|悠人≪俺≫は見慣れない森の中で目を覚ました。
どれ程気を失っていたのか分からない。全身がくまなく痛いあたり、どうやら自分は生きているようだ。
ヴァルターとの戦闘はどうなったのか、俺の仲間はどうなったのか、分からないことだらけである。
しかし、先ずは自分の安全を確保する必要がある。
考えることは後でもできるのだ。
始めに痛む体を起こし、あたりを確認する。
俺が倒れていたのは原生林のようである。周囲には針葉樹や広葉樹のような様々な小高い木々が急峻な斜面に生えている。
どうやら、ここは俺たちが戦っていたニューギニア島ではないようだ。
ニューギニア島の森は熱帯雨林に属する。そのため、高山地域を除き鬱蒼とした熱帯雨林が広がっている。
熱帯雨林の樹木は主に常緑樹からなり、これらの樹木は垂直に3~5からなる層構造をしている。最上層には飛び抜けて高い樹木がまばらにあり、これを超高木層と言う。その下に樹木の枝葉で覆われた層があり、これらを樹冠という。この樹冠は高さ30~50mにも達する場合もある。樹冠の影響により日光が遮られ林内は日中でも暗く,湿度が高いため着生植物やつる植物が多い事も特徴の一つである。
しかし、俺が今いる森はニューギニア島の森に比べ明るく、周囲に30m以上の樹木は確認できない。第一、ニューギニア島にある樹木は常緑樹であり、針葉樹などはない。
これは困ったことになった・・・。
熱帯雨林気候のエリアではないということは、少なくともニューギニア島からかなりの距離があるということになる。そうなると、ここまで救助が来る確率はゼロに近いだろう。
救助のヘリなどが見つけやすい頂上を目指し、救助を待つということをしても意味がないかもしれない。
何としてでも俺は生還したい。
そうなると今何をすべきかを必死に考える。
先ず現在の装備を確認する。
右手にはべっとりと血の付いたナイフが握っており、この血は俺のものではない。最後の記憶によると、確かにヴァルターの首筋にナイフを突き刺したはずだ。
ならば、この血はおそらくヴァルターのもので間違いないだろう。血はナイフの根本付近まで付いており、かなり深く刺さったのだろうと思われる。
どうやら俺は、あのヴァルターというやつに痛手を負わせることに成功したようだ。
自分の作戦が成功したという微かな満足感を得て、静かに笑みを浮かべた。
次に右太股に装着しているホルスターを見る。
ホルスターの中には|拳銃≪デザートイーグル≫が入っている。しかし、弾は装填中のもの合わせ|3マガジン分≪21発≫しかない。
自分が立案した作戦の特性上、隠密性を上げるため|アサルトライフル≪ブッシュマスターACR≫を装備から外す必要があった。
今となっては置いてきたことがやまれる。
まぁ、仮にアサルトライフルを持っていたとしても、あの蟲には豆鉄砲と何ら変わらないためあまり意味はないのだが・・・。
今ある武装はナイフと拳銃のみ。
こんな貧弱な武装で蟲に遭遇してしまったのなら、一巻の終わり。もうあきらめるしかないだろう。
ヘヴィーライフルは|0.5インチ≪62口径≫にもかかわらず、巨大な蟷螂の甲殻に至っては当たり方によっては弾が弾かれてしまうこともある。
デザートイーグルは50口径と拳銃の中では有数の大きさを誇るものの、蟲相手には正直心許ない。
「誰だよ、パワードスーツ脱げって言ったやつ・・・。」と過去の自分自身に毒づきながら痛む体に鞭をうって立ち上がる。
「何とかして生き延びないとな。先ずは何をすべきか・・・。」
俺は誰に言うでもなく目標を口にし、痛む体を引きずりながら山肌を下り始めた。
―・―・―・―・―・―・―
急務の課題は水の確保である。
人間は絶食状態でも一週間~二週間程度は生きられると言われている。勿論、体系の差などによる個人差が多少はあるだろう。
しかし、水分も断つと3日~一週間程度で死に至ると言われている。
これは水分をとらないと脱水症状を起こし、その結果発汗できなくなることによって体温を保てなくなり体温が上昇する。これにより、体内に老廃物が溜まることで血流が悪くなるなど、全身の機能が障害を起こし死に至るのである。
人間は体の20%の水分が失われると生きていけないのだ。
もしもここがアマゾン周辺のジャングルであるならば、|蔓≪つる≫植物から水分をとることが可能である。
キャッツクローという蔓科の植物がある。
キャッツクローは南米ペルーの標高400~800mのアマゾン奥地に自生する蔓性植物で、葉の付け眼に特徴的な太い猫の爪のようなトゲが生えた蔓の灌木である。
この植物を切ると滴るほど水が蓄えられている。これはひとえにこの植物の吸水性がとても優れているためである。
しかし、この植物がこの森に自生している可能性はとても低い。
そうなると湧水か川を見つけるしかない。それに、河川の近くには集落が形成されるものである。まぁ、この近くに人がいればの話だが。
とりあえず、行動を起こすほか生き延びるすべはない。
ここにとどまり、雨が降るのを待つという手段よりも、水場を求めて移動する方が正解だと悠人は判断した。
歩き始めて約3時間以上が経過した。
(これは不味い。)
どれだけ歩いても同じような風景であり、同じところをぐるぐると回っているのではないかと不安になってくる。
(まったく、どこの|誰≪バカ≫だよ!パワードスーツと一緒に水と食糧を置いてきたやつは!!)
