鉄血短編集 -FILLING BLANKS-   作:suz.

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10〜11話の間の話
(微グロ※ブルワーズのMS隊が鉄華団襲撃にいたるまでをアストンの視点で)


P.D.323
屑鉄は首つり人形の夢を見るか


 ぐったりと脱力した右腕をつかんで、左腕もたぐりよせる。背中に靴裏をあてて慎重にノーマルスーツをひきはがしていく。ずるりと現れた生身の四肢はアストンよりもずいぶん長く、無抵抗だがかすかにふるえているようだった。

 これからどうなるのか理解していれば無理もない反応だ。だが同じデブリでしかないアストンにはどうすることもできない。嗚咽を飲み込む上下動をぐっと踏みつぶすと、無重力に水滴がきらきら散った。ああ、あとで掃除を言いつけられるのだろう。ブーツの中で縮こまっていたつま先が久々の大気に触れてもがくさまが、ひどく滑稽にうつった。

 ヒューマンデブリなんて、そんなものだ。

 大人たちの粘つく視線のもと白いつなぎをはぎとると、汚れないように脇へ避ける。戦慄に縮こまる痩身からタンクトップもはがしてしまう。一部始終を見守っていた新入りに目配せをして呼び寄せると、インナーを脱がせてやるよう指示した。

 もたつく手によってついに骨と皮だけにされた()()を左右から引っ張り上げる。アストンたちよりも頭ひとつぶん以上も長身の、ヒューマンデブリだ。

 これを今から処分しなくてはならない。

 相変わらず耳障りなクダルの声が「行け」と命令する。アストンは無感動に頷いて、目を逸らすようにヘルメットをかぶった。そのままバイザーもおろしてしまう。可哀想なくらいに怯える新入りをうながしてヘルメットを着用するよう指示し、新参古参をたずさえて向かう先は整備用のハッチだ。

 〈ブルワーズ〉は宇宙海賊で、港に寄ることはまずない。物資も燃料も、人員だって輸送船や商船団を襲って調達する。それが海賊というものらしい。ナノラミネート塗料も道すがら塗り直す。そのとき艦にとりついてペイントを施すのはヒューマンデブリの仕事だった。

 命綱もなしに航行中の戦艦にへばりついて宇宙空間で作業をするのだから相当な危険がともなう。投棄されたエイハブ・リアクターがほうぼうで重力を発生させているデブリ帯では、一瞬の油断が命取りだ。慣性に流されて遭難し、戻って来られなくなるやつは少なからずいた。

 MS(モビルスーツ)を出せば探しにいけたかもしれないが、ヒューマンデブリなんかよりも推進剤のほうがよっぽど貴重で、宇宙のごみになった仲間を探しにいけるほど潤沢に与えられているわけじゃない。デブリ同士に面識があるわけでもない。

 阿頼耶識の適合手術に成功したヒューマンデブリが着せられるノーマルスーツだって一生に一着しかないのだ。

 アストンの足元でだぶついている裾がまっすぐに伸びるときにも、こうやって自分より小さなデブリの手で見せ物のようにむしりとられ、全裸に剥かれて船外廃棄されるのだろう。赤いラインのつなぎを着ていない以上、仲間なのかそうじゃないのかも判別できない。

 しにたくない、と、ヘルメットの内臓スピーカーごしに涙声がふるえている。アストンは何も聞こえていないかのように船外へと続くエアロックの前に立った。

 ひとつめの扉を開く。ふたつめの扉の前へと廃棄物を追い立てて、ひとつめの扉を閉じた。

 ふたつめの扉から一歩でも出れば、二度と息を吸えなくなる。

 

『しにたくない……っ!』

 

 今度こそ響いた慟哭が、真空に掻き消える音が聞こえた。開かれたハッチに吸い出されるように水分という水分が蒸発して、舌、口腔粘膜が冷たいまま焼けるのだ。窒息まではだいたい二〇秒かかるか、かからないか。涙が伝っていたせいで頬に延焼し、目玉がどろりと濁る前に、骨と皮だけの()()()を真空の宇宙へと蹴り落とした。

 捨ててこいと命じられれば従うほかない。ワンサイズしかないノーマルスーツが着られなくなったら着せる服などもうないし、遅かれ早かれ死ぬ運命だ。

 仲間だった産業廃棄物を遺棄し、扉を閉じる。無音の断末魔を見送ることもせず踵を返す。

 アストンのそばで『洗礼』を終えた新入りはどうすることもできずふるえていて、とにかく気密性の高いヘルメットの中で嘔吐しないようにと必死に耐えているようだった。

 目を伏せる。背ける。こうした役目がまわってくるのは、もう何度目になるのだったか。

 

