[先天]あなたは問題児だ。   作:赤坂 通

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第十話『スウォーム!』

 北側三九九九九九九外門・四〇〇〇〇〇〇外門境界壁近く。

 火龍誕生祭の展示回廊前に問題児女性陣三人組の姿があった。

 

「博物館前に屋台があるのねぇ。お菓子をつまむためかしらぁ?」

「展示回廊、じゃなかったっけ」

「えぇ。そもそも展示回廊と博物館は違う物のはずよ」

「よくわからないからどうでもいいわぁ。あ、あれ美味しそうだわぁ」

 

 二人の手を引いて外へと飛び出したヴェルニスは一直線に展示回廊へと来ていた。

 楽しい事、が最優先らしいヴェルニスにとっては珍しいものを見るのも楽しい事の一つなのだろう。

 ぶらぶらと展示回廊に入る前に屋台を回るヴェルニスの後ろに付いて二人は歩いていた。

 屋台で買ったクレープを片手にどう食べたものかと飛鳥は苦戦し、耀は口の回りをクリームまみれにしながら現在三つ目に突入している。

 

「…………? ねぇ飛鳥。肩のそれ何」

「肩? ……なにかしら。いえ、誰かしら?」

 

 耀がふと気がついて指差した飛鳥の肩にはとんがり帽子を被った小さな少女の様な誰かが膝を付いて飛鳥のクレープを覗いていた。

 

「あらぁ、妖精じゃなぁい。属性耐性が軒並み高くてすばしっこくて手癖が悪い奴よぉ。初期速度が普通の人の二倍近い種族ねぇ。耐久はカスだから速度を高めて遠距離から魔法で殴るって感じの種族だしよく女神様の信者に引きずり込んだわぁ」

「か、解説ありがとう」

「その、食べる?」

 

 実際は妖精ではなく精霊であり、ヴェルニスは外見が似てるというだけで間違った答えをしているのだが二人とも気づいてはいない。

 肩に膝を付いてクレープを欲しげに指を咥えている小さな闖入者にクレープを差し出すと喜びながら齧り付き始めた。

 

「……可愛いわ! これ可愛いわ!」

「妖精は初期魅力も高いから魅力を上げるフィートや歌唱を取ってパーティーに繰り出すのもいいわよねぇ。まぁまずミンチになるのだけれどぉ。けどパーティーにしろ速度は欲しいわよねぇ? 速度高めたいわよねぇ? 速度はいいわよぉ。速度があれば投石されるより速く演奏できるものぉ。えぇ。速度をあげるなら今がチャンスよぉ。風を司る愛しき女神様の祭壇が丁度ここにあるのよぉ。入信するぅ?」

「ヴェルニス、黒ウサギに宗教勧誘はしないようにって言われてるでしょ。はい祭壇を取り出さない」

 

 何処からともなく豪奢な祭壇を道の中央に取り出し始めたヴェルニスを耀が止める。以前も<ノーネーム>本拠内や街中で唐突に宗教勧誘を始めた事があり黒ウサギや白夜叉にヴェルニスは叱られているのだ。

 少し残念そうに祭壇を仕舞っているが、間違いなく隙を見てはまた勧誘を始めるだろうから止めなければならない。

 

「まぁいいわぁ。入信者はいつでも受け入れるからぁ。去る者には女神様と私からキツい天罰を下すけれどぉ」

「それって入信する人皆に言ってるの?」

「えぇ。嘘を吐くのはよくないわぁ」

 

 来るもの拒まず、去る者()()()

 こういった言葉を呟く限りは箱庭でヴェルニスの勧誘が成功して信者が増える未来は訪れないだろう。

 そんな信者を増やす気があるのかないのかわからないヴェルニスはすたすたと展示回廊へと入り始めたので耀はクレープを差し出し続ける飛鳥の手を引いて後を追いかけた。

 展示回廊の中の人混みでヴェルニスの姿は見失ってしまったが耀の鼻は人混みの中でもヴェルニスの匂いは捉えていた。元の世界でも、箱庭で暮らしていく上でも、誰からも嗅いだ事のない独特な匂いがヴェルニスからはしている。故にヴェルニスの匂いを間違えることはまず無い。

