[先天]あなたは問題児だ。   作:赤坂 通

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第十二話『永遠の盟約』

 ───境界壁・舞台区画。”火龍誕生祭”。『造物主の決闘』会場。

 

 舞台上では春日部 耀と久遠 飛鳥の二人が巨大な白い体躯の巨像と戦っていた。

 飛び込み選手は通常の対戦票とは違い、<サラマンドラ>と<サウザンドアイズ>が協力のもと作り上げたという巨像との試合を求められていた。たった一戦、たった一勝で準決勝に進めるという対戦票の表示が魅力的に映ったのか飛び込みでの参加が多かったがそれを狙っての事だろう。巨像は強かった。いや、()()()()。少しでも楽に優勝を目指そうなどと考える不埒者は通さない、とでも言いたげなゴーレムは北側でも名の売れたコミュニティですら軒並み跳ね除けて圧勝を繰り返し、観客としては「下層の力を過信し過ぎじゃないか」といった空気も流れたがそれでもやはり「<サラマンドラ>と<サウザンドアイズ>協力のもと制作したのに楽勝なんてありえない」という声が大半を占めた。そして華奢な少女が二人、巨大なゴーレムに対して生身で舞台上に上がるのを見て可哀そうに、と皆が最初は思い。

 わずか10分後。全員が全員目を剥くことになった。

 

()()()()()()!」

「───ここッ!」

 

 わずかな一瞬、飛鳥の威光がゴーレムの動きを止める。

 その隙を狙って耀が鷲獅子から受け取ったギフトで旋風を操り飛び上がり、最後に残った右腕の関節に勢いよく蹴りを見舞った。

 その一撃が決め手となりゴーレムの右腕が壊れ崩れ落ちた。両手両足を失ったゴーレムは最後に胴体へもう一度耀の蹴りを見舞われ、そのまま場外へと倒れていく。

 舞台の脇でハラハラと試合を実況していた黒ウサギがぴょん、と会場の舞台へと飛び乗りマイクを握りしめて高らかに声を上げる。

 

「数々の飛び込み参加者を打ち破ってきたゴーレムを打ち倒し勝利! <ノーネーム>、これにて準決勝出場決定です!」

 

 黒ウサギのアナウンスが入り会場から割れるような歓声と拍手が起こる。耀と飛鳥の準決勝への出場が無事確定した。

 

「ふぅ、流石に強かった」

「えぇ。こう連日ギフトが通じない、通じにくい敵が出てくると嫌になるわ」

 

 オリハルコン等の稀少な鉱物を混ぜ込んで作り上げられたというゴーレムは飛鳥の威光によって意のままに操られる様な事は無く、耀の打撃を幾度となく弾いた。

 とはいえ、それでも流石に限界はある。全身がオリハルコン製であればまだしも、混ぜ込んだだけの装甲では関節部まで完璧に守り切れているわけではなかったのだ。

 それ自体が強い自我を持っているわけではなかったがそれでも飛鳥の威光は動きを僅かに止める程度まで抑え込まれているのを見た上で耀が数度拳を打ち込み、真正面からの完全破壊は厳しいと判断し関節部を破壊して再起不能にする方針へと固めたのが功を奏したといえよう。

 イエイ、と二人でハイタッチしていると舞台袖から白夜叉が舞台に上がってきて黒ウサギに渡されたマイクを握る。

 

「予想は出来るであろうが、何を隠そう<サラマンドラ>が用意したゴーレムに霊格を付与したのは私での。素材から動きから何から何までかなりの期間をかけて策を弄し、並大抵のプレイヤーでは倒せぬようにと作り上げたが……うむ。見事であった!」

 

<サラマンドラ>が素体を用意し、白夜叉が霊格を付与したゴーレム。そう説明されれば飛鳥の威光が簡単には通じなかったのにも納得がいく。

 決して白夜叉自身の招待だからと身内贔屓がある様な事はなかった。作られたゴーレムは下層であれば歴戦の猛者と呼ばれる程に強くなくては倒せぬ程度に手は加えてあった。

 だからこそ手放しに誉められるべき勝利であるとやや悔しそうに声高に伝える。

 