 ヒューマンデブリはこうやって死んでいく。成長すれば捨てられる安い命なのだと思い知らせるように新入りに廃棄を手伝わせるのが、ここで繰り返されてきた洗礼だった。見せしめだ。ヒューマンデブリを養うには水と酸素が必要で、倉庫にはレーションやエネルギーバーが備蓄されているが、それだって数には限りがある。どんな物資も無限に手に入るわけではない。積み荷が重いほど推進剤を食うから、積載量だって限られている。

 まったくタダじゃ生きられないなんて本当にゴミクズだね! ――そうして殴られ蹴られ虐げられて、いつかノーマルスーツが着られなくなったら否応なしにお役御免にさせられる。

 だから〈ブルワーズ〉には空腹を訴えるデブリがいない。与えられた食糧も必要最低限しか口にしない。

 人でなくなるのがこわいとか細い声で嘆いた新入りは、名前をペドロといった。

 ガタガタふるえる手を引いてやりながら艦内へ戻る。産業廃棄物として暗い宇宙を漂う死体の名前を、アストンはもう思い出せない。

 

 

 

 宇宙海賊〈ブルワーズ〉は大型輸送船と二隻の強襲装甲艦、合計三隻で航行している。

 乗組員はほとんどヒューマンデブリだ。命令に従うか死ぬかの二択を迫られて、生きているやつはクルーとして便利に使われる。操舵、整備、戦闘、雑用、――どれも楽な仕事ではないが、強いて言うならアストンのいるMS隊は〈ブルワーズ〉における()()()と言えるはずだ。

〈マン・ロディ〉は高価な機体だ、自爆を命じられることはまずない。叩き付けられる暴力だって殴るか蹴るかといった肉体的なものだけだ。ブリッジからMS隊に移ってきたというペドロにとっては、およそ昇格にあたるのではないだろうか。

 常に大人の目が光る中で仕事をさせられる艦橋クルーに比べればきっと、薄暗い格納庫のすみで身を寄せ合う生活は案外悪くない。

 ……先住のヒューマンデブリを生きたまま船外投棄するという洗礼を受けさせられてショックで声も出ないペドロにそのことを言ってやるべきかと悩んだが、どこも地獄に違いない。元いた地獄よりいくらかマシな部類じゃないかとなぐさめたって何の救いにもならないだろうと、アストンは自嘲気味に目を伏せた。

 MS隊は六人一組にされ、いつでも出撃できるようにMSデッキにほど近い一室で寝起きする。あくまでも〈マン・ロディ〉の生体パーツという扱いだ。怪我をしたらさっきのやつみたいに捨てられる。病気になっても捨てられる。先日クダルの八つ当たりでパイロットが動けなくなり処分されてしまったから、その穴を埋めるためにやってきたのがペドロだった。

 四人が肩を寄せ合っているスペースに帰ってくると、アストンとペドロに視線が集まる。

「おかえり」と迎えたのはデルマだ。いくらか前に補充されてきて、そろそろ中堅どころになる。〈ブルワーズ〉に転売される前にはMW(モビルワーカー)を動かしていたらしく、MSの操縦にもすぐに慣れてしまった。

 頷き返して、奥へ進もうとすると、立ち尽くすペドロの肩が小刻みにふるえていることに気付いた。

 死の瞬間を見つめてしまったひとみに涙をためている姿に憐憫を覚えたのか、ビトーが「だいじょうぶだ」と不器用に声をかける。

 すると涙のダムはみるみる決壊し、わっと泣き出しそうになる口を、ビトーがあわてて両手でふさいだ。

 しずかにしないと、なぐられる。口のかたちだけで言い聞かせると、さっき見た光景を思い出したのかペドロの顔がさっと青くなる。

 まるで幼い子供のようで、ペドロのしぐさは何とも庇護欲をそそった。しゃくりあげる新入りを慎重になだめてやるビトーを眺めながらアストンはノーマルスーツを肩から落とし、両袖を腰もとでくくりつけると奥の廃材に腰をおろした。

 もうひとり補充されてきた少年が膝を抱えているすぐそばだ。お前は大丈夫か、という意味を込めて覗き込むと、昏い色のひとみがまたたく。表情を隠すように伸びた髪からは冷めきった双眸と、殴られたばかりの痣。

 同じ新入りなのにペドロとは相反して落ち着いた雰囲気をまとっている。

 

「まだ痛むか、昌弘」

 

「おれは平気」

 