 匂いはほぼ立ち止まらず真っ直ぐと進み続けているようで耀の足は人混みの中でも止まらない。

 耀に手を引かれながらも飛鳥は妖精(?)と会話を続けていた。

 

「私は飛鳥。久遠飛鳥よ。あなたの名前は何かしら、妖精さん?」

「らってんふぇんがー!」

「らってん……ラッテンフェンガー? それがあなたの名前かしら?」

「んー、こみゅ!」

「コミュニティの名前? じゃあ貴女の名前は?」

「?」

 

 微妙に会話が成り立っていない二人を尻目に耀は匂いを追い続ける。しばらく足早に進んだ先で大きな空洞に出た。が、そこで耀の足が止まる。

 

「飛鳥、奥に着いた……でも、匂いが消えた? いや……けど、この匂い」

「どうかしたの? って、あら! 紅い……紅い鋼の巨人?」

「おっき!」

 

 大空洞に出るのとほぼ同時にヴェルニスの匂いが何処かへ消えたのだ。耀はしきりにあたりを見回しているが飛鳥の視線は大空洞の中心に飾られた紅い鋼で作られた巨人に向けられていた。

 視線を奪われるのも仕方がないだろう。紅と金で彩られた華美な装飾に加えて、目測でも身の丈三十尺はあろう体躯。太陽の光をモチーフにしたと思われる抽象画を装甲に描いたその姿は圧巻の一言であった。

 ヴェルニスが忽然と居なくなるのはいつもの事という事もあり、とりあえず何かあったら自分達を追ってこの街に来ているであろう黒ウサギに任せようと耀は諦めて飛鳥と同じく巨人に目を向ける。

 

「それにしても大きいね。どうやって持ってきたんだろう?」

「気になるわよね。それにしても一体どこのコミュニティが……?」

「あすかー! らってんふぇんがー!」

 

 とんがり帽子の妖精が飛鳥の肩から飛び降り、展示品の看板の前で目を輝かせる。

 展示品の看板には確かに『制作・ラッテンフェンガー 作名・ディーン』と記されていた。

 

「まさか、あなたのコミュニティが作ったの?」

「らってんふぇんがー! つくった!」

 

 えっへん! と胸を貼るとんがり帽子の妖精。

 改めて『ディーン』と名付けられた鉄人形を見上げようと顔を上げる。

 

 

 ───異変は、その時起こった。

 

 

 ヒュゥ、と風が吹き全ての灯りが消えた。

 展示回廊が暗闇に閉ざされ、人々の間に混乱が浸透する。

 

「なんだ!? 灯りが消えたぞ!」

「気を付けろ! 悪鬼の類いかも知れん!」

「身近にある灯りをつけるんだ!」

 

 僅かにざわめきが広がるもパニックにはならず、即座にポツポツと灯りがつけ直されていく。

 

「飛鳥、離れないで。何か来る……!」

 

 飛鳥も咄嗟に近くにあった燭台を手に取ろうとしたその時、耀に制される。

 耀の目は薄い暗闇の中で猫のように光り、大空洞の奥を睨む。

 

『ミツケタ……ヨウヤクミツケタ……!』

 

 大空洞の最奥に不気味な紅い光が瞬き、怨嗟と妄執を交えた声が大空洞に反響する。

 ザワザワと洞穴の細部から何千何万という紅い瞳の、大量の群れが姿を現し地面を覆い尽くして波打つ。

 

「ね、ねず……ネズミだ!? ネズミの群れだ!!」

 

 ネズミ達の紅く光る怪しい瞳の全てがこちらを睨んでいる。

 その光景を見た誰かの絶叫が響き、その声に弾かれたようにネズミの群れは()()()()()()襲いかかってきた。

 

「このッ……!」

 

 四方から湧き出て、他の人々には目もくれずに牙を剥いて駆け寄るネズミに対して耀が風を巻き起こしネズミを弾き飛ばす。

 僅かに出来た安全圏の中で飛鳥が声を上げる。

 

()()()()()()()()()()()!」

 

 支配力を含めた声が空洞内に響き渡るが、ネズミ達は動きを止めずに近づいてくる。

 

