[先天]あなたは問題児だ。   作:赤坂 通

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第八話『*ハタハタ*』

「ヴェルニス! ヴェルニスッ!」

 

 十六夜が扉を叩きながら声をかける。

 夜も遅く、子供達は眠っていたが一人だけ起きていたジンが出迎えてくれた。ヴェルニスは自室に戻ったとジンから聞き、二人はヴェルニスに割り当てられた部屋に来ていた。

 なので中に居るはずだがしかし、扉の先から返事はない。

 

「ヴェルニスさん! いらっしゃいますか!?」

「なんの用かしら黒ウサギぃ?」

 

 見かねた黒ウサギが声を掛けると即座に返事があった。

 扉の鍵は空いていたらしく、一言断ってから扉を開ける。

 中には至って普通の剣から斧、槌に弓矢などあらゆる種類の大量の武器が床に広げられており、ヴェルニスの手には血濡れた様に赤い戦斧が握られていた。

 白夜叉との戦いで取り出していた、『おぞましい気配を放つ剣』とは違い、特に際立った異常は感じないのでひとまず置いておくことにする。

 

「よかった……! 十六夜さんが物騒な事を仰っていたので、もしやと思い」

「物騒ぅ? ポンコツが辺りをふらついてて物騒って言うなら、諸悪の根源を徹底的に完膚なきまでに叩き潰して断つけれどぉ?」

「いえ、そういうわけでもなく……本人には言いづらい内容ですしお気になさらず」

「というかお前は何をしてるんだ? これ以上物出すなよ。床が抜ける」

「どういうわけかしらぁ? まぁなんでもいいけれどぉ。ポンコツ絡みじゃないならなんだっていいわぁ」

「…………あー、その。ヴェルニス? 何を、してるんだ」

「あ、違うわねぇ。神様の事なら腐れポンコツなんていう反吐が出るクズより大事だしぃ、二人の事なら神様と……そういえば気絶した飛鳥と耀……だったかしらぁ? 二人はどうしたのかしらぁ?」

「徹頭徹尾無視かコノヤロウ……!」

「い、十六夜様……御二人は目を覚まさないままでしたのでそれぞれのお部屋で寝かせています。ヴェルニスさんの 殺気がその……少々堪えたようで」

「悪いことしたわねぇ。狂気度が上がってるようならユニコーンの角……いえ、お風呂があるからいらないかしらねぇ。もしよかったら殺さない為の武器選びを手伝ってもらえないかしらぁ」

「……確かお前、生きている蠢く長棒持ってるし使うならそれだろ?」

「殺さない為の武器なんて初めて選ぶからわからないのよぉ」

 

 完全無欠に眼中になく、発言の悉くを存在していない様に扱われ無視され続ける。

 声が届かない……というよりは十六夜に興味がそもそも無いのかもしれない。

 まるで雑踏の声の一つ。道行く少女が呟く「ざっつあぷりちーふらわー」と宿屋や店の店主と話すときのような聞こえの違いを感じる。

 そもそも会話相手にすら思われていないだろう。成り立っていないのなら返事があるはずもない。

 目の前で話しかけてなお成り立たないのならお手上げだ。黒ウサギとは会話をするようなので黒ウサギに任せてしまうのがいいだろう。

 

「黒ウサギ。頼む。代わりに伝えてくれ」

「興味がなくて、聞くつもりもない感じですよね……『生きている蠢く長棒』? でしたっけ。武器なのですかそれは?」

「あー、あれねぇ……」

 

 ごそごそと外套の内側を漁ったヴェルニスがしばらくして一本の長い棒を取り出した。

 しかし、それは武器というには……明らかに猥褻な、武器にすら見えない気色の悪い長い棒だった。

 

 長さは1m足らず。桃色に染まった棒。

 枝を切り出し、手で握りやすい円柱状に仕立てあげて色付けしたら出来るのだろう。

 本来であればただそれだけの武器だ。武器と言えるのかどうかすらわからないがそれでもそれだけの物であったはずなのだ。

 

 だが、その武器は生きていた。

 

 取り出したヴェルニスの腕に絡み付くように身を捩らせ、脈動し。

 その端から透明な粘性の液体が染み出し、糸を引いて謎の液体が滴り。

 極めつけに『おぞましい気配を放つ剣』に似た、けれど全く方向性の異なる『絡み付くようにねっとりとした気色の悪い気配』を漂わせている。

 触手、というべき絶妙に気色の悪いうねうねとした蠢き方をしている。

 その棒から薄く漂う命の気配は黒ウサギの胸部や太ももに照射されている気がする。

 

