ブリーフィングを追い出された立香は、マシュに自室へと案内される。
その自室内で待機––––サボっていたカルデア医療部門のトップであるロマニ・アーキマン、通称Dr.ロマンと出会った彼は、ロマンにカルデアについて教えて貰う。
その後、レフに呼ばれたロマンは、中央管制室に向かおうとするが、その直後に爆発が起き、管制室が崩壊した。
生存者救出のために管制室に入った立香は、そこで下半身を押し潰され、今にも生き絶えそうになっているマシュを発見する。
管制室に閉じ込められ、脱出できなくなった立香は、マシュの手を握り、そのまま意識を失った。
「キュウ……キュウ」
耳元で聞き覚えのある鳴き声が聞こえる。
彼は何の鳴き声か思い出そうとするが、何故か思い出すことができない。
「フォウ……フー、フォウ……」
頰を舐められるような感覚がする。その感触に彼は覚えがあった。自分は助かったのか。なら彼女は–––––マシュは無事なのだろうか。
「マシュ……!」
ガバリと彼は起き上がり、周辺の状況を確認する。目の前に広がる光景はあの燃え盛る管制室とよく似ていたが、全く違うものだった。
「ここは一体……ん?」
起き上がって更に様子を確かめようとしたところで、彼は自分の体に違和感を覚える。
目線がおかしい、もう少し低かったはずだ。声も前と比べて低くなっている。
体を触って確かめると、その違和感は更に大きくなる。
今の彼は海兵隊のコンバットシャツとコンバットパンツを着て、プレートキャリアとヘルメットを装着している。腰に手を回してみると、ヒップホルスターにはM45A1ピストルが差し込まれていた。
「おいおい……何だこれは……」
更には、M4A1カービンライフルやグルカナイフまでもが彼の側に落ちている。他にもグレネードや銃剣、無線機……それらは全て、彼が最期に従事した任務の際の装備だった。それらを見た彼は酷く動揺する。
ふと横を見ると、そこにはヒビの入った鏡が落ちていた。急いでそれを手に取り自分の顔を確認する。そこに写っていたのは–––––
「……まったく、何の冗談だ?」
–––––紛れも無い、ローガン・K・アダムス本人の顔だった。
ローガンは呆然として手から鏡を落とす。
なぜ、今になって自分はこうなったのか。それ以前にここはどこで、自分はどうしてここにいるのか。マシュはどこに行ったのか。
自身の置かれた状況に対する疑問が続々と湧き出てくる。試しに無線を弄るが、まったく反応はない。どの周波数にしてもだ。
何か手掛かりになる物はないかとポーチなどを探ると、あるものが出てきた。
「これは……」
それは彼がカルデアに入館する時に受け取った、腕時計型の端末とIDだった。IDには『No.48 藤丸立香』と記されており、彼がカルデアの一員である事を証明していた。
「……つまり俺はカルデアから生きてここに来たって事か?」
そうなると根本的な疑問が残ってしまう。なぜ自分は藤丸立香からローガン・K・アダムスに戻ったのか。
顎に手を当て考え込んでいると、ローガンはまた足元に何かの気配を感じる。
素早くM45A1を引き抜いて足元を見ると、そこには自分を起こしてくれた張本人であるフォウがいた。
「なんだお前か……」
どうやら彼は考え事に夢中でフォウの事をすっかり忘れていたようだ。安堵のため息を漏らして考え事に戻ろうとした瞬間、微かにだが彼は何かの音を聞いた。
「……?」
音のした方に振り向くと、一本の赤い筋が空に昇って行くのが見えた。それはそのまま雲の中に入ると、カッと赤い光を放つ。1秒遅れてそれは何個もの光に分裂し、ローガンのいる方向めがけて降って来た。
「なっ……⁉︎」
やられる。そう思った時には、既に避けられないほどの距離までそれは迫っていた。
「クソッ!」
彼に到達するまでコンマ3秒という所まで来た瞬間、目の前に巨大な何かを持った誰かが現れた。
猛烈な爆音と共に、連続でそれらは弾着する。しかしローガンには傷一つ付かない。突然現れた巨大な盾が彼を守っているからだ。
そしてその盾の持ち主は、彼も良く知る人物だった。
「……マシュ⁉︎」
そう。彼の目の前で盾を展開しているのは、あのマシュ・キリエライトだ。