 だからおれなんかよりもペドロを気遣えとでも言わんばかりに、昌弘は目を伏せてしまった。

 地獄から地獄へ転売されるヒューマンデブリ特有の諦観なのだろう。物心ついたころからこの格納庫の隅にいるアストンにはあまりピンとこない感傷だが、もがいたってどうにもならない環境だ。投げやりなところにはいくばくかの親近感を覚えて、アストンは「そうか」と独り言ちた。

 人間でありたいと拳を握るビトーと、人でなくなるのが怖いと泣くペドロ。あいつらはきっと相性がいい。出会ったころからビトーはああやって、憤ることで自分の心を守っていた。

 ここではどんなに肩を寄せ合って生き延びようとあがいても、ちょっとしたきっかけで命ごと奪われてしまう。失われていった仲間のために怒り、悲しみ、強い感情をぶちまけることで自我を保つ。そんなビトーに、感情を無にしなければ正気でいられそうにないアストンは寄り添えない。

 おれたちはデブリだけど、あいつらだって人間のクズだろ――そんなふうに切り捨ててしまうデルマのように強かになれればいいのにと、思うことならあるのだが。

 MS隊への配属は、まだマシなほうだとアストンは思っている。本当にそう思う。ハンガーは年中あたたかいし、常に大人の目が届くわけじゃないから文句や愚痴、戦術だって共有できる。雑談できる余裕もある。

 ここにいれば少なくとも、心まで踏みにじられることはない。

 担当が違えば別の役目が回ってくる。さっきみたいに大人の視線の前でノーマルスーツをはぎとられ、インナーまで奪われるさまを、舐めるように眺められるのだ。全裸に剥かれるところを娯楽にされる。今際のときに一度だけならまだしも毎晩のように蹂躙されるやつもいて、大人しく言う通りにすれば生きて戻って来られるのだと噂に聞けば、おぞましさに肌が粟立った。

 這いつくばって連中の靴を舐めるよりずっとマシだろ――と、新入りを励まそうとした自身の浅ましさに気付いて、アストンは頭を振った。

 反吐が出る。こんなの、もっとひどいところにいるやつを見下して自尊心を守っているだけだ。

 自責に沈むアストンの隣に、昌弘がそっと寄り添った。

「おつかれ」といたわる言葉はMSの整備中にレンチを手渡される無機質さで、それがアストンのささくれ立った感情を凪がせていく。

 昌弘は先日までこの艦のブリッジに詰めていたらしい。輸送艦のほうのブリッジからきたペドロ、いきなりMS隊に放り込まれていたデルマとは同時期に調達された転売組の一員にあたり、デルマと昌弘は顔を覚えていたようだった。

 艦橋のクルーたちは、いつ大人の汚い手が伸びてくるところかわからないところで働いている。何をされるかわからない場所だ。だから昌弘は目立たないように物静かな空気をまとっているのだろう。

 ふうと息を吐き出すと、両肩のこわばりを感じて、もう一度、細くため息を落とす。

 ペドロの『洗礼』にひどく緊張していたことを今さら自覚した。

 先住者の廃棄処分は、しくじると巻き添えになってしまうのだ。宇宙空間に放り出されるとき速攻で気絶できる幸運なやつはごくまれで、窒息しても死に到るまでは意識がある。死にたくなくてもがくから、船外へ蹴り出すときに袖や脚をつかまれてしまったら、慣性に流され、二度と船には戻って来られない。そのうちノーマルスーツ内の酸素も尽きて、全裸の死骸と一緒に宇宙のゴミになってしまう。

 ヒューマンデブリはそうやって死んでいく。

 みんな最期はああやって塵になる。ヒューマンデブリとはそういうものだ。

 声を殺して泣くペドロの嗚咽を子守唄に、アストンはそっと目を閉じた。休めるときに休んでおかなければ次の戦闘で撃墜されるのはおれかもしれない。

 危機感は、廃棄よりも戦死のほうがずっとマシだという傲慢でできている。

 

 

 

 ▼

 

 

 

 アストンは、自分がどこから来たのかを知らない。

 ここにくる前どこにいたかなんて覚えていない。苗字もわからない。幼心に「傷あり」と呼ばわられた記憶はあるが、それが誰だったのか、いつだったのかも不明だ。物心ついたときには〈ブルワーズ〉にいたし、MS隊の前にくる前には別のところにいたのかもしれないが、覚えていないからわからない。

 ただ、はじめてこの格納庫にきたとき、いやに暗い雰囲気だったことだけが記憶の片隅に残っている。誰かが死んだすぐあとだったのだろうと、後になってわかった。

 ほどなくテツヤ、ビトーがやってきた。いくらか経って、元いた三人がまるきり入れ替わったころにデルマが補充されてきた。はっきりと思い出せるアストンの記憶はそのころからだ。

