Fate/Medal of Honor   作:A-10教徒

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〈前回のあらすじ〉
ベースキャンプを設立するために移動していたローガンとマシュは、怪物たちに襲われていたカルデアの所長、オルガマリーを救助する。
正式な探索員として認められたローガンは、特異点Fの異常を発見するためにオルガマリーと行動を共にする事になる。

追加情報:間違えて第10話にしていましたので、変更させていただきます。



Mission.8『カルデアとサーヴァント』

「ストップ。都市探索を始める前に、私に言うべき事があるでしょう、アダムス大尉。」

「何?」

 

 それは冬木市を二分する河川、それを横断する鉄橋の側に辿り着いた時だった。

 オルガマリーが、突然ローガンに声を掛けた。

 途中に通りすがった商店街の跡地で拝借した––––きちんと代金は置いてきた––––煙草に火を点けようとしていた彼は、一体何の事だと言わんばかりに呆けた声を上げる。

 

「特に何もないと思うが……いきなりどうした?」

「……本気で覚えが悪いようね。」

 

 ローガンの回答が気に食わなかったのか、彼女は不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。

 

「思い出しなさい。管制室での事よ!」

「あ。あれですよ先輩。管制室でレムレムしていた時の事です、きっと。」

「あー……あれか。」

 

 ローガンは火を点けたばかりの煙草を踏み潰すと顎に手を当て、ブリーフィングでの事を思い出そうと長考する。

 

「集中すれば思い出せます。あれは、ほら––––」

 

 そう言われて、ローガンは頭の中からブリーフィングでの事を思い出そうとする。

 オルガマリーのビンタで吹き飛んでいた記憶が、徐々に蘇ってくる。

 

「––––思い出しましたか、先輩?」

「……まあ、大体は。」

「大体はって……やっぱりまともに聞いてなかったのね、あなた!」

 

 ローガンの言葉を聞いたオルガマリーは酷く腹を立てる。

 確かに、自分の話を聞かずに寝ていたとなれば誰でも腹を立てるだろう。というかブリーフィング中に寝ている方が非常識だ。

 今回のそれはローガンの方に非がある。

 

「ああもう、ちょっとそこに座りなさいッ!事態も使命も知らずに特異点に来るなんて酷い話よ!」

「分かった分かった! だからもう少し落ち着け、な?」

 

 彼女の癇癪を面倒臭がりながら、ローガンは渋々と地面に座り込んだ。

 

「仕方ないからもう一度、いちから説明してあげます。いい、わたしたちカルデアは––––」

 

 彼が座ったのを確認したオルガマリーが話を始めようとしたその瞬間、彼女の真後ろの道の角からカタカタと音がした。

 

「まったく、今度は何な……の……」

 

 腹立たしげに振り向いた彼女の視界に入ったのは、

 

「……………」

 

 同じように三人の方を見ている四体のスケルトンだった。

 

「「……………」」

 

 突然の接触のためか、双方とも微動だにしない。

 謎の静寂が、彼らの周囲を包み込む。

 

「––––Fuck!」

 

 最初に行動を起こしたのはローガンだった。

 彼はオルガマリーの肩を掴んで後ろに下がらせると、すぐさまM4A1のセーフティーを外し、スケルトンに向けてセミオートで数発発砲する。

 銃口から秒速900m前後で発射された5.56×45mm弾は、二体のスケルトンの頭部に命中し、二体を沈黙させる。

 

「先輩、あとはお任せを!」

 

 マシュはそう言うと、残っている他のスケルトンに向かって飛び出した。

 

「了解だ!」

 

 マシュに残りを任せたローガンは後ろを振り向き、オルガマリーが無事かどうか確認した。

 幸いにも彼女は傷一つ付いていない。

 

「よし無事だな……話は後だ、そのまま下がっていろ!」

「ああ、ちょっと! わたしの話を聞きなさ––––––いっ!」

 

 オルガマリーは腹立たしげに叫んだが、悲しいことにその叫び声に耳を傾ける人間は誰一人いなかった。

 

––––––––

 

「……ふう。ご苦労様です、マシュ、アダムス大尉。邪魔者が消えてようやく話を戻せます。」

 

