Fate/Blank Order   作:後菊院

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第十一話

 

 

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 どういうことだ。説明しろ、潤。

              ——西東天

 

 

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 生き残りはごくわずか。

 港付近の料理屋――店内で生き残ったのは藤丸立香ただ一人。

「マタ・ハリ……、マタ・ハリ……?」

 目の前に突っ伏す女性を揺する。反応がない。どうしたのだろう。

 辺りを見回す。カウンター席に座っていた客も円卓を囲んでいた客もマタ・ハリと同じように机に突っ伏している。いや、背もたれによりかかってのけぞっている者もいる。食器を回収しようとしていた店員は床に倒れ込んでいる。カウンターの奥でコップを拭いていたマスターらしき男の姿が無くなっている。奥で倒れているのだろうか。

 何が起きた?

 理解ができない――本当に、何が何なのかわからなかった。「マタ・ハリ……マタ・ハリ!」先ほどより強くマタ・ハリを揺する。彼女はずるりと動き、そのまま横に倒れた。受け身も何も取っていない。ただただ物理法則に従っただけの転倒。

 彼女の瞼は開いていた。

「マタ・ハリ!」

 席を立ち、彼女の下に駆け寄る。立香はもう一度周りを見渡し、また視線を下に戻す。

「やばい……」

 なんだ? わけがわからない。人形のようになったマタ・ハリを強引に背負うと机の上に駄賃を置き、足の踏み場に気をつけながら店を出る。

 店の外も同じだった。

「ああ……」

 ここにも、あそこにも人が倒れている。動いている人間は自分以外に居ない。いやそんな筈ない。きっとどこかに、まだ誰かが――

 道を曲がる。大通りに出る。

 静寂が立香を出向かえた。

 風の音だけが聞こえる。セイレムの町の、物静かながらも賑わいを見せる人々の話し声はどれだけ耳を済ませても聞こえない。

「ああ……そんな……」

 歩を進める。

 背負っているマタ・ハリが心なしか冷たく感じ始めた頃、立香は裁判所に辿り着く。ぎいぃと入口の扉を開き、更に廷内へと続く扉も開ける。

「やっぱり君は死ななかったか」

 一人、いた。

 室内。折り重なるように人が倒れている傍聴席、座ったまま動かないマシュー・ホプキンス、関係者各位。

 裁判長席の前に置かれた机に腰掛ける少年は「やあ」と立香に笑いかけた。

「こんにちは。カルデアのマスター」

 まだ幼い。十三、十四歳くらいだろうか。それは立香がとてもよく知る少年だった。

 そう――立香は彼をよく知っている。

 本人を除けば、きっと誰よりも知っている。

 だが同時に彼は立香がよく知る彼とは明らかに別人だった。目の前の彼は彼ではない。何故かはわからないがそう確信できる。

「空々君じゃない……。誰だ?」

「君はあの愉快な英雄とは少し違うみたいだね――なるほど。人類を救うには君みたいなやつの方が都合がいいんだろうね。彼はやっぱり変な英雄だったというわけだ」

 立香の質問を無視し――彼はとうとうとわけのわからないことを語る。そのまま何も答えないのかと思った矢先、

「僕は、まあ……地球だ」

 と。

 彼は平然と言った。

 文章として破綻も甚だしいその科白を、しかし何故か立香は呆気なく理解し呑み下すことが出来た。

 そうか。

 彼は『地球』なのか。

「君達の世界観で説明するのならばそう、『ガイアの意志』と形容するのが適切かな。真祖ですらない。正真正銘、星の化身だ。珍しいだろう。サイン要るかい」

 全く笑えない冗談を飛ばす彼からは――しかし、立香とは比べ物にならない圧力と迫力を感じた。

 四十七億年の歴史を持つ、およそ6.0×10の24乗kgの偉大なる惑星。

 母なる地球は格が違う。

 そんな存在が――何故、こんなところに。

「『こんなところ』、ね」

 彼は少し不服そうに言う。

「こんなところも何も、ここは僕の上なんだけどな――まあ、そういう風に言われるのは慣れてるけど……。そんな大したことは目論んじゃいないよ。狐と違って僕は友情出演程度に出番を留めておこうと思っているんだ。君達の世界観にメモリを合わせると僕の存在はどうしても大きくなりすぎるから。今回のこれだって、突発的な自然災害だと考えてくれればそれでいい。嵐の山荘が嵐でぶっ壊れたってところだ。殺人犯に全員殺されるよりはましな結末だろう」

