お久しぶりです。
消えた書き溜めに思いを馳せながら書きました。
楽しんでいただけたら幸いです。
『ちゃんとある…。』
夢のような出来事から一夜明けた日曜日の朝10時。奈緒は昨日と同じ飴色のドアの前に立っていた。
『本当に夢じゃなかったんだ…。』
ドアにかけられた黒色の看板に描かれた金の文字が太陽の光に照らされてキラキラと反射していた。
昨日貰った名刺もきちんと持ってきた。
昨日の話を聞く限りこの名刺がなければお店には入れないということだったがどういう仕組みなのだろうか、とぼんやりと奈緒は考える。
『いや考えてもわからないか、どうせ魔法だし…。』
昨日の出来事や店の人との会話を思い出し、奈緒は思わずくすりと笑ってしまった。
きっと自分も既に魔法にかけられているのだ。
微かに震える右手で真鍮のドアノブを掴み、ゆっくりと回して引く。チリンチリンとなるドアベルの音とともに、ドアの奥から眩い光が漏れだしてくる。その光に目をくらませながら足を一歩踏み出す。さらりと心地よい風が頬を撫でた。
光が収まるとそこには昨日と同じ光景が待っていた。
店内に流れる落ち着いたジャズ、ゆっくりと回るシーリングファン、そしてこちらを見て暖かく微笑む魔法使い見習いの顔があった。
『おはようございます奈緒さん!今日からこのお店の仲間として、よろしくお願いしますね!』
店内の掃き掃除をしていただろう彼女は箒をカウンターに立てかけ、花のような笑顔でそう話しかけた。名はエニス・ベルトワーズ。昨日話を聞いた限りでは有名な魔法使いの弟子らしく、この店で奈緒が受けたセンセーショナルなお出迎えの原因でもある。
『おはよう、エニス。こちらこそよろしくお願いします。』
奈緒も彼女の笑顔につられ自然と頬が緩んでいた。
『おはよう嬢ちゃん。随分と早いお出ましじゃの。』
後方斜め下から聞き覚えのある嗄れた声が聞こえる。声の主は昨日17年生きてきて初めて出会ったドワーフのエギルだった。小さな体躯に顔を覆うような髭、そして頭から飛び出た2本の角がチャームポイントのこの御方。奈緒は出会って2日目にして何故か少し慣れてきた自分の適応力が恐ろしかった。
『おはようございますエギルさん。いつもこの時間に?』
『おはよう奈緒ちゃん。まさかそんなことはないさ、この人がこの店に来始めて朝一での来店は初の快挙だよ。きっと君が来るのが楽しみだったのさ。』
カウンターの奥からクスクスと笑いながら話すこの男性はこのお店のマスター、一条 真さん。なんてことはないただの人間だよと昨日は言っていたけれど、他の2人を見ているとなんだかこの人も不思議な力があるのではと勘ぐっていた。
『さて奈緒ちゃんも無事に来れたことだし、早速だけど制服に着替えてもらえるかな?時間はたっぷりあるけれど、善は急げと言うしね。』
ぱちんと茶目っ気のあるウィンクをしてマスターがそう告げた。エギルがオエッと声を上げたのをBGMに、エニスに背を押され奈緒は更衣室へと入っていった。
『じゃじゃーん!!!!どうですどうです!とっても似合っているでしょう!?』
数分後、制服に着替えた奈緒のお披露目会が
ここ【Cafe Artemisia】のホールでは執り行われていた。
少し恥ずかしそうに頬を掻き、はははと笑う奈緒に、男性2人はほうと声を上げた。
『良いじゃないか、とっても似合っているよ。ねぇ、エギルさん。』
『全くだ。この阿呆女にも見習ってほしいもんじゃな。』
二人からの評判は上々な様だった。
『あー!!!酷いこと言ってますこの人!!!魔法でさらにちっちゃくしますよ!!』
『お前さんはその魔法を自分にかけちまったから脳味噌がちっちぇんじゃろうなぁ。』
『許すまじ!!!!!』
エギルの軽口にエニスはぷんぷんと口で言いながら怒ってますとアピールをする。エギルはニヤニヤと笑って、奈緒に告げる。
『こいつは阿呆だが、給仕に関しては悔しいが一流だ。困ったことがあったら何でも聞きゃあいい。』
『エギルさんそう言うのは僕の仕事だよ。』
困った様に笑ってマスターは言い、それじゃあと言葉を続けた。
『研修を始めようか。お仕事の説明をするからね。メモの準備はいいかい?』
奈緒はその声に、エプロンのポケットに仕舞い込んでいたメモ帳とペンを取り出してマスターの言葉に耳を傾けた。
『注文を聞く、届ける、お会計をレジに投げる。よし、完璧だね。研修終わり!』
『えっ。』
『えっ?』
店内には軽快なスウィング・ジャズが流れている。それが一際耳に届く程の静寂が、奈緒に寄り添った。
思わず周りを見渡せばエニスはぱちぱちと手を鳴らして『研修お疲れ様でしたー!』と褒め称え、エギルはクールに笑いながら拳を奈緒に突き出している。
バイト初日、奈緒はおそらく世界最速の15秒で研修を終えた。
『さ、まもなく開店の時間だね。折角だから奈緒ちゃん、エギルさんに初接客をしてみようか。エニスはテーブルセットをしておいてくれ、この前みたいに魔法でお皿に足を生やしたら許さないからね。』
『いやーあの時はサイコーでしたね!!自分で歩いてくれると思ったのにポジション争いでお皿同士が蹴り合い割り合いになるとは!!!!って痛い!!!』
エニスが笑って言うとマスターは軽くエニスのおでこにデコピンをした。
当たり前のように開店準備が進み出す。
信じがたい会話も聞こえた気がした。奈緒が困惑してエギルを見ると『じきに慣れる』と当たり前のことのように欠伸をしながら言ったのだった。
『えっ、本当に研修終わりですか?』
『まぁお仕事内容は普通のカフェと一緒だからね。奈緒ちゃんがよく行くカフェの流れやエニスの応対を思い出してやってみよう。困ったらエニスが指示もちゃんとくれるだろうし、大丈夫だよ。』
『普通のカフェと同じ…。』
『よし、初接客はじめるよー。』
よーい、スタート。とマスターは言い、エギルもカランカランと口でドアベルを奏で歩いてくる。
奈緒はこれまでで気づかなかっただけだが、この2人は相当性格が悪かった。
読んでいただきありがとうございます。
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