0
食い物は簡単に手に入りすぎる……あれじゃ食う気も失せちまう。
――ハックルベリー・フィン
1
マシュ・キリエライトは刃を降ろさない。
かたかたと震えながら――ナイフを腰の辺りに構え、突撃の姿勢をとる。視線の先にはマタ・ハリ――では、ない。木製の床板をふらふらとした足取りで踏みしめ、彼女は無言のまま標的へと近づく。非常に短く、一歩、二歩。ゆったりとした足取りからは打って変わって俊敏な動作でナイフを逆手に持ち替えると、渾身の力を込めて振り下ろす。
未だ息を残すサンソンに向かって。
が、彼女の追撃は敢え無く失敗する。マタ・ハリが横から彼女に飛びついたのだ。
「――っ!」
飛び込みの軌道が変わる。当初の予想より左へ――当初の予想より手前へ。お世辞にも柔らかいとは言えない木目の板に転がり落ちた二人は、しかし荒事の経験値に天と地ほどの差があり、ただ起き上がろうとしたマシュと違い、マタ・ハリはまず何よりも先に彼女のナイフを拾い上げて投げ捨てた。
裁判所の柱に、びいぃんと銀のナイフが刺さる。近くに立っていた女が数コンマ遅れて悲鳴をあげた。
取っ組み合い。マシュは標的をマタ・ハリに変更したらしい。ナイフを投げ捨てた分、マウントの取りあいはマタ・ハリが不利となった。サーヴァントの怪力で圧倒できればよかったが、生憎今は弱体中。それでも膂力では勝てる筈だが、明らかにいつもと様子の違うマシュに攻めあぐねる。
「サンソンをっ!」
マタ・ハリに加勢しようと動き出した空々を視界の隅に捉え、手早く助けを拒否する。こっちは問題ない。だからあそこで倒れているサンソンを助けに行ってくれ――短い言葉で彼女の言いたいことを汲み取ったらしい空々は、取っ組み合う二人を無視して黒いコートに駆け寄る。
「背中ですか……」
素人判断で、これ以上の出血を防ぐべく傷口を手で押さえる空々。近くに突っ立っている者を指さし「医者を」と頼む。サンソンの顔色は頗る悪い。ごふりと喀血する。細かく息をしているがとても苦しそうだった。肺だろうと空々はあたりをつける。空々が押さえたから外に血液はあまり漏れていないが、内側は別だ。肺を刺された場合、そこから血液が肺に溜まって窒息する。
「ソラカラ……」
「はい」
喋らないでくださいとは言わない。そんなことは医者であるサンソンが一番よくわかっている筈だ。彼がここで喋る意味、それを空々は理解し、耳を傾ける。
「さっき……ロビンの死体を……診たんだ……」
「はい」
サンソンが更にごふりと血を吐く。空々はサンソンの顔に耳を近づける。じわじわと広がる血が膝にべったりと付着するが気にしない。弱々しい声で綴られるサンソンの言葉を聞き逃さないよう、全霊をかけて聴覚を研ぎ澄ます。
「――あれはロビンだった――」
それから間もなく、彼の首から力が抜ける。
喀血が止まる。空々の手から伝わっていたドクドクという振動が弱まっていき――停止する。
死亡。
セイレムでの、三人目の脱落者が生まれた。
2
自身の首を絞めようと近づくマシュの両腕を同じ両腕で掴み、渾身の力で食い止めながら、マタ・ハリは脚を持ち上げて身体を捩じり、馬乗りになるマシュのバランスを崩そうと試みる。と、裁判所の守衛らしき男が横からマシュに体当たりをかました。第三者の乱入など毛ほども気にしていなかったマシュは、大男のタックルに為す術なく吹っ飛ばされ、マタ・ハリの上から横に倒れた。そのまま組み伏せられる。かみつきひっかき暴れるが、守衛の男には武術の心得があるらしく、順当な結果通りマシュは完全に制圧された。
マタ・ハリは乱れた髪を撫でつけながら起き上がる。サンソンが倒れていた方を見ると、服を血だらけにした空々がサンソンの傍に突っ立っていた。それだけでマタ・ハリは全てを悟る。「そうか」と声が漏れた。何が起きたかを理解したから出ただけの「そうか」だった。サンソンの死をマタ・ハリの頭は理解した。しかし心が実感するまで、多分まだ数十秒ある。その数十秒の内に、やっておかなければならないことがあった。
「大丈夫ですか……?」と声をかけてくる周囲の者たちに「ええ」と反応すると、マシュの方に近づく。彼女は数人がかりでおさえられ、両手両足を縛られている途中だった。
「マシュ」
マタ・ハリが声をかけても、彼女は反応しない。
「マシュ。どうしてこんなことしたの?」
彼女は何も喋らない。力を失った視線を床に垂らしたまま黙秘し続ける。
「マシュ。答えてちょうだい」
