鉄血短編集 -FILLING BLANKS-   作:suz.

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45〜46話の間の話
(シノがフラウロスで特攻したときに見た走馬灯)


P.D.325
星屑は憶えている


 それは誰かの記憶だった。

 襲いくる集中砲火をかいくぐり、被弾してなお仲間のために前へ進む。今ここで犠牲になったとしても一矢報いることができれば船で待つ仲間たちには希望を残してやれるはずだ。――そんな痛ましい覚悟の記憶がノルバ・シノの脳裏に流れ込んでくる。

 考えることを別の誰かに押し付けたせいで、取りこぼしてしまった選択肢。悩み苦しむ家族を、あのとき支えてやっていたならば。ああ。後悔に継ぐ後悔が押し寄せてくる。手を伸ばさなかった希望の光が、弾けて消える。砕け残った破片には、お前のせいだと書いてある。

 まるで昨日のことのように鮮やかに追想される光景は、阿頼耶識ごしに伝わる誰かの過去だとわかった。

 

 視界がだぶって見える。膨大な情報の渦が脳髄を内側から殴りつけてくる。網膜投影と似て非なる二重のビジョンを振り切るように、シノは〈ホタルビ〉の甲板を蹴った。

 正面にはアリアンロッドの艦隊がある。何らかの妨害を受けて〈ダインスレイヴ〉を決められなかったシノは、ここで戦死しようともラスタル・エリオンとかいう総司令官の首をとらねばならない。それが無理でも、せめて〈イサリビ〉が無事に宙域を離脱できる時間を稼がなければこのまま全滅してしまう。

 ナパームの着弾により延焼する足元へ、加速のためのペダルを強く踏み込む。反動で炎が波打って押し寄せる。スラスターが残り少ないガスを吹き上げるたび引火の熱がぶわりとコクピットへ広がる。熱い。……熱い。比喩でなく身を焼かれる痛みに歯を食いしばって、シノはただただアリアンロッド艦隊に肉薄すべく死地へと急ぐ。

 家族が生きる明日のために体を張るのはおれであればいい。シノは常々そう思っていた。指示を誤って誰かを死なせるのはもうたくさんだった。仲間を失うのはうんざりだった。だけど、どうせ戦う以外にできることなど何もない。それなら前線に立って、体を張って、力を尽くして、今の自分自身がどうすれば目の前の敵を倒せるのか試行錯誤しているほうが、ずっと性に合っている。

〈ガンダム・フラウロス〉のパイロットは、やはりそのように考えるものなのか。

 焼け落ちそうな包帯を見つめてシノはうっそりと笑んだ。

 

 

 誰かの記憶の中で戦うフラウロスは、白と青で塗装された、シノに言わせればずいぶん地味な機体であった。

 

『これで、終わりだ……!!』

 

 喉が叫ぶ。がらがらに焼けてかすれた声帯はシノのものではなかったが、阿頼耶識でつながっているせいか自分のことのように感じられる。視界いっぱいの赤い峡谷は火星だ。勾配が激しく、鉱脈がエイハブ・ウェーブを遮るという特殊な地質のせいで、テラ・フォーミングを施しても地球のようにはいかなかった、荒涼の惑星。

 そこで戦っている。高出力のビームを幾度と浴びたコクピットは温度設定を誤ったサウナのように蒸されて、まるでぐらぐらと煮え立つ鍋のようだ。炎などどこにもないのに肉がじわりじわりと焼かれていくのがわかる。長きにわたる戦闘で疲弊しきった心身が軋む。

 ところが相手は疲れを知らない機械の翼で、火星に暮らす人々を理不尽に焼き尽くそうとする。

 

 MA(モビルアーマー)、機体名を『ハシュマル』。

 

 ひゅん、ひゅん、と不穏な音をたてて尾がしなる。鋭いテイルブレードの先端が砂塵にかすむ。共闘していたバエルやバルバトスの姿は見えず、視認できる範囲の友軍はプルーマに群がられる残骸ばかりだ。

 打ち捨てられた量産機たちの中にガンダムフレームがないことにいくばくかの安堵を覚えながら、襲いくるプルーマの集団をレールガンで弾き返す。急勾配の崖下へ蹴り落とすと、反動を利用してバックステップで距離をとった。