 もう一度盛大な拍手が起こり、耀と飛鳥は舞台から降りた。

 予選終了、さらに丁度昼頃になったという事もあり観客達が立ち上がって去ろうとしていく。黒ウサギは慌ててマイクを白夜叉から受け取りアナウンスを再開する。

 

「選手の皆様は試合前に改めて紹介を行いますので休憩時間終了前に舞台上にお越しください!  さて、会場にお越しの皆様! 休憩時間前ではありますがもう少々お待ち下さい!」

 

 チラ、と黒ウサギが白夜叉を見る。白夜叉は大きく頷いてパンパン、と柏手を叩く。同時に会場内の人々の手に対戦表が現れた。

 黒ウサギも同様の対戦票を手に持ち、読み上げていく。

 

「お手元に渡りました対戦表をご覧下さい! 休憩後に行われます『造物主の決闘』、準決勝試合のコミュニティ紹介を行います! 第一試合! 『華麗なる笛の音に酔う』<ラッテンフェンガー>と、『欠けた月夜に蒼き風』<ラクリナ>による試合!」

 

 ひと際大きな拍手が起こる。黒ウサギは前日の対戦は見れていないが、おそらくはかなりの実力者達なのだろう。観客たちの楽しみ気な歓声と拍手の音からそう想像がついた。

 

「続きまして『優勝くれなきゃ悪戯するぞ♪』<ウィル・オ・ウィスプ>と、『黒ウサギの膝枕一時間、金貨一ま……い……って、なんですかこれは!?」

 

 そして続く<ノーネーム>の対戦票には黒ウサギを売りに出す()()()が記載されていた。仕事という事もあり反応したくなかったが流石にこうも堂々と書かれては反応せざる負えない。  

 

「言質は取った! 黒ウサギの膝枕は誰にも譲らん! 黒ウサギ、10時間ほど頼めるか!?」 

「白夜叉様も乗らないでくださいっ! そもそもなんでこんな紹介文が通っているのですか!?」

 

 金貨を握りしめた手を振りながら黒ウサギに詰め寄る白夜叉は胸を張って答える。

 

「無論、私が通したッ!!!」

「冗談も大概にしてくださいッ!!!」

 

 スパーンッ! と振り抜かれたハリセンによる気持ちのいい音が会場に響く。同時に会場内に笑いが溢れた。

 通した、ということはこの文面を考えた人物がいるわけだが、そこに関しては後で問い正せばいいだろう。

 

「コホン! 改めまして、第二試合は<ウィル・オ・ウィスプ>と、先程の飛び込み試合に出場していた新進気鋭の<ノーネーム>の試合となっております! アナウンスは以上となります! 只今より一時間ほどの休憩時間となります!」

 

 ひとまず、アナウンスは終わり観客達は改めて会場を後にしていった。

 

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 

 休憩時間中の『造物主の決闘』会場、主催者席。

 サンドラやその周囲を囲む衛兵。マンドラなどの<サラマンドラ>の兵達の隣に<ノーネーム>に用意された座席があり、そこにやや不機嫌そうに足を組み試合を眺めていた十六夜の姿があった。

 今の試合が始まる前に、サンドラの座るはずの席に十六夜が勝手に居座っていた為に引きずり下ろして元の座席に戻させたというちょっとした事件もあったが些細な事だろう。

 同じく問題を起こしそうなヴェルニスに関しては同様に座席を用意し、試合開始前までは居たはずなのだが気が付いた時にはどこかに消えていた。

 一般の観客席の一部から絶対に関わってはいけない気配がするため居ることだけはわかるのだが、何故か居場所が突き止められていない。

 何か起きる前に見つけ出しておくべきなのだろうが、現状では特段突き止める理由もないので放ってある。

 居心地の良い席を強奪して試合を眺めようとしていた十六夜に白夜叉が声をかける。

 

