「風が気持ちよく吹きそうな場所ねぇ。私は好きよこういうのぉ」
<サウザンド・アイズ>の支店から<ノーネーム>の本拠へと戻り、黒ウサギが一拍置いて門を開いた時にヴェルニスが一番最初に言った。
もう少し驚かれたり、あるいは落胆されても仕方がないと思っていた分黒ウサギとしては少しだけ安堵した。
他の三人はどうだろうか。そう思ってチラ、と顔色を窺った。
飛鳥と耀はやや驚いた様子があったが気の抜けるようなヴェルニスの一言で僅かに苦笑を漏らす程度の反応をしていた。
「確かに。変に空気が澱んでるよりはいいかも」
「思い通りにいかない程、こういうのは盛り上がるものよね」
最後に十六夜を見ると十六夜は木造の廃墟に歩み寄って家屋の残骸を手に取っていた。
軽く握られた手から、木材が乾いた音を立てて崩れて零れていく。
風に攫われて消えていく木屑を訝しげに見つめてから黒ウサギに向き直って声をかける。
「……行こうぜ。子供達が待ってんだろ?」
「え、あ! ハイ!」
黒ウサギの予想ではコミュニティを襲った魔王について尋ねられると思っていた。
だが、実際にはあまりにも薄い反応だった。まるで、大方予想通りとでも言う様な僅かでも理解のある反応だった。
白夜叉のゲーム盤があるならこういった景色も作り出される可能性があると思ったのだろうか。
分かる人が見ればこの景色は人が消えて数百年が経ったと思われてもおかしくない光景なのだ。
美しく整備されていたはずの白地の街路は砂に埋もれ、木造の建築物は軒並み腐って倒れ落ち。
要所で使われていた鉄筋や針金は錆に蝕まれて折れ曲がり、街路樹は石碑のように薄白く枯れて放置されている。
そして、なによりもこの光景が生み出されたのは三年前なのだ。
「黒ウサギぃ? 置いていかれてるわよぉ紐付けるぅ?」
「へ? あ、いえ紐は特にいらないです……」
ブツブツと考えていたら先にどんどん進まれてしまった。
悩んでも仕方がないと考えなおして走って四人の背を追いかけた。
*
───<ノーネーム>・居住区画、水門前。
廃墟を抜けて進んでいくと徐々に外観が整った空き家が立ち並ぶ場所に出る。
五人はそのまま居住区を素通りし、水樹を貯水池に設置するのを見に行く。
その貯水池には先客がいた。
「あ、みなさん! 水路と貯水池の準備は整っています!」
「ご苦労様ですジン坊ちゃん♪ 皆も掃除は手伝いましたか?」
先客はワイワイと黒ウサギの元に群がる子供たちだった。
「黒ウサのねーちゃんお帰り!」
「眠たいけどお掃除手伝ったよー」
「ねえねえ、新しい人たちって誰!? 」
「強いの!? カッコイイ!?」
「YES! とても強くて可愛い人たちですよ! みんなに紹介するから一列に並んでくださいね」
パチン、と黒ウサギが指を鳴らす。すると子供たちは一糸乱れぬ動きで横一列に並ぶ。
数は二十人前後だろう。中には猫耳や狐耳の少年少女もいた。
「多いわねぇ。"轟音の波動"とかで薙ぎ倒したら楽しそうだわぁ」
「じょ……冗談ですよね? というか冗談でもそんな事言わないでくださいッッ!!」
思ったことが口から零れたのであろうヴェルニスの小さな独り言に黒ウサギは即座に怒る。
冗談でも笑えはしない。同士が同士を手にかけるなど以ての外だ。
小さな声ではあったが聞こえてしまった一部の子供も怯えている。
しかし怒られた当の本人はケロッとした顔で『怒られた意味が分からない』という風に言葉を返した。
「……? 別に雪玉を悪ふざけで投げつけてきたり、いきなり殴りかかって敵対してこない限り別に何もしないわよぉ?」
「ヴェルニス、そういう問題じゃなくてだな。黒ウサギは『
「あー……なるほどねぇ。そういう事なら悪かったわぁ。家族に手を上げる、なんて言われたら、確かに殺されても文句は言えないわねぇ。ごめんなさいねぇ黒ウサギぃ」
十六夜がため息混じりにした黒ウサギが怒った理由の説明を聞いたヴェルニスは深々と頭を下げて謝罪する。
ヴェルニスの反応はこの子供は家族では無いと思った上での言葉のようにも感じられた。
説明されていなければおそらく本当に子供達に手をあげていた可能性もある。
物分かりが良いのはいいことだが、そもそも言わなければいいだけの事だ。
子供達を見た十六夜や耀、飛鳥も思うことはあった。
