雪色狐姫と陰陽師 作:ツキノギ イオリ
紫紺の着物の袖を揺らし、黒塗りの下駄をカラコロと鳴らして、青年は京の街並みを眺めつつ歩く。
荷車を引く男。明るく客を引く看板娘。 視界に入る人々は、誰も彼もが活力に満ちていた。
自身の時代の人間のそれと比べれば、近頃の若者は……などとぼやく老人の気持ちが、何となく分かる気がしてしまう。
取り留めのない思考の最中、ふと右手側に身じろぎの気配を感じた。視線をそちらに流してみる。
狐のような三角耳、新雪を思わせるフワリとした長髪。青年の相棒である人ならざる少女が、華奢な左手を差し出そうとしては引っ込めることを繰り返していた。
「空狐」
男声と呼ぶにはやや高く、女声と呼ぶには低い声音が、柔らかな響きで少女を呼んだ。
空狐はビクリと肩を跳ねさせ、その大人しい顔で青年を見上げてくる。
「……ト、トウヤさん、何でしょうか?」
応える声音に緊張が滲み、澄んだ瞳が不安に揺れる。
そんな彼女の様子に、トウヤは苦笑いを浮かべて立ち止まる。
そんな顔させたいんじゃないんだけどな……
内心で呟き、右手を彼女にさしだせば、空狐はその目を見開いた。
「えっと……」
「都だけあって人も多い……手、繋いでかないか?」
戸惑い言葉を探す相手に、トウヤは先に口にする。
「……いいんですか?」
コクリと1つ頷いてやる。空狐は頬を染めつつ、差し出された彼の手を取った。
器用そうなスラリとした見た目とは異なる、カサつき骨ばった感触。
伝わる慣れない感覚に、彼女の顔はますます真っ赤に染まる。
「……うれしいです……でも、なんだか……」
心情を半ばまで口にする。そこで空狐に限界がきた。
堪らず後頭部の狐面に手を伸ばし、自身の表情を隠そうとする。
けれども、トウヤがそっと面を抑えた。
なんで?
そう聞こうとする前に、トウヤは苦笑いに言葉を添える。
「俺もそこそこ照れ臭くてさ……道連れになってくれないか?」
彼女の暴走の鍵。それを避ける方弁には、半分本音も混じっていた。
おどけた調子のその弱音を聴き、空狐の気恥ずかしさが少し引いた。
意外そうに、彼の顔をキョトンと見返す。
彼女だけではない。彼もまた、黒い癖毛から覗く耳を、ほんのりと赤く染めていた。
あんなに余裕に見えたのに……
あんなに余裕がなかったのに……
互いの表情の移り変わりに、似たようで真逆の感想を抱く。
妙な間が空き、それがなぜだかおかしく思えて、2人揃ってクスリと笑った。
「……はいっ、では、道連れになります……!」
硬さが和らぎ、空狐がおどけてトウヤに返す。
「助かる」
短く穏やかな声音でトウヤも返せば、空狐の手を引き歩き出した。
改めて聞くけど、どこいきたい?
えっと……トウヤさんの行きたいところならどこへでも……!
それは逆に困るかなぁ
す、すみません……
いやいや、責めてるわけじゃないから気にしないで……一緒に考えてみるのはどう?
……はい!
京の都の喧騒に、ふたりの会話が溶けていく。