「え、な、なんで!?」

「ひゃー!?」

 

 支配することが出来ずに焦りの声を発する。ネズミの群れが再び飛鳥に向けて飛びかかろうとし妖精が悲鳴を上げる。耀が飛びかかったネズミを素手で叩き落し足元へと駆け寄るネズミは再び風で吹き飛ばし二人を守る。

 四方から人々の隙間を縫って襲い掛かるネズミの群れに対して唯一の逃げ道である出口は人々によって塞がれている。まずは退路の確保をしなければならないと耀は飛鳥に顔を向けずにすべきことを伝える。

 

「飛鳥! まずは他の人達をここから逃がして! このままだといつか巻き込んじゃう!」

「でも、ギフトが!」

「それは……飛鳥より強い支配のギフトを使われてるんだと思う! この人達になら使えるはず!」

「ッ……! ()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

「「「「「わかりました!」」」」」

 

 ギフトが通じない、その理由に関してわずかに悩むがギフトの力がなくなったわけではないと思い直しひとまず結論に至る。

 一つしかない出口に向けて我先にと逃げようとしてひしめく衆人に向けて一喝し、混乱は一瞬にして鎮まる。

 飛鳥に向けて混乱していた群衆は一斉に敬礼すると共に一糸乱れぬ動きで駆け出す。

 ギフトが失われている訳ではない。ネズミ達がヴェルニスレベルの強さを秘めているというのなら効かないのも理解できるがその様な事はない。

 飛鳥のギフトによる支配よりも上位の支配の力がネズミ達に及んでいるのは確かだろう。

 再び耀は強い風を巻き起こして一時的にネズミを遠ざける。人々が消えたからか出力は少し強めだが展示品を壊すわけにはいかない故にネズミ達を殺すまでは至っていない。

 度々弾き飛ばされるネズミ達はわずかに距離を取って耀の出方を窺い始めた。

 

「それで、どうするの?」

「狙いは飛鳥……いや、妖精さんかな。とりあえず、外に出れば被害が広がる。ここで全部追い払うしかない」

「ぜ、全部!? この数よ、どうやって!?」

 

 ギフトが通じない上に武器の類を持っていない飛鳥にはネズミ達に対してほとんど打つ手はない。

 耀が、狙いは今も飛鳥の肩にしがみ付き震えている妖精だと言う。振り落として逃げてしまえば追われる事はないのかもしれない。

 だが、怖がり震える小さな妖精を振り払う事など、出来る訳がない。

 たった一つだけ対処する方法がない訳では無い。ヴェルニスが二人に伝えた方法が一つだけある。だがそれだけは使わないと、その方法だけはしたくないと飛鳥が固く拒否したのだ。

 

「風だけ起こしていればって思ったけど……。操られてるだけだし、可哀そうだけど……うぅん、迷ってる場合じゃない!」

 

 隙を狙って天井から落ちて来たネズミに対して耀は上段の回し蹴りを勢いよく放つ。

 

『ギッ!?』

 

 小さな悲鳴と共に吹き飛んだネズミが潰れて絶命する。小さな体のネズミに対しては致命傷だろう。

 

 

 

 ───()悲鳴(・・)絶命(・・)、そして()

 

 

 

 

「『スウォーム』」

 

 

 

 二人を囲んでいたネズミ達が一瞬にして壁のシミへと変化する。何千・何万匹居た全てのネズミの全てが一秒の誤差も無く肉片すら残さずに細切れになって消しとんだ。

 

「懐かしい匂いがしたから追ってたら、ミンチが出来た音がして戻ってきてみたけれどぉ……どういう状況かしらぁ?」

 

 悲鳴があり、ミンチが出来、風が起きる場所に彼女が現れない理由があるだろうか。

 何処かへと消えてしまっていたがそれでもこの街にはいるはず。条件さえ整えてしまえば必ず現れると踏んで試した耀の予想は的中した。

 

「ヴェルニス、おs」

「もしかして『遅い』? 『遅い』って言おうとしてないかしらぁ? 私が『遅い』んじゃないわぁ、あなた達の助けを呼ぶ声が『遅い』だけじゃなぁい。もっと『速く』、助けを私に求めればいいだけじゃないかしらぁ? そう、もっと、『速く』。『速く』ねぇ?」

