やはり居なくなった方が良いのかもしれない。
癌として本当に取り返しが付かなくなる前に消滅をひそかに考え始めた一誠。
虚の言うとおり、己は病原菌でそれを撒き散らす存在。
だとするならやはり自分は消えてしまうべきなのかもしれない――最早その考えを強く持ち始めた一誠はラウラとの会話を終えてより強く思いながら最良の相棒と相談する。
「俺がこの世界に存在したという全てを無かった事にできる方法はあると思うか? 俺を知る全ての人の記憶を消す方法も……」
『お前……』
「病原体と言われて完全に目が覚めた。やっぱり俺は、大人しくこの世から消えてしまうべきだ」
所詮外様の存在。
誰かと繋がりを持つ事を求めるべき存在では無いと自分で確信してしまった一誠に対し、ドライグは何も言えなかった。
『……。お前がそうするのなら俺は何も言わない。
だが、どうするにせよ俺はお前の中にずっと宿り続けるからな? 俺はお前と同じ世界の存在なのだから』
「わかってるよドライグ。くっくっくっ……どこまで行こうとお前と俺は一心同体だもんな?」
かつて転生者に言われた言葉に『お前は幸せになるべき男じゃない』というものがあった。
変態だから、女に囲まれて調子に乗るから……理由は単純に転生者の僻みでしかなかったけど、今になってそこだけは一誠も同意できた。
「俺は人と繋がれるタイプじゃなかったと分かった今、最早居る意味も無い。
早急にこの世界における俺の存在の痕跡と記憶を消す手段を発見次第、実行しよう……」
だからこそ一誠は決意してしまう。己の全ての
「ひとつだけ感謝してやるよクズ野郎。テメーのお陰で俺はテメーみたいにはならないぜ………クククク!」
『一誠お前……停滞していた異常性が……』
「ああ、よくわからないけど久々に調子が良いんだ。何でだろうな?」
皮肉もその極端ともいえる決意が、復讐を遂げる事で錆び付いてしまった己の異常性に油を挿す。
「壁を越える。俺の存在を全て消す為の力を獲る為の壁を越えてやるよ……」
紅蓮に燃える歴代最強最悪の龍帝としての本質の復活の兆し。
それは誰にも気付かれる事なく一誠の中で静かに始動してしまった。
その力にまず最初に気付いたのは一誠に近しい者達だった。
「おっちゃん……?」
「これは……どういう事ですか?」
学園に設置されているISの試合等に使われるアリーナの真ん中に立つ青年から発せられる激流を思わせる力の奔流に導かれた一夏と千冬……そして簪と楯無。
「よぉ、流石に派手に解放したもんだからみんな気付いてくれたみたいで助かったよ」
普段は頑なに隠している力を解放する一誠の笑顔に違和感を覚える引き上げられし者達の中には、一誠という存在の正体をある程度知る箒や布仏姉妹、まだ安静にしなければならないラウラやセシリア達等々も遅れて到着し、紅蓮の炎を思わせるオーラを放出させながら笑ってる一誠に対して不審に思っている。
中には龍帝の力を初めて目にする者も居たが、流れる微妙な空気に誰しもが質問できない。
「ドライグの力をこんな分かりやすく使って何をしようとしてるんだよおっちゃん?」
「その力が周囲にバレたら大変だと言ったのはイッセーさんですよね?」
「まぁね……」
そんな空気の中で同じく不審に感じている様子の一夏と千冬が何故急にと問い詰め、一誠はそれに対して不安を煽る様な笑みを浮かべている。
「何だか何時ものイッセーさんじゃないわね」
「何かあったのおじさん?」
「また変な事でもしようというの?」
「やるなら学校の外でやったらどうですか?」
「………………」
その笑みに不安を覚えた更識姉妹に続く形で箒と本音が嫌悪を見せた顔で迷惑がり、無言だった虚は別の意味での不安を感じる中、一誠はまるで近所のコンビニで雑誌でも買ってくるかの様な軽さで言った。
「俺、この世界から綺麗さっぱり消えることにしたぜ」
『……………は?』
三十路とは思えない屈託の無い少年の様な笑顔でそう宣言した一誠に当初言われた者達は彼が何を言い出したのかがよく分かってないような声を出した。
「比喩じゃなくて本当の意味でここから完全に出ていくんだよ」
「バカな、何を言ってんだよおっちゃん……?」
「そういう冗談は嫌いなのを知ってて言うんですか?」
「………………………冗談じゃないから言ってるんだぜ俺は」
一夏と千冬のありえないといった顔に対して、それまで笑顔だった一誠の顔が見たこともない様な形相に変わり、嗤い始める。
「癌は大人しく消え失せるべきだと気付いた……それだけの事だよ」
「まだそんな事を言って……もう気にしないって言ってじゃないですか!」
「………。誰かに言われたの?」
紅いオーラが炎の様に一誠の身体から絶えず吹き荒れ、その力の強大さに近付くことさえ叶わない。
「誰かに言われたとかじゃ無い。居る意味と必要を感じなくなっちゃったから消えるんだ」
「………」
その言葉を聞いて一夏達は察した。嘘だということを。
そして誰がそれを言ってしまったのかを……。
「テメー等かァッ!!!」
「「「っ!?」」」
一夏の本気の殺意が虚、本音、箒に向けられる。
「一夏!!」
「う!?」