 スケルトンがいなくなってしばらくすると、オルガマリーは先程とは打って変わって堂々とした様子で話を再開する。

 先程まで、彼女は瓦礫に隠れながら「ほ、本当にいないの⁉︎」などと怯えていたのを見ていたローガンは、苦笑いを浮かべる。

 

「おい、まだ何かあるのか?」

「ありますともっ! アダムス大尉! 覚えがないとは言わせないわ! 説明会はまだ半分よ! いえ、その後こそ大事だったんだから!」

 

 彼女は興奮した様子でローガンに詰め寄る。ローガンはうんざりした様子でため息をついた。

 

「思い出しなさい、いますぐ!おーもーいーだーしーなーさーいー!」

「……まったく。面倒臭い奴だな。」

 

 そのしつこさの余りローガンの口から思わず本音が漏れてしまうが、彼女は聞いていなかったらしく反応するようなそぶりは見せなかった。

 

『まあまあそう言わずに。所長の長話はそれなりに役に立つよ、アダムス……大尉?』

 

 とはいえ、マイクとスピーカー越しに会話を聞いていたロマンには全て筒抜けのようだった。

 

「……Dr.ロマン。大尉は別に必要ない、自分の呼びたいように呼んでくれ。」

 

 ロマンの自分に対する呼び方がやけにむず痒く感じたローガンは、少しウンザリした様子で彼にそう告げる。

彼としては、同じ軍人ではない人間に階級を呼ばせるのは、あまり好きではないのだ。

 

『え、あ、ああ。これは失礼、アダムス君。」

「ああ、それで良い。」

 

 ロマンが呼び方を変えると、ローガンは画面に向けて小さく小さく親指を立てた。

 

『よし、それじゃあ……キミたちマスター候補がなぜカルデアに集められたか?その説明になっているはずだよ。』

「分かった……ほら、さっさと話してくれ、所長さん。」

 

 ローガンの話し方が気に食わなかったのか、オルガマリーは顔をしかめながらも口を開いた。

 話を聞くにつれて、ローガンは段々と苦々しそうな表情を浮かべ出す。

 

「––––以上です。先輩が管制室から追い出された経緯、思い出してもらえましたか?」

「……ああ、全部思い出した。」

 

 話を聞き終えたローガンは下を向きながら、申し訳なさそうに指で眉間を押さえた。

 

「ああクソ。ブリーフィング中に寝るなんて俺も落ちたな。」

 

 ローガンはそう呟くと、軽く舌打ちする。

 18年に及ぶ平和な生活は、彼を大分軟弱にしたようだ。

 

「とにかく!大事な作戦前にどれほど迷惑をかけたのかちゃんと思い出してくれた⁉︎」

 

 オルガマリーは苛立った様子でローガンに吼えた。

 

『あのー、マリー所長?それは言いがかりなのでは……』

「言いがかりなものですかっ!」

 

 ロマンは何とか助け舟を出そうとしたが、オルガマリーの低い沸点の前にあえなく撃沈される。

 

「あの問答に時間をとられたおかげで、着替える時間がなくなったんですから!」

「? ……所長はダイブ予定になかったのですから、別にスーツに着替える必要はなかったような……」

 

 オルガマリーにマシュは疑問を投げかける。

 ローガンが崩壊した管制室に入った時、コフィンの中の人間は体に密着したボディスーツのようなものを着ていた。スーツとはそれのことだろう。おそらくはレイシフトに必要なものだ。

 そう思うと確かに、レイシフトをしないのならスーツを着る必要もないはずだ。

 

「ありました! あったの! 作戦に備えて特注で作っておいた礼装がっ!」

 

 どうやら彼女のスーツは、ただの見栄っ張りのためだったようだ。

 

「……もう。まだ一度も袖を通していなかったのに……まあいいわ。」

 

 彼女は切り替えも早い。沸点の低さ以外はリーダーとしてはいい素質を持っている人間だと、彼女の様子を見ながらローガンはそう感じる。

 

