地面に立てて置いてみたらその上歩こうとしたモンスターがスパスパ斬れる。

 

  試しに彼が恐る恐る踏むと、フニャンと曲がった。

 モンスターと人間を区別しているのだろうか。

 

  もはや包丁として一家に一枚欲しいレベルである。

  人体には何の影響もなく、なんならカード投げの時のように力の入れようで曲がり弧を描く事もできる。

 曲がっても決して折れない。

 しかも、一度放置してみるという方法も行ってみたが、帰ってきた。

 

  信じられないだろうが、クルクルと誰かが投げたように宙を回って帰ってきた。

 

  そしてこの辺りではもう、彼は考えるのを辞めた。

 

  これは確かに『紙』であり『神の代物』である。理屈を超越した品だと実感したのだ。

 

(今度、アリンにも見せてやろう……そうすればわかる筈だ)

 

「もうお昼過ぎましたね。遅くなりましたが、お腹減りました」

「そうか?俺は疲れたよ。紅魔の故郷といいお前といい、俺の中の常識はよく変わるんだな……」

 

  トボトボと彼女に付いていき、蛙の唐揚げを食べた。

  ヒトミは少し複雑そうだったが、一口食べてから問題なくなったようである。

 

  パクパクと食べる様子には疲れを微塵も感じない。

  順応性が高い。きっと彼女は長生きすると彼は確信した。

 

(まぁ、俺も冒険者として最低限の事を教える……後少しの我慢だしな。付き合うか)

 

『……』

 

  彼も本格的に食事をとった。

 

―――自分の周囲の視線には、気付かずに。

 

 ◆◇◆

 

  翌日、事件が起きた。

  ヒトミとパーティを組んで、数日が経った日の夕方の事である。

  机に座っていた彼は困っていた、というか呆れた顔でその光景をみている。

 

「おい嬢ちゃん?俺達とパーティ組もうや?」

「そうそう、そんな冴えない奴と付き合うなよ~?」

「楽しいぜ?」

「え、えぇと……?」

 

  三人の冒険者が、ヒトミを囲むようにして勧誘しているのだ。

  色々欲望が顔に出ているのだが、と彼は冒険者達を一瞥して嘆息を漏らす。

  彼女は困ったように、だが嬉々としてこちらに向く。

 

「ど、どうしましょうファントムさん!!私にモテ期が来ました!!」

 

  わかっていたが彼女は鈍感らしい。

  だが彼は同時に少し期待していた、これはチャンスだと。

 

(ヒトミをコイツらに押し付ければ俺の安寧は取り戻される……もうあのトランプとコイツはゴメンだからな)

 

  パーティを組んで数日にして、彼は軽くやつれていた。

  その原因は言わずもがな、驚きと呆れによる疲れは半端なものではなかった。

 

「……良かったな?ならばそいつらと組むといい。剣士の前衛二人に後衛のマジシャン、バランスはいいぞ?」

 

すると、冒険者達は彼に指をさしてわらう。

 

「ヒデエ男だな?見捨ちまうなんてよ」

「ハハハ!!流石『冒険者』様は違うねぇ!」

 

  一人の男の煽りに、ヒトミは反応した。

 

「?……皆さんも『冒険者』ですよね?」

「あ?違ぇ違ぇ、俺達が言ってるのは『職業』としての冒険者さ!『冒険者』ってのは何にも秀でていないクズがなるような最底辺の職業なんだよ!」

 

(……丁寧な説明ご苦労だな)

 

  彼は全く動じずに頬杖をつく、既に慣れたのだ。

  『器用貧乏』とすら揶揄される『冒険者』という職業の運命ともう受け止めている。

 

  『冒険者』という職業は浅く広く、と言った職業である。

  全てのスキルや魔法を使えるが、上級の魔法やスキルは熟練度を上げてもその職業には遠く及ばない。そんな職業である。

 

  残念ながら『アーチャー』等という職業は彼のカードにはなかったのだ。

 

 

  それでも彼は冒険者になり、弓を取ったのである。

 

 

  全く動じない彼に、反応が退屈だと舌打ちした一人の大男の口元が三日月に裂かれる。

 

「知ってるぜぇ…?しかもお前紅魔族なんだってなぁ!?」

「マジかよ!?いや髪は噂通りだが、瞳はどうしたんだよ?」

「お前知らねぇのかよ?紅魔族は怒らねぇと目が光らないんだぜ?」

 

  そう言ってジロジロと見てくるので、嫌悪を明らかにする。

 

