群れなして生きるけもの
昔の話だ。
かつてオルガ・イツカ以下参番組を雇っていた警備会社
不定期にスラムに訪れ、仕事をしたいやつを募るのだ。思い返せばいけ好かない一軍の連中だが、
そんな中にジャケット姿の大人が現れ、仕事をしたいやつはいないかと太い声を張る。
無力に打ちひしがれる子供たちは『仕事』という響きに群がった。
おれにもできることがある。そう思えることは希望だ。過酷な手術を強いられようともスラムで野垂れ死ぬよりずっとずっとましである。
阿頼耶識の埋め込みは、インプラント手術の中ではことさらシンプルだ。
しかしながら人間の手とは、実に信用ならない。たとえばノルバ・シノのピアスホールが左右どちらも地面と水平には貫かれていないように、阿頼耶識を埋め込む針の先にも、いくばくかの誤差が発生してしまう。医者でもない素人が施術を行い、補助具もないのでは多少のずれが生じるのは当然である。麻酔というコストを削減した反動もあって成功率はすこぶる低かった。
少年をうつぶせに寝かせ、押さえつけて、脊髄にインプラントを打ち込む。針はおおよそ正確に骨をこじ開ける必要がある。背中に突き立てられた金属芯の切っ先が、皮膚を破り、血管を引き裂いて――骨の表面を力ずくで突き抜けようとするのだ。神経を直接抉られる。強烈な痛みがある。あまりの激痛から逃れようと死に物狂いでもがく少年を手術台に縫いとめるだけでも重労働である。
おかげで正しく刺せないばかりか、針先が脊髄を損傷させることもあった。肺に突き抜けてしまった先端が折れでもしたら最悪だ。肺腑から血液が逆流して喀血し、ひとしきり苦しんで息を引き取る。べしゃりと跳ねた赤く赤い血液に恐れおののき、手術を志願していた子供たちが散り散りに逃げ出すこともあった。
成功率は五〇%。十人が施術されれば、ふたりは死んだ。三人は半身不随になって元いたスラムへ返品された。残った五人がCGSに残る権利を勝ち取るのだが、不衛生な手術痕が膿んで死んでしまうことも、阿頼耶識がうまく定着しないことも少なからずあった。
CGSは民間警備会社であるが、訓練らしい訓練はない。通常、パイロットといえば高価かつ高火力の機体を乗り回す適格者として相応の教育が施される。このCGSだって社用車やMWで出かけることが許されているのは、その乗り物を破壊しないというお墨付きのある一軍の上澄み数人だけだ。クリュセには運転免許などという面倒なシステムがあり、操縦技術と交通ルールを学びましたという証明書なしには都市部に乗り付けることができない。
そうした教育一切をすっ飛ばせるのが阿頼耶識システムだった。うまく定着すればMWを手足とまったく同じに操れる。二本の足で走りまわるように、MWの三本ローラーで駆けることができるのだ。二本の手で銃を構えて撃つように、MWのマシンガンを撃てる。わざわざ教えなくてもいいという利点が、そのままマルバ・アーケイが宇宙ネズミを参番組として飼っている理由だった。
教えられずともやれと命じられればやらねばならない。銃火器の取り回し、地雷の設置・撤去、ドローンの準備、MWの操縦。それから雑用。仕事は山のようにある。年長の少年たちが後輩の面倒を見るのが常だった。
兄貴分たちが仕事を教える。大人たちは礼儀を教えてやる……というが、子供だって愚鈍ではない。一軍の連中がふるう拳は教育なんかじゃない、ただ憂さを晴らしたいだけの暴力だと気づくまでに、そう時間はかからなかった。
そして事が起こったのは、何でもない昼下がりのことだった。
ひとりの少年が、弟分を力任せに振り払ったのである。裏拳を横っ面に食らった痩躯がやすやす吹っ飛び、食堂の床を転がった。
「ダンジ!」
とっさに駆け寄ったタカキが抱き起こせば、口角が切れたのかとろりと血が顎に伝う。頭を打ってしまったらしく目の焦点が覚束ない。
ダンジ、ダンジと呼びかけるさまを見て、少年はにんまりとくちびるを歪めた。つかつかとことさらゆっくり歩み寄る。あざ笑うようにタカキの腹を蹴り上げた。