「小僧。二人の試合だが、どうだった?」

「ギフトを露骨に使いすぎだ。あの調子だと決勝では対策されるだろうな」

 

 十六夜は焦りも何もない平坦な声で返事をする。二人が勝ったとしても負けたとしても特段、興味はなさそうだ。

 

「わかっておるなら注意しに行ったらどうだ?」

「注意して、それがわかったとしても今はまだどうしようもねぇ。それなら注意なんかして変に意識させるべきじゃない。そうだろ?」

 

 白夜叉は隣の席に座りつつ、苦笑しながら注意すると一応それなりに考えている事がわかってひとまず安心した。

 

「それもそうだの。ふむ、()()()()、か」

「……磨けば光る原石二人。どう磨くのか、どうやって磨いていくのか。それを探る段階ってのはわかりきってる事だろうが。まだ基礎が固まってねぇ上に、その力を活かそうにも舞台と設備が整っちゃいない。何より自身の力にアイツらの知識が追い付いていない」

「そうではあるが。いかに磨けば光る原石とはいえ磨き方を間違えてしまっては意味がない。舞台と設備に関してはこれから整っていく。問題としては知識だが、こういったギフトゲームで鍛えればよい。此度の飛び込み参戦もその一環であろう?」

 

 ここは修羅神仏の蔓延る世界。

 磨き方を間違えれば輝く事すらできず、砕けてしまう可能性だってあるのだ。

 今はまだ彼女達がそういった存在に出会っていないというだけで。あるいは周囲の者達が守ってくれているだけで。砕ける切欠などいくらでも転がっている。

 それよりも早く、二人を鍛え上げなければならない。

 力をつける場は用意すればいい。足りない知識はこれから補っていけばいい。

 だがそれには時間がいる。金貨などよりも遥かに価値がある、時間が。そして、そんな事は二人だってわかっているのだ。

 

「二人の次以降の試合だが、白夜叉的に二人の勝率はどれくらいと見てる?」

「そうだの、高くても1割……いや、ほぼ無いだろうな。あのゴーレムを倒せるのは最低限のラインだ。準決勝に残ってきた三コミュニティであればもっと早く気づき、もっと早く手を打って倒せておる」

「まぁ妥当か。一桁上の六桁相手となるとまだ二人には荷が……待てよ、<ウィル・オ・ウィスプ>と<ラッテンフェンガー>に関しちゃわかるんだが、<ラクリナ>ってのはどこのコミュニティだ?」

 

 対戦相手を思い浮かべつつ話している間にふと対戦相手として思い浮かべないコミュニティの名前を挙げる。

 一度も見たことも聞いたこともないコミュニティだ。十六夜には色々な出来事の余波で『造物主の決闘』に突然現れた存在なのは確信出来る。

 準決勝まで進んでいる、という点から他の面々に引けを取らない力を持っているのは確かだが紹介文以上に情報が一切ない。得体のしれない存在だ。

 

「そういえば聞いたことがないの。北側の新興のコミュニティであろうか。サンドラ殿は何か知っておるか?」

「いえ、私もあまり詳しくは。運営の都合上全ての試合を見る訳にもいきませんので」

「……知っておる者はおるか?」

 

 そう言って近くの衛兵たちに尋ねるが、衛兵たちも顔を見合わせるだけで誰も声を上げない。

 この場には知っている者は誰もいない様子だ。

 

「ふむ、調べておくかの。参加者の名前は……ん、なんだ?」

 

 懐から対戦票を取り出して眺め首を傾げる。

 その様子を見て十六夜が茶化しに入る。

 

「どうした白夜叉。もしかして老眼か?」

「戯け。そんなはずがあるまい。なぜ名前が記載されておらん?」

 

