Fate/Blank Order   作:後菊院

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第七話

 

 

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 白い。白くて白々しい。

          ――苛虎

 

 

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 羽川翼(はねかわつばさ)の名前は立香も聞いたことがあった。海外の紛争地で平和維持活動を行う日本人がいるといって、数年前に何処かのテレビ局が特集を組んでいたのを覚えている。なるほど確かに彼女は紛れもなく現代の英雄なのだろうが、しかし英霊の座に招かれるほどの偉業を達成していたとは夢にも思わなかった。

「色々あってね」

 羽川翼はおよそ考えうる限り全ての色が溶けたような何とも言えない複雑で――それでいながら嬉しさや誇らしさが隠れている表情で呟いた。

 是非その話を聞きたいところだったが、生憎今はそんな呑気なことをしている場合ではない。世界を救った話など聞いていては、世界を救えなくなる。

「申し訳ないけれど、私がこの町の異常に気づいて自分自身の正体を知ったのは昨日の夜なんだ。だから貴重な情報とか、秘密裏に集めておいた戦力とかそういうのには期待しないで。あなた達がやって来てくれなかったら、私は今でも召使いのティテュバとしてこの屋敷で過ごしていたと思うから」

「俺達がやって来たから、気づいたんですか?」

「うん。恥ずかしながら。君達の会話を盗み聞いちゃったんだよね」

 『家政婦は見た』、じゃないけれど。

 冗談めかして言う翼――立香は結局笑うことができなかった。

「元々、自分の境遇が何かおかしいっていう漠然とした違和感は持っていたんだけれど、うまい解釈を思いつかなかったのね。それで悶々としていたら、君達カルデアのマスターとサーヴァントがこの屋敷にやって来た」

 その時、ピンと来たらしい。

 立香達の『偽装』は、少なくともこの女性には最初から見破られていたということだ。「だって動きが役者じゃなかったから。ロビンさんなんか、明らかにプロのゲリラか暗殺者って感じでしょう?」それに加えて、彼らが各々の本名を名乗ったのも大きかったらしい。

「コルキスの王女メディア、森の義賊ロビン・フッド――二人の名前はこの時代でも有名で、君達は旅の芸人を名乗っていたから、伝説上の彼らの名を芸名として名乗っていたとしても不思議は無かったけれど、藤丸立香、マシュ・キリエライト、シャルル・アンリ・サンソン、マタ・ハリの名は聞いたことも無かった――それにも関わらず、()()()()()()()()()()()。正気に戻る糸口は、その辺りから掴んだかな」

 その時の立香は羽川翼の説明にただただ圧倒されるだけで、未来の名前から違和感を掴んだと言われても「そうなのか」と納得するばかりだったが、もしこの場にメディアか、そうでなくとも立香より幾分豊富な魔術知識を持っている者がいれば、それがいかに並外れた『破り方』なのか理解し、立香ほどすらすらと飲み下すことはできなかっただろう。確かに認識阻害の魔術は、何か一つ違和感に気づければ破綻させることは可能だ。というかそれだけが術中に陥った場合におけるほぼ唯一の解術法である。だがそれは、実際は歩行不可能な茨の道。

 立香は魔術師としての常識など持っていない。だからその辺りで躓きはしなかった。

 驚いたのは、次だ。

「ロビンさんはメディアさんを殺していないと思うよ」

 その言葉は、これまで表に返された数々の新事実よりも遥かに大きな衝撃を立香にもたらした。

「え……」

「気づいちゃったんだよね。メディアさんが『具合が悪くなった』って言って帰って来た時、森の奥からの視線に。透明マントみたいなのを被っていたわ。十五分ぐらい屋敷の様子をずっと窺っていて、『異常なし』って判断したのかな、急に気配が消えたの。誰の視線なのか確認する為に、その後ちょっと尾行してみたらロビンさんだったから、事情を察して引き返したんだけど――だからロビンさんの不在証明は、私が保証できるよ」

「え、ええと――」

「失敗したのは、その時暫く屋敷を空けちゃっていたことね。その間に別の誰かが屋敷に入り込んで、メディアさんに毒入りの水を運んだかもしれないし、メディアさんが一人で何処かに消えたのかもしれない。そこは私にもわからないのだけれど――個人的には、やっぱりメディアさんはあの場で殺されてしまったのだと思うな。彼女があの場から立ち去る理由は、やっぱり思いつかないよ。でも――」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください」

 混乱したまま、立香は羽川翼を押しとどめる。あまりに混乱していて、何故自分がそこで彼女の言葉を遮ったのか、実はよくわかっていなかったのだが、それでもとめずにはいられなかった。

「なんで、なんでメディアさんが居なくなったこと知ってるんですか? ロビンさんが疑われていたことも――何で」

 何でそんなことがわかる?

