そして今回がそれであり、完全敗北……? 話に……。
無事に生徒会の一員となり、会長である支取蒼那の部下として楽しそうに仕事をしている匙少年―――を、影から見守る一誠。
きっと元の時代の匙だって最初はあんな風に楽しかったのだろうと思うとちょっとセンチな気持ちになるけど、二度と誰かごときに彼の幸福の邪魔はさせない気持ちもまた強くなる。
その決意が束にホモ疑惑を持たれたり、暇さえあれば匙少年の様子を見に行こうとするものだから若干不機嫌にもなったりする訳だけど、一度喪った恐れを知っているからこそ神経質になってしまうのもまた仕方のない事なのかもしれない。
「こう言っちゃなんだけど、匙君はアレの何処が良いのだろうか……。
悪魔って時点で俺には少し理解し難いものを感じてしまうのは、俺が嫌な奴だからなのか……?」
「知らないよそんなの、ていうか何時まで見てるのさ? いい加減気色悪いんだけど」
『殺るか殺られるかに身を置きすぎて行動が一々極端なんだよ一誠は』
他の生徒会のメンバーと歩いてる姿を見届け、今日の役目はこれにて終了。
人間じゃない存在のどこに好意を抱けるのかが一誠にとって些かの疑問だが、それは所詮自分の価値観であってきっと匙少年だけが感じる理由でもあるのだろうと無理矢理納得しながら、素知らぬ顔で向こうから歩いてくる生徒会達と、束と共にすれ違う。
「…………」
「? どうかしたの匙?」
「いえ、あの二人ってクラスは違えど同じ学年なんすけど、噂通りに四六時中一緒なんだなーって」
「あの二人? あぁ、あの……」
未だに一言も言葉を交わすことはなく……。
「今日も匙くんは元気そう……っと。
まあ、色々と怪しそうな奴は今のところ近くに居ないんだけど」
「あ、そ」
そんなこんなで気色悪いくらいに匙少年の身辺警護を本人の知らぬ所で勝手にやってる一誠の妙な充実感漂う顔に束はつまらそうな顔だ。
何かにつけて匙少年の事ばっかし気にするものだから束も面白くなく、更に言ってしまえば束自身にも面倒な状況に陥ってるのだから面白くないのが倍増だ。
「こんにちはタバネ先輩……………と、兵藤先輩」
それがこの、満足してそろそろ家に帰ろうとしようとしていた二人の背後から話し掛けてきた入学したばかりのピカピカの一年生。
「げ、また来た……」
「チッ」
声を聞いた瞬間、それまで満足そうに笑っていた一誠の頬がひきつり、本人には聞こえない声量でここ暫くで何度目になるかもわからないくらい頻度でやってくる白髪の後輩に呟き、束は声だけですでに露骨な舌打ちをしている。
「なにか……?」
「……いや」
何でそんなにやって来るのかというのはどうも束にあるようで、珍しいくらいに嫌そうな顔の一誠に対して少し挑発的な声を出すこの白髪の――元浜と松田曰く間違いなく美少女らしい小柄な少女から目を逸らし、然り気無く束の背中をグイグイと押す。
「…………おい」
「いやホントにすまん。
束ちゃま――じゃなくて、束じゃないと無理な案件だからさ……俺はノータッチで済ませたいし」
その行為に束は今は無き妹の箒そっくりな物凄く鋭い目付きで睨むが、一誠としてもこの白髪の少女とは一切関わりたくないので、やって来た理由であろう束に全てを任せる。
「はぁ……何かご用なの?
