交わる世界のリブート   作:田んぼのアイドル、スズメちゃん

16 / 16
未知の地にて-3

 振り下ろされたバスターソードを、悠人は後ろへ飛び回避する。

 空を切ったバスターソードは地面に勢いよくぶつかり、地面が爆発したのかと思うようなすさまじい音と砂ぼこりがもうもうと上がる。

 

(おいおい、正気かよ!さっきのって確実に即死の一撃じゃねーか。)

 

 悠人はナイフを抜き構える。

 相手はバスターソード、それに対し悠人は刃渡り約15㎝のサバイバルナイフである。あまりに心もとないが、無いよりはましである。

 先程の一撃により立ち込めている砂ぼこりはいまだ晴れない。

 悠人は砂ぼこりの先にいるであろう巨漢の動きを探るように、神経を集中させ観察する。

「ハハハハハ。今のをかわすか。そうでなくては面白くない。ならば・・・。」

 悠人は砂ぼこりが微かに揺らいだように見えた。

 その瞬間、巨漢が弾丸のように悠人へ肉薄し、横なぎの一閃を繰り出す。

 悠人はかろうじて反応できたため、ナイフで一閃を受けることに成功した。しかし、バスターソードによる一閃の威力はすさまじく、悠人は後ろに弾き飛ばされた。

 弾き飛ばされた悠人は数度転がってようやく止まった。ナイフで受けるときに後ろへ飛んだことが幸いしたらしい。悠人は追撃を警戒し勢いよく立ち上がり、ナイフを構えなおす。先程の一撃を受けたとき腕がミシミシと軋みを上げるのが聞こえた気がしたが、どうやら骨に異常はないようである。バスターソードを受けたナイフも幸い折れてはいない。不幸中の幸いと言えるだろう。

「受け止めたか・・・。胴を真っ二つにした予定だったんだがな。見た目にたがわずなかなかの手練れであるようだな。正直、俺は貴様のことを少し侮っていた。謝罪しよう。」

 巨漢はバスターソードを肩に担ぎ、悠人を真っ直ぐに見据える。

 その眼は悠人を正真正銘『敵』と認識していることが悠人にも分かった。

 

(何故!?どうしてこうなったんだ!?俺はあくまでフレンドリーな交流を望んでいたはずだ!実際、笑顔で話しかけた。逃げられはしたが俺は間違っていないはずだ。まさか、ここでは笑顔がいけなかったのか?万国共通の交流手段、『笑顔』がここではいけなかったのか?もしそうなら何たる失態・・・!)

 

 悠人は表情に出ないように努力しているが、心の中では焦りまくり冷汗が背中を伝う。

「謝罪の意を込めて、俺に一撃入れさせてやろう。」

 巨漢はそう言うと両脚を肩幅に開き、両腕を大きく広げた。

「今ならどこでも構わんぞ。お前が一撃食らわせるまで、俺はここを動かないということを約束しよう。」

 悠人は逃げれるのではないか。と考えるが、巨漢が「もし逃げるのであれば、容赦なく後ろから叩き斬る。」と付け加えたため考えるのをやめた。

 

 今、悠人と対峙している巨漢の名はアルベルト・ノイマンといった。

 アルベルトは悠人を注意深く観察し、実力を計ろうとしていた。一撃をくれてやるといったのは気がふれたわけでもお人よしでもなく、悠人の実力を測るということが目的であった。

 本来、アルベルトはどんな相手にもこのような対応をするわけではない。

 今回は見覚えのない服装をした男、それも血だらけの格好をした男となれば警戒するなというハウが無理だろう。

 アルベルトは自身があまり頭は良くないと自覚している。物知りなものであれば服装からどこの者か分かるかもしれない。しかし、見た目のみで判別できないため、自身の戦士としての勘で害が有るか無いかを判別するしかない。

 これは正直に言ってかなりの賭けである。

「さあ、どうした。来ないのか?」

 アルベルトは悠人を軽く挑発した。

 

 悠人はアルベルトの眼にある敵意を再度確認し、頭を抱えて転がりまわりたい衝動に駆られる。

 何度も言うが、悠人自身は平和的かつフレンドリーにファーストコンタクトを終える予定だった。こうやって殺されかけることなど夢にも思わなかったのだ。

 