「とにかくあなたたちマスター候補の役割、その責任と義務はわかったわね?」

「ああ。ご丁寧な説明のおかげで充分理解できた。感謝する。」

「ではローガン・K・アダムス大尉。改めてわたしの護衛(ガード)を任せます。全力で役目を果たすように。」

 

 その命令を聞いたローガンは腕を組むと、ゆっくりと顔を上げる。その顔には、表情は無かった。

 

「––––悪いが、これ以上あんたの命令を聞くのは無理な話だ。」

 

 突然、ローガンは冷徹な声で言い放つ。その発言に彼以外の三人は困惑する。

 

「はあ⁉︎ あなた、命令に背くつもりなの⁉︎」

『彼女の言う通りだ! 一体どうしたんだい⁉︎』

 

 オルガマリーとロマンがそう問いただすと、ローガンは先程とは打って変わり軍人然とした様相になった。

 

「……俺はアメリカ海兵隊とU.S.SOCOM(アメリカ特殊作戦軍)の共同管轄下にあるんだ。

 俺が基本的に従うのはあくまでそれらの司令部からの命令であって、アンタのような人間の命令に従う義務は俺にはない。」

「で、でもあなた、さっきはわたしの命令に従ってたじゃない!」

「あれはあくまで、イレギュラー発生に伴う緊急措置だ。任務に関係のない一施設の責任者が、俺に指示できるとでも?」

「……っ!」

 

 ローガンの言葉に、オルガマリーは唇を噛み締めた。その様子を見た彼は少し頷くと、フウと息を漏らす。

 

「……というのが、通常時の返答だ。」

「「「……へ?」」」

 

 その言葉に、彼女の他三人は呆気に取られる。

 

「俺の部隊は高度に政治的かつ、極めて特殊性の高い任務を遂行する。だから現場の指揮官にも、ある程度の指揮判断の自由はあるんだ。」

 

 話を理解しきれていない三人を見て、ローガンは更に話を続ける。

 

「現在はHQとの交信は不可能、俺と周辺の状態もかなりのイレギュラーだ。こうなると、部隊をどうするかは俺の一存で決まることになる。」

「……あの、先輩。それはつまり……」

 

 話の意味を半分ほど理解できたマシュはようやく口を開く。

 

「ああ。つまりYesって事さ。」

 

 ローガンはそう答えると、少し意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「安心しろ。俺もそこまで鬼じゃない。」

 

 その答えを聞いて、マシュとロマンは胸を撫で下ろす。

 だがオルガマリーは恥ずかしそうに顔を赤らめると、歯を食いしばってわなわなとローガンを睨みつけた。

 

「おい、所長さん……悪かった、冗談だ。だから拗ねないでくれ。」

 

 ローガンは笑いながら声を掛けるが、なおも彼女は目の前の男を睨む。

 しばらく睨み続けた後、オルガマリーはゆっくりと口を開いた。

 

「あなたねえ……!」

 

 彼女の口から漏れた声には怒りの色が含まれていた。

 そのまま彼女は息を深く吸い込むと、目をカッと見開き、

 

「––––いい加減にしなさいよぉー‼︎」

 

 と、大声で叫んだ。

 あまりの絶叫にローガンは鼓膜がビリビリと震えるのを感じる。

 

「今この状況で冗談とか言える⁉︎ 馬鹿じゃないの⁉︎」

「いやほんと悪かったって。だから落ち着けって……いってえ!」

 

 興奮したオルガマリーは怒りに任せてローガンの足を蹴った。ローガンは突然の激痛に飛び上がりそうになる。

 蹴り自体は大した事はなかったが、なにせ彼女が履いているのはヒールだ。所々尖っている事もあり、ヒールで蹴られると相当痛いのだ。

 

「おおおお……流石に脛はないだろ脛は……」

「フン、当然の報いよ!」

 

 脛を押さえながら悶絶しているローガンにオルガマリーはそう吐き捨てた。

 少し弄りすぎたか、と彼女の後ろ姿を見ながらローガンは少し反省する。彼女の沸点の低さには気を付けなければ。

 

「……仲が良くて結構です。では、新手が来る前に移動しましょう。」

 