前にも言ったけど用があろうと無かろうと絡んでくるのは控えて貰いたいって言った筈だよ? 忘れたのならもう一度言ってあげようか?」
とはいえ束も束で、桐生やら松田やら元浜が言う癒し系マスコットキャラなる少女にはここ暫くの内にうんざりしていたので、自分のテリトリーに入れたがらない元来の性格もあって言うことが一々辛辣だった。
「偶々タバネ先輩を見たので一言挨拶をと思って……」
「そう、それじゃあこんにちは、そしてさようなら」
こういう時の束は物凄く頼もしい。
元々自分の認める者以外に対する認識がそこら辺の案山子な為だからと言えばそれまでだけど、こうもアッサリと突き放せるのは感心すら覚える。
もっとも、一誠も一誠で相手が相手だと非常に辛辣になれるのだが。
「しかし何でキミはよりにもよってアレに懐かれたわけ?」
「知らないよ。こっちだってうんざりだってのに」
キッパリすっぱり六甲のおいしい水ばりにサラッと呆気なく少女を突き離して背を向けて去った束を追い掛ける一誠の質問に束は不機嫌そうに返す。
二学年になり、匙少年を影からストーカーみたいに見守る気色悪さを発揮する一誠に不満を感じてる矢先に、偶々ある日の廊下でぶつかったのがあの少女だった。
流石にぶつかったので束もその時は適当に謝った訳だけど、それが完全に間違いだったとは誰が思うか。
『ね、姉……様……?』
『は?』
『!? い、いえすみません……』
『よくはわからないけど大丈夫そうだね、じゃあ私はこの辺で』
目を見開き、何処ぞの誰かの影でも見たような顔をする少女が後々思い返せば一誠が関わりたくない相手の一つだったのは、別にその後関わらなければ問題ないし束も無関心だった。
けど、何を考えてるのかあの少女はその日を境にちょこちょこコソコソと自分を監視するかの様に離れた箇所から伺ってくるは、今みたいに寄ってくる。
他人と関わることを面倒と感じる束にしてみたら少女の行動はまことにウザい訳で……。
「しかも何だか俺に対して警戒してるし……。興味の欠片も無い相手にそんな真似されると色々と腹立つぜ」
「どうも何処かの誰かの影とこの束さんを重ねてるみたいなんだけどさ、何か思い当たる節は? 確か最初に出会した際に私を見て姉様だとか……」
「姉様だぁ? …………あー、思い出したぞ。そういやあの猫には姉居たなぁ。
揃ってカス野郎に抱かれがっててな、俺を殺せばそれが叶うと思ってたおめでたい脳みそしてたぜ。
そういやあの野良猫の姉の気配がしないな……もしかして別々に生きてるのか? カス野郎という間が無いから何かしらの理由があって」
「それは知る必要もない事だけど、そのさっきの姉ってのは束さんに似てるの?」
「似てる訳無いだろ。
段々思い出してきて腹立ってきたけど、キミと野良猫の姉が似てる事は絶対ない。
何も知らないバカが夜のネタにでも使いそうな見た目はしてっけど、俺には理解したくないし、寧ろキミの方が圧倒的に可愛いぜ」
「……………あ、そ」
「あれ? てっきり睨まれると思ったんだけど……」
「そんな気が起きてないだけ」
こうもハッキリ言われてしまえば束とて悪い気はしない――という本音は隠し、訝しげな顔の一誠にこれまた素っ気なく返す。
「あ、ひょっとして嘘だと思ってるのか? 嘘じゃないかんな? ホントだからな!」
「良いよわかったよ。アンタがチンパンジー扱いしてる様な連中と比べられたってどうとも思えないでしょう?」
「む……そりゃ確かに」
今日も概ね二人はマイペースだった。
「………」
意外にしつこい野良猫の事以外は。
この世界で生きる様になってからというもの、一誠は満足のいく鍛練を積めていない。
というのも下手に力を放って鍛練すれば、周囲に蔓延る豚共(一誠談)に悟られるし、両親を巻き込む訳にはいかない。
なのでもっぱら行うことは暑苦しい筋トレか、自分の肉片を埋め込んで強引に此方側へと踏み込んだ束の力の制御の手伝いだ。
「ドライグの力も俺の細胞を介して宿した以上、ある程度使いこなして貰いたいんだ」
「こればかりはしょうがないか……」
ドライグ曰く、束は今や一誠と表裏一体の存在に昇華している。
かつては欠片もその才が無かったのに、狂気の末に強引にたどり着く事で並んだ。
当初はひたすら罪悪感しか無かったが、こうなってしまった以上――何より本人の意思を考慮する以上、束には自分と完全にならんで貰う他ない。
転生者が居ない世界とはいえ、自分と束の宿した力は連中にとって危険であり、手に入れたいものなのだから。
「10倍まではイケるけど、全身筋肉痛になるからあんまり使いたくはないかな」
一誠の進化に寄り添う異常。
そしてドライグの力。
その両方を持ち、且つ束にはこの世界に持ち込んだ世界に二つとない技術の結晶がある。
この時点で彼女の力は並みの存在を凌駕しており、襲われた所で返り討ちにするのも可能だ。
けれど本人はそれで満足していない。目指す先はそんなチャチな場所ではない。
「潜在能力=戦闘力じゃないからね、流石にまだまだキミに負けてあげられる程じゃないぜ俺は」
「くぅ……む、ムカつく……!」
片手で圧倒し、悔しがる自分に苦笑いする男の隣へ。
そして叩き潰して屈服させること。
それが束の抱く野望であり、目標。
「そろそろ帰ろう、無理して16倍まで使って動けないみたいだし、失礼かもだけど……よっと」