 

 完璧にイケない事に使うようのアイテムだ。是非もない。

 なぜ十六夜はコレをチョイスしたのか。というよりもヴェルニスは何故持っている。

 

「の、ノゥ! Noですヴェルニスさんッッ!!」

「刃もついてないしいいわねぇ」

「何も良くありませんッッ! というか十六夜さんは何故こんな卑猥な武器を知って!?」

「印象深かったからっていうのが正直な答えだな。気色悪い武器だなホント。いやマジで」

 

 やや楽し気な十六夜とは裏腹に、頭の上で×マークを作った黒ウサギは部屋から飛び出し扉の陰から耳だけを出して声をかける。

 

 アレは駄目だ。絶対に駄目だ。

 

 ナニがダメなのかは説明したくないがダメだ。

 人に振るえば、殴られた者の尊厳は間違いなく踏みにじられる。

 というかあの長棒はナニを目的としているのか。

 ナニであるのは確かだろう。

 

「というかなんなんですかそれはッ!?」

「生きている生ものの長棒よぉ。銘は《快楽にふける恐怖》。よく知ってたわねぇ黒ウサギ。興味あるのかしらぁ?」

「シラナイデス……キョウミナイデス……」

 

 黒ウサギが片言で返事をする。

 知っていたら絶対に取り出させなかった。トラウマものだ。詐欺罪と黒ウサギのハート損壊罪で訴えたい。

 考えても見てほしい。つい先日出来た実力ある同士が自身の外套の下から生々しく蠢き、気色の悪い液体を撒き散らして黒ウサギにむけて気配をビンビンに向けてくる棒を取り出したら……。

 

「と、とととととりあえず、何事もなさそうでよかったのです! いえ、<ノーネーム>の貞操が危機的状況な気はしますがそれはさておきよかったのですでは私はこれで!」

 

 それ以上の思考を止めて場を締め括り黒ウサギは駆け出した。これ以上ここに居たくない。壁の向こうから剣とはまた違う方向でおぞましい気配がする。

 ちょっと色々と常識外れなただの人かと思っていたら、ちょっと所ではなくかなり常識外れな変な人だった事に薄く涙を流す。

 それでも悪い人ではないのだ。おそらくだが。いや、せめて犯罪を犯さない程度には良い人であってほしい。

 切実にそう思う黒ウサギだった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

 翌日、陽が登り始めるより早く十六夜は本拠を後にしていた。

 朝食の場に集まった飛鳥や耀にただ一人動向を知る黒ウサギが昨晩起きた事を一部を除いて伝える。

 

「――といったわけで、十六夜さんは現在<ペルセウス>への挑戦権を得る為に奔走しております。交渉が決裂し、<ペルセウス>に敵意まで持たれてしまった以上一刻の猶予もありません」

「とりあえず昨日起きた事はわかったわ。後で十六夜君にも説教ね。わかってたなら止めなさい、というのと抜け駆けして勝手に楽しいことを独り占めしてるという二つ。許せないわ」

「黒ウサギが会合の場を作る交渉に行くとして、私達は何をすればいいの?」

「十六夜さんは『多少なりとも二人を鍛えておいて欲しい』と言っていましたが、今日中に挑戦権を集め終える予定だそうなので明日か、明後日にはギフトゲームが行われる可能性が高いです。となると今お二人に出来る『力をつける』という事なら『ギフトの把握と、ギフトの使い方を学ぶ』事が一番重要かと」

「「ギフトの把握と使い方?」」

 

 飛鳥と耀の声が重なる。ギフトの把握、と言っても白夜叉からギフトカードを貰っている。

 ギフトの名前から効果は推測出来ると言っていたし、何より二人は元の世界でもギフトをたびたび使ってきている。

 把握や使い方を学ぶといっても本人が一番知っているはずだ。

 その疑問に対してジンが答える。

 

「御二人は箱庭に来て日も浅いです。ギフトとは知らずにギフトを使ってきていたでしょうが、ギフトを『ギフトと知った上で使う』事はまだ出来ていないはずです」

「YES! 細かな効果や範囲、あるいは最大でどれほどの出力があるのか。といった所まで調べれば実際に使う上で、どう使えば最も効果が出るのかもわかるはずです! もしかしたら、ギフトの上澄み部分だけを使っていて本来の効果を引き出せていないかもしれません!」

