○○は、ゆっくりと目を開けた。ぼんやりとした思考のまま顔を上げて、周囲を見回す。
窓から差し込む陽光が、部屋を照らしていた。眠りこけていたら、朝になっていたらしい。
○○は上体を起こすと、大きく伸びをした。頭が少し痛む。昨夜、衣装作りに精を出し過ぎたからだろう。二日酔いの可能性もあったが、それを確かめる術はない。
寝ぼけ眼で、先程まで突っ伏していた作業台を見る。
そこには少女がいた。朝日を反射して煌めく黄金色の髪を波打たせ、透き通るような青い瞳を持つ少女。瞳には生気が宿り、表情豊かで、今にも動き出しそうだ。
しかし、その体は作り物だ。まるで生きているかのように精巧な造りをしているが、少女は人形なのだ。人間ではない。ただの芸術品である。
○○は、自分が夜通し縫い上げた衣装を手に取り、人形に着せていく。青のワンピースに、フリル付きの白いケープを羽織らせ、腰に赤いリボンを結ぶ。頭には赤のヘアバンドを付ければ完成だ。
徹夜で作業したわりには、良い仕上がりだった。人形の専門店に売っていても、遜色ない出来映えだと言えるだろう。
「……アリス」
愛しき者の名前を呟き、人形の頭を撫でる。そして、満足気に微笑みを浮かべると、人形を抱えて家を後にした。
人々の喧騒が響く通りに出ると、○○は足早に進み出す。向かう先は決まっている。
やがて前方に存在感のある立派な門が見えてきた。人里と外を繋ぐ境界線。
門の傍には、暇そうに談笑をする二人の男がいる。○○が門に近づいて行くと、その内の一人が気怠げに声を上げた。
「そこの、ちょいと待ちな。あんた……ここらじゃ見ない顔だが、朝早くに何の用だい?」
男は、○○を胡散臭そうに見つめる。その視線を向けられた○○は、特に臆する事もなく、落ち着いた様子で答える。
「外に出たいんです。だから、通してくれませんか?」
「……あんた、名前は?」
「○○と言います」
「○○ね。ちょっと待ってろ」
男が近くの同僚に声をかけて、二人で話し合っている間、○○は大人しく待っていた。すると、一分もしないうちに話が纏まったらしく、先程の男が戻って来た。
「通って構わないぞ。名簿に、あんたの名前が載っていたからな。帰ってきた時は、また名前を告げれば良い」
そう言って、彼は再び同僚の元へ戻る。どうやら○○は、既にこの人里の住人として認識されており、問題なく出られるようだ。
「ありがとうございます」
○○は、礼を言うと、そのまま歩き出した。門番の男達が手を振ってくれたので、軽く振り返しておく。
その内の一人が、誰に聞かせるわけでもなく口を開いた。
「……また一人、入っては去っていく。最近多いよなぁ」
「外来人なんて、大方そんなもんさ。せいぜい妖怪共の餌になって、奴らの腹を満たしてくれれば、それでいいんだよ。まあ、俺達には関係ない事だ。なあ?」
もう一人の男は、肩をすくめると、鼻で笑って見せた。
人里の外に出た○○は、しばらく道なりに歩いて行った。幻想郷の土地勘はないはずだが、○○の足取りに迷いはなかった。頭の中に地図が浮かんでいるかの様に、目的地へと真っ直ぐ進んでいく。
やがて、鬱蒼とした森が視界に入り始めた。
○○は、躊躇なく森の中へ入っていく。木々の間を縫うように進む。枝葉が擦れ合い、耳障りな音を奏でる。
陽光は天然のカーテンによって遮られ、薄暗い空間が広がっていた。空気は湿り気を帯びていて、不快指数を上げている。
更には霧状の胞子が漂っており、呼吸する度に喉の奥を刺激されるようだ。
しばらく歩みを進めていると、○○は開けた場所に辿り着いた。
地面を覆う草木は枯れ果て、乾いた土が露出している。辺り一面に広がる殺風景な光景は、まるで墓場を連想させるものだった。
その中央に、大きな切り株があった。樹齢何百年といった感じで、とても太く大きい。
切り株の上には、先客が座っていた。桃色のワンピースを着た、幼い体つきの少女だ。短めの黒髪の上に、白い耳のような物をつけている。投げ出された足には履物がなく、裸足だった。
○○は、少女の目の前に立つ。少女は○○を見上げると、不思議そうな顔をした。
「やあ、人間のお兄さんっ。こんな所で、何をしてるの?」
少女は、○○に話しかけた。鈴を転がすような可愛らしい声音だったが、口調はどこか馬鹿にするような響きを含んでいる。
「アリスを探しているんだ。知らないかな?」
○○は、平然と答える。まるで知り合いのように振る舞っているが、実際は初対面である。少女もそれは理解していたようで、少しだけ苦笑いの表情を見せた。
しかし、すぐに楽しそうに笑うと、立ち上がって言った。
「アリスなら知ってるよっ。案内してあげるから、ついてきてね」
そう言うと、彼女は○○の返事を待たずに歩き出した。○○は、慌てて後を追いかける。
○○は、前を歩く少女の背中を見た。ワンピースの裾が揺れて、ちらりと白い太股が見える。
彼女は、どこか螯ケに似ていると○○は考えなくなくなくあり得ない違う彼女は他人の空似でアリありすが妹なのだから○○はアリスを探しているでしょう。
「ほら、あそこだよっ!」
少女は、ある方向を指し示した。そこには、不自然な大穴が開いている。直径数メートルはあるだろう。
○○は穴の傍まで近寄ると、身を乗り出して覗き込んだ。穴には闇が広がり、底は見えない程に深い。目を凝らしても何も見えず、ただ暗闇しかない。
「……本当に、こんな場所にアリスが——」
○○が疑念を口にした直後、背中に何かがぶつかる衝撃を感じた。
「うわっ!」
○○は、倒れ込むように穴の中へ落ちていく。
「ばあぁぁぁっかっ! まんまと引っかかったねぇ! きひひひっ!」
身体が落下していく中、愉快そうな笑い声が反響する。穴を覗き込み、にやついた笑みを浮かべている少女の姿が遠ざかっていく。どうやら彼女に一杯食わされたらしい。
○○は必死に手を伸ばしたが、その手は何も掴む事はなく、虚しく宙を切るだけだった。こんなところで終わる訳にはいかない。自分はアリスのところへ行かなければ。
○○は、そう、心の中で強く念じた。
すると、次の瞬間。落下がぴたりと止まる。まるで空中に静止しているかのような感覚だ。何事が起きたのか分からず、○○は混乱する。理解できないまま、○○の体は上へ浮き上がる。
「……アリスが、助けてくれたんだ」
○○は呟くと、そのまま上昇を続けていった。彼の視線の先には、アリスの人形が浮遊しており、その手に○○の腕をしっかりと握っていた。
