「海が見えたよ!!」
バスが暗いトンネルを抜けた瞬間、クラスの誰かが興奮を隠しきれずに声を上げた。
「おらイチ坊、海だぞ海?」
「おーう、割りとどうでも良い」
本日の日を楽しみにしていた者達は多い。
まともな団体活動をしてこなかった三十路もその中の一人だったりするし、この校外学習に様々な思いを抱く乙女達もそうだ。
しかしながらそんな中を世界で最初のIS操縦者は心底どうでも良さそう――いや正確には一番後ろの席に座る一誠の隣を陣取り、子供みたいに甘えまくってる時間の方が有意義過ぎて他に対しての関心が無くなっていたといった方が正しかった。
「いい加減絵面自体に気色悪さを感じるから離れろっつの」
「嫌じゃぁ……」
見た目は置いといて、三十路のオッサンに犬みたいに甘えてくる少年というのはどことなくアレな雰囲気が漂っており、現にその絵面に対してクラスの女子の何人か――主に精神的に腐り始めていた女子がゲヘゲヘしながらガン見しており、そんな視線に気付きたくない一誠は何とも言えない顔をしながらバスの窓の向こう側に見える海を眺めていた。
「…………」
子供の頃ならイザ知らず、15,6にもなる男が何時までもこんな調子で大丈夫な訳が無く、かと云って突き放す事も出来ずに敢えて好きにさせてやってたが、その都度特定の人物からの視線が痛いし、自分じゃなくてそっちの方に甘ったれた方が良いんじゃないかと思う一誠。
現に前の座席に座る箒が自分に対して殺意丸出しだ。
「誰かこの甘ったれを頼みたいんだけどー」
「その言葉に対して手を挙げられる勇気のある人は居ないと思うよおじさん」
「何でよ?」
「ご主人様の邪魔をする方が愚かですからね」
「所謂『お察し』って奴だね」
なら箒の琴線に触れない程度には離そうと誰かに代打頼んでも誰も手は挙げず、こんな事を言われる。
まあ、それもこれも一夏が『邪魔したら八つ裂きにしてやる』的なオーラを出しまくってるからだ。
「なんだかなぁ」
この先本当に自立できるんだろうな……と不安を感じる一誠だった。
「到着だ。全員すみやかに下車せよ」
そんなこんなで目的地に到着したIS学園の一年一組は、千冬の言葉通りに速やかにバスを降りる。
夏本番というのもあって降りた瞬間熱気が伝わるが、ほぼ目の前にある海からの風が心地よい。
「本日からお世話になる旅館だ。全員挨拶しろ」
『よろしくお願いします!』
「こちらこそ、ようこそおいでくださいました。
ふふ、今年の一年生も元気があって賑やかになりそうですね」
女将さんと思われる従業員さんが微笑みながら今年の一年生を出迎える。
IS学園臨海学校御用達の旅館との事で、千冬に続いて全員が挨拶すると、他の如何にもな旅館従業員も丁寧に出迎える。
「あら、こちらが噂の?」
そんな時、女将さんの目が二人の男子の姿を捉える。
「でも男性はお一人では……」
「片方は報道規制を敷いてましたので、ある程度認知されるのは構いませんが、この事はできれば内密にお願いします」
一夏……の隣に立つ一誠の事を知らなかった女将さんが目を丸くし、千冬がそれに対してフォローする。
ISに携わるお偉方以外は未だに一誠の存在は黙秘されており、一般人でる彼等が知らないのは無理もない話だった。
「女将さんでしたか? 自分は兵藤と申します、どうです? これから自分とイッパツ――もぶっ!?」
妙齢の女性を久々に前にしたせいか、その時一誠が我を忘れて女将さんを口説き落とそうとし始め、即座に千冬が片腕でヘッドロックのように抑え込んだせいで完全に変人扱いされたりもしたが、概ね一誠の存在を上手いこと入り込ませるのには成功したといえよう。
「ぐももも!?!?」
「す、少し個性的な男の子ですね……。あの、苦しそうですけど……」
「大丈夫です、このバカにはこうするのが良い薬ですので。あぁ、それと今コイツが宣った全てはただの戯れなんで全部忘れてください」
「え、ええ……」
千冬もまた進化してるせいか、一誠を窒息させる勢いで抑え込んでるのがシュール過ぎなのと、あまりにも千冬の形相に
