文字数が大分嵩んでしまいました
お話を上手に切るのって難しい
『いっ、いらっしゃいませ…。何名様ですか?』
『なんじゃい。他に連れがいるようにみえるのか?それともあれか、わしが____ 』
『はい、ストップー。』
『わかってましたけどエギルさんが最初のお客様は酷じゃないですかね!!』
マスターの一言により、流れるように奈緒はエギルと共に接客の練習をすることとなった。
『エギルさん。練習なんだからもっと優しいキャラ作りをしてよ。奈緒ちゃんの心が折れちゃうじゃないか。』
『ドワーフ界じゃ普通じゃぞ。』
苦笑いでエギルに向かって言うマスターに、かのドワーフはキョトンとした顔でそう答えた。
奈緒はこれからのことを思うと頭が痛み、はははと渇いた笑いが溢れた。
後ろではエニスが『クソコミュニティですね!!』と感心している。彼女の側のテーブル上では、フォークとナイフがこのテーブルの利権を巡って議論が繰り広げられているところだった。
『奈緒ちゃん、難しく考えなくていいんだよ。常識に囚われたままじゃ、このお店では通用しない。』
マスターがふわりと微笑み、少し休憩しようと言ってコーヒーを淹れ出す。
その後、エニスの方へ視線を向けて言った。
『エニスを見てごらん。勿論彼女は魔法使い見習いっていう特殊な __ 職業と言えるかはわからないが…__ 身の上だけれど、あの子の良いところはもっと別のところだと僕は思うんだ。』
奈緒は現在進行形で一触即発な雰囲気のカトラリー達に向かって、本当の敵は別にいるのではないかと投げかける少女を見る。
エニスと初めて会ったのは昨日。ほんのわずかな時間しか共にしていないのに、確かに彼女に気を許しているのを奈緒は感じていた。
『あの子はよく魔法でうちの店をボコボコにしてくれるんだけど、悪気があって…いや悪気はあることもあるんだけれど、別にうちを潰したいとかそういう訳じゃないのさ。』
マスターはそう言うと奈緒へ淹れたコーヒーマグを差し出し、タバコに火をつけながら続ける。
『彼女の行動の根底にあるのは、お客様への思いなんだよ。このお店での時間を、それこそ時間を忘れるほどに楽しんで欲しい。その素敵な時間を、自分の魔法でより素敵なものにってね。』
だから憎めないんだよね、とガシガシと頭を掻き、マスターは困ったように笑いながらそう言った。
昨日、自己紹介をした時の見惚れるような笑顔を思い出す。
今日奈緒が胸の躍るような気持ちと不安を半分ずつ抱えてこの店の扉を開いた時も同じ、太陽のような笑顔で迎え入れてくれた。
『御伽噺の魔法使いみたいだよね。お姫様のために魔法で夢を叶える様に、彼女は誰かに素敵な時間を過ごして欲しいから魔法を使う。それだけって言っても、簡単にできることじゃない。本当なら自分のためにだけ使ったっていいんだもの。』
『誰かのための魔法…。』
『ちなみに奈緒ちゃん、君にだってすぐに使える魔法があったりするよ?』
『え?』
突然のマスターの発言に、奈緒は少し驚いた表情で彼を見た。そんな様子を見てマスターはクスクスと笑ってタバコの火を消した。
『お客様のことを考えて接客する。お客様がどうすれば素敵な時間を過ごせるかを考えて行動する。それだけのことさ。料理が美味しいとか、店内が清潔で綺麗とかも勿論ある。でも居心地がいいとか、お店の雰囲気を作るのは、接客する我々の対応が大きい。お客様がこのお店で幸せを感じてくれたのなら、君の魔法もその中に混じっているんだよ。』
『私の魔法…。』
マスターの淹れてくれたコーヒーに口をつける。ほのかな甘い香りに、薄らとした柑橘のような酸味。奈緒にとって飲みやすく感じるその味。これも彼の言う魔法の1つなのだとふと思った。
『初めは勿論難しいだろう。なんてったって相手は普通の人間じゃないのばっかりだからね。それでも』
マスターの言葉が、少しずつ奈緒の心の中に溶けていく。彼はぽふ、と彼女の頭に右手を乗せて言う。
『奈緒ちゃんにならすぐ使えるさ。』
奈緒は顔を上げて、マスターの顔を見た。柔らかく微笑む彼の琥珀色の瞳は、真っ黒な髪色と相まって、夜の帷が降りた空に浮かぶ星のようだった。
『いや、魔法云々の前に、客をこんだけの時間放置はまずいじゃろ。』
メロウ・ジャズの流れる店内に飛び込んだ一言に、時間が止まる。
白い目で告げたのは、ストップをかけられていたエギルだった。彼は律儀にも立ったまま彼女らのやり取りをひた眺め、練習の再開を待ち続けていた。エニスがカトラリーの仲裁をしている時も、マスターが奈緒にコーヒーを淹れている時も、魔法とはと語っている時も、雨の日も雪の日も嵐の日も、彼はひたすらに黙って立ち続けた。
