夜天の空を斬り裂き、声が響いた。
いつだったか。何処かで誰かが叫んだ。
此の世界には、全てがある。
長い時の中で誰かが伝え続けた。
此の世界は、何でも出来る。
その世界に誰かが物語を作り上げた。
此の世界は、私の物語だ。
その世界は誰かの物語で、誰かの世界であり続けた。
誰かが作り上げ、誰かの紡いだ物語。
そして、今ここから新たな物語がまた一つ始まる。
「≪えたーなるりーぐおぶねふぃあ≫ きどー」
コッペリアの手を握った白天使が、小さく呟いた。
誰かに教えられた様な拙い声を確かに響かせた。
───そこは、誰もが何にでもなれる世界。
「めぐるせかいに、おわらぬたびを」
アンダーウッドに静かに声が響く。
白天使の声以外の音の全てが消え失せて、白天使の声だけがゆっくりと響いた。
祭りの喧騒も、ざわめきも。何もかもが音を失う。
───望めば望むだけ、終わることの無い旅を楽しめる。
「とわのときをともにすごし」
あるいは、歌のような。
あるいは、詩のような。
そんな声がゆっくりと、空に響き続ける。
───誰もが其処に、その世界に、終わらない旅に物語を作り出せた。
───物語を、産み出せた。
「えいえんをともにわかちあい」
白天使の声色が少しづつ変わっていく。
出会ってから短い間ではあるが、明らかに変わっていく。
その姿と似合わぬ声音に変わっていく。その姿の後ろに、誰かの姿を浮かび上がらせながら。
───家族を作り、仲間と共に歩む波乱の日々が彼女達にはあった。
「ちぎり、契り、血契り」
声が止まった。
白天使が指先から一筋の血を流す。傷口のないはずの指先から赤い血を流す。
滴り、地面に落ちた赤い血は染みを残すことはなく風に流れて消えていく。
───幾度でも死を迎えよう。
───あの世界に馴染むには幾度もの試行が必要だ。
──―止まらない思考が必要だ。死んでなお止まる事のない思考が。
───そうして諦め無い限り、世界は何度でも生き返ることを認めてくれる。
「手を取り合い、命を分かち合い」
流れ、滴る血をコッペリアに差し出す。
それ以上の言葉はいらなかった。誰かに操られるように、あるいはその血に魅入られた様にコッペリアは唇を出し、血を啜った。
───望む全てを手に入れる為に、幾千万と積み上がる己の屍の上に立とう。
「新たな旅と、物語と、此の旅路に果てを望まぬあなたと契りを結び」
コッペリアは、自身の体の中で何かが変わっていくのを明確に感じた。
血を啜ったその口から、ほんの僅かな波紋が大きく広がるように体が変質していく。
───始めよう。ここから。今から。この場所で。
───出来ないことはない。誰にだって出来る。
───苦しくて辛いのは、最初の一歩。
「永遠を共に歩み、刻み、記して廻れ」
ゲームに携わる身だからこそか、あるいは追い求めた答えがコッペリアの中にあるからなのか。
コッペリアの体の中で暴れるのは、確かに永久機関と言える代物だと理解できた。
だが、コレは違う。明らかな異物だ。
コレは、誰もが追い求める永久機関である。だがコレは違う。
夢だと吐き捨てられた『第三永久機関』ではないが、その性質に限りなく近い『別のナニカ』だ。
───ゴミ箱の底にある、くしゃくしゃの紙を拾い上げて旅をしよう。
───それは、幾千の時間を費やして綴り上げる宝の地図。
「≪Eternal League of ……?」
短くも長い詠唱の最後を告げる前に、白天使の口が抑えられた。
*
そこまでだ。
周りの音がいきなり消えて可憐な白天使の声が辺り一帯に響き出して驚いた。
何が起きてるのかと思ってきたら、まったく。
白天使の後ろに微かに麗しき女神様の御姿があるではないか。
おそらく女神様の力の一端をお借りして変な事でもしていたのだろう。
女神様の御意志ならまだしも、これは間違いなく白天使の仕業だ。
流石に白天使と言えど女神様の御手を煩わせるのはちょっと、おいたが過ぎる。
白天使の事だ。おそらく憑依を無意識化で行っていたのだろうが、それにしては『濃い』。間違いなく過剰だ。
さて、どういう状況なのだろう。
皆があなたの事をコイツ……という様な目で見てきているのだが。