彼女は自分の名前を呼ばれ、驚いている様子だ。それもその筈、彼女はローガンの事は知らないのだ。
正確には、藤丸立香だった彼しか知らないという事だが。
「わたしの事を知っているようですが、詳しい話は後です。とにかく、今は伏せていてください!」
「……了解した!」
その後もそれはガトリング砲のように絶え間なく降り注ぐ。ところが10秒程経ったところで、パタリとそれの襲撃は止んでしまった。
煙が晴れると、辺りの状況は一変していた。
「嘘だろ、おい……」
それを見たローガンは愕然とする。二人がいた所を除く周辺の地面が、あたかもクレーターの様にえぐれていた。その光景はまるで、一点への集中砲撃が行われた後のようだった。
「酷いですね……それより、お怪我はありませんか? それと貴方は? 姿からして正規軍の方のようですが……」
「……ああ、まずはそこから説明しなければな。とりあえず、こいつを見てくれ。」
ローガンはポーチに入っていたIDを差し出す。それを見たマシュは驚いた表情を浮かべた。
「そんな……!失礼ですが、これをどこで手に入れたんですか⁉︎」
マシュは興奮した様子でまくし立てる。彼女は立香がどうなっているのか知りたいのだ。
「あー……信じられないだろうが、藤丸立香は……」
その勢いに、ローガンは気圧され口籠る。
「教えて下さい! 先輩は、先輩はどこにいるんですか⁉︎」
「……俺だ。」
「……え?」
彼女はその言葉を、すぐには理解できなかった。
「厳密には、藤丸立香だったんだ……さっきまではな。」
それを聞いたマシュは呆然とする。お前は何を言ってるんだ、という感情がハッキリとローガンに伝わってくる。
「……やっぱりな。」
その様子を見たローガンはそう呟く。どういう反応をするのかは彼も予想済みだった。
目の前の男が、自分が探していた青年だと自称しているのを信じられる人間はいない。彼女がこのような反応をするのも無理はなかった。
「……本当に、先輩なんですか?」
マシュはローガンに半信半疑な様子でそう聞いて来る。その目には、疑念の色が見て取れた。
「……ああ。管制塔じゃ済まなかったな、手を握ってやる事しか出来なくて。」
それを聞いたマシュは驚いた表情でローガンを見る。
それもそうだろう。それはあの管制室にいた二人にしか知り得ない事であり、赤の他人が知っている筈のないものだ。
マシュもこれで信じてくれたらしく、先程まで強張っていた表情は少し和らいだ。
「先輩……なんですね。よかった。ご無事で何よりです。」
「そちらこそ、と言いたいところだが、まずはここから移動しよう。」
ローガンはそう言って自分の足元を見る。二人が立っているのは、先程の攻撃で出来たクレーターの中央に残った足場だ。
ここで立ち話、というのはどちらも気が引けた。
「そうですね。よろしければお手伝いしますが?」
「いや、結構だ。そこまで老いぼれじゃない。」
手を振りながら彼は急な斜面を滑り降りる。マシュもそれに続き、降りていった。幸いにもクレーターはあまり深くなく、登るのはそれほど苦ではなかった。
クレーターから抜け出し、ローガンは再び周辺の状況を確認する。まず始めに感じたのは、風と共に飛んでくる何かが燃える匂いだった。
至る所で火の手が上がっており、まるで焼夷弾による空襲を受けた時のような光景が広がっている。火災を免れている建造物の形状等は日本の古風な建築だと見てとれた。
「となると、ここは日本か?」
だが何故自分は日本にいる。先程まで雪山に居たはずだ。それなのに何故。
「……いやまさかな。」
そこで彼の頭にとある仮説が浮かんだ。人間を霊子化させ過去へ送り込み、事象に介入する行為––––レイシフトだ。あの時、レイシフトに巻き込まれのだとすると、ここは特異点だという事になる。
だが彼は魔術についてはからっきしの素人だ。その仮説が正しいかどうかは彼には判断できなかった。
「こいつは専門外だな……あいつに聞いてみるか。」
素人が一人で考えるよりも、知識のある者に聞いた方が早い。ローガンは後ろのマシュの方を見る。彼女は存在を半分忘れ去られて拗ねていたフォウを慰めている。
「なあマシュ。」
