ちなみに短いです。
ヒトミ目線の、前の世界のお話です。
彼女は、トランプを片手にそっと窓を見る。
「.……」
そこから見える景色は、いつも変わらない。車が走り、植えられた木々が風に揺れる。
時計を見ると、短い針は昼頃を指していた。
藍ヶ崎 瞳は、苦笑する。
他の皆は何を食べているのかと考えて。
笑い合って談笑する彼らを想像して。
そこには、自分がいないと知って。
タタタと長い廊下を走る音がした。徐々に大きくなり、横引きのドアが開いて、自分よりもかなり年下の少年が笑っていた。
「お姉ちゃん! 今日も来たよ!」
「うん。じゃあ今日はどうしようか?」
瞳は少年に笑みを向ける。
人生、何が起こるかわからない。
暇になって最初に手を付けた本で旅人や冒険者と呼ばれる者達に憧れたのも。
様々なジャンルに手を出してふと、シルクハットを被った男が表紙のマジックの講座本を見つけたのも。
その練習をしていると、今目の前にいる子と話す機会を得たことも。
「トランプを見してよ! 大好きなんだ!」
屈託の無い笑顔の少年を見て、瞳の頬はさらに緩んだ。
「じゃあ、目の前に広げるから一枚取って。私は見てないから」
◆◇◆
藍ヶ崎 瞳は、今日も上体を起こして空を見る。
今日は一枚のコインを手元で遊ばせて。
一番気に入った本と彼の好きなトランプを膝の上に置いて。
長くなった黒髪を、いつ切ろうかと考えて。
複雑な顔をする友人と会話をし、マジックを披露する。
ついに、友達は決壊したように泣き出してしまった。
やはり、瞳のマジックを笑ってくれるのは彼しかいないようだ。
自分すら、友達と共に泣いているのだから。
涙に、トランプはしおれてしまった。
紙なのだから、濡れればしおれるのは仕方ない。
◆◇◆
藍ヶ崎 瞳は外の世界に目を向ける。
紅葉は、見て楽しむというが。やはり外に出たくなるのが本音だ。
勉強も頭に入らない、テレビも面白く感じない。
そもそも、テストを受ける必要はあるのだろうか。
高校生となって、瞳はふとそんな事を思った。
それでも、彼女は柔らかく笑う。
あの少年は、今日も来てくれるから。
飽きさせないように、一つ、一つと芸を覚える。
空いた時間を、読書に回した。
◆◇◆
窓には純白のカーテンが付いた。お陰で窓から先は良く見えない。
瞳は少し、ふてくされていた。
.少年が来ないのだ。
何故だろうか? あれだけ元気だったのに、怪我か、風邪でも治ったのだろうか。
まぁ、また会えるだろう。
瞳は目を伏せる。
今日は、なにもする気になれなかった。
◆◇◆
今日は、少年が来た。
朝早く。とても、悲しそうな顔で。
「姉ちゃん」
「どうしたの?」
「もう、ここには来れないんだ」
「っどう、してかな?」
目を丸くする。あまりの事実に、驚愕した。
悲しい、とても。
だが既に泣いている彼の前で、歳上の自分が泣くわけにはいかない。
「もっと大きな病院に、行くのかな?」
「うん」
「そっかぁ……なら私は、応援するよ」
瞳は遠い目をする、寂しさ半分。やはり少年は、と。
「ごめん……もう、ここに来れないかも」
「それは困るな、また会いに来てよ」
そっと彼の両頬に触れて、笑う。
「だから今のお別れは、笑顔で『またね』だよ」
「っうん!」
「それじゃあ、トランプから一枚選んで」
「うん!」
「確認した?」
「うん!」
「よし、なら戻してね!」
「はい」
「シャッフルするよ~君が引いたのはね~……『ハートの三』でしょ~?」
「.……わぁ、凄いね! お姉ちゃん! 当たりだよ」
「そうでしょ! お姉ちゃんだからね!」
「あっ、ごめん、もう時間だ! お姉ちゃん! 『またね』!」
「うん!」
「そっ、かぁ」
少年は消えて、静寂が訪れた。
彼女は、下唇を強く噛んで、泣いた。
以来、少年はパタリと来なくなった。
◆◇◆
真っ暗な空間に、瞳はいた。
「.……ここは?」
『藍ヶ崎 瞳さん。お目覚めですね』
そこには凛とした、風格溢れる女性が椅子に座っていた。
そして、自分も椅子に座っていた。まるで二人にだけスポットライトが当てられた様に、そこだけが白く、しっかりと見える。
「わぁ! 凄い美人さんですね! 私は藍ヶ崎 瞳といいます」
『ありがとうございます.私はフリューゲルと申します』
名乗った彼女はフフフと笑う。
「ところで、ここは何処ですか?」
『.大変言いにくいのですが、ここは。貴女方の言うところのあの世に、該当する場所です』
「.あらら、成程」
『驚かないんですね?』
「驚いてますよとっても! 驚き過ぎてリアクションが薄くなっただけです!!」
『.そう、ですか?』
