悠人たち2班は負傷兵を見送った後、より一層の警戒を行っていた。
悠人はペアである麗奈と共に哨戒任務に当たっていた。
「ねぇ、これって例の爆発の跡じゃない?それと、これって何かしら?」
麗奈が爆発の跡と木々に刺さった黄色と黒の蟲の甲殻のようなものを発見した。悠人はこの甲殻のような物に見覚えがあった。装甲車を使った簡易バリケードに同じ様なものを見た覚えがあった。
「そういえば、これと似た甲殻が装甲車のタイヤにも刺さっていたな。となると、この甲殻を持つ蟲が爆発したと考えるのが自然か・・・。悪いが、このことを分隊の皆に連絡してくるか?俺はもう少しあたりを捜索してみる。」
「分かったわ。」
悠人の指示に従って麗奈が君島へ連絡を取る。
悠人は頑強な甲殻を持つはずの蟲がなぜ爆発したのかを考えていた。あと少しで正解が見つかりそうにもかかわらず、あと少しが見つからないことに苛立ちを覚える。
「連絡したわ。向こうでも少し調べてみるって。」
「分かった。哨戒任務の探索範囲はもう少しで終わりだから、早く終わらせて帰ろう。」
悠人は見つかりそうな答えが分からない、例えば喉に引っかかった小骨のような感覚を覚えながら、哨戒任務へと戻った。
麗奈の報告を受け、君島主導で調査が行われていた。
主に装甲車の被害と爆発距離を考え、爆発の威力と有効範囲の算出などである。爆発の原因が未だに分からない以上、対症療法となるがこれが最善である。
そんなことをしていると、哨戒任務から悠人と麗奈が帰還してきた。
「どうだった?爆発の原因に検討はついたか?」
君島は帰ってきた悠人に詰め寄る。
「爆発の原因自体はまだ分かりません。あくまで自分たちは哨戒任務に出ていただけであって、調査に出ていたわけではありません。ですが、原因になりえるかもしれないことは分かりました。」
悠人は自分は倒した巨大蟷螂のもとへ行く。
「確か、この蟷螂の鎌はヘヴィーライフルでは破壊できませんよね?」
「当たり前だ。12.7㎜弾では傷1つ入らない。」
悠人の問いに君島は何を言っているんだといった感じで返す。
君島の返答を受けて悠人はうなずくと、静かにヘヴィーライフルを巨大蟷螂の鎌に向けて1発撃った。
「何をしている!?貴重な弾薬を・・・!」
悠人の奇行に君島は激昂しかける。
「君島軍曹、これを見てください!」
悠人が巨大蟷螂の鎌を指差す。鎌は砕けており、傷1つつかないはずの強度はなくなっていた。
「どういうことだ?なぜ鎌が砕ける!?あの馬鹿みたいな強度はどこへいったんだ!?」
君島が取り乱す。それは、これまで戦場で積み重ねてきたことが丸ごとひっくり返されたような衝撃だった。
「理由は分かりません。先の戦闘でこいつの鎌を引きちぎって盾にしようと思ったんですが、いとも容易く残った鎌に両断されました。このことから、蟲の絶命時や体から離れた部位は軟質化するのだと思います。この理論が正しければ、巨大蜘蛛やこの蟷螂が自重で潰れたこの説明ができます。」
「しかし、どうやって・・・。」
悠人の理論どおりならば、どのような原理で甲殻を硬化させているのか説明がつかない。
「それがどうしたんだ?甲殻が軟化するのは死んだあとなんだろ?じゃあ、あんまり意味無くないか?」
正樹が深く考えずに尋ねる。
「これは爆発の原因について話しているんですよ。悠人さんはこの蟲の特性が爆発に関係しているのでは、と考えているんだと思いますよ?」
すかさず香蓮が正樹のフォローに入る。
「その通りだ、香蓮。もしかしたら体内に高圧のガスか何かを持っている蟲がいるかもしれない。もしそうなら高圧のガスに甲殻が耐えられなくなって、絶命時に爆発を起したと考えられる。」
確かにそれなら納得がいく。これを確かめることができたら完璧だ。
しかし、蟲についての話はここで終わりとなった。
「滝川です。見たことの無い蟲が複数接近しています。距離250。」
装甲車の上で双眼鏡によって見張りをしていた滝川から通信が入り、先ほどよりも張り詰めた空気になった。