 羽川翼はにっこり笑うと、わざとゆったりした口調で説明を始める。

「メディアさんが居なくなったのはすぐにわかるよ。だってこの家に帰って来たのに、どこにもいないんだもん。ああでも、カーターさんとアビーちゃんはまだ気づいていないかも。君達、わりと大所帯だからね。一人いなくなっても、すぐには気づかないかもしれない。メディアさんが居なくなったことに気づけちゃえば、彼女が失踪したか、あるいは何者かに殺されたんじゃないかってあなた達が考えることもわかる。ロビンさんが疑われることも想像できるよ。今のロビンさんの行動も、その辺りが動機になっているんでしょ?」

「……」

 説明されてみれば理解できた。そこに一切の奇跡はなく、一切の矛盾も無い。今ある材料を考察し、そこから見える更に遠い景色を組み立てる。カルデアに居つく名探偵の手法によく似ていた。

 立香はこの時羽川翼の推理力に感嘆したが、しかしこれは羽川翼が優れているというよりは立香の推理力に問題がある気がする。羽川翼がここで解き明かしてみせた謎は、正直そこまでの難題ではない。一定の条件を満たせば、誰にでも解法を導くことは可能だ。

「でも、ロビンさんは犯人じゃない」

 羽川翼は少し声の調子を落とした。

「それは私が保証します」

「……」

 では、誰が。

 誰がメディアを殺したのだろう。

 羽川翼もその答えは持っていないようだった。彼女は残念そうに顔を横に振った。

「ごめんね」と、申し訳なさそうに呟く。

「私は本職の探偵ではないから、一番大きな謎はまだ解けていない。カルデアと連絡は取れない? シャーロック・ホームズなら、私たちには及びもつかない考察を披露してくれるんじゃないかな」

「……すみません。何度も試してはいるんですけど」

 先ほども立香はマシュと二人で試してみた。通信機の調子が悪いのか――何者かにジャミングされているのか、それとも向こう側に問題があるのか。繋がらない理由も不明なままだ。

「ふうん……」

 羽川翼は思案顔で相槌を打つ。彼女なら、或いはその理由に思い至るかもしれないと期待を抱き、彼女の次の言葉を待つ。

「機材に問題はないの?」

「それもわからないんです。俺は魔術に関しては全くの素人で、マシュとメディアさんに頼んでいたんですけど――」と言いかけた辺りで、立香は一つの可能性に気づく。羽川翼も同様の可能性に辿り着いたらしく、

「それ、キリエライトさんかメディアさんが何か妨害をしていたんじゃない?」と指摘した。

 何でそこに思い至らなかったんだと自分で自分を責めたくなるほどの間抜け具合だった。

「ごめんね、君の仲間を疑うような発言で本当に申し訳ないと思うのだけれど、でもそこはちゃんと確認しないといけないから問わせてもらうよ。メディアさんとキリエライトさん、どちらかが通信を試みるふりをしてこっそり妨害工作を行っていたっていう可能性はないかな?」

 あった。

 物凄くあった。

「メディアさんが偽物……」

 立香の言葉を反芻する羽川翼。超高速で脳みそが回転しているらしく、彼女は小さくリズミカルに頷いていた。

「じゃあ、メディアさん殺害の動機は、あなたたちカルデアのメンバーにもあるってわけだ」

「……」

 否定できなかった。

 仲間を疑わないことができない。

 それが立香にとって最も嫌なことだった。本来一丸となって特異点に挑むべきカルデアの仲間達が、それぞれに疑いの目を向け合って行動している。かつてなく居心地が悪い。ここへ来てからまだ一日も経っていないが、剣呑な雰囲気は確実に立香をむしばんでいた。

「……空々君が」

 顔を俯かせて何事か呟く立香だったが、生憎声が小さかったためにそれは羽川翼まで届かなかった。だが立香自身、本当は彼女に聞かせたくない言葉でもあった。敢えて言いなおすことはしたくなかったが、彼女が「何?」と聞いてきたので、結局は言いなおす選択肢をとる以外になかった。

「空々君が、ロビンは偽物だと言ったんです」

 今日の昼間。

 彼はマタ・ハリと立香だけに、あの義賊の正体が何であるかを打ち明けてきた。

「ロビンは偽物だ――彼は本当のロビンじゃない」

「……根拠は?」

 羽川翼は冷静に理由を問うてきた。感情的になりそうだった立香にとってそれは多少アイシングの効果を発揮したが、完全に熱を抑え込むまでは至らなかった。

「空々君の宝具で、それがわかりました」

「空々君の宝具って?」

 ここで立香は返答につまる。実際に空々が宝具を使っているのを見たわけでもなければ、その眼でロビンの正体を見極めたわけでもなかったからだった。加えて、空々の宝具の内容をいまだ信用しきれない彼女に教えてしまっていいのかという疑問もあった。

 だまりこむ立香を、羽川翼は訝しんで見つめる。

「君はロビンさんの正体を確認したの?」

「……いえ」

「空々君がそう言っただけなのね?」

 頷きたくなかった。

 感覚的にわかるのだ。あの少年が――あの小さな英雄が言っていることは紛れもない真実だと。それは他者にわかってもらおうと言語化すると途端に陳腐に成り果てる危うい確信だが、立香自身はそれを信じられる。

 しかし羽川翼は立香ではない。

「『じゃあ私は寧ろ、空々君の方が怪しいと思うな。偽物なのは彼の方ってことはないかな』――って()()()()()()()()()()()()()()