だが実際に口にしていい事と悪いことがある。
子供があまりにも多い事に驚くにしろ、子供が苦手にせよ何にせよ。
これから彼らと生活していくのなら不和を生まない程度に付き合っていかねばならないのだ。
仕切り直すようにコホン、と仰々しく咳き込んだ黒ウサギは四人を紹介する。
「改めまして。右から逆廻十六夜さん、久遠飛鳥さん、春日部耀さん、ヴェルニスさんです。みんなも知っている通り、コミュニティを支えるのは力のあるギフトプレイヤー達です。ギフトゲームに参加できない者達はギフトプレイヤーの私生活を支え、励まし、時に彼らの為に身を粉にして尽くさねばなりません」
「あら、別にそんなのは必要ないわよ? もっとフランクにしてくれても」
「駄目です。それでは組織は成り立ちません」
飛鳥の申し出を、黒ウサギはこれ以上ない厳しい声音で断る。
今日一日の中で一番真剣な表情と声だった。
「コミュニティはプレイヤー達がギフトゲームに参加し、彼らのもたらす恩恵で始めて生活が成り立つのでございます。これは箱庭の世界で生きていく以上、避ける事ができない掟。子供の内から甘やかせばこの子たちの将来の為になりません」
「……そう」
黒ウサギは有無を言わせない気迫だけで飛鳥を黙らせる。今日までたった一人でコミュニティを支えていた者だけが知る厳しさからだろう。
「此処にいるのは子供達の年長組です。ゲームには出られないものの、見ての通り獣のギフトを持っている子もおりますから、何か用事を言いつけるときはこの子達を使ってくださいな。みんなも、それでいいですね?」
「「「「「「「「よろしくお願いします!」」」」」」」」」
キーン、と耳鳴りがするほどの大声で二十人前後の子供たちが叫ぶ。
「ハハ、元気がいいじゃねえか」
「そ、そうね」
(……。本当にやっていけるかな、私)
「元気なのはいいことよねぇ」
ヤハハと笑う十六夜、飛鳥の困惑する表情、耀の戸惑う表情、ヴェルニスの何処か懐かしそうな優しい笑顔。
四人はそれぞれの反応をする。
「簡単ではありますが、紹介も終わりましたし! それでは水樹を植えましょう! 黒ウサギが台座に根を張らせるので十六夜さんは屋敷への水門を開けてくださいな!」
「あいよ」
十六夜が貯水池に下り黒ウサギは貯水池の中心の柱にピョン、と大きく跳躍する。
十六夜が水門を開き、黒ウサギが水樹を台座に据える。
溢れだし水路を満たしていく清らかな水を眺めながら、ヴェルニスは後ろ手に空き瓶を携えていた。
「……耐熱コーティングは出来たしぃ、ノースティリスに帰る時に持ってこうかしらねぇ」
*
水樹の設置が終わった後、黒ウサギが浴場を見てから焦りながら清掃を始めたので残された四人は本拠を少し見回ってから各自に割り当てられた部屋を見てから貴賓室に集まっていた。
「なぁ、結局ヴェルニスって何者なんだ?」
「私も少し気になる。服装も私達と違うし」
「なんていえばいいのかしら。中世の冒険者とかでいそうよね」
「突然ねぇ」
現状、おそらく最も気になる事についての質問だった。
十六夜・耀・飛鳥の三人が近現代付近の時代から来たというのはわかりやすい。多少の時代の誤差はあるだろうが予想出来る程度の誤差だ。
ヴェルニスはといえば名前の違いや服装、そもそも帯剣しているという点や知識の違いなど。ほぼ全てにおいて文化圏が明らかに違う。
「まず、お前は地球の出身……でいいのか? それともそこからして違うのか?」
「私が住んでたのはちきゅう? じゃなくてぇ『イルヴァ』っていう世界の『ノースティリス』っていう所よぉ」
「イルヴァに、ノースティリス……聞いたことない」
「遥か昔の、どこか端の方の独特な地域の可能性はないかしら?」
「歴史に名前すら残っていない地域か。その可能性もあるにはあるが……多分全く別の世界だと俺は思ってる」
「ちきゅう? ってどういう所なのかしらぁ」
「地球……地球についての説明ってなるとまた時間がかかるな。ヴェルニス側から違いを見つけた方がたぶん早そうだ。この箱庭に来て明らかに自分の世界と違うっていう何かあげられるか?」
「
「森と街だと空気が違う、とかに似てる感じ?」
「そうなると息苦しいって事かしら?」
「息苦しいのも違うわねぇ。何て言えばいいのかしらぁ。