「 っぐ……う、」
みぞおちにブーツのつま先が食い込み、こみ上げる嘔吐感をぐっと飲み込む。仲間を守ろうと意識の危ういダンジを抱きしめて、次なる衝撃に身構える。
そこへ、たまたま通りかかったユージンが食堂に足を踏み入れるなり、大股で少年に詰め寄った。
「てめえ、何やってんだ!」
いくらか前まで参番組の頭を張っていたユージン・セブンスタークのほうがいくぶん年かさである。胸ぐらをつかみあげればわずかに踵が浮く。ところが彼は取り合わない。先刻まで要人警護の任務に出ていた年長組は不在で、この場には偶然食堂に寄ったユージンと、留守番をしていた年少組しかいないのだ。十歳になるかならないかのタカキと、もっと幼いチビたち。比較的年長にあたるダンジが真っ先に殴られたせいで、みんなラックスが盾になろうと広げた両腕にすがるように身を寄せ合って怯えている。
飄々と笑うばかりの少年を突き放すとユージンは、ダンジとタカキに走りよった。怪我の具合を確かめると、タカキが「おれは大丈夫です」と力なくわらう。目を回していたダンジも落ち着いてきたのか、頭をさすって起き上がる。
「いってえ……」とこぼしたのが合図であったかのように、年少の子供たちがわらわらとラックスの影からまろびでてダンジに群がった。
お前は大丈夫か、とユージンが振り返るとラックスは青白い顔をさらに青くし、生気のない声でもどうにか「はい」と強がりを絞り出す。そのジャケットにしがみついて離れない幼子が、ぐず、と洟をすすった。
空気は重かった。銃を持たせても発砲の反動に耐えらえないからと基地に残されていた子供たちに、リーダー格にあたる年長の少年が暴力を振るったのだ。
あいつは大人の真似事をはじめたのだと誰もが勘付いていた。
次の日だった。
夜半、交代で行っている夜警のシフトを終えたタカキが、みんなが眠る大部屋に戻るところだった。
突如暗闇から伸びてきた手がタカキをとらえた。反射的に大声をあげようとした口をもう一方の手が塞ぐ。成長期特有の細い手足でもがいても拘束は外れず、しかし、手の大きさから大人ではないとすぐに気付いた。
さっと血の気が引く。またか、と怯える気持ちもあった。
だけど今夜はひとりじゃない。足音がひとつ、ふたつ、……おそらく五人。笑いさざめく声に肌が粟立つ。彼に味方する仲間がいるということが恐ろしかった。
ダンジは手酷く頬を張られ、タカキも腹を蹴られたのだ。今度は何をされるのかと身をこわばらせる。
硬いブーツに追い立てられるまま暗がりに連れ込まれそうになったとき、タカキを受け止めるものがあった。
「何してんの?」
「三日月さん……!」
静かな声だったが、夜を割るような力強さがそこにはあった。安堵がぶわりと押し寄せて、タカキは思わず涙ぐむ。見目こそ幼いながら三日月・オーガスは、このほど背中に二本目のヒゲをつけ、既にオルガやユージンたちとともに作戦に出る手練れだ。腕っ節も強いし、MWの操縦技術は目を見張る。タカキが憧れてやまない参番組のエースである。
背丈の変わらないタカキを背後にかばうようにして、三日月は一歩を踏み出した。やはり静かな声音で「何してんの」と重ねられれば、青い眼光には誰もが気圧される。
「ありがとうございます、三日月さん」
まばらに逃げ去っていく少年たちの影を見送って、タカキは知らず詰めていた息を吐きだした。驚いたせいでまだ心臓がどくどくと警戒している。
「何もされてない?」
「はい、助かりました」
「面倒なことになったね」
「……ユージンさんから、聞いたんですか」
「オルガがね」と三日月は短く応じ、タカキの口端についた汚れをジャケットの袖でぐいと拭った。タカキが恐縮すると、無感動な双眸でも「ひとりで戻れる?」と身を案じる。
「だ、大丈夫です! 三日月さんが助けてくれましたから!」
そう、と、そっけない三日月だったが、どうせ通り道だからと寝息が響く部屋の前まで付き添った。