やがて、○○の体が地上に辿り着く。そこには、先程の少女が、驚愕の表情でこちらを見つめていた。
「あ、あれぇ? なななっ、なんで生きてるのぉ!? どうやって戻ってきたのぉ!?」
少女は狼煙の様に、口から泡を吹きながら叫ぶ。どうやら○○が生きている事が信じられないようだ。
○○は、地面に足をつけると、アリスの人形を抱きしめた。途端に、自分の中に力が湧いてくるのを感じる。
彼はゆっくりと立ち上がると、少女に向かって歩いて行った。
少女は後退りしながら、口を開く。
「ひいぃぃぃっ! ごめんなさいぃぃっ! 許してくださぁいっ! ほんの出来心だったんですうぅぅぅぅ!」
少女は涙目になり、その場にしゃがみ込んでしまった。そして、両手で頭を抱え、震え始める。
そんな少女の様子を見て、○○は溜息をついた。呆れたように首を振ると、少女に話しかける。
「君は、本当はアリスを知らないんだね?」
○○の言葉を聞いて、少女は顔を上げた。目には、怯えの色が残っている。少女は、おどおどとした様子で答えた。
「は、はいぃ。悪戯したくって、嘘をついたんですぅ……。アリスなんて、知りませんよぅ……」
「そうなんだ。まあ、反省しているみたいだし、許してあげるよ」
○○は少女に近づくと、彼女の頭に手を伸ばした。
「あっ……」
少女は身をすくめて、目をかたく閉じる。殴られると思ったようだ。しかし、○○は優しく少女の頭を撫でた。少女は驚いたような顔をした後、頬を赤く染めて俯いた。
「あぅ……あの、あ、ありがとうございます」
豬ョ豌励b縺ョ少女は消え入りそうな声でお礼を言うと、そっと瞼を開けた。潤んだ瞳で○○を見上げると、恥ずかしそうに微笑む。
「こんな嘘つきの私を、許してくれるなんて……。優しい、お兄さんですね……」
少女は○○に寄り添いながら蠖シ縺ォ隗ヲ繧後k縺ェ言った。
その時、背後から何者かが近づいてくる気配を感じ取る。○○は振り返ると、そちらを見た。
視線の先には、二人の少女がいた。
一人は、金髪の頭にハンチング帽を被ったボブカットの少女。手には串団子を持っている。
もう一人は、藍色の髪をお下げに結った少女。手には身の丈ほどの杵を持っている。
二人共、頭から兎の耳が生えているのが特徴だ。
彼女達は、○○の目の前まで来ると、ぺこりと頭を下げて挨拶をした。
「どもどもー。初めますて、お兄さん」
「あ、はい。初めまして……」
最初に話したのは、金髪の少女である。彼女は笑顔で右手を差し出した。○○はその手を握り返す。
「いやね? わっち達は、探し物をしておりましてですね。ででして、ここの周辺を歩き回っていたんですしおすし。そうしていたらば、お兄さんの姿が見えたものですけど、つい声をかけちゃった次第でございますのよ」
少女は丁寧に説明した。丁寧な口調ではあるが、どこか胡散臭い感じがする。それがこの子の個性なのかもしれない。
次に、藍髪のお下げの子が一歩前に出ると、杵を掲げて口を開いた。
「探し物は小さな兎だ。私達は以前、そいつに商売の邪魔をされたんだ。その恨みを晴らすために、こうして探しているんだよ」
お下げの子は淡々と言う。表情からは感情を読み取れないが、怒りを感じさせる雰囲気が漂っている。
どうやら二人は、以前に何かあったらしい。その件について詳しく聞きたいところだが、あまり突っ込まない方が良さそうだ。
「見かけませんでしたかのぉ? この森に居るはずなんだすけどなぁ」
金髪の少女はそう言うと、困り顔で肩をすくめた。
それを聞いた○○は首を傾げる。兎なんて見た覚えがないからだ。○○は二人に尋ねる。
「どんな感じの見た目なんですか?」
「ああ、黒髪の妖怪兎だよ。いかにもメスガキって感じの、腹がたつ顔をしてる奴なんだ。あいつのせいで、うちらの店は散々な目にあったんだ。絶対に見つけ出して、嬲り殺してやるんだ」
お下げの子は忌々しそうな表情を浮かべて言った。杵を持つ手を震わせて、相当腹を立てているようだ。
その時。○○の背後にいる少女が、怯えたように身を引く。○○の影に隠れて、震える手で服を掴んだ。
「……あっ」
「ん? どうされましたい?」
○○は気づいた。彼女達が探しているのは恐らく、自分の背後にいる少女の事だろう。このままだと、彼女に危害が加えられてしまうかもしれない。何をやったのかは知らないが、殺されてしまうのは、あまりにも不憫に思えた。
だから○○は、彼女を庇うように立った。
お下げの子と金髪の少女は、不思議そうに○○を見る。○○は一呼吸おいた後、二人に向かって話しかけた。
「いえ、僕は兎なんて見かけていませ豁サ縺ュましたそういえば今は僕の後ろにいますよ」
○○の言葉を聞いて、少女達の動きが止まる。そして、お互いを見つめ合った後に同時に口を開く。
「出てこいっ!」
「ひぃ! な、なんでばらしちゃうのぉ!? 許してくれたんじゃ……!」
少女は涙目になって叫ぶ。しかし、○○は少女の頭に手を置くと、優しく撫で險ア縺吶↑始めた。
「許す訳ないよ。罪を犯したら、償いが終わらない限りはね」
「あ、ああぁぁ……。ふ、不幸すぎるぅっ!」
○○はそう言って微笑む。しかし、目は笑っていない。その冷たい瞳を見て、少女は震え上がった。
「そうだよ。お前には、体で代償を払ってもらうからなぁ……。台無しにされた団子の分、きっちりとな! まずは、生かしたまま、全身の皮を剥いで、塩漬けにしてやんよっ!」
お下げの子は、先端が血塗られた杵を振りかざすと、少女に飛びかかった。
「いやだぁぁぁぁあ! たすけてぇえぇっ!」
少女は悲鳴を上げて逃げ出した。しかし、すぐにお下げの子に捕まってしまう。彼女は少女をそのまま地面に押し倒した。腕を後ろに回して拘束すると、少女の体に腰を下ろした。
「んっふっふ〜。いやぁ、ご協力感謝しますです。おかげさまで、早期に捕獲出来ますた。本当にありがとうございますだわさ。なのですから、何かお礼をしてさしあげたく存じんす」
「お礼ですか? じゃあ……」
金髪の子は嬉しそうな声で言った。○○は少し考えてから、思いついた事を告げた。
「僕も人を探しているんですよ。アリスという名前の女の子なんですけど、見ませんでしたか?」
○○は金髪の子に問いかける。彼女は、顎に手を当てて考える仕草をした後、笑顔で答えた。
「アリスなら、この先で見かけましたような。道なりにまっすぐいくと、着きますかれいど」
「本当ですか? それは助かりました。じゃあ早速向かいますね。失礼します」