「全員聞いたな!戦闘準備!」
君島の号令で全員がバリケードを効率よく活用できる陣形をとった。
―・―・―・―・―・―・―
蟲の足は遅く、250mの距離をつめるまでに約7分を要した。
木々の隙間を縫うように姿を現した蟲は体長2m50cmほどの甲虫であった。この甲虫の体は黄色と黒の模様があり、爆発地点の近くにあった蟲の甲殻と酷似している。
ここで、先ほどの会話に参加していなかった滝川が1人で飛び出した。
「こいつら、見たこと無い種類だが足が遅い。これなら容易く屠れる!」
至近距離でヘヴィーライフルを撃ちまくる。
そのとき、悠人が以前図鑑で見た虫を思い出した。
「そいつから!!離れろーーーーッ!!」
しかし、悠人の声は届かなかった。
蟲は至近距離で12.7㎜を受け、絶命した。その瞬間大爆発を起し、周りにいる蟲ごと滝川を吹き飛ばした。
日本には、日本列島や北海道、奄美大島。大陸では中国と朝鮮半島に分布するミイデラゴミムシという虫がいる。
この虫は外敵からの攻撃を受けると、過酸化水素とヒドロキノンの反応によって生成した、主成分を水蒸気とベンゾキノンから成る100℃以上の気体を爆発的に噴射し、相手の口などに火傷を負わせる。
黄色と黒の模様の蟲は、このミイデラゴミムシをそのまま大きくしたような蟲だった。その為、上で述べたような高温の気体を噴射することができた。しかし、絶命と共にそれを制御していた頑強な甲殻は軟化し、大爆発を起した。
甲虫の爆発を至近距離でまともに受けた滝川は即死だった。いくらパワードスーツの装甲があるといっても、目の前で爆発されてはひとたまりも無かった。
「大悟!お前の持っているウォーピックであいつらをぶっ飛ばしてくれ!俺と麗奈で奴他の足を切って動きを止める。これ以上近付かれるのはまずい。皆も奴らを殺さないように援護してくれ。」
悠人が今できる最善を考える。その結果、甲虫を動けなくした後に安全なところから殺すという方法に行き着いた。
幸いなことにこの甲虫以外の蟲の姿は無い。
一刻も早く対処する必要があると判断した悠人たちは、戦友の死を受け入れられていない君島の指示を待たずに飛び出した。
「ふん!!」
大悟が巨大なウォーピックを振り回し、甲虫を吹き飛ばす。
飛んでいった先で落下死したのか数度の爆発を起すが、こちらに被害は全く無い。
悠人と麗奈は巨大蟻のときに見せた見事なコンビネーションとナイフワークで次々と甲虫の脚を切り飛ばし、動きを封じる。
「俺たちも続け!!」
悠人と麗奈、大悟に続く形で敏一を先頭にし、分隊の訓練兵たちも飛び出した。
全員訓練を共にし、技術を高めあった仲間同士である。考えていることは言葉を交わさずともなんとなく分かった。それによって、次々に脚を切り飛ばし、遠くへ吹っ飛ばすことによって被害なく甲虫を処理していった。
君島たちが甲虫の処理に加わったのは、ほとんどを片付けた後からだった。
―・―・―・―・―・―・―
「『
白銀の騎士風の鎧に身を包んだ長身の男が呟く。男は戦場が一望できる小高い丘のような場所で観戦していた。
彼の名はヴァルター。白銀の鎧の男は身長約180cm、細身の体ではあるが痩せすぎではなくしっかりと引き締まった身体をしてる。髪は銀の緩やかなウェーブのかかったロングヘアであり、鎧の白銀と銀髪が合わさり美しくさえ見える。顔立ちも非常に整っており、10人中9人は確実に美形というだろう。しかし、彼は人間ではありえない山羊のような捻じれ角は頭の側面から生えている。腰には鎧と同じ白銀の鞘に入ったサーベルを下げている。
「試しに死爆蟲を中央にぶつけてみましたが、流石に2度目ともなると対応してきますか。この世界の『人間』は適応能力が優れているようだ。それとも、対応能力に適した『個』がいたのですかね。」
少し考えるそぶりをするが、彼は次に何をするか決めていた。
「ずっとここで見てるのも退屈ですし、私も少しは体を動かしたいですね。」