「それなら私のギフトも調べたいわねぇ。何が何だかわからないものぉ」

 

 端でお茶をゆっくりと啜りながら話を聞いていたヴェルニスも声を上げる。

 

「『敵を知り、己を知れば百戦ミンチが出来る』なんて言うしねぇ? 実はもっと違う使い方があったりすることもあるわよぉ」

「……色々と違う気がするけれど、ヴェルニスさんの言う通り全く違う使い方があるかもしれないわね」

「私は、どうなんだろう。使い方も何もない気がするけど」

「そういった疑問を晴らす為に調べてみましょう! そうと決まれば中庭で色々と試してみましょうか!」

 

 

 

 ……───。

 

 

 

 ……──。

 

 

 

 ……-。

 

 

 

「何してるんだお前ら」

 

 陽が少し傾き始めた頃。黒ウサギが<ペルセウス>の本拠へと向かい、入れ違うように大きな風呂敷を持った十六夜が姿を見せた。

 

「へっ? い、十六夜さんっ!? <ペルセウス>への挑戦権を手に入れに行ったのでは……まさか、もう集め終わったのですか!?」

 

 予想外のタイミングでの帰還にジンが驚愕の声を上げる。それもそのはず。

 黒ウサギの話なら挑戦権を手に入れにギフトゲームの攻略に出たのは今朝のはずで、まだ半日と少ししか経っていないのだ。

 

「ギフトゲームの細部はともかくとして、何処に行けばいいのかはわかってるからな。パパッとひとっ走りして集めてきた。黒ウサギは行ったか?」

「さっき<ペルセウス>の本拠に向かったわ。それで? 私達を差し置いて楽しそうな事を勝手に一人で色々としてくれた十六夜君は次はどうするつもりなのかしら?」

「抜け駆け厳禁。次からは起こして欲しい」

「ヤハハ! 悪い悪い。あのボンボン坊ちゃんとのゲームが『楽しい事』とは思えないし、お前らを起こすまでもないって思ってな。今度からは蟻の行進が出来ても叩き起こしてやるから覚悟しとけ。……とりあえず、挑戦権は集めた。後は黒ウサギにボンボン坊っちゃんを呼び出させて、喧嘩吹っかけて叩き潰すだけだ」

「十六夜さん、簡単に言いますが相手は五桁に本拠を構える<ペルセウス>ですよ!? 箱庭に来て日も浅い皆さんで勝てるかどうか……」

「なんだなんだ? <ノーネーム>のリーダー様は随分臆病だな。世襲で成り上がった実力もねぇただの坊ちゃんにそこまで警戒する必要はねぇよ。警戒に値するヤバい敵はそれこそ、ヴェルニスのあの殺気の前で立ってられる様な奴らだけだ」

 

 会話に参加せず一人、地面を盛り上げて壁を生み出しては素手で堀って破壊し、出てきた石を拾うヴェルニスに指を向ける。

 

「……というかアイツは何してるんだ?」

「二時間ほど前からずっと壁を出しては壊すのを繰り返しています……僕たち三人は、飛鳥さんと耀さん。お二人のギフトを試していました」

「私に関しては方針が決まったから実際にどう使うのか試している所よ。耀さんのギフトに関してもヴェルニスさんが色々とアドバイスをくれて挑戦中って所かしら」

「……へぇ。あのヴェルニスがアドバイス、ねぇ」

 

 眉を(ひそ)めてヴェルニスを睨むように見た十六夜は、しばらく見つめた後に肩を竦めて風呂敷を担ぎ直した。

 

「まぁいいか。どうなるかはさておき、明日か明後日にはゲームが行われるはずだ。……そうだ、お嬢様でも春日部でもいいんだがヴェルニスに聞いておいてくれ『つまらないギフトゲームに参加するか?』って」

「ヴェルニスさんに? それくらい自分で聞きなさい十六夜君。何で私たちに頼むのかしら。今日はこの後十六夜君は特に何もしないんでしょう」

「話が通じねぇんだよアイツ。会話すら成り立たない相手にどうやって聞けって言うんだ。幸いにも同性の話は聞いてくれるっぽいから二人に、な……?」

「呼んだかしらぁ?」

 