「つぅかよぉ、何でコイツアークウィザードじゃねぇの?魔力しか取り柄のないネタ民族だろ?」

 

 

 

「――あ?」

 

 

 彼は低く唸ったが、彼等の耳には届かなかった。

 

「あのネタ民族が、とうとう魔力まで失ったのかよ?」

「いやコイツが無能で、単に里から捨てられただけじゃねぇ……のっ!!」

「っ!」

 

  すると、彼は近付いた冒険者の一人にいきなり頬を殴られた。

  彼はそのまま壁にぶつかり音をたてる。

 

「なっ!?何してるんですか!?」

「はいはい黙ろうね『バインド』」

 

 ヒトミが叫び駆け寄ろうとした瞬間、一人が魔法を唱えた。

 すると縄が自分の意思を持っていたかるかのように瞬く間にヒトミは拘束されてしまった。

 

「なんですか、これっ……!!」

 

  周囲もザワザワと騒ぎ始める。

 

「なぁ…弱いんだからよぉ?すました顔するなよ弓使い?」

「弓なんて臆病者の武器だよなぁ?」

「そんな目で見てくんじゃねぇよ?なぁ」

 

  殴った者への詫びの言葉の一つもないようだ。

 

(……流石、イレイシアの『冒険者』だな)

 

 周囲も、見知らぬふりをするか。

 酒の影響もあってか悪ノリする輩だけだった。

 

「いいぞ~やっちまえ!」

「そいつ前から嫌いだったんだよ!」

 

 壁に激突した事を心配する者はいない。

 少なからず同情の視線こそあれど、誰も助けにはこなかった。

 

「……ふぅ」

 

  彼は何も言わない。

  小さく血の味がする口から息を吐いて、真っ直ぐ三人組を見ていた。

  蔑むような、憐れむ様な目で見上げていた。

 

「なんだその目?まだやられ足りないのか?」

 

「―――なん、ですか。それぇ!!」

「……ぁ?」

 

  彼に近付く大男が再び腕を振り上げる中、魔法で縛られたヒトミは叫ぶ。

 

「格好悪いですよ!!貴方達は、冒険者じゃないです!!」

「?」

「はぁ……?」

 

  その言葉に大男はポカンと呆れた。

  笑うものがいれば意味がわからないという顔をする者もいる。

 

「何言ってんだ?冒険者じゃねぇとか?」

「……っ」

 

 ヒトミは周囲を見渡す。

 ここまで叫んでも、誰も彼を助けない。

 

(―――ならば、私が)

 

「成敗します!『鳩出し』!」

 

  スキルを発動した刹那、頭から外れたハットから大量の白い鳩が溢れだした。

 

「なっ、なんだよこれ!」

「クソが!」

 

  決死、とはいってもただの目眩ましである。

  だが、ポケットのトランプさえ取れれば勝機はある。

 

(トランプを取ってロープを切って、倒せれば……っ!)

 

 彼女は歯をくいしばって、三人組や傍観している者達を睨む。

 拘束さえ解ければこの距離ならトランプは外さない、確実に当てられる。

 

(後少し、指先に……!)

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーヒトミ、ダメだ」

 

 

 鳩の群れに混乱する中で、どこからか彼の声がはっきりと聞こえた。

 

「……え?」

「まだ加減を知らないお前が、人に向けてソレを扱うな」

 

  低い声が響き、思わずヒトミは手を止める。

 

  その方向を見ると……。

 

「ファントム、さん?」

 

 ヒトミの直ぐ背後だった。

 

(いつの、間に……?)

 

 驚く彼女を余所に彼は腰にさしてあった短剣でロープを切りながら口を開く。

 

「ヒトミ、そのトランプは異質だ。万が一お前が敵と認識した者に攻撃性を示すなら……まだ加減を知らないお前は目の前にいる奴等を殺す覚悟をしなくちゃいけない」

 

  その瞳は紅く染まっている。

  それは他でもない、紅魔族の証明でもあった。

 

「いいかヒトミ、覚えておけ。これ()冒険者だ」

 

  諭すように、親が娘に言い聞かせるように。

  その真っ直ぐな瞳は、もはや別人に思えた。

 

「っ、なんだお前……偉そうにしやがってよぉ!?」

 

 三人はすでに動ける状態になっていた。

 鳩が消えていたのだ。

 あくまでも瞬間的に発動した魔法で長く持続はしないらしい。

 

 まるで『最初からなかったかのように』床には羽一つ残っていなかった。

 

