不思議な少女、マシュ・キリエライトと出会った立香は、カルデアと、今回の任務についての事を彼女に教えて貰う。
その後に出会ったレフ・ライノール教授に、ブリーフィングがあると言われた立香は、マシュに連れられ、ブリーフィングが行われる中央管制室に向かう。
なんとか間に合ったものの、ブリーフィング中に寝てしまった立香は、カルデア所長のオルガマリー・アニムスフィアの逆鱗に触れ、管制室から追い出されてしまった。
Mission.5『戦いの前哨』
中央管制室から少し離れた廊下を2人は歩いている。
管制室を出る時点では、立香はマシュの肩を借りている状態だったが、現在は既にマシュの肩を離れ、自分で歩いていた。
「所長の平手打ちで完全に覚醒したようで何よりです。」
ここカルデアの所長、オルガマリー・アニムスフィアに強烈なビンタを食らった立香の頰には真っ赤な手形が付いていた。お陰で脳が完全に覚醒した訳なので、立香は彼女に少し感謝していた。
「ああ、全くだ。あれは凄い。銃弾みたいな速さだったよ。」
そう言って立香は茶化すように自分の頰に銃弾が当たる真似をする。それを見たマシュはクスリと小さく笑った。
「……それで、俺はファーストミッションから外されたって訳か。」
立香は一気に真顔になり、重いトーンで話し出す。
「……はい。先輩は自室で待機、という事になりました。」
「そうか……まあ、クビにならなかっただけマシと考えよう。」
ここに来る途中に利用したエレベーターに再び乗り込むと、今度はマシュが話し出した。
「魔術の世界では実力は勿論のこと、家柄がモノを言います––––––」
カルデアの所長、オルガマリー・アニムスフィアは名門と言われるアニムスフィア家の当主。血筋に強いこだわりを持っているのは確かだ。
実験段階だったレイシフトを実用に移すには、多くのマスター適性者が必要だった。しかし、所長やレフが言っていた通り、適性がある者はほんの一握り。
その為彼女は不服ながらも、一般人だった立香のような人間も勧誘したのだ。
「––––これがカルデアの事情です。それで……先輩は、カルデアを去りますか?」
難しい質問だと感じた。確かに彼がここにいる理由は存在しない。だが、クビになった訳ではないのだ。
彼も何も成し遂げずに第二の生を終わらせるつもりは無い。それに、今帰れば並木一佐や彼の父、更には彼が死なせた部下達に面目が立たない。
「……まだ決めてはいないが、しばらくはここに居るだろうさ。」
ここに残る。それが今の自分に出来る最善の選択だと彼は感じた。
マシュの話を聞いて居るうちに、2人は最初に出会った窓のある廊下に着く。そのまま歩いていると、突然マシュが窓の方を向いて立ち止まる。何事かと思い窓を見るが、そこからは猛吹雪に見舞われている山々しか見えなかった。
「ここは地上よりずっと高い場所にあるのに、ちっとも青空が見えません。」
「……青空か。」
マシュの発言から推測するに、この山脈は常時吹雪に見舞われているのだろう。カルデアのような施設を秘匿するには、もってこいの場所だと判断されたのも頷ける。
「まあ、2年もここに居たら、見る機会なんぞほとんど無いな。」
そう言って立香は彼女の方を見る。そこには、どこか悲しそうな目で窓の外を見つめる彼女の姿があった。
彼女は立香が自分を見ている事に気づくと、顔を赤らめる。
「……すいません。先輩を個室へお連れするのを忘れてました。」
マシュはそう言うと再び歩き始める。恥ずかしさを紛らわす為か、マシュは先程より少し歩くペースを上げた。
しばらく歩いていると、とある扉の前でマシュは停止する。扉の側にはローマ字表記で『Ritsuka Fujimaru』と書かれたプレートがあり、そこが立香の部屋である事がはっきりと示されていた。
「こちらが先輩の個室です。」
「悪かったな。ここまで案内してくれて。」
「なんの。先輩の頼みごとなら、昼食をおごる程度までなら承りますとも。」