 気色悪い長棒で手をぬちゃぬちゃと叩きながらヴェルニスが気が付けば近付いてきていた。

 女性陣二人が即座に猛烈に距離を取り、ジンも目を丸くしている。この長棒が危険物だと初見でもわかったのだろう。

 頼んだぞ、と改めて言い残してヤハハと笑いながら十六夜はその場を後にした。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

 二日後、<ペルセウス>本拠前。

 結論から言ってしまえば、挑戦権を揃えられてしまえば<ペルセウス>にギフトゲームへの拒否権は無い。その為、ギフトゲームは行われることになった。だが、ヴェルニスが本人の意思もあり不参加。

 至極面倒そうに飛鳥がヴェルニスに「十六夜君が言うには『つまらないギフトゲーム』らしいけれど参加するわよね?」と伝えた所、

 

「いざ……? まぁ、面白くないなら参加しないわぁ。あなた達二人でもきっと勝てるだろうしぃ」

 

 と答えた。その後、参加しない代わりにと、飛鳥・耀の二人のギフトの研究にヴェルニスは尽力していた。

 二人の為というよりも、おもちゃを見つけて遊んでいるだけ、というのが正しいだろう。

 

────────────────────────────────────────────

 

 ギフトゲーム名 “FAIRYTALE in PERSEUS”

 

 ・プレイヤー一覧 逆廻 十六夜

          久遠 飛鳥

          春日部 耀

 

 ・“ノーネーム”ゲームマスター ジン=ラッセル

 ・“ペルセウス”ゲームマスター ルイオス=ペルセウス

 

 ・クリア条件 ホスト側のゲームマスターを打倒。

 ・敗北条件  プレイヤー側のゲームマスターによる降伏。

 プレイヤー側のゲームマスターの失格。

 プレイヤー側が上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

 ・舞台詳細・ルール

 *ホスト側のゲームマスターは本拠・白亜の宮殿の最奥から出てはならない。

 *ホスト側の参加者は最奥に入ってはならない。

 *姿を見られたプレイヤーは失格となり、ゲームマスターへの挑戦資格を失う。

 *失格となったプレイヤーは挑戦資格を失うだけでゲームを続行する事はできる。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、“ノーネーム”はギフトネームに参加します。

 

                               “ペルセウス”印

 

────────────────────────────────────────────

 

 そして、白亜の宮殿の門の外に貼られた契約書類(ギアスロール)を前に、作戦会議が開かれていた。

 

「むむ……かなり厳しい戦いになりそうですね」

「姿を見られると、ゲ ームマスターのボンボン坊っちゃんへの挑戦権を失うゲームってだけだ。誰かが囮と」

「その前にいいかしら? まず、そのボンボン坊っちゃん? のルイオスとやらはどの位強いのかしら」

 

 十六夜の声を切って飛鳥が疑問を投げ掛ける。黒ウサギを一瞬見て目配せした十六夜がその疑問に答えた。

 

「俺以外じゃ、まずあのボンボン坊ちゃんにはまず勝てねぇ。俺抜きでの勝率で言うなら……それこそ20%もあればいいところじゃねぇか?」

「……十六夜さんの言う通り、昨日の感じではまだ御二人には荷が重いでしょう」

「あら、じゃあ私と耀さんは囮かしら?」

 

 むっ、と不満そうな声を漏らす飛鳥。

 しかし、わかりきっている事でもある。ヴェルニスが出発前に二人に伝えたのだが、二人の能力は色々と使い道がありそうだ、と。

 二人はまだその使い道は見つけ出せていない。

 

「悪いな。勝負は勝たなきゃ意味がねぇ。囮と、露払いを頼む。<ペルセウス>の兵士共から透明化のギフトを奪ってくれ。本物の一つは確実にうちのリーダーの坊っちゃんに持たせたい。リーダーが見つかればそれでゲームオーバーだしな。最奥まで辿り着ければ俺が後は……まぁ実際、最奥に着いて息をつく暇もなく瞬殺出来るなら俺でなくても勝ち目はあるんだが」

「……どういうこと?」

「このゲームで本当にヤバイのは隷属されてる元・魔王だ。そいつを呼び出されなければ二人の勝率は99%に跳ね上がる」

「十六夜さん、どこでそれを」

「ん? そりゃ……あぁ、そうか。いや、挑戦権を手に入れるときにチラッとな。とはいえ、レティシアを石化出来て<ペルセウス>の名前の関係者ってなるとそれくらいしかねぇだろ」

 