(アリンは確か非番だったな……ラッキーだ)

 

  一番自分を気にかけてくれた受付嬢がいないことを確認して。

  手を櫛にして、あまり長くない前髪をかきあげる。

 

「偉いかどうかは知らないが。なぁ?集団で攻撃してきた事は含めないとしても……一般的には一発殴られたからには『一発殴り返していい』よな」

「っ……なめやがって!臆病者が!」

 

  三人の内の一人が殴りかかり、既に背後まで絞った腕を放つ。

 

 

「おっ…?」

 

  が、既に懐に入っていた彼にその拳はスカッと通りすぎてしまった。

 

「おおぉぉぉぉ!!?」

 

  さらに、その伸ばした腕と勢いを利用されて逆に壁に投げ飛ばされた。

 

  あまりに一瞬で野次馬だけでなく、既に縄から解放されているヒトミですら固まる中。

 

  彼はパンパンと手に着いたゴミを払うような仕草をし、周囲を見て嘆息を漏らす。

 

「一応言っておくが……まさか弓使いが苦手な近接戦や魔法の対策をしていないと思ったのか……?万が一そう思っていたならアクセル(駆け出し)からやり直すことを薦めるよ」

『……』

 

(まさか...まさかだな?本当ならこの街はよく保っていたな)

 

  誰も反抗しないことに、彼は若干引いた。

  雰囲気もあったろうが。

 

「え、と。なんかスマン」

「……ッテメェ!!馬鹿にしやがって!」

 

  魔法使いであろう男が、杖を取り出した。

  魔法を唱えようとするが、それより早く彼はスキルを発動する。

 

「『潜伏』」

「っはぁ!?」

 

  その言葉と同時に、姿が消えた。

 

  いや、正確には隠れただけなのだが。

  タイミングや練度から、消えたように見えたのだ。

 

 それもこの人数で。

 錯覚するほどあまりにも鮮やかすぎる潜伏。

 

ーー誰が名付けたか、それが彼の『ファントム』の由来でもある。

 

  男は思わず護身の短剣を抜き、引け腰で両手で構えながら左右を見渡す。

 

「で、出てこいよ卑怯者!俺にはさっきのマグレは通用しないぜ?」

 

  その声は恐怖で若干上ずっている。

  そして、それに返ってきたのは魔法だった。

 

 

「『クリエイト・アース』『クリエイト・ウィンド』」

 

 

  両方とも初級の魔法である。冒険者でも会得可能な汎用魔法。

 

 土を生成し、更に風が吹く。

 冒険者の幅広さを利用した応用技で、相手の視界を奪った。

 

「うわっ...目が!!」

 

  恐怖と困惑で闇雲に腰の短剣を振る。

 

「くそ!クソォ!」

「それでは腰が引けていて、うまく斬れないぞ?魔法使い」

「なっ、ギャッ!」

 

  耳元で囁き背中に蹴りを入れ、テーブルに突っ込ませた。

 

「しかし、命のやりとりで卑怯かどうか言えるか……?まぁ、個人によるのか」

 

  動かない彼を一瞥して、大男に向き直る。

 

「一人になったな?強めの一発殴ったお前には、特にお返しをしたいんだよ」

 

  男は脂汗を流しながら、よろりと半歩下がる。

 

「な……お前、弱いんじゃなかったのかよ!?冒険者だろ!」

「確かに最弱職と言われる冒険者だが、それは弱いという理由にはならないだろう?それよかお前らが酒呑んで遊んでる間、俺はずっと狩りに行ってたよ。合間に多少の護身術も得た……職業も大事だが、一番は時間の使い方じゃないか?」

 

 ゆっくり歩きながら、息を吐く。

 

「さて、俺よりも才能があるお前らは、今はどんな気分だ?お前らは才能に遊ばれるだけなんじゃないか?……まさしく『宝の持ち腐れ』だな?」

「っ」

 

 散々胡座をかいてきたツケが回ってきたな?

 そう言外に、見下すように紅い瞳で薄く笑う。

 

(簡単な挑発だが、効くか?)

