カップに一匙の魔法を   作:せきな

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4話です
駆け足でプロローグ終わらせたい。




4 風の便りに

 

 

ドアベルがチリンチリンと鳴り、飴色の扉がゆっくり開いて閉まる。

心地よい風が春の香りを連れて、さぁっと店内に吹き込んで来る。

 

『いらっしゃい。今日は随分と珍しいものを頼むんだね。』

 

マスターが誰かに声をかけているようだ。しかし、入り口付近には人影なんて見えやしない。それにもかかわらず、マスターは当たり前のようにコーヒーを淹れ始めた。

 

マスターの所作を観察していると、カウンターの奥からエニスがまたカートを押して出て来た。その上には入れ直した紅茶の入ったティーポットとカップ、ミルクと砂糖のポットが乗っていた。

 

『いやーすみません!お待たせしましたー!じゃあ今度こそアッサムでーす!ミルクの量はお好みで、お砂糖もご自由にどーぞ!うーんそろそろアップルパイが焼ける頃ですかねー…あっ!アップルパイは奈緒さんの所ではないですからね!あちらのお客様のですからねー!』

 

たはは、と笑いながら頭を掻く、人差し指を顎に当て首を傾げながらうーんと考える、わたわたと両手を動かしながら説明する。入店してからこの少女は発言よりも彼女のジェスチャーの方が情報量が多いように感じられて、自然とくすりと笑みが溢れた。ふとあることに気付き、尋ねる。

 

『え?注文なんていつ聞いたの?』

 

『そりゃあもちろん風の便りに聞いたんですよ!あ、紅茶のお代わりは自由ですからね!欲しい時は言ってくださいね!』

 

当たり前のようにそう言ってにこりと笑い、カウンター裏へと戻っていく。少しして、今度は丸いお皿にアップルパイが乗ったトレンチを掲げて出て来て、マスターがコーヒーを置いた席に置いてからこちらへ戻り、また当然のように奈緒の正面に座った。

焼きたてなのか湯気が立っているアップルパイからシナモンの香りがふわりと奈緒の元にも届いた。

 

 

『マスターさんもエニスも何で誰もいない席にコーヒーとアップルパイを置いたの?』

 

『いやいや!座ってらっしゃるじゃないですか!あの人はウチの常連さんなんですよー!』

 

奈緒の単純な疑問にエニスはきょとんとした表情を見せた後、当たり前のことを言うように笑いながらそう言った。

 

奈緒がコーヒーとアップルパイが置かれた席の方を向く。いくらを目を凝らして見ても湯気がゆらゆらと立ち上っているのが見えるだけで、人の姿は見えやしない。

 

『誰もいないよ。』

エニスへと向き直ってそう告げる。

 

『いやいや!いますって!もっかい良ーく見てくださいよ!』

 

カウンターの方を見る。

無い。皿の上に存在していたはずのアップルパイが消えている。

 

『…え?』

 

『ね!なかなか古風な御格好ですよね!』

 

『いや、いやいや。そうじゃなくて!アップルパイは⁉︎』

 

『え?いやいや、さっき食べてましたよ!相変わらず食べるの早いですねー!太っちゃいますよー!あっお帰りですか!ありがとうございましたー!』

 

さあっとまた心地よい一筋の風が店内を駆け抜ける。シナモンの香りが奈緒の前を通り過ぎ、ドアが自然に開いてベルが鳴る。

立ち上がりながらエニスはそう言って、ドアの方まで歩いて行きお辞儀をした。

 

『奈緒ちゃん。何が何だかって顔してるね。』

 

マスターが皿とカップを片付けながら笑って言った。

 

『…私疲れてるんですかね?あれ、自己紹介しましたっけ?』

 

最早何が何だかわからない。これも手品の類なのだろうか。ひょっとしたらこのお店は手品カフェみたいな斬新なスタイルのお店なのかもしれない。名前を既に知っているのもエニスと話しているのが聞こえたのかもしれない、など様々な思考がぐるぐる巡る。

一先ず落ち着こうとエニスが持ってきてくれた紅茶に手をつける。カップやポット類は白地にピンクの薔薇と葉の統一感のある装飾が施されていた。

一口飲むとほのかに香る紅茶本来のカラメルのような香りとミルクのコクが合わさって口の中で膨らんでゆく。鼻に抜ける香りが少しだけ気持ちを落ち着かせてくれた気がした。ふぅと一息つくと、マスターが奈緒に話しかける。

 

 

『懐かしいなあ、僕も最初はこんな感じだったのか…。まあ見えなくて当然だよ。初来店だものね。あぁ、名前だったね。名前は風の便りで聞いたのさ。後これ、お店の名刺ね。良かったら持ってて。』

 

顎に手を当て、何やら感慨深そうに遠くを見つめたあと『ふむ』と頷くと、マスターは名刺を奈緒に手渡しそう言った。また風の便りかと思って苦笑いをしていると、彼は言葉をさらに続けた。

 

『もう暫くゆっくりしていくと良いよ。この店での時間は随分のんびり屋でね。』

 

そう言ってカウンターへ戻ろうとして、思い出したように振り返った。

 

『ああ、これもさっき風の便りで聞いたんだけどね。君みたいな子が来てるのを珍しく思って、他の常連さんにも伝えちゃったらしい。だからこれから少々人?が来るだろうけど、怒らないでくれると嬉しいな。』

 

申し訳なさそうに指で頬を掻きながらマスターが言ったとほぼ同時に、ドアが開いてベルが鳴った。

 

足音が聞こえる。背格好の逞しい人なのか、その音は大きい。

 

『あぁ、もう着いたのか。店の外の時間はせっかちで困るね。はーい、いらっしゃい。』

 






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