周りの者達も空気を察して動きを止め、静寂をつくる。しんとなる裁判所内で、それでも彼女の声は聞こえてこない。マタ・ハリは一つ深呼吸をする。これ以上何を聞いても無駄だと思ったようだった。彼女は祈るように深く視線を降ろし、そしてまたマシュを見つめる。
平手打ち。
左頬に一発。パアンという音が静寂の裁判所に響く。マシュの眼鏡が吹っ飛び、からんと音を立てて床に転がった。マシュは一瞬驚いたように目を見開くも、のけぞった首が再び項垂れるのと同時にまた目を伏せる。
「ふざけるな」
それがそこに立っている踊り子から出た声だと瞬時にわかった者はいなかった。
彼女は深層の海流よりも暗く冷たくて、地底のマグマよりも熱く紅い眼をしていた。
「態度に気をつけろ小娘。お前が何をしたのか、わからないとは言わせない」
静寂。
マシュを睨むマタ・ハリの眼から涙が伝う。
マシュも泣いた。
マタ・ハリの少し後――ぱちくりと瞬きをして二秒ほど我慢したが、すぐに決壊して「ううう」と声を発した。
ぼろぼろと大粒の涙をこぼす少女の姿に、彼女が今さっき何をしでかしたのか鮮烈に記憶しているはずのギャラリーが、同情のような憐憫のような感情を持ち始めた辺りで、泣き続ける少女がえずきながら口を開いた。
意味を為さなかった単語を繰り返し発音しているうちに、それは「先輩」という言葉へと進化する。
「先輩……、先輩は、せんぱいは……!」
先輩は私が守るんです――と。
彼女は泣きながらも、力強く言い切った。
それがこの時発した唯一の意味ある言葉であり、
そしておそらくは、マシュ・キリエライトの生涯で最期となる言葉だった。
3
「え……?」
カーター邸。
室内は暗い――先ほどまで晴れていた空を雲が覆ったらしく、部屋の中に届く光が少ない。服を着替えた空々は戸棚からコップを取り出して瓶から水を注ぐ。マタ・ハリは疲れを隠そうともせずソファに座っていた。アビゲイルとカーターはいない。アビゲイルは彼女の部屋のベッドで横になっている。カーターはまだ家に戻っていない。リヴィングには、カルデアからの来客しかいなかった。
三人――否。
正確には一人と二騎。
空々がコップの水をぐいと飲む。彼の喉を水が通る音だけが、三人だけでくつろぐには広すぎるこの部屋に響く。
「ごめん……。もう一回言ってくれる? 変な風に聞こえてさ――ごめん、よく聞いてなくて」
「マシュがサンソンを殺した」
マタ・ハリは冷たい声で言い放った。
心なしか、苛立っている風に見えた。
「裁判所の人ごみに紛れて背中をナイフで一突き。あばらの内側に空気が溜まって、しぼんだ肺に血が流れ込んで窒息死。その後もちょっとは生きていたけれど、刺された時点で助かる見込みは無し――裁判所の床の上で彼は死んだわ」
立香は曖昧な表情のまま一筋の汗を流す。冗談でしょう? と言いそうになる口を必死に抑え、手に持っていたタオル――アビゲイルの汗を拭く為に水で濡らして絞ったタオルを床に落とした。
「……何で……?」
「わからない」
マタ・ハリは口を結ぶ。それ以上は何も喋る気がないことを示していた。
「キリエライトさんは今、牢に閉じ込められています。明日の午前中に裁判が開かれ、彼女の処遇が決まるだろうと裁判長は言っていました」
コップをテーブルに置いた空々がマタ・ハリの説明を補足する。「彼女が身に着けていたものや、犯行に使われたナイフは全てウェイトリー家のものでした。彼女は昨日ロビンさんを殺した後、森を抜けてウェイトリーの家に潜伏していたものと思われます――アブサラム・ウェイトリーが連行された後ですね。多少の疑問はありますが、おおむねこの予想は当たっているでしょう。ラヴィニアさんも殺されたものだと思いますが、遺体はまだ見つかっていません。ええ、あとサンソンさんの遺体は例の、丘近くの遺体安置所に運ばれました。ロビンさんと同じで、葬式は明日執り行ってくれるそうです。まあ有料ですけど――お金に関しては心配ないですよね」
空々は窓の外を見る。空には雲がかかっているが、この厚さでは雨に降られることはないだろう。風が吹いているらしく、顔を近づけている窓ガラスがカタカタと揺れた。
「裁判所に立ち寄る前、サンソンさんはロビンさんの遺体を診たそうです」
ここで初めて立香は空々の方を向く。サンソンが最後何をしたのか。それは最も気になるところだった。
「『あれはロビンだった』。それが彼の最期の言葉でした」
