Fate/Blank Order   作:後菊院

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第二話

 

 

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 真実を知りたければまず嘘を知れ。

            ――貝木泥舟

 

 

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 レイシフト先は真夜中の森だった。

 デミ・サーヴァントとしての能力を失った今のマシュでは、人工の明かりのない宵闇の中で辺りを見渡すことは確実に不可能だった。夜目の利くタイプでもなく――ただただ視覚以外の感覚を研ぎ澄ませて周囲の情報を拾う。

「……空間内部へと到着したのでしょうか」

 皆に無理を言って劇団の語り部役としてレイシフトメンバーにねじ込んでもらった手前、いつも以上に働かなければと思い、マシュは一番最初に声を上げる。

「セイレム校外の森林部……。時刻は夜明け前の深夜です――予定通りならば、ですが。けれど、真っ暗で……」

「みんな、無事?」

 立香の声が響いた。

 そうだ、こんな暗闇に放り出されてまず一番最初にやらなければいけないのは現状把握よりもまず点呼な筈だ。マシュはそこに思い至らなかった自らを反省する。

「さてさて、どうっすかねぇ。妙な居心地の悪さはあるがねぇ……。ミストの中は真っ暗闇も覚悟していたが、どうして結構明るいじゃねえの」

 まずロビンが反応した。声を出すというのは自分の位置を周りに教えるのと同義で、周到な彼が一番最初に立香に応じるのは妙な気がしたが、なるほどこの暗闇の中でも辺りを見渡せるというのならそれもうなずける。森の義賊の名は伊達ではないということだろう。

「さすがロビンさん、夜目が利くんですね。わたしにはほとんど……。周囲の警戒をお願いしたいです」

「ほい、任されましたよっと。あとで星の天測もして時間のズレもチェックしとこう――おおっと、不審者一号発見ですぜ? こいつが噂の魔女ってやつに違いねえな。いかにも辛気くさい顔をしてる。男の魔女だが」

 不審者がいると言われ、一瞬マシュは身構えるが、どうもロビンののんびりとした口調から察するに、それは彼の冗談の様だ。

「……それは僕に言っているようだな。きみこそ夜盗と間違われて撃たれないよう気をつけろ」

 ……サンソンへの軽口だったらしい。

「やめなさいったら、二人とも。せめて役者らしく装って。会話を聞かれても怪しまれないようにしないと」

 マタ・ハリが彼らを仲介する。こういう時の要員がいるのはありがたかった――もっと言えば、現地到着早々から仲違いを始める者がいなければ最高なのだが、如何せんロビンもサンソンも代理の利かない優秀なサーヴァントであるので、そこは諦めるしかない。

「そりゃそうですな――って、お、おうっ!」

 唐突にロビンが奇声をあげる。予想外の何かがいたらしい。声のする方を見遣るが、マシュの眼は未だに暗闇に慣れず――ロビンくらいの影が蠢いているのが辛うじて見える程度だった。

「…………」

「あー、びっくりした。おまえさんは……新顔の空々か。身動き一つせず突っ立ってるからロウ人形かと思ったぜ」

 どうやらロビンはじっとしていた空々少年に驚いたらしい。見た目は小学生か中学生ぐらいの子供なので、初めてのレイシフトではもっと動き回るのではないかと何となく思っていたマシュは、それが少し意外に思えた。