 

「冒険者はのらりくらりで陽気な奴等もいれば、仲間を大切にする奴等もいれば、お前らみたいな自分に正直すぎる奴等もいる。今回の件は、その事をヒトミに教えられたのはラッキーだったよ。感謝する」

 

  そう言って、頭は下げないが感謝を伝える。

 

「は、はぁ?」

「だが、許せないのが一つ」

 

  そして、さらに紅い眼光を輝かせて言った。

 

「これは自論だが。俺の家族を……紅魔族をバカにしていいのは俺だけだと思っている。ネタ民族だと?それを言えるのは紅魔族の境遇で生まれて……魔力をあまり得られなかった俺だけだ。紅魔族として皆と一番良く接してきた、この俺だけの特権だ。お前ら一度里に来るといい、そこで居を構えられたなら認めてやるさ」

 

「ひっ……!」

 

  その気迫に、男は小さく悲鳴をあげた。

 

「『バインド』」

「なっ!?おぉ!!」

 

  ヒトミが拘束された同じ魔法である。命が宿ったかの様に縄が動きだし、瞬く間にミノムシのように縛り付けられた大男は、力任せに暴れるが意味はない。

 

「さっきも見たろ。魔法は人並み以下なだけで、使えない訳じゃないんだ。アークウィザードには遠く及ばないがね」

「て、テメェ!俺に手を出してどうなると……」

「ーー知らないな?どうなるんだ?」

 

  淡白に返し、そっと膝を折る。

 

「それにな、今後に報復しようとするなら無駄だ。俺はこの街を離れる」

 

「「え?」」

「元々、近々そうする予定だった」

  この言葉に、唖然としていたヒトミも再び動き出す。

 

「そうだな……ま、知り合いのいる王都はまだ実力不足だろう、アクシズ教徒のいる『アルカンレティア』は論外だな……敢えて『アクセル』に行って初心に帰るのも悪くない。誰かのように中途半端な実力で傲るのは御免だからな?」

 

「て、テメェは……!」

 

「さて、送別会としゃれこもうじゃないか。どうせならパァッとやろう。それが冒険者だろう?お前らだって構うことはない、スカしてる?気に入らなかった……?なら冒険者らしく拳や剣や魔法で来い、得意だろう?拙いながらにまとめて相手しよう」

 

 そう言って皆に聞かせるように、ハッキリと言う。

 

 

「闇討ち?不意打ち?魔法の集中攻撃?剣の応酬?構わないぞ」

 

 

 来るなら来い、相手になってやる。と

 

 

「―――もっとも、魔法の才能も無い魔法特化部族で、かつ最弱職の冒険者に敗北した恥をお前らが背負えるならな」

『……』

 

 全員が、黙りこんだ。

 既に最初の一発が見きれなかった等と考える輩は一人もいない。

 

ーーその場にいた野次馬すら、完全にねじふせた。

 

「なんだ……この街の冒険者が達者なのは陰口と恥の上塗りだけか?酒がなければ拳も振れないのか?冒険職だろう?」

 

 少なからず興奮状態な事もあり、多弁だった彼。

 物足りなさそうな顔をして深呼吸をして落ち着きを取り戻し、彼は毛虫のように縄にぐるぐる巻きにされた男に再び視線を合わせる。

 

「なら……本題に入ろうか?」

 

  既に大男の戦意は喪失していた。

 

「わ……悪かったよ?な?ほら、俺ぁ酒が回ってたんだ。もう冷めたから、な?許してくれよ?」

「―――そうか、ならやっぱ殴らないでおこう」

「!本当か」

 

  顔をあげる大男に向かってそう言って、彼は嗤った。

 

「勿論だとも。殴るなんて可愛いことはしないさ?お前らと同じ『冒険者』だからな」

 

 

 ◆◇◆

 

 

  翌朝。

  アクセル行きの馬車に乗り込んだ彼は、ふと背後の街を見る。

  まだ出立はしていないが、どこか感慨深いものを感じていた。

 

(流石にやり過ぎたな。思ったより怒りがたまっていた様だ……恥ずかしい)

 

  というより、後悔していた。

 

  すると馬車に向かって走ってくる少女が見えた、同時に赤い髪が揺れる。

  どこか寂しそうな。そんな顔で彼に向かってきた。

 

「ファントムさん!本当に、行くんですか?」

「アリンか。まぁ、やはりあの連中がやっぱり気に入らないしな。アリンはヒトミの世話でも焼いてくれよ……流石にアイツも昨日の件で少しは自覚するだろうさ」

 

――冒険者は、彼女の思い描くものばかりではないと。

  まるで子供の様に夢を見る彼女には、いい教訓になったと。

 

「すっかり、先生が身に染みましたね?」

「やめてくれ、そんなんじゃない。ギルドには迷惑をかけたな?」

「はい、本当に後片付け大変でしたよ……それに、後は丸投げですか?」

「駆け出しのアドバイザーは、受付嬢の仕事だろう?」

 