「そこまでしなくて良いんだが……そういえば、お前もミッションに参加するのか?」
「はい。ファーストミッション、Aチームです。」
それを聞いた立香は心底驚いた。目の前の、今の自分より幾ばくか年齢の低い少女が、今回の作戦の先行部隊に所属しているのだ。
どうやら自分は彼女の事を舐めていたようだ。そう思い、立香はマシュへの認識を改める事となった。
「へえ、凄いじゃないか。」
「……ありがとうございます。それでは、私はこれで。」
マシュは立香に向かってお辞儀をすると、後ろを向いて走り出した。
「マシュ!」
立香に呼び止められ、マシュは彼の声が聞こえた方に振り向く。そこには、気をつけの体勢で彼女の方を向いている立香の姿があった。
マシュがこっちを振り向いた事を確認すると、立香は一糸乱れぬ動きで敬礼した。
「……健闘を祈る。」
突然の敬礼にマシュは少し困惑したが、それに応えるように笑顔で小さく手を上げた。すぐにマシュは走り出し、姿は見えなくなった。立香は敬礼を止めると、自分の右手を見つめた。
「……面白い奴だったな。」
そう静かに呟くと同時に、立香は何かの気配を感じ、すぐさま振り返った。気配の正体は、リスなのか犬なのかいまいち分からないカルデアの特権生物、フォウだった。
「なんだ、お前か……
「フォウ、キュウ。」
自分の足にじゃれついてくるフォウを見て、立香は頭を掻きながら溜息をついた。
「こりゃ離れる気配は無いな……仕方ない、部屋の中に入れてやるよ。」
そう言うと、立香はフォウの首元を掴んで持ち上げる。フォウは持ち上げられると、軽く抵抗はしたものの暴れる気配は無かった。
彼は部屋のドアを開き、謎の小動物と共に、新しい我が家に足を踏み入れた。
「はーい、入ってまー……」
部屋に入ると同時に、立香は硬直する。自室だと案内された部屋に、ベッドに座りながら、ケーキを食べている見知らぬ男がいたのだ。
男も、何か言おうとしていたが、立香を見ると同じように硬直する。そのまま沈黙が部屋を支配する。
「––––って、うぇええええええ⁉︎誰だ君は⁉︎」
最初に沈黙を破ったのは男の方だった。驚いた様子で、大声を出しながら大きく仰け反る。
「いや、あの––––」
「ここは空き部屋だぞ、僕のさぼり場だぞ⁉︎ 誰のことわりがあって入って来たんだい⁉︎」
男の出鱈目な話に、立香はハアとため息を吐く。
「アンタ何言ってんだ? 俺はただ、ここが部屋だって言われたから入っただけなんだよ。」
彼は少し強い口調でそう言った。
「君の部屋?ここが?」
そう言うと、その男は何かを思い出したらしく、頭を抱えながらがくりと肩を落とした。
「あー……そっか、ついに最後の子が来ちゃったかぁ……」
「……で、あんたの名前は?」
そのまま残念そうに溜息をついた男に対して、立香はそう質問した。
すると、男は先程とは打って変わって元気に顔を上げ、喋り出した。
「僕はロマニ・アーキマン、医療部門のトップだ。なぜかみんなからは、略してドクター・ロマンと呼ばれているよ。
理由は分からないけど言いやすいし、君も遠慮なくロマンと呼んでくれていいとも。」
男はのほほんとした表情でそう言った。
その自己紹介を聞いた立香は驚いた。目の前の、頼りげのなさそうな男が、カルデアの医療部門のトップなのだという。
「……こいつがトップって……失礼、l先程の発言お詫び申し上げます。ドクター・アーキマン。」
立香はボソリと呟くと、先程とは打って変わって、紳士的な態度を取る。
どうやらロマニには聞こえなかったようだ。
「ハハハ、よしてくれよ。ロマンで良いさ……あれ?」
何かに気付いたロマンは、立香の足元を見る。
そこには完全に存在を忘れ去られていたフォウがいた。
「君の足元にいるの、もしかして噂の怪生物?うわあ、はじめて見た!」
ロマンはそう言ってフォウの事をまじまじと観察する。
その姿はまるで、動物園で初めて象を見た子供のようだった。
「マシュから聞いてはいたけど、ほんとにいたんだねぇ……どれ、ちょっと手なずけてみるかな?」