 緊張しているのだろうか。

「……ロビンさん、周りに何か変わったことなんてないですよね」

「ああ? いや、少なくとも俺が見る限りじゃあ異常は見当たらねえぜ。少年クン」

「そうですか。ありがとうございます」

 空々がロビンに礼を言うのが聞こえた。そしてロビンの影の隣で何かが動いたのが見える。大きさ的にあれが空々だろう。

「全員いるかい、マシュ?」

「お待ちください、先輩」

 ……だんだんと、暗闇に目が慣れてきた。

「そこにいらっしゃるのは――」

 皆から少し離れた場所に、最後の影。

「メディア……さん……? ですよね? 今はあまり離れてはまずいです……メディアさん」

 レイシフト前、ダヴィンチが言っていたことを思い出しながら、いつもより注意深く、マシュはメディアに声をかけた。

「わかっている」

 メディアが答えた――この辺で、ようやく色が見えるまでになった。

「レイシフトか……魔術と科学の融合とはね。この感覚は永遠に慣れないな」

「……?」

 メディアが何かを言ったらしいが、声が小さくてよく聞こえなかった。まあ独り言だろうと、マシュは思い切ってそれを無視し、全員の無事を立香に報告する。

「よし。じゃあ、村の中心へ向かおう」

 と、立香が言い、マシュも皆もそれに続こうとした時――

「全員まとまって移動するんですか?」

 と、空々がポツリと言った。

「……え?」

 半ば無意識に、マシュは問い返す。

 何だ? 何を言っているんだ彼は。

「どういうことですか?」

「……ええっと、全員一塊で動くんじゃなくて、誰か一人ぐらい先行するか、でなければ隊列を組んだ方がいいんじゃないかと思ったんですけど」

 そう言われて、マシュはようやく空々の発言の意味がわかる。

 無警戒のまま森の中を歩いていっていいのか?

 確かにそれはナンセンスだった――というか自殺行為と言って良い。何と言っても、このセイレムは魔神柱が張った『罠』の可能性が高いのだ。そんな場所を移動するのに、警戒しすぎていけないということもない。

「確かにそうだな。斥候を撒いておいて損はねえ。じゃあちょっくら先に行かせてもらうぜ? マスター」

 ――と、ロビンは彼の宝具である『無貌の王』をかぶり、外界への視覚情報を遮断して――有体に言うと『透明になって』、皆に先んじて村のあるとされる方角に歩き出す。

「ちょ――ロビンさん?」

「十五分後に帰ってこなけりゃ、なんかあったと思ってくれ」

 マシュが呼び止めるのも聞かず、ロビンは勢いよく森の奥へと――実際は出口の方角なのだろうが――駆けていく。皆が見えなくなるところまで来ると、しかし彼はそのまま斥候を務めることはなく、こっそりと横に逸れていき、立香達一行が来るのを待った。

「…………」

 勿論ロビンが実は立香達を裏切っていたとか、敵と内通していたとかそういうオチではない。サンソンのクソ真面目っぷりに辟易している彼ではあるが、彼なりの忠義はちゃんと持っている。不平不満をこぼしながらも、与えられた仕事は全うする。それが彼である。

 では何故こんなことをしているのか――答えは単純。彼は未だに空々空というサーヴァントを信用していないからだった。

 あの少年は少しおかしい。

 否、英霊にまでなった者ならば、人ならざる力と引き換えに大なり小なり何らかの『欠陥』を抱えているのが普通――では、あるのだが……。

 だが、あの少年はぶっちぎりだ。

 カルデアにいるサーヴァントの中では、彼こそがダントツで異常であるとロビンは確信する。

 『英雄』に近づけば近づくほど人間でなくなっていくのは、ある種必然ではある――しかし、だとすれば、彼は――空々空は、これまでに召喚されたサーヴァントの中で最も英雄らしい英雄と言えた。

 彼は英雄の中の英雄だった。

「(だからこそ、あの少年クンの怪しさが際立つってもんなんだよなぁ……)」

 ロビンの直感は当たっている。空々空の恐るべき経歴が――悍ましき戦績が皆に知れ渡っていれば、絶対に今回の潜入メンバーに選ばれることはなかっただろう。

「(そんなアイツが、この提案だ)」

 斥候。

 今回の潜入チームは、言ってみれば小隊規模のものなので、偵察係を出すよりは警戒する方角を分担してゆっくりと行軍するのがセオリーではあるのだが、サーヴァントが大部分を占める潜入チームなど、既に大隊規模の戦力になっているので、そういう意味では理にかなっている。

 だが空々空の真意はそこにはない――否、そこにはあるだろうが、おそらくロビン達とは別のことを主眼においている。

 空々は『斥候』の役割を、偵察や哨戒ではなく『生贄』として考えている。

 先行する囮。

 『全員の生存率を上げる』という考えではない、『誰かの生存率を他の者に集中させる』という考え。

「(潜入開始早々からそっちの方向でモノを考えるたぁ、まずまともな人生を歩いてきてねえんだろうなぁ)」

 曲がりなりにも『森の義賊』に選ばれるまで至ったロビンである。それなりの修羅場を潜り抜けて来たという自負はあるが、それでもいきなりそこまでの発想には至らない。

 ぶっ飛んでいる。

 或いは、ぶっ壊れている。

「(――否。それはまだいい。ウチの大将(マスター)の方針からは外れるが、そこまでは理解もできるし納得もいく。セイレムがあからさまな罠だってのは決定事項みてえなもんだからな。冷徹な判断じゃあるが、それはある意味英断とも言える)」