 と。

 羽川翼のセリフは、立香の予想していた答えとは違っていた。それはカルデアのサーヴァント達には決して紡ぎ出すことのできない言葉であり、ともすれば立香という人間の最奥部を揺らすかもしれない災害でもあった。

「君、変だよ」

 羽川翼は言った。

「ロビンさんが偽物なのに――ロビンさんを偽物と信じているのに、何故君は今ここにいるの?」

 何故。

 何故藤丸立香はこんな場所にいるのか。

「ううん、それはまだわかる。ロビンさんに攫われたマシュ・キリエライトさんを救うために、単身森へ切りこむ勇猛な挑戦に出たっていうのはわかるよ。でも、それなら何故君は、あんなに大きな声で二人の名前を呼んでいたの?」

 二人の名前。

 マシュ・キリエライトとロビン・フッド。

「ロビンさんに考え直してもらおうと、会話の席を設けるために声をかけていたんだと思っていたけど、ロビンさんを偽物と――交渉する余地のない『敵』と判じていたのに、何故君はあんな大きな声を出しながら森の中を歩いていたの?」

 それって自殺行為じゃない?

 羽川翼は言う。

「変だよ」

 もう一度繰り返す。

「君は何を考えているの?」

 

 

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 「いない?」

 カーターの屋敷。

 憲兵と判事はこの屋敷の召使いであるティテュバの不在に驚いていたようだが、空々とマタ・ハリは我らがマスター藤丸立香およびマシュとロビンの不在に驚愕していた。家に押し入ってきた強盗を追って出て行ったとのことだが、そんな妄言を素直に信じられるほど二人の人生はお花畑ではなかった。大きな疑問は、家主であるカーターがそれを信じ込んでいるという点だが、それはサンソンが自身も未だ釈然としていない風な顔で説明してくれた。

「ティテュバさんが口裏を合わせてくれたんだ」

 マタ・ハリと空々の頭にクエスチョンマークが踊った。

 ティテュバが?

 何故?

 当然サンソンに問うたが、それを聞きたいのは寧ろサンソンの方だった。

「彼女は座長を追って森の中に入っていった」と、サンソンは二人に告げる。

「多分、カーターさんも今頃判事にそう言っているだろう。ティテュバさんが……その、魔女の嫌疑をかけられているとすれば、彼らは彼女の行方を知りたがるはずだ」

「……ティテュバ……」

 召使いの名前を呟いたのは、物悲しい様子でベッドに腰掛けている少女、アビゲイルだった。カーターが階下で憲兵の相手をしているので、彼女は二階にあがっていた。一人が怖いらしく、『藤丸一座』の部屋へあがりこんでいた。

 いたいけな少女一人をほっぽりだして密談する英雄はカルデアに居ない。マタ・ハリはアビゲイルの隣に座ると、そっと肩に手を置いた。

「大丈夫よ。ティテュバさんは良い人だから、疑いもすぐに晴れるわ」

 マタ・ハリは自分の口から出た言葉が自分のものではない感覚に捉われた。彼女自身、ティテュバのことをいまひとつ信用できていなかったのだ。その疑念が伝わったのか、アビゲイルは顔を俯かせて身体を縮めた。

 不憫な子だった。両親を失い、親しくしていた召使いまでもが魔女の嫌疑をかけられている。親代わりのカーターがいるだけまだましだが――それでも薄幸の少女であることに変わりはない。

 一番不憫なのは、この場に集まるサーヴァント達もアビゲイルのことをどこかで疑っているということである。同情し、可愛らしい少女だとは思っているものの、何処かで彼女にも何か裏があるのではないかと考えている――マタ・ハリと空々は特に。この部屋の空気にも僅かに溶け込むその気持ちは、決して彼女に居心地の良さを提供しないだろう。

「大丈夫よ」

 それでもマタ・ハリは彼女を抱きしめる。

 疑いの刃を隠して。

「大丈夫。きっと全て上手くいくわ」

 それはアビゲイルだけに向けた言葉ではなかった。

 マタ・ハリの抱擁を受けたアビゲイルは、恥ずかしがってサンソンや空々を見渡したが、最終的に彼女もまたマタ・ハリに――おずおずとではあるが――抱き着いた。

 外は漆黒だった。

 

 

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 羽川翼の追求に立香が何か反論しようと口を開くよりも早く、羽川は自分の口元に手をあてて「しっ」と短く立香を制した。視線はそっぽを向いており、油断なく森の奥を見据えている。初めはロビンがやってきたのかと思ったが、どうもそんな気配はしない。では昨日の狼だろうか。嫌なタイミングだが、しかし自分一人だけでない時で運が良かったとも言える。

 生憎立香の立てた予想は全て外れていて、それは生身の人間達だった。まだかなり離れているのでよくわからないが男の声が聞こえる。会話をしているらしい。内容が気になったが、羽川が「こっち」と手で招きつつ男の声とは反対方向へ進んでゆくので、少し迷ったがそちらに追従する。

