カップに一匙の魔法を   作:せきな

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別に書き溜めがあるわけではないですが、書けるうちに書いておきます。




2 Magical magic

『改めて、ようこそ【カフェ アルテミシア】へ。僕は一条 真、一応この店のマスターをやらせてもらってるよ。』

 

男性は手を差し出したままこう続けた。

奈緒は状況を把握しようと努めながらその手を恐る恐る取り立ち上がった。

 

『驚かせてしまってすまなかったね、エニスは少々お転婆が過ぎる。僕も何度も注意しているんだが一向に聞く様子が見られなくてね。』

 

男性は少し長めで軽くウェーブのかかった黒髪をがしがしと掻きながら困ったように笑って言った。

 

『えっと、大丈夫です。少し…って言うか結構びっくりしましたけど…。』

 

奈緒は先程の出来事で乱れていた呼吸を整えながら椅子に座り直し、少々引きつった笑みを浮かべて返す。

 

『少々奥に入っていたからお客様がいらっしゃったと気づかなかったよ、本当にすまない。…よし、今日のところはエニスの奢りにしよう。好きなものを好きなだけ、頼んでくれて構わないよ。』

 

大変良い考えを思いついたとばかりに両手をぱんと鳴らし、見とれてしまうような微笑みを浮かべて男性は言った。

 

『そんな‼︎ 酷いですよマスター!さっきも言ったじゃないですか!不慮の事故なんですって!ほら!久しぶりのマトモなお客様だったんですから忘れてしまうのも無理ないんですよ!』

 

また女性の焦ったような声が聞こえる。体感的にはすぐ隣にいるようにすら感じられているというのに、全く姿が見えず周りを見渡してしまう。

 

『正直君の弁明はどうでも良いのさ、エニス。お客様に謝罪するのが先ではないかな?給料をコーヒー豆にされた上、賄いを茶葉にはされたくないだろう?』

 

おそらくマスターと呼ばれたであろうこの男性はカウンターの方へと歩いて行きながらそう言った。

 

『うえー、了解でーす…。』

 

声が聞こえ、瞬きをした瞬間だった。自分が座っている二人がけの席の向かい側、そこに申し訳なさそうな表情を浮かべた女性が座っていた。

 

綺麗な人、と驚きよりも先に奈緒は思った。床につきそうなほど長いプラチナブロンドの髪に吸い込まれそうな大きな碧色の目、目鼻立ちがしっかりしていて可愛いとも綺麗とも言える。例えるならば外国製の人形のよう、だろうか。外人さんにしては日本語が上手だからハーフかもしれない。

 

『えーっと、ご紹介に預かりました!エニスです!』

 

十人いれば十人とも見惚れるような笑顔で不釣り合いにもサムズアップをした彼女はそう言った。

 

『エニス。』

 

『ごめんなさいごめんなさい!ちゃんとしますから!』

 

カウンターでカップを磨き始めたマスターの睨みつけるような視線を受けて、彼女はわたわたと両手を目の前で振りながら謝罪する。

 

『あのー、えっとそのーなんと言いますか、申し訳ありません…でした。』

 

顔は俯いたまま、目だけで奈緒の方を申し訳なさそうに時折ちらちらと見ている。巷の男性ならばこの仕草一つで骨抜きになってしまうだろうと奈緒は思った。

 

『気にしないでください。それにしてもすごいマジックでしたね。どういうトリックなんですか?』

 

驚いたのは事実だが、別に怒っているわけではいなかったので微笑んで謝罪を受け取る。それよりも先程の手品のタネの方が気になって奈緒は尋ねる。

 

『…マジック?』

 

まるでそんな言葉を今まで聞いたことがないかのように彼女は首を傾げて言った。

 

『とりあえず、だ。お客様もエニスもウチがカフェだという事をすっかりお忘れのようでございますね。エニスの奢り云々はともかくとして、本日のお代は結構だよ、お客様。お好きなものをお好きなだけご注文なさると良い。断るのは無しでね、その代わりにご贔屓にしていただけると嬉しいな。』

 

気がつくとマスターがすぐ隣に立っていて、ウィンクをしながらテーブルの上に置いてあったメニューの表紙を指でトントンと差してそう言った。先ほど笑顔を見た時も感じたが、こういった明るい仕草が非常にこの人に似合っているしミステリアスさも醸し出していると奈緒には感じられた。

 

『え、えっとありがとうございます。』

 

申し訳ないと少々感じながらも、せっかくの御厚意だ、受け取らせていただこうと思い直す。先程のマジックで驚かされたことを差し引いてもこの店は既に奈緒にとって大変いい雰囲気で好みだし、ここには何度も足を運ぶことになるだろうと考えながらメニューを開く。

 

『オススメはですねー、これ!3種のベリーのタルト!あとはですねー!あ、これ!うーんどれも美味しいんですけどねー!迷っちゃいますねー!あ!これも美味しいですよ!』

 

対面に座ったままのエニスが身を乗り出してメニューを指差しながら教えてくれる。椅子に膝を立てており、パタパタと足を動かす様子が子供っぽい。しかし出会ったばかりにもかかわらず、非常に申し訳ないが彼女に大変似合っていた。

 

『こら、はしたない。それにお客様の邪魔をしないの。そろそろお客さん方が見える時間になるよ。ほら仕事仕事ー。』

 

いつの間にか後ろに立っていたマスターがまるで猫を掴むみたいにエニスの首元をぐいと掴んで軽く持ち上げる。

 

『ぎゅえっ!ひどいですマスター!でももうこんな時間ですか!さーて働きますよー!』

 

ぱっと柱時計を見たエニスが元気よく立ち上がり、カウンターの奥へと鼻歌を歌いながら駆け込んでいくのを見送ってマスターは溜息をついた。

 

『はぁ、申し訳ないね。ゆっくり考えられもしないだろ?』

 

『あはは。えっと注文なんですけど、マスターさんのオススメのケーキと紅茶でっていう風にできたりしますか?』

 

メニューを見た限り、紅茶やコーヒーの飲み物、ケーキなどスイーツ、他にも料理の種類もかなり豊富なようだった。

だからこそ、ここで初めて頂くものはマスター本人の一押しにしたいと奈緒は思った。

 

『かしこまりました。少し待っててね。』

 

マスターはまた柔らかく微笑んでカウンターの奥へと向かっていった。




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