「……えっと」

 

 耀の小声の抗議を聞いたヴェルニスが耀に対してズイと顔を近づけて詰め寄る。

 詰め寄られた耀は鼻をつまんでそっぽを向いている。肝心なときに居なかったヴェルニスが悪い。

 鼻をつまむのも仕方がないだろう。むせ返る様な獣達の血の匂いが空洞に充満しているのだ。

 酷く匂う、間違えることの無い気味の悪い匂い。染みついた血の匂い。

 ヴェルニスから薄く漂う物と限りなく、似た匂い。

 

「まぁいいわぁ。ガードも来たみたいだしぃ。耀が守ってくれたおかげねぇ……飛鳥には何か武装があった方がよさそうだわぁ」

 

 空洞の出入口から明かりを持った衛兵達が走ってくる。わずかに見えたヴェルニスはどこか貼り付けた様な冷たい笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 ほぼ同時刻。大通りから一本裏手に回った道。

 表の屋台を荒らした後、裏道に開かれた小物屋を冷やかして回る十六夜の姿があった。

 その背中に目掛けて遠くから大声を上げながら飛来する兎が一匹。

 

「見ィつけた──―のですよおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「お、黒ウサギか。遅かったな」

 

 視界の外から飛んできた黒ウサギのドロップキックをひょい、と僅かな足取りで避ける。

 ズドォン!!とドップラー効果の効いた絶叫と共に、爆撃のような着地音が響く。

 大きな土埃を起こしながら着地した黒ウサギはいつでも飛びかかれるように構えながら十六夜の前へと姿を現す。

 

「ふ、ふふ、フフフフ…………! ようぉぉぉやく見つけたのですよ、えぇ本当にッッ!! やっと、やっと見つけたのですよ十六夜さんッッ!!!」

「そんなに怒るなよ。ほら、昔から言うだろ? 短気は損気とかなんとか」

「こんな書き置きを残して行く問題児様方がいけないのでしょうが! 今度と言う今度は許しません……!」

「捕まえられなかったらコミュニティ脱退、とか書かなかった分優しいと思って欲しいけどな」

「それは本当に冗談にならないのでぜっっっっっったいに止めてください!!」

 

 ズイ、と黒ウサギが十六夜に向けて突きつける四人の書き置き。黒ウサギが怒る内容というのは、

 

『黒ウサギへ。

 北側の四〇〇〇〇〇〇外門と東側の三九九九九九九外門で開催する祭典に参加してきます。黒ウサギも、レティシアも来ること。

 祭りの事を意図的に黙っていた罰として、今日中に全員を捕まえられなかったら黒ウサギに()()()()をします。

 P/S ジンはうるさいので連れていきます』

 

 名指しで、しかも内容が明記されていない『()()()()』とは一体何かと黒ウサギは恐怖で震えることになったのだ。

 

「しかし、問題児様方の中で最も手強いであろう十六夜様を捕まえてさえしまえば……!」

「ん? ちょっと待て黒ウサギ。俺よりヴェルニスの方が捕まえるのは面倒じゃないのか?」

「いえ。確かに身体能力的に考えれば99.9%無理です。ですが物や、それこそ()()()()レベルで……だからこそ最終手段として、その、嫌ですが最悪の場合は『体』で釣れると思うので」

「理解出来るのが悔しいぜオイ」

 

 確かにヴェルニスなら釣れる。間違いなく釣れる。確率で言うなら99.9%といったところだろう。普段からワキワキと手を蠢かせながら黒ウサギのいる風呂場に突撃して黒ウサギの悲鳴が聞こえる。<ノーネーム>本拠内で連日見る光景だ。

 

「そして他のお二人に関しては黒ウサギの身体能力をもってすれば捕まえるのは容易いのデス」

「言ってやるな。あれでも間違いなく強くなってきてる」

「そうですね。あと一年か、二年もすればきっと箱庭中に名が轟くプレイヤーに……そしてもっと黒ウサギは苦労することになるのですヨヨヨ……」

 

