時をかける少女を見て感動しながら書いていました……。
暑い日が続いていますが、皆さん体調は大丈夫でしょうか?水分補給をしっかり行って、熱中症などに備えて下さいね。
観客席に戻ってテンションが高いクラスメイト達にもみくちゃにされた後、おれはやっと自分の席に座ることができた。自分が出場する競技はこれで終わったので、後は応援に徹するのみだ。
二組の快進撃は続き、午前中最後の競技がやってきた。最後の競技は『精神防御』といって、放たれる精神作用系の呪文を、白魔【マインド・アップ】と呼ばれる自己精神強化の呪文を自身に掛けて耐えるという、いわゆる我慢大会のような競技だ。
その競技に参加する生徒達は皆タフそうな顔つきだったが、その中に一際強そうな生徒が混じっていた。他の生徒より一回りも二回りも大きな体躯。赤く染められた髪に、筋肉が盛り上がり、入れ墨が入った腕。ライアスも中々筋肉質だが、小柄なのも相まって迫力では完全に負けているだろう。去年の『精神防御』の勝者だ。
そんなむさ苦しい男連中の近くに、ティンジェルさんがちょこんと佇んでいる。
驚く事に、グレン先生はこの競技に彼女を出場させたのだ。
「……ルミア、大丈夫かしら……」
フィーベルさんが心配そうにしているが、結論から言えば、この心配は杞憂となった。
なんとティンジェルさんは数々の精神作用系呪文に最後まで耐え抜き、去年の勝者すら下してしまったのだ。
クラスメイト達が大はしゃぎで観客席から飛び降り、ティンジェルさんを取り囲む。もちろんおれも皆と一緒に行った。
ティンジェルさんは駆け寄ってきたおれ達を見て最初は戸惑っていたが、やがて嬉しそうに笑ってくれた。
昼休み、おれは購買を目指して歩いていた。
両親は応援に来たがっていたが、どうしても外せない仕事ができてしまったらしく、とても残念そうにしていた。
何を買おうか考えながら歩いていると、不審人物を見かけた。その人物は校舎の壁に隠れるようにして中庭をこっそりと覗きながら、なにやら独り言を言っている。
「頑張って、ルミア……!」
静かに近付いてその人物の後ろから中庭を覗くと、中庭に設置されているベンチにグレン先生が座っているのが見えた。そしてそのベンチに何かの包みを持ったティンジェルさんが歩み寄っていく。一言二言会話を交わした後、ティンジェルさんが持っていた包みを先生に渡した。
「あ、手作り弁当か」
「ひぁああっ!?」
ぽつんと呟くと、不審人物が文字通り飛び上がった。どうやら後ろに人がいることに気付いていなかったらしい。
慌てて後ろを振り返った不審人物 フィーベルさんは、おれを見るや否や頬を膨らませた。
「もう、驚かせないでよね」
「ごめん、何見てるのか気になっちゃって」
視線を中庭に戻すと、ティンジェルさんがくれた包みを訝しげにしながら開けた先生が顔を輝かせたところだった。包みの中からサンドイッチを取り出し、物凄い勢いで食べ始める。あっという間にひとつ目を平らげ、ふたつ目に取り掛かる先生をティンジェルさんはニコニコしながら眺めている。
「先生どんだけ腹減ってたんだ……?」
「さ、さあ……」
サンドイッチを完食した先生がティンジェルさんに頭を下げて拝んでいる光景を見てから、おれはフィーベルさんに声を掛けた。
「微笑ましいものも見れたし、おれはそろそろ行くよ。購買でパンでも買ってくる」
そう言って購買がある方向に歩き始めると、少しして後ろからフィーベルさんの声が聞こえてきた。
「……ま、待ちなさいよ!」
振り返ると、フィーベルさんがツカツカと歩み寄ってきて、何かを押し付けてきた。反射的に受け取る。
「お弁当用に作ったんだけど、作り過ぎちゃって一人じゃ食べ切れないからあげるわ!じゃあね!」
早口気味にそう言い切ると、フィーベルさんは何処かに走って行ってしまった。
「……………えっ?これって……」
受け取った包みをマジマジと見つめる。こ、これはまさか……!?
