鉄血短編集 -FILLING BLANKS-   作:suz.

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20〜24話の間の話。
(地球降下組のためにイサリビが囮になってグラズヘイムに吶喊して、オセアニア連邦に匿われてからエドモントンにMWで加勢に来るまでの間の話)


生命の泉

 鉄華団のロゴマークを見て『魚』を連想したやつは何人かいた。

 口に出したお調子者はシノだけだったわけだが、ユージンだって魚を連想したひとりだ。CGS〈クリュセ・ガード・セキュリティ〉の社名を塗りつぶした壁面に赤い花が咲いたとき、思い起こされたものはいつぞやクリュセの市街地で見た、ビルの側面を水槽に見立てて描かれていた巨大な図画だったのである。

 地球に生息し、水中で生きるという、生き物。青く青い巨大壁画を前にユージンはぽかんと口を開けてしまって、間抜け面だとシノに笑われた。……苦い記憶だ。だが、はじめて見上げたときはそれほどのインパクトがあった。

 本物の魚だって、なんなら赤い花だってデータ以外で見たことがない。空想上の生物と変わりない。情報として知ってはいても、水資源がとかく貴重な火星では一生まみえることはないと思っていた。

 生きて、泳いでいる姿を。

〈イサリビ〉のキャットウォークで目にしたときは、胸がふるえた。

 宇宙の神秘に触れた心地であった。格納庫には水など満ちていないはずなのに、透明な空間を小さな魚たちがゆったりと泳ぐ光景に圧倒される。ヒューマンデブリ用のお仕着せだという白いノーマルスーツの赤いラインがたゆたうそのさまは、いつか見た『ニシキゴイ』なる水槽の絵よりもよほど優雅だ。

 ざわりと全身の毛穴が開く。我知らず無重力に足をとられそうになったユージンの手をつかんだのはチャドだった。

 引き戻された靴底の磁石がかつりと足場をつかまえる。思わず目をまるくすると、チャドもまたハンガーを泳ぐ魚たちをあおいだ。

 

「うまいもんだよな」

 

 推進力もないのにすいすいと無重力空間を進み、ときに手をとりあっては反発を利用してきびすを返す。互いを逆方向への加速に使うとは、よく考えたものだ。ユージンたちも伊達に阿頼耶識をつけていないので無重力空間でもそれなりに動くことができるが、陸で育ったこともあって自由自在とまではいかない。

 

「……ああ」

 

 スラスターも慣性制御システムもついていない生身の肉体でも、重心移動と呼吸によって方向を転換し、壁を蹴らずとも柔軟に格納庫を回遊している。何の支えも必要とせずに、行きたい場所へ向かっていく。

 これが()()という動作なのだと腑に落ちる。

 かたわらでヒューマンデブリだった少年たちを見守っているチャドの口元に浮かぶ淡い笑みは、郷愁にも似た誇らしさだ。

 

 

 鉄華団の主戦力はクーデリアを連れて地球へ降下し、母艦〈イサリビ〉に残ったユージンたちは今、オセアニア連邦の宇宙港に匿われている。

 ドルトコロニー群の労働者たちを月外縁軌道統合艦隊〈アリアンロッド〉の虐殺から救った英雄として歓迎を受け、いつになく贅沢な心地だ。ドルト公社、ひいてはアフリカンユニオン政府は労働者たちを劣悪な環境で奴隷のように使い潰すことで甘い汁をすすっていたとして、世間から白眼視される。そんなタイミングでオセアニア連邦は鉄華団を秘密裏に支援したわけだ。ギャラルホルンも万能ではないことがよくわかる。

〈ハンマーヘッド〉ともども燃料・食糧をたっぷり補給させてもらったから、火星への帰路くらい賄えるだろう。懐があたたかいとまでは言えないものの、評判はひとまず上々。胸を張ってオルガに連絡を入れることもできた。ビスケットの実兄――サヴァラン・カヌーレというらしい――の訃報にはさすがに面喰らったものの、預かった遺書はきっとビスケットの明るい未来を願うものだとユージンは信じている。

