悠人は日が昇りきるより早く起床し、昨日仕掛けておいた吊り罠を見に行く。
結果は1つの罠に獲物がかかっていた。
ダメもとで仕掛けていたので、とても喜ばしいことだ。
かかっていた獲物は、額に角の生えた兎のような獣であった。大きさは日本に生息している野兎程の大きさであり、見た目も額の角以外は野兎と変わらず可愛らしい見た目をしている。
悠人は腰に刺したサバイバルナイフを抜き、兎型の獣ににじり寄る。
「こういうのは苦手なんだよな・・・。でも、俺が生きていくためなんだ。」
悠人としてはどう見ても愛玩動物である獲物を殺すことに抵抗がある。
しかし、悠人も生きていくためであると覚悟を決め、サバイバルナイフを握り直す。
今にも自分が殺されそうになっているのだと感じ取った兎型の獣は、ウルウルとした瞳で悠人を見つめる。
やはり、可愛らしい動物を殺すのは心が痛む。それに加え、ウルウルとした瞳で見つめられては、先ほど決めた覚悟が揺らいでしまいそうである。
悠人は一瞬、このままこの獣を開放してしまおうかとさえ考えた。
しかし、ここで貴重なタンパク源を失うのは損失がとても大きい。
瞳を閉じ、もう一度覚悟を決めた。
「ごめんな。」
悠人はそう言うとナイフで獲物の急所を一刺しし、絶命させる。
その後、泉の水で肉を洗い、持ち運べるように植物の葉で肉を包む。
生きていくためにはほかの動物を殺し、食べていくしかないとは頭では分かっていた。
しかし、早朝から生きていた動物をさばき食肉にするという作業をするというのは、さすがにげんなりしてしまった。
昨日の夜、ある程度荷物をまとめていたので移動を始めるのにさほどの時間を必要としなかった。
手製の水筒と先ほどさばいた肉などの必要最低限のものだけをもって立ち上がる。
やはり、山道を川伝いに下っていくのに大荷物は邪魔になってしまう。
(よし!行くか!)
悠人は小川に沿って山を下り始めた。
―・―・―・―・―・―・―
小川沿いを下り始めて早数時間。
悠人はあることに気付く。
この森を歩いているには自分一人のはずである。
しかし、耳をすませば自分以外の小さい足音が聞こえてくるのだ。
始めは鹿などの野生動物が水場である川を目指して下ってきている足音かと思った。しかし、悠人が周囲を確認するために立ち止まると、小さな足音も同時に止まるのである。
悠人は確実につけられていると思った。
「すみません。この近くにお住いの方でしょうか。私はこの森で遭難してしまっているものでして、良ければふもとまでに行き方を教えていただけないでしょうか?」
悠人は尾行者を威嚇する意味合いも込め、大声を張り上げた。
案の定、悠人の問いに返答はなかった。その代わりに先ほど聞こえていた小さな足音が遠ざかっていくのが分かった。
(尾行者への警告もしたし、もうつけてこられることはないだろう・・・。しかし、こんな山奥で俺みたいな奴を尾行するなんていったいどんな奴なんだ?)
悠人は不審に思いつつも歩みを進めることにした。
山下りを再開して約1時間、再び先ほどのような小さい足音が聞こえ始めた。
悠人は「ばれてるってのに、懲りない奴らだな・・・。」と小声で呟くと、先ほどのように足を止め周囲を見回す。
「そちら側が先ほどから俺を尾行しているというのは気づいている。おとなしく姿を見せろ!」
悠人は威嚇の意味を込め、尾行者へ警告する。
これで立ち去ってくれるのであればそれで良し、もしも姿を現すのならば出来るだけ平和的なコンタクトを取りたい。
すると、森の中からぞろぞろと20体ほどの人影が出てきた。
人影と言ったが人間ではない。
醜悪な顔であり、醜く曲がった鼻と薄い緑色の肌が顔の醜悪さを際立てている。身長は100㎝~10㎝ほどであり、人間だと幼稚園児ぐらいだろう。
ほとんどが手に棍棒のようなものを持っており、下卑た笑みを浮かべている。
悠人はこの小さな人型の生き物の特徴を持つものを知っていた。
これはまさしく、ファンタジー系のゲームや小説に登場する『ゴブリン』と呼ばれるモンスターである。
どこからどう見てもこのゴブリンたちはフレンドリーには見えない。それどころか、こちらを獲物としか見ていない。
(これはまずいな・・・。)
悠人は内心焦っていた。
ゴブリン数体であれば悠人でも負けることはないだろう。しかし、20体ともなると手数が圧倒的に足りない。よって、勝つことは不可能だろう。数とはそれだけで武器になるのだ。
だが、いくら数で上回っているとはいえ、正面から出てきて相手に逃げられるかもしれないということをいくらゴブリンでも考え付くだろう。しかし、何故かそんなことを一切考えておらず自信に満ちているようにすら思う。