マタ・ハリは特に何も反応しない。帰り道で既に聞いた。ソファに座りながら、ぼんやりとした眼で虚空を見つめながらその言葉の意味を考える。
「何で……」
立香は空々に詰め寄る。
「根拠は聞いていません――そんなに時間が無かったので」
そして、と、空々は言葉を続ける。立香の頭がサンソンの遺言を理解するのを待つことなく、「キリエライトさんは――サンソンさんを殺し、マタ・ハリさんと裁判所の守衛に拘束されたところで、『先輩は私が守るんです』と言いました」
もう一つの手がかり。
マシュの言葉を、空々は彼女の「先輩」へ伝えた。
「俺を……? 守る?」
「サンソンさんを殺したのはマスターを守るためだったんでしょうか」
「そんな筈ないわ」
空々の予想をマタ・ハリがバッサリ切る。相変わらず疲れが見えるが、声のキレはナイフのように鋭利だった。
「サンソンが偽物だったとでも言うの? そんなのありえないわ。もし彼が偽物で、魔神柱側の存在だとしたら、どうして私たちはまだ生きているの? 暗殺の機会はいくらでもあった筈よ」
「今日の昼に本物と偽物が入れ替わったのかもしれません。その瞬間をキリエライトさんは目撃して、『偽物』のサンソンさんと僕らが接触したから急いで殺した――とか」
「だったらどうしてマシュは私たちにそう説明しないの? 何で彼女は今も黙秘を続けているのかしら。そもそも何故彼女はウェイトリーの家の服を着て、ウェイトリーの家のナイフを持っていたの? 説明のできないことがありすぎる」
マタ・ハリの言っていることを理解しようとしたが、そもそも立香はウェイトリー家が何なのか知らなかった。「ウェイトリーって?」と、それがいかに空気を読まない質問であるかどうか重々承知しつつも会話についていけなくなる方がまずいと思って尋ねる。どちらかというとマタ・ハリではなく空々の方を見ながら。
「ウェイトリー家は『外なる神』と呼ばれる神格の召喚を悲願とする魔術師の一族です。魔神柱は彼らを脅し、外なる神の召喚を急がせ、その神の力をもってして人類史の終焉を目論んでいます」
「……外なる神?」
これはほぼ全てラヴィニアさんの受け売りですが――という前置きをして、空々は更に一歩踏み込んだ説明を始める。が、寧ろ立香にとって役立ったのは説明そのものよりも前置きの方だった。「ラヴィニアさん」という人物に心当たりがあったのだ。そうだ、それは確か空々に助けを求めてきた少女の名前だ。なるほど、そこで空々とマタ・ハリが調べた道筋に「外なる神」なんてものが浮上するのかと納得しながら、いかに自分が物語の蚊帳の外にいたのかを自覚する。いや、より正確に言うのならばそれは立香が遅れているのではなくマタ・ハリと空々の調査速度がおかしいのだが、たった三人になってしまった現状では、独断専行していた二人こそがアヴェレージになっている。
迅速を心掛けた方が良いなんてレベルではない。
迅速に徹しなければ死ぬ。
立香が今なお生きているのは、ただ単に運が良いから――運が良かったからというだけに他ならない。次の瞬間に絶命したとしても抗議の余地はない。死人に口なし、そもそも抗議なんてできないが。
自分がどうして死ぬのか理解できずに死んでいく。
そんなまぬけになり下がるだろう。
「……サンソンは」
と、ここでふと立香の口から言葉が漏れる。気になってしまったのだ。彼は――あの処刑人は何で死んだのだろうと。彼は自分が死ぬ意味を理解していたのか?
「サンソンはどうして殺されたんだろう」
マシュはどうして彼を殺した?
「わかりません」
空々が答える。
裏も表もない――実在すら疑われそうな空っぽの声色で彼は呟く。虚構そのものの言葉だったが、立香はそれを信じることができた。信じることしかできなかった。
「先輩を守るため、じゃないの」
皮肉にも似た笑いを交えてマタ・ハリが嘯く。もう苛立ちを隠す気はなくなったらしい。彼女は怒っている。サンソンを殺したマシュに対して――そしてきっと、立香にも。
「確かに、そこには理由が必要ですね。あの裁判所にはサンソンさんだけじゃなくて、僕も、マタ・ハリさんもいた。もっと言えば大勢の傍聴人や裁判所関係者、被告人もいた。殺そうと思えばその中の誰だって殺せたはずです。それなのに何故、キリエライトさんはサンソンさんを狙ったんでしょうか?」
「それは――」と言いかけてマタ・ハリは口を閉じる。どうでもいい問題に見えて、案外重要な謎かもしれないと彼女も思ったらしい。
何故マシュはサンソンを狙った?