 対戦票を穴が開きそうなほど睨む白夜叉の手元を不思議そうに覗き込む。が、そこに<ラクリナ>の選手の名前はない。

 記載漏れの可能性を一瞬考えたがそれは無い。そうでなくては黒ウサギが最初に不審に思うはずなのだ。

 確かにコミュニティの紹介だけで選手名は読み上げなかった。だから気が付かなかった、という可能性も無きにしも非ずだが、それでも一人だけ名前がないというのもおかしい。

 サンドラが衛兵に目配せすると即座に数名が裏に去り確認に走った。

 睨めど睨めど名前が浮かび上がってくるような事はない。静かに目を閉じて十六夜は記憶を漁り、今までにあった幾つもの疑問を思い返しながら白夜叉に語り掛ける。

 

「名前が消える……忘れていく。これと……似たような、似たようなことがあったはずだ。思い当たる節はあるか。白夜叉」

「似たような事と……?」

 

 首を捻り白夜叉がぬぬぬ、と悩む。

 しばらく待ってみても答えが出てくる様子はない。

 その様子を見た十六夜が学ランのポケットから一通の手紙を取り出した。<サウザンドアイズ>の封蝋の押された手紙だ。

 中身を取り出して白夜叉に手渡す。ただ一言、『星の位置に気をつけろ』とだけ書かれた手紙だ。

 

「この手紙。見覚えは? 先に言っておくが白夜叉から送られた招待状でも、この誕生祭開催に際して祭りに送られた手紙でもない。今回の件について俺宛に送られた手紙だ。昨日、ジンに正式に依頼を出したときに俺に白夜叉から渡されたものだ」

「…………? <サウザンドアイズ>からの手紙ではあろうが……()()()()()()()

 白夜叉は中身を読んだ上で知らないと断言した。白夜叉の手から手紙を奪い取るようにしてサンドラに渡す。

「サンドラは」

「貴様、呼び捨てなぞッ……!」

「そもそも手紙は、一通のはずでは? 白夜叉様はあなたに手紙などは渡していなかったと思いますが」

 

 傍のマンドラが牙を剥いて十六夜を睨むが、サンドラは読む事はなくそれを抑えて答えた。どちらも嘘などついているとは思えない表情であり、二人揃って知らないと言い放つ。確かにあの場にいて、中身を読んだはずの二人が知らない。いや、()()()()()()。十六夜の中で疑いが確信に変わり、舌打ちをして焦ったように立ち上がる。

 

「間違いねぇ。送り主が不明瞭のこの手紙は<ラクリナ>から俺に送られた手紙で、今回の件の首謀者も<ラクリナ>……いや、まず間違いなく俺の見知った人物だ。クソッ。あいつがもう現れるのか」

「なぜ確信が持てる? それは何者なのだ?」

「本来この場に現れる魔王より遥かに質の悪い相手だ。さて、どこから説明すりゃいい……! いや、なんにせよ一から説明してる時間はねぇ。俺が気付いたってことは遅かれ早かれ行動を起こされる。まずは黒ウサギとジンを呼び出してくれ。即座に審判権限(ジャッジマスター)を使えるように備えたい」

 

 慌てた様子の十六夜の言葉を聞き、白夜叉が傍にいる者に黒ウサギを呼び出すように伝える。

 十六夜は手紙を握りつぶして白夜叉に向き直る。

 気付くのが遅すぎた。いや、あるいは今気づけたのが幸いだったのか。それがどちらかはわからない。

 それでもこれだけは伝えておかねばならない。そう決意して口を開く

 

「いいか白夜叉。魔王という存在がそういうものだとはわかってる。だが、俺の予想が当たっているならアイツに契約(ギアス)は通用しねぇ。どうやって現れるのか、何が起こるのかも。いいか、アイツは……」

 

 

 

 

 

 

 

「えぇそうね。『どう』も。『何が』も。あなたには、あなた達には解らないわよね」

 

 

 

 

 

 

 

 敵意など一欠片も含まれていない。いや、それどころかこちらへ話しかけているとも思えない声音。

 まるで独り言のように楽しげな声が会話に割って入る。

 

「───ッ!?」

「何者だッ!?」

 

 その場にいた全員が声のした方向へと振り返ると、葵色の髪を二つ結びにした女が一人、運営席の手すりの端に腰掛けていた。

 ヴェルニスの纏う外套と似た、色違いの紫色をした外套を羽織っている女は手に持った本をパラパラと捲りながら独り言の様な呟きを続ける。

 