「………」
今はまだ幼子を相手にする父親みたいな感覚でしかないけど、きっと――
悔しげに睨みながらも抱えられる束は、気まずそうに笑う一誠に対して野望の炎を燃やしながら家路へとつくのだった。
「―――で、何で俺の部屋に?」
「お前にDV受けて身体中が痛い」
「でぃっ!? ……そ、そんな事言われたら俺は何て返せば良いのかわからないっす」
今日も一誠に弄ばれ、家に送られた束だったが、シャワーを浴びるや否やそのまま一誠の部屋に押し掛け、ベッドを占拠していた。
青みがかった紫色という非常に珍しい髪を揺らし、割りと目のやり場に困る軽装で紛いなりも異性のベッドを占拠してる……という光景は、二人のクラスメートにて友人ともいえる三人からは羨ましがられたりだのからかわれたりするだろうが、生憎ここには一誠と束の二人だけだ。
「ねぇ」
「んー?」
だがそんなシチュエーションになろうとも一誠は動じてる様子なんか欠片も無い。
ベッドを占拠しても一誠はそれならしょうがないといった様子で漫画を読んでいて自分を意識した様子なんかまるでない。
恐らくその理由は、以前の世界では束が年下だったからで千冬の友達という認識のまんまだからなのだろう。
昔から一誠に子供扱いされるのが嫌だった束は今もこうして平然としてる姿にイラっとし、思わず言ってしまう。
「この前の朝、束さんのおっぱいちゅーちゅーしてたけど、感想はある?」
「ぶっ!?」
突然の一言に一誠は思わず吹き出した。
低血圧に加えて、寝てると自然に人肌を求めてしまい、調度たたき起こしに来た束を寝ぼけてベッドに引きずり込んでしまった時の話を蒸し返されると罪悪感に潰されそうになる。
「あ、あれは――ごめんホントに」
寝ぼけてたからなんて言い訳が通用するなら警察は要らない。
一誠の使う枕を抱きながらじーっとこっちを見てる束に目を泳がせながら謝るしか誠意を示す手段が無いのだけど、どうも束的には謝罪が欲しかった訳では無かったようだ。
「もうそれは聞いたっての。
私が聞きたいのはどうだったんだよって話。あの時不覚にも束さんも――その――アレしちゃったわけだけどさ」
「や、柔っこかったというか……うん」
感想を言えと言われたら、確かに抱き心地から暖かさから匂いから全部良かったとしか言えず、微妙に恥ずかしい気持ちで感想を言うと、束は『ふーん?』と罵倒するでもなくそれだけを言うと、数十秒程沈黙する。
そして――
「こっち来て」
「へ? お、おう……」
横になっていた束が起き上がり、ちょいちょいと手招きする。
それを見てひっぱたかれるのかと思った一誠は、それだけの真似をしてしまったのだしと覚悟しながら束の前に立ち、そのまま腰を下ろそうとした瞬間、首に腕を回され、引き込まれる様に束を下にベッドに倒れ込んだ。
「な、なにを……!?」
びっくりする一誠が目と鼻の先に居る束を見る。
「どうせなら最後までして」
そんな驚きと困惑の顔をする一誠に、勝ち誇った顔をした束はグイッと更に引き寄せ、そのまま唇を重ねる。
「!?」
今度こそ驚愕して固まる一誠。
対して束は強引に唇を重ね、更に無理矢理一誠の舌と自分の舌を絡ませた。
「な……な、なななっ! なにしてんの……!?」
「流石にアンタでもわかるでしょ? まさか束さんにこうまでさせて逃げる訳ないよね?」
「逃げるって……そんな俺は……」
「その言い訳がましいのが逃げてるんだよ。良い? アンタの事は嫌いだし、ちーちゃんやいっくんの件は忘れない。
だからアンタに付きまとうし、永久に逃がさない――これはそういう意味を物理的に示そうとする意味合い」
「た、束ちゃま……」
嫌い……と言う束だが、その表情は穏やかで、一誠の動揺を誘い続ける。
「あぁ、嫌い嫌い……大っ嫌い♪ こんな奴にこんな気分にさせられるのも……ぜーんぶ嫌い♪
だから今は全部アンタの好きにしても良いよ?」
「…………」
「もし此処でアンタが何もしないなら、明日にでもそこら辺のおっさんに千円でヤらせるし、まぁどっちでも良いけどねー?」
「!」
「あれ? また動揺した? 嫌だ? 私が他の誰かに取られるのが? ふふん……じゃあどうしよっか?」
「…………泣いても知らないからな……!」
「ぁ……んっ♪ ちょーだい……アナタのモノだって証……私にちょうだい?」
この日、表裏一体という間接的な繋がりに加え、物理的な繋がりが結ばれる。
「……………………」
「おいどうした一誠?」
「寝不足か? ゲッソリしてるけど……」
「いや………初めて完全に負けたと思ったというか……」
「「は?」」
「~♪」
「嫌にご機嫌ね束? しかも心なしか歩き方が変……」
「んー? ふふふ……♪ 気のせいじゃないの~?」
『も、もうそろそろやめない?』に対して『は? 嫌だ、まだ足りないし、仕方ないから今度は束さんが上になってあげる』とか返されて、後半半泣きになってたとかというやり取りを知らない高校生達は、ゲソーとする一誠と、反対に肌が更に艶々で異様にご機嫌な束に首を傾げつつ、桐生だけは『あ……(察し)』となったとか。
終わり
補足
イキッてたら寧ろ無尽蔵に絞られたでござる。
これからは束ちゃまにもっと頭が上がらなくなるのと同時に、他種族の女に対しての関心が零を突き抜けてマイナスになりましたとさ。