 だから本当にやばいのは、少年クンが斥候に抜擢された時――

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

「(今回のメンバーで、斥候とか偵察とかそういう仕事に一番向いてるのは間違いなくこの俺なんだろうが――だが俺は『アーチャー』だ。戦闘能力の高いとされる三騎士クラス。『斥候として放つよりも、マスターの傍にいながら周囲を警戒させる方が駒として有効なんじゃないか?』なんて言われた日にゃあ、大人しく従う他無えさな。だとすると、やっぱ今回三騎もいる『アサシン』クラスの誰かが斥候を務めることになるんだろう――)」

 その場合、選ばれる可能性が最も高いのは空々だ。

 処刑人のサンソンよりも、ハニートラップのマタ・ハリよりも、正体不明にして未知数の実力を持つ空々が斥候になる。

 斥候になるということは、皆の前から姿を消すということだ。

 先行する危険地帯に居るのが普通だが――たとえ後方の安全地帯で皆の様子をうかがっていたとしても、それはこちらからは知り得ない。

 そのうえで、こちらは斥候を放ったから移動中は比較的安全だと思い込みながら森の中を進む。

 それは不味い。

 五騎のサーヴァントで守りを固める以上、如何なる敵が待ち受けていても全滅はありえないだろうが、開始早々人員が削れるという未来は避けたい。

 では、空々の危険性を皆に説くか?

 証拠も無いのに?

 そもそもこれはあくまで可能性の話であって、これを裏づけるようなものは何もない。言ってしまえばロビンの勘、ただそれだけである。こんなことを皆にぶちまければ仲間割れが起きるのは必至だろう。

 だからといって、空々を信用することはロビンにはできなかった。

 ただの勘ではあるが――この己の何の根拠も無い勘を信じることこそが生存の秘訣だと、ロビンは知っている。

 故に、そもそも空々に斥候役をやらせなければいいと、ロビンはやりたくもない斥候役を空々に先んじて買って出たのだった。

 

 

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 勿論今までの全てはロビンの主観なので、実際とはだいぶ食い違う箇所が存在する。空々空と行動を共にすることの危険性に――『敵よりも味方を多く殺す戦士』と呼ばれた英雄の表層を見破ったロビンのその慧眼は賞賛に値するが、しかしいくら空々でも『斥候役になって姿を消し、逆に他の者を囮にする』なんてことは考えていない。必要とあれば考えるのだろうが、しかしそんな戦術は今回無意味だと――無効だと、今の彼は思っている。

 自分が生き残っても、立香が死ねば意味が無い。

 ……無論、空々が立香に対して何か特別な感情を抱いているわけではない。そんなことはありえない。これはただ単に、『魔力供給源』が無くなれば自身も強制的に消滅するということを空々も知っているからだった。

 実際の魔力源はカルデア本陣からのモノらしいので、立香はあくまで経由回路でしかないが、しかしそれこそがこの身体にとっては重要らしい。

 ならば自分ひとりが生き残っても意味は無い。

 最低でも二人――その為には勿論、他の者達も生きて立香を守護していてくれる方が生存率は上がる。

 だから彼は、もし斥候を任された時も、自分から提案した手前、真面目に取り組むつもりだったし、ロビンがそれをやってくれるというのなら、それでも全然構わなかった。

 そもそも、斥候に出ていようが取り巻きに守られていようが関係なく死ぬ時は死ぬと思っているのが空々である。ロビンの心配が杞憂に終わるのは、ある意味必然だった。

「空々――さん?」

 ロビンがいない中での行軍中――皆より二歩ほど後ろを歩くメディアから、更に横に四人分くらい離れたところを歩いている少年を気にかけて、マシュは声をかけた。

「歩調は大丈夫ですか? 皆さんと歩幅が違うので、少し辛いと思うのですが……」

「――はい。大丈夫です。ありがとうございます」

 特に不自由は無いようだった。まあサーヴァントの身体に、体格差なんてあってないようなものだ。こんな心配、するだけ無駄というものではあるのだが――

 マシュが空々に声をかけたのは、彼がずっと皆の会話の輪に入ってこないから、というのが大きい気がする。

 マシュらしい気遣いである――ただそれを言うのなら、彼と同じくらい後方にいるメディアだって会話には参加してこないのだが、彼女はもともとそういう気質だし、何より出発前のダヴィンチの台詞が、未だにマシュの中に残っていたので、何となく声がかけづらかった。