そう言うと、彼はフォウに向かって手を差し出す。
「はい、お手。うまくできたらお菓子をあげるぞ。」
ロマンは間の抜けた笑顔を浮かべて、手を差し出している。
それを見た立香は呆れてしまった。本当にこの男が医療部門のトップなのかと疑問にすら思ってしまう。
「…………フウ。」
どうやらフォウも彼と同意見だったらしい。フォウは憐憫の感情のこもった目でそっぽを向く。
「あ、あれ。いま、すごく哀れなものを見るような目で無視されたような……」
そりゃそうだ、と立香は心の中で呟く。
大の男がこんな事をやっているのを見たら、誰だってこのような目で見る。
「と、ところで、もうすぐレイシフトが始まるんじゃないのかい?スタッフ総出で駆り出されてるって聞いたけど。」
「あー……それは……」
立香はギクリとする。ブリーフィング中に居眠りして追い出されたとはとても言えたものじゃない。
口籠る立香を見て、ロマンは彼の事情を察する。
「だいたい話は見えてきたよ。君は今日来たばかりの新人で、所長のカミナリを受けたってところだろ?」
「……ご名答。お恥ずかしながらその通りです。」
「それならボクと同類だ。何を隠そう、ボクも所長に叱られて待機中だったんだ。」
「え?」
仮にも医療部門のトップが参加しないとは、どういう事なのだろう。
目の前の男は、何か重大なヘマでもしたのかと立香は考える。
「さっきも言った通り、もうすぐレイシフトが始まるだろ? スタッフ総出で駆り出されてるんだけど、僕の仕事はみんなの健康管理だから。正直、やるコトがなかった。
「……ブラックでお願いします。」
それを聞いた立香は考え込む。
不測の事態が起きる可能性だってあるはずだろう。それなのに何故医療部門のトップである彼を追い出してしまったのだろうか。
あの所長はそういった状況が起きると想定していなかったのか。
「『ロマ二が現場にいると空気が緩むのよ!』って所長に追い出されて、仕方なくここで拗ねていたんだ。はいどうぞ。」
「ありがとうございます……たく、何考えてんだか。」
立香はあの所長に対し、ボソリと毒吐く。幸いにもロマンは聞いていなかったようだ。
「でも、そんな時にキミが来てくれた。地獄に仏、ぼっちにメル友とはこのコトさ。所在ない者同士、ここでのんびりと世間話でもして交友を深めようじゃあないか!」
「え、ええ。まあ……」
立香は苦笑いを浮かべる。こんな奴と同類にはされたくない、と心の中で呟いた。
「そうだなあ……まずは、このカルデアについて話してあげよう。ここは––––」
––––––––––
「––––とまあ、以上がこのカルデアの構造だ。標高6000メートルの雪山の中に作られた地下工房で……」
言いかけたところで、ロマンの腕の端末から着信音のような音が発生する。
彼が端末を操作すると、空中に画面が展開した。ここまで技術が進歩しているのか、と立香は感嘆する。
「やあレフ。」
どうやら彼はレフ教授と通信しているらしい。
『ロマ二、あと少しでレイシフト開始だ。万が一に備えてこちらに来てくれないか?』
「何かあったのかい?」
『Aチームの状態は万全だが、Bチーム以下、慣れていない者に若干の変調が見られる。』
Aチームといえば、マシュの所属している部隊だ。
オルガマリーは、彼等は一ヶ月前からチームとして機能していると言っていた。どのチームもこれが初実戦だろうが、経験の差は天と地ほどの差がある。新兵同然のBチーム以下が不安定になるのも当然だろう。
だが先行するのはAチームだ。彼等はまだ余裕があるはずだ……当のAチームがパニックやトリガーハッピーのような状態にならなければの話だが。
「それは気の毒だ。麻酔をかけに行くよ。」
『ああ、急いでくれ。いま医務室だろ?そこからなら二分で到着できる筈だ。』
「オッケー。」
『……遅れるなよ。』
そう言ってレフは通信を切った。
「ここ、俺の部屋ですよね?」
同時に立香は呆れた様子でロマンにそう言う。それを聞いたロマンは苦笑いを浮かべる。
