今回からやっとグレン先生がやる気を出し始めましたね。次回からはもっと忙しくなりそうですが……。
では、10話目です。
フィーベルさんがグレン先生にビンタをかました日の放課後、おれは帰路に着いていた。夕焼けに染まりつつある美しいフェジテの街並みを眺めながら歩く。
結局グレン先生はあの後全ての授業をサボり、一度も教室に顔を出さなかった。フィーベルさんもそのまま家に帰ってしまったのか、戻って来る事はなかった。
ビンタ騒動を思い出しながら歩いていると、噴水がある広場にいつの間にか着いていた。おれはその広場に置いてあるベンチに見慣れた銀髪が座っているのを発見してしまった。そっとしておけば良いのか話し掛けた方が良いのかよく分からなかったが、一応話し掛けることにした。フィーベルさんが俯いて座っているベンチに歩み寄り、声をかける。
「や、やあ」
「…………」
(き、気まずい………)
声を掛けたはいいが、その後になんて言おうか全く考えてなかった。早くも声を掛けた事に後悔する。こういうシチュエーションに遭遇した事は前世を含めても一度も無かったので、どう喋ればいいのか見当もつかない。
「…………」
「…………」
「…………」
「……座ったら」
おれが言葉に困っている事を察してくれたのか、フィーベルさんは自分が座っているベンチの空いているところをポンポンと軽く叩いた。
「あ、ありがとう」
せっかく勧めてくれたのに座らないのも申し訳ないので、おれはベンチの端っこに腰を降ろす。
「………ねぇ」
てっきり沈黙が続くと思っていたが意外にもフィーベルさんが話し掛けてきた。視線で続きを促すと、フィーベルさんは小さな声でぽつんと言った。
「……魔術は…人殺しの道具って貴方も思うの……?」
「……………」
どうやらグレン先生に言われた事がフィーベルさんにはかなり響いてしまったようで、俯きがちにおれを見る瞳は不安に揺れている。まあ、自分が夢中になっているモノをそんな風に言われたらそうなってもしょうがない。
おれは足元に転がっている石ころを見つめながら言った。
「グレン先生が言っていた事は間違ってはないと思うよ。確かに魔術があれば簡単に人を殺す事が出来るし、実際にここ数百年の歴史ではほとんどの戦争に魔術が使われてる」
「…………」
スカートの上に置かれていた白くて小さなふたつの手がきゅっと握り締められるのを横目で見ながら、おれは続ける。
「でも、魔術が人殺しの道具になるかどうかは、使い方次第だとおれは思うんだ」
フィーベルさんが顔を上げた。
「【ライフ・アップ】って呪文があるよな?あれは相手を癒やすための魔術だ。【フォース・シールド】は攻撃を防ぐ魔術で、自分や誰かを守る事ができる。後は 」
おれは指で数えながら自分が知っている攻撃性が無い魔術を挙げていく。十個挙げたところでおれは両手をフィーベルさんに見せながら言った。
「ほら、あまり魔術に詳しくないおれが数えただけでも誰かを『助ける』魔術がこんなにある」
「…………」
「魔術が人を殺す為に造られたっていうのは本当かもしれない。でもね、魔術はあくまで『道具』であって、それを使うのは『人間』なんだ。使い方次第で、魔術は『人殺しの道具』にも『人助けの道具』にもなると思うよ。……まあ、おれみたいなぺーぺーが何言ってんのって感じだけど」
苦笑しながらそう付け加える。伝えたい事を上手く
視線を街並みからフィーベルさんに移すと、フィーベルさんはどこかぼんやりとした表情でおれの顔をぽけっと見つめていた。その無防備な顔が普段のしっかり者の彼女からあまりにかけ離れていて、おれは思わず「ふふっ」と笑いをこぼしてしまう。その声で我に返ったのか、フィーベルさんは少し不機嫌そうな声を出した。
「ちょっと!何笑ってるのよ!」
「い、いや、フィーベルさんが普段からは想像もつかないような顔してたからつい」
「人の顔を見て笑うなんて失礼ね!」
確かに人の顔を見て笑うのは失礼だ。そう思い、おれはフィーベルさんに謝ろうとするが、ぷくっと頬を膨らませる彼女を見て、笑いが止まらなくなってしまう。フィーベルさんは不機嫌そうにしばらく唸っていたが、おれの笑い声に釣られたのか、やがてくすくすと小声で笑い始めた。
しばらく二人で笑った後、フィーベルさんは吹っ切れたような表情になっていた。うん、やっぱりこっちのほうが良い。フィーベルさんに暗い表情は似合わない。
ふと空を見上げると、日が大分暮れて暗くなりつつある。あまり遅くなるといけない。おれはベンチから立ち上がり、フィーベルさんに声を掛けた。
「そろそろ帰ったほうが良いよ。送っていこうか?」
言ってしまってからフィーベルさんの家が何処か知らない事に気づき己のバカさ加減に呆れるが、幸いフィーベルさんは「ううん、大丈夫」と返してくれた。ほっとしたが表情には出さず、「そっか。気をつけてね」と別れの挨拶を告げ、おれが家を目指して歩き始めた、その時。
「待って!」
突然呼び止められ、不思議に思いながら振り返る。沈みかけている夕日が、フィーベルさんの頬を赤く染めている。透き通るような銀髪が、夕日を反射して眩しく輝いた。その眩しさに、おれは目を細めてしまう。
「何?」
「……今日は、ありがと。元気出た」
彼女の口から発せられた声はとても小さかったが、その言葉は風に乗って確かにおれの耳に届いた。微笑みながら答える。
「貸し百個ね」
「こんな時までふざけないでよ!?」
「はははっ!冗談だよ!また明日」
「冗談でも百個は多すぎよ……また明日ね」
こうして、おれは少し遅めに帰路に着くのだった。
次の日。
学院の教室で、おれは絶句していた。いや、おれだけではない。驚いているのはクラスメイト達も同じだった。教室中がシンと静まり返り、皆の視線はある一点に固定されている。
グレン先生がフィーベルさんに謝っている。
フィーベルさんは最初先生が近づいてきた時は敵意剥き出しだったが、驚きの方が大きいのだろう、いまはその敵意も鳴りを潜めている。フィーベルさんの隣に座っているティンジェルさんが何故かニコニコしているのが目に入った。彼女が何かしたのだろうか?