「『今回のこれ』って……、じゃあこの『これ』はお前の仕業なのか?」

「そうだよ」と彼は言う。

 悪びれる様子は皆無だった。

「……何でこんなこと」

「何でって、今言っただろう。自然災害だよ。あとはそう――君を殺そうという魂胆も少しはあったかな」

 まあ予想通り君は生き残ったけど――と。

 何の感慨もなさそうに彼は呟く。

「俺を、殺す?」

 彼は何も言わない。

「俺を殺すって、何で……何でガイアが俺を……」

「僕が人類を滅ぼそうとしているからさ」

 ――……。

 何が。

 何が「大したことは目論んじゃいない」だ。

 ふざけるな。

「君は人類を救うんだろう? 顔を見せたのは、言ってみれば挨拶みたいなもんだよ。宣戦布告とも言うのかな。『それじゃあ今後ともよろしくお願いいたします』ってね」

 そう言って彼はじっくりと立香の顔を見つめる。思わず後ずさりたくなるような威力を備えた視線だったが、多大な精神力を使ってそれを無視し、彼に近づく一歩を踏み出す。

「君、いい加減それを降ろしたらどうだい。気づかないふりはダサいぜ」

 地球は立香が背負うマタ・ハリを顎でしゃくる。

「うるさい」

 双肩にのしかかる何かを跳ね除ける為に強い言葉を使う。

 こいつにはどうしても聞いておかなければならないことがある。

「メディアを殺したのはお前か?」

 『第三勢力』。

 羽川の予想は見事に当たっていた。こんな存在がいるなんて想像もしていなかったが、彼女だけは「地球」という勢力の実在を予言していた。だったら確かめなければならない。

 メディア殺しの犯人は地球か?

「メディア? 誰だいそれ。ここで倒れている内の誰かだったら、そりゃあ犯人は僕だろうけど」

「俺達の仲間だ。青紫のローブを被っている。一昨日の午前中から姿が見えない。お前が殺したのか?」

「知らないな。そんなのいたっけ?」

「とぼけるな! お前が殺したんだろう――」

「そろそろ演技をやめたらどうだい」

 彼は先ほどよりも少し低い声で言った。

 再び静寂が廷内に戻る。立香も彼も、何も言わない時間が僅かに生まれた。

「……『演技』って……俺が殺したって言いたいのか」

「そんなことは言っていない。君の仲間が誰に殺されたなんてこの際どうでもいい。言っている意味は伝わってるだろ? あの英雄のようにしてくれよ藤丸立香。もっと建設的な掛け合いをする段階に入っていると思うんだけど――」

「どうでもいいってなんだよ! メディアなんかどうだっていいっていうのか――」

「そう思っているのは君だろう」

 ……。

 あれ?

 おかしい。

 続く言葉が出てこない。

 声帯が、言語野が、うまく機能していない。

「そのメディアとかいう奴が誰に殺されたか。どうでもいいと思っているのは僕じゃない。それは君だ。『真実なんかどうだっていい。目の前のこいつを犯人ってことにしよう。カルデアに悪者がいないということになればそれで万事解決だ』――そう思っているのは他ならぬ君だ」

「……違う、」

「僕の登場に寧ろ君は感謝している。ああよかったやっぱり敵は外にいたんだと安堵した。セイレム中の住人を虐殺したのが『意志ある者』だとわかり、怒りの矛先を向けられる相手がいることを喜んだ」

「違うっ! そんなこと思っちゃいない!」

「マシュ・キリエライトは生き残った」

 唐突に。

 何の脈絡も無く彼は話題を変えた――全く別の、しかし現在においては非常に重要な意味を持つ情報を彼は口にした。

「さっき慌ててここを出て行ったよ。アビゲイル・ウィリアムズも生き残った。まあ当然の結果だ。さっきの『あれ』は生ける屍(リヴィングデッド)を墓に追い返す為のものだったからね。屍鬼は即死……サーヴァントとかいう死人も原則全滅だ。やれやれ、不死殺しは誰か他のやつのあだ名なんだけど」

「……何で」

 問いかける立香に、彼は面倒くさそうに答える。さっき言っただろう。自然災害だ――と。

「あとは自分で考えてくれ。何でもかんでも答えを教えてしまうのは良くないからね。そうでなくとも僕は放任主義なんだ」

 じゃあ、と。

 彼は軽く勢いをつけて腰掛けていた机から飛び降りた。だが着地する足音は聞こえない。そこには誰もいなかった。目を離してなんかいないし、瞬きもしていないのに、彼は忽然と姿を消した。煙のように――というか、初めから存在していなかったように、まるで全て夢だったかと錯覚してしまうほど。

 そこには立香だけが残された。

 ふと彼が座っていた机を見る。綺麗な平面の上に、ひとつ異物が乗っていたのに気づく。近づいてそれを拾い上げる。

 眼鏡だった。

 片方のレンズが割れている。弦は折れていないので一応まだかけることはできるが、かけることができるだけ。その眼鏡を通して見える景色は歪だった。

 何故こんなところにこれがあるのだろう。

 疑問に思う。だが深く考えることができない。

「あれ……」

 そうだ。

 彼女に返してやらないと。

 立香は入口の方に振り返る。薄暗い室内から光差す外へと一歩、また一歩と歩みを進める。ずるずると何かが背中から落ちたがそれを確認する気は起きない。肩が軽くなった。少し歩調が速くなる。