 黒ウサギが苦労サギと書きそうな程に白く煤けた背で遠い目をし始めた。

 現状ですら厄介な問題児達が力を付けて黒ウサギに対抗してきたらどうすればいいのだろうか。

 が、十六夜に()()()()を慰める気はさらさら無い。

 

「で? 捕まえるってなら俺は普通に捕まるが。 変に逃げ回って残りの屋台を回れないのも癪だしな」

「えぇ、そう仰ると思ってました。全力で追わせて貰い……は?」

「HA? じゃなくてだな。別に俺は逃げる気はねぇぞ?」

 

 そもそも追うなら死力を尽くして知力を尽くしてそれでもなお追い付けないであろう最も厄介なヴェルニスか、比較的捕まえやすいであろう飛鳥・耀が先と思っていただけで十六夜はこちらに来てからは逃げも隠れもしていないのだ。

 ただ、黒ウサギがヴェルニスを追うなら間違いなくヴェルニスによって街中に被害が発生するであろうからその前に祭りを楽しみたいと思って来るのを急いでいただけである。

 

「他の三人全員捕まえる算段がついてるなら一緒に屋台でも回るか?」

「え、えぇ? 逃げないのですか……? 本当に? 本当の本当に逃げないのです?」

「現に逃げてないだろ?」

 

 自らのウサ耳と目が信じられないという風に何度も念を押すが十六夜は既に小物屋に向き直っている。

 

「な、なんと言えばいいのか……」

「何とでも言えばいいんじゃねぇか? ……っと、何だ?」

 

 困惑する黒ウサギを背に小物を手に取っては戻す作業をしていた十六夜は表の大通りにやけに慌てた様子の大声が響いたのに反応する。

 

「衛兵の方が走っていきました……何か起きたのでしょうか」

「魔王が現れたとか?」

「さ、流石にそこまでの事態では無いと思われます。<サウザンドアイズ>と<サラマンドラ>のコミュニティが携わる祭典の上に、白夜叉様もいらっしゃる状況で殴り込んでくる魔王がいるとはあまり思えませ」

 

 黒ウサギの言葉を切って、ズドガァァァァンッ!! と、突如爆発音が響き渡る。

 

「ん………………な、何が起きて?」

「時計塔が爆発したな。この状況でそんなことをやる奴がいるとしたら常識を元の世界に忘れてきた一人だけだ」

「ヴ、ヴェルニスさん……!」

 

 少し離れた時計塔の頂上が爆発したように抉れている。

 幸い瓦礫が広範囲に撒かれる、といった事は起きていないものの抉れて支えを失い揺れる搭の先端が地面に落下すれば間違いなく危惧していた被害が生まれる。

 

「黒ウサギに追われなくてもアイツは被害を生むのか……『歩く災害』って通り名は伊達じゃねぇ。もっと広めないと危なそうだ」

「感心してる場合じゃないですよ! 十六夜さん、何とかしないと!」

「幸い逃げる猶予はあるわけだし、あれだけの爆発音だ。避難はもう済んでるだろ。こっちの衛兵に任せるべきだと思うぜ?」

「私達の同士がした事態に対して知らぬ存ぜぬ、は通りませんッ!」

 

 また小物屋に向き直ろうとした十六夜の服の襟首をむんずと掴んだ黒ウサギは近くの建物の屋根へと飛び上がり、今にも崩れ落ちそうな時計塔へと駆け出した。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 約数時間後。日も暮れて来た頃。

 “火龍誕生祭”運営本営陣・謁見の間。

 そこにはジン、黒ウサギ、十六夜、ヴェルニスの三人が呼び出されていた。

 

「随分と派手にやったようじゃの、おんしら」

「『ら』ってなによぉ。お祭りを盛り上げたのもミンチを作ったのも全部私よぉ?」

「自白を求めるまでもなく自供したの。だが、現場に居合わせた者達からの話通り暴れていたネズミを……手段はともかく、怪我人を出さずに撃退してくれた事にはひとまず私から感謝しよう」

「怪我人がいないのは耀と飛鳥、二人のお陰だけれどねぇ。女神様に白夜叉からも言って貰えると嬉しいわぁ。感謝なんて要らないからぁ」

「ほう? 時計塔の爆破に関しても報告してよいと? 危うく怪我人が出るところだったあの件も?」

「えぇ。事故(・・)でミンチが出来ることはなかったけれどぉ、お祭りが盛り上がったしねぇ?」

「胸を張って言わないで下さいこのお馬鹿様!!」

 

