今回でやっとこの作品のヒロイン、システィーナを出すことができました。キャラが少しおかしいかもしれませんが、温かい目で見守ってくださると助かります。
では、4話目です。
おれが学院に入学してから、一年後。
少しずつ昇る太陽が、歴史を感じさせる建物を照らし始める。徐々に明るくなる街が、朝の訪れを告げていた。
そんな街の中、静かに朝もやが立ち込める朝の空気を切り裂くように、一つの人影が駆けていた。
おれだ。
「ヤバイ、寝坊した………!」
そう叫びながら、おれは全力で走る。
何故寝坊してしまったかと言うと、いつもはおれを起こしに来てくれる母さんが昨日の夜から仕事でいないからだ。我が家の朝は母さんの声で始まる。休暇を貰い、久しぶりに家に帰ってきていた父さんも今日から仕事だったらしく、つい五分前に二人して慌てて家から飛び出して来たところだ。いつも起こしに来てくれる母さんの有り難みが身に沁みた。
おれは街の路地裏に飛び込み、細くて複雑な道を最短距離を考えながら走り抜ける。路地裏から大通りへ飛び出し、人を避けながら全力疾走する。
走る途中で、目の前に見えてきたパンを売っている屋台に向かって速度を落とさずに走りつつ、「おっちゃん!いつもの!」と叫び、準備していた小銭を一枚屋台の中へ投げ込んだ。
屋台の中にいたおっちゃんが小銭をキャッチし、同時に「おう!毎度!」と叫びながら手に取ったパンをおれに向かって投げ飛ばす。
飛んできたパンを片手でキャッチし、「ありがと!」と礼を言いながら屋台の前を駆け抜ける。
この間、約五秒。
おれとおっちゃんのこのコンビネーションはこの市場の名物になりつつあるらしいが、今はそんな事を気にしている場合じゃない。なんせ、おれのクラスには怒らせたら厄介な人がいるのだ。遅れる訳にはいかない。
走りながら首尾よく朝食を確保したおれは更にスピードを上げ、アルザーノ帝国魔術学院目指して朝のフェジテを駆け抜けた。
「遅い!」
息も絶え絶えになりながら教室のドアを開けると同時に、不機嫌そうな声がおれに向かって投げ掛けられた。しかし、おれの腕時計が正しければ、ギリギリで遅刻は免れたはず。……もしかして、この腕時計ズレてるのか?
不安になり、教室に備え付けられた時計を見上げるが、遅刻はしていなかった。おれは声の主に抗議を試みる。
「遅いって……言っても、まだ、五分前……じゃ、ないか」
さっきまで全力疾走していたせいで、言葉を発するのもままならない。荒い息を吐きながらなんとかそう返すが、不機嫌そうな声は無慈悲にこう返した。
「この誉れある学院の生徒なら、十分前入室は基本よ」
どうやら五分前入室はおれにとってはセーフだが、彼女にとってはアウトだったようだ。
「さっきのも結構ギリギリだったのに、これ以上急いだらおれ死んじゃうよ……」
そうぼやくおれに呆れた目線を向けながら、不機嫌そうな声の主、フィーベルさんは、
「それはコルが時間に間に合うように家から出て来ないからでしょう?だからそんなに急がないといけなくなるのよ」
と、厳しい一言を下さった。
すると、そんなフィーベルさんを
「まあまあ、コル君も疲れてるみたいだし、その辺にしてあげなよ、システィ」
その言葉を聞き、フィーベルさんは、
「今回はこの位にしてあげるけど、次は十分前には入室しないと駄目よ?分かった?」
とおっしゃったので、「……善処シマス」とだけ答え、おれは教室の窓際、一番奥の自分の席へ向かった。
自分の机に突っ伏して消耗した体力を回復しようとしていると、友人のカッシュが声を掛けてきた。
「朝っぱらから説教女神に説教されるなんて、お前も災難だな……」
「そう思うなら今日の学食奢ってくれ……」
おれがそう言うと、カッシュは「おう、任せろ!」と快く学食を奢る約束をしてくれた。…冗談だったんだけどな……。
心の中で今度カッシュになにか奢る事を決意しながら、おれはさっき調達した朝食のパンを食べ始めた。
「父さんは無事に朝食を確保出来たかな…?」
まるで頭が爆発したかのような寝癖をしていた我が父を思い出しながらパンをかじっていると、すぐ横の窓から一羽の小鳥が入ってきて、おれの机の上にちょこんと乗った。
「おはようさん」
そう言って、小鳥の前に小さくちぎったパンを置いてやる。小鳥はつぶらな瞳でおれの顔を見つめた後、目の前のパンをつつき始めた。
この小鳥は、以前教室に入ってきた時にパンくずをあげてからおれに懐いてくれたようで、たまにこの時間帯に遊びに来るようになった。
パンをつつき終わった小鳥の頭を人差し指でそっと撫でてやる。小鳥は気持ち良さそうに目を細めた。
「あぁ………今日も平和だなぁ………」
転生前は異世界=魔法が飛び交ってるヤバイ所というイメージだったが、全くそんな事は無かった。平和って素晴らしい……。
おれが撫でるのを止めると、小鳥はおれの指を軽くつついてから、窓の向こうに飛び去った。
システィーナ
コルが自分の席に向かうのを横目で見ながら、システィーナはため息をついた。
「はあ……遅刻ギリギリの時間に来るなんて、コルにはこの学院の生徒としての自覚が足りないわね」
そう言うと、隣に座っているルミアが苦笑した。
「あ、あはは……きっとコル君もなにか事情があるんじゃないかな?いつも遅れてる訳じゃないんだし……」
「いーえ、あれは絶対に寝坊だわ。そうじゃなかったら、あんなに寝癖がついているはずが無いもの」
ルミアと同時に後ろを振り返り、コルを見る。机に力尽きたように突っ伏しているコルの黒い髪は、まるで竜巻が通過した後のようにあちこちがぴょんぴょん飛び跳ねていた。
「ほ、ほんとだね……」
「ね?あれは絶対に寝坊よ」
システィーナがコルの跳ねた髪の数を数えていると、ルミアがふと思い出したかのように言った。
「そういえば………コル君って不思議な人だよね?何ていうか……雰囲気が他の人と違うというか……」
「あれ、ルミアもそう思ってたの?実は私も」
「うん…妙に変な事に詳しかったり、逆に皆知ってる事を知らなかったり……」
そうなのだ。コル=ファルリルという男は、周りの人と比べると、どこか違う雰囲気を持っていた。優等生であるシスティーナでさえも知らないような事を知っていて博識なのかと思っていたら、皆が知っている事、いわば常識のような物を知らなかったりと、どこかが抜けている。
それに、一度だけだが、彼がなにやら緑色をした箱のような物を持ち歩いていたのを見た事がある。とても大事そうに扱っていたのが印象に残っているが、アレが何なのかシスティーナには分からなかった。その箱について一度彼に聞いてみたのだが、分かったのは彼は誤魔化すのが下手だということぐらいで、箱については何も教えてくれなかった。
(あの箱はコルにとって何なのかしら……)
今度もう一度あの箱について聞いてみようと、システィーナは密かに決めた。
システィーナがそんな事を考えていると、ルミアがコルの方を微笑ましそうに眺めながら言った。
「でも、コル君が優しい人なのは分かるね」
「え?」
システィーナが再びコルの方を見ると、コルは窓から入って来たのであろう小鳥に、自分のパンを分けてやっていた。
その光景を見て、システィーナはわずかに口元を緩める。
「ええ、そうね」
朝の澄んだ空気の中、学院の鐘の音が鳴り響く。
今日もまた、授業が始まる。