 宇宙海賊〈ブルワーズ〉は、デブリ帯にひそみ、通りかかる商船や輸送船を襲って積み荷を奪う。

 その戦術は実に単純だった。

 まずはMS隊が先行して護衛のMSを船から引き離す。対空砲火をかいくぐって、旗艦の艦橋をつぶすことで船団そのものの足を止める。

 ブリッジをやったら強襲装甲艦で追いつき、突撃部隊が乗り込みをかける。ノーマルスーツに爆弾を巻き付けて走り込むのだ。艦内の隔壁が封鎖される前に各エリアに浸入してシャッターを降ろさせないようにする。その任務から生きて帰ってきたやつはいない。

 続いて船内へ白兵戦部隊が突入する。乗組員たちの抵抗にあって銃撃戦の中で弾避けとなって死んでいき、こっちの任務も半数ほどしか帰ってこない。

 制圧が済んだら、転売できそうな女子供を残して全員射殺だ。殺戮。略奪。積み荷の物色が終わり、救援などもう無意味だと一目で悟れる惨状ができあがったら、直掩についていたMS隊も機体を降りろとの命令が下る。

 こまごまとした後始末はデブリの仕事だった。無重力に飛び散る血液を死体の衣類に吸わせて拭き取りながら、死体袋に詰めていくのだ。千切れた腕や足も拾って詰め込む。ヘルメットの中で嘔吐してしまったデブリは、そこで死体とともに置き去りにされるのが常だった。どうしても気分が悪くなったら死体袋の中に吐きだし、とっととファスナーを閉じてしまうしかない。

 物心ついたころからアストンは、そういう仕事をして育った。

 戦って、殺して、死体を処理する。

 一仕事終えて格納庫の片隅まで戻ってくれば、ああ、帰って来た、と実感した。MSがそばにあるからかハンガー付近はいつもあたたかい。

 このMS隊に配属されたアストンは、運が良かったはずだ。

 仲間にも恵まれている。〈ブルワーズ〉には旗艦左舷のハンガー付近に暮らすアストンたちのほかにもMS隊がいて、一度だけ、戦場で共闘したことがあるからそう思う。

 あれは確か、大型輸送船団を狙ったときのことだった。エイハブ・ウェーブの反応で味方であることはわかったが、その戦い方はアストンたちとは大きく違っていた。

 

『しっかりやれよ、使えねえ野郎だな!』――八つ当たりめいた暴言が通信機ごしに漏れ聞こえたのだ。

 

 はっと別働隊のほうをあおげば、弱った仲間の機体で対空砲をしのぎながら、口々に罵声を浴びせている。背筋が冷たくなった。まるで大人たちのガス抜きみたいだ。

〈マン・ロディ〉は装甲が硬いぶん燃費も悪く、なのに推進剤を使いすぎると殴られる。しかし対空機関砲の弾幕をかいくぐるには推進剤を多く使う。だから各部スラスターのガスを効率よく使わないと帰投できなくなってしまう。銃弾を浴び続けていれば〈マン・ロディ〉の装甲だって長くは持たない。

 だからって仲間を盾にするなんて。着弾の衝撃にゆさぶられるコクピットの中で、パイロットがどうなるか……!

 

『おれたちは何も見てない!!』 ――デルマの声がアストンを呼び戻さなければ、仲間のもとへ戻って来られたかどうかも危うかった。

 

 件の別働隊が全滅していたことを、のちにクダルの繰り言から知った。

 連携して戦ったほうが合理的だと学んだ。どうすれば効率よく飛べるのかを実戦の中で試行錯誤し、標的にした輸送船で雇われていた護衛の傭兵たちからMSの基本戦術を盗み、情報を共有しあって連携や援護を、叩き潰し方を覚えていった。

 そのうちに誰かが死んで、また誰かが死んだ。

 戦死したやつもいれば、病死、餓死、狂死したやつもいた。

 熱を出して動けなくなって、そのまま宇宙に放り出されたやつもいた。

 クダルに殴られて意識を飛ばしたまま泡を吹いて冷たくなったやつもいた。

 八つ当たりの蹴りに吹っ飛ばされた先で鉄柱にぶつかり、串刺しになったやつもいた。

 MSがよこす膨大なフィードバックに耐えられず、頭から壊れたやつもいた。――あの日は奇襲をかけるはずの商船団の足が存外速くてなかなか頭まで追いつけず、追いかけっこをしているうちに、わらわらと出てきた傭兵たちと戦闘になってしまったのだ。