 そう言ってマシュは鉄橋を渡りはじめる。

 オルガマリーが彼女の後を追ったのを見て、ローガンは煙草を取り出した。

 

『僕個人の意見だけど、喫煙はあまりお勧めできないかな。』

 

 煙草を口に咥え、ライターを取り出そうとしているローガンに、ロマンは注意する。

 医者にとって、煙草は悪以外の何者でもないのだろう。

 

「こっちは18年ぶりの煙草なんだ。一本ぐらい良いだろ。」

 

 そう言ってローガンは『USMC』というロゴが刻まれたジッポーで煙草に火をつけた。彼はそのまま息を吸い込み、煙草を指で挟んで紫煙を吐き出す。

 だが永らく吸っていなかった所為か、もう一度吸ったところで彼は咳き込んでしまった。

 

『まったく、だから言ったじゃないか。』

「……ああクソ、ごもっともだ。」

 

 ローガンは咳き込みながらも、煙草を捨てようとは微塵も思わなかった。咳が収まった彼は、火のついた煙草を咥え、先を歩いている二人の背中を追い始めた。

 その時の煙草の味を、なぜだか分からないが彼はひどく懐かしく感じた。

 

「……あ。」

 

 自分の現在の行動が任務放棄と敵前逃亡に当てはまるのではないか、という考えが頭に浮かんだローガンは、思わず呆けた声を漏らしてしまう。

 だがしばらくすると、仕方ないという様子で苦笑いしながら首を振った。

 

「まったく……軍法会議も覚悟しないとな。」

 

––––––––

 

 三人が鉄橋を渡り始めて数分が経った。長さが約300mもある事もあって、未だに橋の中央部には到達していない。

 遠目には炎上する都市が見えるが、橋の上では火災が起きていないため、橋はかなり暗い。空も厚い雲に覆われ、月の光すら見えない。

 ローガンはM4A1のレールに装着しているフラッシュライトを点灯させている。彼は暗視装置を装備してはいたが、他の二人の視界も確保するためにフラッシュライトを使用していた。

 

「……なあ所長さん。一つ質問いいか?」

 

 ローガンは周囲に敵がいない事を確認し、M4A1を下ろして口を開いた。

 

「今度はなに?さっさと答えなさい。」

「例の––––サーヴァントって奴の事なんだが。」

 

 オルガマリーはその言葉を聞くと、驚いた表情でローガンの方を振り向いた。

 

「……あなたの言いたい事は大体分かったわ。」

 

 振り向いた当初は表情に怒りの色が見えたが、彼女は何かを察したように溜息をついてやれやれと言わんばかりに首を振った。

 

「サーヴァントがどんなものかって事でしょう?」

「ああ。残念ながら俺は、あんたらの世界についてはド素人だからな。」

 

 ローガンは苦笑いしながら肩を竦める。それを見たオルガマリーは先程よりも深い溜息をついた。

 

「……仕方ないわ。移動がてら教えてあげる。」

 

 彼女はそう言ってサーヴァントについての講義を開始した。

 

 サーヴァントとは魔術世界における最上級の使い魔。

 人類史に残った様々な英雄、偉業、概念。そういったものを霊体として召喚したもの、それがサーヴァントなのだ。実在した英雄であれ、実在しなかった英雄であれ、それらが“地球上で発生した情報”である事に変わりはない。

 英霊召喚とは、この惑星に蓄積されてきた情報を人類の利益となるカタチに変換する事なのだ。

 オルガマリーが言うには、過去の遺産を現代の人間が使うのは当然の権利であり、遺産を使って未来を残すのが生き物の義務、なのだそうだ。

 ……人間が好き放題に資源を浪費した結果、環境破壊が進んだという前例を踏まえての発言だろうか。

 

「分かる?あなたが契約したモノはそういう、人間以上の存在であるけれど人間に仕える道具なの。

 だからその呼称をServant(召使い)というのよ。たとえ神の一員であろうとマスターに従うものに過ぎないんだから。」

 