今全線で戦わせている蟲を一度下げ、死爆蟲を全滅させた中央に自分1人で戦ってみようと思っていた。しかし、自分はこの地の侵攻を任されている指揮官である。そのため、後の引継ぎはしっかりしないといけない。
「シャドウデーモン!私は少し前線に出ます。副官のフーレスへの引継ぎを任せますよ。」
ヴァルターの陰に潜んでいたシャドウデーモンが主人の言いつけ通り、副官のもとへ向かう。
それを確認したヴァルターは短い縦笛のようなものを取り出し吹く。しかし、音は聞こえなかった。いや、超音波のように人の耳では聞き取ることのできない音が出たのだ。
その後、1歩踏み出し、姿が掻き消えた。まるで
正樹が最後に残った甲虫を森へ投げ込む。そこへ、香蓮がヘヴィーライフルを1発だけ打ち込む。すると、1匹の甲虫に当たり、絶命する。それと同時に爆発が起きる。その爆発に巻き込まれ、他の甲虫も絶命する。結果、1発の銃弾で数十匹の甲虫をまとめて処理できたのだ。
「ふぅ、これでとりあえずは終わりだよな?」
「はい。そのはずです。次の襲撃までは休めますね。」
休むといっても、仮眠をとったりは出来ない。せいぜい腰を下ろして水分補給ができる程度だ。しかし、それでも休息が一切ないよりはましだ。
2班は中央班機械科部隊の救援からずっと働き詰めである。そのため、全員疲労がピークに達していた。
甲虫の処理を終えた正樹と香蓮がバリケード付近に戻ると、ちょうど君島達正規兵が先の戦闘によって戦死した滝川の遺体を回収し終えたところだった。
戦闘には勝利した。しかし、戦死者を出してしまった以上、喜ぶことはできない。
正樹は戦友を失った君島達へ報告するということに抵抗を覚えたため、班長の悠人へ報告しようと2班が集まっているところへ向かった。
「正樹、香蓮。2人ともお疲れ。問題なく終わったか?」
戻ってくる2人に気づいた悠人は2人よりも早く声を掛ける。
「はい。問題なく終わりました。」
「あぁ、終わりはしたんだが、どうも嫌な気がするんだよなぁ。」
どうも正樹は野生の勘のようなものが働く。そして、だいたいこの予感は当たってしまう。
「悠人さん、ちょっといいかしら?」
麗奈も嫌な予感がするといった顔をして悠人をもとへ来た。
「何度も言っているが、呼び捨てでいいぞ?いい加減、呼び捨てで呼んでほしいもんだ。」
「そんなことより、少し静過ぎない?銃声が1つも聞こえないの。ここまで静かすぎると不気味じゃない?」
麗奈の指摘を受け、悠人と正樹は「確かに」といった顔をする。
正樹の野生の勘に麗奈の直感を加え、この不気味なまでの静かさに確信が持てた。
「悠人、少しいいか!?」
君島も感づいたようで、悠人たちを呼びに来た。
「はい。ちょうどお呼びしようと思っていたところでした。」
君島と悠人達はバリケードの正面に出て、警戒態勢をとる。
それに合わせ他のところで作業していた班員も集まり、全員がバリケード正面へ展開した。
「全員、ライフルをいつでも撃てるようにしておけ。この感じはヤバい。」
君島は経験則からくる感覚によって、分隊全員へ注意を促す。
君島は分隊全員の方を向いているが、分隊員は誰も君島を見ていない。
「あなた達が死爆蟲を全滅させた部隊ですか?」
戦場に似つかわしくない涼しい声が訪ねてきた。その声に君島が振り返る。
そこには白銀の騎士風の鎧に身を包んだ銀髪と捻じれ角を持つ長身の男が立っていた。
分隊員の方を向いていたのはほんの数秒だろう。その間に現れたなど信じられない。
「島村、奴はどこから現れた・・・?」
君島が振り向かず、後ろにいた島村に聞く。
「分かりません。何もない空間からいきなり現れたんです。」
島村は酷くうろたえている。
「貴様、いったい何者だ!?」
君島は騎士風の男をにらみながら誰何する。
「これは失礼しました。私はヴァルターと申します。この一帯の侵略軍の総大将を任されております。以後お見知りおきを。」
本当に敬意を示しているのかそれとも挑発しているのか分からないが、左手を腰に回し深々と頭を下げる。
