――…
ドス黒い影が少年を包み込み、全身に重くのしかかるように重圧がかかる。
――これは夢だ。そう遠くない昔の夢の中。
小さな村の一角にいつの間にか立っていた。その村は至って平穏で、何もないただの小さな村だった。―――――――少年以外は。
聞きなれたフレーズのように図れる罵詈雑言。日常的に行われる刑罰の数々をその小さな身一つで受け止めていた。
時には目を潰され、時には腕を切られ、時には――
終わることない、謂れのない刑罰に少年の心はいつしか受け止めていた。この世の全ての悪は少年の所為だと、言われ続けた少年はいつしか本当にこの世全ての悪を担ってしまっていた。
そんな光景を端で見ているだけの自分がいた。かわいそうにと、傍観者を気取った偽善者は、ただそれを手を差し伸べるでもなく見ていた。そんな影に誰も気づきはしない。ノイズのように一時的に混ざった自分は感知すらされなかった。所詮は夢の中…のはずだった。
――それが皆の望みならば、私が叶えましょう。
ノイズが走る。それは本来、正史には存在しないはずの存在だった。女神の形をとったその女性が私のそばによって来る。
虐げられた少年と私を包み込むような淡い光がともった。
その瞬間、転移でもしたかのように、私と少年の位置が変わる。
包まれた光はどこかに消え去り、私の体の自由が散る。
――さあ、行きなさい。貴方の代わりはあの子がします。
入れ替わった少年は先ほど私が少年に向けていた目をしながら何処かに去っていく。
――待て!おい!
顔も名前もない村の住民がいつも通りやってくる。道に捨てられたように転がる私を、その大きな鎌で突き刺した。
悲鳴が上がる。否、これは自分の声だ。
背があぶられたように熱い。否、燃えている。
腕がなくなったように動かない。否、なくなっている。
――早く覚めろ…
終わることはない。覚めることはない。永遠に繰り返される。助けてくれる者など一人としていない。
――助け…
――いえ、貴方が皆を助けるのです。
女神のような女性は未だ私の前にいる。
――何を言ってる!?私が…なぜ?こんなにも助けを求め、こんなにも苦痛の数々を受けているのに!!
――全てを許し、全てを救いなさい。さすれば貴方の一生の終わりが訪れる。
女神のような女性は笑みを浮かべ私を見ていた。
この地獄から解放されるなら、許そう、救おう。この世全ての願いを…
この瞬間から、私はこの世全ての悪を担った。
――…
ゾォルケンを殺す直前の夜。暗がりの森の中、真っ赤な血で描かれた魔法陣が不気味な光を放っていた。
「召喚の寄る辺に従い参上しました。問いましょう。貴方が私のマスターですか?」
現れたのはサーヴァント。しかし、本来は聖杯戦争が始まる直前にしか召喚できないはずのものだ。
何故なら、聖杯というバックアップがなければ、召喚に必要な魔力や、引き当てるための道などが、一個人では不可能なものだからだ。
しかし、それは私が一種の特別に移り変わったことにより、可能なものとなった。
まあ、何はともあれ、この呼び出したサーヴァントによって、ゾォルケンは殺した、ということだ。
しかし、ゾォルケンの本体が外に出るはずもないと、わかっていた黄泉はもう一つの秘策を執り行った。聖杯のバックアップを最大限に活用し、真に迫る。
「
自身のスイッチを開く。全身に疲労が走るとともに、死へのカウントダウンが秒読みで開始する。
「私が読み取る。私が描く。星座の輝きを私が導く。天を架ける道を私が探し、私が作る」
重圧と共に存在しない空まで続く道を自身が持つ宇宙に描いていく。どこまでも続くように思われたその光の道が、ある赤い光で止まった。
「天に描かれし、絵画の願いよ!
突き出した腕の前に現れたのは一匹の小さなサソリ。どこにも不思議なものはなく、本当にただのサソリに見えた。
しかし、これはもちろんただのサソリでない。嘗て、巨人オリオンが暴れまわり、自身の力におぼれていた時、女神ガイアがオリオンを殺すために遣わした正真正銘の神の使いだ。
命令されれば誰でも殺すという概念を以て、現界したサソリ。しかし、一度きりという条件つきだが…
「命令する。マキリ・ゾォルケンの本体を探し出し、殺せ」
サソリは了承の刻を伝えることもなく、静かに闇に消えていった。
さて、このままでは私は死んでしまうだろう。
願いを引き受ける代わりにこちらを手伝ったさそり座は自身の天体の中から消え失せた。二度と使えない。
「さあ、次のステップだ」
自身の手の甲に刻まれた令呪が光り輝く。
「これを単純な魔力に変換する。
令呪が一つ減る。それと共に自身の魔力が増える。これによって行える魔術が大きく増えた。
「死が呪いのように降りかかるならば、それを跳ね返せばいい」
「私たちが重ねる。私たちで浮かべる。星が繋がり、私が導く。偽りの伝承を真に移す」
自身の中の天体二つが動き出す。
「私が願いを受け止める。
現れたのは上半身が女で、下半身が魚の生物。そう、人魚だ。
その昔、人魚を食べたとされる八百比丘尼は人魚の肉を食べ、八〇〇歳まで生きたとされている。つまり、寿命の先送りの能力があるということだ。不老不死といってもいい。
「すまない」
そういった後、呼び出した人魚を殺し、肉を食らった。
これによって、うお座とおとめ座が使用不可になり、私は不老不死となった。
――…
聖杯戦争が始まる。
私が呼び出したサーヴァントは戦闘には向かない支援タイプのサーヴァント。
私個人も全サーヴァント中、最弱の烙印が押される欠陥ものだ。
「手始めに言峰綺礼をとります。彼はこのマスターの中で一、二を争うほど危険ですから」
「ええ、それはいいのですがマスター。養子とは言え、父を倒す、ないしは殺すことになりますが、よろしいですか?」
白い髪をした和服のサーヴァントが真っすぐと私を見ている。そこにはどこか試されているような感覚があり、ここでの問頭しだいでは、私を殺すだろうという静かな殺気を感じた。
「ええ、人類史のため、全ての者を救済します。そのための必要な犠牲です」
「なるほど…わかりました」
肯定か否定かわからせないような態度をとっている。
「私は合格ですか?ルーラー」
私が呼び出したサーヴァントのクラスはルーラー。聖杯のバックアップを十全に行い、ゾォルケンを殺すに足る人物を召喚する上で、ルーラーというクラスならば、まず間違いなく、浄化の力を持つと踏んで、狙って召喚したサーヴァントだ。
「はは、合格も何も、そんな深い意味はありませんよ」
やはり、どちらとも取れる態度を貫き、話をそらした。それに気づきはしたが、問題ないと黙っていることにした。
「アインツベルンはセイバー、魔術師協会からはランサー、私の実の父はアーチャー、魔術師協会の学生はライダー、間桐の伍落者はキャスター、私の現父はアサシン、そして私がルーラー。これが今回の聖杯戦争ですね」
「いえ、貴方が抜けています。人の身でありながら、サーヴァントに成り代わった元人間。アヴェンジャー」
最初の夜がもうすぐ始まる。
最初の戦闘はアサシンとアーチャーとの自作自演であり、確認するまでもないと、ルーラーにまかせっきりにしてしまったことを、これから、後悔することになる。
ありがとうございました。
次の更新は来週の水曜(2018/4/4/17:00)に戻ります。