耀と飛鳥の質問にヴェルニスは手で虚空をなでるように動かしながら答える。
愛おし気な、それでいて一抹の寂しさを感じる動きでゆっくりと手を動かしてから手を机の上に戻した。
まるで風を撫でていたようなその動きに疑問を抱いた耀が尋ねる。
「ヴェルニスってもしかして、
「んー、見えるわけじゃないわぁ。目に頼らないようにして暮らしてたらわかるようになっただけねぇ」
「……ん? 待て、お前目を細めてるんじゃなくて本当に閉じてるのか?」
目を細めて笑顔を常に浮かべているヴェルニスだが、目を細めているだけで実際には薄目で見ていると十六夜は思っていた。
『目は口程に物を言う』ともいうからこそ目を細めて笑顔の裏に様々な感情の全てを隠しているのでは、と思っていたのだ。
だがヴェルニスは
目が見えないというわけでもないだろう。見知らぬ土地で全く足取りもぶれず、召喚された森から箱庭へと移動する時もやや荒れた道を当然のように歩いてついてきていた。
風が見えるのではなく、風の流れから物や動き等を見ているのだろうか。目を使わない分、他の感覚が優れているのかもしれない。
十六夜の口をついて出た質問にヴェルニスが答えるよりも早く廊下の奥から黒ウサギの声が廊下から聞こえ、中断されてしまった。
「ゆ、湯殿の用意ができました! 女性様方からどうぞ!」
「あら、掃除が終わったのかしらぁ」
「……仕方ねぇ。また今度だな。先に入ってこいよ」
女性陣三人に向けて風呂に行くようにと手を振る十六夜もまた腰を上げる。
また館内を探索するのだろう。三人は黒ウサギと共に浴場に向かった。
*
「ヴェルニスさんはずっとニコニコしていらっしゃいますが疲れないのですか?」
「確かに。ずっと笑顔は普通に疲れないかしら?」
着衣のまま浴場に入ろうとしたヴェルニスを黒ウサギが制して、キチンと体を洗ってから湯船に浸かってから黒ウサギが気になったことをふと口に出した。
召喚後、出会った時からヴェルニスは笑顔を一度も崩していない。
ほんの僅かな眉の動きや口の動きでなんとなくどう思っているのかなどはわかるが、笑顔を浮かべ続けるというのは存外につらいもののはずだ。
先程から質問攻めにされているヴェルニスはわずかにため息をつく。
「それは後にしてぇ、黒ウサギって『黒ウサギ』が本名なのかしらぁ?」
質問攻めにされる前に自分の疑問を晴らしたいのか、黒ウサギに質問を返す。
黒ウサギは僅かに悩んでから答える。
「諸事情ありまして、黒ウサギは『黒ウサギ』が本名の様なものです。もしやずっと気になっていたので?」
「本名はなにかしらぁ? ってずっと思ってたわぁ。そう。いい名前ねぇ」
「あ、ありがとうございます?」
お世辞として褒めたのではなく、心の底からいい名前だという風に伝えられて少し黒ウサギは反応に困った。
「それで、笑顔についてだっけぇ? 疲れはしないわよぉ。冒険者になって、結婚してぇ……それからかしらぁ。もう何百年笑顔のままか覚えてないものぉ」
「え、何百年?」
「もしかして凄い年上だったりするのかしら?」
「もしかしなくても実は最年長だったりするのです!?」
傍目から見れば、というより黒ウサギ達から見てヴェルニスは二十代前半くらいにしか見えていない。
それが比喩表現であればいいのだが、ヴェルニスは貴賓室で行った先程の会話からも地球の外から来た本物の異世界人の可能性がある。
箱庭でも数百歳・数千歳の神々など珍しくはない。かくいう黒ウサギも見た目とは裏腹に200歳前後だ。
「さぁ……?」
「『さぁ……?』? 自分の年齢は把握していないのです?」
そんな質問に本人はよくわからないと言う様な反応を返す。
長命ゆえに数えるのを止めてしまったのだろうか。
どこか上の空な雰囲気のヴェルニスは何を考えているのだろうか。
「何か理由があったりするの?」
「よほどの事でもないと、同じ表情をずっと続けるなんて辛いものね」
「そうねぇ……」
昔を思い出すようにヴェルニスは夜空を見上げて話し出した。
「昔、もう何百年と昔の事。ずっと、ずぅっと……私は何もかもに怒ってて。目に入る全部を殺して、殺して、殺して、殺して殺して殺して殺して殺して殺して。殺して、そうやって全部ミンチにして。屍山血河を築いても、ちっとも満足出来なくてねぇ」