 黒ウサギの疑問に当然のように答えようとし、何かに気づいた十六夜はぶっきらぼうに言い放つ。

 その様子は、端から見ればあまりにも露骨に情報元の話を避けているように見えた。

 十六夜のその様子を見た耀が声をかける。

 

「十六夜。()()()()()()()?」

「別に。何も知らねぇよ。俺自身分からないことだらけで何がなんだか」

「とぼけないで頂戴。春日部さんの言うとおりよ。十六夜君、流石にこの三日間だけで知りすぎじゃないかしら?」

「……今は、それを気にする時間じゃねぇだろ。早く始めるぞ。二人は露払いと囮。俺はジンと二人で」

「十六夜君!」

「十六夜」

 

 話を避け、早口にゲームを始めようとする十六夜に声を荒げる。

 腹立たしげに頭を掻いた十六夜は懐からコバルトブルーの色に輝くギフトカードを取り出す。

 カードを皆に向け突き出した。そこに記されているギフト名を見せた十六夜は吐き捨てるように呟く。

 

「……これは?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あのルイオスとの一件、ヴェルニスを止めた時からギフト名が変わった。これの前に記載されていたのは《正体不明(コード・アンノウン)》だった」

「ギフト名が変わった……!?」

「だから、今は気にするな。俺が色々と知っている、いや()()()()()()()()()のもおそらく全てこのギフトのせいだ。それで片付けておいてくれ」

 

 まだゲームが始まっているわけではない。だが、このままズルズルと時間をかけるわけにもいかない。

 

「いい加減始めるぞ。<ペルセウス>の連中が待ちくたびれて干からびちまうっ! っと」

 

 ポケットに手を突っ込み、白亜の宮殿の門を蹴り開く。

 蹴り壊す、とでも言う様な馬鹿げた一撃が辺りに土煙を立ち込めさせる。

 バッと十六夜が腕を振るい土煙を晴らし、改めて皆に作戦を伝えた。

 

「お嬢様と春日部の二人は兵士を蹴散らしてくれ。透明化の兜が手に入ったなら俺たちに渡して欲しいが、まぁ最悪どうとでもなる。命大事に、かつガンガン行こうぜ?」

 

 

 

 

 

 その数分後、入口では飛鳥が持ち込んだ水樹を使って大立回りをし兵士をなるべく引き寄せ、それに釣られず宮殿内に残る透明化した敵を耀が探しだし各個撃破していく姿があった。

 少し遅れて、十六夜とジンが宮殿内へと侵入し、その時に耀が奪った透明化のギフトを受け取り、兵士の少ない道を先へ先へと進み続けた。

 

 白亜の宮殿の最奥へと続く広間。大扉の前に辿り着く。

 最奥に続く大扉が見えた時、十六夜が足を止めジンを制した。

 誰もいない空間を前にジンは十六夜に向けて小さな声をかける。

 

「……どうかしたのですか?」

「誰かが居る……間違いねぇ、本物のハデスの兜の所持者だ」

 

 姿も形も、気配すらも感じない。

 だが、十六夜には確信があった。

 最速で透明化の兜を取られ、息を殺して進まれた時に、こちらを見つけ出すのなら、参加者が必ず目指すことになる道に立ち塞がればいい。

 そして、微かに耳に響く戦闘の音は二人が未だ健在で倒されていないことを示す。

 で、あれば。確実にここに居る。間違いなく、ここにレプリカなどではない本物のハデスの兜を持つ近衛兵、それも実質的にコミュニティを仕切っているであろう者が居るはず。

 

(さて、どう見つけたものか。透明化で、透過ではないギフト。春日部がいれば簡単に見つけ出せるんだが……俺一人だと少し骨が折れる)

 

 あまり頼りたい手段ではないが、今この状況なら頼ってしまっていいだろう。何より、本人はこの場には居ないのだから。

 

(ヴェルニス……ヴェルニスが言ってた。『透明な敵の倒し方』はおおよそ四つ……!)