「あれは誰なんですか?」

「多分、私にかかってる追手」

 羽川の答えは彼女について行く立香の脚を止めさせるには十分な衝撃を持っていたが、そうなることはなかった。

 立香は自分でも驚くほどすんなりと羽川の言葉を飲み下せた。

「何で――」

「私を魔女だと思ってるみたい」

「魔女って……何故」

「病気の女の子にアフリカ起源のお呪いを教えていたのがいけなかったみたいなの――でも、ちょっと腑に落ちないのよね。いくら自分をアフリカ系黒人だと思い込んでいたからって、ちゃんとしたお呪いの知識まで無くなってしまうものなのかな」

「アフリカのお呪い?」

「正確には、ナイジェリア北部に分布するお呪い。別に生贄を求めるような過激なものは使わないにしても、せめてもうちょっと効果のあるやり方を教えても良い筈よね。自分が偽物になったからって、呪術まで偽物にしなくても良い――」

「何でそんなもの知っているんですか?」

「え?」

 羽川はきょとんとした顔を立香に向ける。何を言われたのか本気で理解できないという表情だったが、一瞬で彼女の焦点は戻ったらしく、「ああ、知り合いにそういうのの専門家がいたのよ」と答えた。

「『そういうのの専門家』って、魔術師ですか?」

「魔術師――うーん、そうとも呼べるのかな。本人達は決して魔術師なんて名乗らないと思うけど。あと、実際にナイジェリアには行ったことがあるし、本で読んだ記憶もあるから。呪術に関しては私、結構詳しいのよ」

 えへへと茶化すように笑う羽川を見て、そういえば彼女は一体どのクラスのサーヴァントなのか聞いていなかったことを思い出す。彼女が頭脳派であるのはこれまでの短い間に理解できたが、であればキャスターだろうか。

「ううん。私はルーラー」

 裁定者のサーヴァント。

 彼女はそう名乗った。

「単純なバランス調整の役目だったら私よりも適任な人を一人知っているけど、今回の聖杯戦争でルーラーはそんな立ち位置にはいないでしょう? だから私が呼ばれたんだと思うな。私はあの人ほど公平に物を見る人間ではないから」

 冗談っぽく言う羽川を、立香はいまひとつ信用しきれない目で見る。

「魔女って思われて、これからどこに行くんですか?」

「ロビンさん達に合流するのが理想と思っていたけれど、色々と事情が変わってきたからなあ……。セイレムの町は狭いから、どこかに潜むっていうのも現実的ではないから、このまま森の中に潜み続けることになると思う」

「このまま森にって、大丈夫なんですか?」

「大丈夫だよ。私、サーヴァントだし。サバイバルの心得も多少はあるから」

 羽川翼のサバイバルスキルは、『多少』などという言葉で片付くほどのものではないのだが、しかしそこを強調するキャラクター性を彼女は持ち合わせていない。

「ひとつ心配なのは魔力切れだね。このままいくと多分あと四日ぐらいで消えちゃうから、それまでに決着を着けなきゃいけない」

「……俺と契約を結べばその心配は無くなるんじゃないですか?」

 と、立香が提案するのはカルデアにいる者ならば誰でも察しがつく流れであり、立香の性格を象徴する行動の一つであり、大抵のサーヴァントはここでその提案を意外に思い、一瞬戸惑うも、結局は申し出を受けるのだが――

 羽川翼は違った。

「折角だけど、遠慮させてもらうわ」

「……」

 黙ってしまう立香。断られるとは思っていなかった。「何故」と聞くより早く、羽川が答える。

「さっきの話に戻るんだけどね。申し訳ないけれど、私はまだあなたのことを信用できていないの。魔術師とサーヴァントの契約っていうのは、単なる出力アップだけじゃなくて、魔術師の隷下にサーヴァントが入るっていう意味もあるでしょう?」

 立香は押し黙ったまま羽川の説明を聞いていた。彼女が言葉を一度区切り、反論のタイミングがやってきた時、すかさず「さっきの質問に答えることができれば、あなたは俺を信用してくれますか」と問う。

 羽川は曖昧に笑った。

「内容によるかな」

 彼女は嘘を吐けない人間なのだと思う。律儀に、慎重に言葉を選んでいる。「信用できない」立香に対しても、一定の誠意を通そうとしている様子が見えた。

 私は全人類の味方だから。

 聖母のような大言――立香も本気で真に受けているわけではない。しかし、それなりの覚悟をもって放った言葉だったようだ。

「俺はマシュを助けたいんです」

 立香は言う。

「マシュは俺の、大切な後輩なんです」

 羽川はほのかな笑顔を浮かべていたが、その瞳はしっかりと現実を見据えていた。

 

 

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 ラヴィニア・ウェイトリーの祖父は決して孫を蔑ろにしているわけではないのだが、行き過ぎた放任主義の実践者であることは認めなくてはいけない。こんな夜中まで出歩く彼女に、彼は気づきもしないのだから。