「あ、はい。どうされましたか?」
彼女はローガンの呼びかけに気付き、彼の方を向く。
「ここは特異点なのか?」
「……はい。確かにここは特異点F–––2004年の日本、冬木市です。」
やはり、とローガンは心の中で呟く。彼はあの時、管制室でレイシフトに巻き込まれていたのだ。レイシフトが行われなければ二人は今頃瓦礫に埋もれていただろう。ローガンは心の中で、この偶然に感謝した。
「運が良かった……って事だな。」
これで疑問の一つが解決した訳だが、彼のにはもう一つの疑問が残っていた。マシュの事だ。
彼女は確かにあの時、瓦礫に下半身を押し潰され死を待つのみだった。それなのに何故、彼女は五体満足で無事なのだろうか。
それにあの服装だ。身体に密着したスーツが年齢の割に肉付きの良い肢体を強調しているのにに加えて、腹部は臍が見える程大きく穴が開いている。
ローガンからするとその格好はまるで、アメコミのヒロインのようにも見えた。
「あー……それでだ。マシュ、その格好は?」
彼が思い切って聞いてみると、マシュは顔を赤らめた。あの格好は彼女にとっても恥ずかしいものらしい。
「……これは、その……」
「あー、言いたくないなら言わなくていい。それより通信手段を……ん?」
その時、ローガンの背後で、突然小さな物音が響いた。ローガンの耳が小さな物音を察知する。それは極めて小さいものだったが、彼はその音が自然に発生したものではないとすぐに見抜いた。
彼は素早く音のした方向にM4A1を構える。鍛えられた彼の直感が、その音に警鐘を鳴らした。
音がしたのは、二人がいる地点から40メートル先の道路の曲がり角からだ。
マシュもその音に気付いたらしく、あの巨大な盾を構えていた。彼はM4A1を構えながら音のした方にゆっくりと近付いて行く。
トリガーには指を掛けていない。民間人だった場合、誤射してしまうと不味いからだ。
「……生存者ですか?もしそうなら返事をして下さい。」
藤丸立香として18年間使い続けた日本語でその方向に声をかける。
反応は無い。
「……繰り返します。生存者なら返事をして、我々の前に姿を現して下さい。さもなければ貴方を敵とみなします。」
彼は先程よりも強めの口調でそう言う。10秒ほど待つが、やはり誰も姿を現さない。
見当違いだったかと思い、銃を下ろそうとした瞬間、カチカチと骨同士が当たるような音と共に、その音の主が姿を現した。
「………な⁉︎」
それは骨だった。骨と言ってもただの骨一本ではない。人間の骨格が、歩いていたのだ。その姿を見てローガンは後ずさる。非現実的な光景を目にして彼は酷く動揺していた。
動く骨格は更に現れ、合わせて五体ほどが集まった。それらは皆ボロボロの布を身に纏い、大ぶりな剣鉈で武装している。
スケルトン。ローガンの頭にその単語が浮かんだ。
中世ヨーロッパを始めとした世界各地の伝承に登場するアンデッドの一種、RPGではお馴染みの存在だろう。だが伝説は所詮伝説、身体を構成する要素が骨だけの生物などいる筈がない。
だがそれらは彼の目の前にいて、動いてすらいる。俄かには信じられない光景がそこにはあった。
「Gi––––GAAAAAAAAAAAA!」
それらの内の一体、最初に姿を現したものが彼に向かって剣鉈を振り回しながら突っ込んで来た。走るスピードは小学生とほぼ同じくらいで、お世辞にも速いとは言えない。
「止まれ! 止まらないと撃つぞ!」
ローガンは銃口を向けながらそう言うが、知性のない怪物であるスケルトンは気にせず突っ込んで来る。一人と一体の距離は着々と狭まっていた。
「下がってください、先輩!」
マシュが走り出すが、既に距離は5メートルまで迫っていた。
4メートル、3メートル、そして2メートルまで近付いたところで、スケルトンは剣鉈を振り上げる。
刹那、乾いた音が連続で鳴り響く。
ローガンが構えたM4A1から吐き出された5.56×45mm弾がスケルトンの肋骨を、肩甲骨を、頚椎を、頭蓋骨を貫く。
そのままスケルトンは、l骨同士の接続が無くなり、バラバラになって崩れ落ちた。
「……敵性行動を確認。意思疎通は不可能。
冷酷な声が静かにその場に響く。その声を聞いたマシュは、心の奥底が凍りつくような感覚を覚えた。