不思議に思いながらティンジェルさんを観察していると、とんでもない言葉が耳に入ってきた。
「じゃあ、授業を始める」
グレン先生の宣言に、ざわめいていた教室が静かになる。誰もが目を丸くして先生の一挙一動に目を見張る。そんな中、先生は授業で使う教科書をパラパラと
「授業を始める前に、お前らに一つ言っておく事がある」
そこで先生は一呼吸置いて、爆弾を投下した。
「お前らって、ほんとバカだよな」
いきなりなんて事を言うんだこの人は……!
突然のバカ発言にクラスメイト達も動揺している。
「昨日までの十一日間、お前らの授業態度を見てたんだが、魔術の事なんにも分かっちゃいねーよ。分かってたら魔術式の書き取りとかする訳ねーもんな」
バカにされて腹が立ったのだろう。先生の言葉を聞いた生徒のうちの一人、知的メガネのギイブルが先生にも聞こえるボリュームで言った。
「【ショック・ボルト】程度の一節詠唱が出来ない奴に言われたくないね」
教室のあちこちから嘲笑が聞こえてくる。それをふて腐れたようにそっぽを向いて聞き流しながら、グレン先生は続けた。
「まぁそれを言われると耳が痛い。……だが、今【ショック・ボルト】
そう言い放つと、先生は教卓の側に置いてある本棚から魔術書を取り出した。
「まあいいか。じゃ、今日はその件の【ショック・ボルト】の呪文について説明する。お前らはこれくらいがちょうどいいだろ」
その発言にクラス中が騒然となるが、そのざわめきを無視して先生は手にした魔術書のページを捲り、【ショック・ボルト】の大まかな説明を始めた。その後、黒板にルーン語で三節に区切った呪文を書き写していく。
「これが【ショック・ボルト】の基本的な詠唱呪文だ。ま、知っての通りセンスがある奴は一節でも詠唱可能だな。じゃ、問題」
先生は手に持っていたチョークで三節の呪文を四節に区切った。
「これを唱えるとどうなる?」
その質問に皆が戸惑う。今までそんな質問をされた事がなかったからだ。当然ながら、答えられる生徒は誰も居ない。
「おいおい全滅かー?……じゃ、答え合わせな。答えは右に曲がる、だ」
生徒達の戸惑った顔をひとしきり眺めた先生は四節になった呪文を唱えた。宣言通り、直進するはずの力線は途中で何かに引っ張られるように右に曲がり、壁に当たって火花を散らした。驚く生徒達を尻目に、先生はどんどん呪文をいじっていく。
「ちなみに、ココをこうすると射程が短くなる」
放たれた呪文は、本来の射程の三分の一程で消えてしまった。
「呪文の一部を消すと、出力が物凄く落ちる」
説明しながら生徒の一人に呪文を撃つが、撃たれた生徒は何も感じなかったようで、目を白黒させている。
「ま、ここまで出来れば『極めた』と言ってもいいだろ。……コル!」
「は、はい!」
ここまでどや顔で説明していたグレン先生に突然名前を呼ばれ、おれは慌てて背筋を伸ばした。他の生徒達からの視線を強く感じる。
「お前、前に言ってたよな。『魔術の仕組みが知りたい』って」
「言いましたけど……」
「教えてやる」
「……え?」
おれが戸惑っているのを心底楽しそうに眺めながら、グレン先生は告げた。
「お前が知りたいのは、何故変な言葉を唱えただけで不思議現象が起こせるのか、って事だろ?なかなか面白いところに目ぇ付けたじゃねぇか。だが、その答えは教科書には載ってねぇ。……俺が、今から教えてやるよ」
………どうやら、おれは自分で思っていたよりも知識欲が強いらしい。魔術の理解がいつまで経っても深まらない事に、気付かない内に苛立っていたようだ。
だが、その苛立ちは今日で
おれは心が
ま…まだポケモンが出てこない……だと……!?
本当に申し訳ありません!次!次は絶対に出します!
………本当ですよ?(震え声)