 セイレムの住民は概ねして規則正しい生活を送っている。日の出とともに起床し、日没とともに眠る。日中はそれなりに賑わう町の大通りも、夜は静寂に包まれていた。

 ラヴィニアは周囲を警戒しながら通りを行く。誰もいない筈だが、それ故に日中よりも入念に眼を凝らして辺りを窺う。

「それはできない」とあの少年は言った。

 否定は意外だった。彼なら、相手がたとえ何の罪もない無垢な赤ん坊だろうと必要ならば殺すと思っていたからだ。

「第一に、本当に彼女がこの異変の原因なのか、君の証言以外に確証がない。君こそが真の黒幕で、僕を騙して彼女を殺させようとしているかもしれない」

 もっともな意見だ。ラヴィニアにもそれはわかった。

「今はまだ彼女を殺せない。君が自分の言葉以外の証拠を僕達に見せてくれるかしないと」

 あるいは――と言いかけて、彼は口を閉じた。何かもう一つの解決法を言おうとしたのだろうが、では何故途中でやめたのだろう。これはラヴィニアの想像だが、倫理的、あるいは現実的に、相当「良からざる何か」が提案の中に含まれていたのかもしれない。

 ラヴィニアは歩みを進める。

 証拠を見せる為に――アビゲイルの伯父と名乗るあの怪物の正体を月光の下に晒す為に。

 手には「イブン・グハジの粉末」。これをかければ、奴は人の姿を保っていられない。

 ――と。

 道の向こう側から人影が歩いてくるのに気づいたラヴィニアは、急いで路地に飛び込んで息を殺す。人影は二つ。ラヴィニアの横までやって来る前に、彼らは道を曲がって消えていった。

 憲兵……?

 暗くてよく見えなかったが、どうもそんなシルエットをしていた。何かあったのだろうか。いつもの夜とは違う匂いを嗅ぎとったラヴィニアは、大事をとって普通の道ではなく森の中を行くことにした。

 道をそれる。

 茂みを掻き分け、星の光も届かない樹木の間へと身体を進める。生まれつき夜目が利くので、他の人間よりは安全に暗闇を移動することができる。あの少年たちの一行には、見つけられるより先に見つかったが――彼らのステータスは常人のそれを超えていると薄々感じているので、あれはラヴィニアの過失には入らない。

 彼らが森の中にいるとすればどうだろう?

 思いついた瞬間はありえないと一笑に付したが、しかしじわじわとその可能性についてラヴィニアは考え始めた。彼らはよそ者で、おそらくこの町の敵となる者達だ。憲兵たちが出動する事態を招いたのは彼らではないだろうか。だとすると土地勘のない町中よりも、むしろこの森の中へと逃げるのでは――

 視界の端で何かがキラリと光る。

 身を伏せるラヴィニア。地形の起伏に身体をおさめてしまえば、少なくとも視覚に頼る捜索方法では彼女を捉えることは非常に難しくなる。

「いたか?」

 一瞬自分に話しかけられているのかと身を強張らせたラヴィニアだったが、すぐに聞こえた「いや、駄目だ」というもう一つの声を聞いて、仲間同士で喋っているのだとわかり、静かに胸を撫でおろす。誰かを捜しているらしいということはわかったが、しかし目標が誰なのかはわからない。やはりあの少年たちだろうか。

「相手は女の召使いだ。そんなに遠くには行けないと思うんだが」

「いや、奴は魔女だぜ。身体能力なんて見かけをあてにしないほうがいい」

 女の――召使い?

 だとすれば逃げているのはあの少年たちではない。名前が出ていないので確実ではないが、『魔女』の疑いをかけられて追われているのは、あの黒人の、カーター家の……?

 と。

 前方の憲兵たちの会話を聞き取るのに夢中になっていたラヴィニアは、背後から近寄ってくる物音にそこではじめて気がついた。

 

 

    5

 

 

 立香がカーターの屋敷に帰って来たのは、深夜十一時を過ぎてから少し経った頃だった。

「マスター! 無事でしたか」

 即席の松葉杖をついて玄関まで迎えに来るサンソンに「ただいま」と言い、笑顔をつくってみせる。疲れた顔はどれくらい誤魔化せただろうか。彼の表情を見る限り、あまり効果はなかったようだ。

 アビゲイルは寝ていたが、ランドルフ・カーターは起きていた。彼はダイニングの椅子に座り、蝋燭の光を見つめながらテーブルの上で手を組んでいた。

 部屋に入ってきた立香を見るなり「すまなかった」と、彼は理知的な声で謝罪をした。

「おそらくはウチに入った強盗というのも、ティテュバの仲間か何かだったのだろう。君の団員に怪我をさせてしまった――その、言いにくいことを聞くのだが、他の者達はどこへ行ったのかね……?」

 強盗を追っていったカルデアの者達は、自分以外皆死んだのではないかと彼は思っているらしい。誤解を解くのも面倒臭ければ、真実を話せるわけもなく、立香は「わかりません」とだけ答えた。

「……そうか」と、カーター。

 重い空気は払拭されることなく、「では、私も今日は寝る。疲れているだろうから、君も早く休んだほうが良い」と言い残して先に部屋を出ていくカーターの背中を眺めながら、立香は薄暗い部屋の中、一人ぼんやりと立ち尽くす。