その発砲音を皮切りに残りの四体が走り出す。ローガンはM4A1のセレクターをセミオートに切り替え、その内の一体の頭蓋骨を撃ち抜く。撃たれたスケルトンはガシャンと音を立てて崩れた。
「有効な無力化手段は頭部損傷か……マシュ! 近接戦闘は出来るか⁉︎」
「は、はい!」
返事を聞いたローガンはニヤリと口角を釣り上げる。
「盾で連中をブン殴れ! 俺がカバーする。タイタニックに乗った気持ちで殴り込め!」
「それは沈んでしまうのではないでしょうか⁈」
「ハッ、どうだかな。まだ分からんさ!」
酷な命令だと、彼も自覚していた。
いかに訓練を積んで来たとは言え、彼女は初陣だ。頑丈な盾があろうとも、それを支える足が震えている。
だがあの身体能力は本物だ。それを活用しなければ宝の持ち腐れになる。
マシュは自分を落ち着かせようと深く息を吸い込む。
「……分かりました。先輩、指示を!」
そう言って彼女は走り出し、先頭の一体に盾でタックルした。それをもろに受けたスケルトンは分解され、吹き飛ばされる。
「はあっ!」
そのまま左にいたもう一体に盾をスイング。同じようにそれは砕け散る。
振り返ってもう一体を仕留めようとするが、そこにスケルトンはいない。
刃物が空気を切る音が聞こえる。彼女は慌てて上に目を向けると、ジャンプして剣鉈を振り下ろそうとするスケルトンの姿があった。
「そんな……!」
避けられない。直感的にそう感じる。
振り下ろされた剣鉈は、彼女に命中……する事は無く、乾いた音と共に弾き飛ばされる。
「……え?」
間髪入れずにスケルトンに無数の弾丸が叩き込まれる。スケルトンはバラバラに空中分解し、先程までスケルトンだったものは地面に降り注いだ。
「All clear.」
戦闘の終了を知らせる声が発せられる。声の主は勿論ローガンだ。彼はまだ硝煙の匂いが残る銃を構えながら、周囲を警戒する。
安全を確認した彼は、こちらを見ながら唖然としているマシュに近づく。
「……大丈夫か?」
ローガンがそう言って彼女の頬をぺちぺちと叩くと、彼女はハッと我に返った。
「す、すいません……なんとかなりましたね。」
「ああ……それでだ。マシュ、その格好は?それとお前、そんなに強かったのか?」
先程聞きそびれていた事を再度彼女に尋ねる。尋ねられた彼女は顔を少し赤らめた。
「……いえ、戦闘訓練はいつも居残りでした。逆上がりもできない研究員。それがわたしです。」
あれ程の身体能力を発揮していたにも関わらず、訓練では落ちこぼれだったという彼女の話を、ローガンはあまり信じられなかった。
「わたしが今、あのように戦えたのは–––––」
マシュがそう言いかけたところで、ローガンが所持していた端末から着信音が鳴り出した。彼は急いでポーチから端末を取り出すと、右手首に装着する。
しかし彼はこの端末を操作した事がなかったので、どこをどうすればいいのか見当がつかなかった。
「操作方法分かるか?」
そう言って彼は右腕をマシュに差し出した。
「あ、はい。そのボタンを押せば–––––」
言われた通りに操作すると、50センチ先に映像が浮かび上がる。その映像には、ロマニ・アーキマンの姿が映っていた。
『ああ、やっと繋がった! もしもし、こちらはカルデア管制室だ、聞こえるかい⁉︎」
どうやら電力の復帰には成功したようだが、まだ問題が残っているらしい。ロマンは焦った様子で話している。
「こちらAチームメンバー、マシュ・キリエライトです。現在、特異点Fにシフト完了しました。」
焦っている彼に対して、マシュは落ち着いた様子で淡々と報告をする。それでも、彼女の足は微かに震えていた。
「同伴者は藤丸立香一名。心身共に問題ありません。」
『ああそうか。藤丸君も無事だったんだね……って、ええ⁉︎ マシュ、君の隣の男性は誰なんだい⁉︎』
ロマンはマシュの隣に立っているローガンを見ると、つい数十分前の、立香と初めて会った時のような反応をした。ローガンとしては予想通りの反応だった訳だが。
「……補足します、ドクター。この男性が藤丸立香です。」
『––––マシュ、どこか頭を打ってしまったのかい?』