 オルガマリーの話を聞いてローガンは幾つかの事を理解した。

 サーヴァントとは過去の英雄––––有名どころではジャンヌ・ダルクやライト兄弟などだろう––––が召喚されたものである事。ロビンフッドやシャルルマーニュのローランのような、実在しないものも召喚される事。そして、彼女の主義主張には極論が多い事。

 マシュの力を見ればわかるが、確かにサーヴァントは人外じみた能力を持っている。だがそれほどの存在が、なぜ人間に隷属するのかがローガンには理解できなかった。

 

「所長。所長の考えは極端ではないか、とわたしの細胞が抗議しています。」

「……フン。という事は、アナタと融合したサーヴァントは「地」属性の英霊ね、きっと。」

 

 オルガマリーはマシュの抗議の声にそう答えると、講義を再開した。

 

 過去の英雄を使い魔にしたものがサーヴァント。そしてこれと契約し、使役する者こそがマスターと呼ばれる。

 サーヴァントには七つのクラスがあり、英霊達の逸話・能力によって変化する。人間の魔術師では英霊を丸ごと霊体として再現できるほどのリソース、メモリが足りないため、その英霊が持つ一側面だけを固定化するのだ。

 それらの七つのクラスはこう呼称される。剣騎(セイバー)槍兵(ランサー)弓兵(アーチャー)騎兵(ライダー)魔術師(キャスター)狂戦士(バーサーカー)、と。

 どんな英霊であれ、必ずいずれかのクラスになって顕現するのだ。

 またそれらはサーヴァントの正体……英霊としての名前、真名を隠すためのプロテクトでもある。

 真名を隠す理由は簡単だ。英霊は強力すぎる故に有名すぎるのだ。例えば『イーリアス』のアキレウス。彼は海の女神テティスによって冥府の川の水に浸けられ、不死身となった。踵の部分を除いて。

 英霊の再現である以上、弱点も引き継いでしまう。そのため、サーヴァント達はクラスで真名を隠すのだ。

 

 そこまで話したところで、オルガマリーは何か思い出したらしく、ローガンの方を向いた。

 

「……補足だけど、あなたには一つ伝えておくものがあるわ、アダムス大尉。」

「俺に? 一体何だ。」

「右手の甲、見てみなさい。」

「?」

 

 ローガンは頭に疑問符を浮かべながら、M4A1から手を離して右手のグローブを外した。

 

「……!」

 

 グローブを外した彼の右手の甲には、赤いタトゥーの様なものが浮かび上がっていた。

 

「それがマスターである証拠、サーヴァントへの絶対命令権。令呪よ。」

「これが……」

 

 ローガンは右手の甲を撫でながら、驚嘆の声を漏らした。

 

「それさえあれば、サーヴァントにどんな命令でも出せるわ。例えば、そう……自害させる。なんてことも可能ね。」

「なるほど、サーヴァントが人間に従う理由はこれか。」

「ご名答。けどカルデアの令呪は通常のそれより効力は弱いから、過信は禁物よ。」

 

 オルガマリーとの会話が終わると、ローガンは令呪に目を落とす。右手の甲に浮かび上がっている赤い幾何学的な模様は、いびつに歪んだ星……と言うより、翼を広げた鷲のように見えた。

 

「……話を戻すわ。サーヴァントが真名を隠す理由はもう一つあるの。」

「まだ何か秘密があるのか?」

「ええ。それはサーヴァントの切り札にして真骨頂。その英霊が持つ奇跡、存在が結晶化したもの。それが、」

「所長、お楽しみのところ申し訳ございません。敵性生物を視認しました。あと数秒で接敵します。」

 

 マシュはオルガマリーの話を遮るようにそう言って対岸の方向を指差す。その方向からはまたもや数体のスケルトンが走ってきていた。

 

「ヒッ⁉︎ さ、さっさと片付けなさい!わた、私は隠れてるからね!」

 

 スケルトンに気づいたオルガマリーは、先程と打って変わって怯えた様子で柱の陰に隠れた。その情けない姿を見たローガンは苦笑いを浮かべた。

 

「やれやれだ……さっさと片付けよう、マシュ。」

「了解です。行きます、先輩!」

 