「……キリエライトさんこそ、ペースはきつくありませんか?」

 するとマシュを気遣う言葉が返ってきた。既にデミサーヴァントとしての力を失っている今のマシュは、確かに空々なんかよりよっぽど虚弱である。これまで数々の特異点を渡り歩いてきた立香はもうこの程度の行軍など散歩のようなものだが、一切のステータスが初期化されたマシュは、正直少し疲れ始めていた。

 いや、まだ全然歩けるけれど。

「はい。大丈夫です」

「そうですか」

 特に何の感慨もなさそうに空々は言った。それが温度の無い社交辞令にしかマシュには聞こえなかったので、彼女は不安になり、

「あの、キリエライトなんて畏まらず、普通にマシュって呼んでいただいて構わないですから」と、空々との距離を詰めようと呼び方なんかを変えてくれるよう彼に頼む。

「……わかりました」

 少し間を置いてから空々の返答がやって来る。

 その間が、マシュには何故かすごく怖く思えた。

「――よっ」

 それ以後は特に会話もなく、黙々と深夜の森の中を歩いていたところに――突如樹上からロビンが舞い降りてきた。森の義賊の隠密技能に、一瞬敵襲かと身構えたマシュだったが、しかし他のサーヴァント達は斥候に出た彼のことを忘れてはいなかったようで、突然の登場にも殺気立つことなくロビンを迎える。

「どうだった?」

 マタ・ハリが聞く。

「どーもこーも無ぇさ。向こう3km先まで真っ暗な森、んでそっから開けて村がある――……ってぇ報告をしたかったんだがねえ」

 何やら回りくどい言い方をするロビン。どうやら問題があったらしいが、しかし彼の口調や表情を見る限り、そこまで深刻な障害でもなさそうだ。

「ここから少し行ったところで、村娘の集団が焚き火を囲んで妙なことをやっている」

「『妙なこと』……?」

 立香がロビンの言った言葉を反芻した。

「俺には何かの儀式を執り行ってる風に見えましたがねぇ。専門的なことはわからねえ。そこの魔女サマの意見を聞かないことには――案外ただの子供の遊びかもしれねえ」

 ロビンの視線を送られ注目を浴びたメディアは、少し不機嫌そうにロビンを睨み返す。

「――わかったわ。連れて行きなさい」

 

 

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 「――向こうが機材を設置するまでは通信不能……わかっていたことだけど、到着報告が無いっていうのは、やはり不安になってしまうねえ。ホームズ君」

 カルデアの管制室。

 『通信不能』の文字が躍るディスプレイを前にして、二人のサーヴァントが並んで椅子に座っていた。

 そのうち一方は、おそらく世界一有名な人物画の中の人間が、そのまま抜け出してきたような精巧な美を持つ女性――レオナルド・ダ・ヴィンチと、

 その内一方は、おそらく世界一有名な推理小説の主人公が、そのまま抜け出してきた様な機知に富んだ風体の青年――シャーロック=ホームズ。

「ふむ、ただでさえ今回のレイシフトは不安要素の塊だからね。敵陣の体勢は万全だろうし、これまでは考えなくてもよかった外部への対策も必要だ。更に問題なのは、今回レイシフトに選ばれたメンバー――……」

 おっと、ここで言うのは不味かったかなと、特に焦った素振りもなく探偵は言う。

「それは誰のことを言っているのかな?」

 芸術家の質問は、まるで独り言の様だった。

「答えを知っている者に態々手ほどきをするなんて間抜けな行い、僕はしないよ」

 探偵の応答も、何処か他人事の様である。

「どうかな? 案外僕と君の注視している相手は全く違うヤツかもしれないぜ? 解答の答え合わせではなく、回答の擦り合わせをする意味はちゃんとあると思うけれど」

「……」

 ホームズはちらりとダヴィンチの方を見遣るが、すぐにまた何も映らない液晶画面に視線を戻す。目の前の机に肘を置き、祈る様に手を組むと――

「『初歩的なことだ、友よ』」と、言った。

 ダヴィンチは彼の推理が始まるのを見越して、自らの仮説をもう一度頭の中で整理し、明白な箇所とそうでない部分をより分けて、ホームズの推理を捕捉する上で重要な質問を準備する。天才レオナルド・ダ・ヴィンチを助手役に据えるなどノックスも真っ青のキャスティングではあるが、この場合、彼女(彼)以外にホームズの助手を務められる人材はいなかった。