心の中で毒づいてみるが、この判断をしたのは自分なので誰のせいにもできない。
あの判断は仕方なかった。まさかこんな事態に陥るなどだれが予測できただろうか。おそらく誰にも予測などできなかっただろう。
何も口にできないとなると、不味いといつも文句を言っていたレーションでさえ恋しくなってきた。
毒づきながらも歩き続けた結果、やっとこれまでと違う風景が姿を現した。
突如、竹林が姿を現したのである。
竹林を抜けると窪地になっており、小さいながらも中央に泉が湧いてあった。
泉の水はとても透き通っており濁りなどは全くなく、泳ぐ小魚や底の石なども鮮明に見えるほどであった。
どうやら、思い切って行動を起こしたのが正解だったようだ。
3時間以上も休憩をとらずに歩いていたため、既にのどはカラカラである。悠人は迷わず泉の水を飲む。
本来であれば生水を飲むのは愚行である。
煮沸消毒が出来ないにしろ、ろ過をすることは必要であるだろう。
しかし、この時に悠人はそんなことは微塵も頭になく、自分ののどの渇きを潤すことに必死だった。
幸いなことにここの水には有害なものなどは入っておらず、事なきを得た。
水場を確保したのなら、次に行うのは焚火をすることである。
自分のサバイバルの知識が通用するのならば、焚火をすることによって野生動物や虫などの対策になるはずだ。
それに、焚火をすることによって食材の調理をすることが出来る。
悠人は日本人である為、昔から生魚を食べていた。そのため、生魚を食べることに抵抗はない。
しかし、ここで採った魚を生で食べるというのは、寄生虫などの危険性もあり1度火を通すなどの調理をするというのが賢い選択だろう。
悠人は水場から約20mのところでキャンプをすることにした。
まず、周辺に落ちているこぶし大の石を10個ほど拾い、円形に並べることで仮設ではあるがかまどを作成する。
次に先ほど通ってきた竹林から、よく乾燥した倒れた竹を拾ってくる。
竹を40cmほどにナイフで切り、その竹を半分に割る。その後、半分になった竹材の片方の表皮をナイフで削る。
竹はナイフなどでとても薄く削ることが出来る。火を起こす際にこの薄く削ったものを着火剤として用いるのだ。
表皮を削った竹材に切り込みを入れ、その中央に穴をあける。その後、先ほど削ったものを穴の真下に来るように敷き、もう片方の竹材を切り込みに当てて何度も強くこする。
これにより、摩擦によって火種ができ、先ほどあけた穴から落ちて煙が上がる。
ここまでくれば、あとは息を吹き込み、酸素を送り込むことで火を大きくするだけである。
真面目にサバイバル訓練を受けておいて正解だったと思いつつ作業を続ける。
炎が上がれば竹の葉と枝などをかまどの中で燃やし炎を大きくする。焚火をする際に気を付けることは、小枝などをなるべく酸素が入りやすいように組むことや、初めは燃えやすいものを使用することを心掛ける事である。
「よし!ついた!」
小かった火種がかまどで大きな炎へと変わった。
今悠人がいる泉の近くは暑くも寒くもなく、別に暖を取る必要もない。しかし、火が付くと安心感が得られた。
水と火を手に入れ、次は食料の確保である。
ここへ来る道中、よくわからない赤い木の実や毒々しい色をしたキノコを見つけていた。
だが、もしもその木の実やキノコを食べて毒があったら目も当てられない。
ここはあきらめて他を探すことにする。
泉にはメダカやフナのような小魚が泳いでいることを先ほど確認した。
メダカサイズの小魚は食料として論外としても、フナのような魚は見たところ15cm以上あり焼けば食べられるかもしれない。
しかし、魚が採れないかもしれない。その時のことも考え、保険として動物用の罠も設置しておく。
幸いなことに、括り罠には泉の周りに生えていた蔓植物が使えそうだ。
括り罠とはヒモで輪を作り、獲物がその輪の中へ足などを入れた時に輪を閉め拘束するというものだ。
これは構造がシンプルで使いやすい点ということで、サバイバル訓練の中で作り方を学んだことがある。
こんなもの実際には使わないと馬鹿にして訓練をまじめに受けない者も多くいたが、悠人は何かの役に立つかもしれないと思い真面目に取り組んでいた。
またしてもサバイバル訓練を真面目に受けておいてよかったと思いつつ、竹林の入り口と水場の周辺に合計6か所に罠を仕掛けた。
次は釣竿の作成である。
今悠人がいるのは竹林の近くであり竹竿の材料には事欠かない。そのうえ、釣り糸には先ほど括り罠にも使用した蔓を使用できるだろう。
釣りの餌もちょっと地面を掘ればミミズのような虫が出てくる。これを使えばいいのだ。
しかし、ここで大問題が発生した。
それは釣り針がないことだ。
もちろん悠人は釣り針に代用できそうなものは持っていない。
ふと、右太股のホルスターに入っている拳銃取り出し、まじまじと眺める。
(小魚を撃って取るか?)