「偶々一番狙いやすい位置にいた」という理由で片付けることはできる。確かに彼は裁判所から出る前、三人の一番後ろを歩いていた。刺されたのは背中。それが一番自然だ。
それ以外に考えられる理由はないだろうか。
「戦力を削る」という考え方はどうだろうか。仮に、マシュが魔神柱に操られていたと仮定して(この仮定を立香は一番信じたい)――三騎のサーヴァントの内、最も戦闘力が高いのはおそらくサンソンだ。だから直接戦闘が始まる前に殺しておく――いや、これはいまひとつ説得力に欠ける気がする。諜報員のマタ・ハリはともかく、普通は未知数の実力と能力を持つ空々を狙うのでは? 戦闘力が高いと言っても、サンソンはサーヴァントの中ではそれほど強力な内には入らない。即死のギロチン宝具は凄まじいが、対策の仕方がないわけではない。では、不確定要素となる空々を優先して殺すのではないだろうか。
「そもそも、キリエライトさんは誰かに操られているのか、それとも自分の意志でやったのか、どっちでしょう」
「催眠魔術、洗脳を受けた感じはなかったわ。操られている線は無いと思う。あるとすれば脅されている可能性ね」
裏切りのプロはマシュをそんな風に診断した。洗脳や催眠の類いにかかっている可能性を信じたいのは山々だが、それだといまひとつ釈然としないものがある。もしそんなものがあるのなら、あの裁判所内の全員をコントロール下に置いて三騎全員を袋叩きにすればよかったのだ。
支配力に人数制限があるのだろうか?
それにしたってマシュを暗殺の下手人にする意味がわからない。細身で運動全般が苦手な彼女に暗殺を任せたいとは敵も思わないだろう。それこそ裁判所の守衛や憲兵のような戦闘のプロを使う筈。玄人から醸し出される独特の殺気を気取られるのを嫌ったのだろうか? いや、それにしたってマシュより適任はいる筈だ。
マシュを使うことで立香たちに精神的なダメージを与えるのが目的だったとすればどうだろう。
――いや、そもそも催眠や洗脳をマシュに施したら、まずはこちらの陣営に潜りこませるのでは? あんな鉄砲玉のような使い方なんてせずに、それこそスパイとして情報を横流しさせ続け、最終決戦の土壇場で裏切らせた方が効果的ではないだろうか。
「ロビンさんの検死報告……?」
その時。
空々が呟くと同時に、立香は全てを理解した。
そうか。
そういうことか。
いや、でも――
だったら何で……?
グルグルと視界が回る。天変地異に襲われたような感覚に陥り、まともに立っていられなくなる。「リツカ?」ふらふらと揺れる立香に気がついたマタ・ハリが声をかける。足がもつれ転倒。「大丈夫ですか」空々が駆け寄る。マタ・ハリも立ち上がって近づいてくる。「ひどい汗ね……」「今日はもう休んだ方が良いですね」世界が回る。空々とマタ・ハリに肩を組まれて助け起こされる。
「気をしっかり持ってリツカ。まだ決着はついていないわ」
4
アビゲイルの部屋の扉をそっと開けたマタ・ハリは魘される彼女の傍に近づき、手に持ったタオルで額の汗を拭う。「んん……」一応寝ているようだが魘されている。熱は一時より下がったがまだまだ平熱とは言えない。ベッドの横に置いておいた水は少し減っている。しかし彼女は結局夕食を食べなかった。チキンスープを作ってここまで運んできたのだが、それも口に入らなかった。
「どうですか」
入口に現れた空々が声を潜めて聞いてくる。足音で気づいていたマタ・ハリは特に驚くことなく振り返り、首を横に振る。「駄目」と言いかけたが、彼女の前で言うべき言葉ではないと思い直して沈黙を保つ。
「そうですか」
そう言って空々は黙る。何かを考えているようでもあったし、何も考えていない風にも見えた。相変わらず彼の表情からは何も読めない。
マタ・ハリは寝ているアビゲイルに向かって「また来るわ」と声をかけて部屋を後にする。空々と一緒にリヴィングまで戻った。
日はとっくに落ちている。時刻にしてみればまだそれほど遅くはないのだろうが、窓の外は暗黒だった。
マタ・ハリが燭台を机に置く。ゆらゆらと揺れる灯が卓につく二人をぼんやりと照らす。
「カーターさん、帰ってきませんね」
「そうね……」
ランドルフ・カーターがまだ帰ってこない。
ウェイトリー家の前で会って以来、彼の姿を見ていない。彼の正体をこちらが知っていることを向こうが知っていたとしても家には戻ってくると思っていたのだが、予想が外れた。
「アビゲイルを放っておいてよいのかしら?」
外なる神召喚の鍵はアビゲイル・ウィリアムズ。カーターが――最後の魔神柱「ラウム」が彼女をみすみすとカルデアの手に渡してしまうのは不自然ではないだろうか。仮にラウムがこの特異点から撤退を考えているとしても、彼女を置いて逃げる選択肢は選ばない気がする。
「もしくは既に召喚が完了したとか」
「それはないんじゃないかしら。彼女が倒れた理由が『それ』だとするのなら――まだ召喚はできていないと見るべきよ」
召喚は未だ完了していない。『門にして鍵』が降臨した形跡はどこにもない。
「本当、ここは謎ばかりね……これまでの特異点とは明らかに違う」
マタ・ハリがうんざりしたようにこぼす。これまでの特異点を経験していない空々にとって、その愚痴に共感することは不可能だった――そもそもこの少年に「共感」などという技能が備わっているかどうか甚だ疑わしいが。
「一度現在の状況を整理しましょう。時系列に沿って――えっと、やっぱり最初の謎はメディアの死よね」
「あれはキリエライトさんがやったんですかね」
マタ・ハリは黙る。マシュがメディアを殺した――今となってはそれが一番可能性が高いのだが、しかしそれでも疑問は残る。確かにマシュはメディアが消えた時のアリバイを持っていない。アビゲイルと一緒にいたというが、立香たちと離れてからアビゲイルに接触するまでの空白の時間が彼女には存在する。
しかし、だから何だというのだろう?