 

 一つ目、透明な敵を見る力、却下だ。この場にはない。

 二つ目、ポーション、あるいは水で周囲を覆ってしまう。水樹を携えた飛鳥がいれば出来るが居ないので却下。

 飛ばして四つ目のメテオ、論外。

 いっそのこと床を踏み抜いて崩落させてしまいその隙に駆け込むのも手の一つだが、階下の二人を巻き込みかねないのでこれもまた却下。

 

 となれば、残されるのは。

 

「この広間を、一本の道に仕立てあげちまえばいい」

 

 透明な姿の十六夜の姿が見える者が居たのならば、その姿すらまた掻き消えたように見えただろう。

 姿が掻き消えた十六夜が再び現れたのは瞬き一つ後。一秒以下の時間だけ十六夜は姿を消した。

 そして十六夜が現れた瞬間、音もなく大扉まで続く、天井まで届かんとする白亜の壁が出来上がっていた。

 

「『壁生成』が一番手軽ってな。来るなら来いよ。それとも壁の外側に弾かれたか?」

 

 一人分の幅の一直線の道に向けて、足元を踏み砕き出来た小石を一つ手に取り投擲する。

 ほぼ同時に十六夜は全力で駆け出し……少し先で小石が不自然に弾かれたのを見て拳を構える。

 一直線、軽い投擲、その上小石と言えど弾かねば致命傷足り得る速度に威力。だが、弾けば第二の矢として十六夜が牙を剥く。

 渾身の威力で空間に拳を叩き込む。 手応えがあった。何かが大扉に向けて左右の壁の一部を抉りながら突き進む。

 

 直撃。大扉は壊され、そして開かれた。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「ぐっ……ルイオス様……申し訳ありませ……ん」

「あーいいよいいよそんな平謝りなんて。下の奴等といい、僕がいないと名無しにすら勝てない。終わったら纏めて処罰するから」

 

 砕けたハデスの兜が効力を失い兵士が姿を現す。近衛の、側近の彼は意識を失いながらも謝るがルイオスは受け入れるつもりは無い。

 名無し如きに負ける側近などいらない。そんな様子のルイオスに向けてハデスの兜のレプリカを外し、姿を同じく現した十六夜が声をかける。

 

「ハッ! 不敵に素敵にゲスいボンボン坊っちゃんの姿も懐かしいなオイ。なぁ、()()()()()()よ?」

「変な呼び方するのやめてくれないかな? 運良く辿り着いたからって調子にのってると後悔することになるよ?」

 

 ルイオスは踵を2回地面に打ち付けて鳴らし、空を舞った。

 ギフトカードを掲げ、炎を纏う弓を取り出して告げる。

 

「まあいい。ようこそ白亜の宮殿・最上階へ。ゲームマスターとして相手をしましょう。……この台詞を言うの、初めてだな」

「後悔……いやまぁ殺すつもりはないが、最初で最後の見せ場だから気張ってくれよ。ゲームマスター」

「まぁ、メインで戦うのは僕じゃないけどね。目覚めろ。"アルゴールの魔王"」

「ra…GYAAAAAAaaaaaaaaaaaaaa!!!」

 

 次の瞬間、蛇の髪を持ち、拘束具によって体を拘束されている、巨大な女の化物が現れる。

 おぞましい叫び声を上げ、明確な殺意を十六夜に向け吼え猛る。

 十六夜はさして驚く様子もなく、右手と左手をぐっぱぐっぱと開いては閉じる。

 

「ヴェルニスに比べりゃ、そこらのガキと魔王くらい差があるな。いやマジで」

「アルゴール、魔王!?」

「ジン。一応下がっとけ。黒ウサギが下の二人を見てるからお前を守るのは俺の役目だ……すぐ終わらせる。巻き込まれないようにだけ気を付けてろ」

「いつまでその虚勢が張れるのか見ものだね。押さえつけろッ! アルゴールッ!」

 

 アルゴールが十六夜に向けて駆け出そうと一歩目を踏み出し。

 

「ヴェルニスがやれ速さが足りない、やれ速度が足りない。そう言うのもわかるな。『この程度か』って呆れちまう。マジで呼ばなくて正解だった」

 

 その瞬間、目の前に現れた十六夜に無造作に顔面を蹴り飛ばされた。

 吹き飛ばされたアルゴールは顔を抑えて呻く。

 

「GYAAaAAaaaa!?」

「なっ、何をしてるアルゴール!」

「石化のギフトは使わせねぇ、宮殿の悪魔化もさせねぇ。先を知ってるってのも便利っちゃ便利だが……あぁ、つまんねぇな」

 

 怒りを込めた声で、つまらないと吐き捨てる。

 ザリ、と構えた十六夜は反撃を許そうとは、思ってなどいない。

 最速で決着をつけてしまおう。

 

 

 