そんなバカな考えは頭を振って追い出し、ホルスターに拳銃を静に戻す。
しかしどうしたものかと考える。
竹を鋭く尖らせ、銛のように使うのもいいかもしれない。しかし、魚もこんな銛に突かれるような間抜けはいないだろう。
そんな馬鹿なことを考えていると、以前に竹を火であぶり曲げるなどの加工するというものを見た記憶がよみがえった。
これならいけるかもしれないと思い、早速行動に移る。
竹の小枝を焚火で軽くあぶり、折れないようにゆっくりと力をかける。すると、思っていたよりも簡単に曲げることが出来た。
しかし、問題は釣り針の大きさである。
泉で泳いでいる魚はみな小さく、かなり小さなものを使用しないと食いつかないだろう。
悠人は試行錯誤すること1時間程で、かなり小さめの竹針を作ることに成功した。
早速、蔓の釣り糸に取付け、泉へ向かった。
釣りとは、根気の勝負である。
悠人は泉のほとりにある岩に腰かけ、釣り糸を垂らす。
泉の魚は初めこそ餌に警戒し距離をとったが、すぐに餌だと気づき集まってくる。
待つこと数分、1匹のフナ型小魚が食らいついく。
悠人はすかさず釣竿を上げ、20cm程の魚を吊り上がることに成功した。これで一応の食糧確保には成功だ。
しかし、小魚1匹というのはさすがに厳しい。あと数匹は欲しいところである。
日が暮れるまで数時間釣り糸を垂らし、合計5匹の魚を釣ることが出来た。
早速戻って調理である。と言っても最低限の下処理をして焚火で焼くことしかできないが。
フナ型小魚には小さな鱗があり、これを丁寧にナイフでとる。
その後、竹の枝を利用した竹串に魚を刺し、かまどの灰へ竹串を刺してじっくりと焼く。
魚が焼けるのを待つ間、明日も移動することに備え竹の水筒を作成する。
まず竹を両端の節が残るように切り、片方の節にだけ小さな穴をあける。これで即席ではあるが水筒の完成である。
今日1日で学んだことは、竹はいろいろのものに使えるという点である。
火を起こすにしても、魚を釣るにしても竹がなければ大変困っていただろう。
初めはどうなるか分からなかったが、竹林と泉を発見できたのは不幸中の幸いであったのだ。
予備を含め水筒を2つ作り終えたころには魚も丁度いい具合に焼けており、食欲をそそる香りがしている。
食べたことのない魚に若干の不安はあるものの、目が覚めて以来水以外何も口にしていないので空腹の限界である。
悠人は勢い良く魚にかぶりつく。
魚はたんぱくな白身できれいな水で育ったためか嫌な臭みなどは一切ない。塩などの調味料は無いが空腹という最大のスパイスが加わりとても美味い。
悠人はあっという間に1匹を食べ終え、次の魚に手を伸ばす。
魚5匹という夕食であったが、大変満足できるものとなった。
悠人は明日も朝から山を下るつもりである。
見つけた泉からは下流へ向かって小川が流れている。この泉がこの小川の水源なのだろう考えていた。
いずれこの小川は大きな河川に合流し、その河川の周辺には集落が形成されているはずである。
出来ればそこで暮す人とコミュニケーションをとり、ここが何処なのかを知りたいと思っていた。まぁ、言葉が通じれば話ではあるのだが。
そんな訳で明日の朝は早いのだ。
今日1日の疲れも癒す必要もあるし、明日に備え早めに眠るのがいいだろう。
睡眠中に動物などに襲われるのが怖いため、焚火へ新しい薪を入れ近くの岩にもたれるようにして眠りに落ちた。