第5話です。よろしくお願いします。
夢を見ている。そう思った。いや、そう思わずにはいられなかった。
『いらっしゃい、エギルさん。今日は随分と早いじゃないか。風の便りに聞いたのかい?』
『よぉマコト、しばらくぶりだな。つってもどれだけぶりかはわからねえけどな。カゼノが楽しそうに言って回るもんだから、みーんな挙って来ちまうじゃろうよ。』
『カゼノさんが来た時点でそうなるだろうとは思っていたよ。ご注文は?』
『とりあえずいつものブレンドを頼む。死ぬほど熱くて真っ黒なやつをな。』
『かしこまりました。お好きな席にどうぞ。』
そう言ってエギルと呼ばれた男性は持っていた脚立を使ってカウンターの席にドスンと腰掛ける。
小さい。顔立ちは成人男性の様で口元を覆う様に長い髭を蓄えている。しかし小さいのだ。背丈は彼が腰掛けているカウンターチェアより少し高いくらいで小学校低学年程度だろうか。そしてもう一つ、彼のボサボサの頭には牛とも羊とも言えないような、つまり、奈緒の持ち得る知識では言い表せないような雄々しい角が二つ生えていた。
奈緒はぽかんとした表情で彼を見ていた。すると彼もその視線に気がついたのか椅子をぐるんと回して彼女と向き合った。
『よぉ、嬢ちゃん。どーしたそんな阿呆みてえなツラ下げやがって。ドワーフがそんなに珍しいか?』
彼は長い髭を撫でてニタァと笑い、嗄れた声でそう言った。
『ド、ドワーフ?』
『おうとも。このエギル様にかかりゃあ直せねえもんなんて無いじゃろ。ドワーフ界一番の鍛治職人にしてアルテミシアの常連とは俺のことよ。』
カッカと豪快に笑って言った彼に、マスターがニヤリと笑って返した。
『そんなエギル様もウチの柱時計は一人じゃ直せないらしいがな。はいよコーヒーお待たせ。』
『半分は俺の仕事だ。だが後の半分は鍛治職人の出る幕じゃねぇだろう。ありゃあ紫水晶の婆さんの仕事だよ。』
むすっとした表情でコーヒーを受け取りながらエギルが言い、一口飲んで『あぁ、やっぱり仕事の合間にゃこいつが良い。』と独り言を言う。
『ナオさんナオさん!紅茶のお代わりいかがです?』
『あっ、うん!頂きます。』
間が良いのか悪いのか、ティーポットを持ってひょっこり現れたエニスが次の紅茶を注いでくれている間に彼女に尋ねる。
『えっと、あの人は?』
『あぁ!エギルさんですか!あのお方はこのお店の柱時計とか家具とか金物とかを直してくれるすごいドワーフさんなんですよ!普段はああしてあっっっついコーヒーを飲んでらっしゃいますが、偶に、夜にエールの樽を持って来て、マスターや他のお客様と飲んだりもしていらっしゃいます!』
『ウチはあくまでこの時間はカフェがメインだからね。お酒は出さないのさ。』
『全く面倒なルールだよなあ。それでも夜は普通に酒出すし、この時間でも持ち込みは許すってんだからマコトは懐が広いぜ。料理も絶品だしな。』
三人ともニコニコと笑って言葉を繋いでいく。楽しそうだなあと思うが、奈緒には未だ気になることがあった。
『あ、あとカゼノさん?というのは?』
『さっきから僕らが言っている風の便りだよ。よく言うだろ?風の便りに聞くとか。どこからともなく伝わってくる噂話だよ。風聞とも言うね。あの人は風の使いさ。』
なにを言っているのかわからない。それでも当たり前のように言うマスターにさらに尋ねるのは憚られたので、もう一つ尋ねる。
『ド、ドワーフというのは…?』
恐る恐る尋ねると、エギルは目を見開き驚いた様な表情を浮かべ、エニスとマスターはああと小さく零した。
『なんだい、嬢ちゃん。本当にドワーフを見たことがないってのか?』
『すっかり忘れていたよ。僕もだいぶ毒されてきているな。エギルさん、この子はおそらく僕と同じ様な出身のはずだ。』
『いやー最近奈緒さんみたいなまともなお客様がいらっしゃってなかったですからねー!』
『ああ、それなら納得だ。初めてマコトに会った時はそりゃあもう笑えるもんだった。』
『私と初めて会った時も絶叫してましたね!マスターさん!今でこそクールな感じでかっこいいですけど!』
『エニス。』
『ごめんなさい!言い過ぎました!』
流れるような一連のやりとりの後、ふぅ、と一息ついてマスターが説明してくれる。
『ドワーフっていうのは…説明が難しいな。このエギルさんのような見た目の人たちで、鍛治が得意なんだそうだよ。あと僕らに比べて長命の方が多いんでしたっけ?そんな感じの人たちだよ。』
『な、なるほど。』