 スパァーン! と黒ウサギのハリセンが奔りヴェルニスを叩くがニコニコしたまま微動だにしない。後ろにはコミュニティのリーダーとして呼び出された、昏倒したまま白夜叉の私室に放置されていたジンも居て、頭を抱えている。

 白夜叉は苦笑し、その彼女の側には玉座に座る色彩豊かな衣装を纏った幼い少女が居る。

 彼女が<サラマンドラ>のリーダー、サンドラなのだろう。誕生祭の主賓の前であるから、何とか取り繕っているらしい。

 サンドラの側近らしき軍服姿の男が鋭い目つきで前に出て、ヴェルニス達を高圧的に見下す。

 

「ふん! <ノーネーム>の分際で我々のゲームに騒ぎを持ち込むとはな! 相応の厳罰は覚悟しているか!?」

「これマンドラ。それを決めるのはおんしらの頭首、サンドラであろう?」

 

 白夜叉がマンドラと呼ばれた男を窘める。

 サンドラは玉座から立ち上がると、ヴェルニスに声を掛けた。

 

「貴方が破壊した建造物の一件ですが、白夜叉様のご厚意で修繕してくださいました。負傷者は奇跡的に無かったようなので、この件に関しては不問にさせて頂きます」

 

 チッ、と舌打ちするマンドラ。意外そうに声を上げる十六夜。

 

「へえ? 太っ腹なことだな」

「おんしらは私が直々に招待状を送ったしの。まぁこやつが関わってこの程度で済んで良かったといったところか。……ふむ。いい機会だから、昼の続きを話しておこうかの」

 

 白夜叉が連れの者達に目配せをする。サンドラも同士を下がらせ、側近のマンドラだけが残る。

 サンドラは人がいなくなると玉座を飛び出してジンに駆け寄り、少女っぽく愛らしい笑顔を向けた。

 

「ジン、久しぶり! コミュニティが襲われたって聞いて心配してた!」

「ありがとう。サンドラも元気そうで良かった」

 

 同じく笑顔で接するジン。<ノーネーム>となる前から元々親交があったのだろう、仲が良さそうな雰囲気だ。

 

「本当はすぐ会いに行きたかったんだ。けどお父様の急病や継承式のことでずっと会いに行けなくて」

「それは仕方ないよ。だけどサンドラがフロアマスターになっていたなんて───」

「その様に気安く呼ぶな、名無しの小僧!!」

 

 ジンとサンドラが親しく話していると、マンドラが獰猛な牙を剥き出しにし、帯刀していた剣をジンに向かって抜く。

 その刃がジンの首筋に触れるより早く、十六夜が足の裏で受け止める。

 

「おい、止める気なかっただろ」

「当然だ! サンドラは既に北のフロアマスター! 名無し風情に恩情を掛けた挙句、馴れ馴れしく接されたのでは<サラマンドラ>の威厳に関わるわ! この<名無し>のクズが!」

「あぁ、これはいけないわぁ。名無しの、そこらへんに転がってるクズ同然として扱われる存在の些細な言葉使いにすら怒る程に短気な人が頭首側近のコミュニティってお祭り中で言いふらさないといけないわねぇ」

「これヴェルニス。そこまでにせい。不問にして貰っておるのだ、下がれ。マンドラもだ」

 

 言いたいことが沢山ありそうなヴェルニスを黒ウサギが手を引いて無理やり下がらせる。このままでは売り言葉に買い言葉でそれこそヴェルニスがこの祭りを癇癪で終わらせかねない。

 

「話を戻そう。まずは、おんしらにこれを」

 

 そう言ってジンに二枚(・・)の封書を手渡す。

 

「拝見します」

「うむ。おんしらに招待状を送った理由がそこにある。まずは上の一枚を見るがよい」

 

 ジンが渡された二枚の上、一枚目の封書を開く。

 其処には只一文、こう書かれていた。

 

『火龍誕生祭にて、"魔王襲来"の兆しあり』

 