 マシュは自分を奮い立たせるかのようにそう叫ぶと、盾を構えて敵集団へと走り出した。ローガンも援護のためにM4A1でスケルトンに照準を合わせ、トリガーを引いた。

 その一発の銃声を皮切りに、戦闘は開始された。

 

––––––––

 

「–––––––––––。」

『……モニター越しでも感じる、この緊張感……所長は相変わらずご機嫌斜めのようだね。』

 

 ローガンの後ろを歩いているオルガマリーの様子を見ていたロマンは、ローガンに耳打ちするようにそんな事を呟いた。今の彼女は苦々しい表情を浮かべながら爪を噛んでいる。彼女が不機嫌なのは火を見るより明らかだった。

 もちろん、この発言はオルガマリーにも聞こえている。彼女は不躾な発言をした部下を通信機越しに睨みつけた。

 

「斜めだって?ありゃあ断崖絶壁じゃねえか。」

 

 先頭を歩いていたローガンも、彼女のその様子を見て首を横に振りながら軽口を叩いた。

 

「いえ、所長の癇癪にも同情の余地ありです。」

 

 ローガンと並行して歩いていたマシュは彼の軽口に異議を唱えた。

 

「失礼ながら、先輩はカルデアについて無知過ぎます。」

「……まあ、否定はしない。」

「全くもって困りものです。うっかり迷い込んだレベルです。ほぼネコと同義です。」

「ネコ……ねえ。」

 

 痛い所を突かれ言葉を詰まらせたローガンに対して、彼女は少し不思議な表現で注意した。しかし、すぐに彼女も顔を俯かせてため息を吐いた。

 

「––––まあ、わたしも同じようなものですが。」

「そうなのか?」

「はい。勤めて二年ほど経過しますが、よくわかりません。のんびり忍び込んだレベルです。ほぼワニと同義です。」

「ワニか……まあ確かに、ワニなら何も知らないか……」

 

 マシュの表現は返答に困るな、と心の中で呟きながらローガンは苦笑いを浮かべる。彼女には少し天然なところがあるようだ。

 

「はい。わたしの知識もカタログにある程度です。でも先輩のために復唱しますね。」

「初めて会った時に説明してくれたあれか。分かった、もう一度頼む。」

「了解です。」

 

 そう言って、マシュは再びカルデアについて説明を始めた。

 大体の話はレイシフト前にマシュから聞かされていた事もあり、彼女の話はスラスラとローガンの頭の中に入ってきた。

 

「……カルデア設立の出資金は各国合同となっていますが、その七割はロンドンの魔術協会–––––アニムスフィア家が出資しています。」

「アニムスフィア……所長さんの実家か?」

「その通りです。」

「へえ……なるほどな。」

 

 その話を聞いたローガンはオルガマリーの方を見て、何かに納得したように頷く。彼は、彼女が若くして所長になれた理由が少し分かったような気がした。

 

「カルデアは研究施設となっていますが、その重要性から内部規律レベルは軍隊のそれです。」

「……まあ、こんな機密まみれみたいな組織なら妥当だな。」

「ええ。大変厳しい規則と罰則が敷かれていますから、所長の横暴さはむしろ控えめと言います。」

 

 あの沸点の低い所長ですら控えめとは、どれほど厳しい規則なのだろうか。とローガンは身震いする。

 

「所長は悪党ではありませんが、悪人です。気に入らないスタッフは平気でクビを切ります。」

「嘘だろ? まるでスターリンだな……」

 

 ローガンは、かつてのソビエト連邦の指導者として悪名高い男の名を出す。大粛清を起こしてソビエトを一時期、存亡の危機に陥れた男だが、政治的手腕はある程度あった男だ。

 

「スターリン、ですか……いえ、どうでしょう。性格が悪い人、を悪人と言っていいのでしょうか。」

「え?」

「……すいません。おシャレな台詞回しとか、ちょっと慣れていないので。」

 

 マシュは申し訳なさそうにローガンに頭を下げる。

 それを見たローガンは何と言えばいいのかと悩み、頰をポリポリと掻く。

 

「キュ。ンキュ、キュ!」

 

 突然、フォウが鳴き出す。

 