「変に探られても困ると思って変人を装った軽いジョークだったのに……」
「そのジョークで私は多大に傷つきました。責任とってください。それにそもそも私には割りと本気に見えましたけど?」
「まあ、あの着物を一枚一枚脱がせてからゲヘヘヘヘ! な事をしてぇとか考えなくもなかったけど……」
「ほらぁ……! や、やっぱりそうなんだぁ……!」
「!? う、嘘だよ嘘! わ、わかったわかったよ! 今晩どうせ消灯過ぎたら飲むんだろ? 俺も付き合うから、ごめんごめん!」
「うん、なら許す」
千冬の方が敬語だったりと、色々と不思議すぎるもう一人の男子については……。
「んで、俺とおっちゃんの部屋ってどこですか?」
「ん、あぁ、喜べ。私と兵藤とお前の三人部屋だ」
「!? マジか! やっと来たぜ! ヒャッホォォ!!!」
そんな勇気のある者は簪かセシリアかラウラぐらいなものだが、それでも他の女子に押し掛けられるかもしれないという、千冬が提示した無理矢理理論を押し通した結果、一夏と一誠は他の生徒達の泊まる部屋から少し離れた部屋にとの事らしく、一夏が此処に来て今年になって五指に入るのではなかろうかというくらいの歓喜を見せた。
「ザマァ見ろバカ共! 俺は楽しくおっちゃんと遊ぶんだぜ!! ヒャハハハハ!!!」
『………』
「おいやめろ、言うだけ俺が惨めになる。自慢にもならないし」
その歓喜の余り、他の女子達に自慢気に騒ぐが、全員して『あぁ、うん…』みたいな顔をするので逆に恥ずかしくなる一誠。
まあ、ラウラとか簪等辺りはそうでもないのだが、それでもお察しな顔を向けられるのは色々とアレだった。
で、そんなこんなのアレコレを経て、一日目は自由時間との事で生徒のほぼ全てが海に来て遊ぶ事になっている。
「水着着るのか……本当に何十年振りだよ」
「大丈夫だって、誰にも文句は言わせねぇ」
「そもそも少し注目されるだけでしょうしね」
「………」
先日千冬の買い物に同行した際、無理矢理買わされた海パンを姉弟に言われて渋々履いた一誠。
上半身が露出するので、自動的に傷が見えるのだが、本人はやはり気が進まないようすだった。
「こんなもん晒してまで泳ぎたい訳じゃないし、パーカーでも羽織っておくか……」
誰が見ても醜いし、誰が見てもみっともない傷だらけの上半身を隠す様にパーカーを羽織り、膝下まである海パンから覗く脚にも同様の傷が大量に刻まれている。
転生者やその取り巻きにより刻まれた忌々しい記憶の証は何年経っても消えないのだ。
「準備があるから二人は先に行っててくれ」
「おーう、ほら行こうぜおっちゃん?」
「おう……」
ちょっと泳いだら直ぐにでも隅の方で大人しくしてよ……と内心思いながら準備があるからと残る千冬を置いて先に一夏と海辺へと向かう。
「………………。悪いイチ坊、先に行ってろ」
「え、やだ。俺が気付かないと思ってんのか?」
だがその道中、二人は気配を感じ、一誠が先に行けと言うを一夏は拒否しながら地面に生えていたソレを見下ろす。
「引っ張ってみなされ……だとさ」
「チッ、こんなの無視の方が良いぜおっちゃん」
「けど俺はこの変な耳飾りにデジャビュを感じて仕方ないんだけど」
「だからこそだぜ、こんなの関わるだけ無駄――」
排他的な面が全開になってる一夏が地面から生えたそれを踏み潰そうと足を上げた瞬間だった。
地面から生えたソレ――では無く二人の背後、しかも一誠の真後ろにそれは現れた。
「やぁ、何時見てもぶちのめしたくなる顔で安心したよ」
「チッ」
「束ちゃま……か」
憎しみの余りクレイジーなラビットになってしまった彼女が……。
「篠ノ之さんの姉だったか? 一体全体俺達のおっちゃんに何の用だ?」
前回の事もあり、束の姿を見た瞬間敵意を剥き出しにする一夏。
「ひ、酷いよいっくん! 束さんの事をそんな他人行儀――」
「他人行儀も何も他人でしょう? アンタといい喚くだけの能無しの妹といい、一々うざってぇんだよ」