「…………でも『作り過ぎた』って言ってたから『弁当』っていうより、『余り物』を貰ったって感じだな……凄く有り難いけど」
それに、たとえ余り物であっても女子の手作り料理を食べる機会なんぞ前世では一度も無かったし、嬉しくなってしまうのは仕方ない。
おれは前世で好きだった歌を口笛で吹きながら、落ち着いて食事ができる場所を探し始めた。
「美味かったな……」
「チュ〜……」
包みに入っていたサンドイッチを美味しく頂き、おれとピカチュウは満足の溜息を付いた。
一人で食べるつもりだったが、おれが一人になったタイミングを見計らったように3DSから出てきたピカチュウがサンドイッチをじっと見ていたので、一切れあげたのだ。大喜びでサンドイッチに
いつもは生徒達で賑わっている校庭も今日は閑散としていて、おれが見える範囲内には誰も居ない。おかげでベンチを確保するのが簡単だったし、ピカチュウが人目につくことも無かった。
最近判明したのだが、一度3DSから喚び出した事のあるポケモンは3DSを起動していなくても、名前を呼ぶだけで出てきてくれるようだ。というか、ピカチュウは呼ばなくても勝手に出てくる。
サンドイッチが入っていた包み紙を頑張って綺麗に畳もうとしているピカチュウを眺めていると、遠くから先生の叫び声が聞こえてきた。
「じょ、じょ、女王陛下 ッ!?」
女王陛下?
ピカチュウが差し出してきたくしゃくしゃの包み紙を片手に持ち、首を傾げる。
が、すぐに動作を再開し、包み紙を使って
女王陛下はティンジェルさんのお母さんだ。遠い所からはるばる来たのだから娘に会いたいと思っても不思議じゃないだろう。
おれは大きく伸びをして立ち上がった。
「確か午後の競技一発目は『遠隔重量上げ』だったかな……ピカチュウ、悪いけど一旦3DSの中に戻ってくれ」
「ピカ!」
ピカチュウが頷き、その身体が淡い青色の光の粒子に変わる。光の
応援席に戻ると、何かを探しているのか、ウロウロしているフィーベルさんを見つけた。困ったように視線を彷徨わせていたフィーベルさんと目が合ったので、そちらに向かう。
「サンドイッチありがとう。美味かったよ」
お礼を言うと、フィーベルさんはふいっと顔を背け、素っ気なく返事をした。
「そ、そう。まあ、捨てるのも勿体無かったし、別にいいわ」
少し顔が赤いのは、きっと「美味かった」と言われたからだろう。誰だって自分が作ったものを褒められたら嬉しいものだ。
「ところで、ルミアを見てない?いなくなったんだけど」
「ティンジェルさん?見てないけど……何かあったの?」
フィーベルさんに小声で問い掛けると、彼女は力無く首を振った。
「それがよく分からないのよ……いなくなる前からなんだか元気がないみたいだったし……。聞いてみても『何でもない』の一点張りで」
「うーん……」
すると、少し離れた場所でぼんやりとしているグレン先生が視界に入った。
…………そういえば………。
「ちょっと来て」
おれはフィーベルさんを伴って先生のところへ向かった。おれ達がすぐそばに来たのを見ると、先生は怪訝そうな顔をした。
「なんだお前ら、そんな真面目な顔して」
「先生、昼休み中に女王陛下にお会いしませんでしたか?」
先生が驚愕の表情を浮かべる。
「なっ、どうしてそれを……!?」
「校庭のベンチで
そう言うと、先生は難しい顔をした。
「……おい、白猫、コル。ちょっとこっち寄れ。耳を貸せ」
ヒソヒソ声で事の顛末を聞かされたフィーベルさんは、なんとも複雑そうな表情を浮かべた。きっとおれも同じような表情だろう。
女王陛下 ティンジェルさんのお母さんは、お
「じゃあ、あの子がいなくなったのは……」
「十中八九それが原因だろうな……。そんな状況、俺だって一人になりたいわ。……だが、一人になり過ぎるのも良くないよなぁ……。しゃあねぇ、探しに行くか……」
そう言って歩き出そうとした先生が顔をこちらに向け、
「お前らも来るか?」
と言ってきた。
おれはフィーベルさんと顔を見合わせ、首を横に振った。
「いえ、おれはここに残ります」
「私も。クラスの事は私達に任せて、先生はルミアを迎えに行ってあげて」
「そうか?コルはともかく、白猫は来ると思ってたが……お前ら、親友なんだろ?行かなくて良いのか?」
訝しげにしている先生から視線を外し、フィーベルさんは呟いた。
「親友だからこそ、よ。………それに、こんな時あの子が誰にそばにいて欲しいかくらい……」
後半部分は先生には聞こえなかったようで、不思議そうな顔をしながらも先生は頷いた。
「なんかよく分からんが、俺に任せるってことで良いんだな?じゃ、行ってくる」
歩き去っていく先生を、おれとフィーベルさんは無言で見送った。
「うーん……先生達遅いなぁ……」
「そうね……」
おれとフィーベルさんは同時に溜息を付いた。
午後の競技が始まってから既にかなりの時間が経過している。
二組の順位は上がったり下がったりで現在四位。優勝を狙うのは少し厳しくなってきた。また困った事に、クラス全体の士気が下がってきている。ここまでの結果に満足してしまった生徒が増えてきたのだ。このままでは一組との勝負に負け、グレン先生の三ヶ月分の給料がパーになってしまう……!