「きゃあぁああああ⁉︎ ちょっと、なにしてるのよアナタたち⁉︎」

 

 その直後に、オルガマリーが突然叫ぶ。

 

「どうした?」

「うしろうしろ! 敵、敵に見つかってるじゃない!」

「なっ⁉︎」

 

 ローガンはすぐさま背後へと振り返るが、既に一体のスケルトンが彼の目前にまで接近して来ていた。

 

「先輩!」

 

 マシュが悲痛な叫びを上げローガンの元へ走り出そうとするが、既にスケルトンは剣鉈を振り上げている。

 そのままスケルトンは剣鉈を振り下ろし、肉の裂ける音––––ではなく、金属同士が激突する甲高い音が響いた。

 

「––––––––ッ!」

 

 ローガンは腰に差していたククリナイフを引き抜き、スケルトンの剣鉈を受け止めたのだ。

 サイドアームのM45A1のハンマー(撃鉄)を引いていなかったため、彼は代わりにOKC-3Sを引き抜き、スケルトンの頚椎の関節部に突き刺し、切断する。

 頭部と身体を切り離されたスケルトンは骨格を保てなくなり、崩壊する。

 

「––––残りは何体だ⁉︎」

「て、敵三体、前方から接近して来るわ!」

 

 地面に落下したスケルトンの頭蓋骨を踏み潰したローガンがオルガマリーにそう聞くと、彼女は対岸から走って来るスケルトンを指差す。

 

「よし、マシュ! Go! Go! Go!」

「了解、行きます!」

 

 ローガンが左手を前後に振りながらそう叫ぶと、マシュはそれに従い、敵に向けて突進した。ローガンもM4A1を構え、援護する。

 マシュは軽くジャンプし、一体のスケルトンを盾で殴る。スケルトンはそのまま吹き飛び、橋から落下する。彼女は方向転換し、もう一体の敵に狙いを定めるが、別の一体に左腕を斬りつけられた。

 

「––––ッ!」

 

 傷は深くはなかったが、肌を斬られた痛みにマシュは小さく怯む。隙あり、と言わんばかりに敵は剣鉈を振り上げるが、直後に全身を銃撃され、粉々になる。

 

「マシュ、まだ一体残ってる! 注意しろ!」

 

 ローガンはマシュの背後にいた敵を指差し、マシュはその敵に盾を振りかざした。叩き付けられた盾は、スケルトンの頭蓋骨を砕き、そのまま無力化する。

 

「クリア! 戦闘終了!」

 

 周囲に敵がいない事を確認したローガンはそう叫び、マシュの元へと駆け寄る。

 

「大丈夫か?」

「はい、私は平気です。」

 

 ローガンの問いに、マシュは傷を抑えながら笑顔でそう告げる。

 

「……ちょっと見せてみろ。」

 

 そう言って、ローガンはマシュの手を引き剥がす。痛みのせいか、彼女は表情を少し歪める。

 傷は深くないものの出血しており、 一筋の血が垂れている。

 それを見たローガンはハアとため息を吐いた。

 

「傷が出来たならすぐに言え。折角の綺麗な肌なのに傷跡が残るぞ。」

「……すいません。」

 

 ローガンがそう注意すると、マシュは申し訳なさそうに項垂れる。

 

「意識ははっきりとしてるな……痛みはあるか?」

「はい、少しだけなら。」

「手の感覚に異常は?」

「ありません。」

「そうか。」

 

 ローガンは質問に対するマシュの回答を確認する。異常は特に無し、ただの切り傷のようだ。

 

「次は応急処置だが……」

 

 彼はそう言った所で、額に指を当てて悩み出す。

 この場に、応急処置が出来る人間はいるだろうか。ローガンも止血帯は所持しているが、切り傷に使うものでは無い。ロマンはカルデアにいるため、論外だ。

 

「クソ、フェルナンデスがいれば……」

 

 かつて彼の部下だった衛生兵の名前をボソリと呟く。

 専門的な戦闘救護も、そのための機材も、大半がフェルナンデスの担当だったのだ。

 

「ちょっと、二人ともこっちへ来なさい。」

 