「……………。へぇ、箒ちゃんまでそんな認識なんだねいっくんは? そっかそっか……随分とこのド変態に毒されちゃって束さんは悲しいよ」
「………?」
しかし何かがおかしい。それをまず感じたのは一誠だった。
何せ以前までの束は必死こいて一夏と千冬を取り戻そうとしていたのに、今の束は寧ろ余裕すら見えた。
「悲しい? 勝手にしてなよ、ほら行くぞおっちゃん、こんなの時間の無駄だぜ」
一誠に逆恨みする者は全部敵認識の一夏が一誠の手を取って束から離れようとする。
だが意外な事にその掴んだ手を身体を入れて割り込んで切ったのは束だった……。
「そうはしてあげたいんだけど、生憎束さんはコレに用事があってね?」
一夏に微笑んだ束が一誠の前に立ち、見上げる様に見据える。
「この傷は昔一回だけ見たけど、醜いねホント」
「て、テメェ……今何て言いやがった!!!」
「!? よせイチ坊!!」
いきなり羽織っていたパーカーの下に見えた傷跡を指しながら醜いと言った束にカッとなった一夏が束に向かって只では済まされない威力の蹴りを首目掛けて放ち、マズイ! と思った一誠が盾になろうとした――その時だった。
「怖いくらい鋭い蹴りだねいっくん。
前までならこれで束さんはお陀仏だったかもね?」
「なっ!?」
「!」
怖いくらいに冷静で、そして楽しそうに微笑んだ束は生きている。
いやそればかりかカッとなって手加減すら忘れた一夏の蹴りは束に届いてない。
何故ならその蹴りは……。
「下を見ないで、上ばっかり見てるからこうなるんだよいっくん?」
束の細い腕ひとつに止められたのだから……。
「心配しなくても今は直ぐに消えるよ、だから少し大人しくしててよ?」
「コイツ……!」
そして困惑する一夏を背に再び一誠へと向き直った束は、目を細めて違和感の正体を探ろうとする一誠の身体を傷跡に添って人差し指でなぞる。
「本当に醜い。こんな傷跡を人前に晒すわけ?」
「テメェにおっちゃんの何がっ!!」
「イチ坊! 良い……黙ってろ」
「け、けど!」
「良いから! …………言われなくてもわかってた事だ」
完全に怒り狂いそうになってる一夏を止め、先程からパーカーのチャックを勝手に開けて傷跡を、妙にエロく指でなぞる束をひたすら見据える。
「そう、ちょっとちーちゃんといっくんに言われてその気になるお前の姿はお笑いだぜ? どんなに取り繕うが醜いものは醜いんだからさ?」
「………」
「で、その醜い変態男はさっき旅館の女将を口説いてたけど? なんなの? 見境なしの発情犬?」
「………………………み、みてたのか」
「最低な上にド変態で、性欲バカとは恐れ入ったよ。ホントこれまでよくちーちゃんが無事だったと思うくらい」
指でなぞり続け、その内爪を立てて新たに傷を付け始める束の真意がわからないが、これ以上は一夏が怒り狂い過ぎて束が危ない。
だからこそ一旦彼女から離れようとしたのだが……。
「こんな醜い変態男なんかちーちゃんに釣り合わないし、これ以上近くに居たら危険だ。
うん、だから私が飼ってやるよ……お前を」
「あ、またデジャビュが……」
そこから束が徐々におかしくなっていく。
「ちーちゃんが襲われたら嫌だから、仕方なく……ホント~に仕方なくこの束さんが身代わりになってやるって言ってんの。
アンタを閉じ込めて誰にも接触させず、私だけが嫌で嫌で嫌で嫌で嫌でしょうがないけど話し相手程度にはなってやるし、その果てしない性欲が爆発しそうになったら、本気で嫌だけど私の身体を使って黙らしてやってもいい。まあその代わり、私以外の誰ともおしゃべりなんかできないし、私以外に触れるのこともできないけど、まぁ性欲回路バカのお前からしたら問題なんてないでしょう?」
「……………えーっと」
いや、というより確実におかしい。
一夏も勢いが削がれる程度には変だ。
「あのー束ちゃま……?」
「あーそのムカつく呼び方もたまんないね。
ふふ、ふふ! で、どうなの? 悪くない提案だと思うよ?