「何もわからないなら、あなた達はどうするのかしら? もし私が何も起こさなければ最後まで警戒して準備して、吹くはずの嵐が吹かなかったら胸を撫で下ろして『ハイ、サヨウナラ』。それもそれで良いかもしれないわね。呑気に過ごしていれば良いのよ」

 

 半ば臨戦態勢に移っていた十六夜を含め誰一人としてその声の主が声を出すまで現れたことにすら気が付けなかった。

 女は悪戯な笑みを孕んだ声音で語る。

 

「出来れば手紙なんかじゃなくこっちで思い出してほしかったわね。『欠けた月夜に蒼き風』。風、それも、『蒼色の風』。聞き覚えも、見覚えもなかったのかしら? ()()()()()()()?」

「……いつからそこに居た?」

「風はいつだって、どこにだって吹いているものよ? 会話に関しては全部聞いていたけれど来たのは今、ってところかしら」

 

 女はパタリと本を閉じ、腰かけた手すりに本を置くとこちらに向き直り足を組む。

 切れ長の目に端正な顔立ち。いやに出来過ぎたような顔。

 神が手掛けたような、あまりにも完璧な顔立ち。

 

「……何者、いやどこの()()()()だ。名乗れ」

「別に名乗る必要はないでしょう白夜叉。私とあなたの仲じゃない。まぁまだ忘れられてるとは思うけれどね。こちらから干渉しても時間経過と共に相手の中から記憶が消えていくっていうのも気分が悪いわね。文面からすら消えるとは思わなかったっていうのもあるけれど」

 

 少年だけは別だけれど、と小さく付け加えると外套を外しながらどうやって隠していたのか。白夜叉の問いに答える事もなく、黒い翼を広げて空に舞う。

 

「一人の男が、冒険者となってかつての世界の記憶を継いだ。それによってペストという魔王は現れる手段を無くして現れなくなった。けれど、魔王の襲来は予言された」

 

 

 

 夜空よりなお黒い漆黒の翼を一度強くはためかせると同時に妖艶な笑みを浮かべ手を空に差し伸ばした。

 

 

 

 

「予言に間違いはないわ。私は魔王ではない、けれど間違いなく魔王は現れる。それが一体誰なのかは───あなた達が考えるしかないのだけれど」

 

 

 

 辺り一帯の全ての光が差し伸ばした手の中へと収束し、世界が急速に輝きを失っていく。

 明滅する光の合間に夜空が浮かぶ。星が凄まじい速さで流れ、地平の彼方へ消えていく。

 収束してゆく光に惹かれるように空気が激しく渦を巻く。

 

 

 

 

 

「───”Eternal League of Nefia”起動」

 

 

 

 

 

 ───ひとつ、強く光が瞬き空に月が昇った。

 

 

 

 

 

 天を貫かんとする光が世界の輪郭をずらしていく。

 その光には、あまりにも見覚えがあった。

 

疑似創星図(アナザーコスモロジー)……!? まさか、ありえん! なぜこんな下層で!?」

 

 思い当たる何かがあるのか白夜叉が叫び声をあげる。

 夜空の光すら奪い尽くされ、世界が闇に飲まれていく中でただ一人。真実を知る十六夜だけが歯噛みする。

 

 

 

 

 

「……違う。違うんだ。白夜叉、これは───」

 

 

 

 

 

 この輝きはあってはならないのだ。

 この世界に。箱庭という世界に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「永遠の旅路、改編して廻れ。───"原型異本創星図(プロトヴァリアント・コスモロジー)" 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                      

 

 

 

 

 

 

誰かが目を覚ます。

 

 

 

 

 

 

水面を空に見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水面の果てに星空を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白い砂が空から降り、水面に波紋を残す。

 

 

 

 

 

 

 

欠落と共に、はじまり。

 

 実験を行い、喪失し。

 

調和を経て、闘争があり。

 

 光明が見え、凋落を迎え。

 