ということは何かしらの秘策があると考えるのが妥当だろう。もし、何もないのなら、ゴブリンの知能が予想よりも低いという嬉しい誤算であるだけだ。
なんにせよ、ここで棒立ちになっているのは得策ではない。そうであるなら、この場を早急に離れるべきだろう。
そうなると、このまま川沿いを下って逃げるか、一度森に入るかの2択である。
悠人は一瞬の逡巡の後森に逃げ込んだ。
川沿いに逃げては見通しが良く、後ろから追って来るであろうゴブリンをまくことが出来ない。
そうなれば、逃げ切れる可能性が低くなると考えたのだ。
しかし、これは間違いであった。
森の中に逃げ込み、後ろから自分を追いかけてくる足音が聞こえるが近づいてきている様子はない。それどころか遠のいているようにすら感じる。
悠人は内心「よしっ!」とガッツポーズをする。
ゴブリンと人間では歩幅が違い、特に斜面を駆け上がるという状況においては人間である悠人に軍配が上がった。
しかし、安心したのもつかの間、悠人の頭上に大きな影が現れた。
悠人はとっさの判断で横へ飛びのく。その瞬間、先ほどまで悠人のいたところに巨大な棍棒が振り下ろされた。
斜面という不安定足場で横へ飛びのいたため悠人はバランスを崩し、斜面を転がり落ち木に激突して止まる。
木と激突した衝撃が思いのほか強かったのか、呼吸がうまくできなくなる。しかし、悠人は冷静にあたりを見回した。
(おいおい・・・。こんなのありかよ。)
ゴブリンに上と下で挟み撃ちにされており、斜面の上にいるゴブリンだけで20匹を超えている。どうやら初めから挟み撃ちにするつもりの待ち伏せのようだ。
それだけではない。
ゴブリン達の中に体長2mを超えるような巨大な個体がいる。ゴブリンの手足は細く、体つきもとても貧相なものだ。しかし、この巨大な個体は筋肉隆々で歴戦の戦士を思わせるものである。
顔つきも普通のゴブリンと違いたくましいものであり、下顎の歯牙が長く伸びている。
どこからどう見ても同じ種族には見えない。
しかし、肌の色は他のゴブリンと同じく薄い緑色であり、醜く曲がった鼻などの特徴から近しい種族であるとことが分かった。
悠人はフラフラと立ち上り、腰のホルスターから銃とナイフを抜く。
それを見た巨大なゴブリンが獰猛かつ下卑た笑みを浮かべ、巨大な棍棒を肩に担ぐ。
「ガアァァァァァァッ!!」
巨大なゴブリンが悠人に向かって咆哮をあげると、周囲を囲むゴブリンがより一層の下卑た笑みを浮かべ「キキキ」や「ケケケ」と笑い声をあげる。
それに満足したのか、巨大なゴブリンは両足に力を籠め、斜面思いっきり蹴り悠人へ突っ込んできた。
巨大なゴブリンと悠人との距離は5mほどあったが、斜面の上から飛び降りてくるため距離をぬめるには一蹴りで十分だった。
巨大なゴブリンは圧倒的な勝利を確信していた。
棍棒を振れ上げる。悠人があの一撃をまともに食らっては間違いなく致命傷だろう。当たり所が良く、致命傷を負わなかったにしてもただでは済まない。
しかし、その棍棒が振り下ろされることはなかった。
悠人は冷静だった。
右手を左腕で固定するように当てて銃を安定させ、迫りくる巨大なゴブリンの顔面に向け引き金を引いた。
けたたましい銃声とともに撃ちだされた弾は、見事に巨大なゴブリンの頭部をとらえる。
50口径の弾丸を受けた頭部がスイカ割りのスイカにように爆ぜ、脳髄があたりに四散する。そのままの体制で巨大なゴブリンの体はドウッと倒れ、ピクリとも動かなくなった。
先ほどまで楽しそうに笑っていたゴブリン達の笑みが凍りつく。
目の前の人間が手を触れることなく一瞬にして巨大なゴブリンの頭を吹き飛ばしたのだ。
ゴブリン達は何が起こったのか分からず、ただただ混乱する。
悠人は他のゴブリンを警戒しつつ、残ったゴブリンの中で一番体格にいい個体に向かって引き金を引く。
先ほど同様、弾丸が頭に吸い込まれるように当たり、爆ぜた。動かない的を撃つなど悠人にとっては赤子の手をひねるよりも簡単なことであった。
ゴブリン達はなお一層混乱する。
けたたましい音が鳴った瞬間に5m以上離れている自分達の仲間の頭が吹き飛んだのだ。
ゴブリン達は悠人を警戒するよりも先に恐怖した。
悠人にとって運がよかったのは、ゴブリンが予想よりも知能が高かったことである。
ゴブリン達にとって運が悪かったことは、自分たちの知能が低くなかったことである。
もしも、ゴブリンの知能が予想よりも低く仲間の死を理解できていなかったのならば、数にものを言わせ一斉に悠人へ飛び掛かっていただろう。
そうなれば、40匹を超えるゴブリン相手に悠人はなすすべなく蹂躙されていただろう。