だがその殺意を一誠の声が阻む。
「その子達三人は関係ない。考えるまでも無く俺がこの世に居る事自体が変な話なだけだ」
「で、でも明らかにおかしいだろ!? それまでそんな事言いもしなかったのに!!」
「虚ちゃんね? 昨日様子がおかしかったし」
「っ! わ、わたしは……わたしは……!!」
「誰のせいじゃない。癌である俺が居るのがそもそも全部間違いなだけだ。
心配しなくても俺がこの世から消えれば、俺に関する全ての記憶と痕跡は消える。
お前達も俺が居なかったらという記憶で普通に生きられるだろう………そしてスキルもな」
フワリと一誠の身体がゆっくりと浮かび、そのまま上昇していく。
「嫌だ! そんな事させるか!!」
一夏が飛び上がり、一誠を止めようと手を伸ばす……。だが紅蓮のオーラに阻まれ手が届かずに弾かれる。
「楽しかった……ありがとう」
刀奈も千冬も簪も触れられない程の絶大な力を解放してしまった一誠は止まらない。
笑みを浮かべ、小さくこれまでの全てに対してありがとうと呟いた一誠は……。
「最後の壁を今越えた。さようなら……皆」
「おっちゃん!!!」
誰にも追い付けぬ速度で上昇し、世界から消えた。
「これで良い。病原体である俺は消えちまった方がな」
『………』
「ドライグ、お前が居てくれるだけで俺は独りなんかじゃない。
だから……大丈夫だ」
紅蓮の鎧を纏い、ひたすらに上昇していく一誠の目指す先は宇宙。
そこでなら強大な力を更に解放して強引に次元の裂け目を作り出せる。
「この世から俺が消えれば、俺が二番目のIS起動者である現実も、俺がイチ坊やちーちゃん、かんちゃんやたっちゃんにスキルを目覚めさせた現実の何もかもが否定される。
そうなれば皆は普通に戻る……」
成層圏からさらに高度を上げる。
中に宿るドライグは何も言わない。
「まずは戻るか? んで残党共を狩って王様にでもなっちまうとかな? くくっ」
所詮自分ができる事は他人を殺める事だけ。
漸くそれを自覚出来たことで自嘲っぽい笑みを溢してしまう一誠は更に高度を上げ続け、中間圏に突入しようとしたその時だった。
「………」
「ん?」
突如とした目の前に出現した異物に一誠は音速をそろそろ越えようとしていた速度の飛翔を強引に急停止させる。
「赤龍帝の鎧……?」
現れた異物を観察する一誠が思わず口に出してしまった言葉。
それは今まさに自分の身に纏われるドライグの力の一旦の事であり、その鎧姿と酷似したものが自分よりも少し高い位置から此方を見下ろしている。
「………………束ちゃまか?」
自分の姿と酷似した何かに一瞬驚いたが、以前にもその形をしたISと邂逅したことがある事を思い出した一誠は、箒の姉であり、同じく自分を憎む者の一人である千冬の親友の名前を呼んでみる。
「……。何処に行くつもり?」
どうやら当たりだったらしく、束ちゃまという呼ばれ方をされれば怒る筈の束の怒りを抑え込んだ様子の声を聞かせてくる。
「聞いていたと思ったんだけどなキミなら」
「聞いてたからこうして確認しに来たんだよ。……で、どこに行くんだよ?」
少し声が震えてる。
束の怒りを感じた一誠が鎧越しに苦笑いしながら自身が消滅する事を話す。
「痕跡を残さないまま、このまま完全にこの世界から消える。
キミの言う通り、俺は存在してはいけないと漸く自覚して実行できる様になった」
「勝手な話だね。あの暗部の子の従者に言われて直ぐに消えてくれるタマじゃない癖に」
「本当はイチ坊が成人するまでは……と思ったんだけど、そのせいで他の誰かが不幸になるなってしまうならと考えちゃうとね……」
本当に自分は全ての行動が遅すぎる。
同じ鎧姿で表情はわからないけど、それでも怒っているだろうと想像できる女性的な丸みを帯びた赤龍帝の鎧に酷似したISの装甲を纏う束に言いながら一誠は続ける。
「色々とキミと妹さんにも迷惑掛けたな。
けどもう大丈夫。俺がこの世から消えた瞬間、イチ坊の無幻大を参考にし、壁を乗り越えた事で獲た新しいスキル―――そうだな、付けるとするなら
この世から消える決意を固めた瞬間、それまで停滞していた無神臓がもたらした新たな進化の果てに手にした新たなスキル。
今在る現実を全て否定し、己の描く夢へと強制的に書き換えるスキル。
それは数多のもしもにより生み出された力であり、彼は今漸くその力を掴んだのだ。
「ちーちゃんとイチ坊も、俺という存在の全ての記憶が無くなるため、二人の覚醒させたスキルも消える。
そうなればキミも妹ちゃんとの仲もきっと、俺が居なかったらというもしもの仲に戻れる。
……………キミには色々と申し訳ないことをしたよ、最後までごめんな?」
「…………っ!!」
その力を駆使して己の全てを消す。
理屈はわかったが、最後の謝罪を受けた瞬間、束の全身が沸騰する勢いで熱くなる。
「ふざけるな!! 散々私と箒ちゃんを引っ掻き回しておきながら勝手すぎるんだよ!! だったらどうしてもっと前に消えなかったんだ!!!」
「きっとそれは、俺にも人との繋がりが出来て、年甲斐も無くテンションが上がったからだと思う。本当にすまない……」
「そんな謝罪なんて要らない!!