手を夜空に向けて上げる。開かぬ目にはその手に何が映るのか。
「ある時、二人が私の手を握ってくれて。あぁ……忘れられないわ。その時にねぇ。忘れてた幸せと、『笑顔』を思い出したのよぉ」
掲げた手を下ろして、胸の前で手を組んでこの世の何よりも愛しく思う言葉を紡ぐ。
「『ずっと笑顔でいて欲しい。怒っているより、泣いているより、悩んでいるより、哀しんでいるより。笑って、笑って、笑って。そうすればきっと世界は変わって見えるから』」
「二人が笑っていてくれるなら私も一緒に笑っていられる」
静かに語り終えたヴェルニスの頭がふらふらと揺れている。どこか楽しげに揺らしているようにも見えた。
「ヴェルニスさんはそれからずっと笑顔のままなんですね」
「もう少し軽い理由だと思ってたら意外と重い理由だったわね……」
「まぁ、心の平穏のためにも定期的にミンチは作りたいけどねぇ……。この笑顔を無くしたら。笑顔をまた忘れてしまったら。私はまた、きっと『修羅』に堕ちるしぃ」
さらっとミンチ作成宣言や修羅に堕ちるなどとヤバイ発言をしているが聞き流しておくべきだろう。
気を付ければいいだけ……と思っておきたい。
「そういえば、結婚してるって言ってたけどその二人のどっちかなの?」
「そうね。ヴェルニスさんを笑顔で満たして心を射止めたのがどんな殿方か気になるわ」
それよりも気になる事があるといわんばかりの二人がヴェルニスに近づく。
浴場に入る時、黒ウサギに止められて服を脱いでいったヴェルニスはたしか指輪も外していた。
指輪は二つ付けていたが、そのどちらかが結婚指輪なのだろう。
そう思いやや鼻息荒く尋ねる二人へのヴェルニスの答えは至って簡潔だった。
「殿方っていうと、男ぉ? 男となんで結婚しないといけないのぉ?」
「「「……え?」」」
ほぼ即答で返ってきた答えにより明かされる衝撃の事実。
近づいた二人はその意味を悟ると同時にゆっくりと距離を取り始めた。
黒ウサギも若干だが体を隠す。
なるほどソッチの人だったか。
ソッチが趣味の方だったか。
「どうしたのぉ?」
「ううん。なんでもない。結婚相手って女性だったんだ」
「いえ、その……悪いとは思わないんだけど、なんでなのかしら?」
「黒ウサギも少し驚いたのデス……白夜叉様もそのような気配はありますが本当にそういうわけじゃないですし」
「??? なんでってぇ……男って気持ち悪いじゃなぁい。肌触りも悪ければ頭は性欲に直結してる人が多いし筋肉は硬いし、それに何より可愛くないしねぇ」
「えぇと。その、十六夜様についてはどうお思いで……?」
このヴェルニスの反応だとあまり良い返答は来ないだろう。
蛇蝎の如く嫌っているのであればもっと突き放すように対応するか、これまでの言動からもっと殺しにかかっていてもおかしくない。
「なんで死亡フラグ少年についてぇ? まぁ、よく死亡フラグを吐く弱い男だなぁって程度だけどぉ……本当にぃどうしたのぉ?」
「……その、私たちについては?」
「*Superb*が黒ウサギでぇ、*Good*が飛鳥、*Hopeless*が耀。かしらねぇ。楽しそうだわぁ」
「何がです!? 何が楽しみなのです!? もしかして貞操の危機……は同性ですしないです、よ、ね?」
「…………………………*見事*、*良い*、*絶望的*」
「春日部さん……」
好意度の順ではないだろう。開かれていない筈の目から、放たれる筈の無い視線が明らかに三人の胸部を襲っているのがわかる。
耀は自身の胸に手を当てる。
絶望的と言われたがヴェルニスも黒ウサギに下した*Superb*ではないのだ。
飛鳥と耀の間。いうなら、*Bad*あたりではないだろうか。
まだまだこれからだろう。これからであって欲しい。
そう思う耀に音もなく湯も揺らさずに近づいてきたヴェルニスが肩を叩いてわかっているとでもいいたげに首を縦に振りながら励ましの声をかける。
「可能性はゼロじゃないわぁ」
「……ついても邪魔なだけだけだから別にいい」
どうも赤坂です。
次の展開がパッと思いついたのと忙殺されかけてて書くのが現実逃……ゲフンゲフン
癒しになっているのと更新頑張ろうという気力が沸きだしたので早めの更新になりました。ハイ。
虫も殺さぬ優しい笑顔(敵は須らくミンチ主義者)
ではでは