「……ごしゅじんー、まがわるいー」
間が悪い、と言う事は何かをしでかしたようだ。
反省しておこう。
さて、それよりもだ。
あなたを一人蚊帳の外にしてウロチョロしていたようだが。
その理由は何なのか、さて尋問の時間だ。
───────……。
────……。
──……。
なるほどわからん。
なんか人形が機関で永久で第三で退廃が風らしいがさっぱりだ。
機関とはなんだろう。ギルドの様なものだろうか。
とりあえず、白天使からは答え合わせは先程までので殆ど終わったらしいので現場に向かうとしよう。そうしよう。
原因をまっすぐ行ってぶっ飛ばせば全部解決だ。
とはいえ、今回の敵は強敵の気配がする。
以前から白夜叉に釘を刺されていたのだ。
≪退廃の風≫には気を付けろ、と。
あなたであっても問答無用で殺されるという話だが、殺される程度ならどうでもいい。
どうせこの世界では主能力は下がらないし、死んでも這い上がれるのだ。
今回の件で絡んでいるから声をかけなかったのだというのは死亡フラグ少年の遺言である。
拳で顎をカチ上げて気絶させておいた。
彼に喋る権利を与えた記憶はない。あったとしても気のせいだ。
さて、件の豪奢な館が見えてきた。
何故か人形が抜け出したときに襲ってこなかったようだが。
形としてはギフトゲームはクリア出来るはず、と言う事だったので先にコッペリアが白天使同伴であなたの先を歩いている。
何かあっても白天使ならどうにかできるし、何よりそこはあなたの認識範囲内だ。
認識範囲内なら何が起きても助ける自信がある。
最近言っていなかった気がするから、何度でも忘れないように伝えておく。
あなたが最速だ。
あなたこそが最速だ。
これだけは譲らないし、譲れない。
そんなことを思っていたら、断崖の向こうから風がゆったりと流れてきた。
風は大好きなのだが温い殺意を纏った風は流石に好きと諸手を上げて叫ぶことは出来ない。
人形が、ギフトゲームはクリアされたと伝えて立ち去るように伝えているが一向に動く気配が見えない。
どうしたのだろう。警戒するような低い唸り声を上げているような風の音だが。
「……お、おらー! たちされー!」
白天使が威嚇する様に声を上げる姿が可愛い……。フフ……。
と、そんなことを考えている場合ではない。風が白天使に向けて突撃なんて言う真似をしてくれやがった。
長棒で肩を叩きながらあなたは白天使の前に出た。
どう始末してやろうか。
そうあなたが呟くと同zffffffffffffffffffffffffffffffffff。
───おい、止めろ。死んだではないか。勢い余って昔の癖が出てしまったではないか。
あなたは少し離れた所から腕を地面から突き出しながら風に向けて声をかけた。
なるほど、全身を消し飛ばされるとほぼタイムラグなしで近くの地面から這い上がれるようだ。
というか、持っていた長棒と着ていたこちらの世界の普段着が消し飛んだ。
全裸で這い上がったあなたは、復活直後の体の不調を払うように首をコキコキと鳴らした。
こちらの世界に来て不殺を掲げる事になって以来の愛用の長棒が消えた。どこにやったというのだろうか。
盗んだのなら後悔させてやる。壊したのなら後悔させてやる。
どちらにせよぶっ潰す。これだけは確定した。
風がピタリと止まった。白天使は人形を連れて皆の後ろに走って逃げている所だった。
おそらく振り返ったのであろう風は首を傾げているようだった。
やはり常日頃から風を感じているからだろう。なんとなく動きの端々から感情らしきものが見え隠れしているように見える。
少なくとも、コレには簡単な意思がある。
精々、野を駆る獣程度だろうが。
さて、今にもまた襲い掛かってきそうな気配がある。
ならちょうど試したかったことを試してしまおう。
≪退廃の風≫。箱庭の数少ない判明している一桁ナンバーの魔王。
この世の全てのあらゆる物質を退廃させ摩耗させ消し去る天災。
色のついた風、という表現が正しく倒すのには多大な苦労が必要となる。
黒が一番強く、白が最も弱い。
さて、色のついた風という話だが。
『青色の風』と比べたら、どちらの方が強いのだろうか?