(さっき俺のことを手練れと言ったか?それは大きな間違いなんだ!一撃目を躱せたのはまぐれなんだ。二撃目だって運が良かっただけなのに・・・。)

 

 悠人とアルベルトの実力差ははっきり言って大人と子供ほど離れている。もちろん子供は悠人の方であり、真正面からぶつかったら間違いなく敗北するだろう。

 先程の攻撃をしのげたのはダイスで1だけを連続で出し続けるような綱渡り状態である。

 悠人はどうにかして話し合いに持ち込めないかを必死で考える。もしこのような事態に陥った理由が自分にあるのであれば素直に謝罪するつもりである。

 話し合いを提案しようと悠人が口を開こうとしたそのとき時、「さあ、どうした。来ないのか?」とアルベルトから声をかけられた。

 悠人にとっては相手をできるだけ不機嫌にしないようにしなければならない。そのため、このまま膠着状態が続いてしまうと悠人にとってマイナスにしかならない。しかし、だからといって悠人が切り込んだ場合、そこから話し合いというのはほぼ不可能だろう。

 どう考えても悠人にとってこの状況は詰みである。

 

(もう知るか。どうとでもなれ・・・。)

 

 悠人の思考が投げやりなものとなった。

 ナイフで切り込んだ場合、バスターソードの餌食になってしまうだろう。相手はその場を動かないといっただけで、攻撃を加えないとは一言も言っていないのである。

 そうなれば、今悠人に取れる手は一つだけである。

 悠人はホルスターから銃を抜き、雑な動作で構えた。

 アルベルトは悠人が取った予想外の行動に驚き、目を丸くする。

 悠人はアルベルトの左肩を狙い、半ば投げやり気味に引き金を引く。

 ここで相手を死なせてしまった場合、今後取り返しがつかなくなってしまう。そのため、できる限り致命傷になりにくいであろう肩を狙った。

 撃ちだされた銃弾はアルベルトの左肩に命中し、ガキンッ!と音を立てる。

 悠人が撃った弾は50口径であり、その威力はかなりのものであった。そのため、弾を受けたアルベルトは後ろに弾き飛ばされた。

 弾き飛ばされ仰向けに転がったアルベルトが勢いよく上体を起こす。

「貴様!さっきのは何だ!?何かの魔法か?」

 アルベルトが悠人へ怒鳴り気味に問う。

 しかし、アルベルトの問いに悠人が答えは返ってこなかった。その代わりに――

「じゃあな、オッサン!元気でな!」

 悠人はアルベルト背を向け、手を振りながらピラミッドの方へ走っていった。

 アルベルトは悠人のあまりにも見事な逃げっぷりにあんぐりと口を開け言葉を失う。しかし、アルベルトは直ぐに我に返り悠人を追いかけた。

 

―・―・―・―・―・―・―

 

 悠人が逃げこんだピラミッドの中は入り組んだ通路が迷路のように広がっていた。

 通路の壁面には一面壁画が描かれており、太古から語り継がれている神話を表しているのであろうと推測できた。壁画に書かれている文字か記号かわからないものが読めないため、あくまで推測の域を出ない。しかし、どの壁画にも黒いドラゴンが描かれており、このドラゴンが崇拝の象徴であるということは分かった。

 通路内はこまめな手入れが行き届いているためか塵一つ落ちていない。

どこからか光を取り入れているのか分からないが通路内はかなり明るくなっており、壁画と合わさりとても神秘的な光景になっている。

 これらのことから、このピラミッドは誰かを埋葬するために造られた墳墓ではなく、神との交信の場又は祀っている神殿のような役割であると悠人は走りながら推測した。

 

 悠人は走りながら現在、自分が置かれた状況を考える。

 第一に悠人はここが何処なのかわかっていない。悠人がもともと暮らしていた世界なのか、それとも考えたくはないが別の世界であるのかすら分かっていない。

 前者ならまだ救いがある。しかし、後者であるのなら絶望的な状況であるといえる。仮に異世界へ来てしまっているとするのなら、この世界は悠人たちの暮していた世界へ一方的に侵攻してきている勢力である可能性が濃厚ということになる。