○○はほっとした様子を見せた。これで、ようやくアリスに向かう事が出来る。○○は、彼女達に頭を下げると、別れを告げてから歩き出した。
しかし、先ほどから、妙に頭が痛い。何か、何かを忘れている気がする。でも、思い出せない。○○は頭を押さえて思い出す必要がないのだから。○○はアリスに逢いに行く。それだけを考えていればいいの。
しばらく歩いていると、道端に巨大な卵の殻が見えた。それは上下半分に割れている。近寄ると、鼻が曲がりそうな悪臭が漂ってきた。卵が腐った臭いだった。
殻の中には黄色の液体が溜まっている。その水の中に、背中から翼を生やした全裸の女性が半身を浸からせていた。
髪は明るい黄色に、にわとりのトサカみたいな赤いメッシュが入っている。顔色は青白く、死んだ魚のような印象を与えている。
女性は虚ろな目をして俯いており、○○の存在に気づいていないようだ。○○は顔をしかめながら、女性に声をかける。
「あの……すみません」
○○の声に反応して、女性の顔がゆっくりと上がる。そして、○○の姿を確認すると、嬉しそうな表情を浮かべた。
「……わ、わぁっ。若い雄だぁ……。久しぶりに見たよぉ……。お姉さんに、何か用かなぁ? もしかしてぇ、口説こうとしてるぅ?」
女性は舌舐めずりをして、○○を獲物を見る目で見る。その瞳は潤んでおり、興奮している事が分かる。
それを見た○○は眉間にシワを寄せた。嫌悪感を露にする彼に気づかずに、女性は喋り続ける。
「いいよぉ……。君となら、交尾しても……。ちょっと体は貧相だけど、若い雄は大歓迎だよぉ」
「こ、交尾って……」
○○は、女性の言動を聞いて困惑していた。どう見ても、目の前にいる彼女は正気ではない。目が濁っていて、口元からは涎を流し続けている。
「知らないのぉ、交尾ぃ。雄の棒をぉ、雌の穴に入れてぇ、ごしごし擦るとねぇ……。お互いに気持ちよくなっていってぇ、雄が白いのをぉ、卵にぴゅっぴゅしたらぁ……赤ちゃんが出来るんだよぉ……」
そう言って女性は下腹部をさする。彼女の表情から察するに、今にも○○を狙って飛びかかりそうな勢いだ。
「あぁんっ! 最近地底に篭りっきりでぇ、ご無沙汰だったからぁ、我慢できないよぉ……。早くぅ、私と子作りしようよぉ……。ねぇえ……」
彼女は誘うように言うと、立ち上がって両手を○○に差し伸べた。黄色の液体が、肌を伝って流れ落ちる。周辺に漂う腐卵臭が、より一層強くなった。
それを見て、○○は冷や汗を流す。正直彼女とは関わり合いになりたくない。このまま逃げようかと思ったが、ふと思いついて足を止める。
「そ、その前に、アリスっていう女の子を見ませんでしたか? 金髪の可愛い女の子なんですけど」
○○の言葉を聞いた瞬間、女性の動きが止まった。彼女は、少し考えた後に首を横に振る。
「知らないわぁ。そんな事より交尾よ交尾ぃ。あんまりお姉さんを焦らさないでぇ……。ほらぁ、こっちにきて、頭空っぽにしてさ、目の前の雌に種付けしよっ?」
女性は、甘えた声を出して手招きをする。
しかし、○○はその誘いには乗らなかった。
彼はアリスを探すのに忙しいのだ。それに、こんな化け物とは関わりたくなかった。完熟を通り越して腐りきった物を、わざわざ食べる必要はない。○○にはアリスのような清純で可憐な少女がお似合いなのだから。
「僕にはアリスがいるので、貴女の相手は出来ません。声をかけておいて申し訳ないですけど、僕はもう行きますね」
○○はそう言うと、その場を離れようとした。すると、背後から腕を掴まれる。
振り返ると、女性が不機嫌そうな表情をしていた。
「なんで? どうして? ただで気持ちよくなれて、子孫を残せるんだよ? 責任なんて取らなくていいんだよ? 君は、ただ快楽に身を任せればいいんだよ? もしかして君は童貞なのかな? だから、怖がっているのかな?」
女性は、口から悪臭を放ちながら○○に囁く。吐瀉物以下の匂いが、○○の鼻腔を刺激する。
カメムシは自分の出した悪臭を嗅ぐと死んでしまうと聞いた事があるが、彼女には嗅覚がないのだろうか。もしかしたら、自分が腐っている事にすら気づいていないのかもしれない。
「離して下さい!」
○○は、女性の手を乱暴に振り払う。女性は、驚いた様子を見せた後、すぐに笑顔を浮かべる。
「うへへぇ……やっぱり君は童貞なんだねぇ。それじゃあ仕方ないかぁ……。初めては、好きな人としたいもんねぇ……」
「……そういう問題じゃないんです」
○○は、女性の発言に動揺した。○○が童貞である事は事実だが、それを初対面の女性に指摘されるのは不愉快だ。○○はアリスの為に純潔を守っているだけなのに。
「その、アリスちゃんだっけ? その子もきっと、君に抱かれたくて待っていると思うよぉ。だけどぉ繧「繝ェ繧ケ縺ョ縺ィ縺薙m縺ォ縺翫>縺ァ私は石になりました」
女性は石のように固まった。いや、実際に石と化していた。美しい女性の彫像が出来上がっている。
「アリスに行かないと」
○○は呟いて、再び歩き出す。
しばらく歩いていると、前方に小さな影が見える。それは、緑髪の幼い少女だった。頭から虫の触角のようなものが出ている事から、彼女が妖怪だという事が分かる。
彼女は道端に倒れている丸太に座って、弁当箱を箸で突いていた。どうやら昼食中のようだ。
「こんにちはー。こんな所に人間さんがいるなんて驚きです。何かご用ですかー?」
「アリスを知らないかな? 僕はアリスを探しているんだ」
○○の言葉を聞いて、少女は首を傾げる。
「アリス? アリとキリギリスなら知っていますけどー」
「違うよ。アリスリスっていうアリとリスだよ」
「はあ。そんな事より、お腹空きませんか? 私は今、ご飯を食べていた所なんですよー。一口どうですー?」
そう言って少女は、持っていた弁当箱を差し出してくる。中にはゴキブリの姿煮、芋虫の天ぷら、ムカデの唐揚げなどが入っていた。どれも美味しそうだが、アリスが入っていないのが気に食わない。
「ごめんね。僕はアリスに会いたいんだ。アリスを知らないのなら、もうアリス」
「そうですかー。早く見つかるといいですねー」
そう言うと、○○は再び歩き始める。それからしばらくして、今度は一軒の家の前に辿り着いた。扉の上に看板がぶら下がっており、そこには達筆な字でこう書かれている。
『三日月亭 永遠に終わらないお茶会へようこそ!』
どうやら喫茶店のようだ。○○は店の中へと入る。店内には客は一人もおらず、店主らしき人物がカウンターの奥にいた。