「彼は地球陣です」と空々が言う。がんがんと反響するあの少年の言葉に反抗しようとしてみるも、立香の口からは何の音も出てこない。やっと抗議の声が出てきたと思えば、目の前にいるのは空々ではなくマタ・ハリだった。「クウの言葉を真に受けては駄目よ」――違う、そうじゃないんだと叫ぶが、ロビンはサンソンに向けて矢を放つ。どれだけ力を込めて手を伸ばしても、こちらを求めるマシュの手に届くことはない。ロビンとマシュは森の奥へと消えてゆく。「ロビンさんはメディアさんを殺していないと思うな」と羽川翼が言うが、彼女に契約を求めても決して応じてはくれない。俺はマシュを助けたいんだ、どうしてわかってくれない――すべては闇の彼方へと消えていき、立香の声に歩みを止める者はいなかった。

 

 

    6

 

 

 セイレム郊外の森。

 魔女の捜索は一度切り上げて、早朝に再び開始された。いかに深い森だろうと、太陽の光があればそれなりに遠くまで見渡せる。憲兵たちは疲れた身体に鞭打ち、朝露滴る自然の領域に足を踏み入れていった。

 異変が起きたのは捜索開始から一時間ほど経った頃。

「うわああああああっ!?」

 憲兵の一人――比較的若い新兵が森中に悲鳴を響かせた。すわ追い詰められた魔女の反撃かと集まってきた憲兵たちだったが、彼らの期待は裏切られた。

 そこにあったのは死体だった。

 緑色の服を着た、成人男性の死体。

 顔は判別不可能。血だらけで形もおかしく、完全に潰されていた。近くに太い木の棒が転がっており、これで何度も何度も頭を殴られたのだと推測される。血は乾ききっており、周囲にはこの男の物なのであろうサバイバル用のアイテムが散らばっていて、死体のあった近くの木には、引き千切られたロープが落ちていた。死体に縛られたような跡が無いことから、この死体の男が、獣か何かをそこに拘束していたと憲兵たちは推理した。断定はできないが、これは魔女による犯行の可能性が限りなく高いという意見は、判事も含めて全員が一致している。

「ロビンが……?」

「……ええ」

 カーター家二階、二つある客室の内の、現在は男性が使っている部屋。

 マタ・ハリの報告を聞いて、サンソンは危うく杖を取り落としそうになった。サーヴァントの身体故、本来ならば一か月は歩けないであろう傷でも既に治りかけではあるのだが、それでもまだ体重をかけることはできない。

「キリエライトさんは見つかったんですか?」

「いえ、見つかったのは男の死体だけ。そばに引き千切ぎられたロープがあったらしいわ」

 それを聞くなり、立香は腰掛けていたベッドから立ち上がる。

「行こう。マシュを迎えに行かないと」

 それをマタ・ハリが慌てて引き止める。

「待ってリツカ。森の中は既に憲兵がしらみつぶしに捜索しているわ」

「でもまだ見つかっていない。マシュは俺達が助けに来るのをどこかで隠れて待っているんだ」

「憲兵たちは魔女を捜しているのよ? 人が隠れられそうな場所は全て入念に捜す筈。それに、今は彼らも気が立っているから、森で出くわしたらどうなるか」

 既に扉に手をかけていた立香は、しかし一人で飛び出すのをギリギリで抑えたらしく、悔しそうに肩をゆっくり上下させて俯き、そしてマタ・ハリの方を振り返った。

「じゃあ、どうすればいい……?」

 今にも泣きそうな声だった。

「繰り返して言うけど、死体は一つだけだったの。顔が潰されていて、憲兵たちはそれが『成人男性』のものとしか特定できていないわ。もしかしたら、ロビンのものじゃないかもしれない」

「むしろ、その死体は彼が用意したダミーかもしれないですね」

 空々が横から口をはさむ。たしかにそれは最初に疑うべき可能性だった。そもそも、伝説に語られる『森の義賊』を、あんな暗い森の中で仕留めうる者がいるとは考えづらい。

「ティテュバ……」

 その名を口にしたのはサンソンだった。

「彼女がもし本当に『魔女』だったのなら、ロビンを殺したとしてもおかしくないのでは」

「……いや、多分違う」

 立香がそれを否定する。

「彼女はサーヴァントだった」

 皆の間で少しどよめきが起きた。

「彼女の名前は羽川翼。ルーラーのサーヴァントだ」

「いや、そんな……」

 ありえない、と否定しようとしたサンソンだったが、自分がティテュバという女性の容姿を全く思い描けないことに気づき、黙る。外見に認識阻害の術式が組み込まれていた? いや、それこそ何のために――サーヴァント? では彼女は味方なのか?

「羽川翼……もしかして、彼女は現代の英霊?」

「知ってるんですか?」

 少しの希望を含んだ顔をマタ・ハリに向ける立香だったが、「いえ、名前から何となく想像しただけよ」と彼女は首を横に振る。

「クウなら知っているんじゃないかしら?」

 三人の視線が空々に集まる。「ええ――はい。名前は聞いたことがあります。国際平和維持活動家でしたっけ、テレビで組まれていた特集を見たことがあります」

 やはり実際に会ったことはないのか……。と、僅かにあった期待を立香は捨てる。

「契約はしたんですか?」

 という空々の問いに、立香もまた首を横に振ってこたえる。「いや。俺達のことを信用してはいないからって、丁重に断られた」

「ってことは、完全に味方ってわけでもないのね」

「……しかし、サーヴァントならカルデアに関する知識も付与されている筈だろう。人類史側のサーヴァントなら、何故我々を信用しない? 彼女は何か言っていましたか、マスター」