お前を屈服させる為に此処まで積み上げたのに、それをも否定されてたまるか!!!」
あんな文句を言うだけ言って、自分で何とかしようともしなかった小娘一匹に言われて消える選択をする一誠に子供の駄々みたいに喚く束。
「許さない、私はお前を潰してやる為にここまでしたんだ……勝手に消えるだなんて絶対に許さない……!」
憎い男の血肉すら取り込み、どんな手を使ってでも叩き潰す決意を固めたのが、こんなアッサリと終わって許される筈が無い。
例え誰かが許そうとも自分は絶対に許さないと、最早憎悪なのかもわからなくなってしまった一誠への強い執着心を示しながら束は言う。
「そんなに消えたいなら私を巻き込んで消えろ」
「は? 何を言って……」
「じゃなければ今ここでISを解除して落ちてミンチになって死んでやる……!!」
「お、おい!?」
死んでやるという言葉通りに中間圏だというのにISを解除した束が落下する。
この位置で生身に戻る自体自殺行為だが、生憎束は一誠の肉片を己で作った傷口に埋め込む事で強化されており、この程度では死ねない。
「何してるんだ!? 死ぬぞこんな……」
「ふふ、ほらね、やっぱり助ける……」
落下しそうになる束をつい受け止める一誠は焦るが、束は寧ろ狂気的な笑みだ。
「束さんをこんな身体にしたんだ……そのまま消えるなんて許さないよ」
「その腕は……」
『この女……! 腕の一部から一誠の力の気配を感じる……』
「何だって!? 一体どういう――」
「あの時お前の腕を食いちぎった肉片を吐き戻し、自分で作った傷口に移植したんだよ。ふふ……あははは!」
「な、なんてことを……」
白く、細い腕の一部にある傷跡を見せながら笑う束に一誠は唖然としてしまう。
「ここまでさせておきながら逃げる? あんまり束さんをバカにしないでよ。
痕跡を消すとかの問題じゃないし、仮にそうするなら私を除いてこのまま巻き添えにしろ」
「それは……」
「わかってるよ? どうせ消えた所で肉体は消滅せず、なんにも無い空間に投げ出されるんでしょう? ふふふ、良いじゃんそれ、私が望んだ状況だもん」
「望んだ……って」
「何にも無い場所でお前を永久に飼い続ける。
ちーちゃんに手を出させない為に……私が身代わりになる」
「……………」
抱えられた束が両手を伸ばし、一誠の首を締め付ける。
鎧のお陰で苦しくは無いが、その目は狂気に濁っておりかつて一誠が復讐の為に力を求め続けた時の目に似ていた。
「さぁどうする? 只でさえ最低なお前は、私という女の身体を弄んだ責任すら取らないまま消えるわけ?」
「う……」
『おい、その女が勝手にやった事だろ。惑わされるな』
「私はドラゴンなんかに話してないんだけどな? 黙ってくれない?」
『この女……俺の声が』
端から見れば抱き合ってる様に見える一誠と束。
狂気を与えてしまった者と狂気を埋め込んでしまった者。
その違いはほんの一部でしかないのかもしれない。
「先に言っておくけど、私はお前に関する記憶は消えない。
さっきベラベラと語ってくれたお陰で細胞を持つ私の中で対抗する方法が分かっちゃったから」
「……。気のせいだと思いたかったけど、キミの中で無神臓と幻実逃否とは違うなにかが目覚めてるみたいだね。
…………最後の最後で後天的に覚醒できる事が可能である事を知れたなんて皮肉だ」
狂気とも云うべき執念。
覚醒させた者の一部を取り込んで馴染む事で無理矢理理解し、己を覚醒させる。
これもある意味で常人では不可能な精神で無ければ辿り着けない境地だ。
「夢みたいなものを見た時、変な女に貰った名前がある。
婚厄者――それがどうやら私のソレらしいんだ?」
「婚厄者って……」
『しかもあの女とは、恐らくあの女の事だよな?』
狂気の行動により、後天的に覚醒させたスキルを知った一誠は束の影にかつて己自身に力の使い方を教え、二度と見ることが無かった不思議な女が見えた気がした。