 ダヴィンチは待つ――しかし、いくら待ってもホームズの推理が始まることはなかった。

「……どうしたんだい?」

 ホームズはただ、下を向いて黙っている。

「……『初歩的なことだ、友よ』――」

 少しの沈黙の後、もう一度ホームズお決まりの台詞を言った彼だったが、しかしそれに連なる推理はいくら待っても出てこない。いよいよ不審に思うダヴィンチ――どうしたんだろう、ホームズに限って今回の最重要人物を見抜いていないなんてあり得ない筈だが……。

 するとまた少しの間を置いて彼は喋り始めた。

 ただしそれは推理ではなく――

「――――いや、やはりこの段階で話すのはやめておこう。まだ仮説だからね。犯人が確定するまでは謎解きはするべきではない。君との知恵比べは楽しそうだが、またの機会にしておこう」

「……ふうん?」

 ホームズは席を立つと、パイプを取り出しながら管制室の出口の方に去っていく。妙な引っ掛かりを覚えたダヴィンチだったが、ここで彼を引きとめようとも彼に真意を吐き出させられないことはこれまでの付き合いで知っているので、あえて引き止めずにホームズの後ろ姿を見送った。

 確かに彼の言う通り、今の段階で『内部の不安要素』を語り合う必要はない。それはまだ早すぎる――或いは遅すぎる。意味のない種明かしだ。彼の言葉は正しい。

 しかし――違う。

 ホームズはそれとは別の理由であそこから先を話さなかったのだと、ダヴィンチは確信できた。

 

 

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 確かにロビンの言っている通りそれは何らかの魔術的儀式のようにも見えたし、ただの子供の遊びにも見えた。

 少なくとも――マシュには判別がつかない。

「――みんな、ホワイトアッシュの枝は持った? これは魔法の杖よ! 扉を叩くわ!」

 幼気な少女達が焚き火を囲んで遊んでいる――雰囲気は間違いなく牧歌的だが、いかんせん場所と時間が異質過ぎる。和やかな雰囲気が却って妙な不気味さを引き立てていた。

「――大地を三回、見えない扉を三回! とんとんとん!」

「……どうでしょうか、メディアさん」

 遠目で焚き火の方を窺いながら、マシュはすぐ横にいる魔術の専門家の意見を仰ぐ。

「どうかしらね……魔力的な気配は特に感じられないのだけれど――いえ、でも、これは――」

「これは?」

 メディアは難しい顔をしながら口を閉ざす。じれったくなって、マシュは少し詰め寄る様に彼女の言葉の続きを促した。

「これは……まずいわね。とても」

 まずい?

 一体何が? まさか本当に魔術の儀式なのか……?

「……どうされました?」

「……何も感じないのよ」

 メディアの口からポツリと出てきたその言葉は、マシュが立てていた予想のどれとも違ったものだった。

「ここへ来た時からずっとね――魔術的な知覚が極端に鈍っている。決定的なのは……」

 メディアは皆の方を向いて言った。

「ロビン、サンソン。それにそこの貴方も。霊体化はできる?」

 それを聞いてサンソンが霊体化してみようとする。サーヴァントとしての機能の一つ――霊体化は、言わばゴーストモードとでも言うべき姿で、不可視化や壁抜け、魔力の消費を抑えることができる姿だ。

「……いや……出来ない! なぜだ……? これはいったい?」

「まさか……『受肉』されているんですか!? いつのまにかサーヴァントでなくなって――」

「ちげーな」

 焦るマシュを、ロビンが制する。

「受肉じゃない。こいつは――仮初めの肉の器に押し込められているような感覚だ。レイシフトの後も、いやに霊子化の違和感が残るとは思ったが……ちっ、こいつはやりづらいぜ」