「はははは……ここからじゃどうあっても五分はかかるぞ……」
呆れると同時に、本当にこの男は医療部門のトップなのかと、その様子を見た立香は再び疑問に思う。
「ま、まあ、少しぐらいの遅刻は許されるよね。Aチームは問題ないようだし。ああ、今の男はレフ・ライノールって言うんだ。」
ロマンは苦し紛れの言い訳を並べた後に、話を逸らそうとする。仕方がないので、立香も渋々話に付き合う事にした。
「存じています。ここの技師ですよね。」
「はははは、技師だなんて随分謙遜したなあ。」
「え?」
思わず声が漏れる。謙遜したとはどう言う事だろうか。
「彼は、あの
あの物腰が柔らかい紳士的な人物が、カルデアスを観測するための望遠鏡を開発した張本人。
人は見かけによらないとはよく言ったものだ、と立香は心の中で驚嘆する。
「シバはカルデアスの観測だけじゃなく、この施設内のほぼ全域を監視し、写し出すモニターでもある。
ちなみにレイシフトの中枢を担う召喚・喚起システムを構築したのは前所長。その理論を実現させるための擬似霊子演算機……ようはスパコンだね、これを提供してくれたのはアトラス院。」
聞いたことのない単語が雪崩れ込んでくる。アトラス院とはなんだ。そもそも霊子とは一体なんなのか。もはや立香にはなんの事なのかさっぱりだった。
「このように実に多くの才能が集結して、このミッションは行われる。僕みたいな平凡な医者が立ち会ってもしょうがないけど、お呼びとあらば行かないとね。」
そう言ってロマンはベッドから立ち上がり、ドアへ向かう。途中で、何かを思い出したかのように立香の方に振り向いた。
「そうだ……おしゃべりに付き合ってくれてありがとう、藤丸くん。」
「こちらこそ、ありがとうございました。」
「落ち着いたら医務室を訪ねに来てくれ。今度は美味しいケーキぐらいはご馳走するよ。」
またね、と手を振りながらロマンはそのままドアに近付く。
それと同時に、突然部屋の明かりが消えた。
「なんだ?明かりが消えるなんて、何か–––––」
瞬間、ドンという音と同時に地響きのような振動がカルデア駆け巡る。
1秒遅れて、けたたましい警報音が鳴り響く。
『緊急事態発生。緊急事態発生。中央発電所、中央管制室で火災が発生しました。
中央区画の隔壁は240秒後に閉鎖されます。職員は速やかに第二ゲートから退避してください。
繰り返します。中央発電所、及び中央–––––』
警報音と共に、避難を呼びかける無機質な女性の音声が流れる。
先程の音と振動、そして火災。これらから考えられる原因であろう物体は、立香が知りうる限りでは一つしかなかった。
「今のは爆発音か⁉︎ 一体なにが起こっている……⁉︎ モニター、管制室を映してくれ! みんなは無事なのか⁉︎」
ロマンに命令された端末は、中央管制室の映像を映し出す。そこにあったのは、炎で一面真っ赤に染まった管制室の姿があった。
「……こりゃ酷い……まさか……テロか?」
そうは言ったものの、立香もテロとは考えにくかった。あの広い部屋をここまで破壊するには、それこそ真上から
「……藤丸くん、すぐに避難してくれ。ボクは管制室に行く。もうじき隔壁が閉鎖するからね。その前にキミだけでも外に出るんだ!」
ロマンは全速力で管制室の方向へと走っていく。
「ちょ、Dr.ロマン! 危険で––––」
立香はロマンを呼び止めようとするが、ロマンはそのまま管制室の方へと消えていった。仕方なく、立香は最初に入って来たゲートの方向に走り出そうとする。
その瞬間、脳裏にマシュの姿が浮かぶ。
管制室には、立香とロマンを除くカルデアのスタッフの大半が集まっていた。このまま避難するよりも、ロマンと協力して、一人でも多くの人員を救出したほうが良いのではないのだろうか。
思い悩んでいたその時、立香の脳裏にある言葉が蘇った。
–––––海兵隊は、決して仲間を見捨てない。
「……そうだ。俺は、合衆国海兵隊の海兵だ。これまでも、そしてこれからも。」