 残念ながら、悠人は動物図鑑等の文献で角の生えた兎など見たこともないし、襲い掛かってきたゴブリンのような生物がいるという記憶はない。もしも発見されていたなら新種の生物が発見されたと何かしらのニュースになっていてもおかしくない。

 仮にこの生物たちが異世界から紛れ込んだものだとするなら説明がつくかもしれない。

 しかし、今悠人がいるピラミッドは手入れが行き届いてはいるものの、建てられてかなりの年月が経過しているように思われる。

 これらの事から、異世界に来てしまっている可能性の方が高い。

 この世界にも捕らえた捕虜を人道的に扱うという法律があるというのなら不幸中の幸いだが、捕虜=奴隷なんてことになったらかなわない。

 昨日、山中で目覚めてからずっと考えてこなかったが、頭の片隅にあった不安が爆発しそうになる。

 悠人は不安を無理矢理押さえ込み、ほかのことを考える。

 思考がぐちゃぐちゃで纏まらないながらも、これからのプランを必死で考える。

 まず、一旦相手から逃げるということに関しては、一か八かの賭けに勝ったと言える。

 アルベルトの着ている見事な漆黒のフルプレートからして、かなりの上等なものであると想像できた。そうであるならば防御力もかなりのもので、銃弾の一発ぐらいは耐えてくれるはずだと思い撃った。

 見事悠人の予想はあたり、アルベルトを後ろへ弾き飛ばしただけで致命的な傷は負わせていないようである。

 その証拠に起き上がったアルベルトは鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしていたものの、今は元気よく悠人を追いかけてきている。

 内心、もう少しぐらいダメージを負ってもらいたかったというのが正直なところではあるが、この際贅沢は言っていられない。逃げ切れたとは言えないがとりあえず建物内に逃げ込むことには成功したのだ。装備的な面で考えるに、フルプレートと野戦服では動きやすさが雲泥の差だろう。実際、悠人はアルベルトに追い付かれてはいない。

 悠人はこのまま相手を疲労させ、動けなくなったところで話し合いに持ち込もうとしていた。

 悠人が何故、一見悪手ともとれる建物内への逃走に移ったのか。

 最大の理由は先ほど述べたように、装備的な面で悠人の着ている野戦服の方が動きやすく、逃げ切れる確率が上がると考えたためだ。

 しかし、悠人には1つ気掛かりなことがあった。それは、先ほど短い攻防の2撃目のことである。フルプレートを纏った巨体が弾丸のような速度で接近してきた。

 フルプレートを纏っている場合、その重さや動きにくさから動きが鈍くなるのが当然である。実際、先ほどから鬼ごっこのような状態になっているが、悠人は追いつかれていない。

 しかし、そんな装備の巨体が弾丸のごとく迫ってきたのだ。これには何かしらのトリックがあるに違いないと悠人は踏んでいた。

 そこで悠人はいつの仮説を立てた。それは、爆発的加速を行えるのはあくまでも直線でのみ。というものである。

 そのため、一か八か入り組んだ通路になっていることに期待し、ピラミッド内へ逃げ込んだのだ。結果、ピラミッド内は入り組んでおり、仮説が正しかったと言わんばかりに悠人は追いつかれていない。

 あまりにもうまく行き過ぎていることに悠人は頬を緩めるが、危機的状況を脱したわけではないということを思い出し気を引く絞めた。

 

 アルベルトは内心かなり焦っていた。

 それは悠人を追いかけてかれこれ約5分が経過している。アルベルトはこのピラミッドの守護を担当している。この関係上地の利はアルベルトにある。にもかかわらず侵入者である悠人に逃げられ続けているのだ。これは到底許されることではない。

 先ほどまで対峙していた悠人の逃げ足があまりにも速いことが原因である。

 確かにアルベルトは自分があまり速くないというのはよく知っている。

 自己強化魔法を使用すれば速度は大幅に上昇させることができる。しかし、自己強化魔法で加速できるのはあくまで直線移動の場合みであり、入り組んだ建物内では使用することが出来ないのだ。

