あまりの衝撃に三日ほど寝込んでたら何か出来上がってました(真顔
あ、アニメ見てるか原作読んでるかしてないと全く分からない内容です(真顔
―――最初は少しうざくてしつこいやつだ、としか思っていなかった。
顔を合わせれば、口を開けば、ことあるごとに「写真をコンクールに出させてくれ」とせがんでくる彼女が鬱陶しかった。
親友の陽斗と行った一打席勝負。そこでピッチャーをした自分の映った写真を見せつけながら、
先輩の写真なら絶対に賞が取れるから!そうしたら写真部は無くならなくて済むから!と言う彼女の言葉を何度も拒絶した。
だって、普通に恥ずかしいし、正直写真部がどうなろうがどうでもよかったから。
それでも彼女は食い下がり続けた。拒否し続ける瑛太に何度も何度も写真部が無くなっちゃうのはどうしても嫌なんだと半べそかきながら彼女は言ってきた。
…だからだろうか。いつも前向きで明るい彼女の見せたしおらしいところに惹かれてしまったのだろうか。
それともその一途な情熱があまりに眩しかったからだろうか。
理由は分からない。
けれども、気が付けば
気が付けば、小宮のことを考えている自分がいた。
いつも快活で、フットワークの軽い彼女。いつでも首からカメラをぶら下げて、三脚を抱えて走り回る彼女。
自分の気持ちにすぐに気づいて応援してくれた彼女。勘違いをした中年に絡まれて不安げに揺れる彼女。
写真部がやっと見つけた居心地のいいい場所なんだ、と訴えてくる彼女。写真をコンクールに出して良いと伝えられて酷く喜び抱き着いてきた彼女。
ここには三か月しかいなかった自分のために、特製のアルバムを作ってくれた彼女。
顔を真っ赤に染めながら賞が取れたら自分に告白する、と告白してきた彼女。それなのに待ちきれなくて、賞が取れる前に告白してきた彼女。
返事は自分の受験が合格してからで良いと言った彼女。馬鹿みたいに大量の合格祈願お守りを買ってきてくれた彼女。
不意打ち気味にシャッターを切り、意味ありげに笑う彼女。空気が読めているのに、読めていない振りをする彼女。
いつだって本気で写真に向き合う彼女。コロコロとすぐに変わる表情。ゆるくウェーブのかかった金に近い、明るい茶髪。
目を閉じれば色んな小宮が浮かび上がってくる。
そんな彼女を想うだけで、自然と笑みがこぼれた。
抑えようにも、抑えられない。
ああ、もう、まいったな。
俺、完全に本気じゃないか。
薄く笑ってスマホを取り出して、ラインを起動する。
迷うことなく選んだのは”えな”と表示されたアイコン。
少し逡巡して何度かそれを撫でてからタップした。
何度か打っては削除して、結局簡素になったメッセージを送る。
『今から会えないか?』
返事はすぐにやってきた。
『写真部の部室で待ってます』
その言葉に少しだけほっとして、すぐに少ない荷物をバッグに詰め込んだ。
今日は卒業式。名残押しそうに、だけど嬉しそうにしている色んなグループの横を通り抜ける。
耳に祝福の言葉だったり中身のない、だけれども今を楽しんでいる会話が掠っていく。
卒業生の集まった北棟から中央棟を抜けて、更にクランク状に繋がった南棟へとたどり着き、階段を一気に駆け上る。
上に行けば行くほど静けさは増していた。
階段を駆け上がれば駆け上がるほど心臓が高鳴った。今にも口から出てきそうだ。
全速力で登っているからだ、と自分に言い訳をしながらひたすら加速した。
五分と経たずに三階までやってきて、息を整えながら閉まり切った扉の前にたった。
少し目線をあげれば扉の窓に”写真部”という文字とよくわからないキャラクターのイラストが貼ってある。
抑え込もうとする努力も虚しく高鳴り続ける心臓を無視して、震える手を慎重に動かして、そっ、とノックした。