彼は既に、この施設の一員だ。ならその同僚を助けない理由などないだろう。
立ち止まっていた立香は弾かれるように、中央管制室の方向に走り出した。
そのまま走っていると、前を走っていたロマンに追いつく。いつの間にか自分と並走していた立香を見て、ロマンは驚いた表情を浮かべた。
「いや、なにしてるんだいキミ⁉︎ 方向が逆だ、第二ゲートは向こうだよ⁉︎」
「すいません、一人でも多く助けたいんです!」
「だからって……ああもう、言い争ってる時間も惜しい!隔壁が閉鎖する前に戻るんだぞ!」
「了解!」
二人は全力で走り続ける。
前方に中央管制室のゲートが見えてくる。接近するとゲートは自動で開き、中から熱波と、様々な物が焼ける匂いが噴き出す。
その光景は、映像で見るよりも更に凄惨だった。
あちこちで火の手が上がり、天井からは様々なものが落ちて来ている。
所々に人間の死体や肉片が散らばっており、まるで旅客機事故の現場のようだった。
「……生存者は、恐らくいないな。無事なのはカルデアスだけだ。ここが爆発の基点だろう。人為的な破壊工作の可能性がある。」
「クソが……! 一体どこのどいつがこんな事を–––––」
その言葉を遮るように、アナウンスが流れ出す。
『動力部の停止を確認。発電量が不足しています。予備電源への切り替えに異常 が あります。職員は 手動で 切り替えてください。
隔壁閉鎖まで あと 180秒。中央区画に残っている職員は速やかに–––––』
予備電源が無ければ、施設の最低限の維持は不可能になる。それだけは避けなければならない。
それを聞いたロマンはゲートを潜り抜け、管制室から抜け出す。
「……ボクは地下の発電所に行く。カルデアの火を止める訳にはいかない。キミは急いで来た道を戻るんだ!」
「ドクター・ロマン!」
彼はそのまま走り去り、ゲートは閉じてしまう。これで、実質ここにいるのは立香だけになった。
立香は、逃げるべきかどうか心の中で葛藤する。このまま逃げてしまえば、自身は助かるだろう。だが、いるかも知れない生存者を見捨てる訳にはいかなかった。
いつの間にかついて来ていたフォウが、立香の事を心配そうな顔で見つめた。
「……まだ、間に合うはずだ。」
そう言って、立香は燃え盛る管制室の奥に進入する。
『システム レイシフト最終段階に移行します。座標 西暦2004年 1月 30日 日本 冬木』
進む毎に、様々なものが目に入る。
瓦礫に押し潰され、下半身のみが残された職員。コフィンの中で血を流しているマスター適性者。炎で焼かれ、悶え苦しみながら絶命したであろう黒焦げの誰か。目と両足を潰され、両手を振り回しながら誰かの名前を叫び続ける者。飛び散った内臓や脳髄。
『ラプラスによる転移保護 成立。特異点への因子追加枠 確保。アンサモンプログラム セット。マスターは最終調整に入ってください。』
立香も、このような地獄は久しぶりに見た。少し吐き気を催す。
常人なら嘔吐しているであろうその光景の中を立香は進み、生存者を探す。
「誰か! いるなら返事をしろ!」
そうして進んでいるうちに、開けた場所に出る。もう駄目だと諦め、戻ろうとしたその時、立香の目は何か動くものを捉えた。
目を凝らすと、見覚えのあるパーカーを来た少女が倒れているのが見えた。
「………………、あ。」
マシュも立香に気がついたらしく、呻き声を上げながら彼の方を向いた。
「マシュ!」
彼女の名を呼び、立香は慌てて駆け寄る。
「おい、大丈夫か⁉︎ 助けに来た……ぞ……」
あと2メートルというところで、彼女がどういう状況に置かれているか立香は理解する。
下半身があるはずの場所は、上から降ってきた車ほどの大きさの瓦礫に押し潰されていた。
もう助からない。それは火を見るよりも明らかだった。下半身は完全に潰れ、大量に出血している。救助して処置を施したところで、30分持つかどうかだった。
「……畜生!」
立香は苦々しそうにそう吐き捨てると、彼女を押し潰している瓦礫を殴りつける。勿論この程度ではビクともしないのは彼も理解していた。