  確かにそうですね、とアリンは笑う。

 

「でも後始末は違いますよ?でもまさか、私が非番の間にそんな騒ぎが……」

「だがいつも通りだ。毎日と同じように、血気盛んな冒険者の喧嘩だ………それに不本意だが弁償はしたろう?」

「そういう問題では……もういいですよ!どうか、お元気で」

「あぁ、互いにな。俺が駆け出しの頃から世話になったな」

「本当に、そうですよ?」

「気が向いたら連絡を寄越すさ」

 

 そう言って馬車に乗り込む。

 荷台に乗せてもらう形なので、あまり決まらないが別に気にしてない。

 

 すると、前方の馬使いから声がする。

 

「おい兄ちゃん、別れは済んだかい!?」

「あぁ、頼むよ」

「はいよ!行くぜぇ!」

 

  馬に鞭打ち、馬車は走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 彼が見えなくなってから、手を下ろしたアリンは深い嘆息を漏らす。

 

「………ま。あの『二人』なら大丈夫かなぁ。確かにチートも見たけど、フリューゲルも贔屓するなぁ」

 

  砕けた口調とどこか意味深な発言と共に、アリンは馬車に向けて背中を向けた。

 

 

「さてと、ギルドの後片付け頑張りますか~」

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

  小さく手を振り続けるアリンの姿は小さくなり、やがて見えなくなった。

  視線を前に戻し、身長程ある荷物にそっと体を預けて笑みを浮かべる。

 

「……これで少しは肩の荷も、降りるというものだろう」

(何より、ヒトミがいないのが大きいな)

 

 彼女が来てからは驚きと呆れの連続だった。

 短い間だったが、一年にも劣らない濃密さを感じる。

 

  結局、彼はアクセルの街を目指すことにした。

 

  やはり王都では荷が重そうなのもあり、むしろ駆け出しの多いアクセルの方が、冒険者としては都合のいい他のスキルを教授できる機会が多そうという打算もあった。

 

  知り合いに会いたくないことも否定できない。

 

「さて、アクセルの街を楽しむことにしよう」

「そうですね~何があるんでしょう」

「さてな、まぁ今よりは幾分か…………?」

 

目をパチパチとさせる。

 

「……は?」

「……」

 

  するとバキリと音がして、木箱から何かが這い出てきた。

  長い黒髪が顔を覆い、ゆらりと這い出てくるその姿はその手が苦手ではない筈の彼の背筋を凍らせた。

 

(いやいやいやいや、怖いんだが!?)

 

 

「なんとヒトミでした!種も仕掛けもございません!」

「そりゃ無いだろうなっ。ドキドキした点では間違いないが―――ヒトミ?」

 

  そして顔をあげて正体を明かすヒトミに、目を丸くする。

 

「………なんでいるんだ?」

「私、気付いたんです」

「何を」

「やっぱりファントムさんは、いやファントムさんだけが。あの場で私にとっての冒険者だって」

 

  彼女は自分の左胸を両手で覆って、真剣な表情で答えた。

 

「それに、アクセルは駆け出しの街なんですよね!?私にはちょうどいいと思うんです!」

「いや。それについては、否定しないが……」

「なので、お願いします!私とパーティを組んでください!」

 

 まるで愛の告白のようである。

 

 

「………神がいるなら、俺の行いはそんなに悪く見えているのか?」

 

  どこか諦めたように、彼は息を吐いた。

 

「ところで………ヒトミは冒険者に、何の思い入れがあるんだ?異世界から来たんだろう?」

「それは、ゆっくり馬車の中でお話ししますよ……はい」

 

  二人は馬車に揺れながら、二度目の長話に興じた。

  アクセルに着くまで長い間は、退屈することは無さそうである。

 

 ◆◇◆

 

 

―――一方、イレイシアのある場所では。

 

「ママ、見てー」

「見ちゃいけません!……プークスクス」

 

  そこには、下着一枚で一本の縄で木に吊るされている一人の男の姿があった。

 

『エサをあげないでください、懐かれます』

 

  と書かれた紙が下に置いてあり、誰もが一目見ては鼻で笑い通り過ぎるか、露骨に嫌悪を示す。

 

「もう、許して……」

 

  その言葉は、誰の胸にも響かなかった。




おかしいな、コメディのつもりで筆をとったよな...?

次話は明日には投稿できるかと。
確認してボロボロでなければ.....
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