あなたは四次元ポケットからエーテル製の生き武器をとりだした。
シャラン、と甲高い音を立てて引き抜かれた蒼色の燐光が夜の帳を斬り裂き閃いた。
輝く美しい蒼。星の浄化作用の結晶。
天災とまで叫ばれる風をどういう技術か圧縮して作り上げた武器。
あなたの中ではそこまで順位は高くない武器だ。長く使っているとエーテル病の発症が面倒くさい。
普通にアダマンタイト製とかの生き武器を使う方がいい。
さて、力比べといこう。
ゴウ、と唸りながら突っ込んでくる風に対してあなたはいつも通りに剣を振るった。
慣れ親しんだいつもの一撃は、寸分違わず鈍色の風を斬り裂いた。
そしてそのまま風は無色になって溶ける様に消えてしまった。
いや、つまらないのだが。あっけなさすぎるだろう。
まさか一撃で終わるとは。耐久が紙の一発屋のバ火力存在、という奴だろうか。
つまらない。実につまらない終わり方だ。
全裸のあなたを全員が全員あんぐりとした顔で見ていたが。
「ごしゅじんー! おつかれー!」
やはり、あなたの癒しは家族と女神様だけだ。他の誰にもあなたは理解してもらえないのだろう。
*
「いっけんらくちゃくー!」
「全然落着していませんよエンジェル」
全裸の……皆が言う『例のアレ』がつまらなそうに剣を虚空にしまっている姿を見ながらコッペリアはため息をついた。
何なのだ、 これは。 どうすればいいのだ。
≪退廃の風≫を一撃で葬り去る下層のプレイヤーなど見たことがない。そもそも≪退廃の風≫を物理で正面から破るなど前例すらありはしない。
それにギフトゲームはクリアされていない。ロジックとして組み込まれたはずの風が逆に滅ぼされてしまったしどうすればいいのだろう。
「……とりあえず、別のクリア手段を探すしかありませんね」
コッペリアの中で今も巡るナニカ。
これが何かはわからないが、少なくともこれはクリアには相応しくない様だ。
*
その後、起き上がった死亡フラグ少年によってなんやかんやあって人形は一応ハッキリとした形でギフトゲームに決着をつけていた。
なんやかんやはなんやかんやだ。
あなたは関わっていないからよくわからない。
向こうの世界とやらでは出来ないだけでこの箱庭ならうんたらかんたらとか言っていたが、よくわからないものはよくわからないのだ。
黒天使ならばあるいは余裕で理解できるのかもしれないが、如何せんあなたは別に天才ではない。
最後の最後で全部持って行ったあなたは死亡フラグ少年が、あなたに挑み直しで作った渾身のパンプキンキッシュを食べて20点と言いながら改善点などを鼻で笑いながら伝えて煽りつつ、白天使に貰った耳飾りの木彫りのブローチを優しく撫でていた。
赤坂です。
次回から本編戻ります。終わったのでね!
以降の番外はまぁ、折を見てって感じで。
ではでは。