 推進剤の残量に意識をすり減らしながら戦って戦って壊して壊して殺して殺して、やっと旗艦にハンマーチョッパーを叩き込んだものの、予想以上に長引いた戦闘のせいで残弾はわずか。ずっと前衛にいたデルマ機などガスが尽きてしまって、手に手を取り合って六人で帰投できたことはほとんど奇跡のようだった。

 船に戻れても、コクピットから出ることができたのは五人だけだった。呼びかけても開くことのないハッチを外からこじあけたところ、そこにはヘルメットの中をどす黒い液体でいっぱいにして、四肢をがくがく揺らす無惨な姿があった。慌てて手を握っても痙攣はやまず、体液という体液を垂れ流す。

 鼻血と吐瀉物にまみれ、脂汗で額をべたべたにさせながらもバイザーを開くことなく、アダプタを取りはずすまで意識を保っていたのは、きっと後始末をさせる仲間への気遣いだろう。阿頼耶識の接続を切り離したとき、アストンの手を最期の力で握り返して、そして涙まみれの双眸を閉ざした。ぐんにゃりと動かなくなった身体をコクピットからはがしとりながらビトーがわんわん泣いていた。

 フィードバックの負荷に耐えきれず、延髄をやられてしまったのだろう。頭蓋の内側から情報の渦に殴りつけられる感覚は阿頼耶識使いなら誰しも覚えのあるものだ。

 おれたちもいつかこうやって壊れるのかもしれない。そのときはおれも最期の最後まで仲間のために耐え抜いてやるんだ――と、残された五人、肩を寄せ合って静かに泣いた。赤くなった目元をクダルに見咎められ、弾薬と推進剤をこんなに使いこみやがってと罵られても、その日の拳はいつもより痛みを感じなかった。

〈ブルワーズ〉のMS隊はクダル・カデルによる適性検査のもとで配属される。いきなり〈マン・ロディ〉に繫がれるのだ。鼻血を噴かなかったら合格で、膨大なフィードバックに気絶してしまう新入りは後を絶たない。そのまま死んでしまうやつもいる。意識が戻っても腕や脚が動かなくなっていることはざらにあった。だから戦場で同じことが起こることも、充分に想定できた。

 ヒューマンデブリは、そうやって死んでいくものなのだ。

 運良く生き残ったアストンたちはまだ生きていて、MSに乗っている。今いる仲間と手を取り合って生きていく。死んだやつのことは忘れる。それしかできない。

 おれたちはデブリだ。どこへも行けない。――暗示をかけあって疲れた心身を休めながら、もう一度目を覚ますことができるだろうかと問いあうことはしなかった。

 漠然とした不安と焦燥を抱えたまままハンガーの片隅でまどろんで、起床できたのはアストンを含めて四人だけだった。

 

 

 

 四機じゃ頼りないねえ……などとクダルがこぼし、ほどなく連れて来られたのが昌弘だった。

 艦内にいたからすぐに連れてくることができたのだろう。〈マン・ロディ〉のフィードバックに耐えたらしい。幸か不幸かその日は戦闘がなく、五人で死体拾いをさせられた。

 一仕事終えたころにペドロがやってきた。

 輸送船のブリッジから引きずられてきたペドロは、背丈こそ同じくらいだったが、しぐさがどことなくあどけない、幼い印象を与える少年だった。戦闘を見慣れていないせいなのか柔和そうな雰囲気をまとってもいる。すれていないところが大人どもに気に入られて、ブリッジにいたのかもしれない。MS隊への異動は監視の目を逃れられたととることもできるが、ペドロにとっては捨てられたような心地だったのかもしれなかった。

 格納庫の片隅しか知らないアストンに、ペドロの気持ちはわからない。仲間の死に流す涙だってもう涸れてしまった。泣かなくていいように何とかしてやりたいと考えたって、かけられる言葉は浮かばないし、できることといえば与えられた命令の通りに戦って戦って戦って、今ある呼吸を続けていくことくらいだ。

 

 

 

 ▼

 

 

 

 でかい山だ、気合いを入れろよゴミクズども! ――きぃんと耳に痛い怒鳴り声で叩き起こされ、拒否権もなしに〈マン・ロディ〉に乗り込んだのは、ペドロの涙が涸れたころだった。

 捕捉された機影は哨戒中らしき〈グレイズ〉とMWが各一機。作戦はペドロ・ビトー・アストンの三機で強襲をかけて〈グレイズ〉を撃破、MWを鹵獲するというものだ。戦艦の大型エイハブ・リアクターがいくつも投棄されているここでMSのリアクターをとらえるのは容易ではない。遮蔽物を利用しながら三人、うなずきあって接近する。