 宇宙海賊〈ブルワーズ〉から保護してきた元ヒューマンデブリたちにも一足早くあたたかいスープを振る舞ってやれた。温度のある食べ物に目を白黒させる微笑ましい姿を録画したから、この仕事が終わったら昭弘に見せてやろうと考えている。チャドやダンテがあれほどほっとした顔をしていたのだから、感動のあまり涙ぐんでしまうに違いない。

 宇宙海賊の『残党』と呼ぶには語弊のあるわずか十人の生き残りは、みんな素直で働き者だ。

 タービンズの姐さんたちが訪れては食事に勉強にと世話を焼いてくれるさまを見ていたせいなのか、口々におれにも仕事がほしいと言い出した。海賊船で鉄くず以下の奴隷扱いを受けてきて、まだまともに飯も食えないというに、何とも健気なガキどもである。

 あのなあ、とダンテがたしなめたが、働きもせず匿われていることに罪悪感があるらしい。

 よおし、お前ら何が得意だ? ――とユージンが意気揚々と問うたときには、なんでも……とか、目を泳がせて要領を得ない言葉をぽろぽろこぼしたくせに。ふっと笑いがこみ上げる。

 

 ――何をしたい? お前たちは何をしてると落ち着くのか、教えてくれないか。

 

 チャドが目線をあわせてたずねれば、きょろきょろと目配せしあったあとに、これまで何をしていたかを打ち明けはじめたのだ。

 MSのスラスターまわりの整備だとか、ネジしめだとか。あるいはナノラミネート塗料の塗り足しだとか。全員もれなく阿頼耶識(ヒゲ)つきだが全員が戦闘員というわけではないようで、鉄華団にはいなかった管制スキル持ちもいる。なるほど海賊船に未練はなくとも、元整備クルーたちには技術があり、機体への愛着があったらしい。こまごまとした手仕事が精神安定になるという気持ちもわからなくはない。

 さいわい〈イサリビ〉のMSデッキには〈マン・ロディ〉三機が売却されず残っていた。改修のあてがなく市場に出せなかったそれらを与えてみたところ、なんと動かせるまでに回復した。鉄華団の役に立とうと頑張ってくれたのだろう。まだタカキやライドくらいの年ごろだろうに、懸命に恩に報いようとする姿は、どこか物悲しい。

 本音を言うならばユージンだってダンテ同様、仕事なんかよりも休息を優先しろと説教してやりたい。鉄華団の年少組に比べると発育の悪さが目立つし、顔色だって土気色のままだ。痩せぎすの腕は棒切れみたいで、胸元なんて鎖骨どころか肋骨が見えている。アバラが浮いているとかそういうレベルではない。骸骨のような痩せかたはただただ痛々しい。

 食事のときも、これで一人前だと何度言っても二〜三人で分けあってしまうし、風呂に入れてもカラスの行水で、きっちり洗えと叱りつけてみたって「水は貴重だから……」と遠慮する。抑圧された育ちのせいか寡黙だし、生活音を殺す癖がついていて、亡霊もびっくりの気配のなさだ。

〈ブルワーズ〉から押収した艦を楯として使うことに了承をとったときにだって、誰も彼もがなぜおれたちに聞くのかと目を瞬かせた。

 何もかも道具として好きに使われるものだと何の疑問もなく思い込んでいる、これが『ヒューマンデブリ』という呪いなのだろう。当人たちが平然としているだけに根本から否定するのも気が退けてしまって、チャドとダンテに任せがちになっていた。(あのふたりは同じデブリだったと明かしたおかげか多少なりとも懐かれているらしい)

 ヒューマンデブリという生き方を、ユージンはあまりいいものだと思っていなかった。だってそうだろう、クソみたいな安値で一山いくらと売りさばかれる、使い捨ての奴隷なのだ。みんな病的に痩せこけていて、落ち窪んだ目をしている。