 越えるべき存在は、ここにはいないのだから。

 

 

 

「『加速』」

 

 トリガーとなる言葉を小さく唱え、コマ落ちの様に十六夜の姿が()()()

 バンッ、と大気が弾ける音が響きルイオスとアルゴールの魔王が同時に地面にクレーターを作り叩きつけられる。

 

「ガッッ!!??」

「Gya……」

 

 一撃。一秒の誤差も無く同時に、宙に浮くルイオスさえも地面へと叩き落とす一撃で意識を刈り取る。

 パンパンと手を払った十六夜はため息をついてルイオスに近づいていく。

 

 旗を奪い、そして名をも奪う。その事実を伝えなければいけない。

 十六夜がしたい、したくないは別としてしなければいけないのだ。

<ペルセウス>というコミュニティを徹底的に貶め、そしてどん底から()()()()()()()必要がある。そのために。

 

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

「「「じゃあこれからよろしく、メイドさん」」」

「え?」

「え?」

「え? じゃねぇよ。所有権は、挑戦権を持ってきた俺、透明化のギフトを奪った春日部、露払いに尽力してくれたお嬢様、会合を設ける為に走った黒ウサギで所有権は4:2.5:2.5:1で話し合いは終わってる」

「何を言っちゃてんでございますかこの人達!? って、黒ウサギにも所有権が!?」

「私に所有権はないのねぇ。残念だわぁ」

「……帰れないと思っていたコミュニティに帰れた事に、感謝している。ならばその恩義に報いなければなるまい。親しき中にも礼儀ありと言うしな。家政婦をしろというなら喜んでやろうじゃないか」

 

 ツッコミが追い付かないが何はともあれ。レティシアの所有権は<ノーネーム>へと移った。

 メイドさん、と呼ばれたレティシアに対して黒ウサギとジンが困惑の声を上げるが、レティシアはやや乗り気であった。

 金髪の使用人が欲しかっただの、メイドならおじゃる口調がいいだの口々に要求し、黒ウサギの口調を真似てみて似合わないと笑い。

 <ノーネーム>に四人が加わって初めて一段落がついた瞬間だった。

 

 

 

 ……──そして、<ペルセウス>とのギフトゲームから三日後の夜。

 子供たちを含めた<ノーネーム>一同は水樹の貯水池付近に集まっていた。

 

「えーそれでは! 新たな同士を迎えた<ノーネーム>の歓迎会を始めます!」

 ワッと子供達の歓声が上がる。周囲には運んできた長机の上にささやかながら料理が並んでいる。

 本当に子供だらけの歓迎会だったが、それでも悪い気はしていなかった。

 

「だけどどうして屋外なのかしら?」

「うん。私も思った」

「黒ウサギなりのサプライズってところじゃねえか?」

 

 実を言えば、〝ノーネーム〟の財政は想像以上に悪い。あと数日で金蔵が底をつくほどには。

 こうして敷地内で騒ぎながらお腹いっぱい飲み食いする、というのもちょっとした贅沢だ。そういった惨状を知っている飛鳥は、苦笑しながらため息を吐いた。

 

「無理しなくていいって言ったのに……馬鹿な子ね」

「そうだね」

 

 耀も苦笑で返す。二人がそんな風に話していると、黒ウサギが大きな声を上げて注目を促す。

 

「それでは本日の大イベントが始まります! みなさん、箱庭の天幕に注目してください!」

 

 その夜も満天の星空だった。空に輝く星々は今日も燦然と輝きを放っている。

 そんな星空に異変が起きたのは、注目を促してから数秒後の事だった。

 

「……あっ」

 

 星を見上げているコミュニティの誰かが、声を上げた。

 それから、一つ二つと連続して星が流れていく。すぐに流星群だと気が付き、歓声を上げる。

 

「この流星群を起こしたのは他でもありません。新たな同士、異世界からの四人がこの流星群のきっかけを作ったのです」

 

 子供達の歓声が響く中、黒ウサギは話を続ける。

 

「箱庭の世界は天動説のように、全てのルールが箱庭の都市を中心に回っております。先日、同士が倒した<ペルセウス>のコミュニティは、敗北のために<サウザンドアイズ>の傘下から追放されました。そして彼らは、あの空からも旗を降ろすことになりました」

「———……なっ……まさか、あの星空から星座を無くすというの……!?」

 