 はじめて前衛に切り込むペドロの緊張が通信機ごしに感じられ、アストンは意識の外で細く息を吐き出した。

 先日の作戦で無茶をさせられ仲間を亡くし、六人目の補充はいまだない。弟分の前で泣くに泣けなかったビトーとの三人編成に不安がないと言えば噓になった。デルマ・昌弘のほうはふたりで出ることになるだろうから、そちらも気にかかる。

 初陣を切って間もないペドロはまだ近接戦闘に不慣れで、推進剤を効率よく使えない。連帯責任でみんな殴られるよりはと今回も後衛に下げるつもりでいた。

 ところがクダルはペドロの真正面で脚を止め、毒蛇のように笑ったのだ。

「今回はお前が先行しな」と命令を突きつけられて、白兵戦が一番うまいデルマもクダルの指揮下についている。

 別にかばっていたわけではないし、盾になってやったわけでもなかった。戦闘に不慣れなやつを前衛に出したら死ぬ。そのせいで仲間を何人も失ってきた。今の五人ならばデルマやアストンが前衛に飛び出すほうが合理的だったからそうしていただけだ、ペドロを守るためじゃない。

 この三人だったらおれが……と考えて、クダルの命令に背けばペドロともども八つ当たりされるだけだと思考を投げ出す。命令通りにやらなければ余計な面倒を抱き込んでしまう。

 デブリの岩場の間を縫うようにして慎重に距離を詰めると、目標が視認できた。

 ちぐはぐな装備の〈グレイズ〉と、丸腰のMWだ。

 

 

 

「――勘付かれた、船に戻られるぞ」

 

『その前に仕留める!』

 

 ぐっと奥歯を噛みしめたのだろうペドロがバーニアをふかす。突撃の合図だ。三機編成のMS隊が連なって加速する。

 

『気をつけろよ、ペドロ!』

 

「おれたちが援護する」

 

『だい、じょうぶだ……!』

 

 サブマシンガンを構えるとペドロは勢いのまま、船に戻ろうとする〈グレイズ〉の退路に割り込んだ。相手パイロットの練度はそう高くない、MWを背負っていては回避もたやすくはないはずだ。アストンとビトーが弾幕で足を止めている、これならいける! ペドロが腰元のハンマーチョッパーを引き抜き〈グレイズ〉に肉薄した、

 

 ――はずだった。

 銀光一閃、一拍遅れて警告音がコクピットを赤く染める。アラートが鳴り渡り、エイハブ・ウェーブを検知したと今さらのように計器類が騒ぎだす。膨大な質量を感知。視界をよぎった白い機体は見たこともない得物を携え、緑色の双眸をぎらつかせる。

 

「なっ……何なんだよあいつ! どこから出てきやがった、」

 

 付近に敵影はなかったはずだ。投棄されたエイハブ・リアクター群に邪魔されて策敵が遅れることはままあるが、航行速度に限りのあるデブリ帯では高速で奇襲をかけてくる相手なんているわけがないのに。

 ありえない。こんな見晴らしの悪い岩場を一気に抜けてくるなんて、一体どうやって……! 味方に当てないためにと引き金から離していた指先が冷たくふるえる。

 

『おい、うそだろ……』

 

 茫然と取り落とされたビトーの声は、アストンとは別のものを見ていた。

 スピーカーから届くにぶい金属音。ごり、ごり、と硬い何かを削って火花を散らす音だ。その向こう側で喉をかきむしってもがく幼い嗚咽。粘膜が焼け落ちるようなそれに、アストンの意識が一気に引き戻される。

 ハッと気付いたときにはもう遅い。

 

『ひ――っあ…… うぁ、あ゙ああっあ  ぁ          』

 

 ひび割れた悲鳴がふつりと途切れ、アイセンサーが不吉に瞬いた。そのまま光が失われる。白目を剥くようにして〈マン・ロディ〉が沈黙し、ほとばしった断末魔が通信機を越えることはなかった。

 ペドロ。――弟のように新入りを可愛がっていたビトーが、声をおののかせる。

 

『ペドロッ!! てめえよくも、ペドロを……っ ペドロを!』

 

 駆け出すようにビトーがサブマシンガンを向けるが、白いMSはペドロの機体ですんなり退けてしまう。〈マン・ロディ〉の装甲に跳ね返された弾丸が散る。

 

「ビトー、」

 

 頭に血がのぼる感覚が通信機ごしに迫ってきて、アストンは浅くなる呼吸を自覚した。同胞をやられ、あまつさえ盾にされて銃口をおさめなければならず、行き場をなくした激情を今にも暴発させてしまいそうな仲間を呼び戻す。