 双肩のレールガンは重力環境に適応するようショートバレルに換装されてしまった。狭い岩場での戦いを見越し、より小回りがきくように、ビームに巻き込まれてしまわないようにと専属整備士が配慮してくれたのだ。地下シェルターに民間人を残したここでは〈ダインスレイヴ〉も撃つことはできない。

 足元へと追いすがってくるプルーマを薙ぎ払い、踏みつぶす。火花が散る。弾の切れたマシンガンを鈍器に変えて殴りつける。崖の上から次から次へ飛び降りてくるから、これでは三六〇度すべてを警戒しなければならない宇宙戦と同じだ。反射的に盾にしたヴァルキュリアフレームが力任せに持っていかれて、これでまた貴重な新型が殺戮の糧にされてしまうのかと奥歯を噛んだ。

 超然と羽ばたく巨大な翼と、無限に生成されるサブユニット。人類は疲れ果てている。残存戦力がどれほどかも、ここにいてはわからない。

 地球は無事なのか。仲間は元気でいるのか。知りたくても、いちMS(モビルスーツ)でしかないフラウロスには情報を得る術がない。七十二柱ロールアウトしたはずのガンダムパイロットたちも、あと何人残っているか――。

 それでも、仲間の無事を祈るためには戦い続けるしかできない。

 被害状況を鑑みれば退路だってない。

 やつらに〈ダインスレイヴ〉を回収されてしまったせいで月面は惨憺たるありさまだ。南半球へ突き立てられたビームよりも甚大な損壊だった。MAの製造拠点が月にあったという情報も入っているから、もしもそれが真実なら今後新たな天使が起動することはないのだろう。

 真偽のほどはわからないし、それが月を砕くための大義名分だったとしても、もう確かめる術はない。

 ふたたびテラ・フォーミングを施すことも不可能なまでに抉られた月は、生き残りなどもういないのだと嘲笑うように大きく口を開けている。

 

〈ダインスレイヴ〉は、隕石と同じだ。ナノラミネートアーマーをも貫通するボウガン状の弾丸は、宇宙戦での使用も充分に危険なシロモノだが、地表に激突したとき運動エネルギーによって凄まじい被害をもたらす。

 速度×質量。そこに重力が加わる。月の引力であのざまなのだ、火星では、地球ではどうなるのかと考えるのも恐ろしい。

 発射地点が地表から離れれば離れるほど威力は増す。発射装置の威力が強ければ強いほど被害は拡大する。運良くMAに命中させて吹っ飛ばしたとしても、この〈ガンダム・フラウロス〉が搭載する二機のリアクターの出力を集約させて放つエネルギー爆撃は火星を人間の住める環境ではなくしてしまうだろう。

 陸上戦で本物の〈ダインスレイヴ〉を使用することは、惑星もろとも滅ぶシナリオに直結する。

 

 故郷に隕石など誰が激突させたいものか。威力を研ぎすました高硬度レアアロイの弾頭は地表を穿ち、地層を突き抜けて、この火星を衝撃で揺さぶり、そして爆風で覆うだろう。

 市民たちが戦々恐々と終戦を待つシェルターが無事でいられる保証はない。

 

 しかし、通常弾頭しか撃ち出すことのできない短銃身砲で巨鳥〈ハシュマル〉と渡り合うには、もはや限界が見えていた。超遠距離射撃用電磁投射砲はツインリアクターをもってしても多大な体力を消費する。推進剤、冷却剤、もろもろが今にも尽きてしまいそうだとアラートも悲鳴をあげている。

 残弾もわずか、援軍も望めないフラウロスに勝ち目はない。撤退しようにも追いつかれてしまう。背中を見せた瞬間が最後だろう。

 

 

 ――だからって、このまま餌になってやるわけにいくか。

 

 

 ペダルを踏み込み加速して、巨大な機械の翼に飛び込む。バーニアをふかして跳躍、重力に引きずられるようにして白銀の背中に落ちる瞬間に、ぐっと頭を縮めた。背中が張り出す感覚は、さながら獣の咆哮だ。