 死体だらけの裁判所を後にした。

 

 

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 ランドルフ・カーターが意識を取り戻した時、まず困ったのは自分が今いる家がはたして自分の物なのか他人の物なのかわからないということだった。

 ソファから起き上がり、ざっと辺りを見回す。それなりに豪華な調度品。自分の趣味と一致するが、それらを揃えた記憶は無い。そもそもこんな家に定住した覚えが無い。一体ここはどこだと思い窓の外を見てみるが、大して特徴的なものは見えなかった。家の造りや気温から察するに、十七世紀の英国植民地のどこか……と言ったところだろうか。だとすればアメリカ大陸の可能性が高いが、さて。

 カーターが寝ていた部屋に人はいない――と思ったが違った。彼はテーブルの影に誰かが倒れているのを発見する。うつ伏せの――白髪と黒髪が混じった奇妙な白黒の髪をしているが、どうもそれほど年齢を重ねていないように見える。少女のようだ。警戒しながら近寄り、声をかけてみる。

「大丈夫かね?」

 返事はない。いきなり飛びかかってくる心配は別の心配にまわした方が良さそうだ。

 とんとんと肩を叩く。反応なし。これといった外傷は見当たらない。背中に手をあててみる。心臓が動いていない? 死んでいるのか? 仰向けにひっくり返し、瞳孔の開きを見てみようとしたところで硬直が始まっているのを確認。間違いない。彼女は死んでいる。

 カーターは一度立ち上がってため息を吐いた。

 病気だろうか。どこか釈然としないものがあるが……一応の理屈をつけて自分を納得させる。彼女の瞼を閉じてやると、先ほどまで自分が寝ていたソファまで運び、寝かせる。本当はもっと色々してやらなければいけないことがあるだろうが、こちらも状況がまだつかめていないのだ。リヴィングの扉を開き、廊下へ出る。

 そこでまた別の少女と遭遇した。

 遭遇したというか見かけたというか。彼女はカーターに背中を向けており、今まさにこの家を出ようとしていた。外の光が眩しく、逆光で顔がよく見えなかったが――あのシルエットは少女のものだ。さっきリヴィングで死んでいた彼女と同じか少し幼いぐらい。右手に何かを持っていて、それがキラリと陽光を反射した(カーターは直感的にそれがナイフではないかと推測した)。

「――」

 彼女が何かを呟くが室内まで吹き抜ける風がそれを掻き消す。風圧に目を開けていられなくなり、手で顔をガードする。

 扉が閉まる。

 バタンという音と共に静かな薄暗さが廊下に戻ってくる。少女はいない。外に出たのだ。慌てて扉に駆け寄り開けてみるがそこには誰もいなかった。家の角を折れたのだろうか。早足で周辺を捜索してみたが無駄だった。諦めて家の中に入り、この家が一体何なのかを探ることにする。

 一階の奥にあった書斎をひっくり返して書類を読み込んだ結果、ここはランドルフ・カーターという学者の屋敷であることが判明した。自分はもう長いことここに住んでいるらしい。しかし全く身に覚えがない。私は長いこと旅を続けていたはずだが……。

 アビゲイル・ウィリアムズという姪っ子と一緒に暮らしていたということだ。一瞬、ソファに寝かせた少女と玄関で目撃した少女を思い出すが、しかしどちらも違う気がする。アビゲイルは十三歳だという。どちらの少女もそこまで幼くは見えなかった。

 そういえばまだ二階を探索していなかった。一度書斎を出ると、廊下にある階段を昇って未知のフロアに足を踏み入れる。ドアが四つ――一階の間取り的に考えて部屋も四つ。一番手前の扉を開けると、そこには三つのベッドが置かれていた。寝室だろうか。いや、雰囲気的には客人を泊める為の部屋に見える。先ほどの二人の少女が泊まっていたのだろうか。

 次の扉を開ける。その部屋にはほとんど物が無かった。綺麗に折りたたまれた毛布が数枚あるだけ。一つ前の部屋より幾分広い空き部屋だった。

 三つ目の扉。その取っ手に手を伸ばした時、カーターは直感的に「何か」を感じ取った。決して説明のできない、良からざることが起きるお告げのような何か。扉を開く前に、そっと耳をあてて中の気配を確かめる。何かが動く音はしない。静寂そのもの。それが却って不気味さを引き立てている。意を決して扉を開けた。そしてゆっくりと歩を進める。

 西向きの窓から差し込む光。

 気流の無い、沈殿した空気。

 部屋の隅の箱に入れられた木製や布製の玩具。

 ベッド。

 ベッドに乗った奇妙なぬいぐるみ。

 そして――金髪の少女(アビゲイル・ウィリアムズ)

 彼女の胸に突き立てられた銀のナイフ。

 純白のシーツに丸く広がる朱い染み。

 一種神聖とも言える光景を前に、カーターはしばらくの間ぴくりとも動けなかった。

 

 

 

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