マシュはメディアが屋敷に戻っているとは知らなかった筈だ。立香もサンソンもマシュも、空々もマタ・ハリも「メディアはロビンと一緒に森に行った」と思っていた。メディアが体調を崩したと言って屋敷に戻ったのを知っているのは彼女と行動を共にしていたロビン、屋敷にいたであろうティテュバ――今は羽川翼と名乗るサーヴァント。更に追加するとすればランドルフ・カーターだろうが、彼は基本的に日中外出するのであの時家にいた可能性はそんなに高くない。
無理に筋道を立てるとすればこうだ。「マシュはアビゲイルに会いに行く途中で何か用事があって一度屋敷に戻り、そこでメディアを発見。お見舞いか看病かのふりをしてベッドに寝ている彼女の傍らに置かれた水に櫟の実か葉を磨り潰した粉末をいれて立ち去る」……不自然だ。屋敷に戻る用事が何なのかわからないし、メディアを殺す動機も見えない。櫟の毒をどこから調達したのかもわからない。ロビンの所持品に手をつければ絶対に彼が気づく。だから毒は自分で調達するしかないのだが、ここへ来てから彼女にそんな暇なんて――……カルデアの疑似レイシフト空間で予め調達しておいたとか?
「計画的な犯行なのか突発的な犯行なのかわからなくなりますね」
空々に否定される。というかマタ・ハリ自身も本気では言っていない。カルデアの修練場、種火や素材を集める為の森ならば櫟だって腐るほど生えているだろうが、そんなに前から彼女を殺す算段を整えていたとは考えづらい。メディアの行動がイレギュラーな以上、そしてマシュが単独行動をとることになったのがイレギュラーな以上、これはどう考えても突発的な事件なのだ――いや、そうでもないのか?
「マシュの単独行動は確か、リツカがメディアに会いに行くって言ったから出来上がった状況だけれど、そうなっていなかったら彼女が自分から単独行動を申し出るつもりでいたとか考えられないかしら?」
どんな言い訳を使うかまではぱっと思いつかないが、いくらでもやりようはある気がする。
「そしてメディアが屋敷に戻った理由だけれど――やっぱり体調不良っていうのは彼女の技能的にありえないわよ。神代の魔術師が何でもない体調不良に悩まされるなんて考えづらい。マシュとメディアが何か秘密の約束をしていて、あの時カーターの屋敷で会っていたとすれば――」
そこまで言って、しかしマタ・ハリは続く言葉を呑み込んだ。それが駄目な筋だとわかったからだ。
彼女たちはそんな約束を交わしていない。
それは他ならぬマタ・ハリ自身が固く保障する。マシュはともかく、メディアの動向はずっと注意して見張っていたのだ。マタ・ハリだけではない、サンソン、ロビン、空々の四人体制で。
よしんばその警戒網を潜り抜けられたとしても、彼女達がいったいどんな目的で集まったのかがわからない。秘密の話ならあんな真昼間にしなくとも良いはずだ。やっぱり疑問にぶち当たる。答えが見つからない。
「……第二の謎はロビンの死」
マタ・ハリは思考を切り替えて次に進む。
「サンソンが『あれはロビンだった』と断言したのだったかしら」
「はい」
「それは本当?」
マタ・ハリはじっと空々の顔を見つめる。彼はもう一度「はい」と頷く。蝋燭の火に照らされる彼の表情は全く変わらない。よしんば嘘を吐いているとしても、マタ・ハリにそれを見破る術はなかった。
まあ良い。
空々が敵だったとすれば、いよいよ万策尽きている。
「……ロビンが本物だったということは、つまりマシュがロビンの拘束をふりほどいてロビンを殺したっていうことかしら……? 既に無理があるシナリオだけど、そこに目を瞑ったとして、何でマシュはそのまま私たちのところに戻ってこなかったのかしら」
「警戒されると思ったんじゃないですか? ロビンさんを殺したこともですけど――メディアさんを殺したのもキリエライトさんではないかって皆が考え始めたら、あんな簡単にサンソンさんは殺せませんよ」
空々の仮説はマシュが完全にカルデアの敵にまわったことを前提にしたものだった。
警戒されれば暗殺の難易度があがる。
だから顔を出さなかった?