追憶の果て、災厄が訪れ。

 

 再生があり、忘却があり。

 

混乱を来し、黙示録が紡がれた。

 

 

 

 

 

そうして迎えた。

 

 

 

 

 

超越の時代。

 

 

 

 

 

 

 

歩むは、一人の冒険者。

 

 

 

 

 

 

 

あなたは、静かに目を閉じた…

 

 

 

 

 

 

                      

 

 

 

 

 

 

 

 頭を強く蹴られる感覚と共に目が覚めた。

 辺りは妙に薄暗く、目が暗さになれてくる頃には少しずつ耳も音を捉えはじめ、喧騒、というよりは悲鳴と怒号の渦巻く戦場の只中であると理解した。

 が、少なくとも目の前に立つ和服の少女はやっと起きた事を喜んではおらず、起きてから数秒間辺りを見回していた十六夜の顔面に草履の裏が迫ってきた事が答えだろう。

 

「寝ボケとらんで戦え小僧ッ!」

「───ボケてねぇ。現況は?」

 

 いつもよりも明らかに覇気の無い白夜叉の蹴りを受け止め、跳ね起きながら改めて状況把握を始める。

 周囲では”サラマンドラ”の同士の火蜥蜴や一般人達が血走った瞳で素手や武器を掲げて同士討ちを行っているようにしか見えず、その同士討ちを止めようとしている者もいれば向こうの角では白亜の巨像に複数人で対処している者もいる。

 かなりの大混戦だ。これでは統率も糞もない。

 

「ギフトゲームが始まったがおんしは気絶! 現れた四柱の神の化身共をヴェルニス! 斑服の魔王をサンドラ! 軍服の男は飛鳥、耀! 今ここで私が笛吹の女、巨像共と交戦中! 他参加者は見ればわかる通りだッ!!」

 

「OK。把握した。つまりこいつらは暴徒ってことだな。こっちは寝てたんだ近所迷惑考えろ馬鹿共」

「「「ぐぁああああああああああああああああッ!?」」」

 

 十六夜が一歩足を踏み出し拳を振るい、勢いよく混沌と化した戦場を戦場ごと吹き飛ばした。

 比喩抜きに混沌と化した戦場全てを吹き飛ばす一撃だった。

 交戦していた普通の参加者であろう者たち含めて全て吹き飛ばされていったが大丈夫なのだろうか。

 そんな配慮や遠慮など存在しないような顔色で片付いたぞ、と白夜叉の顔を見ると呆れた顔で白夜叉が呟く。

 

「……あー、一応弁明しておくが、今おんしに吹き飛ばされた者達は笛吹の女に操られておっただけだからの?」

「オイオイオイ、そういうのは先に言ってくれよ。そしたらもっと懇切丁寧に操られてるな馬鹿共って気分で殴り飛ばすところだってのによ……チッ。ジンはどこだ。明らかに指揮系統が足りてねぇ。あと白夜叉はなんでこんなところで手をこまねいてるんだ」

「初めから殴り飛ばすのは確定事項なのだな……。私がここにいるのは気絶して起きぬおんしを守るためだ」

「らしくねぇな。東側最強の元・魔王様は暴徒から俺を守る事しか出来ねぇってのは。……何かあるんだな?」

「力が徐々に封じられてきておる。何処に行こうと足手纏いになるなら、起きたら戦力になる者を守った方がよかろう」

「お心遣い痛み入るぜホント。暴徒に襲われずに済んで白夜叉様様だな。蹴りを見るに、適当だが力の9割位は封じられてるってところか。存在は保ててるが、って感じでファイナルアンサー?」

「存在を保てるギリギリという程ではないが、まぁファイナルアンサーだの。そこらの女子供とそう変わらん。流石に素の飛鳥よりは強いとは思うがの」

 