「…………なっ」

「あらぁ。魔王が現れるのぉ?」

 

 黒ウサギが絶句した後に呻き声のような声を上げる。ジンは呻き声すらあげられていない。顔を覗き込ませたヴェルニスは何一つ笑顔を崩さずにほんのりと楽しそうな口調で呟くだけだ。

 十六夜は一人、白夜叉にむけて鋭い瞳を向けて問い返す。

 

「この封書が来たのは何時だ? 俺が白夜叉に例の件を伝えてルールに手を加える前か?」

「いや、おんしの助言の直後だ。一日も空いておらんな。そして、その翌日に来たのが渡したもう一枚。逆廻十六夜。()()()()だ」

「……俺宛にか?」

 

 ジンの手の中のもう一枚の封書を十六夜が受け取り中を開く。

 中を見た十六夜の目が二度、三度と手紙の左右を行き来し、怪訝な顔を浮かべる。

 

「…………そうか、あれで防げない。その上で、いや……だが、これは何が目的だ?」

「何と書いてあった?」

「見てみろよ。ヒントになるかもわからねぇ」

 

 そういって白夜叉に手紙を渡す。

 其処にもまた、同じ様に一文のみ書かれていた。

 

『"星の位置"に気を付けろ』

 

「星の、位置?」

「星座絡み。何処ぞの神群でも関わってるのかあるいは……どちらにせよ厄介な内容だの」

「この内容の示す意味がなんにせよ、魔王が現れるのは確定事項だ。そうだろ、白夜叉」

「うむ。封書の片方は<サウザンドアイズ>の幹部の一人が未来予知した代物だ。信憑性としては『上に投げれば、下に落ちる』といった程度。間違いはない」

「……どういう事だ。上に投げれば下に落ちるのは道理だろう! この程度の内容で予言と言えるのか!」

 

 白夜叉の例えに対してマンドラが疑わしそうに眉を吊り上げて怒りだす。

 

「"誰が投げた"、"どう投げた"、"何故投げた"。その全てが解っている者が"何処に落ちるのか"というのを予言としてここに記したのだ。間違いなくこれは確定した未来に対する予言だ。マンドラよ」

「ふ、ふざけるな!! そこまでわかっていながら魔王の襲来と、その魔王に対する僅かな助言だけだと!? 戯言で我々を翻弄しようとする狂言だ!!」

「マンドラ兄様……! これにはきっと事情があるのです……!」

 

 犯人も、犯行も、動機も。そしてその対処法すら判明しているのに未然に防げない。むしろ防ごうとすらしていないと取れる内容であった。

 

「犯人がわかっていて、犯行内容もわかっていて。対処法も解る。その上で防げない。いや、()()()()()()()()。……いや、待てよ白夜叉。お前今、さっき何て言っていた?」

「む? 予言の信憑性についてか?」

 

 予言の信憑性に関しては白夜叉が語った通りだろう。そもそも二枚目の内容を見るに魔王襲来は防ぐ事は出来ない、あるいはしてはいけない。

 それがわかっているからこそ、十六夜は聞き捨てならない言葉について問い詰める。

 

「いや、その前だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? だとするともう片方は誰からだ」

「うむ。おんし宛のもう片方は……む? いや、んん??」

「どうした。誰からなんだ」

 

 送り主を告げようとしたまま首を捻り白夜叉が悩み始める。

 白夜叉が手の中の手紙の封蝋を眺めて考え込み始めた。

 

「封蝋は間違いなく同じ幹部の物……。誰かから確か……そうだ、誰かから……誰だ?」

「身元不明の誰かから渡された、と?」

「渡……されたのではないな。受け取った後に……いや、二枚ともその幹部からの物のはず、だが……うむ、同じ幹部からの物だ。先程の発言は言い間違いだと思ってもらって構わぬ。すまない」

 

 腕を組み首を捻ったまま釈然としない答えを下すが、その答えに納得など出来るはずがない。

『封蝋は間違いなく一枚目の物と同じで、同じ者から送られている。だが受け取った時に、誰かからその手紙が別の人物からの物であると伝えられた』。

 それはわかっている。それはわかるというのに、確かにその誰かから伝えられたのにそれが誰かがわからなくなっている。

 