 それに加え、アルベルトはフルプレートを装備している。

 このフルプレートには軽量化の|魔法付与≪エンチャント≫がかけられている。しかし、いくら軽くなったとはいえ動きにくさが軽減されるわけではない。

 それに、運悪く今は|あの御方≪・・・・≫がここを尋ねられている。もし、このことが明るみになるようなことがあれば責任の取りようがない。

 アルベルトは絶対の忠誠をささげているあの御方に役に立たないやもう必要ないと思われることを何よりも恐れているのだ。もしそうなったらと考えるだけで背筋の凍りつくような恐怖を感じる。

 アルベルトはあり得るかもしれない『もしも』を考えないように悠人を追いかける。

 

 どのぐらいの間、悠人とアルベルトは鬼ごっこをしていたのかはわからない。

 だが、この2人の鬼ごっこもあと少しで終わりを迎えるところであった。

 悠人の目の前には2対の巨大な翼を持つ龍が描かれた大きく美しい扉がある。描かれている龍は平面の絵であるにもかかわらず、まるで生きているかのような迫力を放ち浮き上がっているようにも見える。

 迷路のような通路を走っている中で幾つもの扉を目にしていた。しかし、どの扉も今目の前にある巨大な扉ほど見事なものはなく、これが特別なものであるということを物語っている。

 悠人はあたりを見回し周囲を確認する。

 目の前の扉以外には何もなく、扉の反対には今通ってきた通路があるだけだった。

 

(どうやら、このピラミッドの最深部へ来ちまったみたいだな・・・。このままここに突っ立っているわけにもいかないし、どうしたものか・・・。)

 

 悠人はしばし考える。

 このピラミッドのことをアルベルトは『龍殿』と呼んでいたことをふと思い出した。龍殿とはおそらくは神殿に似たものではないかと考えられる。これは、通ってきた通路に描かれていた壁画の龍からしても予想はつく。

 そうなると、この扉を開けてしまって取り返しのつかないことになる可能性がある。

 日本にある神社には、参拝をする拝殿の奥に御神体をお祀りしている本殿が存在している。この本殿を開け、お祀りしている御神体を見ることはタブーとされているのだ。

 今回はそれがあてはまる可能性がある。

 この異世界では悠人の常識が通用しない可能性が高い。現にファーストコンタクトが失敗に終わっていることから、慎重に慎重を重ねる必要があるだろう。

 どうしたものかと考えていると、ガシャガシャと金属の音が聞こえてきた。もう猶予はあまりないようだ。

「やっと追いついた。覚悟しろ。侵入者ッ!!」

 悠人を追いかけてきたアルベルトは目が血走り、悠人へ向け突き刺すような殺意を放っている。

 悠人は腹をくくり、扉を開く。

 ここでバスターソードを受けて死ぬぐらいなら、少しでも生き残る可能性が高い方へ賭けたのだ。

 

 悠人へ斬りかかろうとしていたアルベルトは青ざめた。

 目の前の侵入者は龍殿の中でも最も神聖な場所に入ろうとしている。そして、今あの扉の向こうにはあの御方がいらっしゃるはずである。

「ま、待ってくれ・・・。」

 アルベルトは絶望とともに手を伸ばすが悠人には届かず、悠人は扉を押し開けた。

 

―・―・―・―・―・―・―

 

 扉の向こうにある空間は天井の採光窓から差し込む日光によって眩い光に包まれていた。

 眩い光に包まれた空間には6本の柱があり、床と柱はすべて大理石で出来ている、6本の柱にはそれぞれ違う彫刻が施されており、どの彫刻も見事で美しい。

 空間の奥には玉座のようなものがあり、玉座の周りには外で会った修道女に似た服を着た者たちが固めている。玉座には誰かが座っていることが分かるが、悠人が立っている位置からではよく見えない。しかし、漆黒のドレスのような服装から、女性であることは確認できた。

 先ほどまで走っていた通路も神秘的であったが、この空間に比べればかすんでしまうほど見事かつ神秘的な空間であった。

 悠人はつい見とれてしまい、扉をあけ放ったままその場に立ち尽くしてしまっていた。

 そのとき、後ろから強い衝撃を受け、大理石でできた床に押さえつけられた。

 悠人は何が起こったのか分からず一瞬混乱するが、アルベルトによって拘束されてしまったのだとすぐに分かった。

「アルベルト。何やら騒がしいようじゃが、いきのいい奴が紛れ込んだようじゃな。」

 玉座に腰かけた女性から鈴を転がすような美しい声で声をかけられた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。