 唐突に、オルガマリーが二人を呼ぶ。

 

「どうした?」

 

 マシュとローガンは彼女の元へと向かうと、彼女はマシュを手招く。

 

「……これくらいの傷なら治療できるわよ。」

「本当か?」

「ええ。」

 

 オルガマリーはマシュの傷に手を当てると、何かを呟き始める。途端にマシュの傷が緑の光で包まれ、塞がった。

 傷が塞がると、オルガマリーは手を離す。

 

「……ふう、これで大丈夫よ。」

「あ……はい。ありがとうございます、オルガマリー所長。」

「凄いな、これも魔術なのか?」

「ええ、その通りよ。」

 

 その光景に、立香は感嘆する。傷口を瞬時に治癒するなど、現代の医学でも不可能だ。それを目の前の女性が、簡単に実現したのだ。驚くのも無理はない。

 

「治療も終わった事だし、早く行くわよ。」

「了解です、所長。」

 

 オルガマリーが歩き出すと、マシュもそれに追随する。

 

『やれやれ。所長も落ち着いていると頼りになるんだけどなぁ……』

「いきなりどうした? 俺にだけ通信を送ってくるなんて。」

 

 ローガンもそれに続こうとするが、ロマンから突然通信が入った。

 オルガマリーやマシュには通信を入れず、男二人だけの通信だった事もあり、ローガンはロマンを怪訝な目で見る。

 

『いやあ、アダムス君にはボクからも言っておきたい事があったからね。

 所長……オルガマリーも複雑な立場なんだ。』

 

 そう言って、ロマンは話を続けた。

 

 ロマン曰く、オルガマリーもローガン達同様、マスター候補の一人だったそうだ。

 そして三年前、前所長……彼女の父が亡くなり、学生であるにも関わらずカルデアを引き継ぐ事になった。自身の家を背負う事となった彼女は、毎日緊張の連続だっただろう。

 彼女はカルデアの維持で精一杯だった。そんな中、今回の事件の発端であるカルデアスの異常が発見されたのだ。今まで保証されていた百年先の未来が視えなくなったせいで、スポンサー達からの非難の声が山のように届いた。

 『一刻も早い事態の収束を。』それが彼女に課せれらたオーダーとなった。

 それに加え、彼女にはマスター適性がない事が判明した。

 名門中の名門、十二のロードの一家、魔術協会の天体学科を司るアニムスフィア家。その当主がマスターになれないなど、スキャンダルもいい所だ。どれだけ陰口を囁かれたのかは想像に難くない。勿論、その声は彼女本人にも聞こえていただろう。

 そのような状況でも彼女は所長として最善を尽くしている。この半年間、ギリギリで踏みとどまっている。

 キャパオーバーしているので、ロマンとしてもメンタルケアに来てほしいそうだが、中々都合が合わないらしい。

 

『––––そんな訳で彼女は心身共に張り詰めている。キミに辛く当たったのは、何もキミが嫌いな訳じゃないさ。』

 

 運が悪いにも程がある、とローガンは心の中で呟く。

 

「……あいつの気持ちも分かる。悪人……では無いだろうな。」

『そう言ってもらえるとボクも嬉しいよ。

 あ、でも所長は悪人だよ? ただ外道とか残忍とか、クズとかゲスじゃないのは保証できる。根はどこまでも真面目だから。』

「……お前意外と辛辣だな。」

『えぇ、そうかな?』

 

 ロマンはそう言って笑うと、ローガンも釣られて薄らと笑みを浮かべる。

 オルガマリー達の方に目をやると、彼女達との距離は既に50m程開いていた。

 

『ともかく、今頼れるのはキミたち三人だけなんだ。ケンカせず、仲良く調査を続けてくれ。』

「了解した、出来るだけ善処する。アウト。」

 

 ローガンは通信を切ると、前方を歩いている二人に追いつくため、走り出した。




何だこの解説回!(驚愕)
序章は本当に解説的な文章が多いから大変というか何というか……
とまあ、今回はここまでです。
次回らへんでは、遂にサーヴァントと会敵します。さあ、銃は効くのか効かないのか?お楽しみに!
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