 それを聞いて少し安堵するマシュ――いや、状況は全然よくないのだが、それでもサーヴァントがサーヴァントとして戦力となることがわかって少し気を緩めてしまう。

 その時。

「――――あれ、空々さんは……?」

 空々が見当たらなかった。

「なんだ……? あいつ、どこに消えやがった――」

「こっちです」

 空々少年の声が聞こえた。

 あまり大きくなかった上にロビンの声と被ってしまいよく聞こえなかったが、それは何とかマシュの耳まで届いた。察するに、あまり離れた場所からではない――何処か、低い位置から発されたのではないかと、マシュは辺りの地面を見渡す。

 すると後方の茂みの裏で寝っ転がっている空々少年を捉えた。最初は何でそんな体勢をとっているのかわからなかったが、近づくにつれてそれも明らかになる。

 彼は、一人の少女を拘束していたのだった。

「――っ! ――っ!」

 空々の着ていた服によって塞がれた口で叫び声を上げようとしている彼女――珍しいことに、アルビノだった。激しく暴れているが、空々の拘束が固いのかそれとも彼女が非力なのか、抜け出すのは難しそうだ。少女の見た目から判断するに、年齢は空々とあまり変わらない――小中学生といった感じ。少年が少女を押さえつけているとだけ書けばいかにも犯罪的だが、その絵面は寧ろ野生動物の狩りか何かをマシュに連想させた。

「――えっと……」

 マシュは絶句する。

 気が動転しかけたマシュは、慌てふためきながら茂みのすぐ向こうにいる立香達を呼ぼうと首を捻るが――

「少し落ち着いて」

 と、空々に制止された。

「お、落ち着くって――」

「今から僕は君を解放する。だけど逃げ出したり、大声を上げたりはしないでほしい」

 一瞬自分に言っているのかとマシュは思ったが、どうやらそれは拘束している少女に向けての言葉であるらしかった。

「――もし逃げ出そうとしたり声を上げたりすれば、僕はもう一度君を捕らえて首を折ろう。謂わば君達の命と僕らの秘密を天秤にかけた取引だ。もし自分の命が――友達の命が惜しくないのならこの取引に応じないのも手ではあるけど、それはどちらにとっても不利益だと僕は思う。こちらとしても、人殺しはあまりしたくないからね」

 何てことない風に言ってのける空々。

 そんな彼に――マシュは戦慄した。

 初めに希望を見せてから徐々に選択肢を奪っていくところとか、首を折ることに言及する辺りで彼女の首元を触るところとか、向こうで焚き火を囲んでいる少女達をさり気なく判断材料に巻き込んでいるところとか、完全な脅迫を取引と言い換えて念を押しているところとか、こちらが殺人を犯すこと以外にデメリットがないという風に言っているところとか、情報を一気に聞かせた上で微妙に考える時間を与えるところとか――

 そういうことを眉一つ動かさずにやってのけるこの少年にこそ、マシュは戦慄した。

「そ……空々、さん……?」

 空々は少女の口を覆っていた布を解く。次いで腕の拘束を、絡ませていた脚を、うつ伏せの状態を――そして最後に彼女の首から手を離す。

「…………」

 少女はゆっくりと立ち上がった。

 そして空々の顔を見る。

「……ありがとう」

 空々は、彼女に向かって礼を言った。

 少女は怯えているらしく(当然か)、びくびくとしながら空々を敵意満々の眼で見ながらも、大声を出して逃げるとか、そういうことはしなかった。

「キリエライトさんは皆さんへの報告をお願いできますか? こっちはもう大丈夫だと」

「え――あ、はい……」

 空々に声をかけられたことで、マシュは呆然としていた意識を取り直す。

 報告――そうか。そうだ。振り返れば、立香達が怪訝そうな顔をしてこちらを見ている。

「じゃあ、行ってきますね――」

 マシュは、なるべくそっと皆がいる方へ歩いていく。少女の様子が気にかかったが――『空々に逆らってはいけない』と、妙な強迫観念が今のマシュの中にできていたので、彼女から視線を背けて、マシュは皆のいる方へ来た道を戻る。

「いくつか質問していいかな。とりあえずは名前を教えてほしい。ああ、これはただ単に何て呼べばいいのかわからないだけだから、偽名でも何でも構わないよ――」

 そんな言葉が、マシュの背中に響いた。

「マシュ? どうしたの?」

「ああ……先輩……」

 マシュは口を開くが、咄嗟に何を言えばいいのかわからなくなってしまい、言葉が出てこなくなる。パクパクと口を動かすが、意味のある音は鳴らず――不思議そうにマシュの眼を見つめ返す立香の視線が痛くなって、マシュは視線だけで空々の方を指し示す。