「……」

 昨夜のことを全て話すかどうか立香は迷い、「……ごめん、何だかあの人謎めていて」とはぐらかす。

「でも、だからそんなわけで、彼女がロビンを殺したっていうのは、実力的にはもしかしたら可能かもしれないけど、多分違うと俺は思う」

 その言葉に対する反応は三者三様で、サンソンは難しい顔をしながらうーんと唸り、マタ・ハリは困ったように笑い、空々は表情を変えず、ただ立香の眼の奥の真意を推し量るようにじっと見つめていた。

「……あの、」と。

 空々が何かを言いかけたタイミングで、廊下を誰かが歩く音が聞こえた。

「皆さん、おはよう……」

 扉から顔を覗かせたのはアビゲイルだった。

「おはよう」とマタ・ハリ。いつものにこやかな笑顔に戻っている。「どうしたのかしら? 私たちに何かご用?」

「うん」

 彼女は曇った表情のまま頷く。

「お客さんがいらっしゃったの。あなた達に用があるみたいで……」

「憲兵かい」

 サンソンの質問に、アビゲイルは顔を俯かせて「そうなの」と、再び頷く。どうもあまり景気の良いお客ではないらしい。

 しかし会わないわけにもいかない。皆は無言で顔を見合わせて、誰が下に降りるかを確認する。立香とマタ・ハリ――そして空々。足を痛めているサンソン以外、全員でおもむくべきだろうと合意した。

 

 

    7

 

 

 マシュー・ホプキンスという小柄な老人は、猛禽のような鋭い眼力と地響きにも似た声色を持つ抜け目のない判事であり、決して油断のならない人物であるという印象を非常に強く立香に感じさせた。

「お前が旅の劇団とやらの責任者か」

 立香は黙って頷く。声を出すと、緊張で上ずってしまう気がした。

 その態度がホプキンスには不服らしかったが、いちいち咎めるほど小さい人物ではないらしく、「今朝、死体が一つ見つかった」と、彼は話を切り出した。

「しかし町人に行方不明者はいなかった。先住民やフランスの残兵でないのならば、お前の劇団の者かもしれない。故に、お前が確認に来る必要がある」

「……何故、判事自らここまで足を運ばれたので?」

 魔女狩り将軍の異名ならば、マタ・ハリも知っている。ほぼ間違いなくこの町に災いをもたらすであろうこの小柄な判事を、表層では柔和に――しかし内心では警戒して、慎重に質問をする。

「この家には一度足を運ぶ必要があると判断したのでな」

 『魔女』が潜んでいた家。

 怪しい劇団が宿にしている家。

 ホプキンスはカルデア一行をはなから疑ってかかっているようだった。

「……わかりました」

 立香は苦い薬を飲む時のように喉を動かした。

「すぐに行きましょう。遺体はどこにあるんですか?」

 死体はセイレムの町外れにあった。処刑場も兼ねているらしいその小高い丘には、簡易的な絞首台が設置されており、そのわきに幾つかの盛り土がある。罪人用の簡素な墓だろうとマタ・ハリはあたりをつけた。

 例の死体が保管されていたのは、盛り土の隣の掘っ立て小屋。遺体安置室と銘打たれてはいるが、ただの物置にしか見えなかった。すぐにでも埋められる準備がされていて、マタ・ハリは「効率的ね」と皮肉を言う。

「森に放置された身元不明の死体だ。悪意ある何かがとり憑いているやもしれぬ。警戒して当然だろう」

 ホプキンスの耳はまったくもって衰えていないらしい。しっかりと聞かれていたようだ。

「さあ、確認しろ。これはお前らの仲間か」

 そう言ってホプキンスが指で示す死体は、上に粗衣がかぶさっていて、ただ遠巻きに見ていても判断がつかなかった。意を決して近づく立香。顔にかかった布の裾をつかみ、ゆっくりと持ち上げる。

 これまでに幾つもの修羅場を潜り抜けて、人の亡骸というものにもそれなりに対面してきた立香だったが、それでも悲鳴を抑えるので精一杯だった。

 顔が潰されている。

 マタ・ハリが教えてくれた通りだった――そういえば、彼女はいったいどこからそんな情報を得たのだろう。早くも憲兵の中の誰かを篭絡したのだろうか――と、思考を目の前の存在から逃避させてしまいたくなるおぞましさだった。既に人間の顔ではない。乾いた血が黒ずんで、歪な顔面に奇妙な模様をつくっている。首も通常より伸びていて、それが運ぶ過程なのか殴られた衝撃でなのかはわからないが、折れているのが見て取れた。

 死体は服を着ていた。泥だらけだが、決してボロボロではない、深緑の装備。ロビンのもので間違いなかった。

「……顔が潰れているのでわかりません」

「そんな当然のことを聞きたいわけじゃないのはお前もわかっている筈だ。服装に見覚えがあるかと聞いている」

 無論、ある。

 しかしそれを肯定するのは立香にとって躊躇われた。

「……」

「その沈黙は、あたりのようだな」

 ホプキンスは見透かすように言った。

「あの魔女はカーターの屋敷を襲った強盗の仲間だった可能性が高い。お前のところのこいつは、それを追って返り討ちにされた――と、そんなところか」

 ありえない。

 声をあげて反論したかったが、それは立香には許されていなかった。「他に強盗を追って行き、尚且つまだ帰っていない者はいるか」とホプキンスは立香に問う。「はい」と、何とか理性を保って答えられた。「俺の……俺の後輩です」