ちーちゃんといっくんからもし一生離れる約束をしてくれさえしたら、不本意だけど私がお前を一生飼い殺しにしてやっても良い。
どーせ無駄に性欲高い顔してるし、嫌だけどちーちゃんの身代わりに私が孕まされるのも吝かじゃない。
あーあ、よりにもよってお前の性欲の捌け口とかホントついてないや」
「……………………。ちょっと待ってくれ、俺別にそういうのはコントロールできるんだけど――」
「はい嘘ー!
この前私の胸鷲掴みにしといてそれは嘘ー どうせあの後束さんの裸想像して一人でしてたんでしょう?」
「いや、ふつうに寝ただけ――」
「もう良いからさぁ! お前がド変態なのは知ってるし? 見苦しい嘘はやめてよ? どうせ何時間もしてたんでしょう? わかってるし、ほら今だって束さんの事見て発情期の犬みたいな目してるもん」
「…………………………。あのさ……冗談半分で言うけど、もしかして誘ってんの?」
「はぁ? はぁぁ!? 何で束さんがお前なんか誘わないといけないわけ!? 意味がわからないなぁ? お前が私の事をお腹がタプンタプンになるまで孕ませたいって目してるから言ってやってるだけだっつーの! ほら! やりたきゃやれよ!! その代わりちーちゃんはダメだからね!!」
「…………………………………………………。ごめんね? いやホントごめんよ? 俺のせいでこんな事に……」
「謝ってないで早く! あ、それともなに!? 縛り付けた上で嫌がる私を襲いたいの!? この変態! だったらこれで縛るなりなんなりしなよ!」
「……………………………………」
『頭おかしいだろこの女……』
「あ、あぁ~縛られたー! くっ、この束さんをどうするつもりなの!? 服を裂くの!? 裂いて無理矢理――私はお前なんかに屈しない!!」
『…………なんて一人で言ってる。どうするんだ?』
「わ、わからない……」
ドライグですら今の束は完全におかしいという評価であり、一夏はもはやドン引きだ。
「俺の経験上にこんなデータが無いんだけど、どうすべきなの?」
「俺に聞かれても……。
とにかく千冬姉を呼ぶしかないだろ。完全に狂ってるぜコレは」
「ブツブツ言ってないで早くしなよ!! 今日の束さんは危険日だよ! …………はっ! しまった、私のバカバカ! こんな事言ったらこの性欲ドラゴンにめちゃめちゃにされちゃうよぉ…!」
自分で自分の縛り上げ、困惑だらけの一誠をチラチラと見ながらわざとらしく喚く。
篠ノ之束はクレイジーサイコラビットだった。
終了
補足
誘い受けになってる束ちゃまは果たしてかわゆいのか……?
その2
この時点でドライグは束ちゃまの腕に一誠の細胞が埋め込まれてるのを察知してますが、あまりにも束ちゃまの言動と行動がめちゃくちゃ過ぎて言うのを忘れてます。
その3
柱間細胞ならぬ一誠細胞により、単純な身体能力は物凄くなってる束ちゃま。
具体的には一夏や千冬クラスについていける程度に。