お久しぶりです。
どんな感じだったか忘れたところもありますが
久しぶりにかきました。
奈緒は後頭部に受けた衝撃に脳を揺らしながらも、目の前にうずくまる少女を視界に収めていた。
つい先ほどまで顔を手で覆った状態で呻いていた少女は顔を上げ、_小さなルビーのような輝きを持つ両目に大粒の輝きを溜めながら_小刻みにその体を震わせていた。
『…いたい。』
奈緒の目の前の少女が涙声で小さくつぶやいた。ほんの少しだけ、小さな鈴が転がったような声に奈緒ははっとして声をかけた。
『大丈夫!?ごめんね!!全然気づかなくて…!!』
『これはかなり効きますねえ!!即効性はもちろんのこと、これからの立ち回りにもじわじわと影響しそうな一打となりましたよ!!!』
『エニスは少し黙ろうね?すずちゃん、大丈夫?』
丸まった少女の背中をさすりながら取り乱す奈緒の隣で、握った拳に力を入れながら叫ぶエニス。それを上から押さえつけてマスターが尋ねた。
『…だいじょうぶ。すずもきゅうにきちゃったから…。』
未だその両眼は潤んでいるものの平静を取り戻したのか、ちりん、と遠くまで響く鈴のような声で少女が告げた。
マスターは押さえていたエニスの頭を一層沈み込ませるとその手を離し、カウンターの奥へと歩いていく。
ガラガラガラと音がしたあと、ドリンク用のキューブアイスが入っているであろうポリ袋を持って現れ、それを少女の鼻面に当てた。
しばらくすると落ち着いたのか、少女はほうっと息を吐いて奈緒の方を見て言った。
『すずはすず…です。よろしくおねがいします…』
ぺこりと頭を下げて告げる少女を見ても、奈緒の心は怪我の心配が多くを占めていた。_この店にやってくるということは、決して普通の "ひと" ではないということが解っていても彼女の姿はあまりに幼く普通に見えた。
『彼女はすずちゃん。座敷童子だよ。』
少女の顔面に簡易的な氷嚢をぎゅむと押し当てながらマスターが告げた。氷嚢の奥からは『ぐむ!』と錆びた鉄が擦れるような音がする。
『座敷童子…。』
呆けた様に奈緒がぼそりと反芻する。
『エニスやエギルさんみたいな西洋風の神秘を目の当たりにしてたから、すずちゃんみたいな純和風な子にはまだ慣れないよね。』
マスターは苦笑いしながら氷嚢をゴシゴシと少女の顔面に擦り付けて言った。
『いや、思いっきり白エンパイアワンピに赤バレエパンプスなんですが。』
『ざ、ざしきわらしでも…おしゃれはしたい…から…。』
『そ、そっか…。』
今時の妖怪はハイカラさんなんだなあと、ぼやっと考える奈緒。
マスターの手当てから逃れ、野良猫の様に間合いを図りながら伝える少女。
床で寝ているエニス。
混沌がそこにあった。
座敷童子だと説明された子は小学生の低学年ほどの身長に、座敷童子のイメージであるおかっぱ頭というよりはボブカットに近い髪型。髪色も濡羽色ではなく明るいピンクブラウンに近かったことも奈緒の困惑をさらに加速させた要因の一つだった。
店内に流れるチープな音質のアニメのオープニングに、気まずい雰囲気が寄り添って店内は一層摩訶不思議な雰囲気に包まれていた。
しかしここ、【Cafe Artemisia】にはそんな空気を一撫でで切り捨てることができる剣客が存在する。
『いやーすずちゃん!なんともお久しぶりですねえ!!!お久しぶりのハグはいかがですか!?今ならなんとサービスでほっぺすりすりもお付けしますよ!!!』
今まですやすやしていた当店1の看板娘を自称する魔法使い見習いが、ファッショナブル怪奇少女に突進しながら喚き散らかした。
『ひっ。』という怯えた声と共に、迫り来るスピーカーを拒む様に出された少女の掌底が、しっかりと魔法使い見習いの顎を捉えた。
思いがけず、偶然、偶々、決して図らずも。である。
どしゃっという音と共に崩れ落ちる魔法使い見習い。二度寝である。
残心を取る少女。『一本。』遠くからそんな声が聞こえた気がした。
『はい、すずちゃんおまたせ。いつものね。』
いつの間にかマスターが大きなジョッキにオレンジジュースを注いでおり、それをカウンターに滑らせながらそう語った。
『えっ!?このまま進むんですか!?』
目まぐるしく変わる状況に奈緒は目を白黒させながら声を枯らした。
『この店ではいつものことだからね。奈緒ちゃんもすぐに慣れるさ。』
フライパンに火を入れながら何のことはないようにマスターは告げた。
残心を崩さなかった少女もマスターの声を聞いて『わあ!』とカウンターの椅子によじ登る。
奈緒は彼女の傍に控え、様子を観察し始めた。
ぷらぷらと揺れる足がなんとも可愛らしいが、先ほどまでのキレのある戦闘が脳裏から剥がれ落ちることはなかった。
小さな両手で大きなジョッキを抱え、こくこくと嬉しそうに飲んでいる少女を横目にマスターが語り始めた。
『さっきも言ったけど、この子は座敷童子。妖怪、になるのかな?日本各地に似たような伝承がある超メジャーな存在だから奈緒ちゃんも知ってはいるよね?』
『それは…まぁ。』
『よろしい。ケルトやなんかではブラウニーとかが近いと思うんだけれど、座敷童子は見た人が幸福になるって話が良くあるんだ。このお店もまさしく彼女によって守ってもらってるものの一つなんだ。』
悪戯っ子ではあるけどね、と付け加えながら器用にフライパンを動かすマスターに、ほーと奈緒は声を漏らして、件の少女を見遣る。座敷童子と説明された子はオレンジジュースのジョッキから手を離さぬまま、マスターが作っている品を今か今かと待ち侘びていた。
『奈緒ちゃんが初めてこのお店に来てくれた時に、このお店は君にとって冒険の様なものだが危険なことはないって話をしたよね?本来これほどに神秘が集う場所では各々の特性がぶつかり合って摂理が歪みかねないらしいんだけど、それを上手にコントロール出来ているのはこの子が齎してくれる幸福が一因なんだよ。残念ながら、僕にはその仕組みまではわからないけれどね。』
優しい目で小さな女の子を見つめるマスターの台詞には実感が篭っているように奈緒は感じた。
『すごいんだね、すずちゃん。』
思わずというか何というか、奈緒は自然と座敷童子の少女の頭をゆっくり優しく撫でていた。
出会ってから幾許も経っていないにも関わらず、先述した通り見た目が小さな女の子であるからか神秘の類だと解っていても不思議と意識はしていなかった故の行動だった。
急に横から頭を撫でられた少女はびくっと体を跳ねさせたが、気恥ずかし気にしながらもされるがままにそれを受け止めた。
体はフライパンを動かすマスターから目を離さず、視線だけを奈緒に向けて、ころ…と零した。
『おねえさん、きゅうにはずかしい…。』
少し顔を俯かせてちびちびとジョッキに口をつける少女が奈緒には可愛く思えて、サラサラとした髪を撫でるのをは止めることができなかった。
幾らか時が過ぎた頃、奈緒ははっと我に帰りその手を離し、『ごめんね。』と苦笑混じりに告げる。
離れていく手を少し名残惜しそうに眺めていた少女だったが、コトンと言う音と共に目の前に置かれた皿の鼻腔を擽るバターの香りに意識を奪われた。
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