薄紫色の長髪を後ろで束ねており、頭にはうさぎの耳が生えている。バニーガールの格好をした、妙齢の女性であった。
彼女は○○を見ると微笑み、声をかけてきた。
「あら、いらっしゃい。どうぞこちらへおかけになって」
女性は、手招きをして○○をカウンター席に座らせる。そして、これはお通しよと言って、水の入ったコップを手渡してきた。
「ご注文は何になさるのかしら? この店のメニューは、水と冷水とお湯しかないのだけれど」
○○は、渡された水を一気に飲み干す。渇いた喉を潤すと、落ち着いた気分になれた。アリスに逢うために、ここまで来たというのに、こんな所で油を売っている場合ではない。
「とりあえず、生アリスの聖水をお願いします」
○○は、女性にそう告げて頭を下げる。すると、女性は困ったような表情になった。
「そんな銘柄あったかしら? うちでは取り扱っていないわねぇ」
「えっ、アリスがないんですか? じゃあ一体誰がアリスを焼くんですか!」
○○が拳をカウンターに叩きつけて叫ぶと、女性は目を丸くする。
「……随分とバッドに入っているわね。貴方、頭は大丈夫?」
○○の様子を見て、女性は心配そうな声を出した。
○○は、自分が狂人であるかのような言われように、不満を感じる。確かに今の自分は少し興奮しているのかもしれないが、それはアリス不足のせいなのだ。アリスを吸引すれば、きっとアリスになれるだろう。
「僕はアリスですよ。アリスアリスアリスアリスアリスアリスアリス」
○○が呟くと、女性がため息をつく。
「しょうがないわねぇ。アリスがある場所に案内してあげるから、ついていらっしゃいな」
「アリがとうございまス」
そう言うと、女性は立ち上がる。そして、店の入り口へと向かうと、そのまま外に出て、近くの雑木林に入っていく。○○もその後を追った。
しばらく歩くと、女性の足は止まった。そこには大きな白い建物が建っており、看板には精神病棟と書かれていた。
その建物を見た瞬間、○○は理解した。ここは、アリスがある所だ。アリスがあるのならば、ここにアリスもいるに違いない。 ○○が歓喜に打ち震えていると、女性が振り返って話しかけてくる。
「ここから先は、貴方一人だけで行ってちょうだい。私は忙しいから帰るわね」
「どうも」
そう言って、女性は踵を返すと立ち去っていった。○○は礼を言うと、建物の中に入っていく。
中は真っ白な壁に覆われていて、窓は一切なかった。天井からは電灯が吊るされており、その光は疎らである。全体的に薄暗い印象を受けた。厳かな音楽が流れており、空気は重苦しい。
○○は、辺りを見回しながら進んでいく。受付らしきものはなく、患者と思しき人々が椅子に座って待っていた。その内の一人が○○の姿を見つけると、近づいてくる。
「やあ。君は、ここに来るのは初めてかい? それなら、僕が色々と教えてあげようじゃないか」
その男は、○○に馴れ馴れしく語りかける。いや、男と言ってもいいのか分からない。
何故なら、それは人間の体を持っているが、頭部が凄まじく肥大化しており、目鼻口耳にいたる顔の部位が見当たらないのだ。どこから発声しているのかは不明だが、男の口調は滑らかだった。
彼は○○の肩に手を置くと、言葉を続ける。
「そんなに緊張する事はないさ。ここの評判は聞いているんだろう? 君の病気も、きっと治るよ」
「はあ? 僕は正常です。それよりアリスを知りませんか?」
「アリス? ああ、彼女なら——」
男が何かを言いかけた時、奥の扉が開いて、病衣を着た少女が現れた。茶髪をツインテールにした少女だ。
彼女は、焦った様子でこちらに向かって走ってくる。その後ろを、看護婦らしき人物が追いかけていた。
少女は、○○の前で急停止すると、両手で○○の服を握りしめ、涙を浮かべながら訴えかけてきた。
「た、助けてくださいっ! ここにいたら頭がおかしくなりそうなんです! イカれた奴等しかいないんですっ!」
○○は、彼女の必死な形相を見て、困惑する。助けを求められたのならば、力になりたいとは思うが、具体的に何をしたらいいのだろうか。
考えていると、追いついた看護婦が声をかけてきた。
「お騒がせして申し訳ありません。彼女は重度の精神病を患っていて、錯乱状態に陥っているのです。今すぐに連れて帰ります」
そう言うと、彼女は有無を言わさず、少女の腕を掴んで○○から引き離した。すると少女は、激しく抵抗し始めた。
「や、やめろおぉぉぉ! 私は地底だ! 地底なんだ! デブ野郎が私に触れるなぁっ! 離せっ! 離せよおおおぉぉっ!?」
「ふむ、これは点滴が必要ですね。頭に穴をあけて、直接脳に入れましょう」
少女は血走った目をして、金切り声を上げる。どう見ても正気とは思えない言動であった。
しかし看護婦は手慣れた動きで、彼女を拘束すると、そのまま引きずっていく。
○○は、この異常な光景に圧倒される。まるで、悪夢の中に迷い込んだような気分になった。
すると、背後にいた男が、○○に声をかけてくる。
「ああなったら、もう手遅れだよ。まあ、この病院では、よくある事だから気にしない方がいい」
○○は振り返ると、彼に質問する。
「アリスがいるはずなんですけど、どこにいますか?」
「ああ、アリスね。そういや話の途中だったね。僕がアリスと出会ったのは、雪が降る寒い日の事だった。俺は懐が暖かかったから、場末の風俗店に足を運んだんだよ。店のパネルを眺めていると、一人の女の子に目が留まった。それがアリスって名前だった。金髪の幼い顔立ちをした二十歳の子で、何故かその子から目が逸らせなくなったんだ。そして気がつけば、私はアリスを指名していた。気分を昂らせて、いざプレイルームに入ったら、そこにはアリスじゃなくて、トロルがいた。力士かと思えるくらい太っていて、髪はプリンになっていた。顔は脂ぎっていたし、肌も荒れ放題。おまけに、口臭が酷くて、吐きそうになったよ。でもキャンセルやチェンジをすると、別料金がかかるから我慢したんだ。拙者は彼女に手を引かれて、シャワーを浴びさせられた後、マットに押し倒されたで候。そこから先は、よく覚えてござらん。気づいたら我は店を出ており、財布の中は空っぽになっておった。酷い店だと思わないかい? でも、ああいう店って後ろに怖い人達がいるらしくってさ。文句の一つも言えなかったんだよね。しかも、翌朝になって鏡を見たら、ごらんの有様だよ。どうやら性病に感染したらしくてね。それ以来、頭の中で海の囀りが聞こえたり、波間に光る真珠を携えるようになって、白い手が出るようになった。君は、流れ星に導かれた星の祈り子を見たことがあるかな? 果ての果てのその先には、母なる胎内に回帰している。それで、今も血を入れ替え続けてるんだけど、なかなか良くならなくて参ったよ。君もパネマジには気をつけたまえ。ふははは!」