しかし、ゴブリンはけたたましい音がすると仲間が死ぬ。と認識出来た。すると、次に死ぬのは自分かもしれないという恐怖に襲われた。それに加え、知能が高い生物は得てして自分達の理解できないものに恐怖する。それにより、ゴブリンは二重の恐怖に蝕まれたのだ。
悠人は一向に動く気配のないゴブリン達に戦意がないことに気付く。
「うおおおおおおおおおお!!!!!」
悠人は雄叫びを上げ、もう一度ゴブリンに向かって引き金を引いた。
撃ちだされた弾丸はゴブリンの腕に命中し、腕を吹き飛ばした。その瞬間、腕を吹き飛ばされたゴブリンの横にいたゴブリンが手に持っていた棍棒を投げ捨て、一目散に逃げて行った。
恐怖というものは伝染する。
他のゴブリンも恐怖によって精神状態はギリギリであった。そこに、仲間の逃亡と腕を吹き飛ばされのたうち回る仲間を同時に見た。
どうすることが賢明な判断か、頭が結論を出すより早く体が行動を開始する。
1匹の逃亡を引き金に約40匹の逃亡となるまでにそう時間を必要としなかった。
「助かった・・・のか?」
一人ポツンと残された悠人はそうつぶやくと、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。
そして「ハハハハハ」と乾いた笑い声をあげる。
つい先ほどまで命の危機にさらされていたことから開放され、張り詰めていた緊張が一気に解けた。
しかし、まだ近くにゴブリンがいるかもしれない。
こういった事態を避けるためにも早く麓へ向かう必要があるため、痛む身体に鞭を撃ち川沿いまで移動し山を下り始めた。
―・―・―・―・―・―・―
ゴブリンとの遭遇から約2時間、特に問題も起こらず順調に進んでいた。
川幅も大分広くなり、そろそろ麓に着くころだろうと予想していた。
すると、突如森が開け、小高いピラミッドが目に飛び込んできた。
小高いピラミッドはエジプトにあるギザのピラミッドのようなものでなく、メキシコのマヤ文明の遺跡であるチチェン・イッツァのような形をしている。
ピラミッドの高さはだいたい25m前後とあまり高くない。
ピラミッドの周りにはピラミッドを囲むように堀があり、悠人が道標にしていた川の水が堀へ流れ込んでいる。
堀の周りには色鮮やかな草花が生えている。堀の水は常に川からきれいな水が流れ込んできているためかとても透明度が高く、日の光を反射してキラキラと輝いている。その水には大きな睡蓮の花が咲いている。
堀にはピラミッドへ続く立派な石造り橋が1つあり、ピラミッド周辺はかなりこまめに手入れされていることがうかがえる。
悠人はここまで手入れされている建物ならば人に会うことが出来るかもしれないと、期待に胸を膨らませる。
悠人がピラミッドへ続く橋を渡ろうとした時、向かい側から修道女に似た服を着た2人が歩いてきた。
2人の服装は修道女の着ている服装によく似ている。しかし、ウィンプルによく似た箇所も白ではなく黒で統一されている。
「あのー、すみません。お尋ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか。」
悠人は久々に見た人の姿に興奮しつつも、相手に警戒されないようできる限りのスマイルで声を掛けた。
悠人に声をかけられた2人は悠人の姿を確認するとピラミッドの方へとUターンして駆けて行ってしまった。
悠人はどうして声をかけただけで逃げられたのか分からず混乱するが、ようやく見つけたコミュニケーションをとれそうな人物である。
「待って下さい。少しでいいので話を聞いてください!」
このチャンスを逃してはならないと慌てて2人を追いかける。
「そこの貴様、止まれ。」
あと少しで2人に追い付くというところで、真っ黒いバスターソードを担いだ巨漢に呼び止められた。
真っ黒いバスターソードはまるで黒曜石から削り出したかのような深みのある黒で、巨漢が装備しているフルプレートの鎧もバスターソードと同じく深みのある美しい黒である。
巨漢は鎧のヘルムは装備しておらず、刈り上げられた黒髪と無精髭、それに、額から伸びる2本の白い角を見ることはできる。
「この龍殿に仕える娘を追い回すなどいい度胸をしている。斬られる覚悟はできているのだろうな!?」
(ちょっと待て。追い回す?確かに声を掛けて逃げられたから、走って追いかけた。しかし、追い回したなどと、ストーカー行為みたいに言われるのは心外である。何とかして誤解を解かねば!)
「ちょっと待ってください。先程の行為には訳があって。」
「聞く耳もたん。問答無用!」
巨漢は悠人の話を全く聞くことなく、肩に担いでいたバスターソードを悠人へ振り下ろした。