「それほどまでにサンソンを殺したかった?」
「殺す理由があった――んじゃ、ないですかね。その理由は皆目わかりませんけど」
理由が皆目わからないと空々は言うが、マタ・ハリはひとつ思いついた。
検死報告。
あの遺体が本物のロビンだったと皆に露呈する前にサンソンを殺す必要があった……?
「待ってクウ、他ならぬあなたが『ロビンは偽物』って言っていたじゃない。サンソンの検死と食い違っているけど、あれはどう説明するの?」
「検死程度で地球陣の擬態が露見するなんてありえませんから、僕としては今も偽物説を推しますけど……でも、サンソンさんが断言したってことは何かそれなりの根拠があると思います」
根拠。
しかしそれが何なのかは皆目わからない。空々もマタ・ハリも専門的な医学知識、それも法医学に類する知識なんてほとんど持っていない。空々は言うまでも無く、マタ・ハリも人殺しを経験したことはあるが、だからといって死体に詳しいわけではないのだ。
当時から百年先の医学を習得していた処刑人――ムッシュ・ド・パリには遠く及ばない。
「……でも、サンソンは結局私たちに検死の結果を伝えることに成功した」
厳密に成功と言えるかは怪しい。空々が聞いたのは「あれはロビンだった」という一言だけで、その根拠も何も伝わってはいないのだから――最悪、報告にはまだ続きがあったかもしれない。
「『あのロビンが本物だった』という証言を隠す為にサンソンを殺したとして、それは何故かしら? 『ロビンさんとサンソンさんは実は偽物だったんです!』って言い訳しようとしていたとか? まともな思考じゃないわよ」
空々は黙る。何かを考えているらしい。マタ・ハリも再び頭を回転させる。ぱっと思いついた――というか思い出したのは、彼女が最後に言ったセリフ。
「『先輩は私が守るんです』……か」
何故?
何故サーヴァントを殺害していくことが立香を守ることに繋がる?
わからない――全くわからない。
どれだけ頭を捻っても答えは見つからなかった。
5
羽川翼とランドルフ・カーターは海岸沿いの牧草地で相対していた。
いや、それは正確な描写ではない。場所は確かにあっているが、海に向かって右側に立っている人物は羽川翼ではないし、海に向かって左側に立っている人物はランドルフ・カーターではなかった。そもそも彼と彼女を
「人物」と呼称してよいか甚だ疑わしい。どちらも人間ではない。右側の人物は不知火のような美しい白髪をくびれた腰のあたりまで伸ばしており、髪の根本には異形の猫耳――「異形」と形容するにはいささか可愛すぎる気もするが――を生やしている。瞳孔の大きさも人間のそれではない。銀白の頭髪と純白の素肌、そして金色の虹彩によってその「黒」は尚強調される。
黒い。
圧倒的に潔癖な白でありながら彼女から連想される色はブラック以外にありえない。
左側の人物は首から上が異様だった――首から下はなんてことのない、例えいきなり数百年後の未来に飛ばされたとしても群衆に紛れてしまうような地味な背広とパンツ。それが逆に頭部の異常性を際立たせる。人間の顔ではない。類似の生物を挙げるとすれば鳥――カラスだろうか。漆黒の羽毛で覆われた頭。鼻と口の位置には嘴が生えている。眼は巨大で、悍ましい赤が覗く。猫と烏といえば街のゴミ捨て場でも日常的に目にする取り合わせだが、この場の光景に「日常的」などという言葉は最も似合わない。
「ツバサ・ハネカワ」
烏男の嘴が動く。驚くことに人語を解すらしい。英語圏の読み方ではあるが、彼は流暢に「羽川翼」の名前を呼んだ。
「現代の英雄と侮っていたが、そうか。君にはそんな隠し玉があったのだな。それなら直接戦闘も難なくこなせる」
「俺は羽川翼じゃにゃい」
俺のにゃはブラック羽川にゃ――と、烏男を見据えながら名乗る彼女、ブラック羽川は不機嫌そうだった。
「なるほど。ハネカワツバサに取り憑いた妖怪変化……というところか。ハネカワツバサの肉体に君と彼女、二人の精神が共存していて、任意で『表』に出す精神を切り替えることができる――……。ジギルとハイドに似た性質だな」
「『ハネカワツバサに取り憑いた妖怪変化』っていう認識はまあ、大体合ってるにゃ。でも任意で人格を切り替えるにゃんて、俺はそんなモモタロスみたいにゃ便利にゃ奴じゃあにゃい」
「……?」
烏男は疑問を意味する沈黙を保つ。ブラック羽川が例として挙げた「モモタロス」が何だかわからないというのもあるが、それよりなにより、「任意での人格の切り替えができない」と彼女が言い切ったことを訝しむ。
「では何故君は今その姿で私の前にいる? 臨戦態勢になると自動的に人格が切り替わるのか? それとも偶々今夜人格の切り替えに成功したからか?」
ブラック羽川は黙る。心なしか先ほどよりも烏男に向ける敵意が増した。自分が出てきた理由を探られたのが不快だったのだろうか? 彼女の分析を烏男が始めた時、
「『成功』って、にゃんだよ」
彼女は決然と言った。
烏男はあからさま首を傾げる。
「『成功』以外にどんな表現がある? 君がもしハネカワツバサのまま私の前に出てくれば、こんな問答をすることもなく首を落としている――」
言葉は途切れる。
ブラック羽川が突っ込んできた。
勿論のことそれは鳥男の――魔神柱「ラウム」の想定内。首を傾げることで意図的に作った隙に飛び込ませる彼の策だった。
理由はわからないがブラック羽川は怒っている。
憤怒は軽率を呼ぶ。ならばそこを突くまで。
ブラック羽川が鞭のように振り下ろす左腕を掴んで拘束。そこに反撃を加える――?