 シュッシュッと拳を突き出す白夜叉に強さは欠片も感じない。

 普段の装いから漂う覇気という物がこれほどまでに消え失せるのかと思う程に覇気がない。それほど力を奪われているのだろう。

 そんな白夜叉を脇に抱えて稀にふらっと現れる正気を失った参加者の鳩尾に拳を叩き込み意識を刈り取りつつ人気のない路地裏に駆け込み、 本格的に確認を始める。

 何を始めるにしても十六夜には現状の情報が足りなさすぎる。

 

「それでゲームは。どんな文面だ」

「ほれ。目を通せ。意図的に情報を隠されている可能性もあるが、黒ウサギが何処におるかわからん内はゲームが止められん。今は戦闘が始まっておよそ一時間。審判権限(ジャッジマスター)でゲームを一時、止めてくれると思ったが……」

「現在進行形で止まっていない、つまりは俺と同じ状態か、あるいは……」

 

 白夜叉に渡された黄金に輝く契約書類(ギアスロール)に首を傾げつつ目を通す。

 

 

 ────────────────────────────────────────────

 

 ギフトゲーム名 “『Setting Sun and Falling Moon』”

 

 ・プレイヤー一覧

 ・現時点で三九九九九九九外門・四〇〇〇〇〇〇外門・境界壁の全区画に存在する全生命体。

 

 ・プレイヤー側 ホスト指定ゲームマスター

 ・太陽の運行者・星霊 白夜叉

 ・月の兎の末裔・黒ウサギ

 

 ・ホストマスター側 勝利条件

 ・逆廻十六夜、ヴェルニス、フレアハーツを除く全生命体の死亡。

 

 ・プレイヤー側 勝利条件

 一、偽りの伝承を打ち倒せ。

 二、真実の伝承を掲げよ。

 三、砕かれた月をあるべき姿に正し、夜空に浮かべよ。

 

 ・プレイヤー側 特殊勝利条件

 ・ゲームマスター・”フレアハーツ”の殺害。

 

 ・ゲーム終了方法

 

 *注意事項*

 ・ゲーム終了方法は、プレイヤー側 勝利条件が全て満たされた時、記載されます。

 

 ・ゲーム終了条件

 一、夜明け前にプレイヤー側 勝利条件が全て満たされなかった場合。

 二、プレイヤー側 勝利条件を全て満たした状態で、提示されたゲーム終了方法を実行する。

 三、特殊勝利条件を満たす。

 

 宣誓 上記を尊重し、”The PIED PIPER of HAMELIN”のギフトゲームを改編し開催します。

 "フレアハーツ" 印

 ────────────────────────────────────────────

 

 

 読み終えて息を呑む。十六夜が記憶を漁る限りではハーメルンの笛吹道化達を主題としたゲームとは別のゲームに変わったと考えるのが正解だろう。

 最後の宣誓に改編、とある通りに根底にあるものはは同じなのかもしれないがそれでも別物と考えて取り掛かるべきだと判断する。

 

「俺の知ってるゲームからかなり変わってる。もはや別物だ」

「クリアは? どれくらいかかる」

「勝利条件一、二に関しては多分そう時間はかからない。うちの坊ちゃんが見つかれば以前のゲームがどうだったかを伝えれば後は任せても解けるはずだ。あとは俺が三番目をどれだけ早く解けるかにかかってるってとこか」

「特殊勝利条件はどうする?」

「それは放っておけ。どうせ俺達が束になってもこのフレアハーツ……ゲームマスターと戦えば勝ち目はない」

「勝算はゼロだと?」

「あぁゼロだ。完全無欠にゼロだ。説明はいるか?」

「う、うむ。一応欲しい」

 

 ほぼ即答で答えた十六夜に対して流石に疑念が隠せない。

 いつもであれば「ちょい苦労する程度だな。ヤハハ!」とでも笑い飛ばしてくれそうなものだが、眉間に皺を寄せて悩む姿に説明を求める。

 答えを求められた十六夜は辟易とした様な表情で答え始めた。

 

「正直、嘘でも勝てるって言いたいところだが。このゲームマスターと戦い始めるとヴェルニスはゲームマスター側に、つまりは敵に回る。そうなればもう戦いが成立すらしねぇ。やろうと思えば二人でプレイヤー皆殺しにするのに1分もかからねぇんだ」