「白夜叉様、何かしらのギフトの効力では?」

「いや、そういった類いの力は何も感じぬが……ぐぬぬ、何故だ。何故思い出せん……? 封蝋からして同じ送り主なのはわかるのだが」

「まぁわからないならわからないでいいか。手紙の送り主に関しては思い出せたらでいい。魔王を倒した後でも構わねぇ。それよりやる事があるだろ?」

 

 手紙を白夜叉の手から取りヒラヒラと振りながらチラ、と白夜叉に視線を送る。

 

「ふぅむ、わかった。後でまた本人に確認を取ってみるとしよう。さて、改めて───ジン=ラッセル率いる<ノーネーム>は魔王に関するトラブルを引き受ける、との事だったなジン殿?」

「……! はい。間違いありません。我々<ノーネーム>はあらゆる魔王の打倒を掲げています」

「ジン!?」

 

 サンドラ自身は初耳だったのだろう。旧知の友が<ノーネーム>となった事は知っていても、魔王に自ら関わりに行くと掲げるコミュニティへと変わっていることを。

 思わず、という風に一歩前に出たサンドラを手で制した白夜叉はジンの目を見たまま続ける。

 

「うむ。では招待状を送った理由を答えよう。此度の魔王襲来の予言の通りに魔王が現れた際はその対処に協力を依頼したいのだ。よいだろうか、サンドラ殿」

「………………はい。構いません。魔王への対処の協力を依頼します」

 

 白夜叉がサンドラへと視線を移す。

 サンドラはチラと見返すとジンを見て長考の末にサンドラは頷いた。

 頭首として、コミュニティ再興の為に覚悟を決めた友人の姿は、果たしてサンドラにどう映ったのか。

 即答ではないとはいえ、サンドラもまたジン達への協力に賛同した。

 

「し、正気か!? 魔王に破れて名無しになったこいつらに魔王の対処を依頼すると!?」

「控えよマンドラ。頭首の決定だ」

「ぐっ……いや、だが!」

「マンドラ兄様。下がってください」

 

 マンドラの考えも仕方がない。かつて魔王に破れたコミュニティに助力を求めるなど正気の沙汰とは思えないだろう。

 だが、東と北のフロアマスターによる直々の決定だ。幾ら血の繋がりがあろうと一側近が口を出せる内容ではない。

 

「わかりました。その依頼、<ノーネーム>を代表して引き受けさせて頂きます」

 

 ジンとしては予想外ではあるものの実績を求める<ノーネーム>としては願ったり叶ったりの展開だ。

 白夜叉も居る状況、戦力に関しては問題はないであろう。

 会話が終わったタイミングでヴェルニスが腰の剣に手を添えて白夜叉に声をかけた。

 

「それでぇ? 魔王の首はちょん切っていいのよねぇ?」

「……よかろう。私が許す。魔王の首、獲れるのであれば隙あらば狙うがよい」

 

これにて交渉が成立。

魔王襲来に向け、段取りを決めて夜まで時間を過ごす事になった。

 

 

 

 

 




どうも赤坂です。

あんな絵(水着絵)とかこんな絵(次回辺りに多分上げる挿絵)とか描いてたら一月経ってました。
最近サバイバルゲームで黙々と採掘してるのが楽しい……
気が付くと11000字近く書いててびっくりしました。(小並感)

お気に入りが500件(2019/8/24 20:00時点)になってました。多分この話が上がった日のお気に入りは500を下回っているでしょう(投稿するとお気に入りが減る人)
ジワジワ上がっていくのをいつもほんのり眺めてます。

狂信者がワサワサしてるだけのelona要素がほんのり過ぎてelonaの味がしない気がする作品を色んな人が読んでくれてるんだなぁって。
まぁ自由気ままにやり続けます。

せっかく挿絵(?)を描いたので早めに更新出来たらなぁとか考えてます。

ではでは。

2019/8/30
ElonaMobile(中国語版)が出たそうです。
詳しくは活動報告にまとめてあります。

2019/10/03
読み直し、後半の二枚目の手紙に関する会話を手直ししました。
会話が省略され、伝わりにくい感じがしましたので。
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