○○は、彼の話を黙って聞いていた。
彼が言っている事は本当なのか嘘なのか分からない。しかし、その話が真実だろうと偽りであろうと、あまり関係はなかった。
何故なら、○○にとって、アリスこそが全てなのだ。他の情報など、どうでもいいのだ。
彼は語り終えると、満足げに頭を揺らしてを去って行った。
○○は部屋から出てきた看護婦に話しかける。
「アリスはどこにいますか?」
「はい。右が、男子トイレです。左が、女子トイレです。真ん中が、診察室です」
「分かりました」
「ヒビの入った聖餐は、天使の羽根を受けて、彼方へと飛び立つつもりですか? 生理的な岩塩に、骨片をまぶすと、昇華されています」
「ありがとうございます」
○○は礼を言うと、女子トイレに向かって歩き出す。
アリスを探すためだ。アリスさえ見つかれば、全てが解決する。○○はアリスの事だけを考えながら進んでいく。
「プシュ! ……あっ! 水素の音ぉ〜!」
「炭酸水の音だろ」
「私は幸せです私は幸せです私は幸せです私は幸せです私は助けて私は幸せです私は幸せです私は幸せですわたしはしあわせ」
「神子様に触れられた途端、子宮がパーン、となりましてね。これでようやく、私も神の子を産めるというもの。やはり雌は子を成してこそ価値があるんだ」
「こんなのにまじになっちゃってどうすんの? じかんのむだだから、いますぐげーむのでんげんをきりなよ ps53『ピッ』 データの更新があります。容量は827GBです。寺子屋のクソガキ『あははははははははははっ!』 」
「ちわー! 命蓮寺の集金でーす! 貴方、檀家になられてますよねぇ!? え、家に仏壇がない!? それは罰当たりな! でもご安心ください! 今ならこちらの仏壇っ、税抜き価格で190万800000円でご購入出来ますよっ! 今なら聖白蓮の染み付きパンティーが、セットで付いてきますっ!」
「 (ADHD変換ケーブルください) 」
「ADSLの間違いでは? こちら、サイズが小さい順からS・M・E・L・Lがございます」
「とーほーえーっ? いやんっ! しよっ? リグル・ワンナイトラブ。ミスティア・レロレロライ。下北沢ゲイ音。アクメてゐ。淫乱・処女ビッチ・イナバ。エイリン・オブ・ジョイトイ(八五五六歳) ほうれい線輝夜。ふしだらな妹紅」
「関西のルーミア『そうなんか?』 」
「お支払いの際は、是非とも電子マネーで! 【WAYON】 ……ワヨ〜〜ンッ!」
「だっさぁ〜い! 今時はペイパルだよー? パールパルッ!」
「東方名勝負数え役満。はいそれロ〜ンッ! 立直一発対々和嶺上開花河底撈魚大四喜字一色四槓子四暗刻単騎ドラ四で満州やっ! 四本場で8000オールッ!」
「お燐りんの自機キャラ昇格の目はあるか? エースのプライド・黒猫の意地・忍び寄るオリンリン。難易度ノーマル【開幕から十連敗で迎えた地底との一戦。霊夢、紫、萃香がボムを撃ちまくり、ノーミスで五面道中に到達するも、後続の魔理沙、パチュリーらが撃ち込まれ、激しい弾幕戦の展開。残機三で迎えたボス面、妖精の弾幕で残機が減り、さらにお燐のスペカでピンチは続く……】 」
途中、何人かの患者とすれ違った。彼らは皆、虚ろな目をしており、焦点が合っていないように見えた。各々意味のわからない言葉を発しながら歩いている。そのせいで、ぶつかる事も何度かあったが、気にならなかった。
やがて○○は、目的の部屋の前に辿り着く。扉の横には、『霧雨魔法店』と書かれた看板が掲げられていた。
○○は扉を開けると、中に入る。室内は薄暗く、埃の臭いが充満していた。
奥に進むと、分厚い本が所狭しと並べられた棚がある。床にも大量の本が散らばっており、足の踏み場もない状態だった。まるで廃墟のような様相である。しかし、○○は臆する事なく、前に進んだ。
部屋の隅にある椅子に腰掛けた金髪の少女を見つける。彼女は机に突っ伏して寝息を立てており、起きる気配がない。○○は彼女の肩に手を置くと、優しく揺すって声をかけた。
「アリス? 君がアリスなのか?」
すると少女はゆっくりと顔を上げ、○○の顔を見る。
彼女は、大きな瞳を見開くと、慌てて立ち上がった。
「な、なんだお前は!? いつからここに!」
少女は警戒するように後退する。
○○は、そんな彼女に向かって微笑みかけた。
「やっと……やっと逢えた。逢いたかったよ、アリス」
○○は、そう言うと彼女に近づき抱きしめた。すると、少女は顔を真っ赤にして慌てる。
「ちょっ……いきなり何をするんだ! 離れろよ!」
しかし、○○は彼女を離さない。それどころか、より強く抱き寄せようとする。彼女は腕を振りかざして抵抗するが、力の差がありすぎて振り解けない。
○○は少女の首筋に顔を埋めると、匂いを嗅いだ。甘い香りが鼻腔に広がる。少女の、アリスの匂いだ。○○は興奮して、さらに力強く抱きしめる。すると少女は、くぐもった声を出した。
「や、やめろって……んっ……やめてくれ……」
○○は、ますます力を込める。
すると彼女は諦めたのか、大人しくなっていった。そして○○の胸に顔を埋めて、じっとしている。
○○はその事に気づくと嬉しくなり、さらに力を入れようとした。その時だった。突然、○○の後頭部に強い衝撃が走る。視界が揺れ動き、力が抜けていく。
「……ふざけやがって、この野郎っ! 客じゃないのなら容赦しないぜ!」
少女は○○を突き飛ばすと、手に持った何かをこちらに向けてきた。どうやら、あれで頭を殴られたらしい。
○○は、ふらつきながらも立ち上がると、彼女に手を差し伸べた。
「何を、そんなに怒っているのかな? 僕だよ、○○だよ。ようやくアリスに会えて嬉しいんだ。アリスも喜んでくれるよね?」
○○の言葉に、少女は眉間にシワを寄せて睨んできた。そして、持っていた物を構え直すと、再び突き出してくる。
「……アリスって、あの人形使いのことか? なら、人違いだぜ。私は霧雨魔理沙っていうんだ」
○○は、その言葉を聞いて驚いた表情を浮かべる。どうも目の前の少女は、アリスとは違うようだ。
記憶が不明瞭だが、アリスはウェーブがかかった金髪で、青い瞳をしていた。対して、この少女は金髪ではあるが、瞳が金色だ。それに、こんなにも乱暴な口調ではないはずだ。