 

「落ち着けよ!」

 

『けどペドロが!』

 

「だからだろ! 連携して、おれらで仇をとるぞ!」

 

 でなければ全滅だ、とは言わずアストンは、ビトーがコンソールに拳を叩き付ける音を黙って聞いた。直情型のビトーと組んでいる今、冷静さを失うことはできない。

 あの白いMS――見たこともない姿をぐるりと改め、操縦桿を握りしめる。怒りも恐れも封じ込める。

 これほど接近するまでアラートが出なかったことが喉奥に引っかかっていた。策敵が間に合わないほどのスピードで飛んできたということだ、〈マン・ロディ〉のリアクター出力では追いつけない。うかつに背を追えば推進剤が尽きてしまう。

 距離を取りすぎれば取り逃がしてしまう。

「あいつはこっちを敵だと認識してる」とアストンがさいわいに思ったことを、察したのか。

 緑色の眼光。目が合う。

 

「来るぞ!」

 

 脈打つ鼓動のアラートが大きくなる。

 

『おれから行く!!』

 

 脊髄反射のようにビトーが駆け出し、ハンマーチョッパーを引き抜くと、ビトーは背部スラスターから一気にガスを噴射した。おれは冷静だと示すようにアストンをちらりと振り返る。

 

『援護頼む!』

 

「気をつけろよ……!」

 

 バーニアをふかして応じる前衛に続いてアストンもペダルを踏み込んだ。サイドスカートをぱくりと開くと、手榴弾を投げ放つ。マシンガンのトリガーを絞った。着弾。煙玉が割れ、吹き出したスモークが一帯を覆う。白煙に(とざ)されてモニターが役に立たない中では、阿頼耶識をつけたヒューマンデブリが圧倒的に有利に立つ。

 脚部のスラスターを用いて出力を抑えながら接近し、視界を奪われた白い機体に後方から奇襲をかける。ビトーが一撃を食らわせたら、ナノラミネートアーマーが脆弱になったところへ弾幕を打ち込んで、とどめを。……いけるはずだ。トリガーに手をかけたまま息を詰めて状況を見守る。無防備な背中に向けてハンマーチョッパーを振り上げ、柄のスラスターを噴射――あの距離ならコクピットまで一息に叩き潰せる。

 しかし次の瞬間、敵機はビトーの射程からするりと掻き消える。振り返りざま身を反らしたのだと気付くと同時に、強烈な蹴りを食らって吹っ飛んだ。

 

「ビトーッ」

 

 援護にマシンガンを放つが当たらず、左腕、続いて右足に衝撃が走った。

 

「あいつこの距離で……!」

 

『気をつけろ! あいつもおれたちと同じ、阿頼耶識使いだ……!』

 

 深追いはまずい、危機感の警鐘と命令違反の体罰が同時に過る。

 奴の三〇〇ミリ滑腔砲は、遠距離かつ正面に食らったから殴られた程度の衝撃で済んだものの、近距離で当てられればさすがの〈マン・ロディ〉でもただでは済まない。スラスターにかすりでもしたら一発で戦闘不能になってしまう。

 それから、あの細い武器。見たところ威力増強用の噴射口すらついていないから〈マン・ロディ〉の厚い装甲を抜けるほどの威力は出ないはずだ。ただ先端が尖っていて、装甲の隙間を刺突されたら致命傷になる。

 どう戦う? どうすれば撃破できる……!

 とっさにビトーが白いMSを追おうと加速するが、目標はそっちじゃない。

 

「くそ、〈グレイズ〉が……!」

 

『おれたちが行くッ!』

 

「デルマ! 昌弘、――!!」

 

 たのむ、と短く跳ね返し、アストンは宙空に放り出されてただよう〈マン・ロディ〉を見遣った。グローブの中ではまだ仲間の仇を諦めきれない指先がふるえている。

 

「……おれたちは一旦戻る」

 

 あの白い機体を取り逃がすより、〈マン・ロディ〉を宇宙に放り出したほうが手ひどく叱られるだろう。いまだ怒りの矛先をおさめきれないビトーも、このままではまともに戦えそうにない。

 推進剤が尽きる前に、おれたちでペドロを連れて帰ってやらなきゃ。――完全に沈黙した〈マン・ロディ〉にワイヤーフックをひっかけ母船へ急ぐ。コクピットに武器を突き立てる格好でやられた以上、ペドロはもう生きてはいないだろう。エイハブ・リアクターが稼働していないコクピットから酸素は漸進的に尽きていく。万一生きていたって助からない。今この間に窒息しているかもしれない仲間の手を、いつものように引くことはできなかった。