何だ?
「俺が出てきたことが『成功』? 馬鹿かお前。俺以上の馬鹿がいるとは思わにゃかった。あの人間でさえ、そんにゃことは口が裂けても言わにゃい」
力が抜ける。
手刀の形をつくり、今にもブラック羽川のどてっ腹にぶちこもうとしていた自身の左手が鉛のように重い。
まずい。一度距離をとらなければ。ブラック羽川の腕を解き、大きく後ろへ退こうとするラウム――だが遅い。
ブラック羽川の健脚がラウムのあばらに刺さる。
重い。
サーヴァントの平均を遥かに凌駕する威力の蹴りだった。ラウムの身体は泥人形のように破裂する。
何故だ?
何故私が負ける?
私はかつてソロモン王が使役した七十二柱の魔神の一柱だ。完全体になっていないとはいえ、神秘の消えかかった現代のサーヴァントに負ける道理などない。何故だ? まさかこの女、ただの妖怪変化ではないのか?
バーストの遣い?
「そういうことじゃにゃいんだよ」
狩り取られゆく意識の中でラウムは理解する。
ああ――そういうことか。
エナジードレイン。
隠し技能があったわけだ――だから力がごっそりと奪い取られ、追撃の一発があんなにも重かったのだ。
なるほどと納得する。
気まぐれでその場しのぎの癖に、先の先まで計算し尽くしている。油断を誘って引き込み殺す――これだから猫は嫌いなんだ。
そしてラウムは、望むならまだ延命が可能な自身の命を閉ざす。ブラック羽川の蹴りは強烈だったが、魔神柱を向こうに回した場合の確殺には程遠い。そしてそれは彼女の限界ではない。理由は不明だが、おそらく彼女はラウムの無力化――捕縛を念頭に置いている。それは先ほどまではつけこむ隙以外の何物でもなかったが、今となっては非常に現実的な危機となってラウムの身に迫る。サーヴァントならば魔神柱は殺すのが普通――『人類の敵』という立場にいる魔神柱相手にサーヴァントが情けなどかけるわけがないので、生かされたからといって「会話で平和的に交渉」みたいなシナリオにはならない。そんな平和主義者どこにも存在しない。何らかのスキルで自身の情報を抜き取られるのがオチだ。ブラック羽川はエナジードレインという技能を備えていた。ならばそれに類似する、情報を吸収するような特殊能力を持っていても何ら不思議はない。
以上の推測を組み立てたラウムは全ての演算を停止し、自身を永劫の闇の中へ葬り去る準備をする。肉体の処理をどうするか迷ったが、ブラック羽川を混乱させるためにこの場に残しておく。運が良ければ朽ちる前に元の持ち主が取りに来るだろう。
全てを閉じたラウムは、ただ願う。
最期の瞬間まで自身が倒れた後のあの無垢な少女の無事を願う。
願い、そして祈る。
つまるところ「それ」はブラック羽川と魔神柱ラウムの明確な相違点だった。或いは運命と物語を隔てる、決して埋まることのない溝だった。
運命と物語は相容れない。
では、伝説は――?