「はい!」
彼女は背筋良く、ハキハキと話す。
『瞳さん』
「はい!」
『私は、貴女を見ていましたよ』
「っ.……そう、ですかぁ」
瞳は少し、うつ向く。
『少年なら、無事に手術を終えました』
「え.……っ?」
その言葉に、頭が上がる。
『ただその後親の都合があって引っ越したのですよ…….内緒ですよ? これがバレると私はここに座る権利を失いますから』
「も、勿論。それよりも本当ですか!?」
『神は嘘をつきませんよ』
その言葉に、瞳は一筋の涙を流す
「.……良かったぁ」
それを緩慢とした笑みで見ているフリューゲルは、そっと彼女の前に、何もなかった筈だが本を一冊出した。
『そしてもう一つ。瞳さん、貴女には二つの選択肢があります』
「はい?」
『一つはこのまま天国に行くこと。そしてもう一つは、貴女の記憶をもったまま別の世界に行くことです』
「選択肢.つまりそれは転生的なあれですか?」
『はい、その解釈で間違いないかと。その世界は魔王がいまして、勇者を送ることで平和を取り戻したいのです.訳あって前任もそちらの場にいますが』
「でも、私は正直無力ですよ? マジックと読書しかしてきませんでしたから」
『存じております。ので、その本です。開いてください』
「?何ですかこれは!? 『バストアップ』とは!?」
『一番にそれを見つけるとは、薦めませんよ? それは私達からの贈り物の一つです。異世界にいっては色々不便でしょう? 言語も含め、それらも一つだけ持っていくことを許可します。書いてない物でも構いませんよ』
「トランプを下さい」
『──え?』
即答されてしまい、フリューゲルは戸惑う。
『トランプですか?』
「はい。それも『超凄い』トランプを!」
『えぇ、と具体的には?』
「お任せします。私よりも神様の方が賢いので!」
『は、はぁ.……わかりました。トランプですね?』
「はい、お願いします」
『承知しました.……藍ヶ崎 瞳さん。貴女に素敵な出会いと祝福があらんこと!』
「わわ!?」
足元が光り、彼女を覆い.消えた。
一人残ったフリューゲルに、何処からか声が聞こえる。
『フリューゲル.……何で嘘ついたの?』
『あら、フィーナ。どの話かしら?覚えが多すぎてわからないないわ』
『誤魔化さないでよ、わかってるでしょ?それに後が詰まってるし他の人だっているのよ?あの子に規定以上の時間掛けてちゃ駄目でしょ?そもそも送り場所だって……!』
『そうね。貴女は正しいわ』
フリューゲルは一呼吸置く。
『でもね。この我が儘だけは通したかったのよ、自己満足かもしれないけど……それでも、ね?』
彼女は、情けなさそうに笑った。
『──私は素敵なものが好きだから』
『なにそれ、意味がわからない』
『いずれ、全てわかるわよ』
その言葉に、天の声は嘆息を漏らした。
『.……そ。まぁ文面だけ見た私が口を挟むのも、野暮よね』
『助かるわ、それじゃあ次の方を呼びましょう』
『りょーかい、んじゃ私も私の仕事に戻るわ』
◆◇◆
「おい.……おいヒトミ、聞いているのか?」
「も、モチのロンですよ!」
「じゃあ俺の言ったことを繰り返してみろ」
「『俺の瞳が紅い内は誰も傷つけない』ですよね?」
「どこの誰だそれは! 後衛の弓使いの俺には無理なセリフだろっ」
「そうですかね~?」
「はぁ。全く、もう一度言うから良く聞けよ?」
「はい.……ってあれ? 違う馬車とすれ違いました?ほら見てください、ほら.……っ」
「聞けよ! 何故テンションが高いんだお前は.……ってヒトミ?」
急に固まった彼女に、くろぐろは怪訝な顔をする。
……それは、一瞬だった。
だが。彼女には、黒髪の少年が見えた気がした。
とても見慣れた、でも懐かしい、健気で無邪気そうな少年の姿が。
「……子供乗っていましたね」
「ん?珍しいな……まぁよほど腕が立つか、金に余裕であるのだろうな」
「…………きっと、そうですね」
「ありゃあ冒険者を連れたアクセルからの馬車だろう。アクセルにももうそろそろ着く……って。もう一人の嬢ちゃん誰だぁ!?」
「は?……まさか無賃乗車してたのかヒトミ!?」
「アハハ~払うタイミングを逃しちゃって」
「笑うな!! すぐ払え! 今すぐに! ……お前金あるのか?」
馬車の中で彼は吠える。
最初は素っ気なかったけど、本当はとても優しい人。
本で読んで思い描いた彼に、どこか似ている。
本当に、人生何が起こるかわからない。
「わわっ、大丈夫です! お金はありますからっ」
私の代わりにお金を出そうとする彼に、ヒトミはそっと笑った。
次回はすぐかな?
直しの作業次第ですが一日後には投稿できるかと。