 一体誰が悪いのだろう――考えてしまいそうになる思考を放り出す。いつまでも弟分扱いしていたおれたちにも非はあった。効率的に戦うためにとペドロを後ろに下げていたら、前へ出せと命令されて、結果失ってしまったのだ。

 だけど。現実を見れば心をやられてしまう。ヒューマンデブリをこき使う大人を恨んだって無駄だ。ごみくずが、今さら何を言ったって。

 死体を見ても何も感じないようにしていなければ。仲間が死んでも、いつものことだと思わなければ。死んだ同胞の名前は忘れなければ。そうしなければ生きていけない。

 どうにかエアロックにペドロ機を押し込んで、ふたたび飛び立とうとしたときだった。

 信号弾がまたたいた。

 クダル・カデルの〈ガンダム・グシオン〉から放たれた撤退の報せだ。仇を討てなかったビトーは慟哭し、しかしアストンはどこかで安堵してしまう自分に気付いた。

 今ここでビトーまで失ってしまったら、もう誰も生き残れないような気がした。

 遅れて帰投してきたデルマが悔しさに奥歯を噛みしめても、昌弘が顔を真っ青にしても、それまでにしなければ仲間は減っていくばかりだろう。

 人間でいられなくなるのがこわいと嘆いた新入りの顔が、アストンにはもう思い出せない。

 

「…………っ」

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 見送りを済ませる間もなく次の戦場はやってきた。

 人質を逃がしてしまったせいか昌弘は浮かない顔をして、報復に燃えるビトーとは対称的だ。

 勝てるだろうか、とアストンはふと考える。

 あっちは白いMSと〈グレイズ〉、汎用機が二機と高機動型一機。それから戦艦が二隻だ。装備がちぐはぐなのは〈グレイズ〉だけで、他のパイロットは練度も高く、各機体の機動性も〈マン・ロディ〉をはるかに上回る。うまく連携して戦わなければやられてしまうだろう。先日の戦闘でMWを生け捕れなかったのは痛手だった。

 戦力差を鑑みれば今回は、アストンたちとは離れて暮らすMS隊たちも駆り出されてくるのだろう。連携できるかもわからない味方とともに戦場へ出るのは、端的に言って不安だ。白い機体には同じ阿頼耶識使いが乗っているし、あのMSは〈マン・ロディ〉よりもよほど身軽である。スラスター出力では追いつけない。こんなデブリの岩場では土地勘のあるおれたちのほうが有利に立てるはずという従来の戦法を覆すように、あいつは凄まじいスピードで動き回る。

 頭の悪いおれが何を考えたって無駄だと思考を投げ出し、コクピットに乗り込んだアストンはコンソールに触れた。ブートアップをかけると背中がじくりと熱くなる。目の奥に熱が及ぶ。阿頼耶識でつながれば、〈マン・ロディ〉のアイセンサーがとらえる光景は、そのままアストンの視界になるのだ。

 網膜投影というらしいこのシステムは、はじめはコクピット内の景色と外の景色がだぶって見えて、それは混乱したものだった。慣れてしまった今では三角形が三つ組み合わさって並ぶアイセンサーをきょろきょろさせて、あたりを見渡すこともできる。

 ハンガーではすべての〈マン・ロディ〉が既に起動していて、アストン機が最後のようだった。整備を担当するヒューマンデブリたちが無重力を漂いながら出撃前の最終確認を行っている。装甲や推進剤のチェックだろう。整備そのものはアストンも手伝うのだが、なにしろ文字が読めないので工具の受け渡しがせいぜいである。役に立てることのほうが少なく、最終チェックの段階になるとコクピットに乗り込んで阿頼耶識につなぐくらいのことしかできない。

 いけるか、と機体ごしに小声で問われて、ああと頷く。もしもアストンたちMS隊がこの船を守りきれなかったら機体を整備してくれている彼らは宇宙の塵になる。ブリッジに詰めるデブリたちもそうだ。大人たちはともかく、この船にはMS数の十倍以上もの同胞が乗っている。

 だから戦わなければならない。他にできることもない。この格納庫より他に帰る場所もない。

 整備士たちのハンドサインに見送られ、カタパルトから宇宙へ飛び立つ。

 ビトーがざわりと殺気立つ気配に、細い息を詰めた。

 

『あの白いMSだ……!』

 

 最悪の相手が斥候としてやってきていた。




初出: 2017/02/26
改稿: 2018/01/23

"Do Human Debris Dream of Pinocchio's End?"

昌弘、アストン、デルマ、ビトー、ペドロまでしか名前がわからなかったので幻の六人目は『テツヤ』にしました。
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