悠人たちはその行為に度肝を抜かれるが、君島は挑発ととった。しかし、君島も挑発に乗って突っ込むほど幼稚ではない。
「へー、ヴァルターって言うのか・・・。で、総大将って言ってたが、あのデカい虫を動かしてるのはお前か?」
「えぇ、私が指示を出していました。魔導蟲は繫殖力も高く、兵隊としてはとても有能ですからね。まぁ、死爆蟲は繫殖力が低いので今回は痛手ですがね。しかし、どうですか?爆発で多くの兵隊が死んだのでしょ?心からご冥福をお祈りいたします。」
完全なる挑発とは分かっている。しかし、限界だ。これまでいくつもの戦場を共にしてきた仲間を挑発の材料に使われては、もう我慢できない。
「貴様――――ッ!!」
君島はマチェットを抜き、ヴァルターへ飛び掛かった。
パワードスーツによって強化されている跳躍力によって約10mの距離を3歩で詰め、同じく強化されている腕力で振るわれるマチェットがヴァルターを襲う。
しかし、君島のマチェットは空を切る。ヴァルターが突如いなくなったのだ。
避けたというのであれば分かる。しかし、幻のように姿が掻き消えたのだ。
君島は状況の整理が付かず混乱しそうになるが、これまでの経験を身体が覚えており後退を選択する。
全力で前に向かっていたにもかかわらず、いきなり後退のために後ろに跳んだためパワードスーツの脚部がきしみを上げる。
前行こうとする慣性を力ずくでとめ、後ろに跳んでヴァルターが先ほどまでいた所から距離をとることに成功する。
「君島さん!!」
「この程度ですか・・・。」
着地を目前とした時、悠人とヴァルターの声がほぼ同時に聞こえ、うなじに微かな衝撃を受けた。
体勢はまっすぐなはずなのに、視界が傾く。そして、血を吹き出す首のない自分の身体が見えた。それが君島直輝の見た最後のものだった。
首を失くした君塚の身体が崩れ落ちた。その横に立っているのは彼の首を落としたヴァルターだ。
彼はサーベルを一度振って血を払い、鞘に納めて悠人たちの方を向く。
「いきなり切りかかってくるとは・・・。無作法にもほどがありますが、慌ててしまい手加減が出来ず殺してしまいました。これは申し訳ない。」
はじめに挑発したのはヴァルターであり、君塚の突進へ対応できたという事は予め予想していたことは明白である。それに慌ててしまってというのは、更なる挑発に違いない。
その挑発に有野と大宮がのってしまった。
「このヤローーーーーッ!!」
「よくも軍曹を!!」
大宮は正規兵になって日が浅く、何かと世話をしてくれる君塚を両親のように慕っていた。そんな彼を目の前で殺され、それに追加して挑発の材料にされたとなれば怒るなという方が無理だ。
有野はずっと君塚と同じ部隊で戦ってきた。大宮ほどではないが君塚をよく慕っていた。
この2人は分隊の中でも特に君塚を慕っており、激昂するのは当然といえた。
ヴァルターへ向けてヘヴィーライフルを撃ちまくる。しかし、先ほどのようにヴァルターの姿が掻き消える。
「ちくしょーー!どこへ行きやが――・・・。」
大宮の目の前にサーベルを抜いたヴァルターが現れ、パワードスーツの装甲の隙間から喉元を突き刺す。
「よくも――」
サーベルを大宮から引き抜き、流れ作業のように有野の首をはねた。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
2人が崩れ落ちるのとほぼ同時に、哲也が恐怖のあまり逃げ出した。
「いやはや、死を目の前にした生物とはここまで速く走れるものなのですねぇ。」
ヴァルターは必至で逃げていく哲也を見ながら呟く。
「全員撤退!!!」
ここではヴァルターに殺されるだけだと判断し、悠人が叫ぶように指示を出す。ここには上官に当たる島村がいるが、そんなこと気にしていられない。
全員、悠人の指示に従い装甲車のバリケードを捨て、哲也を追う形で後方の森へ逃げ込んだ。
「はぁ。鬼ごっこはあまり得意ではないのですが・・・。」
ヴァルターはゆっくりと悠人たちを追って歩き出した。