若干の焦りを覚えた時、不意に後ろを見たフィーベルさんが声を上げた。
「やっと帰ってきたの!?遅いわよ先生、ルミ あれ?」
勢いの良かったセリフが尻すぼみに消え、彼女が戸惑っている雰囲気が伝わってきた。
おれも後ろを振り返ってみると、そこには、見覚えのない男女が立っていた。
鷹のように鋭い目つきが印象的な長髪の青年と、青い髪で感情が一切伺えない無表情の少女。全体的に黒っぽい服装をしていて、見るからに怪しい。これは厄介事の予感……!
「お前達が二組の連中だな?」
「違います」
反射的にそう答えると、何故か微妙な沈黙が流れた。
「……………」
「……………」
「……………」
「……ちょっと、話が進まないじゃない」
フィーベルさんが小声でそう言いながら脇腹をつついてくる。
「………はい、そうです」
正直に答えると、青年は自己紹介を始めた。
「……俺はアルベルト。グレン=レーダスの昔の友人だ。同じくこの女がリィエル」
アルベルトさんの紹介に合わせて、リィエルさんが僅かに頭を下げた。
「俺達はグレンの奴に招待されて来たんだが、グレンは急用が出来てどうしてもそちらに行かなければならないそうだ。唐突だが、奴からの頼みで今からは俺がこのクラスの指揮を執ることになった」
その発言で、クラスメイト達がにわかにざわめき出す。
「奴から伝言を預かっている。『優勝してくれ』だそうだ」
「ゆ、優勝してくれって……」
「で、でも……グレン先生がいないのに……」
生徒達がざわめく中、不意にリィエルさんが戸惑っているフィーベルさんに近づき、その手を握った。無表情だが、真剣な声音で話し始める。
「お願い……信じて」
「!」
手を握られた瞬間、フィーベルさんが目を見開き、リィエルさんをじっと見つめた。アルベルトさんにも視線を送る。
「………貴方達は……」
小さく呟いた後、フィーベルさんは目を閉じて何事かを考えているようだった。しかしすぐに目を開き、頷く。
「……分かったわ。このクラスの指揮は貴方に任せます、アルベルトさん」
そう言って、今度はクラスメイト達に向き直る。
「大丈夫。きっとこの人達は信用出来るわ。それに、誰が指揮を執ろうが、結局私達のやる事は変わらない。そうでしょ?」
「えっ?あ、うん」
突然話を振られ、急いで返事をする。
「グレン先生がどこで油を売ってるのかは分からないけど……」
フィーベルさんが何故かアルベルトさんをチラリと見て、続ける。
「せっかくここまで頑張ってきたんだから、優勝しよう!諦めるにはまだ早過ぎるわ!」
堂々と告げられた優勝宣言を聞いても、クラスメイト達の不安そうな顔はなかなか晴れない。
「そ、それはそうだけど………」
「でも………」
「俺達、グレン先生がいないと……」
弱気なクラスメイト達を見て、フィーベルさんが言った。
「あのさ……先生がいない間に私達が負けちゃったらアイツ、なんて言うと思う?」
場に沈黙が降りる。
おれはフィーベルさんが言った状況の先生のセリフを想像してみた。
『あれあれぇ〜?俺がいない間になに負けちゃってんのカナ〜?あ、そっかぁ〜、お前らって俺がいないとダメダメだったのかぁ!ぎゃはははは、ごめんね勝手に抜けちゃってー!てへぺろろろろろろろろろろろろ』
「うわぁ……」
物凄くイラッとした。
「う、ウザいですわ……とてつもなくウザいですわ……」
「ああくそ!考えただけで腹立ってきた!」
「こうなったら意地でも優勝して先生をギャフンと言わせてやる……!」
ナーブレスさんやギイブル、カッシュを筆頭にあちこちから怒りの声が上がる。どうやらフィーベルさんに煽られ、皆のやる気に再び火がついたようだ。
「……こんなものかしらね」
皆を焚きつけることに成功したフィーベルさんは、アルベルトさん達に向き直る。
「さて、それじゃあお手並み拝見させてもらおうかしら?アルベルトさん?」
挑戦的な笑みを浮かべたフィーベルさんがアルベルトさんに挑発するような言葉を投げかける。
「…………」
アルベルトさんは仏頂面で頷いた。
魔術競技祭は次回で終わりにしたいと思います。