「巻き込まないなら別に良いよ? 逆の事をして全て思い出させるし」
「………」
『チッ、厄介な……どうする一誠? この女はお前の血肉と同化する事でお前自身の特性を持った云わば分身の様なものだ。
恐らくお前の新たなスキルを駆使してこの世界のお前に関する記憶全てを消しても、恐らく今言った通り逆転させて復活させられる可能性もある』
これもまた己が存在してしまった故なのか。
一部を取り込み、一誠が進化すればする程束も人でなしになってしまう。
ハッタリでは無く本当に今の束なら痕跡を消してこの世界から消えても、その痕跡を復活させてしまうのかもしれない。
「キミには妹さんや友達のちーちゃんが居る。わざわざ俺に付いてきても何の意味は無い筈だし、寧ろ俺が消えるのならキミにとって都合が良い筈だ。なのに何で……」
「此処までさせておいて知らん顔して逃げ出そうとするからに決まってんじゃん。
いくら何でも自分がもう只の人間じゃなくなってる事ぐらい自覚してる。にも関わらず自分だけ消える? 許すわけが無いよ、アンタを平伏させたいのに。
それでも逃げるなら私を巻き込め、そして消えた先の世界で私になじられながら永久に生き続けろ……どーせ私はこの世界じゃお訪ね者だしね」
憎いからこそ勝ち逃げなんて許さない。それでも尚逃げるのなら自分を連れていき、行き着く先の世界で永久に飼われろ。
束を抱えながら言葉を飲み込む一誠は悩みに悩んで……。
「後悔しても知らないからな……」
ある意味で最も自分に近くなってしまった束を連れていく事にした。
最も一誠を憎み、最も勝ちたいと願い、狂気に駆られてしまった天才を……。
「ふふふ! あはははは! これで私の1勝だね!! まあそう悲観しないでよ? 性欲に駆られて束さんを襲っても怒らないではやるからさ? アッハハハハ!!!」
「……行くぞドライグ」
『い、良いのか? こんな頭のおかしな女なんぞ連れて行って……』
抱き上げ、ひたすら笑う束を連れて上昇を再会した一誠はこの世界から完全に消えた。
痕跡も、記憶も、生きた歴史そのもの全てを無かった事にして。
行き着いた先にどうなったのかも……誰にも記憶されずに。
「いい加減起きなさい一誠!!! 今日から高校生なのに遅刻するわよ!!」
「か、母……さん……?」
「? 何よ幽霊を見たような顔して? そんな事より早く朝御飯を食べて準備しなさい!! ほらお父さんも!!」
「と、父さん…!?」
「? 何をそんなに驚いてるんだ?」
「………………。これは一体……夢?」
「何を寝ぼけた事を言ってるのよ、早くしないと待たせちゃうでしょう?」
「待たせるって………」
「お隣の束ちゃんよ、バカなアナタに勉強を教えてくれて同じ学校に入れたんだから感謝しないと」
「………………………はぁ!?!?」
深紅に輝く無神の龍帝・兵藤一誠
「………………」
「………………」
「あらおはよう束ちゃん。
ごめんなさいね、今準備させてるから―――って、なにお互いに驚いた顔しながら見つめあってるのよ?」
「いや……えっと、束ちゃまだよな?」
「そーだけど? 色々と説明が欲しくてしょうがないんだけど」
「お、俺だってわからないっつーか………せ、制服姿そんなに似合わないなキミ……あ、ごめんなさい」
狂気の天才エンド。
「殺された筈の父と母が生きてて、キミはお隣さんの娘さん」
「僅かな会話で獲た情報によると、なんでも同い年らしくて、同じ高校に通うんだってさ」
「で、ドライグもいる」
『………これは多分だが、俺達はあのカスがもしも存在しなかったらの世界に来てしまったらしい』
「……」
「じゃああの野郎に与した連中も生きてるのか……あ、いや与しては無いのか此処では」
補足
ひとつのルートエンドです。
癌として消えるけど、その癌の血肉を取り込んでしまった女性を仕方なく同行させた的な。
まあ、テキトーガバガバ内容なんで軽く受け止めてください。