 それでも無重力の宇宙で育った子供たちは、こんなふうに自由に宙空を泳ぐのだ。

 劣悪な環境でも強く生きる知恵と勇気を勝ち得ている。

 格納庫を泰然と泳ぐ姿を見て、オルガの言った『宇宙で生まれて宇宙で散ることを恐れない、誇り高き選ばれたやつら』という言葉の意味を後馳せに反芻することになるとは。

 

 

 見上げていれば、不意に、ひとりの子供と目が合った。名前は何だったか……と記憶を手繰るより先に、チャドが「デルマだ。隣のやつがアストンな」と短く紹介した。

 麦わら色のおかっぱ頭がふわりと浮いて、隣の黒髪――アストンと短いアイコンタクトをひとつ。両者ともに方向転換しておもむろ足を縮めたと思うと次の瞬間、絶妙なタイミングで互いの靴裏を蹴り飛ばした。

 ドロップキックの要領だが、無重力では踏ん張りがきかない。ブーツの裏に仕込まれた磁石の反動を利用したのだ。アストンをぶん投げて振っ飛んでいったデルマが壁にぶつかる手前で器用に方向転換し、壁を蹴る。

 先にキャットウォークに到着したアストンは柵に靴底をあてて勢いを殺し、遅れて飛んできたデルマの手をつかまえた。

 ユージンが差し伸べた手はきれいにスルーされてしまっ……たので、手持ち無沙汰に腕組みをした。とっさに格好をつけたことを察して、かたわらでチャドが苦笑する。

 ゴホン! と咳払いで二重にごまかした。たれ目がちのグリーンアイズが場都合悪げにさまよったが、言いたいことは決まっている。

 

「〈マン・ロディ〉の整備、ありがとうな」

 

 まず礼を述べてやれば、いえ、と両者ともに首を振った。格納庫をふりあおぐのは整備を担当した同胞を探してのことだろう。ちらりと顔を見合わせてあってから、デルマのほうが口火を切った。

 

「おれらも仕事したい、……です」

 

「おう。お前らは何がしたいんだ?」

 

「ヒューマンデブリは戦うのが仕事だから……」

 

 言いよどんだデルマに、ユージンは「知ってる」とため息をつく。

 

「それは過去の話だろ? 今は別に戦わなくたって構やしねえよ」

 

 戦えと命じるつもりもない。オルガだって戦わせる気はないだろう。火星に帰れば、あるいは警護の仕事もやるのだろうから実働部隊への配属を希望するならやぶさかでないが、その前にまずガリガリすぎる痩躯をどうにかしてもらわねばならない。痩せっぽちでは見ているほうが不安になる。

 でも、と頬に傷のあるアストンが食い下がる。

 

「おれたちは戦力になる」

 

「それも知ってるっつの。タービンズのエースと戦って無事に戻ってきたんだ、戦闘練度は疑ってねえ」

 

 宇宙でのMS戦に限って言えば三日月以上の経験値だろう。武闘派で知られる宇宙海賊〈ブルワーズ〉のMS部隊として、もう何年も〈マン・ロディ〉を駆っているというのだから、くぐってきた修羅場も十や二十ではないはずだ。旧式のMWしか配備のなかったCGSではどうやったって積めない経験値を持っている、そのことはオルガも高く評価するだろう。ラフタやアジーとまともに殺し合った経験があるというだけでも並大抵ではない。

 だがな、と、ユージンは前置きする。

 

「仕事がないのがそんなに不安か?」

 

 お前らはもう鉄華団の一員なんだとチャドやダンテが諭しても、まだ『鉄華団用の肉盾になった』くらいにしか思っちゃいないのか。骨の髄まで奴隷根性がしみついているのはよくわかったが、海賊船の備品だった反動でオルガを恩人扱いしているふしがあって、身を呈して死にやしないかと心配になってくる。