「…………はい。ご理解がはやくて、たすかります。だから、せんぱいもはやく、逃げないと。」
その言葉に、立香は自分の無力さを思い知らされる。また助けられないのか。また見捨てなければいけないのか。
神がいるのだとしたら、なぜ再びこのような苦しみを味合わせるのか問い詰めたい気分だった。
突然、カルデアスがある方向から、警笛のような低い音が響く。
振り向くとそこには、燃えるような赤に染まったカルデアスの姿があった。
「なに……⁉︎」
「あ…………」
その光景を見た二人は驚愕する。なぜ突然カルデアスが赤く染まったのか、理解できなかった。
『観測スタッフに警告。カルデアスの状態が変化しました。シバによる近未来観測データを書き換えます。
近未来百年までの地球において
人類の痕跡は 発見 できません。
人類の生存は 確認 できません。
人類の未来は 保証 できません。』
マシュは弱々しくも、悔しそうにも、悲しそうにも見えるような表情を浮かべる。
「カルデアスが……真っ赤に、なっちゃいました……」
『中央隔壁 封鎖します。館内洗浄開始まで あと 180秒です。』
二人が呆然としているうちに、隔壁は閉まってしまった。
もはや脱出は不可能だ。逃げる事ができなくなった立香は、その場に座り込む。
「……隔壁、閉まっちゃいましたね……もう、外に、は。」
時間が経つごとに衰弱していっているマシュは、既に息をするのも苦しそうだった。
「……もういいさ。所詮は俺もここで終わりってだけだ。それよりお前は? 痛むか?」
「わたしは、大丈夫です……ありがとう、ございます……」
「なに、礼には及ばない。俺にできるのは、お前を看取るぐらいだからな。」
気丈に振る舞おうと、立香は笑みを浮かべる。それを見たマシュも、弱々しい笑顔を見せる。
『コフィン内マスターの バイタル 基準値に 達していません。
レイシフト 定員に 達していません。該当マスターを検索中––––––』
「せんぱい……」
「どうした?」
弱々しく話しかけてきたマシュに、立香は答える。
「……ここからは……ちっとも……空が見えない……」
そう、小さく呟いた。
「……そうか。ここは吹雪ばかりで見る機会が無いしな……なら、いつか見せてやるよ。飛び切りの青空をさ。」
勿論のことだが、これは嘘だ。二人はあと数分の命、もう時間はない。
だがそれでも、せめてこの少女には絶望したまま死んでほしくなかったのだ。
『––––検索中–––––発見しました。適応番号48 を マスターとして 再設定 します。』
「…………あの……………せん、ぱい」
「ん、今度はなんだ? 言ってみろ。」
「手を、握ってもらって、いいですか?」
「……ああ、お安い御用さ。」
立香は、マシュの手を優しく包み込む。マシュはそれを見ると、満足そうに目を閉じた。
時を同じくして、大きな揺れとともに管制室に大量の瓦礫が降り注ぐ。
『アンサモンプログラム スタート。霊子変換を開始 します。』
二人の真上からも、瓦礫は容赦なく襲いかかる。
『レイシフト開始まで 3』
『2』
『1』
『全行程 終了。ファーストオーダー 実証を 開始 します。』
立香の意識はそこで暗転した。
––––––––
–––––––日本 とある地方都市
燃え盛るこの街のある場所に、迷彩服を着た白人の男が倒れていた。
男はヘルメットを被っており、その迷彩服の右肩には星条旗のパッチが貼られている。さらに、その傍らには小銃やナイフなどが落ちていた。
人は彼を様々な名で呼んだ。だが、後にも先にも、彼の真の名は、一つだけだ。
男の名は––––––––ローガン・K・アダムス
どうも、一万円でらっきょガチャに完全勝利した作者です
やっと冬木に到着です。第7話ではついに特異点がドンパチ賑やかになります。
これからはらっきょイベに集中するので、投稿はしばらく後になります。
ですので、第7話はしばらくお待ち下さい。
それではまた、第7話で。