『…いらっしゃいませお客様。何名様ですか…?』
時間が動き出した。ぎこちない笑顔と辿々しい発音で奈緒が尋ねる。
エギルは朗らかに笑ったあとニタァと顔を歪めてこう言った。
『おうおう、なんじゃあぁ?他に連れが_____ 』
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『よし、練習はこの辺でいいかな。お疲れ様、奈緒ちゃん。エギルさんもね。』
パンパンと手を鳴らしたマスターがそう告げる。カウンターには1人の女性店員と、1人のドワーフが並んで突っ伏していた。
『…お疲れ様でした。』
『お前さん…練習とはいえコーヒー15杯も飲ませる阿呆がどこにいるんじゃ…』
奈緒は疲労から、エギルは満腹感からオエっと声を漏らした。
『まぁこのお店の常連であり、最も面倒くさい客の1人であるエギルさん相手に15回も練習したんだ。他のお客さん相手なんて楽勝だよ、おめでとう奈緒ちゃん。』
『すごい疲れてるのに時間がほとんど動いていないの涙が出ます…。魔法嫌いになりそうです。』
『あはは、時の女神は気まぐれなのさ。きっとこの様子を見ながらクスクス笑っているんだろうね。』
奈緒は少しだけ時の女神とやらに苛立ちを覚えた。しかし疲労感はあるものの、やり切った充足感を確かに感じて口元に少し笑みが浮かぶ。
すると、隣でうぅ…という呻き声と共にエギルが体を起こした。彼は奈緒の方をジロリと見て告げる。
『嬢ちゃんに良いことを教えてやろう。ドワーフっちゅうんは本当に俺が演じたような偏屈なヤツもたっくさんおる。じゃが一度心を許せば気の良いヤツらなんじゃ。誤解はせんでやってくれ。』
彼は少し気恥ずかしかったのか、奈緒から顔をぷいと背けた。なんだかそれが可愛らしくて奈緒はくすりと笑ってしまう。
『なんじゃい、俺の折角の助言を笑いおって。』
背けた顔から彼の不満げな声が聞こえて来る。それもなんだかおかしくって奈緒はクスクス笑いながら答えた。
『いえいえ、助かりました。ありがとうございます、エギルさん。』
『ふん、わかりゃいい。』
そう言って、エギルはのそりと立ち上がった。マスターがくすくすと笑ってエギルに声をかける。
『お帰りですか?エギルさん。今日のコーヒー代は練習に付き合っていただいたお礼として無料ということで。』
『当たり前じゃ阿呆。拷問かと思ったわ。』
ふんと鼻を鳴らして玄関の方へ歩いていくエギルに、奈緒は見送りにその後ろをついて行く。
『また来るわい。嬢ちゃん、頑張るんじゃぞ。』
ドアを半分ほど開けて、首だけ動かしたエギルがぼそりと奈緒にそう言った。
奈緒が返事をする前に、エギルはドアの先の眩い光に飲み込まれて消えていく。飴色のドアがバタンと閉まって、ベルが鳴った。
『奈緒ちゃんはもうエギルさんのお気に入りの人だね。』
15個のカップを洗いながらマスターが笑いながら言う。
『どうなんでしょうか…。』
奈緒は苦笑いしながら答えた。
『あんな楽しそうなエギルさん、なかなか見られないよ。まぁ、まだバイト初日だ。ドワーフがどんな人達なのか、エギルさんが言ってたような人なのかもしれないし、君の目には違うように映るかもしれない。ゆっくり慣れていこう。魔法使いになる準備期間、だね。』
魔法使いの準備期間。奈緒は心の中でその言葉を反芻する。急に魔法は使えない。奈緒はまずはできることを1つずつやろうと心に決める。
『あれ?マスター、カトラリーケースの中がどれも空っぽなんですが。』
ふと目に入ったテーブルセット、どのテーブルもカトラリーケースの中に何もないことに気づいた奈緒がマスターに尋ねる。
マスターも不思議そうに首を傾けている。
『いやー!!!危なかったですねー!!休戦協定を結んだまでは良かったんですけど!!まさかあのフォークがソーサーの傀儡になっているとは!!!あの子たちが協力して立ち上がった瞬間は思わず涙が出ましたよ!!』
バァン!と厨房のドアを勢いよく開けて出てきたのはエニス。手には箒と塵取り。塵取りには粉々になった陶器とズタズタの金属片がこんもりと入っていた。
『エニス。』
『あっ!マスター!!ナオさんの練習終わったんですね!!お二人とも聞いてくださいよ!!スプーンがあれほど憎んでいたはずの _____ 』
『エニス。』
『あっ』
『正座。』
まだ魔法使いにはなれない高校生、小川奈緒のバイト初日はマスターの説教とプレイヤーから流れるビッグバンドをエンディングテーマに終わりを迎えたのだった。
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