彼女は事実を述べているものの、やはりロマンは信じる事ができない。
「……俺の部屋でサボってたのは、どこのどいつだった?」
ローガンがそう言うと、ロマンは図星だったらしく体を一瞬ビクつかせた。ローガンは藤丸立香のIDをロマンに見えるように掲げる。
「ほら、俺のIDだ。これを見ても信じられないか?」
IDを見たロマンは手元のキーボードで何らかの操作をした。
『……ほ、ほんとだ。確かに藤丸君のIDだね。という事は、本当に藤丸君なのかい?』
「証拠は揃ってるだろ。意外と疑い深いんだな、アンタ。」
ロマンの質問にローガンはヘルメットを外して頭を掻きながらそう答えた。通信中も安心は出来ないので、彼は頭を掻き終わるとすぐにヘルメットを装着した。
「––––一つ言うと、今の俺の名前は藤丸立香じゃないな。」
ヘルメットの顎紐を締めながら、ローガンはそう付け足す。
『へ?そうなのかい?』
「そう言えば、わたしも先輩の名前を聞いてませんでした。」
マシュが思い出したかのようにそう言う。確かに、ローガンは自分の名前を彼らに教えていなかった。
「そうだな。じゃあ自己紹介だ。」
そう言うと、ローガンはビシリと音が鳴りそうな程に整然とした動きで気を付けの体勢をとる。
「俺はローガン・K・アダムス。アメリカ合衆国海兵隊の海兵で、階級は大尉だ。」
『……べ、米軍の……大尉⁉︎ そんな人がどうして……』
ローガンの自己紹介を聞いたロマンは酷く驚く。なぜ米軍の士官がこのような状況下にいるのか、ロマンは混乱した。
「それはだな。まあ、上手く説明はできないんだが–––––」
そうしてローガンは自分がここまで来てしまった経緯を話し始めた。
2015年の今日、イラクでの任務中に死亡した事。その後に1997年の日本で、赤ん坊の藤丸立香になっていた事。そしてレイシフトの後、藤丸立香から再びローガン・K・アダムスの体に戻っていた事。
その話を聞いた二人は唖然としている。
それもその筈、彼の話は余りにも突拍子のないものだ。転生ものの小説のような話を体験したなどと言われても、すぐに信じられる人間は殆どいないだろう。
「あー……お二人さん?確かに信じられないだろうが、こいつは全部本当の話なんだ。」
『……ごめん。ちょっと話について行けてなかった。』
「同じくです……」
ロマンは眉間に指を当てながら、マシュは申し訳なさそうな表情を浮かべてそれぞれの感想を述べた。
「いや、大丈夫だ。それで、これからどうする?」
「少々お待ちください……ドクター。レイシフト適応、マスター適応、ともに良好。
藤丸立香改め、ローガン・K・アダムスを正式な調査員として登録してください。」
『ああ、分かった。』
ロマンは再び手元の機器を操作する。藤丸立香の情報をローガン・K・アダムスとして上書きして、彼を調査員として登録した。
『……コフィンなしでよく意味消失に耐えてくれた。それは嬉しい。』
登録し終わると、ロマンはなぜか改まった様子で話し始めた。
『それと、マシュ……君が無事なのも嬉しいんだけど、その格好はどういうコトなんだい⁉︎ ハレンチすぎる! ボクはそんな子に育てた覚えはないぞ⁉︎』
–––––突然の発言に、彼らの周囲が静寂に包まれる。それを聞いていたローガンは眉間を抑え、深いため息を吐く。
確かにマシュの服装の事は彼も知りたかったし、ロマンの気持ちも理解はできたが、突然の言葉には呆れを隠せなかった。
「……これは、変身したのです。カルデアの制服では先輩を守れなかったので。」
マシュは頬を赤らめ、恥ずかしそうにそう言った。それにしても変身なんて、彼女はバッタの改造人間か光の巨人の仲間なのだろうかとローガンは思った。
『変身……? 変身って、なに言ってるんだマシュ? 本当に頭を打ったのかい? それともやっぱりさっきので……」
「––––––Dr.ロマン。ちょっと黙って。」
『アッハイ。』
マシュは少し怒気を孕んだ声でそう言った。どうやらロマンは地雷を踏み抜いていたらしい。ローガンも止めようとしてはいたが、少し遅かったようだ。
「わたしの状態をチェックしてください。それで状況は理解していただけると思います。」
『キミの身体状況を?』