「若い女か」

 無機質なホプキンスの問いが、マシュに対する最大限の愚弄に聞こえた。

 拳を握る。暴れ出したい衝動に駆られる。自らを律する最後の殻が「それはやめろ」と押しとどめ、立香の内側で葛藤が起きる。

「……はい」

 勝者は外殻だった。

 ホプキンスは立香からマシュの特徴、身元や出身を聞きだし(無論身元に関してはこういう時の為のマニュアルに沿って嘘をついた)、後ろに控える憲兵に共有させた。

「自分の部下くらい守れ」というホプキンスの言葉がいつまでも立香の胸に残った。

 

 

    8

 

 

 「もしあれがロビンさんだったとすれば、メディアさんが死んだ可能性は少し低くなりますね」

 戻って、カーター邸二階。

 重苦しい空気を打破しようというわけでもなく、極めて冷静で冷酷な調子を保ったまま空々が言った。

 皆、空々の方を向く。

「この町に来てから僕達の身に起こった『弱体化』――、霊体化ができなくなり、サーヴァントとして現界した際に上昇したステータスもリセットされました。この状態で死んだ場合どうなるのかわかりませんが、仮にあれがロビンさんだったとすれば、僕らの『死体は残る』ということになります。しかしメディアさんの死体はベッドの上に無かった」

「だからメディアが生きているかもしれないと……。でもクウ、あのメディアが果たして弱体化を受けていたのか、それは微妙なところじゃない?」

 マタ・ハリは言外に「あの偽物のメディアこそが我々に弱体化の呪いをかけた張本人だったのでは」という含みを持たせた。

「やはりあの遺体はロビンではないと思う。彼がこのタイミングで殺される理由がわからないし、そもそも森の中であの男に勝てる者がいるとは思えない」

 サンソンはロビン生存説を推す。

「とするとあれは誰なんでしょう。まさか死体そのものを作成できる技能はロビンさんも持っていないですよね」

 空々はあくまでも現実的で、このメンバーの中では一番悲観的だ。

「マスター、マスターの権限でサーヴァントの居場所とかわかりませんか?」

 空々の問いに立香は力なく首を振る。元々カルデアの英霊召喚システムは正式なものではないのだ。令呪を通した感覚共有術すらもできない。加えて、この町は非常に特殊な状況にあるので、もしまともな聖杯戦争のマスターとサーヴァントがいたとしても、普通に通信が行えるかは怪しい。

「令呪で呼び戻すことはできないかしら?」

 それはおそらく可能だろう。彼らが生きていれば(そして偽メディアに関してはマスターである立香と彼女が既に契約していれば)という但し書きはつくが、現在地への強制転移は十分に可能だと推測できる。

 だが……。

「仮に呼び出せたとして、平和にことが進むでしょうか」

 空々が皆の総意を代弁する。

 彼らが死んでいなかったとして、では何故彼らは姿を隠しているのだろう。その理由が、カルデアへの敵意から来るものでないという保証はない。メディアには偽物の疑惑があり、ロビンにはメディア殺しの嫌疑と、サンソンへの発砲、そしてマシュの誘拐という『前科』が存在している。

 こちら側の戦力は、サーヴァント三騎と言えば聞こえは良いが、全員が最弱のアサシンクラスである。マタ・ハリは直接戦闘型ではないし、サンソンは腿の傷が完治していない。万全に動けるのは空々一人だが――

「空々君、ロビンやメディアに勝つ自信ある?」

「ありません」

 即刻否定された。

 確かに彼は物珍しき『現代の英雄』なのだ。サーヴァントの実力というのは基本、時代が進んでゆくに連れて弱まる。となるとあのルーラー、羽川翼にも戦力的には期待しない方が良いのだろう。

 手詰まり状態だった。

 どう動けば良いのかわからない。

「こんな状況で、劇なんてできないしねえ……」

 シェイクスピアとアンデルセンが趣向(と悪ノリ)

を凝らして作ってくれた戯曲を手に取ってマタ・ハリが呟く。たった二日で、フジマル一座は四人になってしまった。この人数でできる演目は無い。もっとも、マタ・ハリの言う通り今更劇を公演する余裕がそもそもないのだが。

「カルデアとの通信は繋がらないですか?」

「ああ。マスター達が出かけている間にちょっと見てみたんだが、うんともすんとも言わない。僕が魔術の専門じゃないってのもあるのだろうけど、さっぱりだ」

 キャスターは既に消えた。いったい何で繋がらないのか、立香達には皆目わからない。

「……あと、あの遺体がロビンのものだったとして」と、マタ・ハリがおずおずと切り出す。言いにくそうな歯切れの悪さからして、彼女が何について言及したいのか、立香には想像がついた。

「マシュはどこへ行ったのかしら?」

 

 

 

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