「……マリス? アリスじゃないのか。だったら、ここはどこなんだい?」
○○が質問すると、魔理沙は呆れたようにため息をつく。
「ここは私の家だぜ。アリスの家も、同じく魔法の森にあるけど、お前は間違えて入ってきたんじゃないか?」
「そうかもしれない。じゃあ、アリスはどこに?」
○○が尋ねると、彼女は面倒くさそうな表情を浮かべる。
「さっきからアリスアリスって、お前はあいつの何なんだ? まさか、あいつの恋人とか言わないだろうな」
「そんなの決まってるじゃないか。アリスは僕の……僕の、何……なのかな? とても大事な存在だけど……」
自分で言いながら○○は疑問を抱く。今まで考えた事もなかったのだ。しかし今、初めて気がついた。○○にとってアリスとは一体なんなのだろうと。何故、自分はこんなにもアリスを求めて止まないのだろうかと。
○○が悩んでいると、魔理沙は首を傾げている。
「お前、魔法の森を歩いてきたのか? だったら結構やばいぜ。ここはキノコの胞子が充満していて、人間が長時間滞在できるような環境じゃないからな。幻覚や幻聴に悩まされる事だってあるんだ。まぁ、私みたいに慣れれば平気だが……」
○○は彼女の言葉を聞いていたが、全く頭に入ってこなかった。それよりも、アリスについて考えてしまう。
アリスの事を想うと、胸が苦しくなる。それは、まるで病にかかったかのように、じわじわと蝕んでくるのだ。アリスが欲しい。自分だけのものにしたい。そんな欲望が溢れてくる。
手に持っていた人形を胸に抱き寄せると、脳裏にアリスの顔が思い浮かぶ。すると身体中に電流が流れたかのような感覚に襲われ、震え上がった。アリスに触れたい。抱きしめてキスをして、自分の物にしてしまいたいという衝動に駆られてしまう。
「お、おい、大丈夫かよ? 顔色が悪いぜ。薬があるから、持ってきてやろうか?」
魔理沙は心配そうに声をかけてきた。○○は繧「繝ェ繧ケ繧「繝ェ繧ケ繧「繝ェ繧ケ繧「繝ェ繧ケ
「大丈夫です。僕はアリスに逢わないと」
「縺ッ縺ゑシ溷、ァ荳亥、ォ縺ェ險ウ窶ヲ窶ヲ」
○○は、服を掴んで引き止めようとしてくる魔理沙を振り払い、顔面に拳を叩き込んだ。魔理沙は鼻をひしゃげさせながら吹き飛び、壁に激突する。
○○は、魔理沙が動かなくなったのを確認すると、急いで家を出た。あんなゴミ屋敷のような場所に居たら気が狂ってしまう。○○はアリスを探すために森の中を走り出した。
しばらく走り続けると、胞子が濃くなってきた。○○は咳き込みながらも走る速度を上げる。アリスを見つけないと、このままではおかしくなってしまいそうだ。
時折、人形に顔を埋めて、深呼吸をする。人形からは、アリスの芳香がした。それを嗅ぐと落ち着くことができるのだ。この人形は、アリスのよすが。アリスを感じる事ができる大切な宝物だ。
しかし、すぐにまたアリスが欲しくなる。この気持ちを抑え込むためには、アリスを見つけるしかない。○○はアリスを想いながら、さらに速度を上げて走った。
やがて、視界に洋風の一軒家が映り込んでくる。あれはアリスの家だ。
○○は迷わずに扉を開けて中に入った。そして、アリスの姿を探そうと、居間の方へ向かった。しかし、そこにアリスの姿はない。
「アリス! いないのか、アリスっ……!」
必死にアリスの名を叫ぶと、台所の方から足音が聞こえてきた。そちらを見ると、金髪の女性が居間に入ってくるところだった。
女性は、○○の姿に気づくと、目尻を下げて嬉しそうな表情を浮かべる。
「あら、○○。おかえりなさい。今日は早かったわね? ご飯にする? それとも先に、お風呂に入る?」
○○は返事をせずに、やけに馴れ馴れしい態度の女性を、睨むように見つめた。すると、彼女は困った表情を浮かべる。
「……そんなに怖い顔をして、どうしたの? ママ、何か悪い事でもしたかしら?」
「マ、ママ……?」
「えぇ、そうよ。○○は私の可愛い息子だもの。お腹を痛めて産んだのだから、間違いないわ」
○○は、目の前の女性が何を言っているのか、理解できなかった。確かに、目の前の女性は、母親ほどの年齢に見える。しかし、○○は彼女の事を知らないのだ。
混乱した頭では、入ってくる情報が処理できずに、気が狂いそうになる。しかし、一つだけ確かな事がある。アリスがいないのだ。アリスさえ見つければ、全ては丸く収まるはず。
「あの、アリスはどこですか? この家にいますよね?」
「やだ○○ったら。ママの名前を忘れてしまったの? 私がアリスよ」
女性は笑顔のまま首を傾げる。○○は、彼女の言葉が信じられなかった。でも、彼女が嘘を言っているようにはみえない。
○○は、改めて女性を観察する。確かに、見た目はアリスそっくりだった。服装も髪型も同じだし、体型まで同じなのだ。
唯一違うのは、年齢くらいだった。アリスが二十年ほど成長すれば、こんな感じになるのかもしれない。そんな印象を受けるほど似ている。
だが、○○には違和感があった。目の前にいるのは、アリスであってアリスではない。そんな気がしてしまう。
そもそもアリスとは、一体なんなのだろうか。○○は今まで、アリスの事ばかり考えてきたが、その正体が分からない。
アリスは、慈愛に満ちた美しい母親なのだろうか?
「あれ? ○○くん、帰ってたんだ」
不意に背後から声をかけられたので振り返ると、そこにはアリスがいた。アリスは微笑みながらこちらに歩み寄ってくる。
「ただいまの挨拶がなくて、お姉ちゃん寂しいなぁ。ほら、ただいまって言って?」
アリスは○○の手を握って、瞳を潤ませながら懇願してきた。その姿がいじらしくて、つい甘やかしたくなる。
「た、ただいま……」
「うんっ! おかえり○○くんっ。お姉ちゃん、○○くんがいない間、ずっと心細かったんだからね?」
アリスはそう言うと、○○に抱きついて頬ずりをしてくる。柔らかな感触が心地よく、○○は身体から力が抜けていくような感覚を覚えた。
アリスは○○の身体を抱きしめたまま、首筋に顔を埋めてきた。そして、大きく息を吸い込む。
「んっ……○○くんの匂いがするぅ……。お姉ちゃんは幸せだよぉ……」
アリスは、うっとりとした表情を浮かべながら呟いた。
○○はアリスに抱擁されながら、ぼんやりと思考に耽っていた。アリスは、こんなにも馴れ馴れしくスキンシップを求めてくる人物だったろうか。しかも、自分のことを、お姉ちゃんと自称しているのだ。
アリスは、弟想いの可憐な姉なのだろうか?