6
日は昇る。
例え真夜中に人類が絶滅していたとしても朝日は地平線に――あるいは水平線の彼方に悠々と姿を見せる。
静寂の夜明け。
立香はいつもの制服に着替えると一階に降りる。キッチンでマタ・ハリが朝食の準備をしていた。「おはよう」と声をかけてきたので「おはよう」と返す。
「どう? 調子は戻った?」
「あ、うん……まあ。空々君は?」
空々は廊下から現れた。食器が置かれたトレイを前に抱えている。アビゲイルの部屋から持ってきたものだとわかった。
「どう……ああ、ちょっとは食べてくれたみたいね。よかったわ。熱の方はどうだった?」
「あがってはいないみたいですけどまだ高いです。苦しそうなのは変わりませんでした」
マタ・ハリは「そう」と呟くと悩まし気な表情になって俯く。マタ・ハリだけでなく、空々の報告は立香の表情も曇らせた。そうか、アビーはまだよくなっていないのか。
一瞬、サンソンに診てもらおうと提案しかけたが寸前で口を閉じる。危ないところだった。彼はもういないのだ。
「彼女は何の病気なの?」
二人に質問してみるが答えは返ってこない。マタ・ハリの表情が更に難しくなった。空々も黙ってキッチンの流しに食器を重ねる。病名がわからないのか、それともかなり悪い病気なのか――何となく雰囲気を察することができたあたりで、唐突に「そろそろいいんじゃないですか」と空々が言う。
自分に言っているのかと思った立香だったが違った。それはマタ・ハリにむけた言葉だった。
「そうね」
彼女は一言呟くと、真っ直ぐ立香を見つめる。
「アビゲイルは外なる神の憑代にされている」
マタ・ハリの言葉は最初なんだかよくわからない呪文のように聞こえた。
「え?」と聞き直す。理解ができなかった。理解できないんじゃなくて、本当は全身が全力で理解を拒んでいるのだということにも気づけなかった。というか気づかなかった。
マタ・ハリはもう一度言葉を繰り返す――もう一度、その宣告をする。
「彼女の体に外なる神が降臨しようとしているわ」
「――」
外なる神。
禁忌の伝説。
魔神柱の――目的。
「ラヴィニアの言っていた神……『門にして鍵』の神はまもなくアビゲイルの肉体に取り憑く。魔力の流れから見ても大いなる何かが彼女に憑りつこうとしているのは間違いないわ。その力は未知数――何せ『神格』だから、どんな存在なのか想像もつかない。魔神柱はその神格を利用して人類史の焼却をするつもりよ。その魔神柱なんだけど、実は――」
「待った」
説明を続けるマタ・ハリを制する。朝っぱら早々吐きそうだったが、何とかこらえる。少しの時間をくれれば落ち着ける。
「……大丈夫。もうわかったから……」
わかった。
アビーが憑代。だったら魔神柱は彼だ。彼以外に心当たりなんてない。
「カーターさんが魔神柱なんでしょう?」
マタ・ハリと空々はこくりと頷く。
……大丈夫。
俺は耐えられる。
耐えてみせる。
アビーに降臨する神を止める方法も、二人が今まで立香に黙っていた理由を考えればわかる。つまりはそういうことなのだろう。
だが、真っ直ぐ聞く勇気はない。
「……他に方法は」
長い長い時が経った後、マタ・ハリが「ラヴィニアちゃんかメディアがいれば、もしかしたら他の、『正しい』方法を見つけ出してくれたかもしれないけれど」と、言葉の尻をぼかすように答える。
「そうか……」
正当な解術の方法がわからない。
しかし魔神柱の目論見通り、アビゲイルに神を降臨させてはいけない。彼女は既に苦しみ始めている――ということは、もうすぐ神が降臨する。それまでに何とかしなくてはいけない。
正当な解術法はわからないが、最も簡単で原始的な妨害の手段はわかっている。
憑代の破壊。
降臨の器にして目印である憑代を抹消してしまえばどんな神格も降りては来られない。門にして鍵は閉じられる。あらゆる存在の「隣人」――すべてにして一つのもの、門にして鍵が相手でもそれは同じことだ。
門を閉じれば。
鍵を折れば。
アビゲイルを殺害すれば――禁忌の庭園セイレムにおける「鍵」、アビゲイル・ウィリアムズを殺せばこの特異点は崩壊し、全てが解決する。
少女か、世界か。
小難しい理屈をごちゃごちゃと並べ立てるのは結構だが、これはつまるところそういう問題だ。単純で明快な二択。いつもの脳内選択肢だ。似たような問題が出された時、かつて正義の味方に憧れた男は前者を選択し、かつて正義の味方に憧れた男は後者を選択した。立香はどちらを選択するのだろう。人類を救った英雄「藤丸立香」は、一体どちらを選ぶ?
立香が口を開こうとしたその時――
玄関のドアがノックされた。
「ごめんください」
ほぼ反射的に臨戦態勢をとるサーヴァント二人。が、それはどうも取り越し苦労だったようだ。屋敷にやって来たのはランドルフ・カーターではなかった。その声には聞き覚えがある。知っている。敵か味方か未だに不明のはぐれサーヴァント。立香との契約を蹴った異端の裁定者。
「魔神柱を討ち取りました」
羽川翼がランドルフ・カーターを背中におぶって立っていた。