「えっと――そ、空々さんが……その、女の子を――ほ、」

 マシュの台詞が最後まで言い切られることはなかった。

「――狼だ!」

 鋭く響く、端的な言葉。

 ロビンの声だった。

「囲まれている!? 拙い、彼女達がやられる……!」

 サンソンが剣を具現化させ、焚き火の方へ飛び出す。ロビンとマタ・ハリもそれに続いた。立香はサーヴァント達を支援する為にマシュの前で振り返り、戦場を視界に入れられるポジションへと走り出す。一瞬何が起こったのかわからなかったマシュだったが、しかしそれでもすぐに状況を把握して焚き火の方へと駆け出す。

「私が彼女達を保護します!」

 辺りに聞こえるよう叫ぶ。ふと、空々とあのアルビノの少女の行方が気になって、マシュは走りながら後ろを向いた。

 ――空々はマシュに追従していた。

 少女の手を引き、彼はマシュのすぐ後ろを走っていた。

「っ!?」

 予想以上に近い距離にいた空々を見て仰天するマシュ――冷静になって考えれば、狼が襲ってきているのにも関わらず、皆が固まっているあんな位置に少女を抱えながら空々が留まっているわけがないので、マシュと共に焚き火の方へ走る彼の行動は何もおかしなものではないのだが、そんなことを冷静に分析できるほど状況はのんびりとしていなかったし、それがわかってもマシュは単純に驚いた。マシュは前を見ていなかったので、バランスを崩してよろける。

「うわっ――」

 暗くて足元が見えないまま、マシュは勢いそのまま転んでしまった。

 手を地面につく――接地した箇所に燃える様な感覚が走る。

「大丈夫ですか?」

 空々は手を引いていた少女と共に足を止めると、倒れ込んだマシュに駆け寄って来る――なんてことはせずに、一応安否を問う声はかけるものの、マシュを追い抜いて焚き火の元へ一目散に駆け抜けていった。

 少女を安全地帯に送り届けるのを優先したのだろうが――彼はスピードを緩めすらしなかった。

「はい、大丈夫です!」

 とはいえこんな状況でも自分より先に少女の方を助けてあげてほしいと願うことのできるマシュである。空々の行動に文句なんて無く――心の何処かでまた少し彼に対する印象は変わったが――彼女もまたすぐに顔を上げ、身体を起こそうとする。

 そこへ、猛然と迫りくる影があった。

 狼。

 種としてはタイリクオオカミ――かの魔獣、『狼王ロボ』の種族である。強靭な身体能力に加え、時には『狡猾』とまで評される高い知能を併せ持つ彼らと一般人が戦うには、徒手ではいささか分が悪い。

 今のマシュは、ただの餌だった。

「――!」

 やばい。

 こちらへ突進してくる狼めがけて、マシュは寝転がったままキックを繰り出す。が、そんな攻撃は狼にとってあくびが出るほど鈍いものだったらしく、優雅にジャンプで躱される。そのまま飛び乗ってくるらしい狼を見て、咄嗟にマシュは腕で顔を守る。ギャラハッドの力もないマシュの細腕では、ガードするどころか逆に噛み千切られそうなものだったが、背に腹は代えられない――腕に首は代えられない。というかそんな計算なんかする前に、反射的に、マシュは腕を前に出していた。

 咬まれる――その寸前。

 跳躍して空中にいた狼の軌道が――変わった。

「――?」

 マシュがそれを疑問に思う頃には、狼はマシュの左横50cmに着地していた。着地した後も、どうも狼の様子は不審で、よろりとバランスを崩したかと思えば、ぶるぶると頭を振る。そしてマシュの方を振り向くことなく、彼(彼女かもしれない)は何処か他の場所へ走り去っていった。

「……」

 目の前で起きた不可解な現象が何なのかわからず、マシュは少しの間そこでぼうっとしていた――しかし今はそれを考えている場合じゃないと我に返り、ばね仕掛けの様に立ち上がる。

 自らの足元に転がっていた、先ほどまではそこになかった一個の石礫にマシュが気づくことはなかった。

 

 

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