 生き残ってきたぶん『生』にガツガツしているかと思いきや、ちっともそんなことはない。

 

「――よし、お前ら筋トレしろ」

 

「えっ」

 

「……は?」

 

 デルマとアストンが時間差でぽかんと小さな口を開け、きょとんと目をまるくする。ユージンのそばで成り行きを見守っていたチャドが「なるほどな」と苦笑した。

 

「地球へ加勢に行くんなら、お前らじゃ頼りないもんな」

 

「頼りない……」

 

「そうだ、地球は1Gなんだぞ? 重力の中じゃ泳げないだろ?」

 

「そーゆーことだ! 戦いたいならまず体を鍛えろ。食って、寝て、話はそれからだ!」

 

 胸を張って宣言する。英雄扱いに浮かれていたユージンは、そのたびにタービンズの女たちから背中を叩かれ、胸を張ることを覚えた。オルガが描く『本当の居場所』とやらを目指すことにもう迷いはない。クーデリアを地球に送り届ける仕事も、タービンズと交わした盃も、〈ブルワーズ〉からヒューマンデブリたちを賠償金代わりにブン取る判断だって正しかった。オルガが下した決断は鉄華団にとって利になるものであったと、悔しいが実感している。

 リーダー不在の今ここで、指揮をとるのも士気をあげるのもユージン・セブンスタークが預かったと自負している。

 戦力になることは誇りだろう。頼られることは誇らしい。自身が阿頼耶識持ちの宇宙ネズミだからユージンにだってわかる。

 今ごろ地球でエドモントンの議事堂を目指しているという本隊に合流したい、加勢したいのはユージンの本音であり、チャドやダンテの総意でもあるだろう。そこに元ヒューマンデブリの連中も連れて行けば、これ以上なく頼もしい戦力になるはずだ。

 だが、そのためには生き残って鉄華団とともに火星へ帰る心意気を見せてもらわねば。増援部隊に加えたせいで死なせてしまいましたでは、オルガよりも昭弘に合わせる顔がない。

 

「お前らが宇宙で戦えるやつらだってことはおれたちだって知ってる。けど、これから戦うんなら場所は地球だ。そこでも戦える、無事に帰って来られるんだってことを示してみせろ」

 

 できるだろうと発破をかける。鉄華団がたどり着く場所は火星だけではない。やっぱり宇宙で暮らしたいと言うなら共同宇宙港〈方舟〉に停泊させた〈イサリビ〉艦内を生活拠点にしたって構わないし、〈マン・ロディ〉で戦い続ける選択だってどうせオルガなら尊重する。

 だが、今すぐ仕事がほしいなら、その仕事内容は自分自身のメンテナンスだ。

 戦いたいと心の底から思うなら――と試す意味合いもあったが、デルマとアストンの目は雄弁に、やってやると叫んでいる。水を得た魚とは、こういうことを言うのだろう。チャドがまぶしそうに目を細める。鉄華団は戦闘力だけが取り柄だが、生命力もまた不可欠である。

 

「地上に降りたらお前らも、このジャケットを着るんだからな」

 

 アトラが厨房を預かるようになってからはCGSみたいに成長をうながす薬入りのポレンタは出なくなったから、一朝一夕で身長が伸びたり筋肉がついたりということはない。今はオセアニア連邦やタービンズの姐さんたち、本隊に合流すればアトラが振る舞ってくれる美味い飯を腹一杯食って、地道に鍛えて、それぞれのペースで成長していく。それが鉄華団のやり方だ。……と、オルガならばきっとそう言う。

 ユージンは満足げにうなずき、こいつらを連れて地球へ降りるのだと自分自身に宣言した。

 

 あいつらに合流したら言ってやらねばなるまい。華を象ったというロゴマークが『魚』のようにも見えたのは、錯覚などではなかったのだと。

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