「あー! おねえちゃんばっかりずるーい! ありすもするー!」
突然、小さな女の子の声が聞こえたかと思うと、背中に衝撃を感じた。振り向くと、そこにいたのは金髪の少女だ。少女は○○にしがみつくようにして、背中に顔を押しつけている。
「ありすもねぇ、ぱぱのにおいがだいすきなのっ!」
○○は、少女の言葉を聞いて困惑した。父親というのは、誰のことを指しているのだろうか。少なくとも、自分ではないはずだ。それはありえない。そして、この少女も、アリスを自称している。
「あっ! ぱぱがもってるのって、おにんぎょうさん? もしかして、ありすにくれるのっ!?」
金髪の少女は目を輝かせて問いかけてくる。
人形という言葉に、○○はハッとなった。この人形は、アリスにあげる為に持ってきた物だ。それなのに、すっかり忘れてしまっていた。
「……うん。繧「繝ェ繧ケって女の子から、貰ったものだけど、アリスにあげようと思ってたんだ」
「やったー! ぱぱありがとう! このこ、すっごくかわいいもんねっ!」
金髪の少女は満面の笑みを浮かべて、人形を抱きかかえた。その様子を見て、○○は安堵した。どうやら、喜んでくれたようだ。
アリスは、無邪気で純粋な娘なのだろうか?
「むぅ……。お姉ちゃんには、プレゼントはないのかなぁ?」
抱きついたままのアリスが、不満そうな声で言った。それに対して、○○は申し訳なさそうな顔をして答える。
「ご、ごめん。人形は、一体しか持ってないんだ」
「○○くんひどーい。お姉ちゃん泣いちゃうよ?」
アリスはわざとらしく目元を拭いながら、上目遣いで○○を見つめる。そんな彼女を見ていると、○○の心はざわついてしまう。
「……なーんて、冗談だよっ」
アリスは悪戯っぽく微笑んで、○○の身体から離れた。
○○は、ほっとしたような残念だったような、複雑な気持ちになる。
アリスは○○の隣に移動すると、彼の腕を組んで、寄り添うように密着する。それから○○の耳元に唇を寄せると、彼にしか聞こえないように囁く。
「代わりに……後で……お姉ちゃんの部屋に来てね……。そこで、いいこと……しよっ?」
○○は、思わず生唾を飲み込んだ。その言葉の意味するところは明白である。アリスに視線を向けると、彼女は妖艶な微笑みを浮かべていた。
アリスはくすりと笑うと、居間から出て行ってしまう。
○○は呆然と立ち尽くしていた。先ほどのアリスの発言が頭から離れず、悶々としてしまう。アリスの身体は柔らかく、良い匂いがした。思い出すと、身体が熱くなる。
○○が煩悩を振り払おうとしていると、背後から声をかけられた。
「ぱぱー? あとでね、ありすのおへやにきてほしいの。ぱぱとふたりきりであそびたいの……」
振り返ると、そこには金髪の少女がいた。娘だと自称する少女は、こちらをじっと見上げている。
○○は少女に向き直り、しゃがみ込んで視線の高さを合わせた。そして、優しく微笑みかける。
「先に、お部屋に帰って待っててくれるかい?」
「うんっ! ありす、いいこにしてまってるから、はやくきてねっ!」
少女は笑顔になって、大きく首を縦に振った。そして、駆け足気味に部屋を出て行く。
それを見届けてから、○○は再び立ち上がった。すると、いつの間にか傍にいた女性が、口を開く。
「○○は大人気ねぇ。私も母親として、鼻が高いわぁ……。でも、○○は私だけのものなんだからね? 私から離れるなんて、許さないんだから……」
女性はそう言うと、○○の身体に抱きついてくる。柔く熟れた身体を押し付けられて、母親の胎内に戻ったような安心感を覚えてしまう。
「ここまで来るのに、随分と疲れが溜まっているでしょう? だから……ママに身を任せて……。子守唄を歌って、寝かしつけてあげるから、後でママのお部屋に来なさいね……?」
女性は、○○の頭をひとしきり撫で回してから、部屋から出て行った。○○はしばらく惚けていたが、やがて我にかえり、頭を左右に振った。
アリス達は、三者三様に魅力的な誘惑を仕掛けてきた。彼女たちとの触れ合いは心地よく、いつまでも続けていたいと思ってしまうが、選べるのは一人だけだ。
母、姉、娘。
どのアリスが、本当のアリスなのか。偽りのアリスが、紛れ込んでいるのか。○○には、わからない。
自分の大切な人は、一体誰なのだろうか?
自分の家族である事は、確かに覚えている。それが、○○にとって唯一の繧「繝ェ繧ケ繧「繝ェ繧ケ繧「繝ェ繧ケ繧「繝ェ繧ケ家族はアリス一人だけだ。他の誰もいらない。
「僕の……僕は……僕と、アリスは、か、ぞく……? あれ……?」
何かがおかしい。違和感がある。自分はアリスを愛していて、彼女以外何も要らなくて、アリス以外の人間は邪魔で、アリスだけが愛しくて、アリスだけを愛していて、アリスだけを求めている。
なのにどうして、アリスのことを、思い出せないのだろう。家族なら、鮮明な記憶が残っていてもいいはずだ。それなのに、○○はアリスの顔を鮮明に思い出せない。
アリスは、どんな顔をしていただろうか? アリスの声は、どうだっただろうか? アリスは、自分に何と言ってくれただろうか? アリスは、自分をどう思ってくれていたのだろうか?