エースの威圧が聞いたのか、その翌日には何事も起こらなかった。食堂ではタカキがいつにも増して三日月さん、三日月さんとにぎやかにさえずったが、それもいつものことである。正社員たちが小蠅を疎むような白眼を向けようとも、年長組が仕事から日常に帰ってきたなら武勇伝を聞かせてほしいとせがむのが常だった。
年少の子供たちはそれぞれに兄貴分を慕っている。タカキが三日月に憧れているように、ダンジやヤマギはとりわけシノに懐いていた。指揮官をつとめるオルガやユージンには敬意を払うし、特に得意な役割を優先的に振ってくれるオルガには厚い信頼を寄せている。
そうして平和な一日を終え、その翌日も平穏無事に終えることができた。
三日が過ぎ、いつもの調子を取り戻したかに思われたが――、しかしオルガたちはふたたび仕事で基地を開ける。参番組の年長者は全員だ。今度は整備を担当するビスケットやヤマギまで同伴させる長期の鎮圧作戦ときた。
心配だな……とこぼしたのはオルガだった。光の入らない地下格納庫ではランプの明かりが頼りなく揺れる。
「仲間同士でギスるのはうまくねえ」
「そうだね……」
先日の暴力沙汰に気付けなかった自責を感じてか、ビスケット・グリフォンは苦い顔で帽子のつばを引き下げる。食堂から離れた格納庫で仕事をしていたのでは駆けつけられなくとも致し方ないのだが、同じ基地で年少組が傷つけあっていたのである。食器に毒を塗られていたかのような居心地の悪さがあった。
CGSの参番組は今やオルガたちが最年長だ。さらに年長の少年たちは残らなかった。彼らが生きて戻れなかったのは、大人たちの理不尽な暴力を浴び、そのストレスを力の弱い子供たちにぶつける連鎖があったせいだとオルガは睨んでいる。
事故やテロで親を亡くしたり、あるいは親に捨てられたり、売られたり、――行き場をなくした子供たちが流れ着いてここにいる。仕事という希望を見出してCGSにやってきて、麻酔もなしに背骨を抉る手術の激痛に耐えて。それでも仕事内容は、最前線に生身で整列させられるだけ。あれほど過酷な手術を乗り越えたというのに、楯より子供のほうが安価に手に入る火星じゃ、少年兵は弾避けだ。
危険な戦場から戻ってきたときには多少の安息が必要だろう。それがなければ判断力は日に日に鈍る。大人から、兄貴分から、理由もなく虐げられていれば自然と臆病になっていく。身を守るためにと言葉数を減らすのは当然の対処と言える。そうして殻に閉じこもって、やがて誰の言葉にも耳を貸さなくなるだろう。帰りたい場所のない彼らは生に執着しなくなる。
諦めてしまうのだろう。予期できない痛覚から逃げたいあまり頑なになり、それも無駄だと殻を叩き割ろうとされるのだからやむを得ない。
しかし戦場では指示に耳を傾けてもらわねば困る。
指揮官であるオルガにとっても死活問題だ。モチベーションの低下は全滅を招く。のちのちの士気にもかかわる。
幼い弟分たちがはけ口にされるのを黙って見ていることなど当然できるわけもない。特に年少組は、術後の容態が安定しない新入りの面倒を見てやるポジションなのだ。弱ったやつを八つ当たりの矛先にしてしまうやつが出ないとも限らない。弱いものからさらに弱いものへと暴力を連鎖させないために、ヒューマンデブリ側では昭弘・アルトランドがひとりで食い止めていることをオルガは知っている。オルガだけではなく三日月、ユージン、シノもみんな仲間内に不和がないようにと可能な限り目を配っている。年少組ではタカキやダンジが兄貴分らの心を汲んでか、積極的にチビたちの世話を焼いてくれている。
戦場に必要なのは一にも二にも連携だ。不条理にも肉盾として使われる宇宙ネズミは、仲間同士の絆を武器に戦って生き残るしか道が残されていない。
「……しょうがねえなァ」
そして翌日、オルガたち参番組は長期任務へと旅立った。
帰って来られなかった少年たちの名は、戦死者の名誉のために伏せておく。
初出: 03/08/2017 @pixiv
改稿: 01/23/2018