───これは夢だろうか?
あまりにも長い、長い夢だった。
あなたは薄ぼんやりとした意識の中で何処かを彷徨い歩いていた。
誰だっただろうか。誰かとあなたは戦っていた筈だ。
とても強い憎しみを抱いていた相手。誰だったのだろう。
あらゆる景色があなたの前から消えていく。
あなたが手を伸ばし、空を切ると消えていく。バラバラになって。
世界が燃え上がる景色が見えた。
幾度も見続けた数千年。 いつも通りの光景だ。
世界が滅びゆく景色を見た。誰もが皆死んでいく。あなたを残して逝く。
幾度も見続けた数千年。 いつも通りの光景だ。 忘れるはずもない。
いつからだろうか。この世界で親しくしていた人達があなたの手の中で死んでいく。
この世界で出会った誰もが命を散らしていく。
あなたの生涯の中では短い時間の邂逅だ。記憶の片隅にいる程度の存在が死んであなたにとって何になるだろう。
あなたは今、火山の噴火と共に現れた白亜の龍を前に対峙している。
あなたが雄叫びを上げれば相手もこちらに敵意を返す。
ホワイトドラゴンよりもずっと白い体をした三つ首の龍だ。
とても強い気配を感じる。
あなたも苦戦してしまうかもしれない。
けれど。
……けれど。あなたは負けるはずがないのだ。
あなたの愛する二人の家族は、今あなたと手を繋いでいるのだから。
愛する家族が、あなたの背中を押してくれる。
一迅の風が走り、あなたは家族の二人の手を名残惜しそうに離した。
離した言い訳をするように、あなたは目の前の龍をミンチにした。
戦いは終わらない。白亜の龍は幾度もあなたの前に蘇り立ち塞がった。
静かに微笑みを湛え、あなたの体が光り輝き、輝きを増し続ける。
そうして交わす拳、剣。幾千、幾万、億、兆……。
どれだけの数斬り裂いただろう。
どれだけの数斬り裂かれたのだろう。
どちらも倒れる事無く幾数日。数える事すら億劫な程に長い時間、戦いは続いた。
太陽が輝き、世界を照らし。
あなたの目が一瞬眩んだ瞬間、家族の二人があなたに声をかけ……。
それで、終わった。
あなたの箱庭での冒険は終わった。
*
あまりにも全てが遅かった。
あらゆる歴史が、物語が、正しく紡がれること無く歪められ、ねじ曲がり、運命の糸は絡まりほどけない程に一つになって固まった。
白亜の龍に挑む筈の一人の少年は、黒い翼の生えた少女に行く手を阻まれた。
力を振り絞り無力を嘆く筈の一人の少女は、戦いの余波に巻き込まれ動けなくなった。
同士の一人と危難に合い、力を取り戻させる筈の一人の少女は、星の彼方より来る竜や巨人を押し止める為に、居るべき場所にはいられなかった。
大事なものを失い、更には力まで失った一人の少女は、その力を取り戻すこと無くただ逃げ回ることしか出来なかった。
その時が訪れ、地獄の窯が開かれ、業火を巻き上げ。
世界が物憂げに嘶いたその時、既に世界は青白く輝き天は雷により砕け終わりを告げていた。
最古の魔王がその姿を現し、世界を滅亡に導かんと動き出したその時には既に全てがほとんど終わりを迎えていたのだ。
滅ぼす筈の都市は姿形も無く消え去り、木々の息吹の全てが消え、大地の鳴動すら無くなり、ただ風だけが激しく吹き荒れ、喰らい潰す生命は僅かに1つ。
黒い翼を生やした少女は、この光景を生み出さない為に動き続けた。
『この世界』と『あの世界』の法則の違いを。あらゆる神々の知見を漁り続けた。
そうして辿り着いた『答え』をこの世に顕現させぬ為に動き始めていた。
まだ時間があると思っていた。だから少年を叩き、叩き、叩き。間違いなく起こるであろう最悪の時間に対抗する為の駒の一つを作ろうとした。
致命的に、遅かった。あまりにも遅すぎた。
最悪の時間は少女の予想よりも早く訪れた。
光が瞬き、同時に世界が壊れた。物語が壊れてしまった。
筋書きすらもはや存在しない。運命すら最早意味を為す事はない。
悪の御旗を掲げた魔王が醜悪な姿だというなら。
今、最古の魔王に相対する化け物はなんと表現すればいいだろう。
肥大し、崩れた顔に四つの血に濡れてもなお瞬き一つしない輝く瞳。
丸太の様に太い首をもたげ、殺戮の意思を口汚く誰に向けてでもなく叫び散らし。
全身に黒ずんだ重苦しい甲殻を纏い、背からは禍々しい赤黒い翼を生やし。
獣の様に体毛に覆れた体、地面を駆る蹄の足。
地面を灼き煙を巻き上げる毒を滴らせる、鎌のような剛爪の生えた手。
その身が重いのか、あるいは重力がねじ曲がっているのか。
1歩を踏み出す毎に踏みつけられた地面は叩き潰れてゆく。
人というには化け物に近く。
化け物と呼ぶには人に近い。
獣と呼ぶには異形に近く。
異形と呼ぶには獣に近い。
無惨な命の末路がそこにあった。
炎熱は意味を為さず。
寒冷をはね除け。
紫電を通さず。
闇に閉じ込めても意思は絶えず。
幻惑を見せても惑わず。
毒の全てを弾き
地獄の劫火は効かず。
高音は掻き消され。
神経は鎮まり続け。
混沌の渦はソレの周りで渦巻き。
触れた刃は折れ、殴った鈍器が潰れ、突いた槍の穂先は砕ける。
幾千、幾万振りかざされた打突は通用せず。
幾千、幾万振りかざされた恩恵は通用せず。
神々の生み出したあらゆる悉くを無為に笑って消し去る。
薄い笑みを浮かべ、楽し気に吼え、嬌声をあげながら命を貪り、全てを喰らい潰したソレは片手に肘から先が無い幼子の腕を。もう片手に頭の無い黒い翼の少女を引きずり最古の魔王と対峙した。
ソレは握った両手を名残惜しそうに離して、邪魔なゴミを退かそうとするような気軽さで最古の魔王を屠り始めた。
三日三晩の間、二つの影が合い争った。
天蓋が壊れ、太陽が照ると同時に戦いが終わった。
二つの影が彼方から立ち上がりソレを連れて何処かへと消えていった。
そうして冒険者の物語はあっけなく終わりを告げた。勝敗が決する事無く戦いは終わった。
最古の魔王が再び世界を見渡したその時、全ては何事も無かったように元に戻っていた。
全ては地獄の窯が開かれる前に戻っていた。
潰えた命が蘇っている。壊れた街がその様相を取り戻している。
魔王は、再び歩み正しい歴史を紡ぎ始めた。
これで、≪冒険者の物語≫は終わり。
終わり、そして───再び始まる。
どうも赤坂です。
これにて★≪冒険者の物語≫は、おしまい。
文字数にして十万字、話数にして十五話、あるいは二十一話でおしまいです。
ではでは。