~学校~
~昼休み~
『はぁ、はぁ、はぁ。……トレーニングを続けて早くも1か月か』
一か月後、今も俺は懸命に走り続けている。
まだまだ体力作りの効果は得られないが、微弱ながら足の筋力が増しているのは解る。
授業15分前のアラームが鳴り、走るのを止めてタオルで汗を拭いた。
『はぁ、はぁ、地獄だな』
……いや、地獄の思いをしているのは一ツ橋かもな。
その後、複数の証言をした生徒が、生徒会に呼び出されて徹底的に追及を受け、簡単に嘘の証言だと分かった。
殆ど芋ずるの様に事実が明らかになり、一ツ橋に懇願されてやったと白状したようだ。
一ツ橋も、もう逃げようがないが殆ど黙秘権の状態らしい。
財布の盗みも立派な犯罪だ。警官に捕まる事を恐れての事だろうか……
『……おっといかん。授業だ』
俺は汗まみれになったTシャツを脱ぎ、予備のTシャツ、カッターシャツ、制服を着て授業に戻った。
~学校~
~放課後~
『じゃあなー』
友達に軽く会釈をすると、俺はすぐ教室を出る。
ランニングは腕の振り方も重要であるが、あまり使いすぎるのも良くない。
このポイントが良く解らず、早速公園の周りを走る事にした。
何度も走って、腕のベストの振り方を、自分自身で会得するしかない。
『いてて、なんだ?』
後ろの髪が引っ張られる。慌てて、後頭部に手をやると、誰かに髪の毛を引っ張られている。
後ろを確認すると、小恋が怒っていた。
『義之!もう、何度も呼んでるでしょ!』
『わりぃ、ポイントを復唱してた』
『ポイント?』
『ランニングのな。足や心肺機能も大事だが、手の振りがおろそかになっているのに気づいたんだ』
『どうでもいい。ちょっと時間ちょうだい』
『何だよ。付き合いが悪いからか?』
『それもあるけど、いいから』
『………』
ランニングは明るい時間帯に走るのがベストで、夜は足元がよく解らず危なっかしい。
俺はすぐにでもトレーニングを再開したいんだが……
階段の踊り場まで来ると、小恋は足を止めた。
人に聞かれそうな場所なので、俺はちょっとした警戒心が出てしまう。
『……最近、義之おかしいよ』
『付き合いが悪いからか?』
『それもあるけど、いつもカリカリしているし』
『う……』
『走り始めた頃は、昼休みから戻った時、ゼーハーゼーハーしてたし。過呼吸で本気で倒れるのかと思ったよ』
『……後ろをチラチラ見てたのは、それが理由か?』
『そうだよー』
『……そういえばあの時、後ろを見過ぎだって先生に注意されたよな?』
『義之のせいでしょ!』
どうやら心配かけたようだ。
ランニングを終えた後、階段を一気に駆け上るトレーニングもやっていたので、あの過呼吸は多少不自然だったかも知れない。
しかも、体が温まっているのに、暖房が入っているので汗が止まらず、何度もタオルを使ったり、手で拭ったりしていた。他の生徒からも、一体何をしていたのか疑問に思われた事だろう。
『義之、なんか変わっちゃったね……』
『確かに、ゼーハーゼーハー言ってるしな』
『そうじゃなくて。もう、ふざけてるの!?』
『冗談だよ。でも変わってはいないよ』
『絶対に変わった。なんか無口の時が多いもん』
『心肺機能を鍛える為、息を止めているんだよ』
『義之……』
『いてて、痛い、痛いよ』
割と思いっきり腕をつねってきた。止めてくれないので、俺は慌てて小恋の手をタップする様に手早く叩く。
小恋は力は抜いたが、依然腕をつねったままだ。
『次ふざけると、思いっきりつねるからね』
『解ったよ。ちゃんと答えるから』
『やっぱりまだ怒ってるの?』
『……前回の運動会の件か?怒ってはいないが、あれ以来は微妙な感情が残っている気がする』
『でもせめて、昼休みの練習くらい見に行ってもいいでしょ!』
『……雪村と花咲が練習の邪魔さえしなければな』
少し前の昼休みの時、俺が真剣に走っている時に、雪月花が見に来ただけならまだしも、女同士でワイワイと騒いでいたので、気が立って「うるさい!!」と怒鳴ってやろうと思ったが、あまりに強い言い方になるので、なぜか『うるさい!!です』と変なニュアンスを付けると、大爆笑になった。
俺は頭に来たが、怒る気も失せてトレーニングを再開していた。
だがトレーニング中、ワイワイ騒がれては気が立って仕方がない。集中できないんだ。
あの後、俺は雪月花の3人に、絶対に見に来るなと釘を刺しておいた。
『あれは杏と茜が……』
『いいや、お前も一緒に騒いでいた。それは覚えているぞ』
『じゃあ、騒がなければ居てもいいの?』
『あのメンツでは、騒がないでジッと見ている方が不可能だと思うぞ。小恋もすぐ乗せられるし』
『じゃあ、私だけならどう?』
『……小恋にしては大胆だな。いいのか?』
『大胆って何?』
『男がランニングの練習中、女が付きっきりで見ているなんて、傍から見れば恋人同士としか思えないだろ』
……今頃気づいたのか。小恋が顔を赤くして俯いている。
今度は、そんなに近くで見るつもりはない、ずっと見ているつもりでもないと必死に否定する。
ランニング中、視線を感じるのもくすぐったい感じもするが、まぁ気にするものでもない。
『でも、私たちだけじゃないよ。義之のランニング』
『そうなの。他に誰が見てた?』
『由夢ちゃんにそのお姉さんも』
『ホントに!?それは気づかなかったな』
『義之もなるべく接してあげた方がいいと思うの』
『………』
『私たちもそうだし、あの朝倉さんたちもそうだと思うよ』
『………』
単に、トレーニングしているだけには見えないようだ。
今まで自堕落しきっている訳でもないのだが、いきなりトレーニングに没頭するというのは、何か理由があるのでは?と思考が働くのかも知れない。
……やはり、俺は生徒会を恨んでいるのか?大金を横取りされたショックから抜けていないのか?
自問自答したが、原形の無い感情がそのまま心に残っている感覚だ。
~公園~
『ハッ、ハッ、ハッ』
のんびり歩いている歩行者を次々に抜かし、公園の道を使って何周も走る。
顔の汗は何度も飛び散り、目に汗が入らない様に、目の周りだけはタオルで拭く。
ランニングは天候にも左右されるので、天気予報は絶対にチェックしておく。
雨の中、走って風邪でもひいたら逆効果になってしまう。
後、五ヵ月……
トトカルチョのやり方も、今のうちに杉並と話し合っておいた方がいいな。