マシュが少しぶっきらぼうにそう言うと、ロマンは言われた通りの彼女の身体状況を調べ始めた。
『お……おお、おおおぉぉおおお⁉︎』
調べていく内に、ロマンは大きく感嘆の声を上げた。
『身体能力、魔力回路、すべてが向上している! これじゃ人間というより–––––』
「はい。サーヴァントそのものです。」
サーヴァント。その単語を聞いてローガンが思い出したのは、入館時に受けた模擬戦闘において圧倒的ともいえる戦闘能力を示したあの三人の姿だった。
「経緯は覚えていませんが、わたしはサーヴァントと融合した事で一命を取り留めたようです。」
そうしてマシュは、自分がこうなった理由を語り始めた。
カルデアでは特異点Fの調査・解決のため、事前にサーヴァントが用意されていた。しかし、そのサーヴァントもあの爆発でマスターを失い、消滅する運命にあった。
だがその直前に、そのサーヴァントは瀕死の重傷を負っていたマシュに契約をもちかけてきたのだ。英霊としての能力と宝具を譲り渡す代わりに、特異点の原因を排除する、という条件で。
『英霊と人間の融合……デミ・サーヴァント。カルデア六つ目の実験だ。』
デミ・サーヴァント。人間とサーヴァントを融合させるとは凄まじい事なのだろうが、どういうものなのかはローガンにはいまいち分からなかった。
『そうか。ようやく成功したのか。では、キミの中に英霊の意識はあるのか?』
「……いえ、彼はわたしに戦闘能力を託して消滅しました。最後まで真名を告げずに。
ですので、わたしは自分がどの英霊なのか、自分が手にしたこの武器がどのような宝具なのか、現時点ではまるで判りません。」
真名に、宝具。魔術とは縁遠い人生を送ってきたローガンにとっては、一度も聞いたこともない言葉だ。
だが宝具というものには覚えがあった。模擬戦闘であの少女、セイバーが見せた超高出力のレーザー兵器のような攻撃だ。
あれが宝具だとするならば、最終兵器–––––核兵器のような位置付けになるのだろう。
『……そうなのか。だがまあ、不幸中の幸いだな。召喚したサーヴァントが協力的とは限らないからね。』
ローガンにはサーヴァントの事はさっぱりだったが、協力的とは限らないという言葉が引っかかった。
いくら強力と言えど、裏切る可能性のあるものを使用するのは安全面で多大な問題があるのではないか。
『けどマシュがサーヴァントになったのなら話は早い。なにしろ全面的に信頼できる。』
「ああ、それには賛同できる。」
確かに、彼女は素直でいい人間だ。精神的に幼すぎる面もあるが、裏切る事はまずないだろう。
『アダムス大尉。そちらに無事シフトできたのはキミだけのようだ。』
「そうだろうな。管制室の連中はほぼ全滅だろ?」
その言葉に、ロマンは一瞬だが表情を曇らせる。やはり無事なマスター適性者は彼だけのようだ。
『ああ。それに、何も事情を説明しないままこのような事になってしまい申し訳ない。
わからない事ばかりだろうけど、どうか安心してほしい。
あなたにはマシュという、人類最強の兵器があるんだから。』
「……最強というのは、どうかと。たぶん言い過ぎです。後で責められるのはわたしです。」
困ったような表情でマシュはそう言った。
あれだけの戦闘能力を発揮してすら謙遜するとは、あまり自分に自信が無いらしい。
『まあまあ。サーヴァントはそういうものなんだって彼に理解してもらえればいいんだ。』
「人類最強ねえ……本当にそうか?」
先程の戦闘を見ていた彼にとっては、目の前にいる少女が核を超える兵器だとは信じられなかった。
『ただし大尉、サーヴァントは頼もしい味方であると同時に、弱点もある。」
「……弱点? 燃料的な何かか?」
『うん。魔力の供給源となる人間……マスターがいなければ消えてしまう、という点だ。
現在データを解析中だが、これによるとマシュはキミの
つまり、キミがマシュの
サーヴァントにマスター。宝具や魔力。ファンタジー小説に出てきそうな単語が次々と出てくる。
そのおかげでローガンは話についていくのが精一杯だ。
「俺がマシュのマスター? ……訳が分からんな。」
『うん。当惑するのも無理はない。キミにはマスターとサーヴァントの説明さえしていなかったし。』
