そんなお話
布仏姉妹は強烈なコンプレックスがある。
天賦の才能を持つ姉と、才能はあれど姉の影に埋もれがちの妹に其々遣え、そんな徐々に亀裂が走る姉妹の為に行動する。
それが布仏虚と本音の使命であった。
「自分を知り、それを受け入れるんだ。
そうすれば自分の中にある本当の扉が開き、二人は互いに本当の意味で解りあえる」
あの男が現れ、自分達が遣える姉妹の仲を修復してしまうまでは。
そして――
「結局俺は学習しないバカだったみたいだ。
ごめんよ、キミ達姉妹はどうも扉を開ける為の条件を持ち得ないみたい」
主姉妹を自分達の理解できない領域に引き上げるだけ引き上げておきながら、自分達にはその才が無いと引き上げてくれない。
それでもその男は自分達に対して出来る限りの方法で引き上げはした。
けど布仏姉妹はそれでは足りなかった……遣える姉妹の領域に入らなければ意味が無かった。
本当なら従者である自分達が刀奈と簪の間に入った亀裂を修復させる筈だったのに、それすらもその男がやってのけて……。
「アナタなんか大嫌い……!
今すぐお嬢様達の前から消えて!!」
「余計なだけして、これ以上かんちゃんと楯無様を変えて欲しく無い!」
「………わかった。この地から完全に消えるし、二度と現れない。
それでキミ達が満足してくれるならな……すまなかった」
異様で異常で理解できない何かを振り撒く男が布仏姉妹は憎んだ。
そして今、やっと消えたと思った男は再び現れた。
三十手前の二番目の男性起動者として……。
「一夏、よかったら一緒にご飯たべよ?」
「嫌だ」
「そうですわ、ご主人様は私と……」
「お前とも嫌だ」
「しょ、しょーがないわね! だったら私なら良いでしょ?」
「キミに関しては何で一々近寄ってくるのかがわからない」
「………」
「で、キミもまた居るし」
最初の起動者にかんしても、簪に対して酷い態度を崩さない男として、本音は嫌っている。
勿論それは虚も。
「かんちゃんは何であんな態度する人なんか……」
本音にとって簪は姉の影に怯える弱々しい女の子というイメージで固定されている。
そしてそんな簪を助けられるのは自分だけだとも。
だからこそ、一誠の余計な行動によりコンプレックスから解放され、姉と仲直りを果たし、更には『同じ』人種の一夏に対して何を言われても笑顔を向けるのが嫌だった。
「俺はこれからおっちゃんと食べるんだよ」
その同じ理解不能な人種が簪に対して優しければまだ良い。
けれどその男子は物凄く排他的で、姉とあの男以外は全てがどうでも良いと大真面目に思っていて、簪の優しさに対して仇で返している。
それは本音にとって許せない事だし、簪が行ってしまった自分にとって理解できない何かを共有している存在であるのは嫉妬するに十二分だ。
「またあの男か……くっ!」
故に一夏に近付きたがる存在の中で唯一、一誠に対して自分達に似た憎しみを持つ箒は大いに同類意識を持てる相手であり、一人一誠に対して拳を握りしめながら険しい顔をしていた箒にこっそりと近寄る。
「おりむーもあの人が居なかったらもっと優しかったのかな?」
「っ!? 布仏か……」
「二言目にはおっちゃんおっちゃんと言って他は見向きもしない。
本当に参っちゃうよね……かんちゃんや楯無お嬢様にも茶々入れるあの人には?」
「………」
鬱陶しがる様子の一夏を遠巻きに眺めながら、恐らく箒も思ってるだろう事を共感してるかの様に話す本音。
先日のタッグマッチの時にペアを組み、共通の敵である一誠に挑み、卑怯な手段で負けて以降、ますます一誠が嫌いになっていた箒は、同じ気持ちを持つ本音に対して少しだけ仲良くなっていた。
「お前の姉とこの前の件で知り合ったが、結局あの男は私たちの時の様に引っ掻き回すだけしたらしいな」
「そうだよ、外様なのに二人に慕われて、挙げ句私とお姉ちゃんには二人の様な素質が無いから代わりに出来るだけ二人に近づける様にする……だなんて言ってたけど、そんな事をするくらいなら始めから二人に近寄らなければ良かったんだよ」
「……」
のほほんさんと呼ばれるほんわかした雰囲気が無くなり、ひたすらに一誠への嫉妬に近い気持ちを滲ませる本音に、やはり箒は共感を覚えてしまう。
自分達の時もそうだった。姉の親友である千冬と一夏が、何の関係もない筈のあの男に拾われるまでは良い。
一夏と出会った時から既にその男は居たらしいし、束と比べれば当初はそこまで嫌悪は無かった。
しかし徐々に優しさを持っていた一夏が変わり、遂には自分と姉には理解できない領域へと千冬共々行ってしまったのは他ならぬ一誠の持つ化け物じみた何かのせいたった。
そして何よりも一夏も千冬も他の誰よりも優先して一誠を慕い続ける事が、箒を嫉妬させた。
アイツさえ居なければ一夏は優しかった。アイツさえ居なければ一夏はずっと人でいられた。
アイツさえ居なければ――アイツさえ消えてなくなれば。
殺意と変わらぬ一誠への憎悪と、その憎悪を知っても尚自分と姉に最後まで気を使ってくる腹立たしさ。
「最近は妙にデュノア
「……………」
それが姉の束との違いである事に箒は気付かない。
憎悪という点では確かに束と同じなのかもしれない。