「どうぞ~」という、あまりに能天気な声にびくりとしながら扉を開けた。
窓が開いているのか、風が入り込んできて髪がなびく。
扉を閉めると、かすかにだけ聞こえてきていた声が完全に消え去った。
一歩、また一歩と歩を進める。周りにはずらりとカメラの機材が並んでいて、その隣の棚にはアルバムが何冊も並んでいた。
「えーた先輩から声かけてくるのって、初めてだよね」
はにかみながら小宮が言う。言われてみれば、そうだったかもしれない。
いつだって彼女から声をかけてきていた。
「そうかもね」
曖昧な風に、そう返すと小宮は少しだけ困ったように笑って、まあ良いよ、と言いながら満面の笑みと共にトロフィーを自分に向けた。
「すごいでしょ!金賞だよ、金賞!顧問が約束通り、写真部が無くならないように掛け合ってくれるって!」
まあ、私の撮った写真じゃないんだけどね、と目を伏せがちに小宮が言う。
「うん、知ってた。それでも、おめでとう」
その言葉に小宮がどうして知っているのか尋ねてくる。
「だって、見に行ったから」
彼女の応募したコンクールはすぐ近くのホールで結果発表をしていたし、そうじゃなくてもきっと見に行ったと思う。
自分は思っていた以上に写真部のことが気になっていたし、何より、小宮のことが気になって仕方なかったから…
金賞だけあって、その写真は一番目立つ正面に飾られていた。
”シャッターチャンス”と題名のつけられたその額の中には真剣にカメラを構えている女子高生――小宮の姿が映っていたのですぐに分かった。
まさに小宮恵那の一番いい姿を切り取った瞬間だった。
「本当、いい顔してたよ」
「えーた先輩のおかげだよ」
最近は見ることの多くなった照れた顔を隠すようにして彼女が言う。
「俺、何もしてないけど」
なぜなら瑛太の写真は賞をとれなかったのだから。
「あの写真、先輩たちを取ってた時の写真なんだ」
再会した親友との一打席勝負を撮影していた小宮。そんな彼女を切り取った写真。
「じゃあ、一応役に立てたんだ、俺」
「うん」
小さく恵那が頷いて、やはり目を俯かせる。
少しだけ沈黙が訪れた。
返事を返すなら、今だろ。そう思うと同時に静まってきていた心が高鳴る。心臓が飛び出そうだ。足まで震えてきた。
そんな自分を落ち着かせようと深呼吸をしてから口を開いた。
「あの、さ…」
「返事は、良いよ。私は賞をとれなかったし」
それを言うなら自分も大学に落ちてしまったのだ。
元々推薦で決まっている大学があるからそれほど問題ではないが、それでも約束を違えたのはどちらもだ。
それに、受験をした動機は、今ではすっかり意味のないものとなってしまったのだから。
「俺、さ嬉しかったんだ。小宮が俺のこと好きだって言ってくれて」
自分を鼓舞するように少しだけ力強く言葉を放つ。
「だから、俺もちゃんとしたい」
「…それなら、うん、わかった」
俯いていた顔を上げて、何かを覚悟したようにこちらを見る。
そんな小宮の目を見つめながらゆっくり自分の気持ちをぶつけた。
「俺、夏目のことが好きだった。中学の頃からずっと、この高校に来るまで忘れられずに片思いしてた」
「うん…」
消え入りそうな、絞り出したように小宮が言う。目には涙がたまっていて、今にも零れ落ちそうだった。
「だけど、ここに来て劇的な出会いがあった」
「いつまでも引きずっていた想いを断ち切ってしまう出会いをした」
「いつも写真に一途で、自分の気持ちに真っすぐな後輩と出会った」
小宮の両手を包み込みながら言葉を続ける。
「小宮恵那…さん。好きです。俺で良ければ、付き合ってください」
瞬間、小宮たくさんの感情をないまぜにしたような表情をして、それでも何時かのように勢いよく胸へと飛び込んできた。
それが何よりの返事だった。