 ついさっきまで空に存在していたはずの星座が、流星群と共に消滅していく。

 ここ数日で様々な奇跡を目の当たりにした彼らだが、今度の奇跡は規模が違う。

 

「今夜の流星群は〝サウザンドアイズ〟から〝ノーネーム〟への、コミュニティ再出発に対する祝福も兼ねております。なので、今日は一杯騒ぎましょう♪」

 

 嬉々として杯を掲げる黒ウサギと子供達。だが二人はそれどころではない。

 

「星座の存在さえ思うがままなんて……あの星々、その全てが、箱庭を盛り上げる為の舞台装置という事なの?」

「そういうこと……かな?」

 

 絶大ともいえる力を見上げ、二人は茫然としている。

 

「……壮観だな」

「ふっふーん。驚きました? って、そういえば十六夜さんはご存知で……」

 

 十六夜が流星群を見ながら感慨深くため息を吐いていると、そこに尻すぼみではあるが元気な声がかけられた。

 その声に、十六夜は小さな声でこれまた感慨深そうに呟く。

 

「例え知ってたって、感動ってものは何度味わっても心地いいもんだろ?」

「YES♪ そうですね!」

 

 知ってるからつまらないなんて無粋な事を言うつもりはない。何度見ようとこの景色はあまりにも、美しい景色だ。

 そうしてしばらく無言で空を眺めていた十六夜は、ポツリポツリと声を漏らすように黒ウサギに話しかける。

 

「……この間、わかってる事は多少は伝えられたが細かい事はまだよくわからねぇ。色々な所で俺の知っている情報が食い違ってきてる」

「十六夜さんは、『バタフライ効果』というのはご存知でしょうか」

「カオス理論で扱う、カオス運動の予測困難性。初期値鋭敏性を意味する標語的、寓意(ぐうい)的な表現……だったか? 詳しい事はさておき、わずかな変化が大きな変動を生み出すって事か」

「十六夜さんは未来を、どの程度かは十六夜さんにしかわかりませんが知っているようです。それを知った上で十六夜さんが動いた結果、未来が僅かに変わってしまっているのでしょう」

「このギフトが、謎を解く鍵になってくれればいいんだがな」

 

そういって、ギフトカードを取り出して空にかざす。

かつて十六夜に宿っていた《正体不明(コード・アンノウン)》という名前は失われた。

今、十六夜に宿るギフトの名は一つ。

 

 

 

 

《Eternal League of The Little Garden》。

 

 

 

 

 

「白夜叉様にも……お金が溜まったら正式に調査の依頼を出しましょう。ギフト名が勝手に変わるというのも、《正体不明》というギフト名も少々おかしな話です」

「だな。ったく、原因であろう本人は呑気なもんだ」

 

 この場で最も恐ろしい力を秘め、その力を見せる事もなく燃え盛るバーベキューセットで作ったプリンを子供達に配るヴェルニスの姿を見つめて呟いた。

 

 世界が、少しづつ。少しづつ。ズレ始めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひとしきりブドウ製のプリンを配り終えたヴェルニスは一人、自分の為に作った苺のパフェを片手に水路に腰を掛けて涼んでいた。

 子供達にたかられ熱気にあてられた、というのもあるがここ、箱庭の風は無性に心地いいのだ。

 清浄な風が吹く。子供たちの歓声が綺麗に響く。星々の光が、一層輝く。

 綺麗な景色が美しい風と共に見れたと、鼻歌交じりにパフェを食べながら空を見上げる。

 

 流星群は、未だ降り続ける。

 

「ここに二人がいれば楽しいのにねぇ」

 

 イルヴァの世界でも綺麗に星々は輝く。だがここまでの流星群はほとんど見かけないのだ。

 夜空を見上げる二人の目に映る流星群はどれほど綺麗だったのだろうか。

 ヴェルニスは、少し悲しい気持ちになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、早く会いたいわぁ。白天使。()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうも、赤坂です。
しばらく空いた理由は……まぁ本編を見ていただければわかるでしょう。
というかこの話の文字数が一万二千六百字です。時間かかるわけですよ。
ながぁい!説明不要!

次から二巻です。少し駆け足で進行してしましました。
ルイルイ南無三。いつかまた会う日まで。

アンケート結果に従ってちょっとElona要素増やしておきました。
が、アンケートはとりあえず二巻内容第一話を更新するまで残しておきます。

次話から、少しづつ。けれど大きく物語は動いていくでしょう。

ではでは。

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