『あとは…うん、何かの縁だ。この店について話しておこうか。この店はね、どこにでもあって、どこにもない。…おや、訳が分からないと言う顔をしているね。まぁいい、続けよう。ここには、色々な所からふらっと色々な人がやってくる。ここへやってくる君のような人間なんて一握りだよ。エギルさんみたいなドワーフ、エニスみたいな魔法使い、他にも妖精やら怪物やら…果てはさっきのカゼノさんみたいなわけのわからないのまでやってくるのさ。』
奈緒は突拍子も無いマスターの話を聞いて頭にいくつもクエスチョンマークをぶら下げぽかんとしている。
マスターはそんな奈緒の様子を見て苦笑いし『失礼』と一言、胸ポケットからタバコを取り出し火をつけた。
『おいおい、客がいるのに喫煙たあ良い度胸じゃねえか。』
『許してくれよエギルさん。今度良い酒奢るからさ。』
エギルはそれを聞いてフンと鼻を鳴らし、続けるよう促す。
『ここは本来、日本のとある路地のドアから、つまり君の入ってきたドアからしか入れないはずだったんだけど、最初に来たお客様が何やらしでかしてくださったらしい。おかげで今やこのお店はモンスターハウスだよ。話している言葉も僕やエニス、エギルさんも皆恐らく違うだろうに何故か通じる。』
『そもそもどうしてこの嬢ちゃんはこの店を見つけられたんだ?お前さんは名刺があるが、随分前からお前の故郷のドアは逆に閉まっちまって新しい客なんぞ来やしなかったんじゃろう?』
ズズッとコーヒーを啜りながら、エギルがマスターに尋ねる。
『それは僕にもわからないよ。月の女神様が何かイタズラしたのかもね。』
『このカフェの店名になってるという女神様ですか!是非お会いしてみたいものですね!』
小さなお客様の質問にマスターは苦笑いをしながら返し、エニスは両手を胸の前で組んでぴょんぴょんと小さく跳ねた。マスターはさらに続ける。
『っと、すまない。話が逸れたね、このお店は先程も言ったようにどこにでもあってどこにもない。君が入ったドアから人がやってくるのは随分久しぶりだから忘れていたが、入ったとしても他のところからやって来たお客様が見えることはないんだ。カゼノさんが見えなかったのはそういう事だね。』
『私にはこのお店の神秘は効きませんよー!お師匠様様です!まぁ話を戻しますがお互い見えないお客様同士を繋げる唯一の鍵があります!それがその名刺なんです!』
そう言ってエニスは奈緒の手元を勢いよく指差す。名刺は夜のように真っ黒な紙に金色で店名と月のモチーフが描かれているだけのシンプルなものだ。
『俺達ぁこいつを持ってここに来たいと願う、そんでどこでもいいからドアを開けりゃあこの店に繋がるっちゅーわけだ。詳しいことは俺も知らん。紫水晶の婆さん____つまりこの小娘の師匠かその最初の客とやらにでも聞くんじゃな。尤も、あの2人が正しくこの現象を理解しているとも思えんがな。』
エギルが店に入る方法を説明するが、奈緒には未だに信じられるものではない。理解しようとしても、彼女の持つ常識と大きくかけ離れているからだ。情報を整理しようと思考を巡らせているとマスターがふと言う。
『この店には普通のカフェみたいな安らぎはない。けれど退屈もしない。本当にいい店だと自負してるよ。』
嬉しそうに目を細めてマスターはそう言った。彼の言葉には自信があった。奈緒にはその原理を理解することができなくとも、この店は確かに存在している。たったそれだけの事実と、マスターの言葉で彼女が考えていることがすとんと胸に落ち、頭がスッキリとするようだった。
『お客様方もお支払いが良いですしね!給料も良いので万々歳です!』
『エニス。』
綺麗に締まったとおもった矢先にこれである。しかし、誤魔化すように笑うエニスを見ていると彼女もこの店のことが大好きなんだと解る。
『皆さん、このお店が大好きなんですね。私も今日初めてお邪魔しましたけど、すっごく良いお店だと思います。これからご贔屓にさせてもらいたいです。』
正直彼らが何の話をしているかは奈緒にはさっぱりといった様子だが、雰囲気だけは伝わった。
皆がにこりと微笑み、和やかなムードが店内に漂う。しかしそれをエニスが勢いよくぶち壊した。
『あ!はい!エニスが良いことを思いつきましたよ!』
『どうせ碌でもねえ。聞くだけ無駄だ。』
エギルさんが顰めっ面を隠さずに言う。
『まあまあ!聞くだけタダですし!悪い話でもないと思うんですよー!ナオさんにもマスターにも!』
私にも?と奈緒は疑問に思う。せっかく纏まりかけていた思考がドボンとまた深みへと落ちていくようで、彼女にはエニスの提案と自分への関連性が見出せずにいた。
エニスはこほんと咳払いをしてこう提案した。
『ナオさん!ここで働きましょ!』
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