 四本の脚で腰背部にとりつくと至近距離からナパーム弾をありったけお見舞いする。ナノラミネートアーマーは熱に弱く、ビームのように拡散できない炎に直接焼かれれば、無人兵器といえどただではすまないはずだ。

 可変機構を利用してぐるりと立ち上がれば、踵を返すまでもなくフラウロスはMAの背後へと降り立つ。振り返られるよりも早く、火の手をあげる装甲に向けてアサルトナイフをぶん投げた。

 直撃。鉤爪が装甲を抉る。一拍遅れて、痛みを訴えるかのようにビームがほとばしった。

 咆哮を浴びてしまわないようプルーマの列を盾にしながら、今度こそ身ひとつとなったフラウロスのコクピットで、額に伝う血液を拭う。汗が混じる。疲労に痺れた手のひらで、操縦桿を強く握った。

 

 残弾は残り一発。――これが最後だと、決意を奥歯で噛み潰す。

 

 果敢に飛びかかってくるプルーマを打ち払って飛び退る。宙返りの着地のまま四本足で踏ん張る。

 腹はもう決まっていた。

 火星はテラ・フォーミングが半端に終わってしまった土地だ。鉱脈が縦横無尽に駆け巡る大地に草木は終ぞ芽吹かなかった。しかし実りを拒絶した特殊な地質はエイハブ・ウェーブを断絶する。

 ならば、あの翼を埋めてしまえばいい。本体と分断させればエイハブ・リアクターに呼応して動く子機は主を掘り返すこともできないまま機能を停止するはずだ。

 無理心中することになるが、それはガンダムフレームに乗っている以上、仕方のないことだった。

 MAだけではなく、このガンダムだってある意味では無人機のようなものだ。搭乗者が生体デバイスとして機体内部に組み込まれ、コクピットからの緊急脱出はおろか、降りることすらままならない。戦うためのパーツとなって、老いることもできずに戦場を渡り歩いて、仲間とも顔を合わせられないまま、もう何年が経過しただろう。

 この戦争を無事に終結させた暁には、コクピットの部品からひとりの男に戻って、仲間と抱きあうことも叶ったのだろうが。

 

 残された弾丸によって崖を崩し、MAとともに滅ぶ。――今のおれにできるのは、それだけだ。涙を失った目で未来を見据える。ここで死ぬことになっても仲間には希望を残してやりたい。

 六十四番目に〈ガンダム・フラウロス〉がロールアウトしたとき既に、いくつかのガンダムフレームは戦闘不能になっていた。装甲を破壊され、あるいはパイロットを失って、次なる生け贄を待っていた。

 戦禍に肉体を捧げたことを後悔はしていない。どうか仲間が無事であるようにと願いながら、祈りのために最後の一撃を放った。爆発のような反動に足元がぐらつくのを気力で踏ん張る。

 

 渾身の砲撃は岸壁に着弾し、崖を崩した。戦場の熱によって劣化させられた赤土がぼろぼろと崩れ落ちる。

 大空へ飛び立とうとするMAにすかさず飛びついて、逃れようともがく翼にしがみつく。行かすまいとがむしゃらに拳を打ち込む。もろとも落石に巻き込まれ、崖にぶつかりながらもんどりうって落下する。巨大な岩に弾かれて、あるいはプルーマの密集地に振り落とされて、コクピットを穿とうとするドリルを払い除けた。

 崩落に閉ざされていく視界の中、埋葬されたMAがようやく瞳の光を失うさまをとらえる。断末魔のように高出力のビームを吐き出し終えた殺戮の天使も、これでやっと、火星の土の下で稼働を止めるだろう。

 ああ。自らも落石に飲み込まれながら、逆光に霞む太陽に手を伸ばす。

 フラウロスのパイロットは祈る。

 お願いだ。次この機体に乗るやつがいるなら、お前は必ず仲間のもとへ生きて帰って、おれの代わりにあいつを抱きしめてやってくれ。




初出: 2017/03/06 @pixiv

45話リアタイ視聴後すぐに殴り書きしたもの。フラウロスかっこいいよフラウロス
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