一瞬だが、映像にノイズが走り、ロマンの顔が歪む。通信環境が悪いのだろうか。
『いい機会だ。詳しく説明しよう。今回のミッションには二つの新たな試みがあって……』
更にノイズは酷くなり、雑音が大きくなる。ロマンの顔も、先程より遥かに不鮮明になっていた。
「ドクター、通信が乱れています。通信途絶まで、あと十秒。」
『むっ、予備電源に替えたばかりでシバの出力が安定していないのか。仕方ない、説明は後ほど。』
この間にもノイズは悪化している。
既に映像はほとんど砂嵐で、かろうじて音声が聞こえている程度だった。
『二人とも、そこから2キロほど移動した先に霊脈の強いポイントがある。何とかそこまで辿り着いてくれ。』
「そうすれば通信は回復するのか?」
『ああ。でも、くれぐれも無茶な行動は避けるように。
こっちもできるかぎり早く電力を–––––』
そこで通信は途絶えた。ローガンは端末を操作するが、音沙汰はない。
「……仕方ない。言われた地点に急ぐぞ。」
「はい。頼もしいです、先輩。実はものすごく怖かったので、助かります。」
マシュはそう言って笑っているが、やはり足は小さく震えていた。
「それでだ……こいつはどうする?」
「キュ。フー、フォーウ!」
ローガンは足元で転がっていたフォウを持ち上げ、頭をワシャワシャとかき回した。
当の本人は気に入らなかったらしく、すぐにマシュの肩に飛び移った。
「そうでした。フォウさんもいてくれたんですね。応援、ありがとうございます。」
マシュはいつかの時のように微笑むと、フォウに指を差し出した。
フォウが彼女の指を舐めている光景を見て、ローガンは強張っていた表情を少し綻ばせた。
「どうやらフォウさんは先輩と一緒にこちらにレイシフトしてしまったようです。」
「そうか……ロマンには報告しなくて良かったのか?」
ローガンがそう言うと、マシュはあっと声を上げて固まった。
どうやら頭から抜け落ちていたようだ。気付いた彼女は申し訳なさそうにシュンとしてしまった。
「キュ。フォウ、キャーウ!」
「……あいつの事は気にするな、だってよ。」
ローガンに他の生物の言語など分かる訳ないが、その時は何故か本当にフォウがそう言っているように彼は感じた。
「そうですね。フォウさんの事はまた後で、タイミングを見て報告します。」
フォウの励まし?もあってか、彼女はスッキリとした顔立ちになっていた。
「ああ。まずはロマンの言ってた座標を目指すぞ。そしたら通信も回復するはずだ。」
「はい。それにベースキャンプも作れるはずです。」
ローガンは装備のチェックをする。
GPSは音沙汰なし。無線機も通じないがそれ以外の装備は無事なようだ。
M4A1のは装填済みの物を含めて7個。先程の戦闘で使用した弾薬分を引いても、弾薬は200発程はある。
OKC-3Sとグルカナイフにも異常はない。
「こちらの準備は完了した。さあ、行くぞ。」
「分かりました。行きましょう、先輩!」
そうして英霊と融合した少女と、一度死んだはずの男は共に歩き始めた。
––––––––––
––––––場所は変わり、燃え盛る市街地。
ビルの側に、ローガンと似たような格好をした男達が七人ほど集まっていた。
「おい、無線は通じたか?」
そのうちの一人が、無線を弄っていた一人に話しかけた。
「……はあ、全然だ。」
「クソッタレ、GPSも駄目だ。」
もう一人が
「現在地は不明、HQとの連絡手段もなし……どうすりゃ良いんだ?」
「俺に聞くなよ……くそ、大尉さえいてくれればな。」
一人の男がそう吐き捨てる。
「いない人の事を言っても何も始まらんだろ。俺たちだけでなんとかしなきゃなんねえ。」
そう言って、もう一人がその発言を窘めた。
「分かってるよ……」
男は闇に包まれている空を見上げる。
他の男達も彼に続いて、同じように見上げた。
「……大尉、一体どこにいるんですか……?」
男達は皆、自分達の英雄の帰還を待ち望んでいた。
しばらくかかると言ったな……あれは嘘だ
ついに特異点が硝煙臭くなり出します(唐突)
さて、この調子で第8話もちゃっちゃと投稿しますので、またしばらくお待ち下さい。