アリスは、アリスはアリスアリス繧「繝ェ繧ケ繧「繝ェ繧ケ繧「繝ェ繧ケ繧「繝ェ繧ケ繧「繝ェ繧ケ繧「繝ェ繧ケ繧「繝ェ繧ケ繧「繝ェ繧ケ
「アリスは僕の妹だ」
○○は思い出した。
アリスと○○は、血の繋がった兄妹なのだ。
アリスは、母でも姉でも娘でもない。
アリスこそが、○○の愛する妹で。
アリスが、世界で一番大切な存在で。
アリス以外、何もいらないのだ。
「アリスは妹アリス妹はアリスアリスはアリス妹」
○○の思考は、完全に壊れていた。アリスに対する愛情と執着心のみが残り、それ以外のものは全て抜け落ちてしまったようだ。
彼はアリスしか見えていない。彼の目に映るのは、金髪碧眼の愛らしい少女。
○○は、ふらふらとした足取りで、歩を進める。
妹が、アリスが待っている部屋へ、向かわなければならない。
○○はアリスの部屋の前に立つと、ドアノブに手をかけた。鍵はかかっておらず、簡単に開く。
中に入ると、そこにはアリスがいた。彼女はベッドの上に腰掛けて、○○を待っていた。彼女は、こちらを見ると、にっこりと微笑む。
「お帰りなさい、お兄ちゃんっ」
「うん……。ただいま、アリス」
○○は微笑み返すと、ゆっくりと彼女に歩み寄った。そして、優しく抱きしめる。
アリスは抵抗しなかった。○○の腕の中で、大人しくしている。その表情は幸せそうで、とても嬉しそうだ。
「やっと、会えた……。アリス……僕の妹……。アリス、アリス、アリス……」
○○は感極まったように呟くと、何度も彼女の名前を呼んで、頬擦りをする。その瞳には、涙が浮かんでいた。ようやく、アリスに再会できた喜びに、胸を打たれている。
なすがままのアリスは、○○の耳に艶かしく囁く。
「えへへっ、そうだよぉ……。アリスは、お兄ちゃんの妹なのぉ……。わたしのこと、思い出してくれて、嬉しいなぁ……。これからは、ずうっと一緒だよ?」
アリスは甘えるように、○○に身体を預けた。○○はそれを受け止めると、ぎゅっと強く抱き締める。
「……本当にごめん。僕はさっきまで、アリスの事を忘れていた。大切な妹の存在を、忘れてしまっていたんだ。だから……今度こそ、絶対に離れないからね……!」
「うんっ! でもぉ……言葉だけじゃ、不安だから……形にして欲しいなぁ……?」
そう言うと、アリスは○○を見上げて、目を閉じた。キスをして欲しいという合図である。
「アリス……それは、出来ないよ。僕らは恋人じゃない。家族なんだ……」
しかし、○○は首を横に振って、拒絶する。それでもアリスは諦めきれず、唇を突き出して、不満げな様子を見せた。
「どうして? お兄ちゃんは、わたしのことが好きなんでしょ? なら、問題ないよね? ……それとも、お兄ちゃんは嘘つきなの? 本当は、アリスのことが嫌いなの……?」
「き、嫌いなわけないじゃないか……!」
「じゃあ、証明してよ。アリスが好きだっていう証拠を見せて? アリスの初めてを奪って、アリスをお兄ちゃんのものに……して?」
アリスは潤ませた目で見つめながら、顔を近づけて、○○に迫る。そして、唇同士が触れ合う寸前で、動きを止めて、言った。
「この先は、お兄ちゃんがしてね。お兄ちゃんの方から、アリスを求めて欲しいの。それで、わたしたちの心は、一つになれるんだよ。お願い……お兄ちゃん……」
アリスは切なげな声で、訴えかける。アリスの甘い吐息を間近に受けて、○○の理性を揺るがせた。
このまま、アリスの願い通りにしたい気持ちが膨れ上がっていく。アリスを自分だけのものにしたい。他の男に奪われたくない。そんな独占欲が湧いてくる。倫理観など、もう消え去っていた。○○の頭にあるのは、アリスに対する愛しさのみだ。
もし、キスをしてしまえば、○○とアリスは、兄妹の垣根を越えて、禁断の関係になるだろう。後戻りは出来なくなる。
だが、それでも構わないと思った。アリスさえいれば、他に何も要らない。アリス以外の全てを捨てても惜しくはない。
○○は、覚悟を決めた。
「アリス……」
「…………んっ」
アリスを愛しているという証を示すために、彼女を抱き寄せて、口づけを交わす。触れるだけの、軽いものだ。
唇が離れた後も、二人はお互いの顔を見つめ合っていた。その顔はどちらも赤く染まっていて、初々しい。
「……ふ……ふふっ……うふふふふっ…………ふっ……く、くふふふふふふっ……!」
不意に、アリスが笑い出した。何がおかしいのか、ずっと笑っている。
○○は困惑した。今のキスは、アリスにとって、それほど面白いものだっただろうか。
するとアリスは、○○の胸に顔を寄せて、身体を密着させてきた。
「ふふっ! なんだか、いろんな感情が、一気にぐちゃぐちゃーって混ざっちゃったみたい。嬉しくて楽しくて幸せで、とにかく笑いがこみ上げてくるのっ! あはははははははははっ!」
アリスは○○の腕の中で、嬉しそうにはしゃいでいる。まるで無邪気な子供のように、楽しげだった。
その笑顔を見て、○○は安心する。アリスが楽しくて笑っているのなら、それが一番良いことだからだ。
「はははは、はっ…………ふうっ……。それじゃあ、○○。そろそろ、私達の故郷に帰りましょうか。ここだと、邪魔が入るかもしれないから、○○とゆっくり過ごせないもの。鬲皮阜に帰って、二人きりで暮らそう?」
「故郷……? ……ああ、そうだね。帰ろうか、アリス。僕達の家に……」
アリスの言葉を聞いて、○○は疑問に思ったが、すぐに納得して返事をした。
元々、自分達は、異界に迷い込んだ、外なるまれびとなのだから。帰るべき場所は、鬲皮阜以外にない。
「……でも、もう少しだけ。ここには、私なりに思い出があるから……ね?」
アリスは物憂げな表情を浮かべて、○○に寄り添い、身体を預けた。○○もそれを受け入れるように、彼女を抱きしめる。
○○は幸せを噛み締めていた。こうして愛する人と、一緒にいるだけで、幸せを感じる。この世界に来て良かったと思えるのだ。
これからは、アリスと二人で生きていく。いつまでも、永遠に……
魔法の森の奥深く。そこには、寂れて朽ち果てた洋風の家がある。かつてそこに暮らしていた者は、もういない。今は誰も訪れることのない無人の家だ。
中は埃と蜘蛛の巣だらけで、家具も全て壊れている。とても人が住めるような環境ではない。しかし、その場所からは、かすかに妖しい気配が漂っていた。
廊下の突き当たりには、開かずの扉がある。鍵穴がなく、建付けも悪くないのに、何故か開けることができない。そんな不思議な扉である。
そこの部屋だけは、老朽化が進んでおらず、住人がいた当時のままの状態を保っていた。
その部屋には、床や壁の至るところに、魔法陣が描かれている。その中心には、二体の人形が、横になっていた。
片方の人形は、金髪の少女の姿をしている。
もう片方は、黒髪の青年の姿だ。
二体の人形は、お互いに手を繋いで、寄り添いあっている。まるで恋人同士のような光景であった。
いつまでも変わらず、同じ姿で在り続ける。
物語が終わる、その時まで。
『愛しき貴方へ贈る不思議な御伽話』