けれど束は憎悪を糧に一誠を排除する為にあらゆる手を尽くしていて、箒は未だ知らないが、狂気とも云うべき手段を行使して一誠の領域に対する意味を知った。
布仏姉妹と同じでただ嫌悪し続け、罵倒する。
一誠はそれでも『それが正しい認識だ』とでも言って甘んじて受け入れるのかもしれない。
逆にその気概だから一夏から『そこら辺の人間』という認識を改めて貰えない原因だと気付けずに。
「かんちゃんはまだ変わるべきじゃなかったのにさ……ホントさいてい」
「…………」
このまま布仏にシンパシーを感じて共に嫌悪し続けるのか、それとも嫌悪し続けながらも一夏に認識される自分なりの力を付けるのか。
箒は今岐路に立たされてるのかもしれない。
結局一誠が見付からずに仕方なしに簪達とご飯を食べる事になった一夏が、日に日に腕を上げていくセシリアの料理を無表情で食べてるその頃。
一誠に対してある意味嫌悪を超越して殺意にすら成り代わっている本音の姉、
「あー……」
「………」
あまりにも唐突な為に一瞬だけ面を食らってしまった虚は、気まずげに目を逸らしたその一誠の態度に少しだけイラッとしてしまう。
「何ですか? 私の顔に何かついてるのでしょうか?」
「! い、いや別に……」
「化け物のアナタが医務室等に何の用が? あぁ、ラウラ・ボーデヴィッヒさんでしょうか? なるほど、アナタの女性の趣味はそういうタイプでしたか」
「ただのお見舞い――」
「であろうと無かろうと知ったことではありませんよ。中途半端に関わるだけ関わって、散々人の関係に茶々入れる最低な大人である事は変わりありませんから」
「……………」
会話が成立した……と喜べるほど一誠はマゾでは無く、無表情通り越して石像の様な冷酷さを放つ虚の罵倒にただただ身を小さくしていく。
「それで? 今度は彼女に余計な事でも教えてアナタの仲間でも増やすんですか? 化け物の量産を」
「……………それは違う。俺は――いや、キミに言っても全て言い訳なんだろうな」
「あら、自覚はしてる様でなにより。
簪お嬢様と楯無――いえ、刀奈お嬢様に対してアナタがやった事は全て事実ですものね?」
「……おっしゃる通りで」
溜め込んでいた不平不満をここぞとばかりにぶつける虚に一誠はただただ平身低頭だ。
「挙げ句の果てにはお二人の前に二度と現れないという約束も破る始末。
おかげでお嬢様はアナタの事しか話さないし、簪お嬢様もアナタと織斑一夏の事ばかり。そういえばあの頃アナタは簪お嬢様に織斑一夏の事を話してましたね?」
「いや、かんちゃんと同い年の奴も居るからって自信をつけてあげたくて……」
「そのおかげで今も私の妹が苦しんでるというのもアナタにはわかりっこ無いでしょうね? アナタは自分と同じ存在を増殖させたいだけの病原菌のような存在ですもの?」
「病原菌か……なるほど、キミの例えは実に的確――」
「ほら! そうやって私の前で己を卑下すれば誤魔化せると思ってる! そういうのが大嫌いなのよ私は!!!」
医務室の前の廊下に木霊する虚の一誠に対する憎悪の言葉。
化け物は化け物らしく傲慢になって見下せば良いものを、この目の前の男はそれをせず、追い付きたいのにその才能がない自分と妹に対しても余計なフォローばかりしていた。
だったら始めから二人に教えなければ良かったのに、自分達の事は無視すれば良かったのに。
「一生アナタを恨んでやる……!」
あの時一誠から受けた全てが……憎い。
宣言する様に恨み続けると言い放った虚はそのまま一誠に体当たりする勢いでぶつかりながら走り去ってく。
「病原菌、か。今の俺にぴったりだなドライグ?」
『さてな。俺はそうは思わないし、流石に今の小娘の言動は逆恨みにしか聞こえんな』
的確すぎる自分への表し方に思わず笑ってしまう一誠にドライグがつまらなそうに呟く。
「おいイッセー、中から聞こえてたが大丈夫か?」
「あ、師匠……ええっと、ごめん、騒がしかったね……」
「別に構わないが、少しまた話すか? 事情がわからない私には聞いてやれるだけだが」
「師匠……」
中から虚の怒鳴り声を聞いていたラウラがあの日以降すっかり一誠に対して心を開いたせいか、師匠である事を理由に出たばかりの一誠を再び招き入れ、話を聞いてあげようと声を掛ける。
「この前のトーナメントの時には大体察していたが、お前は篠ノ之箒とあの布仏とかいう姉妹に相当嫌われてるみたいだけど、差し支えなければ何があったか教えてくれるか? ………私にできる事やアドバイスできる事があるかもしれない」
「いや、師匠がわざわざ俺を気にする事は……」
「師匠だからこそ、だ。心配しなくてもここだけの話にしてやるし、お前の事をもっと知りたいんだ私は」
一夏と千冬辺りが『ぐぬぬ!』しそうな程、ちっちゃいのに妙な包容力を持ち始めたラウラに背中をポンポンされながら一誠はこれまでの自分の選択の誤りを懺悔し始めるのだった。
終わり
補足
ある種一誠は病原体の様なものです。
ウィルスをばらまき、自分と同じ性質を持つ存在を引き上げてしまう。
それに適応できるものを持たない人達にとっては、まさに病原菌。
その2
のほほんさんはかんちゃんに対して素っ気ない一夏も内心嫌ってます。
そして虚さんは最早殺意レベルでおっさんを……