「……つまり、このゲームマスター・フレアハーツとやらは」

「ヴェルニスの仲間……いや、"家族"の一人だ。強さで言えばヴェルニスとトントンかそれ以下。まぁ以下って言っても大差は無いと思うがな」

 

 それが勝てない理由。と締めくくる。

 ヴェルニスに勝てるだけの戦力を二つ用意しなければ勝ち目は無いのだ。そして現状その戦力はこの場には無い。

 白夜叉の力の封印が無ければあるいはあり得たかもしれないがその力の解放条件もわからない。

 

「兎にも角にも人手が必要だ。作戦会議をしようにもこの場にいるのは白夜叉と俺と正気を失った参加者だけじゃあ意味がねぇ。まずはあいつらを操ってる」

「はぁい、そこまでよ♪」

 

 ハッと二人は頭上を見上げる。

 其処には白装束の女が二匹の火蜥蜴を連れ立っていた。

 片手に持った笛をくるくると回しながら、ニヤニヤとした笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。

 十六夜は白夜叉を背に押しやり、その姿を見上げながら同じように笑みを浮かべた。

 

「あら、本当に霊格が弱まってるじゃない♪ これじゃ最強のフロアマスターも形無しねえ!」

「噂をすれば飛んで火にいるなんとやら。一つだけ聞きたいんだがいいか? エロい服着たラッテンさんよ」

「やっぱり私の名前も知ってるのね。あなたが一番気をつけないといけないって彼女が言うのも」

「お前らは、フレアハーツに味方したのか? それとも、体よく使われてるだけか?」

 

 今の十六夜に冗談や長話をするつもりはない。単刀直入に聞いた質問はゲームマスターとの関係だった。

 本来、このタイミングで開催されているはずの”The PIED PIPER of HAMELIN”のギフトゲームの主役であるはずの一人。

 自身が携わるギフトゲームを黙って改編されるような事はないはずだと踏んで尋ねる。

 ラッテンと呼ばれた女はニヤニヤとした笑顔を消して何かを語ろうと口を一瞬だけ開き、それを閉じて十六夜を睨むと笛を構えた。

 

「……行きなさい”シュトロム”ッ!」

「BRUUUUUUUUUUM!」

 

 これが質問に対する答えなのだろう。

 ラッテンが指揮者の様に腕を振るうと地盤がせりあがり陶器のような色をした巨像が現れ、十六夜たちのいる路地裏に向けて拳を振るう。

 その拳に向けて十六夜も打ち返し、巨像は木端微塵に砕け散った。

 

「白夜叉。やる事は変わらねぇ。黒ウサギとジンを見つけておいてくれ」

 

 白夜叉は一つ頷いて背を向けて走り出す。

 その後ろ姿を見送る事無く一足飛びにラッテンへと近づいた十六夜は拳を構えた。

 十六夜は十六夜で情報を目の前の元・主役の一人から絞り出さなければならない。

 

「沈黙は是也、だな。色々聞かせてもらうぜ?」

 

 

 

 

 

 改編された、ギフトゲームが始まる。

 

 

 

 




どうも赤坂です。

お待たせしました……(n回目)(10/11から177日ぶり)

本当に、本当に思いつかなかったんです……
書き出しが完成するとかける人間なので書き出しだけ作ってたんですけど気に食わない気に食わないの連発で書き出しだけで2個くらい出来上がって
それでも納得いかなくって仕方なく途中の部分だけ思いついたから書き出して

一昨日くらいに深夜テンションで書き出しを全部くっつけたらいい感じになったのでようやく出来上がりました

これ一週間前までは2000字あるかないかだったんですよ(本文11,195文字を眺めつつ)

続きは……早く出るといいですね……(燃え尽き症候群)

挿絵云々、以前のあとがきで語ってましたが半年ぶりに見返すと「あれ……なんか微妙……?」ってなったのでお蔵入り!
いつか画力が上がったら上げるかもしれません。
描いてないので全然あがりませんが。

ではでは

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